なんだここは。

真っ暗な闇の中で、立っているのか浮いているのかよく分からない。

 

(俺は死んじゃったのか……)

――違うな

(……誰だ?)

お前は死んでなどいない。ただ、その意識が“世界”に繋がってしまっただけだ

 

 まるで遠来のように重く静かに響く声。それは幾人もの声が重なり合っているような存在感を感じさせる。

 

過去、現在、未来……絶えることなく繰り返される“世界の奔流”と繋がってしまったために、一時的に肉体と精神が切り離された

(何を、言っているんだ)

「人の手に余る忌むべき方程式。“世界”の彼方と此方を垣間見ようと己が分を踏み越え、人を越えた領域へ手を伸ばさんとすれば、自滅するのが摂理というもの」

(分からない、何なんだお前は)

「お前の天命(さだめ)に抗え。人の魂は時として肉体という絶対の枷すらもを凌駕する。その身に刻まれた、太古の刻印さえも……な」

 

 声が遠ざかっていく。遥か頭上から闇が割れ、光が噴き出す。どうやらこの世界から出られるらしい。

 

「正義とは、主観が捉えた己の志に過ぎない。戦うべき相手は、守るべき者は、信じられる仲間は目に見えるものだけではない」

(………)

覚えておけ。呪われし過去を背負う少年よ。お前の意思は紛れもないヒトの――――――――

 

 後のほうが酷いノイズがかかって聞き取れない。

 ただその声は、自分のことを励ましている。そんな気がした。

 

(呪われた、過去……?)

 

 その一言がどうしても引っかかって仕方ない。

 

(俺の、過去……)

 

 自分は何か大切なことを忘れている気がする。それは思い出さなければいけないことで、思い出したくないこと。矛盾に苦悩する間に暗澹とした闇は消え、今度は果てしない光という名の闇が広がっていた。

 

銀河天使大戦 The Another

〜破壊と絶望の調停者〜

 

第二章

第六節 還るモノ

 

 白き月、謁見の間。

 カミュ・O・ラフロイグの急襲から明けた翌日、エルシオールは白き月に帰還した。アヴァンの生還と新たな皇国の危機をシヴァ女皇に伝え、シャトヤーンと共に対策を練るためだ。

 そうしてシヴァとシャトヤーンとの謁見に臨む一行の中にタクトの姿はなかった。未だ意識の戻らない彼は昏々とエルシオールの医務室で眠り続けている。側についていたヴァニラとちとせもこの会議のため、渋々ながらもこの謁見場にいた。

 

「そうか、マイヤーズはまだ目覚めぬか」

 

 少し落胆した様子だったが、それも一瞬のこと。シヴァは視線をめぐらせ、

 

「で、なぜお前は椅子に縛られているのだ?」

 

 エンジェル隊の後ろでもがく一人の男を見つめてため息をついた。今度ばかりは敵わん、とばかりの深いため息だった。

 

「ふごっ! ふぐっ! ふがふが〜っ!」

 

 その男は頑丈な鎖でがんじがらめに縛られ、猿轡を噛まされ、止めとばかりに額に油性マジックで『肉』と書かれている。彼の名はアヴァン・ルース、エルシオールを此度の窮地から救い出した奇跡の生還者その人である。

 

「レスター、事情を説明せよ」

「はっ。彼は未成年者略取及びワ○セツ物陳列の重罪を犯した、きわめて危険な犯罪者であります」

 

 そう言ってレスターはアヴァンの額に『ロリコン』と書かれた紙を張り付けた。アヴァンが必死の形相で『無罪だ! 冤罪だ!』と声にならない訴えを発しているが、当然無視である。

 

「…………」

「陛下。この男の嗜好は非常に特異かつ危険なものであります。どうか万一にもご容赦などなさらないでください」

 

 そう言ってアンスがアヴァンの右側頭部に『変態』と書かれた紙を張り付けた。その様はなんともいえぬほど情けないものであり、「人権はどうなっているんだ?」と問いたくなるほど非道なものだった。

 

「ところでお前たち、一つ聞きたいのが?」

「なんでしょうか」

「“ろりこん”とは何なのだ」

 

 これにはその場にいた全員が返答に困ってしまった。純真な女皇陛下に申し上げてよい事実ではない以上、何とか誤魔化すしかないのだが。

 そこへ救いの手を差し伸べる三人の少女がいた。

 

「ねえアウ」

「ここは大人しく」

「白状しなさい。話がこじれるから」

 

 アヴァンを両サイドから諭す三人娘。彼女たちは一見すると天使のようなのだが、実際の言動は悪魔そのものなのだったりする。

 

「ともかくアヴァン、まずは彼女たちについて説明してもらいたい」

 

 冷静に話題を切り出したのはシヴァの横に控えていたルフトだった。

 とはいえ話さねばならないことに変わりはない。アヴァンは自分の隣でジュースを啜っている蒼い髪の少女二人を視線で示すと、

 

「髪の長いほうがユキ、短いほうがユウだ。双子の姉妹で二人とも俺の」

「お嫁…んぐんぐぐ」

「養女です」

『何ぃぃぃっ!?』

「わあ、かわいいねぇ」

 

 何か危険な言葉を吐こうとしたユウの口を後ろから抑えてユキが代弁する。が、一同の驚き方は凄まじかった。謁見の間どころか白き月がまるごとひっくり返らんばかりの大声で各々の本音を口走る。

 

「ユウちゃん、ユキちゃん。よろしくね〜」

「違うでしょミルフィー! だってこれありえないじゃない!」

「隠し子ですの? それとも……いずれにせよ犯罪ですわ」

「アヴァァァァァァンッ! 今日が年貢の納め時ぃぃぃぃぃっ!」

「むぅ〜ん」

「艦長! しっかりしてください、レスター艦長!」

「アヴァン、そんな……お前……」

 

 鉄拳制裁と持てる限りの銃器による一斉射撃を掻い潜りアヴァンは肩で息をしながら、努めて冷静に皆を諭そうとする。

 

「まあ、落ち着けって」

『落ち着けるか!』「はい、落ち着いてますよ」

「詳しく話すと長くなるが、つまるところ紛争地域で孤児だった二人を保護してそのまま引き取っただけだ」

「えー?」

「怪しいですわ」

「だよな〜」

 

 どうやっても彼らの不信感は拭えないらしい。困ったアヴァンに代わってユウとユキが口を開いた。

 

「アウの言ってることはホントだよ。でも本当はお嫁…ふぐぐぐぐ」

「嘘発見器にかけても大丈夫です。間違いないです」

 

 またNGワードが炸裂しそうになるユウを後ろから抑えながらユキも弁明する。ここまで言ってしまったらむしろ明言してしまったほうがいいのかもしれないのだが、まあ公然の秘密と言うことで全員は解釈したようだ。

 

「仮にそうだとして、じゃあもう一人の子はいったい誰なのよ」

「お嫁さん、っていう冗談は勘弁だよ」

 

 睨むランファとフォルテに臆する様子もなく、最後の一人―――――――金髪に浅黒い肌をした少女は不機嫌そうに言い放った。

 

「私はノア。黒き月の正当な管理者よ」

 

 これには今度こそ、

 

『えぇぇぇぇぇっ!?』

 

 一同はミルフィーも含めて驚きに驚いた。

 

「黒き月って、あの黒き月だよね?」

「ちょっ、ええ? なんで、ほら!」

「いくらなんでもありえませんわ」

「冗談じゃないなら大問題だよ、これは」

「ああ、親父。俺も今そっちに行く……」

「艦長! 魂出てます、戻ってきてください!」

 

 これにはさすがにちゃんとした説明が必要だろうとアヴァンも真面目な顔になった。どうやら今までは真面目ではなかったらしい。

 

「とりあえずみんな落ち着いてくれ。ちゃんと説明しよう、今まで俺がどうしていたかも含めて、ね」

「ふざけるなっ! こいつは、こいつは皇国を、民を殺してきたのだぞ! それが何故ここで平然としていられるのだ!」

 

 だが落ち着いていられないのはシヴァだった。無理もない。黒き月のノアと言えばエオニアとともにトランスバールを戦乱の渦に巻き込んだ張本人だ。彼らによって皇室はシヴァを除いて一人残らず死んでしまったのだから。

 

「白き月の代表がこの程度のことで感情に走るなんて、地に落ちたわね」

「黙れ! お前など即刻ここから追い出してやる!」

「そうはいかないわ。ネフューリアは白き月、黒き月共通の敵なんだもの」

「何……?」

 

 ネフューリアは白き月と黒き月、この相反する二つが持つ共通の敵だとノアは言った。ではネフューリアとはいったい何者なのか。

 

「ネフューリアはヴァル・ファスクと呼ばれる侵略者の残党だ」

「ヴァル・ファスク? 聞いたことのない名前だな」

「皇国史にも載っていないぞ」

 

 アヴァンの言葉に首を傾げるレスターとルフト。皇国史にも記載されていないものとなるともはやお手上げだった。歴史に刻まれていない過去の事実を知る術はないのだから。

 

「やれやれ。まだこの辺りは解析が始まっていないのか」

「見たところ、本来の半分も機能していないようだから。当然と言えば当然ね」

 

 アヴァンとノア、二人そろってため息をつく。アヴァンはまだ鎖で縛られたままなので格好もつかないのだが、その様子から彼の落胆ぶりが伺えた。

 

「仕方ない。回線接続、脳波認証。システム起動」

 

 アヴァンが告げると彼の周りに無数のウィンドウが映し出される。そのうちの幾つかを見てからさらに言葉を紡いでいく。

 

「アーカイブ、325から377までを再構築。検索……確認、パルスプロジェクター起動。データファイルNo.42から順次開放」

 

 言い終わるや否や部屋から光が消え、

 

「え、宇宙!?」

 

 無限に広がる闇と点在する星の光がその場にいる全員の視界を支配する。

 

「アヴァンさん、これって何ですか?」

「白き月に保管されている記録映像だ。さてみんな、準備はいいか?」

 

 一同が頷くのを確認してアヴァンは話し始めた。

 何百年もの昔、この銀河に何が起こったのかを。

 

 

 トランスバール本星は旧き時代において太陽系第四惑星・地球と呼ばれていた。人類はこの星で生まれ、発展と衰退の果てにようやく活動の場を宇宙へ移そうとしていた。地球を中心に引力が安定した座標に新たな生活の場を造り、地上にあふれていた人類は人工の大地へ移り住んでいった。

 そんな中、他惑星への移民計画が持ち上がった。いずれ地球の周りさえも人で溢れ返ることが安易に予測できた彼らは古き故郷を離れ、新たな世界を求めて広大な海原へ旅立っていった。

 それから一世紀、人型兵器の開発に成功した地球は幾度と言う戦乱を潜り抜けた。そしてその地球に帰還するモノたちがあった。百年も前に旅立ったはずの移民船団はその数を出発時の五倍にまで増やし、彼らは月の裏側に根城を建てた。移民船団は一世紀と言う時間の中で宇宙環境の厳しさを知り、それへ適応するべく独自に遺伝子の改良を続けていたのだ。そして当てのない旅に疲れ果てた彼らは地球へ帰還することを選んだ。

 だがそれが皮肉にも新たな争いの火種になるとはその時誰も思わなかった。遺伝子を作り変え、地球人類よりも遥かに優れた身体能力を獲得した移民船団の中には驚くべき特殊能力を持った者もいた。

 その存在を危険だと判断した地球人類は移民船団に即刻地球外追放を言い渡した。当然移民船団側は猛反発し、全面戦争に発展するまでに時間はかからなかった。

 戦いは熾烈を極め、大地は焼かれて雑草の一本も生えぬ不毛の世界へ変わり、殺し殺された人々の数は星のそれにまで増えていった。それでも人々は戦いをやめようとはしなかった。ヒトの心を持ちながら互いにヒトではないと否定しあう人類に戦争の泥沼から抜け出す術はなく、また探そうとする者もいなかった。

 だがその醜い戦争にようやく終止符が打たれようとしていた。互いに必殺の切り札を手に、双方は最終決戦に臨んだのだ。そして二つの切り札がぶつかり合おうとした刹那だった。

 激しく荒れ狂う宇宙の中で人類はあまりに貧弱だった。太陽系は崩壊し、月の裏側に集結していた移民船団は時空の歪みに呑まれていずこかへ消え去った。

 

「クロノ……クエイク」

「その通りだ、シヴァ。突如発生した重力と星系の崩壊とそれに伴う時空間の歪曲現象を後の人々はクロノクエイクと名付けた」

 

 アヴァンは微笑みながらも話を続ける。

 

「この後は知っての通りだ。衛星軌道上に出現した白き月とそこに納められていた様々なオーバーテクノロジーによって文明は復興し、新たな歴史を刻み始めた。

 俺は地球側のパイロットで、いわゆる少年兵だった。時空間の歪みに落ちた時に白き月を見つけて、それを使って通常空間に復帰した。それからは白き月の代表としてあれこれ頑張ってたわけさ」

「ちょっと待った。じゃあアンタ本当は……」

「ああ、俺の本来の名はアヴァニスト・V・ルーセントだ」

 

 もはや絶句するしかなかった。半ば伝説と化した皇国史にしか登場しない人物が目の前にいるのだから。だが逆にこれで納得がいった。彼の名乗りに驚かないシヴァやレスターはこの事情を把握していたようだし、だからこそ彼らはアヴァンがエルシオールの協力者であることを認めたのだ。

 

「それでは、白き月に保管されていた機動兵器は……」

「あれは時空間に呑まれた機体を俺が収容したものと、あとは地上の工場で組み立て段階だったものを回収したものだ。平和な時代に兵器は必要ないからな。それにこの記録映像もクロノクエイクの後に俺が編集したものだし」

「じゃあ紋章機は? それも旧時代のものなの?」

「わからん。まあ、少なくとも旧時代のものではないと断言できるか。紋章機は最初から白き月の中にあったものだから」

 

 白き月はどこか別の宇宙から流れてきたものらしい。紋章機はその別宇宙の技術によって造られたと考えられるだろう。

 

「そうなるとヴァル・ファスクというのは」

「ああ。移民船団を人外の侵略者と恐れた当時の人々の呼び名だ。その後は歴史に登場することはなかったからな。歴史書を編纂する人間も忘れてしまったんだろうよ」

 

 だがこれで忘れられていた記録も蘇った。討つべき敵が何なのかも分かった。

 

「それでアヴァン、ヴァル・ファスクが白き月と黒き月共通の敵だというのは?」

「ああ、それは……」

「白き月も黒き月も、元は一つの目的のために造られたものだからよ」

『!?』

 

 アヴァンに代わって口を開いたのはノアだった。不敵な態度は相変わらずだが、彼女が真剣なのは表情から見て取れる。そしてアヴァンは未だ鎖の戒めに囚われたままでいる。

 

「白き月も黒き月も遥か数千年前、銀河中心文明“EDEN”で建造された多目的軍事要塞なの。そして二つの月は互いに兵器を造り出し戦い合うようにプログラムされていた……共通の外敵を迎撃する強力な兵器を造り出すために」

「それじゃあ、エオニアの反乱は」

「ええ。皮肉にも眠っていた黒き月の最終プログラムを目覚めさせたわ。もっとも、白き月との融合は果たせなかったけど」

「融合、だと?」

「二つの月は最終段階に入るとそれぞれが蓄積したデータを合体させてより強力な兵器を造り出す。そしてその母体となるべく二つの月は物理的に融合して兵器の生産工場となり、侵略者迎撃の要となるはずだったのよ。それが白き月の兵器によって黒き月は機能を停止し、挙句の果てに黒き月は侵略者に奪われてしまった」

 

 つまり、戦局はこちらが不利ということ。こちらの防衛力が半減するどころか相手の戦力になってしまったのだから。

ともすればもはや皇国に一分の勝算も無い。この絶望的な状況を覆すことができるとすれば、あの男しかいないのだが――――

 

「タクトさん……」

「こういう肝心な時に限って寝ているんだからな。困ったもんだ」

 

 レスターは腕を組んで黙り込んでしまう。エンジェル隊の面々も不安そうな面持ちで俯いている。

 だがそんな中でアヴァンだけが、むしろ眉根を寄せていた。不思議に思ったミルフィーユが尋ねると、

 

「まったく、どいつもこいつも困ったもんだ!」

 

 と怒り出したのはアヴァンだった。

 

「確かに黒き月は奪われたが、こっちにはその管理者がいる。それに……」

『それに?』

 

 一同が重ねて問う。

 

「この俺がいるんだぞ。タクトが居眠りこいている間だけ代役を買って出るぐらい、どうということないさ。第一まだ俺たちが負けたわけじゃあない、とタクトなら言うだろうよ。だってのにお前たちが敗戦ムードだとあいつが起きてきた時に申し訳ないと思わないか?」

 

 アヴァンが胸を張ってそう問い返す。

 誰も言い返せなかった。

 まだ勝負はついていない。だというのに最初から不利だと言って諦めていては、勝てる戦いにも勝てないというのも当然だ。そしてタクト・マイヤーズという男はどんな逆境にも屈しない。その彼についていく自分たちが諦めていてはどうしようもないではないか。

 

「そうだな。確かにまだ決着はついていない」

 

 最初に立ち上がったのはシヴァだった。彼女はノアの前に立つとぶっきらぼうではあるが片手を差し出し、

 

「黒き月への恨み言はこの際置いておく。今は共に敵を倒すために力を貸してほしい」

「………いいわ。貴女の誠意、確かに」

 

 二人の少女が握手を交わす。それは宿敵を迎え撃つ万全の布陣の完成でもあった。これで一安心なのだが、まだ腑に落ちないことがある。

 

「アヴァン、お前は今まで何をしていたのだ?」

 

 シヴァがまったく不思議な顔で尋ねてくる。他の一同も皆思うことは一緒らしく、じーっとアヴァンへ視線を注いでいる。

 

「……俺はあの爆発の後、機体から放り出されて宇宙を漂流していたんだ。そこをユウとユキに拾ってもらってな。それからまるっと一年は寝たきり生活だった」

「よく無事でしたね〜」

 

 ミルフィーユの率直な感想に頷きながらアヴァンは言葉を続ける。

 

「とりあえず動けるようになってから、俺は現在の状況を把握するために情報を集めていたんだが、一つ気になることがあってな」

「……宇宙海賊の連続略奪事件、だね」

「そうだ。とはいえ、いろいろ調べているうちにテラス4は陥落してしまった。惑星アトムの件も察知していたんだが、動こうにも機体が無かったからな。RCSは乗り捨てちまったし、発掘品をレストアするにも時間が無い」

「それで“GPLAN”に目をつけたんですね。三日前に本星の工場から2号機強奪の報せがありました……そのせいで総司令部は今てんてこ舞いなんですよ?」

『パクッてきたんかい、アンタ!』

「え、うん、まあ……不可抗力ってことで」

 

 どうやら奇跡の生還の裏には決して明るみに出してはならない事情があるようだ。

 一同にシバキ倒されたアヴァンはもう一度宇宙へ放り出されることを覚悟したという。

 

 

 会議はともかくそこで一段落した。まずは姿をくらましたネフューリアと黒き月の消息を追うことが第一であるとして、翌早朝から各方面の軍で調査部隊が編成され、エルシオールは白き月で整備とクルーの休息を優先することとなった。

 

「アヴァン、いいですか?」

「ん、どうぞ」

「では遠慮なく」

 

 時刻は午後二時。食堂で遅い昼食をユウとユキと一緒にとっていたアヴァンの前に現れたのはアンスだった。手にはサラダとパンの乗ったトレー。ちなみにアヴァンはメロンパンとフルーツポンチである(昼食のメニューとしてどうかと思われるチョイスだ)。ちなみに昨日明るみに出たアヴァンのコスモ強奪の一件は軍の特別任務ということにするため、レスターが書類の細工に奔走していたりする。

 

「ねえねえアウ、このヒトがアンスさん?」

「そうだぞ」

「……昨日格納庫でチューしようとしてた」

 

 ユキの爆弾発言にアヴァンが口の中のオレンジを、アンスが噛み砕いたばかりのニンジンを吐き出すのは同時だった。

 

「ユウ、ユキ! お前!」

「なっなっなっなっ――――――!」

 

 顔を真っ赤にしながら開いた口がふさがらない二人。しかし今時”チュー“とは、なんとも初々しい表現である。さらにユウとユキの会話は加速していく。

 

「ちがうの?」

「ちがうわけないじゃない! あんないいムードだったのにぃ!」

「でも未遂」

「えー、甘いよユキちゃん。あんなのほっといたら何時何処でやり始めるか分からないって」

「……確かに」

「でしょー」

 

 このまま放っておくとそれこそ致命傷になりかねない。アヴァンは我に返るや否やユウとユキの口を塞ごうとして、

 

「はいストップ」

「面白い話じゃないか。あたしたちにも聞かせなよ」

「な、何っ!?」

 

 後ろからカンフー娘とガンレディに羽交い絞めにされてしまった。

 

「離せ! 離せ! 俺には個人情報の漏洩を防ぐ義務と権利があるっ!」

「水臭いじゃないですか〜。こういう秘密は皆で共有しなきゃ」

「しなくていいっ! しなくていいから離せ!」

「駄目だね」

 

 ランファの怪力をアヴァンが振りほどけるはずもなく、フォルテに駄目押しされて完全に戦意を喪失してしまった。もはやフニャフニャのタコも同然である。

 

「俺は別に悪いことなんて何もしてないぞー」

「それはどうでも……よくないけど、あんたに紹介しなきゃいけない子がいてさ。ほら」

「?」

 

 言われてアヴァンが顔を上げると、そこにはいくらか緊張した表情の烏丸ちとせが立っていた。

 

「あの子がどうかしたのか?」

「分かんないかい? エンジェル隊の新人だよ」

「あー、なるほど」

 

 ぽむ、と手を打って納得するアヴァン。

 

「会議の時に顔は会わせていたが改めて、アヴァン・ルースだ」

「烏丸ちとせ少尉です。昨年のご活躍は皆さんからお聞きしています」

「大した事はしていないんだが。さて、タクトに会いにいくから一緒に来てくれ」

 

 拘束からいとも容易く脱して、言われるがままに立ち上がったアヴァンに続いて食堂を後にするちとせたち。あまりに突然すぎる提案に反論することもできずに、気付けば医務室の前まで来ていた。

 何の遠慮も無しにアヴァンは医務室へ入っていく。慌てて後を追うと、宅との寝かされたベッドに寄りかかって眠るヴァニラ、そして彼女に毛布をかけようとするケーラ女医の姿があった。

 すかさずケーラにアヴァンが尋ねる。

 

「彼の容態は?」

「安定していると思いたいわね。今は眠っているだけだし脳波も乱れていない」

「まだ大丈夫みたいだな」

 

 その一言にいち早く反応したのはフォルテとアンスだった。

 

「まだってどういうことだい? アンタは何を知っているんだ、アヴァン」

「あの時、何か心当たりがあるようでしたけど。やはり」

「それは……」

「お見舞いだよ、ヴァニラ〜」

「皆さんおそろいでしたの」

 

 そこへ見舞いに訪れたミルフィーユとミントも現れてヴァニラも目を覚ました。それを見届けてアヴァンは言う。

 

「今から話すことはここにいるメンバーだけの秘密にしてほしい。決して誰にも、話さないでくれ」

 

 それだけ重要なことなのか。アヴァンは全員の承諾を確認して、改めてタクトを見つめる。タクトの髪はまだ紫に変色したままだったが、肌の色は元に戻っていた。

 

「タクトは……ヴァル・ファスクの人造兵士だ」

「ヴァル・ファスクって、それはどういうことですか!?」

 

 アヴァンの切り出し方も率直だったが、それに過剰な反応をするちとせは驚きをまったく隠せていない。他のエンジェル隊ももとより、ケーラやアンスも言葉が出ないほどだ。

 

「移民船団であったヴァル・ファスクは地球勢力と比較してあまりに数が少なかった。当然これは戦力の差に繋がるため、ヴァル・ファスクはこの差を埋めるべく人造兵士を創り出したんだ。

 遺伝子工学が異常なまでに発達していた彼らにとってそれは造作もないことだったらしい。命令に忠実で、俊敏性と正確性を両立した人形という名の兵士たちが戦場へ次々と送り込まれていった。

 タクトはその中でも最新モデルだった『X02』の一体だ。戦場で何度か『X02』の顔を見たことはあったからな。療養中にデータを見直していた時に気付いた。

 ネフューリアは『X01』モデルで、いわゆる指揮官タイプの人造兵士だ。高い指揮能力と空間把握能力を持ち、一人で数千、数万の無人兵器を操ることができる。『X02』は兵士として高いスペックを有し、無論人型兵器の操縦にも高い技術とセンスを持ち合わせている。

そして『X02』は『X01』のコマンドに、『X01』はヴァル・ファスクの命令には絶対の服従と、地球勢力への徹底抗戦・破壊衝動の意思を遺伝子レベルでインプットされている」

「それじゃあ、タクトさんは敵になっちゃうんですか?」

 

 涙目にミルフィーユが言う。だがアヴァンは首を横に振ってミルフィーユに微笑んだ。

 

「タクトはクロノクエイクの際に時空間の歪みに呑まれてタイムワープし、現代に転移してきたようだ。どうやらその時にプログラムが一部破損したんだろう」

「何でそんなことが分かるのよ」

「もしこいつが本当に人造兵士ならとっくの昔に問題を起こしている。さっきも言ったが、ヴァル・ファスクの人造兵士は地球勢力……そしてその子孫である俺たちと戦うように仕向けられているんだぞ?」

「そうか、ヴァル・ファスクの兵士ならあたしたちの指揮官なんかできないってことだね!……でも何で今になってそれが表に出てくるんだい?」

「ふむ………ギャラクシーのパイロットをしていたからな。そういう環境に適応しようとして、徐々に人造兵士としての因子が活性化したのだろう。果たしてタクトがどうなるのか」

 

 正直俺にも分からん、と俯くアヴァン。

 そうして皆が未だ眠り続ける仲間を見つめ、時間だけが無情に過ぎていく。

 

 

(俺は……そういえば俺、捨て子だったんだ)

 

 拙い記憶を紐解いていく。

 親から聞いた話では自分は雨の日、屋敷の庭に雄々しく茂る木の下で見つかったらしい。どうしてそんなところにいたのか、実の親はどこにいるのか、結局は分からずじまいだった。

 だからといって悲しくはなかったし、不自由もなかった。自分を養子に迎えてくれたマイヤーズ家は貴族で、その当主とその妻は子に恵まれずにいた。だから我が子同然に育てられてきた。

 ……それが煩わしくて家を出て軍人になったんだけど。

 

(なんだかんだで、俺は何者なんだろうな)

……何を悩む?

 

 またあの声だ。光と闇の中を漂う俺に語りかける声はこれで……何度目だろう。

 

(うるさい。俺には自分がどこの誰だか分からないんだ)

いいだろう。ならば教えてやる

 

 視界を覆う光が消え、見渡す限りの宇宙が広がり、突然一つの惑星が目の前に現れた。

 

(これは?)

今から遥か昔の、お前たちがトランスバールと呼ぶ星だ。ここで人類は誕生し、繁栄と衰退の果てに宇宙へ旅立った同胞と大地に根付く同志が醜い争いを繰り返していた

 

 目まぐるしく景色が変わる。燃える戦場と革命の議場、そして平和を謳歌する民衆が立ち代わり入れ替わり現れては消えていく。そしてもう見慣れたそれも。

 

(え、これは……ギャラクシー?)

厳密には違う。お前の乗機はこれを模した物だ

 

 白を基調として青、赤を塗装に加えた機械仕掛けの巨人。それは後の歴史に様々な姿で現れては消えて、人々を平和へと導いていった。

 

(まさか、これって)

そうだ、お前たちの世界から失われた歴史だ。そしてお前はその歴史の終焉の間際に生まれた

 

 さらに場面が切り替わり、現れたのはどこかの研究所のようだった。

 

『ようやく完成した。これで地球人どもも一網打尽できるだろう』

『その通り。0102が量産されれば蒼き大地も我らのものになる』

『外宇宙の脅威を知らぬ奴らにあの星を渡すわけにはいかんからな』

 

 口々に喋る研究員たちが見上げるのは人が一人すっぽり入るほど巨大なカプセルだった。ガラスでできているため中に入っている物を外からでもはっきりと確認することができた。

 溶液に浮かぶ人型。肉と骨でできた人形……その顔はまぎれもなく、

 

(俺じゃないか……そんな、これって)

「そうだ。遥か古の時代、ここでお前は生まれ……いや、創られた。兵器としてな

(嘘だ! そんなバカなこと、嘘に決まってる!)

いや、お前は知っているはずだ。その身の内に宿る、もう一つの意志を

(惑星アトムの時の、あれか?)

 

 惑星アトムでクロックスたちと戦った時、確かに自分の中から別の意志を感じた。それはあまりに深い闇の中から呼びかけてきた。『テキドコダ』と、貪欲に獲物を求めるそれはあまりにおぞましいものだった。

 

そうだ。それは兵器としてお前に組み込まれたコマンド

(そんなのデタラメだ!)

ではお前がギャラクシーをああも容易く使いこなすことができたのは何故だ?

(それは、訓練したから……)

違うな。あんな欠陥品、たとえ百年訓練しても実戦で使いこなすことは不可能だ。お前も気付いていただろう。HSTLという特殊すぎるシステム、バランスの取れていない機体構造、出力不足の動力機関

 

 だからカミュは“出来損ない”と言っていたのか。

 

(でもそれはアンスやクレータ班長がフォローしてくれたから)

しかし戦ったのはお前だ。そしてお前は戦い抜いてきた。お前でなければできなかったことだし、お前だからこそできたことだ

(何が、言いたいんだ)

お前は今日までの戦いを、一人の人間として潜り抜けてきたはずだ。お前が何者であろうと、お前という“ヒト”は、確かにここに在る

(俺という……“ヒト”……)

たとえそれが偽りの命でも、偽りの肉体に宿っていても、その心は紛れもない“ヒト”のものではないのか?

(俺は……“ヒト”……)

 

 そうだ。何を勘違いしていたんだろう。俺が何者であっても、俺が今まで積み重ねてきたことが嘘になるわけじゃない。ここで考え、思う俺という意志は嘘じゃない。

 俺は俺だ。たとえ何があっても、俺は誰でもない―――――

 

改めて問う。……お前は何者だ?

(そうだ……俺は―――――――!)

 

 

「俺は……」

 

 かすれる声にヴァニラが顔を上げる。エンジェル隊の面々も、アンスもケーラも、アヴァンもユウもユキも言葉の続きを固唾を飲んで見守り、

 

「タクト……マイヤーズだ……」

 

 次の瞬間、医務室は歓声に包まれた。天地がひっくり返るほどの大騒ぎにケーラ女医が思わず止めに入ろうかと迷うほどだ。

 

「タクトさん!」

「やっと起きたわね! このバカ!」

「心配かけさせないでほしいですわ」

「ホント、まったくだね」

「よかった、本当によかった……!」

 

 涙ぐむちとせの横でアンスが喜びのあまりに、

 

「やった、やりましたよ!」

「ああ、まったくだな」

「どうしたんですか? そんな渋い顔しなくてもいいじゃないですか!」

「いや、あのな……ヴァニラとタクトじゃあるまいし、抱きつかれても困るんだが、なっ……?」

 

 さらにその隣にいたアヴァンの胸にしっかりダイヴしていた。左右の腕でしっかりホールドされたアヴァンは照れ半分苦しさ半分で肋骨にひびが入りかけていたりする。

 

「熱愛ですわ」

「熱愛よ」

「熱愛だねぇ」

「こらそこっ! 変な言葉を三連続でつぶやくなっ!」

 

 と、皆の注意がアヴァンに移っている間にヴァニラもタクトを抱きしめて放さないという大胆な行動に出ていたり……

 

「ええいっ! こっちもか!」

「困りましたわ。ただでさえレスター艦長の熱愛報道で忙しいというのに」

「よし! ミルフィー、赤飯だ! 赤飯炊け!」

「はいっ!」

 

 赤飯というのも大袈裟な気がするが、あえて突っ込まないでおくユウとユキだった。

 その後ケーラによって一同が追い出される中、ヴァニラだけがタクトから離れようとはしなかった。

 そんな彼女の肩をケーラは叩いた。

 

「ヴァニラ」

「はい……すみません、今出ます」

「いいの。私は検査の準備をするから、大佐をお願いね」

 

 それだけ言うとケーラは医務室から出て行った。検査の準備をするのなら医務室から出て行く必要はないのはず。

 

「ケーラ先生には気を使わせちゃったみたいだね」

「タクトさん……」

「ごめんな、ヴァニラ。また心配かけちゃったな」

「そんなこと、ありません」

「そんなことあるだろう。こんなに目を真っ赤にして、涙の跡も」

 

 言いながらタクトはヴァニラの頬を撫でる。自分のせいで流れてしまった涙を拭うように、そっと指を這わせていく。一筋、二筋と跡を辿るタクトの手をヴァニラの手がそっと止めた。

 

「いいんです。私は、タクトさんのためならどれだけだって涙を流せる」

「でも……」

「私は、私は――――タクトさんのこと、好きだから」

「ヴァニラ……」

 

 愛しさが込み上げてくる。もう我慢できなかった。ヴァニラの体を強く抱き寄せて自分の胸の中に捕らえて離さない。

 

「ずっと……俺もヴァニラが、ずっと好きだった」

「タクト、さん」

 

 二人の顔が近づいていき、触れるのに時間は要らなかった。

 拙く、ただ互いの温もりを伝えるだけの口付け。けれどそれで十分だった。だって、それが二人のすべてなのだから。

 

 カタン、

 

「え?」

「誰かいるのか」

 

 物音は一瞬で、後は遠くなっていく足音だけ。

 だがヴァニラにはそれが誰のものなのか分かっていた。

 皮肉にも同じ人を好きになったライバルであり、けれどかけがえのない彼のために協力し合うことも躊躇わなかった。戦友とも言うべき人。

 

「ヴァニラ?」

「なんでも、ありません。今は……」

「うん。一緒にいよう、一緒に……」

 

 

 クジラルームのビーチと言うのは一人で過ごすには広すぎる。けれど誰とも触れ合わなくていい場所であるのは今の彼女にとって好都合だった。

 時刻は夜の九時。照明も消え、宇宙の闇が辺りを覆い尽くしていた。

 このまますべてを塗りつぶしてくれたらどれほどいいだろう。自分の気持ちも、何もかも……

 

「ここにいたのか、烏丸ちとせ」

「貴方は……」

 

 体操座りでうつぶせていたちとせが振り返ると、そこにはアヴァンが立っていた。昼間の時とは違い、何時になく真面目な表情をしている。

 

「隣、座らせてもらうぞ」

「……どうぞ」

 

 特に話すこともないのか、アヴァンは黙ったままだ。それに拍子抜けしたのか、気付けば沈黙を破っていたのはちとせの方だった。

 

「あの」

「ん?」

「なんで、黙っているんですか」

「何か喋ったほうがいいかな?」

「いえ、そうではなくて理由を……」

 

 ちとせの質問が心底可笑しかったのか、アヴァンはにやりと笑みを浮かべた。

 

「傷心の友人に笑顔で話し掛けるほど迂闊ではないぞ、俺は」

「そうですか」

 

 再び沈黙。

 さざなみを導に、ただ時間だけがゆっくりと過ぎていく。

 

「一つ、話をしよう」

 

 今度はアヴァンが口を開く番だった。遠く、水面の彼方を見据えたまま彼は語り始めた。

 

「あるところに一人の少年がいた。彼は別に純真無垢というわけではないが、まあ至って普通の子供だった。そして少年には幼馴染の、仲の良い少女がいた」

「…………」

「少女は少年を好いていた。だが少年は一向にそれに気付かない。そんなやきもきした日常を過ごすうちに、ある事情によって二人は離れ離れになってしまった。

 少年が少女と再会したのはそれからずいぶん経ってからだった。少女は少年を好いたまま、しかし少年には別に恋人がいた」

 

 語りを止め、一度深く息を吸って吐くとアヴァンはちとせを見据えた。

 

「さて、この時少女はどうしたと思う?」

「……分かりません」

 

 それは何も考えられないからなのか、それとも境遇が自分と似ているあまり考えたくないからか。

 

「だってどうしようもないじゃないですか。横恋慕なんてできないし」

「諦めがつくわけもない、か?」

 

 アヴァンの問いにちとせは頷き、そのまま顔を伏せてしまった。だがアヴァンは構わず話を続けた。

 

「諦めなくてもいいとおもうがね、俺は。結局人間なんてできることは限られている。ならその限られた中で精一杯のことをすればいいんじゃないか?」

「そんなの……身勝手です……」

「誰も少年を奪いに行けなんて言ってないぞ。世の中には見守る愛もある、っていう話をしているだけだ」

「それが答えですか?」

「正確には俺の恋人たちが出した、ね」

 

 なるほど、経験論か。

 

「って、ええええっ!?」

「何を驚くんだ。言っておくが髪が長くても俺は男だぞ」

「そうじゃなくて、もしかしてその恋人って」

「ユウとユキじゃない、とだけ言っておく」

 

 ああなんだ、と胸をなでおろすちとせの脳天をアヴァンの拳骨が見舞った。

 

「痛いです」

「当たり前だ。勘違いにも程があるぞ」

「すみません……じゃあその恋人たちはどうなったんですか?」

 

 ちとせが不思議そうに尋ねてくる。一方のアヴァンは今までの勢いは何処へ行ったのか、歯切れも悪くただ一言。

 

「死んだよ。ずいぶん前に」

 

 少しだけ後悔の混じった眼差しと声。だがそれも一瞬のうちに消えて、ちとせが謝る時間も与えずアヴァンは立ち上がった。

 

「行くぞ。みんなが心配しているからな」

「は、はい」

 

 遅れてちとせも立ち上がり、服に付いた砂を払うと改めてアヴァンと向かい合った。

 

「あの、ありがとうございました」

「気にするな。一応これから一緒に戦う仲間だし」

「そうですか?」

「おいおい、この期に及んで違うっていうのか?」

「あ、いえ……なんとなく、仲間というよりお父さんって感じがしたから」

 

 お父さん、という言葉に微妙に眉を寄せるアヴァン。

 

「そんなに老けて見えるか?」

「大丈夫ですよ」

「ならいいか。いい加減行くぞ。ここを開けてもらっているクロミエに悪いからな」

「はい……あの」

「まだ何かあるのか」

 

 ごにょごにょと言いよどむちとせに喝を入れるべく、拳骨をもう一発。

 

「痛いです……」

「どうでもいいから、それで何が言いたいんだ」

「はい。さっきから後ろでごそごそと動く影があるんです」

 

 ばっ、とアヴァンが勢いよく振り返ると同時にすたこらと逃げ出す人影が三つ。内二つは子供のもので、後の一つは大人のものだ。

 

「ちとせ、先に部屋へ戻ってろ」

「え? アヴァンさんは、どうするんですか」

「ちょっと不届き者を懲らしめてくる。まったくあの二人もまだまだ子供だな」

 

 そう言い残してアヴァンは颯爽と駆け出した。不審者の追跡に没頭する彼を見送り、ちとせはもう一度宇宙の夜空を見上げた。

 

(私にできること。それは……)

 

 

 調査艦隊壊滅の報が届いたのは明くる日の午後だった。そのあまりに早いニュースに、ティーラウンジでお茶をしていたエンジェル隊は慌ててブリッジに駆け込んできた。

 

「レスター、タクト!」

 

 フォルテが開口一番、その名を呼ぶ。ブリッジにはレスターと共に報告を吟味するタクトの姿があった。

 

「タクトさん、体はもう大丈夫なんですか?」

「もちろんだよ。こんな時にゆっくり寝てなんかいられないよ」

 

 心配そうなミルフィーユに笑顔で答えると、タクトは片手サイズのモバイルを手に大型スクリーンの前に立った。

 

「今しがた第二方面の調査艦隊が壊滅したという報せがあった。報告によると敵の戦力は巡洋艦、ミサイル艦が合わせて九十隻。大型戦艦五十隻。空母三十隻。戦闘衛星四十二基。機動兵器群多数。さらに超大型旗艦一隻を確認したそうだ。さらにこの旗艦にはこちらの兵器及び動力機関を一切無力化するらしい」

 

 レスターの報告にブリッジに動揺が広がる。

 だがこれは十分予測できたことだ。先のエオニアの戦乱において黒き月は皇国軍の兵器やエンジンを停止させるエネルギー波を使ってきたことがあった。そして黒き月がネフューリアの手にあるのならば、彼女がそれを使わないはずが無いのだ。

 

「どうするんだい? これじゃあリミッターを解除した紋章機でもなきゃ戦えないよ」

「それについては現在ノアと白き月の技術陣が対策を考案中だが、まだ具体的な報告は聞いていないな」

 

 その時オペレーターが白き月からの通信を受信したと報告してきた。早速スクリーンにウィンドウを開くと、現れたのはシヴァとノアだった。

 

「陛下、どうなさいました」

『どうも何も無い。ノアがお前たちに話したいことがあると言うからな』

「そうですか。それでノア、どうしたんだ?」

『ええ、黒き月のネガティヴ・クロノ・フィールドを破る方法について教えなきゃいけないでしょ』

「そうか。えーと、ネガティヴ……なんだって?」

 

 聞き返すタクトに呆れ顔を見せるノア。これがまた癪に障るのだが、ここは我慢するしかない。

 

『ネガティヴ・クロノ・フィールド。一度しか言わないからよく聞いて。もともと黒き月が使うエネルギーの波動は白き月のそれと正反対の波形をしているの。だからそれを受けた白き月の兵器は……』

「エネルギーの波を打ち消されて止まってしまう、ですね」

『あら、白き月にも優秀な人間がいるのね』

 

 ノアの言葉をちとせが引き継ぐ。

 

「ち、ちとせ? 分かるんだ」

「ええ。情報工学や機械工学は得意ですから」

「お前とはえらい違いだな、タクト」

 

 痛いつっこみを入れるレスターを無視してタクトは話を戻す。

 

「ごめんノア。続きを」

『はいはい。とりあえず原理は分かったでしょ。それじゃあ問題。ネガティヴ・クロノ・フィールドを無効化するにはどうすればいい?』

「まったく正反対の波形、つまり白き月のエネルギーをぶつけて中和すればいいんでしょうか」

『正解よ。貴女、名前は?』

「烏丸ちとせです」

『そう。ちとせね。覚えておくわ。こっちで装置とかエネルギーとかの問題は何とかするわ。完成するまで防衛お願い。じゃ』

 

そっけない態度ではあるが、頼れる存在であることに変わりはない。後はただ一刻も早い切り札の完成を祈るのみ。

 通信が途切れ、会談は終了した。一同は解散し、各々の場所へと帰っていく。その中でアヴァンはアンスの肩を叩いた。

 

「何ですか、アヴァン?」

「話がある。ついてこい」

 

 ただそれだけ告げて、アヴァンはブリッジを足早に出て行く。アンスが慌ててその後を追うと、着いた先は彼に割り当てられた部屋だった。

 訝しく思いながらも部屋のドアをくぐる。部屋には簡素な二段ベッドとソファー、仕事用のデスクと必要最低限のものしか用意されていなかった。アヴァンの帰還があまりに急な事だったためだ。

 

「それで、話とは?」

「ギャラクシーのシステムのことだ」

HSTLのことですか。それが何か……」

「何故“アレ”を完成させた?」

 

 アヴァンの言葉はあまりに意外なものだった。

 

「え、それはどういう」

「どうもこうもない。“アレ”は人間では到底扱えない代物だ。お前だってそれぐらい分かっていただろう、アンス!」

 

 今まで感情を荒げることのなかった彼の怒声に思わずアンスはビクリと体を震わせた。

 

「それは、その……」

HSTLが単純に戦闘領域における情報収集や、それを元に戦術的予測を行うだけのシステムなら俺は何も言わない。だが“アレ”はパイロットの意識に直接膨大な量の、それこそ戦闘に一切関係のない情報まで反映する。人の感情や断末魔さえ敏感に拾い上げてくる! 並みの人間なら一瞬で精神崩壊を起こすぞ!」

「…………」

「タクトは今のところ反動に耐えているようだが、それだっていつ限界が来るか分からない。一体どうするつもりだ、アンス!」

「それは………」

 

 彼女には答えることができなかった。

 アヴァンの言っていることは正しい。如何に強力な武器といえども使用する兵士の安全を確保しなければ“兵器”と呼ぶことはできない。それは“兵器”ではなく“諸刃の剣”だ。振るう者さえも傷付け、いずれは死に至らしめる。

 そもそもHSTLの初期設計はアンスが考案したものだった。しかしそれでは予定の半分も機能を発揮できなかったため、白き月のアーカイブ・テリトリーから回収したデータの中からHSTLと同系統のシステムを参考に再設計を行ったのだ。

 結果、現在のHSTLが完成したのだが、その性能はあまりに強力すぎるのではないかと技術陣の中で危惧する声も少なくなかった。だがアンスは搭載を決定した。そうしなければギャラクシーはエンジェル隊の指揮官機として機能しなかったからだ。

 

「私だってできれば使いたくなかった! でもギャラクシーはHSTL無しでの完成はありえなくて……大佐にもその旨は伝えました。けれど大佐はそれでも乗ると」

「だからといって止める義務が無くなる訳じゃないだろう!」

「貴方は何も知らないから! 大佐の覚悟を知らないからそんな事が言えるんです! 大佐は、大佐は……貴方がああなった事を後悔していた! だからもう二度と、誰も死なせないために自分も戦うのだと言って!」

「っ……!」

「貴方が彼を駆り立てたんです! 貴方だって……」

 

 人の事は言えない、と言葉が続かない。嗚咽に飲まれて声は掠れて消えていく。大粒の涙を流しながら俯くアンスを、

 

「すまない」

 

 アヴァンがそっと抱き寄せた。長い金糸の髪を指で梳かしながらアンスの耳元で優しく囁く。

 

「俺が何とかしてやる……ネフューリアも、あいつも……だからもう泣くな」

「貴方が泣かしたんでしょう」

「責任はとる」

 

 

 ちとせがブリッジを離れようとすると、アンスがアヴァンを追って走っていく姿が見えた。アンスとはまともに話したことがないなぁと思い、その後をついていくと、二人はアヴァンの部屋に入っていった。

 エルシオールの反乱終結後、エンジェル隊の部屋の隣にあったアヴァンの部屋はアンスが遺品整理を行って空き部屋となっていた。アヴァンは結果として帰ってきたが、かつての彼の部屋にはちとせがすでに入居していたため、一般クルーの部屋の一つを彼にあてがったのだ。

 それにしてもアヴァンとアンスという組み合わせは少し気になる。気になるのでドアの前まで近づいていってみると、

 

『―――――それぐらい分かっていただろう、アンス!』

 

 突然の大声に思わず退けぞるちとせ。しかしアヴァンの怒鳴り声など創造だにしていなかった。一体どんな話をしているというのだろう。

 

『それは、その……』

HSTLが単純に戦闘領域における情報収集や、それを元に戦術的予測を行うだけのシステムなら俺は何も言わない。だが“アレ”はパイロットの意識に直接膨大な量の、それこそ戦闘に一切関係のない情報まで反映する。人の感情や断末魔さえ敏感に拾い上げてくる! 並みの人間なら一瞬で精神崩壊を起こすぞ!』

 

(え……!?)

 

 彼は一体何を言っているのだろう。だがHSTLという単語は知っている。タクトの乗るギャラクシーに搭載されている、きわめて重要なシステムだ。確かエンジェル隊の指揮システムだったはず。

 だが話を聞く限り、それは非常に危険なものらしい。あまりにとっぴ過ぎてそれだけしか理解できない。その後にアヴァンが何を言っているのか、もう耳に届いていなかった。

 

(ギャラクシーがそれほど危険なものだったなんて……でも大佐はきっと乗ることを止めない)

 

 止めるはずがない。

 ギャラクシーは彼にとって自分の守りたいものを守るための、かけがえのない力だ。それをどうして取り上げることができるだろう。

 

『ちとせさん、どうしたんですか?』

「あ、アウトローさん……いえ、なんでもないんです」

 

 心配そうに声をかけてきたアウトローにちとせは上ずった声で返事をするのがやっとだった。この重大な秘密を知ってしまった以上、皆を不安にさせないためにも何とか隠しとおさなければ。

 ふと視線をずらすとタクトがこっちに向かって歩いてくる。でも今は彼と普通に会話をする気力など微塵もなかった。踵を返し、アウトローをその場に残して早足でその場を後にする。できることなら何も聞かなかったことにしたかった。

 けれどどうする事もできない。彼女にはタクトを止めることはできず、戦いはもはや避けられぬ所まで迫っていた。

 



第十二回・筆者の必死な解説コーナー

 

アヴァン「皆さん、こんちにわー! 帰ってきたウルト○マンこと、アヴァンで〜す!」

 

ゆきっぷう「おお、久しぶりだな! お前とコンビを組むのもかれこれ第一章以来か?」

 

アヴァン「……あんまり組みたくないけどな。それで今回は珍しく戦闘シーンは無かったな?」

 

ゆきっぷう「たまには平穏無事なシーンも書かないと駄目じゃん」

 

アヴァン「本当に平穏無事か? 平穏無事なんだろうな?」

 

ゆきっぷう「ごめんなさい、嘘です。結構内容はハードでした。ちとせとか、ちとせとか、ちとせとか」

 

アヴァン「タクトはどこにいった。だいたい、タクトの夢に出てきた妙な声は何なんだ?」

 

ゆきっぷう「秘密。それはいつか明かされる……かも」

 

アヴァン「はあ。で、結局タクトはヴァニラを選んだのか。でもいいのか? ストーリーの進行上、このままだとマズい展開になるのでは?」

 

ゆきっぷう「ぐっ!……な、何のことだ? 俺はな〜んにも知らないぞ〜(棒読み)」

 

アヴァン「ま、いいけど。掲載先が変わらないことを祈っているよ」

 

ゆきっぷう「ああ、安心しろ。それは絶対無いぞ、いやきっと、たぶん、そんな気がする……」

 

アヴァン「怪しいもんだ。では今回のあとがきはこれにて」

 

ゆきっぷう「ではまた次回でお会いしましょう! お読みいただきありがとうございました〜」

 

 

アウトロー『アノ〜……僕ノ出番ハコレダケデスカ?』

 

ユウ・ユキ「「私たちもなのっ!?」」





意外なタクトの秘密。
美姫 「まさかね〜」
いやいや、本当にまさかの展開。
美姫 「ギャラクシーにも問題があるみたいだしね」
果たしてどうなっていくのか。
美姫 「本当に楽しみね♪」
次回も待っています。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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