あとがき物語 二つの伝説 6−A

    *

「いたた……、二人とも大丈夫?」

「うう〜……、なんとか平気や」

「同じくです」

 どうやら先程の揺れで床が抜けたようだ。わたしは全身の痛みに顔を顰めながら、手探りで懐中電灯を探す。

「遠くに転がってないといいんだけど……」

 辺りに手を彷徨わせていると、ほどなくして硬い物に手が当たった。

「これかな?」

 手探りでそれの形を確かめて、スライド式のスイッチと思しき所をずらしてみる。

どうやら運がよかったようだ。途端に当たりは眩い光に照らし出された。

「いったい何が起こったん?」

 わたしの上で同じく顔を顰めながらわたしに尋ねる柚菜。由衣は少し離れた所でよろよろと起き上がっていた。見たところ、目立った怪我はなさそうだ。よかった……。

 それにしても、柚菜はやっぱり柔らかいな……。って、そうじゃなくて。

「さっきの揺れで床が抜けたみたい。……うわ、けっこう高い所から落ちたな」

 上を見上げると、遥か頭上に穴の開いた天井が微かに見えた。よく生きていたものだ。

「柚菜、怪我はない?」

「紀衣が庇ってくれたけん、うちは平気よ。それより紀衣は怪我してへん?」

 そう言って起き上がると、柚菜は心配そうにわたしの顔を覗き込んでくる。

「あちこち痛いけど……、大丈夫みたい」

 擦り傷の類は結構あるけど、致命傷はなさそうだ。

「せやけど傷だらけやん。ほっといたらばい菌が入ってまう」

 柚菜は足下に転がっていたリュックをごそごそやる。

「……よかった、ちゃんと入っとる」

 安堵したようにそう言うと、柚菜はリュックの中から救急セットを取り出した。あんな物入れてたかな?

「おし、ほな脱がすで」

「えっ?脱ぐって……うわわっ、なっ何やってるの」

「脱がさなちゃんと手当てできへんやろ?はい、ちょっと沁みるで」

「っ!だからっていきなりすることないじゃない」

 わたしの水着を脱がして全身を消毒していく柚菜に、わたしは痛みに顔を顰めながら抗議する。

「すぐ終わるからちょっとの我慢や……」

 そう言いながら柚菜は、わたしの体に包帯を巻いていく。……って、ちょっと待て。

「ねえ、柚菜」

「んー?なに」

「なんで全身に巻いてるの?」

「細かいことは気にしたらあかんよ♪」

「なんか楽しんでない?」

「そんなことあらへんよ。はいできた」

 わたしは自分の体を見下ろす。

「見事なミイラですね」

 傍で見ていた由衣が、わたしの気持ちを代弁するかのように呟いた。

「せやろ?けっこう自信作なんよ」

「あはは……」

 まあ、いいんだけどね。ジャケットに水着だけよりは暖かいし。

「とりあえずありがとう」

「気にせんでええよ。せっかくの紀衣の綺麗な肌が傷つくのは嫌やからな。……それにしても、紀衣を包帯で巻いてたら、うちが紀衣を拘束してるみたいでちょっとむらむらってくるな」

「あっ、いいな。今度は私にもやらせてください」

「そん時は、包帯じゃなくて縄がええな」

 二人して勝手なことを言ってくれる。わたしはわたしで、一瞬それを想像してしまった。

「そんな時は一生こなくていいからっ!」

「「え〜」」

「とにかく、ここから脱出しないことにはどうにもならないんだから。どこかに道がないか探すよ」

 不満そうに頬を膨らませる二人を無視して強引に話を逸らせると、わたしは気を取り直して辺りをライトで照らしてみる。

「それにしても遺跡みたいな所だな……」

 辺りを見回すと壁一面に文字のような物が描かれていた。

「文字……なのかな?」

「さあ、どうやろ?」

「私にも解かりませんね」

「二人ともどうかしたの?」

 心なしか二人が動揺しているように見えるのは気のせいだろうか。

「それにしても……コレ、どっかで見たことがあるような気がするんだよね」

 わたしのそんな呟きに、また二人は一瞬ピクッと肩を震わせた。

「なっ、なあ、紀衣、他の所も探してみいへん?」

「そっ、そうですよ。いくら壁と睨めっこしてても出口は見つかりませんよ」

 二人の顔が強張っているのが見なくても分かる。どうやら、この壁のどこかに、わたしに見られると困るものがあるらしい。

 二人とも、わかりやすいんだから……。

 でも、彼女達が怖がるのも無理はないと思う。恐らくここにあるのは、わたしの記憶に繋がるものなのだ。

 わたしが全ての記憶を取り戻した時、それが選ばなきゃいけない時なんだろう。

 でも、わたしはまだ答えを見つけていない。

 どちらを選んでも、きっと二人を悲しませることになるから。

 ――もし、どちらも選ばなかったら、どうなるのだろう。

 不意にそんな疑問が過ぎった。仮にどちらも選ばずに、二人を悲しませずにすむ方法があるのだとしたら、わたしは……。

 ――想いは時を越えて還ってくる。何度でも、何度でも……。

 それは天啓のように、突然わたしの脳裏に閃いた。

「……想いは時を越えて還ってくる」

「えっ……、なんで」

「き、紀衣、い、今なんて……」

 震える声でわたしの腕を掴む柚菜。その瞳は酷く怯えていた。由衣も愕然とした顔で立ち尽くしている。

「えっ?何って……、うわっ!」

 わたしが何かを言う前に、急に地面が激しく揺れて、目の前の壁に描かれていた文字らしきものが光を放ったかと思うと、壁が左右に開いていく。

「いったい何が起こったんだ」

 困惑するわたしに、不意に重く響く声が降ってきた。

 ――我は真実への道標なり。汝、失いし真実へ至る者。

 汝、真実へ至る時、二つの道を選ぶ時――

 わたしはその声にハッとして眼を見開いた。

「……おまえか?わたしをこんなふうにしたのは」

 ――我は真実への道標なり。

 いずれは必ず通らねばならぬ道。避けられぬ試練なり――

「この状況が?それはおまえが仕向けたことじゃないのか」

 ――我は道を示す者。汝、彼の者の定めし道を行く者なり。

「勝手なことばかり言うんじゃない!未来は、道は自分で切り開くものだ。どこの誰かも解からないような奴に決められたとしても、わたしはそんなものには……柚菜と由衣をいたずらに傷つけるような未来など、断じて認めない」

 ――汝は自らの真実を知りたくはないのか?

 己が何者であり、何を為すべきなのか、知りたくはないのか。

「真実よりも大切なものは沢山ある。確かに無くしたモノは大きいのかもしれないけど、崩れたものは元には戻らないのかもしれないけど、そこからまた積み重ねていけるんだ。生きてる限り何度でも」

 わたしの言葉に柚菜がハッとして息を呑んだ。由衣が雷に打たれたように目を見開いて呆然と立ち尽くす。

「そうや……まだ終わっとらへんかったんや。まだこれからやったんや」

 柚菜が噛み締めるように呟いた。

「そんな……。でも、もしかしたら」

 由衣が何かに迷うように、唇を噛む。

 わたしは眼を閉じた。心に思い描くのは二人の少女の笑顔。

 みさきちゃんに問われた時、それは見えなかったけど。今ならはっきりと解かる。

 自分を好きだと言ってくれた、二人の少女。

 ――想いは、羽ばたく。どこまでも……。

 わたしは胸に浮かんだ言葉を口にする。

「想い羽ばたく。どこまでも高く。何度崩されたって、羽ばたき続けるんだ。心が砕けても体が覚えてる。だから何度だって羽ばたけるんだ。わたしはお前の用意した道など選ばない。わたしはわたしの信じる道を行く」

 わたしは胸を張ってそう言った。不思議なくらい胸の中がすっきりしていて心の奥で何かが繋がったような気がした。

 闇はしばらくの沈黙の後、こう告げた。

 ――ならば我は、汝の行く末を見届けよう。汝がそうと決めたのならば世界はそれに応えるだろう。汝の心が揺るがぬ限り。

 汝が辿り着く先に、光があるというのならば、これを手にこの闇を進むがいい。

 闇がそう言い終えると、不意に眼前に光り輝く宝石が現れた。それはしばらく浮遊していたかと思うと、ゆっくりと地面に落ちた。

 わたしはそれに触れると、炎のような紅が全身を包み込み何かがわたしの中へと流れ込んできた。光が治まるとそこには何も残っていなかった。

 ――汝が定めた力、確かに返した。汝の道を切り開くは不屈の心なり。戦いはこれからだ。汝の影を踏む、悪意はすぐそこまで迫ってきている。

 そう言い残すと、声はそれきり聞こえなくなった。

 わたしは眼を閉じて胸に手を当てた。確かに感じる力の脈動。これがわたしの無くした……いや、掴んだモノ。

 記憶は戻らなかったけど、わたしはもっと大事なものを手にした。これからを切り拓く力を。

「柚菜、由衣」

 わたしは振り返って二人の少女の名を呼んだ。二人は不安げにこちらを見詰め返してくる。

「わたし、決めたよ」

「え……」

 一瞬怯えた顔になる柚菜、必死に何かを振り払おうと唇を噛む由衣。

「わたしは、わたしのままでいる。この先、ずっとね」

「それって……」

「今まで、記憶を取り戻すことばかりに気を取られてたけど、本当に大事なのは記憶じゃない。わたしがわたしであることなんだ。柚菜と由衣が好きって言ってくれた、柚菜と由衣を大事に思うわたしであることに」

「紀衣……」

「紀衣さん……」

「記憶を無くす前のわたしはどうだったかは、解からない。だからもう一度、ここから始めたいんだ。二人の気持ちに答えを出すために。二人が大切だから」

 そう言ってわたしは、柚菜と由衣をぎゅっと抱きしめた。

「それが、紀衣の出した答え……なんやね」

「でも……それは」

「由衣ちゃん、紀衣はうち等を選んでくれたんや。せやったらうち等も紀衣を信じよう」

「……はい」

 そうして二人は、力強くわたしを抱き返してくれた。

 この温もりを、わたしは守りたい。これからずっと……。

「あ〜あ、また面倒な方向へ転んじゃって」

「……っ!?

 不意に頭上から声がした。その声に由衣がハッとして眼を見開く。

「由衣、……っ!?

 由衣の異変に、口を開こうとして急に胸に衝撃を受けた。

 どんっ!!ザシュッ。

 気付けばわたしは、柚菜を抱きかかえる形で地面に転がっていた。柚菜も何が起きたのか解からず、きょとんとしていた。

「柚菜、大丈夫?」

「え?ああ、うん。平気や」

 わたし達は混乱気味の頭を軽く振って起き上がった。

「由衣、いきなりなにする……の」

 由衣に抗議しようと、先程自分達が立っていた場所に眼をやると。

「ゆい?」

「よかった……二人とも……無事で……早く……に・げ・て……」

 背中から紅い翼を広げて、崩れ落ちる由衣の姿があった。

「ゆい―――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!

    *




 あとがきのあとがき

知佳「というわけで、続きです。前回からまだ紀衣さん達が戻って来ないので、今回はゲストに天美さんを呼んでみました」

天美「こんにちわ、優しい歌で皆のお姉さんをやってます。天龍王の天美です」

知佳「今回は、なにやら謎がいっぱいなお話でした」

天美「そうですね。果たして作者はこの謎を解明できるのでしょうか?」

知佳「場合によっては、謎が謎のままで終わってしまうということにもなり兼ねないんだよね」

天美「それは作者さんが悪いんです。悪い子はお仕置きです。ぷんぷん」

知佳「ま、まあまあ、そこは押さえて。何やら非常に雲行きも怪しくなってきるみたいですし」

天美「由衣さんがさくっとやられましたからね」

知佳「次回はいったいどうなるのでしょうか?」

天美「作者さんがいないからこのままバッドエンドだったりして」

知佳「そんなこと言わないでください。由衣ちゃんが浮かばれないので」

天美「でも、このまま作者さんが帰って来なかったらそうなりますよ?」

知佳「えっ!?





翼に、突然倒れたり。
美姫 「急展開!?」
一体何が起こっているんだろうか。
美姫 「続きが気になるところ」
次回も待っています。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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