『青砥縞花紅彩画』




           稲瀬川勢揃いの場

 波の音、後ろには満開桜。だが雨が降っておりその音もする。その中で捕り手達の声がする。
大勢「迷子やあい」
 捕り手達が左右から現われる。
捕一「どっちに行った?」
捕ニ「こっちだぞ」
捕一「そっちか」
捕三「おうよ」
捕四「逃がすなよ」
 そして彼等は右手に消える。すると黒子が出て来て傘を置く。そこには『志ら浪』と書かれている。
 やがて場が引き締まり曲がかかる。まずは弁天小僧が現われる。服は染衣装(これは他の者も同じ)、紫地である。刀は腰に一本差しているだけである。これも他の者も同じ。そして模様は白蛇に琵琶、菊之助の菊。傘を取り背を向ける。彼は左手から現われるがこれは他の者も同じである。
 続いて忠信が登場。彼は雲龍柄である。龍は緑。彼も背を向ける。これは後の二人も一緒である。
 赤星が出て来る。鳳凰柄である。
 南郷、彼は雷獣である。ただ他の者が左肩に手拭いをかけているのに対して彼は首に巻いている。これは彼が浜育ちだからである。
 四人は背を向けたまま立っている。だがここに日本駄右衛門が登場。碇綱の模様である。
 彼も傘を手にし背を向ける。ここでバン、と音がする。五人がそれを受けこちらに顔を向ける。
 雷が光る。その中彼等の顔が浮かび上がる。ここで五人の台詞がはじまる。
弁天「雪の下から山越しに、まずはここまで逃げ延びたが」
忠信「行く先つまる春の夜の、鐘も七つか六浦川」
赤星「夜明けぬ中に飛石の、洲崎を離れ船に乗り」
南郷「故郷を後に三浦から三崎の沖を乗り回さば」
日本「丘と違って波の上、人目にかかる気遣いなし」
弁天「しかし六浦の川端まで、乗っきるなわが遠州灘」
忠信「油断のならぬ山風に、おいてか追手の疾風に遭えば」
赤星「艪櫂にあらぬ一腰の、その梶柄の折れるまで」
南郷「腕前見せて切り散らし、かなわぬ時は命綱」
日本「碇を切って五人共、かなわぬ時は命綱」
五人「(大声で)かかろうかい」
 ここで捕り手達が再び現われる。その数は十人程。そして最後に左手から青砥藤綱が登場。
青砥「さあ五人共、覚悟はよいか」
日本「青砥様、約束通りここに」
四人「参りましたぞ」
青砥「さすれば殊勝なこと、さあ縄を受けるがいい」
日本「我等も卑怯未練に逃げはせぬ。一人一人名を名乗り、縄を受けてようぞ」
四人「おう」
青砥「よくぞ言った、では名乗るがよい」
五人「おう」
 捕り手達は後ろに並んで下がる。青砥はその中央に立つ。そして後ろから彼等を見守る。
青砥「して真っ先に」
一同「進みしは」
 これを受けてまず駄右衛門が出て来る。
日本「問われて名乗るもおこがましいが、生まれは遠州浜松在。十四の時から親に離れ、身の生業も白浪の沖を越えたる夜働き。盗みはすれど非道はせず、人に情けを掛川から金谷をかけて宿々で、義賊と噂高札に回る配布の盥越し、危ねえその身の境涯も最早四十に人間の定めは僅か五十年、六十余州に隠れのねえ賊徒の首領(ちょうほん)日本駄右衛門」
弁天「さてその次は江の島の岩本院の稚児上がり、普段着慣れし振袖から髷も島田に由比ヶ浜、打ち込む浪にしっぽりと女に化けた美人局、油断のならぬ小娘も小袋坂に身の破れ、悪い浮名も龍の口、土の牢への二度三度、段々越える鳥居数、八幡様の氏子にて鎌倉無宿と肩書も島に育ってその名さえ、弁天小僧菊之助」
忠信「続いて次に控えしは月の武蔵の江戸育ち、ガキの頃から手癖が悪く、抜け参りからぐれ出して旅を稼ぎに西国を回って首尾も吉野山、まぶな仕事も大峯に足を留めたる奈良の京、碁打ちと言って寺々や豪家へ入り込み盗んだる金が御嶽の罪科は蹴抜けの塔の二重三重、重なる悪事に高飛びなし、後を隠せし判官の御名前騙りの忠信利平」
赤星「またその次に列なるは、以前は武家の中小姓、故主の為に切取りも、鈍き刃の腰越や砥上ヶ原に身の錆を研ぎなおしても抜け兼ねる盗み心の深翠り、柳の都谷七郷花水橋の切取りから、今牛若と名も高く、忍ぶ姿も人の目に月影ヶ谷神輿ヶ嶽、今日ぞ命の明け方に消ゆる間近き星月夜、その名も赤星十三郎」
南郷「さてどんじりに控えしは、潮風荒き小ゆるぎの磯馴の松の曲がりなり、人となったる浜育ち。仁義の道も白川の夜船へ乗り込む船盗人、波にきらめく稲妻の白刃に脅す人殺し、背負って立たれぬ罪科は、その身に重き虎ヶ石、悪事千里と言うからはどうで終いは木の空と覚悟はかねて鴫立沢、然し哀れは身に知らぬ念仏嫌えな南郷力丸」
 名乗りが終わる。それを受けて五人は姿勢をまた正す。
日本「五つ連れ立つ雁金の五人男にかたどりて」
弁天「案に相違の顔触れは、誰白浪の五人連れ」
忠信「その名もとどろく雷鳴の、音に響きし我々は」
赤星「千人あまりのその中で刻印打った頭分」
南郷「太えか布袋か盗人の腹は大きい肝っ玉」
日本「ならば手柄に」
五人「とらえてみよ」
青砥「うぬ、よくぞ言った」
 それを受けて頷く。そして捕り手達が動き出す。
青砥「かかれい」
捕手「ははあ」
 忽ち捕り手達と五人男の打ち合いがはじまる。五人男は刀を抜かずそれぞれ傘で相手をする。弁天と赤星やややおとなしめの動作だが忠信と南郷、特に南郷は激しい。駄右衛門はかなり強い。
 五人は二人ずつ相手をする。そしてあっという間に潰していく。青砥はそれを後ろから見ている。
青砥「ぬうう」
 五人は捕り手達を退けることに成功する。青砥はやはりそれを後ろから見ている。
 中央に駄右衛門、上手に赤星と忠信、下手に南郷と弁天が位置する。そして傘を拡げてさす。
日本「今日は一緒に身の終わりと、覚悟はせしが一日でも、逃れられなば逃げ延びん」
南郷「いかさま命が物種ならば」
忠信「五人連れにて一先ずこの地を」
日本「いや、五人では目立つ。忠信と赤星は中山道を行け(あえて青砥に聞こえるようにして言う)」
忠信「はっ」
赤星「わかり申した」
日本「南郷と弁天は東海道、よいな」
南郷「おう」
弁天「わかりやした」
四人「して頭は」
日本「わしはとりあえずはここに隠れる。まずはお主達を逃がす」
忠信「何と」
赤星「まことでござるか」
日本「嘘は言わぬ。そしてそれから後で出立」
南郷「了解しやした」
弁天「達者で」
日本「青砥殿、お聞きになりましたな」
青砥「むうう」
日本「それがしもこの者達も逃げも隠れもいたしませぬ。捕らえたければ何時でも参られよ」
青砥「もとよりそのつもり。そなた等を捕らえるのこそ我が仕事」
日本「さすれば者共」
四人「はっ」
南郷「これより右左」
赤星「別れ別れに旅路に出かけ」
弁天「道中筋を一働き」
忠信「皐月を待って都にて」
日本「再び出会う」
五人「五人男」
 ここで派手に見得を切る。青砥はそれを受けて言う。
青砥「ならば私も京にて待とう」
日本「是が非でも」
青砥「そしてそこでお主等を捕らえん」
弁天「生きるも死ぬも同じの我等」
忠信「捕まる時も同じ時」
赤星「さすれば死ぬも怖くはない」
南郷「せめて捕らえられるは名のある方に」
日本「それこそが白浪の誇り」
青砥「では京で会おうぞ」
五人「はっ」
青砥「今度はこうはいかぬ。私も刀を抜こうぞ」
弁天「さすれば我等も」
忠信「天下に知られたこの腕前」
赤星「名うての使い手青砥様に」
南郷「是非お見せしよう」
青砥「面白い、ではどちらが皐月に散るか」
五人「見物よのう」
日本「さすれば者共、京へ発て。わしも後程行く」
四人「合点だ」
青砥「楽しみにしておるぞ」
五人「おう」
 こうして五人は傘を手にそれぞれ正面を向いて見得を切る。青砥はそれを後ろで仁王立ちとなって見届ける。そこで終幕となる。


青砥稿花紅彩画   完


                                        2004・12・28





京へと逃げ延びた五人男。
美姫 「お話はここで終わり」
この後どうなるのだろうな。
美姫 「それを各自で色々と考えてみるのも面白いわね」
青砥と五人男たちのやり合いもみてみたかったけれど。
美姫 「完結おめでとうございます」
面白かったです〜。
美姫 「それじゃあ、今回はこの辺りで」
ではでは。



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