『選ばれし黒衣の救世主』










人は忘れる生き物だ。
千年も前の事を正確に後世へと伝えられる生き物ではない。
情報を消し、作り、歪めていく。
それが、ただでさえあやふやで、激動の時であったなら、後の世にどうやって伝わってしまうのか。
そして、それを後の世の人はどう解釈するのか。
それが、絶望の詰まった情報であったならばどうする?
人は絶望に弱い。
その絶望を何とかしたいと願う。
だからこそ、また情報を歪める。
絶望を希望に変えようと藻掻く。
それが、さらなる絶望になるとも知らずに。
私は情報の全てを信じようとは思わない。
私は、自分の目で見たものを信じる。
だからこそ、この目で見てみたい。
彼らが、本当に世界を救うに値する者たちなのかどうかを。






 第七章 高貴な少女に白い剣を






耕介たちがこの世界に現れてから二週間近く経った日、恭也たちはダリアから、新しい救世主候補が見つかったということを伝えられていた。まあ、ダリアの口から出たのは、それを歪曲した言葉であったが。
 候補者の名前はヒイラギ・カエデ。
リコの説明によれば、古流武術の流れを組む独特の体術と刀術を使う前衛系、とのことである。
そのため、本日の午後は召喚の儀……つまり救世主候補を呼ぶための儀式を行うとのことであった。
救世主候補は全員集合である。恭也も召喚器こそ持っていないが、一応は救世主クラスであるため、その中に入っている。
そのさいに大河たちの突然の召喚の理由が聞かれ、赤の書の説明があり、さらにイレギュラーであった恭也の召喚などの話もあったのだが、だいたいが謎であるということで終了してしまった。
恭也にしても、大河にしても、赤の書の説明などほとんど理解できなかった。
ちなみに、そのさい恭也は、リコにまたも疑惑の視線を向けられることになったが、これはひさしぶりのことであり、ここ最近は見られてはいても、あの監視するような視線は少なくなっていた。
それなりに、信用されるようにはなっているのかもしれない。




今、恭也と大河は二人そろって食堂で昼食を食べ終わり、恭也はお茶を、大河はコーヒーを飲みながらまったりとしているところだ。
 ちなみに客は二人以外はまったくいない。
それもそのはずである。
今は授業中だ。
今日の午後は大切な召喚の義がある。だから、一つ分の授業を免除するから、とっとと飯を食うなり、準備をするなりしろ、ということである。
無論、そんなふうに直接的な言葉で言われたわけではないが。
他の救世主候補たちは、すでに昼食を摂ったのか、これからなのかはわからないが、少なくとも食堂にはいない。
 リコは召喚の為の準備があるそうだ。

「へ〜、また救世主候補の人が来るんだ〜」

なぜか二人を接待をしているなのは(メイド服着用)が言う。
すでになのはたちの格好にも慣れたのか、恭也はいつも通りな感じでうなずく。

「ところでなのは、ここにいていいのか? 仕事はどうした?」
「ずっといたのに今更聞くか」

恭也の言葉に大河が突っ込むが、彼は見事にスルーした。

「うう、まだ仕込みなんだもん。なのはには手伝えないよ〜」

なのはは母の元での修行により、お菓子ならばそれなりに作れるようにはなっていたが、本格的な料理はまだまだと言ったレベルである。
それでも、あの破滅よりも危険と思われる姉、美由希の料理よりは……いや、比べるのも酷であった。
 とにかく、まだなのはは店に出せる程の料理は作れないのである。そのために仕込みなどの時間は、正直いてもいなくても同じものであった。

「とりあえず、朝食の分のお皿洗いとか、他の仕事はすませちゃったから退屈なんだ〜。この時間は休憩ってことになってるし」

なのははテーブルにだれるようにして顔を押しつける。
そこに苦笑いをした知佳が現れた。
彼女は、すでに料理の腕はプロ並みに近い。耕介を唸らせるほどのものを作ることさえあるため、仕込みにも参加している、

「恭也君、まだ時間あるならなのはちゃんと散歩でも行ってきなよ。こっちに来てお互い忙しかったから時間なんて取れなかったでしょう?」

そう、知佳となのはの自由な時間と、恭也の自由な時間帯は絶妙な形で合わない。
朝起きれば、恭也は鍛錬がある。知佳と耕介は朝食の仕込み、なのはも簡単な手伝いはする。なのははそれなりに暇であるが、恭也はいない。
朝食時は恭也は食事をし、三人は働いている。その後は、恭也は授業があるので当然会えない。会えたとしても、少し話しができるぐらいだ。
その後、夕食は元のセルフサービスを適用させて、なのはと知佳は休みとなっているが、すでに暗くなるような時間の上、門限があるため外になど出られない。
とりあえずは、ここでなのはや知佳と接触して、会話はしているが。
夜は耕介との霊力の鍛錬だ。
改めると、一番きついのは耕介なのかもしれない。
つまり、会話などは出来るが、散歩といえど、今まではなのはと一緒に出歩くような時間はなかったわけである。

「しかし、なのははまだ一応は仕事中なのでは?」
「なのはちゃんは休憩中だよ。お昼にさえ遅れなければ大丈夫」

とはいえ、真面目な恭也は、働いている身であるなのはを連れていくことに抵抗がある。
だが、ふと視線を感じ、その方向を見るとなのはが下から覗き込んできていた。その目は少し潤んでいたりする。
まるで、

『ダメ? おに〜ちゃん?』

と言われているようである。
これはある意味、なのはの対恭也最終兵器……久遠の最終兵器でもあるが、少なくとも彼女は無自覚……だ。なのはにこんな目をされては、恭也は間違いなく断れない。

「わ、わかりました」

せめてもの抵抗なのか、知佳に向けて返事をする。

「やった〜!」

なのはは身体全体で喜びを表していた。
そんななのはに知佳はさらに苦笑している。

「じゃあ、知佳さん! 知佳さんも俺と一緒に!」

今度は、大河が知佳に興奮して言い募る。

「だ〜め。私は仕込みがあるんです」

この二週間で、大河のあしらい方がうまくなっている知佳。

「じゃ、恭也君、なのはちゃん。時間、あんまりないけど楽しんでね」

やはり、笑顔を残して知佳は厨房のほうに戻って行った。

「あ〜あ。やっぱり相手にされてない」

大河は知佳を見送りながら、先ほどのなのはのように顔をテーブルに押しつけてぼやいていた。
そのまま、恭也となのはに視線を動かす。

「恭也、俺もついていっていいか? することないから退屈なんだよ」
「学園を散歩するだけだぞ?」
「かまわねぇよ。少なくともなのはがいるし。男一人で悶々としてるよりマシだ」

大河はとりあえず、なのはは年齢的に守備範囲外ではあるのだが、それでも男一人でいるよりはマシと決定づけているようだ。
なのはは反論しない。心情的には恭也と二人のほうがいいのだろうが。

「それほど時間があるわけではないし、行くか」
「うん」
「ああ」

三人同時に席から立ち上がる。

「ちょっと待て。なのは、そのままの服で行く気か?」
「え? うん、そうだけど。着替えてる時間がもったいないし」
「……そうか」

何か言いたそうな恭也ではあるが、とりあえず納得し、二人と共に今度こそ食堂から出ていった。




とりあえずまだ授業中ではあるが、使っていない校舎を回る。
なのはは何やらニコニコと笑っている。
大河も、あまりじっくりと周ったことはないのか、それなりにキョロキョロと当たりを見渡していた。
校内を一周し、再び食堂の前にまで戻る。
 今度は外に行こうと決まり、出入り口に繋がる廊下を歩いていく。

「おい」

その三人へ声がかかる。

「確かに無駄に広いよな、この学校」
「無駄って……」
「またリリィにどやされるぞ、大河」

 だが三人は話をしていてそれに気づかない。

「おい、おまえたち」

再びかかる声に恭也が気がついた。

「ん? 俺たちのことか?」

振り向けば、そこに一人の少女がいた。外見だけで言えばなのはと同じぐらいの年齢かもしれない。

「そうだ、お前たちだ。少し聞きたいことがあるのだが」

突然現れた少女を見て、大河は目を細める。

「ん〜? なんだ? 迷子か? この学園でこんなガキんちょ見たことねぇし」
「あの〜大河さん、あの娘、たぶん私と同じぐらいの年齢なんですけど」
「ああ、うん。なのはは除外」
「お前ら、ちょっとおとなしくしててくれ」

全員でしゃべると会話にならないため、なのはと大河を止める。

「で、どうしたんだ? 大河の言うとおり道にでも迷ったか? それとも人を探してるのか?」
「そうだ。人を訪ねて来た」
「教師か? それとも生徒か?」
「救世主クラスの者たちだ。話によると、今日は授業を免除されているらしく、食堂にいると聞いたのだが、それに相違ないか?」
「ああ。相違ない」

すでに食堂を出た後ではあるが。

「なのは、相違って……」
「あ、あはは、おに〜ちゃんと同じ感覚で喋れる人が他にいたんだ」

恭也に黙っているように言われたため、小声で話している二人。

「先刻来たときは、それらしい人物がおらんかったが」

すでに食堂は探した後らしい。
そこで大河が一歩前に出て、髪を掻き上げた。

「ふっ」
「何がおかしい?」

少女の視線が恭也から大河に移る。

「俺も罪な男よ、噂だけで女の子を引きつけてしまうとは」
「凄い自信だね、大河さん」
「はあ?」

少し呆れた目で見ているなのはと、わけがわからないとばかりに顔を前に突き出している少女。

「すまないな。少々病気が始まっただけだ」
「ひどっ!」
「気にするな。この時期にそういうのが多いとは知らなんだが」
「さらにひどっ! っていうか俺の言葉は無視か!?」

端から見てると漫才をしているようにしか見えない。

「お兄ちゃん? 恭也さんたちも」
「大河君? この娘は?」

食堂の出入り口から、未亜とベリオ、それにリリィまで表れた。
元々、三人で来ていたのか、それともたまたま一緒になったのか。少なくとも、恭也たちが出ていき、この少女が食堂を探した後に来たのだろう。
三人は、食堂のほぼ目の前にいた恭也たちに気づき駆け寄って来た。

「ふん。大方、バカ大河がその小さい娘もかどわかそうとしてたんでしょ」
「絶対に違う!」

リリィに大河が食ってかかろうとするが、その前に少女が未亜たちの前に進み出た。

「救世主クラスの生徒を捜しているのだが、そなたたちは心当たりがあるか?」
「私たちを?」

未亜の答えを聞いた少女は、目を大きく開いた後に笑った。

「おぬしらが救世主クラスの者たちであったか……これはついておるな」
「ついてるって」

リリィは訝しげ表情を見せたあとに恭也の隣に立った。

「恭也、この娘なんなの?」
「いや、それはまだ聞いていない」

最近、なぜかリリィは恭也に対してだけは、それなりの態度で接するようになってきていた。少なくとも大河を相手にするほどは悪くない。恭也としても他の者たちも、その理由がよくわかっていないのだが。
まあ、座学は自分の戦闘に関係ないものなど、恭也はほとんど寝ているため、そのへんに関しては酷く怒るが。
そんな二人をなのははどこかおもしろくなさいそうに見ている。未亜も似たようなものだが。

「保護者とかはどうしたのよ?」
「一人だな。他の人は見ていない」
「ふむ。そういいえばどこに行ったのであろうな?」

二人の会話が聞こえたのか、少女が考えるそぶりを見せていた。

「まあよい。誰がおらんでも、こうしてお前たちを見つけられたのだからな」
「あんた、なんでそんな無意味に偉そうなのよ」

リリィはどこか呆れたような口調だった。

「お前がそれを言うかよ」

大河はリリィに聞かれないようになのか、壁に向けてそんなことを言い放つ。幸いと言うべきか、彼女には聞こえなかったらしい。

「私の言葉は変か?」
「いや、そんなことはないが」

誰かが口を開く前に、恭也が少女に向けて言う。

「そうか? だが、そなた以外の者たちはそう思ってはおらぬようだが?」
「少なくとも俺は変だとは思わんのだが」

何やら恭也は少女に共感を示しているらしい。

「お、おに〜ちゃん、例えば私がその子みたいに話しているところを思い浮かべてみて」
「ふむ」

なのはに言われ、恭也は腕を組みつつ、目をつぶって考え始める。
そんな恭也をなぜか全員が注目していた。
しばらくして恭也は腕を解き、目を開けた。

「何かおかしいか?」
「お、おに〜ちゃん……」

少女以外の全員が脱力する。

「まあ、私はこの言葉しか知らぬ。許せよ」

とりあえず、少女は今の会話の流れで、自分の言葉使いが多少おかしいと感じたのだろう。
 だが恭也はしきりに首を傾げていた。彼はまるでわかっていないようである。
そんな恭也に苦笑しつつも、未亜は少女の前に出る。

「それで、お嬢ちゃんはどうして私たちに会いたかったの?」
「お嬢ちゃんではない。私はクレアだ。
なに、噂に名高い史上初の男性救世主と、召喚器をなしにして救世主クラスに入った猛者というのを見てみたかったのだ」
「なんだ、大河と俺に会いに来たのか?」
「ですが、猛者って……」

ベリオの言葉に反応してなのか、再び全員が恭也を眺める。

「なんていうか、恭也さんのイメージじゃないよね」
「猛者って、何か暑苦しいイメージがありますからね」
「端から見ると優男にも見えるものね」
「どっちかつうと、着流しの侍か?」
「おに〜ちゃんは中身はともかく、外見は優しくもクールって感じに見えますし」
「ふむ。私は着流しというのはよくわからんはずだが、この男を見ると想像できるな。他の者たちの意見も確かにうなずける」

六人は、なぜか固まって密談風に会話する。

「お前ら、何を言い合ってるんだ?」

恭也はどこか呆れたような表情と口調だった。
それを聞いて、六人はすぐに離れた。

「あ、あはは、それじゃあ、今から正門まで一緒に行きましょうか」
「なぜだ?」

ベリオが誤魔化すように笑ってクレアに手を差し出すが、彼女は至極普通に問い返す。

「なぜって、親が心配するよ?」
「まだ時間はあるけど、六時を過ぎたら門も閉まっちゃうし」
「それまで保護者を見つけないと、外に出られなくなってしまうんですよ」
「帰れなくなるのはいかんな」
「そもそも、一人でうろついてるのも問題よ」
「てなわけで、帰った帰った」

次々と救世主クラス+一の者たちがクレアに言う。

「いやだ」

だがクレアの返答はわずか三文字の言葉だった。

「いやって……」
「わざわざ来たのだ。もう少し見て回ってから帰ると決めた」
「そうかい、なら勝手にしろよ。俺はもう行くぞ」
「お、お兄ちゃん。この子を放って行くの?」

何やら当真兄妹が揉め始める。
そこで恭也がクレアの前に出る。

「なら俺が案内しよう」
「なに!? 本当か?」
「ああ。どうせなのはと散歩をしていたんだ。そのついでと思えばいい。そうしてるうちに保護者も見つかるかもしれんしな」

そんな二人の会話を聞きながら、なのははため息をついた。おそらくこの展開を読んでいたのだろう。
 自分の兄がこの状況で彼女を放り出すはずがないと。
彼女とてそれに否はないのだが、他の男の人が一緒でも女の子は……まあ、女心は複雑である。

「おいおい、マジかよ、恭也」
「仕方あるまい。このまま放り出すわけにはいかん」
「ガキつったって五体満足なんだ。誰かに助けを求めるなり、自分で保護者を捜すなり勝手にするさ」
「なるほど、道理だ」
「ほら、本人もこう言ってるぜ」

クレアは大河だけでなく、救世主候補全員を見渡す。

「ではおぬしら、この学園を案内せよ」
「はあっ?」
「へっ?」
「はっ?」
「なんで?」

救世主候補たちがわけがわからないとばかりに声を出す。リリィだけが冷静に言葉を発していた。

「その男が言うとおり、私はお前たちに案内を求めたのだ」
「バカ大河、アンタを指名らしいわよ」
「んなバカな!」
「違う。私はおぬしらにと言ったであろう?」
「はあ? なんで私まで!」
「お前たちは救世主候補であろう? 困っている市民を助けるのは当然ではないか」
「俺たちは戦うことが専門であって、情報や土地の把握は扱ってねぇ」
「いや、大河。戦いにおいて情報も土地勘も必要だぞ」
「だから恭也、お前は真顔で突っ込むなよ」

何やら収集がつかなくなってきていた。

「救世主候補が困っている市民を見捨てるのか?」
「みんな、あきらめろ」

恭也にまで言われては、さすがにあきらめるしかないらしく、全員がため息をつきつつもうなずくのだった。
こうしてクレアのお守り……ならぬ案内が始まる。
途中、何やら大河がクレアに反目……というか、大河が一方的に喧嘩を売っているような場面が何度か見られることになった。
そのたびにクレアにうまく返されていたが。
とりえず色々なところに案内したのだが、現在はクレアがどうしてもということで、闘技場に来ていた。
その中をクレアは飛び回っている。

「お、おい、うかつに変なところ触るなよ」
「平気である」
「怪我なんざされたら困るのはこっちなんだよ」
「大河、そのへんにしておけ。子供はあのぐらいのほうがいい」
「お前は初孫を眺めるじいさまか?」

大河は恭也を呆れた感じで見る。ここまでも、彼はどこかクレアを妹……なのはと同じような接し方をしていた。

「おに〜ちゃん、こんなところに許可なしで連れて来てよかったの?」
「私もそう思うよ、恭也さん」
「大丈夫だろう。訓練をするわけでもないのだからな」
「そうそう、別に悪さするわけじゃないんだし」

妹二人組と違って、兄二人組は楽観的であった。

「この傷はなんだ?」
「ああ? それは俺がゴーレムとやった時の傷だ」
「おお。初めての戦いでゴーレムを倒したのか、すごいのう」
「やっぱそう思う? そう思う?」

自分自慢をはじめる大河。
その大河を見ながら、リリィはやれやれとばかりにため息をつく。

「恭也なんか、そのゴーレムを召喚器なしで倒したじゃない。それもほぼ一撃で」
「本当か? 恭也?」
「ん? まあな。動き自体はそれほど早くはなかったからな」
「ほう。ゴーレムと言えばその巨体に似合わず素早いと聞いていたのだが」
「重さのせいか攻撃はそれなりに早かったが、動き自体はそんなに早くはないと思うが。だがかなり固かったな」

恭也はゴーレムを思い出しているのか、少し考えるようにして言う。

「なのははおに〜ちゃんたちが凄すぎるんだと思います」
「そんなことないだろう」
「おに〜ちゃんとおね〜ちゃんが鍛錬してるところ、レンちゃんたちだってほとんど見えないって言ってるよ」
「ふむ。あいつらの前では『あれ』は使っていないはずなのだがな」

何やら話している兄妹に、クレアだけでなくリリィたちも反応している。

「恭也って、なのは以外にも妹がいたの?」
「ああ」

恭也はリリィの質問に軽く頷いて返す。

「その妹さんも、恭也さんと同じぐらい強いんですか?」
「まあ、一年ぐらい前に皆伝したしな。あのゴーレムというのも倒すのは不可能ではないと思うぞ」

ベリオの問いに、恭也はごく普通に答える。
だが、その答えは他の者からすれば信じられないことだ。この恭也並に強いというのだから当たり前である。

「まあ、それはいいとして。そろそろ出るとするか」

周りの反応に気づいているのかいないのか、恭也は闘技場から出るように促す。
そして、いつのまにか離れて行ってしまっていたクレアのほうに視線を向ける。

「おーい、このレバーはなんだ?」

そんな恭也たちに気づかずに、クレアは声を大きくして聞いてくる。

「訓練用のモンスターが入れてある檻の開閉レバーだ。下手なことしたらモンスターが出てくるからな、触るなよ!」

大河が返事をすると、遠目にもクレアが頷いたのが見えた。
そして彼女はなぜか頬を掻く。

「すまぬ」

いきなり頭を下げるクレアに、全員が不思議そうな顔をする。

「動かしてしもうた」

一瞬、全員の動きが止まった。
その瞬間、檻が開き、中から怒濤の如く複数のモンスターが表れた。
それを見た瞬間に、恭也たちは我を取り戻す。

「大河!」
「ああ!」

恭也の声に大河は頷くとトレイターを呼び出す。さらに他の者たちも、それぞの召喚器を呼び出した。
そして、恭也は残されたなのはに視線を向ける。

「なのは! お前は安全なところに……闘技場の入り口まで逃げろ!」
「う、うん!」

なのはは足でまといになることがわかっているので、すぐにうなずいて駆けだした。
恭也はそれを見送るとすぐにクレアに視線を向ける。

「クレア! こっちにこい!」
「おお、足が動かぬ。これは困った」

なぜか本当に困っているのかわからない口調で喋っているクレアに向かって、恭也は舌打ちしながら駆けていく。
それをカバーするように、大河たちはモンスターに向かっていく。
だが、素早い人狼が彼らの間を駆け抜けてクレアに向かって行った。
恭也は八景を引き抜く。
クレア……いや、人狼までに距離がある。
距離があるのならば……妹と叔母と違って得意ではないが、超射程のこの技を。
恭也の下半身が深く沈み込む。
そして、大きく地面を蹴る。
そのまま、突きの体勢をとり人狼へとまるで弾丸のように高スピードで接近する。
その切っ先を、クレアに向かって、その爪を振り下ろそうとしている人狼の肩に向ける。
全身の筋力、とくに背筋と下半身の筋力を極限にまで使う高速の突き……射抜を放つ。
射抜は本来、派生にこそ真骨頂があるものだが、単体の技としても完成されており、これだけでも凶悪なことには違いない。
それは見事に人狼の肩に直撃し、そのまま後方へと吹き飛ばす。
クレアを抱え上げようとした恭也の後方からいきなり、さらなる人狼が現れた。
恭也はその気配を感じ、すぐに小太刀でそれを斬り払い、無力化する。

「クソッ! なんでこいつら!」
「私たちは無視ってわけ!?」
「なんで恭也さんのほうに向かってくの!?」
「恭也さん! 早くクレアさんを!」

大河たちは溢れ出てきていたモンスターたちに攻撃をしかけているのだが、そのモンスターたちはなぜか彼らを無視して、クレアの方向に向かって行った恭也のほうに向かおうとしていた。
いや、もしかしたら逆にクレアを狙っているのかもしれない。
恭也は後ろにいる仲間たちの声を聞きながらも、クレアをもう一度抱え上げようとするのだが、新たに現れたスライムが邪魔をする。
さらに先ほどの射抜を受けた人狼がクレアへと、怪我をした逆の腕で、またも爪を振り下ろそうとしていた。
恭也は邪魔をするスライムに小太刀を振り下ろす。
その一撃で、スライムは消滅した。
だが、その間に人狼はクレアに向かって爪を振り下ろした。
それよりも早く恭也は、その身体を人狼とクレアの間に割り込ませる。
クレアを引き裂くはずであった爪は、かわりに恭也の背中を引き裂いた。

「ぐっ!」

うめき声を上げながらも、恭也は身体を回転させて人狼を切り上げる。
人狼は甲高い声を上げた後に地面へと崩れ落ちた。

「クレア、大丈夫か?」

恭也は今度こそクレアを抱え上げた。

「そ、そなたのほうこそ大丈夫なのか!?」
「問題ない。慣れている」

引き裂かれた背中から血が流れているが、それほど深くはなかった。

「すまぬ、私のせいで」
「話は後だ。しっかりつかまっていろ」

恭也は駆け出さそうとするが、いつのまにかスライムや人狼に囲まれていた。
大河たちのほうを見ると、彼らも恭也たち以上の大量のモンスターと戦っていて援護は期待できない。
どうも、やはりモンスターは恭也かクレアを狙っているようだった。
おそらくは攻撃能力がないクレアだと思われるが。
恭也はクレアを左腕で抱えているために、右の八景だけで大量のモンスターを相手に応戦する。
だが、このままでは押し切られる。
神速を使い、一気に駆け抜けて引き離すしかない。
だが、少女とはいえ、一人を抱えながら神速を放って膝が保つか。
しかし、他に方法はない。
恭也が覚悟を決めて神速へと入ろうとする。
そのときだった……。

「だめえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

一人の少女の叫び声とともに、恭也の目の前に白い光が表れた。




なのはは闘技場の入り口から、救世主候補たちと恭也の戦いを心配そうに見ていた。
彼女は恭也の側で今まで生きて来たとはいえ、本当の戦いというのを見たことがあるわけではない。
ただ何度か仕事で怪我を負って帰ってきた恭也を見たことがある。
例えば、三年前の自分の姉のような存在であるフィアッセ・クリステラと、その母、ティオレ・クリステラのコンサートの時。
彼はそのコンサートを守るために大きな怪我を負った。
それからもボディーガードの仕事をするようになり、何度か大怪我と言えるようなものを負って帰ってくることがあった。
彼女が見たこがあるのは、そういう後に残された結果だけだった。いや、結果とも言えない。彼女からすれば、ただ恭也が怪我をして帰ってきた、それだけだった。
そして、今、恭也が目の前で背中を引き裂かれた。

「おにーちゃん!!」

それを見て一瞬、飛び出しそうになった。
しかし、すぐに自制した。
恭也は怪我を負いながらも敵を倒したのだ。
自分が手伝えることなど何もない。それどころか足手まといになるだけだ。
冷静になれ、と念じる。
なのはの周りに武術や武道を嗜む者たちが多いからこそ、彼女は自分が戦いにおいては無力であることを自覚している。
母から教わったこと。
自分たちは兄が帰ってくる場所を戦わずに守るのだ、と。
今、自分がしなくてはならないのはそれだ。
飛び出して、自分が怪我でもしたら兄は絶対に悲しむ。
それだけはしてはならない。
だけど、その兄は今、大量のモンスターに囲まれた。
遠いはずだが恭也の目の色が、なのはにははっきりと見えた。
それは決意の目。
その決意が何であるのかなのはには理解できた。
神速。
あれを使おうとしている。
なのはも恭也たちが使う神速を知っている。
姉の皆伝の儀式の時に見たし、フィリスから恭也に神速は使わせないでほしいという話を聞いて、それがどんなものであるかも聞いた。
万全の状態でも身体に負担を強いる。膝を壊した恭也には諸刃の刃である技。
いかに、その膝が快方に向かっているとはいえ完治したわけではない。無茶をすれば悪化する。
そして、今、恭也はクレアを抱えている。
その状態で、そんな技を使えば膝が今度こそ使い物にならなくなるかもしれない。

「だめ……」

そんなのはダメだ。
そんなの認められない。
なのはは駆けだした。
自分が何もできないことはわかってる。
だけど、それでもじっとしていられない。
無理をしようとしている兄を見ているだけなんてことはできない。
それでも冷静な部分が言う。
自分には力がない。
戦う力がない。
守りたいと思うのに。
この世で一番大切な人を守りたいのに。
守る力がない、と。
欲しい。
戦う力が。
大切な人を守る力が。

《なら、私の名を……呼んで》

頭に響いてきた女の人の優しい声。
どこか、自分の声に似ている声。
なのはは自然と手を前に突き出す。
そして、その名を叫んだ。

「来て! 白琴!」

彼女の叫びに答え、光が集まり、それが一振りの小太刀へと変貌する。
それは白銀の刃をもち、純白の鍔に柄をもつ白い小太刀。
なのははその小太刀を構えたまま走り続ける。
運動音痴である自分が、どうしてこんな速力で走れるのか、いつもならは疑問に思うであろうことも、今は考えない。ただ、一直線に走る。
そんな彼女に気づいた大河たちが戦いながらも、驚きの視線をなのはに……そして、その手に持つ小太刀に向けていた。
なのはは、そんなものには気にせずに恭也のほうへと向かう。
恭也が神速を使おうとするのがわかった。

「だめえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

なのはは恭也を止めるように叫びながらも、純白の小太刀……白琴を何もない空中に向かって数回振るう。
すると、その振るわれた空間に光の線が現れ、なのはの身の丈ほどの魔法陣となる。
その魔法陣から、光の奔流があふれ出る。
それが恭也の目の前にいたモンスターたちを飲み込んだ。
恭也は驚いていたが、それでも冷静さを失わずに、今できた穴からモンスターの包囲網がら脱出する。
なのははそれを確認すると、さらに何度も白琴を空中で振り回す。
先ほどよりもずっと小さい魔法陣が六個、空中に浮かぶ。
そこから、今度は六つの炎が現れ、残されたモンスターたちを焼き尽くした。




恭也は呆然としながらも、なのはのそばにまで近づく。

「おにーちゃん! 膝、大丈夫だよね!?」
「あ、ああ」

恭也は驚きながらもそう答える。
そして、クレアを降ろし、なんとか顔を彼女に向ける。

「ク、クレア、お前は向こうに隠れていろ」
「う、うむ」

クレアも呆然としていたのだが、頷いて邪魔にならないほうに駆けだした。
それを確認すると、恭也はもう一度なのはに視線を……いや、正確にはなのはの持つ純白の小太刀に視線を向けていた。

「なのは、それは……」
「わ、わかんない。おに〜ちゃんがクレアさんを抱えながら神速を使いそうだったから、それで無我夢中で……そしたら、頭の中に名前が浮かんで」

間違いなく召喚器だ。
恭也は顔を歪める。
レティアに言われていたのに、なのはに戦う道具を持たせてしまうことになっていしまった。

「お、おに〜ちゃん、背中、痛いの? それとも膝が……」

そんな恭也を見て、なのはは勘違いをしたらしい。

「大丈夫だ。そんなことより……」

恭也が言葉を続けようとするが、その前に……。

「恭也! こっちも手伝いなさいよ!」
「まだ終わってねぇぞ!」

リリィと大河が叫んでくる。
クレアを襲おうとしていたモンスターはなのはが倒したが、まだ大河たちが戦うモンスターが残っている。

「なのは、お前も隠れていろ」
「大丈夫だよ。私も白琴があるから戦える」
「ダメだ!」

恭也はできるだけなのはは戦わせたくない。
強く言えばなのはも納得してくれると思っていた。
 だが、なのはは首を縦には振らない。

「大丈夫! 絶対に無茶はしないから!」

この目は絶対に言うことを聞いてくれないときの目だ。
なのはは時にして頑固となるから。

「……っ、わかった。今回だけだそ」
「うん!」

なのはが頷いたのを確認して、恭也は大河たちのほうに向かう。
その攻撃は今まで以上に容赦がない。
なのはを守るため、恭也はモンスターを本当に容赦なく斬り捨てていく。
なのはも、白琴を敵のいない空中に振るい、先ほどのような力を使って援護する。
大河たちもそれぞれの能力をフルに使い、モンスターは次々と滅ぼされた。
残りのモンスターたちが滅ぼされるのには、それほどの時間はかからなかった。
戦いが終わり、恭也はなのはが持つ純白の小太刀を見つめて、深々とため息をついた。
だが、白琴はまるで、その恭也に微笑むかのように、陽を浴びて光り輝いていた。



その頃食堂では……。

「なのはちゃ〜〜〜〜〜〜ん! 早く戻って来て〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

昼休みが始まり、生徒たちが怒濤のように流れてくる食堂で、なのはが戻らないため、知佳は一人、超過密な仕事量の中でウェイトレスをこなしているのだった。






あとがき

やっとクレアが登場。
エリス「前半、かなり端折ってるね」
 書いてあったんだが、さすがに全て入れるととんでもない量になるから。
エリス「しかも、早くもなのはまで召喚器を」
本当はもう少し後の予定だったのだが、急遽今回持たせることになった。まあ、話の都合だな。
ホント、レイジング・ハートにするか本気で迷った。まあ、さすがにそれは、と思ってやめたけど。だけど結局魔法少女に。いや、魔砲少女か?
エリス「でも召喚器の名前、漢字なんだ?」
漢字の召喚器がないわけじゃないしね。小太刀だからそっちのほうが合うんじゃないかと。
エリス「たんにアンタが日本語以外がダメダメだからでしょうが。というか日本語もやばいんじゃないの」
う、日本語はともかく、その通りと言えばそうなんだが。
エリス「それにしても、メイド服で戦闘って。まあ、それを言うとノエルさんもそうだけど、なのはが……」
何を言っている。なのはは今後メイド服で戦闘だ。
エリス「本気?」
本気だとも、
エリス「うん、まあ、いいんだけどね。けど、クレアが出てきたのはいいとして、本来なら、すでに登場していないといけない人がまだ出てきてないんだけど」
脳が足りんというか、ノータリンという感じの彼女ですな。忘れているわけじゃないんだけど、流れ的に出しづらくてな。
とりあえず、次回は後半(?)の話になります。よろしくお願いしまーす。
エリス「ではまた次回で」
楽しみにしてもらえると嬉しいです。





遂に召還器を手にしてしまったなのは。
美姫 「彼女の運命は!?」
にしても、メイド服が標準装備か。うんうん。
美姫 「いや、それでそんなに喜んでいるのはアンタだけだって」
そんな事はない!
美姫 「ああ、はいはい。またメイドの話で長くなるのは嫌だから、さっさと行くわよ」
酷い…。
美姫 「なのはも救世主クラスになってしまうのかしらね」
それは気になる所だな。
美姫 「次回以降も非常に気になるわ」
次回も楽しみにしてます!
美姫 「それじゃ〜ね〜」
ではでは。



頂きものの部屋へ戻る

SSのトップへ