この世で最上位の存在は何だと聞かれたら何と答えるかしら?
傲慢な者なら人間と言いそうね。
もっと傲慢な者なら、それは自分だと答えるかもしれないわね。
でも、その信仰心に関係なく、多数の者は神と答えるのではないかしら。
それはある意味正しい答え。
人の上位に神は存在する。
けど間違ってもいる。
神は『最』上位の存在とは言えない。
人よりも上位な存在である神。
その神よりも上位な存在がこの世にはいる。
いえ、『いる』という表現も間違っているわね。
正しくは『ある』というべきかもしれない。
クスッ、ごめんなさい。
前置きが長かったかしら?
それではそろそろ始めましょうか。
終わりにして始まりを止める者たちの物語を。
その中心に立つ青年の物語。
その青年は、平和だと言われる世界に住みながら、過酷と言ってもなお生温い幼少時代を過ごし、平和だと言われる世界で、その平和をただ受け入れず、大切な人たちを守るために幾らかの代償を糧にして、幾らかの力を手に入れた。
青年は今も力を求めてやまない。
大切な人たちを守るために。
これは、そんな優しくも、本当の意味の強さを秘める青年を中心とした物語。







選ばれし黒衣の救世主

プロローグ








平日の……それも正午を少し過ぎたばかりの住宅街は静かだった。
時間帯が時間帯ならば主婦たちが井戸端会議でもしているのだろうが、昼食の片づけでもしているのか、そういった姿は見当たらない。
そんな静かな住宅街をゆっくりとした歩調で歩く全身黒ずくめの青年。黒いコートに黒いズボン、ちなみコートの下も黒である。

「いつも不思議に思うが、あのマッサージは人を治しているのか壊しているのかわからない音が響くのに、どうしてその後はこんなに楽になるんだろうな」

青年……高町恭也は腕を振るい、肩を少し回して独り言を漏らす。
先ほど味わったマッサージの名を借りたお仕置きは、その時は絶大な痛みをもたらしたが、その後はいつも通りにかなり身体が楽になった。
恭也は病院からの帰りだった。
本来ならば二週間も前に通院しなければならなかったのだが、病院嫌いな彼は、色々な理由をつけて先延ばしにしていた。
だが、今日は大学の授業を受けるまでの時間にゆとりがあり、それを知った対恭也最終兵器、高町家の末っ子の活躍によって病院へと送り出された。
そして恭也は、その病院で今まで来なかったお仕置きとして、高町家のホームドクターと化しつつあるフィリス・矢沢に特別長いマッサージをされたのであった。
これから大学へ行かなければならないのだが、授業に必要なものを持ってきてなかったので、一度帰宅することにしたのである。
とは言っても、それを彼の親友である二人が聞けば、授業はほとんど寝てるだけなのだから意味がないのではないかと突っ込んできそうだが。

「ん?」

ふと視線を下に向けた時、何か落ちていることに気づいた。

「本?」

そこには紅い……炎のように紅い表紙の本がぽつんと道の真ん中に落ちていた。
妹にして弟子の美由希なら喜んで近寄りそうだが、恭也はそこまでの読書家ではない。

「しかし、かなり貴重な本にも見えるな。警察に届けるべきか」

そう呟いて本へと近寄り、触れようとしたときだった。

「なっ!?」

恭也の手が本に触れるか触れないかの距離に達した時、それはいきなり光り出した。
恭也は危機を感じて離れようとするが、その光は一気に大きくなり彼の身体を飲み込む。
その光の中で恭也は確かに見た。
逆光のせいでシルエットだけで見える女性の姿を。

『……に選ばれし……世主……破滅……時……せまっ……るわ……あな……が……救わ……れば……ない……あな……にはその力……ある……』

女性なのかわからないが、頭に響く声が聞こえたとき恭也は意識を失った。



◇◇◇



「はい。今日の授業は終わりよぉん」

戦技科の教師であるダリアが妙に間延びした声で、救世主候補クラスの学生たちに告げる。

「うーし、飯だ飯だ!」

ダリアの終了の言葉を聞き、男性初の救世主候補、当真大河は腹を押さえながら言う。

「お、お兄ちゃん。今、実技の授業が終わったばかりなのによく食欲わくね」

彼の妹、未亜が呆れたように顔を見せた。

「なにを言う。人間は三大欲求を感じたらすぐに満たすべきだ」

そんな大河の言葉を聞いて、救世主候補生主席であるリリィ・シアフィールドは口元に冷笑を浮かべた。

「アンタの場合、真っ先に満たすのは性欲でしょう?」
「当然だろう。というか、それは男の義務だ!」

皮肉に対して、大河は本当堂々と胸を張った。

「大河君、威張ってどうするんですか」

その大河へ、僧侶であるベリオ・トロープは苦笑とも呆れとも取れる笑みを見せる。
そんな救世主候補たち一同の会話に唯一乗ってこなかった、召喚士のリコ・リスは不意に空を見上げた。

「ダリア先生……」

小声に聞こえるが、それでも他の者たちからすれば、彼女にしては大きく聞こえる声でダリアに話かける。

「どうしたのぉん?」
「何者かが、この世界に侵入してきます」
「それって、また救世主候補が来たってことか?」

大河の言葉にリコは静かに首を横にへと振る。

「いえ、赤の書は私に何も伝えて来てはいません。それに、大河さんたちの場合とも少し違うみたいです」

こんなにも長台詞のリコも珍しいが、内容からしてそんなことを言っている場合ではなかった。

「大変。すぐに召喚の塔に行きましょう」

新たな仲間が現れるかもしれないからか、それともその人物が正体不明であるからなのか、ベリオの声は少しだけ興奮気味だ。

「そうね。そいつが何者であれ私たちが行くべきだわ」

リリィの言葉に全員が頷くと、ダリアを含めて召喚の塔へと目指して駆け出した。




「ん……ここは……」

目を覚ました恭也はゆっくりと身を起こす。
習慣で自らの身体の状態を確認するが問題はないようだった。
すぐに先ほどのことを思い出してあたりを見渡す。
そこは見慣れない部屋。少なくとも先ほどまでいた住宅街ではなかった。
石造りで、それなりの大きさの部屋。
恭也が倒れていた床には、何やら不可解な紋様が描かれている。

「ここはどこだ?」

気を失っている間に連れて来られたのかしもしれない。
誰かの悪戯だろうか?
こんなことをしそうな知り合いは……たくさんいた。
そんな答えが浮かんで、恭也は一瞬自分のこの特異な交友関係はどうなっているのか非常に気になってしまったが、この場所に近づく複数の気配に気づき、立ち上がって扉の方に視線を移す。
それと同時に扉が勢い良く開け放たれ、気配で感じたとおり複数人の男女が入ってきた。
恭也は入って来た者たちを見る。
ほとんどの者が恭也よりも幾分か年齢が下であろうと思われる。
敵意はない……いや、一人だけ燃えるような長い赤い髪を持つ少女が敵視するような視線を向けてきていた。
そんな中、唯一年上に見える女性が恭也の前へと進み出る。

「とりあえず、ようこそ根の国アヴァターへ。う〜ん、どう見ても男の子よね〜。救世主候補じゃないのかしら。でも大河君って言う前例があるし」

女性は何やら言っているが、恭也はそれどころではない。
その大きく胸の部分を露出させた格好を見てしまい、顔を赤くして、そのまま横へと向いてしまう。

「大河君とは違う新鮮な反応だわ〜」

女性はそんな恭也を見て、面白いとでも言いたげな表情を浮かべた。
恭也は女性の胸をなるべく見ないようにして、顔を元の位置に戻す。

「あの、アヴァターと言っていましたが、ここはどこなんでしょう?」

一番疑問に思っていたことを聞いたが、女性が答える前に金髪の髪を両脇で二つに縛った髪型……ツインテールにしている少女が今度は進み出て来た。

「……たは?」
「は?」

その小さな声に恭也は思わず眉を寄せて聞き返してしまった。

「あなたは、どうやってここに来たのですか?」

先ほどとは違ってはっきりと聞こえたが、それは恭也が聞きたいことであった。

「どうやって、と言われても気づいたらここにいたので」

先ほどの状況を思い出すように目を細め、恭也はゆっくりとした口調で続けた。

「たまたま道に落ちていた本を手に取ったら、意識を失い、気づいたらここにいたのですが」

恭也が説明すると、金髪の少女は目を細める。

「どのような本でしたか?」
「紅い……炎のように少しオレンジが入ったような紅い表紙の本でしたが」

恭也がそう言うと眼鏡を掛けた、同じく金髪の女性が恭也と話していた少女の方を向いた。

「ねぇ、リコ」

女性の言葉からすると、どうやら恭也の目の前いる少女はリコというらしい。

「それって赤の書じゃないのかしら?」
「違う……と思います」

リコは女性の言葉をゆっくりとした声で否定する。

「赤の書を炎のように紅い……というふうに見る人は少ないと思いますから」

その言葉に反応し、今度はどこかの学校の制服と思われるものを着た少年が口を開く。

「確かにあれは炎って言うよりも、血みたいな赤って感じだったよな」

その少年の言葉に、リコは微かにだが頷いた。

「じゃあやっぱり赤の書が連れて来たわけじゃないってこと? 侵入とか言ってたし、何でこいつはここにいるのよ?」

今度は恭也に敵意を向けてきていた赤髪の少女が話しだす。

「それは……」

赤髪の少女の言葉にリコが何か言いかけたところで、あの大胆な服を着た女性が全員を落ち着かせるように手を叩く。

「はいはい。それよりもまずはこっちの彼に説明してあげないと〜。赤の書が呼んだんじゃないとすると、何も知らないはずだし」

それを聞いて、彼らは頷いて口を閉じた。
女性は再び恭也の方へと向き直る。

「まずは、学園長にも報告したいし、ちょっとついて来てくれないかしら?」

そう聞かれ、恭也は少し考える。
だが、すぐに大人しくついていった方が賢明であろうと思いたった。
どこにいくかはわからないが、断ってここにいる全員を敵にまわす必要はないと思い、さらに自分が今置かれている状況がわからない。この者たちの話を聞いた方が良さそうだと判断した。

「わかりました」



◇◇◇



恭也が案内された部屋には、一人の女性がいた。
そして、先ほどのメンツもいる。

「初めまして、私はこのフローリア学園の学園長、ミュリエル・シアフィールドです」
「高町恭也です」

恭也はその女性を見ながらも、軽く頭を下げる。
自己紹介が終わると、大胆な服を着た……ここに来るまでの話の中でダリアと名乗った女性が口を開いた。

「まずここ……というか、この世界は根の国アヴァターと呼ばれているの。幾つもある世界の根幹世界。簡単に言えば世界の中心という感じかしら。だから、この世界で起こることは、あなたの世界を含めた、全世界に大きな影響を与えるの」

さらにダリアの口から細胞だとか、血液だとかいう表現が出たが、正直恭也には良くわからない。

「はあ」

それでも恭也はその説明を聞いて、少し考えると口を開いた。

「つまるところ、ここは俺の生きていた世界ではない、と?」
「そういうことね」

その肯定の言葉を聞いて、恭也はため息を吐くしかなかった。
今までも色々と不思議なことを体験して来たが、極めつきがこれか。
とうとう世界まで越えたらしい。
母親や親友など、からかうことに命をかけているような行動を見せる彼女たちでも、まさかここまで手のこんだことはしないだろう。
ここまでしない、というだけであって、できないとは言えない……いや、思えないのが辛いところではあるが。

「説明、続けてもいいかしら?」

どこか哀愁を漂わせてため息を吐いた恭也を見ながら、ダリアは聞く。

「お願いします」
「この世界はね、文明がある一定のレベルに達すると……だいたい千年置きほどに、どこからか破滅の軍勢が現れて滅ぼされてきたの」

何やらかなり物騒な話になってきた。

「でも、その破滅の軍勢に対抗する存在もあるの、それが救世主。そして、ここにいる彼女らがその候補生たちよ。今までの救世主、救世主候補たちは全員女性だけだったんだけどねぇ」

そう言ってダリアは、顔を先ほど何やら質問したりしてきていた少女たちに向けた。

「ここはフローリア学園と言って、救世主候補たちを集めて、真の救世主となれるように教育しているの。と言っても傭兵科とか、ほかにもクラスはあるけれど」

すぐにダリアは恭也の方に向き直る。

「救世主……ですか」
「そう。赤の書と呼ばれる書に選ばれて、この世界に召喚され、召喚器を操る者」
「召喚器?」
「ええ。インテリジェンスウェポンとも呼ばれてるけど。それが救世主たちの武器。救世主たちはこれを呼び出して戦うの。つまり、それを持っているということが、救世主の資質を持っているという証明というわけ」
「そうですか」
「というわけで、あなたにも救世主候補の試験を受けてもらいたいんだけど」
「ですが、救世主候補の皆さんの話を聞く限り、俺はその赤の書というのに選ばれたわけではないようですが。それに俺は男ですよ。救世主は女性だけではないんですか?」

恭也がそう聞くと、ダリアは意味ありげに先ほどの少年を見る。

「彼も救世主候補なのよ」
「は?」

恭也もその少年に視線を向けるが、どう見ても男にしか見えないし、ダリア自身も彼と言った。

「そういうこと、今までのって言ったでしょう? 今回は初の男性救世主候補が現れたの。だからあなたもそうである可能性がないわけじゃないのよ」
「しかし赤の書というのは? 先ほど言ったように俺はそれに選ばたわけではないようですが?」

恭也がもう一度それを聞くと、最初の自己紹介以来ずっと黙っていたミュリエルが口を開いた。

「赤の書に選ばれていない、やはりそれも救世主ではないという断定ではありません」

ミュリエルは、はっきりとそう言い切った。

「高町恭也さん、先ほどダリア先生も言いましたが、この世界で起きたことは別の世界にも……つまりあなたの世界にも影響を与えます」
「俺の世界にも破滅が現れるかもしれない、と?」
「そうです……いえ、それどころか世界の根であるこのアヴァターが滅ぼされた時には、それだけであなたの世界も同時に滅ぶ可能性が高いです」

どちらにしろ、この世界が滅ぼされれば、次は恭也たちの世界かもしれないということ。それは恭也の大切な家族や友人すらも巻き込まれるということだ。
だが、この世界には少なくともそれに対抗するために手段があり、それをなそうとしている。
守りたい人たちまで巻き込まれるというのなら、恭也には考えるまでもないことだった。

「わかりました。その試験、受けさせてもらいます」

だからこそ恭也は大きく頷いた。。



そしてそれからミュリエルに促されて、全員で再び移動を始める。

「ところであんた」

どこかに移動している途中に、先ほどの少年に話しかけられた。

「服装とかからして、もしかして地球から来たのか?」
「ええ。そうですが」

恭也が少年にそう返事をすると顔を顰められる。

「その敬語、やめないか? あんたの方が俺たちよりも年上みたいだしさ」
「む、わかった」

恭也が頷くと、少年の隣にいた黒髪の少女が少しばかり呆れ気味に、そしてどこか恥ずかしげに少年を見上げた。

「普通お兄ちゃんが敬語で喋るものでしょう?」

どうやら二人は兄妹であるらしい。

「いや、俺はかまわない」

恭也は少女に向けて僅かに笑って言う。
すると少女がほんの少しだけ頬を赤くした。それと同時に頭を下げる。どうも人見知りするのか、初対面ということで恥ずかしがっているようだ。

「わ、私は当真未亜と言います。当真だとお兄ちゃんと一緒になっちゃうんで未亜って呼んでください。よろしくお願いします」
「俺は当真大河だ。大河でいいぜ。よろしくな、恭也」
「ああ。よろしく、未亜、大河」

恭也は二人に頷いて返す。

「しかし、こんなところで同郷に会うとはな」
「確かにな」

恭也の言葉に、彼だけでなく大河と未亜も少しだけ苦笑してしまう。
そこで恭也は何やら視線を感じ、その視線を感じ取れる方向へと顔を向けると、あの赤髪の少女がやはりどこか敵意のこもった視線を向けてきていた。
何かしたかとも思ったが、覚えがないので恭也は首を傾げるだけだった。



◇◇◇



今、恭也は闘技場の真ん中に立たされていた。

「落ち着かんな」

そう言って深々とため息を吐く。
恭也が連れられて来たのは、学園の中にある闘技場だった。その観客席は学園の生徒たちで満杯だった。
救世主候補生のテストとは大々的にやるものであるらしい。
ミュリエルたちの説明では、救世主になる者は多くの人の心を掴めなければいけない、ということである。

『え!? また男!?』
『全身真っ黒だなあ』
『カッコいい』

などという声が聞こえてくるが気力で無視する。
これから現れる敵を倒す。その敵は人間ではなく、化け物、魔物、モンスターなどと呼ばれているものであるらしい。
化け物に近いものならば何度か見ているし、戦ったこともある。
何が来ても問題ない。



◇◇◇



ミュリエルやダリア、他数人の教師と救世主候補たちは、一番近くの特等席で恭也を眺めている。

「それで学園長、恭也君の相手はどの子にしましょん?」

ダリアに問われてミュリエルは少しだけ考えた後に口を開いた。

「ゴーレムにしましょう」
「え!? ゴーレムですか!?」

ミュリエルの答えに、ダリアは思わず驚きの声を上げた。
実際の所、大河のときの試験もゴーレムが相手であったのだが、それは大河自身に召喚器を持たせるためではなく、その妹である未亜に兄の危機を見せて召喚器を手に入れさせるという、荒療治とも言える目的があったからだった。
ちなみに大河もそれに何となく気づいているが、未亜は助けられたし、そのおかげで自分も召喚器を手に入れられたので良し、ということにしてある。
本来、まだ召喚器を手にしていない者にゴーレムというのはかなりの脅威だった。
スピードも巨体で歩幅が大きいため移動が速く感じ、防御力もかなりのものでそう簡単に傷つけることもできないし、その巨体から放たれる一撃は人など簡単に滅せることができる。
現在、救世主候補である彼らは、一対一で戦っても余程油断しなければ負けることはないだろうが、苦戦させられることは間違いなかった。

「大丈夫。彼はおそらく、何かしらの武術の達人でしょうから」

ミュリエルはその立ち居振る舞いから、恭也がかなりの強さを持っているということに気付いていた。
だが、そんな彼女に義娘であるリリィが珍しく反論する。

「でも、あいつはあのバカ……当真大河の同郷ですよ!? 平和ボケした人間にゴーレムなんかと戦えるとは思えません!」

そんな義娘の発言を聞いてもミュリエルは顔色一つ変えない。

「強さ、というのは平和だから手に入らないというわけではありません。いえ、平和だからこそ手に入れられる強さもあるのです。
それに今回の試験は、別に勝てと言っているわけではありません。召喚器を手に入れることが目的です。もっとも召喚器を手にすれば、ゴーレムとて一人でも勝てない相手ではありませんが」

義母にそう言われては何も言えないのか、リリィは口を噤んだ。

「じゃあ、学園長、ゴーレムでいいですか?」

ダリアの言葉にミュリエルは頷いた。



◇◇◇



恭也の目の前にある鉄格子が上へと上がっていく。その奥の暗い部分からゆっくりと巨体が現れる。
いびつな人間の形をした石造りの巨人。
それがゴーレムと呼ばれるモンスターだった。
さすがの恭也もこれには驚くしかない。

「これが相手ということか」

それがわかると恭也は驚きを消して、コートの下に背負いで隠されていた小太刀……八景を抜いた。
巨体で歩幅が大きく、思っていたよりも速くゴーレムは攻撃を開始した。
その両手を組んで、力任せに叩きつけてくるが、恭也は慌てずに飛び上がり、それを回避する。
そして、そのままゴーレムの身体の中で一番細い……それでもかなりの太さであるが……首へとめがけて斬りつける。

「やはり固いな」

眉間に皺を寄せて呟く。
やはり強度も見た目通りで、八景は甲高い音を響かせて弾き飛ばされてしまった。
斬を極限にまで込めれば斬れないこともないだろうが。
そんなことを考えながらも、恭也は身体を回転させてすぐに地面へと着地する。
それと同時にゴーレムは拳を振り下ろしてくるが、恭也は横へと飛び、回避。
スピード自体は恭也からすれば大したことはない。油断さえしなければそうそう直撃することはないだろう。
が、同時に攻撃手段が限定されてくる。
いや、攻撃自体は問題ないのだが、強固なゴーレムの装甲を斬るというのが難しいのだ。鉄をも切り裂く斬ならば可能ではあるだろうが、どの部分を斬れば止まるのか。首を斬っても止まりそうにない。
ならば内部から、全体的に打ち砕く。
そう考えて恭也は次の攻撃手段を決定した。
そのために残る一刀も抜こうとした時だった。

「ん?」

ゴーレムの動きが突然止まった。
恭也にもう一度その拳を打ちつけるために、腕を振り上げたまま、まるで本当の彫像にように。

「どうしたんだ?」

恭也は戦闘態勢こそ崩さないものの訝しげな顔を見せる。
その時、ゴーレムの瞳の色が変わった。
緑がかかった瞳から白へ。




「どうしたの?」

突然止まったゴーレムを見て、救世主候補たちも困惑していた。
あんな姿ではあるが、ゴーレムもモンスター。それが機械のように突然停止するというのは本来ありえない。
だが現実に、ゴーレムは攻撃態勢のまま微動だにしない。
ミュリエルも疑問に思いつつ、これは一度試験を中止して、他のモンスターに変えるべきかと思案する。
そして、ミュリエルが何かを言おうとした時、ゴーレムが再び動き出した。
だが、ゴーレムは振り上げた腕を降ろすと、なぜか恭也に背を向けてしまったのだ。

「え? え?」

ダリアを含めた教師たちも何が起こっているのかわからず、そんな言葉を漏らすだけだった。
その時突如、ゴーレムが動き出した。
いや、動き出したというのは正しくない。暴れ出したのだ。
まるで小さな子供が癇癪を起こしたかのように、両手を滅茶苦茶に振るって暴れ回り始めた。

「んなっ!」

ゴーレムは拳を地面に打ち付けて抉って回る。
その破片が、たまに恭也に向かっていくが、彼はそれを淡々と躱していた。
しかし、恭也もこの世界に来たばかりで何もわかっていない。そのため、この状況をどう判断していいのか迷っているようだった。

「まさか!」

そんな中でミュリエルが大声を上げた。

「破滅が入り込んだ!?」
「ええ!?」

破滅がモンスターに入り込み、凶暴化したものというのはこの頃は度々目にするが、それでも目の前でいきなり破滅と化すのを見るのは、その場にいる全員が初めてのことである。
その驚きのために行動が遅れてしまう。だがその間も目の前でゴーレムは未だ暴れ続けている。
そして、とうとう観客席の手前まで移動していた。

「いけない!」

誰かが叫ぶ。
その瞬間には、遠距離攻撃が可能な者たちが、何かしらのアクションを取っていた。
だがゴーレムは今、彼らが見学している場所から反対の位置へと移動していて遠すぎる。
攻撃の狙いが絞れない上に、見学者たちの位置が近すぎた。下手に大きな魔法や攻撃を加えれば見学者たちを巻き込んでしまう。
かといってゴーレムの防御は並ではない。生半可な攻撃ではダメージすら与えられない。
そんな理由で全員が攻撃を躊躇している間に、ゴーレムが闘技場の壁を殴った。
その振動で、観客席にいた一人の少女が闘技場のフィールドに落ちる。
落ちたことでのダメージはないようだが、その目の前には、彼女に向かって拳を振り下ろそうとするゴーレムの姿があった。

「まずい!」

遠いはずなのに、そこにいる全員が恐怖に歪む少女の顔が見えた気がした。
だが、残酷な神は、まだその少女を見捨てることはなかったらしい。
何かしらの異変に気づいたのか、恭也がいつのまにか少女の傍へと駆け寄っていた。
そして、剣を持っていない左腕だけで少女を持ち上げ、やはり片腕でだけで彼女を上へと投げ飛ばす。
かなり酷い扱いではあったが、少女は再び観客席の中へと逃れることができた。
だが、少女に向かっていくはずだったゴーレムの拳が恭也へと向かっていく。
恭也は少女を投げた直後のため、身体を大きく開けている状態で中途半端な体制だ。
全員がわかる。
あれは躱せない。
彼は死ぬ。
そう理解してしまった。




恭也の目の前にゴーレムの巨大な拳があった。それは確実に彼に迫ってきている。
まずい、直感的にそう思った。
躱せるか?
そう自問した瞬間だった。





時が止まった。





恭也の見える全ての風景が、目の前のゴーレムの拳が灰色に染まる。
そんな中、全てのものの動きが完全に停止していた。
恭也が扱う、あの領域ではない。
いや、そもそもあの領域でも、時間が完全に停まるなどということはありえない。
だが、確実に全てが停止している。

《俺の名を呼べ》

声が聞こえた。
頭に直接響いてくる男の声。
懐かしく、どこかで聞いたことがあるような声。
その瞬間、何かの名前が浮かんだような気がした。
自分はそれを呼べばいい。
そうすれば……

「ダメよ」

さらなる声が響いてきた。
それは先ほどの男とは違う……頭に響いてきた声よりも幼く、女性の声だった。

「召喚器なんて呼ばれたら困るのよ」

はっきりと耳に聞こえてくる声。
そして、その姿が見えた。
恭也とゴーレムの拳との僅かな間に、一人の少女が浮かんでいた。
まるで炎のように紅く長い髪をなびかせた少女。

『君は……?』

恭也は声にならない声をあげる。

「召喚器なんて呼んだら、あいつにあなたの存在がばれちゃうかもしれじゃない」

紅い少女は恭也の問いが聞こえていないのか、答える気がないのか、そんなことを言う。
そして、恭也を見ながらも、その奥にあるものを見つめるような視線を向ける。

「召喚器のあなたは敵だ、なんて言うつもりはないわ、今までずっと彼を見守って来たんだし。でも結局、今はまだあいつに縛られてる存在なんだから。あなたには悪いけど、彼にあなたを召喚させるわけにはいかないの」

その言葉が響いた時、恭也の頭の中に浮かんだ名前が霧散し、それが何の名前であったのかさえ思い出せなくなる。

「ごめんなさい。でも協力して」

少女はやはり恭也ではない誰かに、その言葉を向けていた。それが恭也にはわかった。
そして、ようやく少女が恭也自身を見つめてきた。

「あなたもこんなの危機のうちには入らないでしょう? 今まで幾つもの危機を乗り越えて来たんだから、こんなもの誰の力も借りないで、あなた自身の力でどうにかできるはずよ」

少女はどこか怒ったような、それでいて心配するような表情を浮かべる。
だが、すぐにその顔が柔らかな微笑みに変わった。

「頑張って、私のマスター」

少女の姿がどんどん霞むようにして消えていく。
その瞬間、恭也は悟った。
もうすぐ、この不思議な時間が終わるのだと。
そして、すぐに自分の危機……少女の言葉を信じれば危機とは言えない時が再会されるのだと。
少女の身体が完全に消えた。





そして、時が戻った。





恭也はすぐに、あの領域へと……神速へと入る。
先ほどの灰色の世界に近い世界……モノクロの世界が展開される。
その仲で目の前のゴーレムの拳がスローモーションで近づいて来ていた。
自分以外が遅くなった世界の中で、恭也はそれらよりも幾分か速いスピードで走る。
ゴーレムの拳が着弾する場所から離れ、さらにゴーレムの背後へ。
そして、再び時が普通に動きだす。
瞬間、恭也はもう一刀を抜く。
背後から、二刀を十字にクロスさせて斬りつける。
ゴーレムの巨体が、プレる。同時にゴ身体に罅が入り、一部が砕けた。
御神流の中で最も破壊力がある奥義、雷徹。
内部への破壊力を伴った攻撃により、ゴーレムの巨体が崩れ落ちる。
恭也は、その巨体が動かないことを確認すると小太刀を鞘に納め、全身の力を抜くように息を吐き出した。
一応、膝が痛むが耐えられないほどではない。やはりフィリスの治療が効いているのだろう。
そんなことを考えてから恭也は空を見上げる。

(まさか、いきなり切り札を晒すことになるとはな)

心の中で、またため息を吐いてしまった。

(さっきのは一体なんだったんだ? それにあの少女は……)

あの少女の声は聞き覚えがあった。
間違いなく、この世界に来る前、あの光に包まれた時に聞こえた声だった。
そんなことを考えていると、いきなり観客席から大きな歓声が上がる。
こうして、恭也の試験は終了した。




あとがき

どうも初めまして。テンと言います。あとがきというか解説?
エリス「なんで疑問系? あ、私はエリスです」
というか、なぜ君がここにいる?
エリス「ヒロインだもの」
いや、君はオリジナル小説のヒロイン、それも昔に書いたやつの。まあ、まったく関係ないわけでもないけど。だけど、これには出ない。
エリス「出せ」
無茶言うな。
エリス「じゃあ美姫さんを見習って助手?」
助手なのか?
エリス「ああ! 文句ばっか! もうとっとと解説いきなよ! 早くしないと消し炭どころか灰も残さず滅却するよ!」
は、はい! とりあえず、このSSはデュエルセイヴァーととらハのクロスです。
エリス「とは言っても、かなりオリジナルが入ってるよね?」
というか、実は昔……ほんっとうに、かなーり昔、ワープロで書いていた時代、それも○学生の頃のオリジナル小説の設定を使ってたりして。
エリス「んで、それは?」
すでに原文がいくつか……いや、ほとんど消失してるほど昔。というか君、それのヒロイン。
エリス「じゃあ、やっぱり私がヒロインなんじゃない」
違う。そのまんま使ってはいないから、純粋に設定のいつくかだけ。それもホント触りの部分……いや、逆、深い部分のみ。とりえず、オリキャラは出てくるけど、重要な役を持っているのは少な目に。
エリス「とらハの方は恭也しか出ないの?」
いや、出ることは決定してるけど、誰が出てくるかまでは考え中。何人かは決まってるんだけどね。ほとんどの道筋は出来てるんだけどメインヒロインも決めてないし。
エリス「だから私……」
それはもういいから。時間軸なんかとしては、とらハの恭也は全員クリアだけど恋人なしのご都合ルートを通過。デュエルの方は大河がベリオに勝って指導が終了。ブッラクパピヨンの事件も終了。それからちょっとだけ時間が経ったって感じ。
エリス「指導終了ってことは……」
考えるな。そのへんもあってベリオが恭也のメインになることはないと思います。でも、ベリオが嫌いってわけじゃないです。というか、むしろデュエルのヒロイン全員好きなんですが。まあ、大河も主役みたいなものだし。
エリス「言い訳とあんたの趣味はいいから」
ういっす。あとは、とりあえず恭也は二二歳の大学三年。本編からは三年後の冬って感じです。実質三年半後ぐらい。これは彼にもっと経験を積ませるための時間が欲しかったからというのと、他にも理由があったりするんですが。それで膝の方は快方には向かっていますが完治はしてません。デュエルと季節合ってないか?
エリス「とりあえず、こんなところ?」
まあ、今のところは。あと浩さんが書くDUEL TRIANGLEのネタバレになりそうなことは書くつもりはありません。いや、まあちょっと危険な表現もするかもしれませんが、濁して書くつもりです。解説は以上です。
エリス「こんなのですが見捨てないでください」
お、お願いします。
エリス「それじゃあ、滅却されたくなかったらとっとと続きを書け」
り、了解!



デュエルとのクロス〜。
美姫 「アンタのよりも面白い」
うぐ。い、言わないで……。
美姫 「デュエルのネタバレに関しては、こっちの方でやっちゃうかもしれないわよね」
まあな。まあ、そんなのは気にしない〜。
美姫 「いや、少しはしなさい」
だから、テンさんも気にしないで〜。
美姫 「それなら、よし!」
さてさて、あの少女は一体何者なのか。
美姫 「幕の上がった物語」
一体、どんなお話が始まるのかな〜。
美姫 「次回も楽しみにしてます」



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