トランスバール本星標準時刻08:32 第三隕石群周辺

 

 第三隕石群はトランスバール本星圏からそう遠くない距離に位置している大アステロイドベルトだ。クロノクエイク時に破砕された衛星の破片が長い年月をかけて集積したもので、レアメタルの採掘場としても有名だがエオニアの戦乱後封鎖されたままである。

 その無人地帯に一隻の高速艇が隕石の陰に隠れるように係留されていた。皇国軍のものともエオニア軍が運用していたものともまったく異なるタイプだ。

 その極めて狭いブリッジ(少人数で運用できる仕様なのだろう)では、およそその場にふさわしくないであろう二人の少女が無言で船体のチェックをしている。一人は長髪をポニーテールに結わえており、もう一人は短く切りそろえたボーイッシュな印象を与えた。見た目は十三、四歳といったところだろう。二人とも髪は蒼く、瞳も蒼い。二人が作業に区切りをつけて休憩しようと席を立ったところでブリッジの扉が開いた。

 

「お待たせ。こっちは終わったぞ」

 

 ブリッジに入ってきた蒼い髪、蒼い瞳の青年は優しく少女たちの頬を撫でながら、メインモニターに映っていた映像に視線を移した。長髪の少女が寄り添ってコンソールを操作して別の情報を表示させていく。

 

「説明、する?」

「ユキ………頼む」

「うん。明後日の0900から白き月の駐留艦隊が、第六艦隊から第八艦隊に交代する。直前に奇襲をかければ、問題ないと思うけど」

「なら俺が陽動をかける。その間にL型を回収できるか?」

M型を使えば、確実に」

「ならそれでいこう」

 

 モニターから視線を動かさずに会話する青年に、もう一人の少女―――――ユウが猛烈な回し蹴りを見舞った。腰に直撃したらしく、涙目になりながら青年は傍のシートにすがる様に腰掛けた。

 

「ユ、ユウ? 俺にいったいどんな恨みが?」

「そうじゃなくて、あたしも会話に参加させてよね!?」

 

 そういえばこの子は強気な割にはよく寂しがるんだった、と内心思い出しながらユウの頭にぽむ、と手を置いた。一瞬、目を丸くして自分を見上げるユウをユキと一緒にそのまま抱き寄せて、二人の耳元で囁く。

 

「大丈夫。二人のことは絶対に忘れないし、俺が必ず守るから」

「……うん」

「信じてる」

 

 

銀河天使大戦 The Another

〜破壊と絶望の調停者〜

 

第二章

三節 激突! ギャラクシー V.S. RCS

 

 

 

 タクトたちとエルシオールがテラス4に戻ってから二週間が経った。あれ以降カミュ率いる残党の襲撃もなく、平和な時間だけが流れている。

 現在エルシオールはギャラクシーの予備パーツや運用のために必要な機材の積み込み、そして専用の発進カタパルトや格納スペースが一体化したモジュールを艦首に取り付けている。

 無論タクトもその作業に立ち会ったりギャラクシーの整備や改良を手伝ったりと忙しいのだが―――――――

 

「タクトさん、勝負ですっ!」

「よし、ミルフィー! 来いっ!」

 

 にらみ合うタクトとミルフィーユがいるのは食堂である。二人はテーブルを挟んで向かい合い、その迫力は竜虎さながらだ。

 

「んー………これっ!」

「だぁぁぁぁぁっ! やられたっ」

 

 ミルフィーユが引き抜いた一枚のカードを見てタクトが絶叫する。

 そこへフォルテとちとせが通りかかった。二人とも両手にいっぱいの荷物を抱えているあたり、艦内のコンビニで買い物をしてきた帰りのようだ。

 

「あんたら何してるんだよ」

「ん、ああ。ババ抜きだよ。ミルフィーがやりたいって言ってね。これで通算十五連敗……」

「そ、そんなにですか………?」

 

 ミルフィーユが自分たちのカードを見せる。彼女が手にしたカードはハートのキング。そしてタクトの手元に残ったのはあざ笑うジョーカーのカード。

―――――言わずとも、タクトの敗北である。

 意外そうな顔をするちとせ。それもそうだろう、一対一のババ抜きで十五連敗など普通ならそうそうあることではない。それもミルフィーユの強運故なのだが、あいにくこの場でタクトをフォローしてくれる人はいなかった。

 

「おっし、じゃああたしも入るか。ちとせもやるだろ?」

「私、ですか? はい、ご一緒させていただきます」

 

 そして何気ない顔で腰掛けてくるフォルテとちとせ。だがタクトは内心ほっとしていた。ミルフィーユの強運を今まで一身に受けていたが、二人が入ってきたことでそれが分散するからだ。これで勝機を見出すことも不可能ではない。

 だがその思惑はとんでもない方向へ突き進んでいくことになるとは、誰も予想していなかった。

 

 十五分後、昼食をとるために食堂を訪れたランファとヴァニラにフォルテが陽気に声をかけてきた。彼女は食堂の一角に座っており、その側には同じく朗らかな笑顔を浮かべるちとせとミルフィーユ、そして意気消沈してテーブルに突っ伏すタクトの姿。

 

「あの………タクトさん?」

「何やってんのよ、あんた」

 

 二人のつっこみも届くことなくタクトはさらさらと、灰となり風に吹かれていずこかへ飛んでいってしまった。

 そんな彼の姿を見てエンジェル隊の面々は口々に所感を述べてみたり。

 

「タクトさんがどこかいっちゃいました〜」

「マイヤーズ大佐……そんなにショックだったんでしょうか」

「これでかれこれ二十連敗だからねぇ。無理もないと思うが」

「そ、そんなに!?」

「大敗、喫す……」

 

 

 そのころ、ミントはエルシオールの格納庫でクレータ班長と一緒にアウトローの解析を行っていた。現在ではあまりに珍しい代物である旧時代以前のバイクであり、人工知能を搭載しているアウトローはまさに格好の研究材料であった。以前に人口音声による会話機能と味覚テスターを組み込んだが、今回は純粋に構造や機能を調べるのだ。ちなみにアウトロー自身は眠ってもらっている。

 

「では、まずメインフレームの材質から………」

「すごい。分子構成の強度が軍用の装甲板と同じです」

「しかもエンジンは………液体燃料ではないみたいですわ」

「こっちには……対戦車ミサイルポッド!?」

「逆進用のギアまでありますわ」

 

 二人はアウトローの漆黒のボディのあちこちを触り、金属板を引っぺがし、タイヤのホイールの裏側を念入りに綿棒でこすったりした。

 そうすると出てくる、出てくる。ペイロードの限界まで積み込まれたヴェトロニクスと正体不明なシステムの数々。

 

「だ、大体の構造は把握できたわ」

「ではそろそろ……メインコンピュータからデータを抽出いたしましょう」

 

 にやり、と妖艶な笑みを浮かべる二人。この中に収められているデータはおそらくどれもきわめて価値の高いものに違いないのだ。自我を確立しているほど高性能なA.I.を開発した科学技術の粋に、今触れんとクレータが専用の機材を起動させた。

 

「こ、これは……!」

「なんと、まあ……!」

 

 ホロスクリーンに映し出される無数のウインドウには、実にさまざまな情報が記録されていた。セキュリティの関係で一部のきわめて機密度の高い情報は開くことができなかったが……それでもかなり有意義であることに違いはない。

 例えば――――――

 

『秋の味覚、国産マツタケの正しい堪能の仕方』

『東京オリンピック、開幕』

『毒殺料理人 〜その実態と殺人事例〜』

『チンジャオロースの作り方』

『初代仮面ラ○ダー、祝・映画化決定』

『リリカル魔法少女、ゴ○ラを撃退』

『九州芋焼酎の醸成日記』

『原子力の恐怖……チェルノブイリの悲劇と教訓』

 

 などなど、旧時代以前の世界が丸分かりである。かなり偏っている上に季節の食のネタがふんだんに盛り込まれているが、あまり間違いはなさそうだ。

 そもそもアウトローはとある悪の秘密結社が極秘裏に開発した超高性能戦闘支援用バイクなのである。誰を支援するのかはともかく、その存在はバイクというよりは戦車や戦闘ヘリに近かった。

 そんなことは露知らず、一通り調査を終えたミントとクレータは組み立てなおしたアウトローを見つめてつぶやいた。

 

『お、恐ろしい……』

≪何デショウ。みんとサン、くれーた班長≫

「わっひゃうっ!?」

「い、いつお目覚めに!?」

≪今サッキデスガ≫

 

 二人そろって声が上ずっている。人間心にやましいことがあると自然と表に出るものなのだ。

 

≪ソレデ、調査ノホウハドウデシタデショウカ?≫

「え、ええ。そうね……前輪を支えるフレームとハンドルに少し歪みがあったから機材がそろい次第、本格的に検査と修理するわ」

≪ソウデスカ。ゴ迷惑ヲオカケシマス≫

「いいのよ。気にしないで。私たちも好きでやっているだけだし」

「そうですわ。今度アウトローさんの塗装を変えてみません?」

「そうね……考えておきます」

 

 しかし、と二人は思う。

 ――――何故、アウトローが犬耳を生やした美少年と錯覚してしまうのだろう?

 

 

 

 

トランスバール本星標準時刻14:29 本星衛星軌道上“白き月”

 

 あの戦乱以来、白き月とその周辺は平和そのものだった。現在白き月警備のために駐留している第六機動艦隊の間にも、それゆえにどこか穏やかな空気が流れていたのも仕方がないだろう。

 

「司令、定時報告です。各方面ともなんら異常ありません」

「うむ。退屈ではあるが……軍人が暇なときほど世界は平和ということなのだろうな」

「そうですね。できれば一生暇でいたいものです」

「ああ、お前のところに娘が生まれたそうだな」

「早く帰って抱きしめてやりたいですよ。まあ、次の休暇にならないと無理な相談ですが」

「我慢しろ。あと一ヶ月だ」

 

 旗艦のブリッジで苦笑する艦隊の司令と副指令。だが彼らはまったく予想だにしていなかったし、できるはずもなかったのだ。

――――――単独で、この大艦隊に奇襲を仕掛けるような存在など。

 

「司令! 艦隊正面より接近する機影あり! 距離一万二千、識別不明!」

「何? 観測班は何をしていた! 未確認機に警告しろ、全艦緊急配置!」

「了解!」

 

 それはまっすぐに第六艦隊へ接近していた。再三の艦隊からの警告を無視し、なおも進路を変更せず突進してくる。

 

「司令! 未確認機はなおも加速! あと一分でこちらの射程に入ります!」

「止むをえん。迎撃するぞ、攻撃用意!」

「全艦に通達! これより我が艦隊は戦闘を開始する! これは演習ではない! 繰り返す、これは演習ではない! 戦闘を開始する!」

 

 相手が慌てふためきながら攻撃態勢を取る様を、彼はコックピットの中で一人笑って眺めていた。

 あがいたところで無駄だというのに……

 

(まあいい……こちらも実戦テストを兼ねさせてもらう)

 

 所詮はずたずたにされた戦力を急ピッチで再編させた寄せ集めの艦隊である。こちらの敵ではない。

 

「ユウ、ユキ。聞こえるな?」

『うん、聞こえてるよー』

「手はずどおりに行け。俺は適当なところで切り上げる。合流は座標233だ」

『了解』

 

 

 なおも接近するそれの映像を見て、第六艦隊の司令たちは驚愕した。

 全長二十メートル弱の青いカラーリングのロボットがこちらに向かってきている。まるで冗談としか思えないような光景だ。

 

「たかがそんな脆弱な兵器一つで何ができる! 攻撃開始、撃ち落とせ!」

 

 待機していたレーザー砲とミサイルが一斉に蒼い人型へ向けて火を吹いた。だが人型は易々とその弾幕を掻い潜り、もっとも接近していた巡洋艦をライフルと思しき武装で一瞬の後に撃破してしまった。

 

「何をやっている! 一機だぞ、たった一機に何を手間取っている!」

「だめです! 完全に懐に入られてこちらはなす術がありません!」

「目標、続けてローレンシア、サマトルリア、ノルマンディーを撃沈! なおもこちらへ接近中!」

「対空防御! 急げ!」

 

 旗艦が沈んでは艦隊が総崩れになってしまう。それだけはなんとしても阻止しなければならない。

 その間に人型は五隻目のミサイル艦のスラスターを粉砕してなおその勢いをまったく弱めようとしない。

 

「目標、さらに接近!……いえ、転進しました! 宙域を離脱していきます!」

「何だと!?………まさか!」

 

 司令はすぐさま白き月へその目を向けた。

 その時である。白き月の一点で爆発が起こり、そこから何かが飛び立ったのだ。

 

「陽動………だったのか」

「まんまとやられましたね。しかもこっちは戦力の大部分を削られた」

「ああ。他の艦も消耗が激しい。追撃は不可能だ……」

 

 忌々しげに呟く艦隊司令。紋章機ならば露知らず、たった一機の人型機動兵器に一大艦隊が手も足も出なかったのだ。

 

 同じころ、聖母シャトヤーンにも白き月襲撃の報は伝わっていた。白き月の中にいたものの幸い彼女に怪我はなかったが、周囲はかなり混乱していた。

 

「ではアーカイブ・テリトリー以外に被害はない、と?」

「はい。観測班の報告待ちですが、敵はRCSの落下地点をピンポイントで狙ってきました。離脱していった機影が何かを抱えていたようですし、恐らく襲撃ではなくここから何かを奪取することが目的だったと思われます」

「分かりました。引き続き調査を。それから皇国防衛特務戦隊へ連絡を」

「了解しました」

 

 

 

 

 エルシオールの艦首に巨大なモジュールが取り付けられている様子をブリッジから眺めながらレスターは安堵の息を漏らした。エオニアとの最終決戦後、使用不能になったクロノブレイク・キャノンは完全に解体された。平和になった世界に巨大すぎる力は必要ない、というシヴァ女皇の意向だ。

 その代わりかどうかはともかく、そのモジュールというのはギャラクシーの運用のためのものらしい。

 

「お気に召しませんか、艦長」

「ネイバート少尉か。そういうわけじゃあない。ただ――――」

「ただ?」

「たった一機の兵器を運用するためにあれだけ巨大なものが必要かどうか、というだけだ」

 

 なるほど、確かにギャラクシー一機を運用するだけなら現状のままでも問題ない。大掛かりな改造を施すにしては効率が悪すぎる。にもかかわらずこれだけの作業を断行するということは、何かしらの理由があるということだろう。

 レスターの後ろでアンスは少しだけ笑うと、

 

「いいえ、艦長。一機ではありません」

「どういうことだ?」

「ギャラクシーをはじめとするEMエクストラシリーズは現在、三機存在します。エルシオールに取り付けているモジュールはその格納、整備、発進を行うための区画です」

「なんだと……!?」

「ギャラクシーをベースに設計・開発が進められていたものです。そのX0203は開発が難航していてロールアウトの見通しは立っていませんが」

 

 紋章機にもさまざまなバリエーションが存在していた。それを真似て規格の多角化を行うにしてもの前例や戦闘データがほとんどない現在、かなりの問題を抱えているはずだ。いくら白き月からのデータがあるにしても、である。

 レスターがその疑問をアンスに追及しようとした時、オペレーターが彼の名を呼んだ。

 

「どうした!?」

「白き月のシャトヤーン様より通信が入っています!」

「分かった、メインスクリーンに回せ。あとエンジェル隊とタクトを呼んでくれ」

「了解です」

 

 だがそれを待たずしてシャトヤーンは通信ウィンドウからレスターを呼びつけた。

 

『火急の事態なのです、クールダラス。詳しいデータは暗号化して送りましたが、先に事の次第を伝えます。つい数時間前、所属不明の人型機動兵器二体が白き月に駐留している宇宙軍第六艦隊と白き月を襲撃したのです』

「な、なんですって!?」

『艦隊は艦艇の半分が行動不能になりましたが、幸い乗組員は全員脱出できたそうです。しかし状況はかなり混乱しており、私もこれから場を収めに行かねばなりません。皇国防衛特務戦隊は現在の任務を一時中断し、シヴァ女皇を護衛して白き月へ帰還してください』

「それは、総司令部からの司令ですか」

『はい。軍のほうにも了解は得ています』

「分かりました。こちらも準備が整い次第発進します」

『期待しています。クールダラス艦長』

 

 シャトヤーンが微笑み、通信が切れたところでタクトとエンジェル隊が息を切らしてブリッジに駆け込んできた。その急ぎ様を見る限り、よほどブリッジから離れた場所にいたのだろう。

 

「レスター、シャトヤーン様は!?」

「急を要する話でな、通信ならもう終わった。今から追って内容を説明する」

 

 がっくりとうなだれるタクトを他所に、レスターはメインスクリーンにシャトヤーンから送られてきたデータを表示させた。

 さまざまな角度から撮影された、いくつもの写真画像。いずれも宇宙空間での戦闘を撮影したもので、移っているのは宇宙軍の艦隊と―――――

 

「あれ?」

「あ、あれって……」

「まさか、ありえませんわ」

「確かにカラーリングは違うけど」

RCSに……間違い、ありません」

「あ、あの……皆さん。よく分からないんですが………」

 

 一同が驚愕する中、ちとせだけが話についてこれていないようだった。写真中央に写っている蒼い機影を指差すと、タクトが少しだけばつの悪そうな顔をした。

 

「ああ、ちとせにはまだ教えていなかったからね。知らなくても無理ない」

「どういうことですか?」

「エオニアの戦乱の最終局面で俺たちは黒き月のエオニアを討った。その時にたった一人だけエルシオールに戦死者がいたんだ」

「え?……でも、エルシオールのクルーは全員無事だったと」

「表向きにはね。でもそうじゃないんだよ、ちとせ。彼は最後の最後に俺たちを庇って死んだんだ」

「いったい、誰なんですか……?」

「アヴァン・ルース。短い間だったけど、あの写真と同じ人型機動兵器に乗ってともに戦った――――――――仲間だった」

 

 あの戦乱の後、もともと存在するはずのない人物であるアヴァン・ルースはその死亡した事実を抹消されていた。英雄の乗る船でいるはずのない人間が死んだなど、民衆に知られれば国家の威信に関わるからだ。

 そして英雄タクト・マイヤーズが誕生した。自分の指揮する艦から誰一人戦死者を出すことなく勝利した、完全無敵のヒーローだ。

 

「アヴァンの乗っていた機体は大破して、白き月の封鎖区画に漂着していたのが発見されている。だから写真の機体はアヴァンのそれとは別のものだということになる」

 

 レスターが画像の解析結果をスクリーンに投影させた。そこにはさまざまな角度から画像を解析して、蒼いRCSのディティールが表示されている。

 小型のモバイルでデータを見ていたアンスは画像の一部を拡大させて説明を始めた。

 

「若干装甲の形状が異なりますが、骨格や内装の配置などからRCSの同型機だと言えます。高機動時の機体の安定性やライフルやシールドといった装備を見ると、恐らくは正式採用モデルなのかもしれません」

「どういうことだい? アンス」

「以前アヴァンは自分の機体を試作機といっていました。彼の機体が白き月にあるに関わらず、新たなRCSが出現した。ならば次に来るのは―――――」

「完成形、か。確かにその通りだな」

 

 頷くレスターとは対照的にフォルテとランファはどこか納得がいかない様子だ。

 

「じゃあ聞くけど、蒼いRCSに乗っているのはいったい誰なんだい? アヴァンはもういないんだから、RCSの存在を知っているのはごく一部だけだと思うけど?」

「断定はできませんが、エオニアの残党か小規模のテロリストがいずこかで発掘したものかもしれません。旧時代の人型機動兵器が現在も存在していることは二人の任務で証明されていますし」

 

 以前フォルテとランファが遭遇した緑色の巨人。その残骸は今も白き月で厳重に保管されている。その後の調査の結果でトランスバール本星上だけでも百体以上の人型兵器が存在していることが判明したため、総司令部はてんやわんやの大混乱になった。何せ地上の警察機構では到底太刀打ちできないようなロボットが大量に地面の下に眠っているのだ。それが不貞な輩の手に渡った日には大変なことになる。

 もっとも発掘したものを復元して使えるようにするにはかなり高度な技術が必要であり、それが可能なのは白き月の技術局ぐらいだろう。それでもブレーブ・クロックス(『荒野のガンマン〜』を参照)が発掘兵器を保有していたのは事実だ。となると白き月以外にそれだけの技術力を持った組織があるということになる。これに関してクロックスはまだ黙秘している。

 

「ともかく、今俺たちにできることはシヴァ陛下を安全に白き月まで送り届けることだ。俺もベストを尽くす。みんなもベストを尽くす。それで全部OKだ。いいね?」

 

 タクトの言葉に異を唱えるものは誰もいない。

 それからいくつか細かいことを確認し、出発の時刻を決めてその場はお開きとなった。エルシオールの艦首モジュールは明朝にも作業が完了するため、発進は翌朝の09:00となり、それまでの間エンジェル隊は自由時間を取るという。

 そうくればじっとはしていられないタクトである。さっそくブリッジから退出しようとするミルフィーユに声をかけた。

 

「ミルフィー、これからどうするんだい?」

「そうですねー。お腹すいたんで何か作ろうかな」

「あ、どうせなら……(ごにょごにょ)」

「分かりました〜。あ、でもそれなら……(ひそひそ)」

「よし。じゃあ頼んだよ」

「はいっ、任せてください!」

 

 するとミルフィーユは管制官と話をしていたフォルテのところへやってきた。フォルテはどうやら戦闘時のハッピートリガーの動きについて色々たずねていたようだったが、ミルフィーユが近づいてきたことに気づいて管制官との会話を切り上げた。

 

「フォルテさん。フォルテさんにお願いがあるんです」

「ほー。で、お願いっていうのは?」

「はい。実は……(ひそひそ)」

「ま、また派手なことを。それならあたしは……(ぼそぼそ)」

「はい、じゃあそれで。よろしくお願いします〜」

「あたしに任せときな!」

 

 何やらよからぬことを企んでいる気配である。嫌な予感を無視してレスターは静かに明日のスケジュールの確認を始めた。こういう時に限ってタクトは何かやらかすのだ。触らぬ神に祟りなしというわけだ。

 

「レスター艦長」

「ん……どうしたアルモ?」

 

 レスターの背後から声をかけてきたのはアルモだった。

 

「コーヒー、飲みます?」

「ああ、そうだな」

「ブラックで?」

「頼む」

 

 それだけの短いやり取りだったが、アルモは笑顔でブリッジを出て行った。

 いつもアルモは自分の休憩時間になると必ずコーヒーを淹れてくれる。レスターが中佐に昇進してエルシオールの艦長に任命されてからのことだ。そもそも二人の関係が進展したのはいつ頃なのか、という疑問が真っ先に浮かぶがその答えを知るものはいない。

 おかげでブリッジのオペレーターたちの間での会話は話題に事欠かない。今日も今日とて二人の噂話である。

 

(やれやれ、まったく……)

 

 まったくもってどうしようもない。立場が立場なだけにおおっぴらにするわけにもいかず、まあ悶々とした毎日を送っている。航行中は艦長と副長が同時に休息を取るわけにもいかない。さりとて寄港中も雑務に追われて息つく暇もなし。当然のごとくデートに行った事もなく、せいぜい一緒に食事をとることぐらいだ。

 レスター・クールダラスは人生初の恋愛に四苦八苦なのであった。

 

「艦長。はい、どうぞ」

「ん……ああ」

 

 色々と悩んでいる間にアルモが戻ってきたようで、彼女が差し出した紙コップを受け取った。

 

「何かお悩みですか?」

「まあな。最近、時間が取れないことで少し、な」

「え、何の時間ですか?」

「分からないか」

「はい。教えてくださいよ〜」

 

 真顔で聞き返してくるアルモを横目にレスターは軽く息を吐いた。自分たちのことだと気付かない副長に少し憎らしさを覚えながらも、その額をかるく指でつついてこう言った。

 

「今度俺の部屋に来い。そしたら教えてやる」

「え……あ、う、ええ!?」

 

 完全にパニックに陥ったアルモは傍から見ていて中々におもしろいものだ、と内心つぶやきながらレスターはアルモが落ち着きを取り戻すのを待ってもう一度言った。

 

「返事は?」

「あ、は、はい!」

「ちょいやー!」

 

 顔を真っ赤にして俯いているアルモに、横から突然現れたココが飛びついてそのまま頬を指でプニプニつついてくるではないか。しかもテンションが高い。かなり高い。天井知らずに高いのである。レスターなど何が起こったのかまったく把握できていないほどなのだ。

 

「きゃー! アルモやったー! これで将来も安泰よー!」

「コ、ココ? なんかキャラが違うような……」

「待ちに待ったときが来たのよ! 艦長命令と称して部屋に連れ込まれたアルモはレスター艦長に迫られ押し倒され(中略)挙句の果てに一輪の花が散るかのごとく(以下自粛)なのよっ!!!」

 

 歩く人間スピーカーもかくやの大音量で掲載先が変更されかねない台詞をまくし立てるココ。しかもアルモを人質(?)にとられているためうかつに手が出せない。

 暴走だ。完全に暴走している。このまま放置してはあることないこと周囲に喚き散らして変な噂がエルシオール艦内にT○ィルスのごとく蔓延してしまう。これはそう、バイオハザードだ。ブリッジを緊急封鎖して目標を凍結、封印しなくては。

 レスターの脳が一連の思考を終えて行動に移ろうとしたその時である。

 

「ココの………」

「へ?」

「馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 ゴー・トゥ・ヘブンとはこのことか。アルモのゼロ距離アッパーがココの顎にめり込んで体を天高く舞い上げる。まさに昇天する勢いでココはブリッジに天井に叩きつけられ、今度は万有引力の法則にしたがって床に叩きつけられた。激しい上昇と下降の動きはまるで世界経済のような動きである。

 ともかく凄まじいダメージを受けたココは頭から煙を噴き出させ、四肢をぴくぴくと痙攣させている。アルモはアルモで肩を大きく上下に揺らして激しく息をしていた。

 

「お………俺にどうしろと?」

 

 この場の最高責任者たるレスター・クールダラス中佐(独身)は、周囲の視線を一身に受けながらひたすら対応に困っていた。

 

 

 ざあ、と風が吹き抜ける心地よさにヴァニラは目を閉じた。鯨ルームで飼育されている宇宙ウサギたちを散歩に連れ出した彼女は今、公園の草原の上に腰を下ろしている。

 

「ここにいたのね、ヴァニラ。少しいい?」

「アンス……さん」

 

 ヴァニラが振り返るとそこにはアンスが立っていた。ヴァニラが頷くと風になびく髪を押さえながら隣に座り、アンスは遠い目で公園を眺めながら、

 

「久しぶりね。こうやってゆっくり話すのは」

「はい。アンスさんも、みんなも忙しかったから」

 

 ふとアヴァンの死後、ほとんどお互い会っていなかった。彼の死によってアンスはエルシオールを降りたも同然だったし、何よりあのまま同じ場所で仕事を続けられるとはアンス自身思えなかったのだ。

 

「ウサギたちは元気?」

「はい。みんな元気すぎて、大変です。タクトさんも手伝ってくれますが」

「そう。久しぶりのマイヤーズ大佐は優しかったみたいね」

「……でも、少しタクトさんは変わりました。まるで何かに、駆り立てられてるような」

「パイロット、志願したのは彼なのよ」

 

 突然の言葉にヴァニラの表情が固まる。

 

「本当はやらなくてもよかったのよ。でも、条件に当てはまるのは自分だけだから、って。自分だけ後ろで守られているだけじゃだめだ、って言ってね」

「タクトさんは……私たちの指揮官で、エルシオールの司令官で……」

「やっぱり彼のことを引きずっているみたいなの。彼の――――――アヴァンの死を。もう誰も死なせたくない。もう誰も悲しませたくないからとも言っていたわ。ねえヴァニラ、ひとつだけお願いがあるの」

「アンス、さん?」

「本当のことを言うと、ギャラクシーはまだ不完全なの。単体での戦闘はもって五分が限界」

「え―――――――」

 

 たった五分。戦闘可能時間がそこまで限られてしまうともはや戦力としての価値はない。だからこそギャラクシーは紋章機との合体機構を有していたのだ。紋章機との合体によって機体への負荷を軽減することによって長時間戦場を駆け巡るために。

 

「だからヴァニラ。大佐を、ギャラクシーを守ってあげて。あれは皇国の新しい希望なの」

 

 それだけ言ってアンスは早足でその場を立ち去った。残されたヴァニラはただタクトの覚悟を胸にかみ締める。

 不慣れな戦闘。

不完全な機体。

 ぬぐえない記憶。

 それらが彼にギャラクシーのパイロットという重責を選ばせた。そして、選ぶだけの彼の意志。

 

「アンスさん………タクトさんは、私が守ります」

 

 かつて、そして永遠の誓いをもう一度つぶやく。

 その時、艦内放送からけたたましい警報が鳴り響いた。宇宙ウサギたちがたちまち驚いてヴァニラの足元に駆け寄ってくる。彼らを抱き上げながらヴァニラは天を仰いだ。

 

「敵襲……?」

 

 

 それはレスターにとって予測範囲内の出来事だった。白き月が襲撃を受けてから十時間……。半日と経っていないがそれがエルシオールを捉え、行動を起こすには十分すぎる時間だ。相手はほんの数十分で本星の防衛網から完全に離脱するだけの機動力を持っている。ならばきわめて短時間に別の箇所をもう一度攻撃することは可能だ。

 特に情報が錯綜している今ならば、まさに格好に機会といえよう。

 管制官たちが纏め上げた情報をアルモと二人で検分する。タクトは先にギャラクシーですでに待機している。

 

「敵影、一。RCSの同型機と思われます。こちらのレーダーに入ってからは速度を落としてなおも接近中です」

「こちらの出方を見ながら隙をつくつもりか。それとも、何かのタイミングに合わせている……?」

「ですね。別働隊でしょうか。白き月からの報告では別にもう一機の機影を確認していたようですし」

RCSが二機か。笑えんな、正直」

「ですね」

 

 相手は真正面から向かってきている。明らかな陽動であり、そうでなければただの馬鹿だろう。いや、それも在り得る。何せ相手は単体で一艦隊を行動不能に陥れるだけの性能を持っているのだから。

 

「ココ、エルシオールは発進できないのか?」

「無理です。モジュールの取り付けは完了していますが、まだ物資に積み込みとエンジンの最終点検が終わっていないんです」

「仕方がないな。エルシオールはこの場に固定するが、場合によっては緊急発進もありうる。関係各位に通達急げ」

「了解」

 

 艦内が慌しく動き始める。発進こそしないまでも最悪の事態に備えるのは当然のことだからだ。

 

「総員第二種戦闘配置! エンジェル隊とギャラクシーで敵の頭を抑える。その間に本命の割り出しを急げ!」

「総員第二種戦闘配置! エンジェル隊及びEMX01、発進用意! 全センサー感度最大で索敵開始!」

 

 レスターの指示をアルモが復唱する。同時に艦内放送でその内容が伝えられて各部署が活動を開始するのだ。

 まず動き出したのは紋章機の格納庫から。底部の装甲ハッチが展開し六機の紋章機が発進位置へ移動する。エルシオールはテラス4の外から接舷しているため、艦載機の発進は面倒がない。

 

「エンジェル隊は発進後、マイヤーズ大佐の指示を待ってください」

『了解だよ! エンジェル隊、発進する!』

 

 フォルテの合図の元、紋章機たちが一斉に飛び立った。

 続けてエルシオールの艦首モジュール―――――EM専用格納庫の先端が展開し、誘導レーザーが展開される。すでにギャラクシーは最終チェックを終えていた。コックピットの中で次の指示を待つタクトにレスターから通信が入る。

 

「どうした、レスター?」

『分かっていると思うが相手はRCSだ。無茶はするな』

「大丈夫だよ。エンジェル隊もいるしさ。何とかなるって。ところでシヴァ陛下は?」

『安心しろ。すでにエルシオールへ避難してもらっている』

「よし、じゃあ行ってくる」

 

 レスターとの交信を終え、今度は専門のオペレーター、つまりアンスに回線をつなげる。

 

『準備はよろしいですか、大佐』

「問題ない。でもなんか大佐って呼ばれるとあれだな、何色の彗星だっけ」

『ギャラクシーの塗装は白ですが』

「いや、なんでもないよ。気にしないでくれ」

『そうですか』

 

 いったん会話が途切れると、がくんと軽い衝撃がコックピットを襲った。機体がリフトで移動して発進用カタパルトに接続されたのだ。

 

『カタパルト接続完了。戦闘モードのタイムリミットには気をつけてください』

「分かってる」

『システムオールグリーン。ギャラクシー、発進準備完了です』

「よし! ギャラクシー、発進する!」

 

 刹那、引っ張られる感覚と同時に機体がカタパルトによって押し出された。背中とテールアーマーの推進器を駆動させてさらに加速してエンジェル隊と合流する。

 

『まさか本当にタクトと肩を並べて戦うことになるとはねぇ』

 

 なにやら感慨深げに頷くフォルテ。ギャラクシーは指揮官機なのだからおのずとともに戦場に立つことになるのだが、

 

『なんだかうきうきしますねー』

『まあ、気分がいいのは認めるけど……ヘマやったら許さないからね、タクト!?』

「もちろん気をつけるよ」

『では参りましょうか、皆さん』

『まもなく目標と接触します。タクトさん、指示をお願いします』

 

 すでにRCSと思しき蒼い機影は肉眼でも確認できる距離にまで近づいている。もうおしゃべりの時間は終わり、というわけだ。

 

「ミントとちとせは後方から援護を! ランファと俺で先手を取るから、後は頼む!」

『ですが相手は単体で艦隊と渡り合うだけの運動性を持っています!』

「承知の上だ、ちとせ……だから俺たちがココで食い止めなきゃならない。それに相手は小回りが利くから死角に入られやすいから互いにカバーし合うんだ!」

『了解!』

 

 トリックマスターとシャープシューターが減速していき、代わりにカンフーファイターとギャラクシーが前に出る。遠距離からの支援を得意とする二機を後方に配置することで相手の動きを抑えようというのだ。

 ミルフィーユとフォルテは先行するランファたちの左右についている。ヴァニラのハーヴェスターも遅れながら三機に追随し、味方の損傷に備える。

 

「ランファ、ドッキングだ!」

『よっしゃ! いっくわよー!』

 

 カンフーファイターの機体底部、アンカークローの間からドッキング用のアームがせり出してきた。ランファが機体を減速させ、そこへ速度を合わせたギャラクシーが進入する。アームの位置と機体を合わせ――――

 グワッキーン!

 独特の駆動音とともに二機が連結される。

 同時にカンフーファイターの出力が爆発的に増大していく。二つのエンジンを連動させることにより、合体中の紋章機は平常時よりも高いパワーとスピードを発揮することができるのだ。

 

「機体固定完了。エネルギーバイパスの接続を確認……よし、いいぞランファ!」

『ええ、一気に突っ込むわよ!』

 

 機体をロールさせながらRCSの針路上に飛び出した。ファランクス・レーザーのカーテンを展開するカンフーファイターとRCSが交差する。

 サブモニターに一瞬だけRCSの姿が移った。その鋭い双眸は確かにカンフーファイターの姿を見つめている。

 

『っ!……こいつっ!』

 

 ランファが舌打ちしながら機体を急旋回させてRCSの背後を取った。ギャラクシーのレーザーライフルがその後姿に狙いを定める。だが相手もそれに気づいていたのか、RCSは左右に振ってタクトの射撃を回避した。それどころかそのまま急減速してカンフーファイターに接近し、

 

「ランファ、回避だ!」

『こっのぉぉぉっ!』

 

 繰り出された回し蹴りをすれすれのところで機体を左に振って凌ぐ。あと少し反応が遅れていればカンフーファイターのメインカメラは粉砕されていただろう。

 崩れた体勢を直しながらRCSの動きをギャラクシーのセンサーが追う。ギャラクシーの背部にある大型レーダーシステム『HSTL』はエンジェル隊の指揮のために必要なあらゆる情報を統括するシステムであり、同時にエルシオールにも匹敵する高性能多角センサーなのだ。したがって戦闘エリア内の敵味方の動きを完全に把握することができる。

 そしてRCSはラッキースターとハッピートリガーの猛攻を掻い潜りながら熾烈なドッグファイトを展開していた。

 

『ちょこまかと……落ちなってんだい!』

 

 ハッピートリガーの大火力に追い立てられるRCSへミルフィーユの絶妙なファランクス・レーザーが迫る。雨のごとく飛び交うレーザーの何本かがRCSの左腕と右足を貫いた。小爆発の衝撃で別方向へ飛び出したRCSをさらに二機が追う。

 

『ナイスだ、ミルフィー! このままケリつけるよ!』

『はいっ! がんばります!』

 

 なるほど確かに片腕片足を失ったRCSは攻撃力、防御力、機動力も半減したといっていいだろう。

 

(だが、調子に乗ってもらうのは困るからな)

 

 にやり、と手負いのコックピットで彼は冷笑を浮かべる。

 

「!?」

 

 そのイメージを知ってか知らずか、タクトの背筋を氷槍が貫いたような感覚が襲った。虫の知らせ、というのだろうか。ともかくタクトは二人に呼びかける。

 

「ミルフィー、フォルテ! 下がるんだ!」

『なんでだい!? もう少しで……』

「いいから後退しろ! 危険だ!」

 

 反論しようとするフォルテの目の前に驚愕の光景が飛び込んできた。もはや追い詰められるだけだったRCSの失われた腕と脚が一瞬で復元されたのだ。

 

『ちっ……だったら丸ごと消し飛ばしてやるよ! 全砲門開放!』

 

 ハッピートリガーが一斉射撃体勢に入る。だがRCSは回避しようともしない。ただその場で彼女の一撃を待ち望んでいるかのように。

 

『舐めんのもたいがいにしな! ストライクバーストっ!』

 

 たとえ同じ紋章機でも回避不可能な砲撃の嵐がRCSに牙を剥く。その弾幕が打ち出された瞬間、RCSはまるで飛び立つ羽の如く飛翔し、両手がそれぞれに掴んだ二本のバトンから紅いビームの刃が噴き出したではないか。

 

『あれは……光の、剣―――――――?』

 

 そしてこともあろうにRCSはストライクバーストの只中へ飛び込んでいく。そんなことをすれば一瞬の後に装甲は食い破られ、機体は跡形もなく吹き飛んでしまうだろう。

 しかし、それはあくまで自分たちの予測でしかないのだとフォルテは思い知らされた。RCSは、絶対命中の弾幕を驚異的な機動で潜り抜けなおもこちらへ接近してくる。そして自分は、発射の反動で動くことができない。なされるがままに両翼を切り裂かれ、スラスターを貫かれてしまった。

 

『くうっ!』

 

 爆発とともに破片が飛び散り行動不能になったハッピートリガーへ救助に向かうハーヴェスターに見向きもせずRCSは跳躍し、タクトの命のままに後退するラッキースターへ迫った。

 

『やらせるかってのよっ!』

 

 打ち出された鉄拳が斬りかかろうとするRCSを止め、そのままじりじりと押し返していく。ランファの放ったアンカークローだ。

 

『ミルフィー早く下がって!』

『う、うん。ありがとう』

 

 そのまま離脱していくミルフィーユに続いてハッピートリガーを牽引するハーヴェスター。どうやら救助には成功したらしく、内心胸をなでおろしながらも二人は目の前の、二刀を構えなおす敵に向き直った。

 

『厄介ね……タクト』

「……………」

『タクト?』

「ランファ、君も一度下がるんだ。ここは俺がなんとかする」

 

 一瞬の沈黙の後につむがれた言葉はあまりに無謀なものだった。

 

『バカ言わないでよ! あんた一人じゃ無理に決まって……』

「大丈夫だよ、ランファ。とは言っても五分だけだからその間に戻ってきてくれ」

 

 屈託のない笑顔でそう言われてはランファも引き下がるしかない。タクトとてまったくの勝算無しに無茶をするわけではないだろう。そう思うしかなかった。

 

『ああもう……分かったわよ。急旋回と同時に分離するから』

「ああ、頼む」

 

 真正面から突っ込んでくるカンフーファイターを前にRCSは微動だにしない。そのまま背後に回り旋回、ギャラクシーを切り離してランファはエルシオールへ向かっていった。

 

 

 一方のエルシオールもハッピートリガーが撃破されたことで動揺が広がっていた。無敵無敗のエンジェル隊をたやすく撃破する敵の存在はまさに恐怖の権化だった。

 帰還したハーヴェスターが牽引してきたおかげですでにハッピートリガーは収容されている。幸いパイロットは無事だったが機体のほうは修理に時間がかかるという。

 

「くっ……カンフーファイターも補給のために一時帰還する、か。タクト一人では無理があるぞ、ちとせとミントはどうしている!」

「懸命の援護は続いていますがあまり効果がなく、エネルギーも残量が……」

 

 シャープシューターもトリックマスターもあくまで対艦、対大型戦闘機の機体であり、それらよりも小型で複雑な機動をする敵機への有効な手立ては無いに等しい。

 

「仕方がない……エルシオール、緊急発進だ! 味方機を回収し、現宙域からクロノ・ドライブで離脱する! いけるか?」

「艦長、物資の積み込みがまもなく終わるそうです! あと二分!」

「分かった。準備急げ!」

 

 このままでは防衛線が突破されるのも時間の問題であり、駐留艦隊ではRCSの格好の獲物にしかならない。

 レスターの判断は無力な自分たちの現状を認めた上での決断でもあった。

 

 

「くっ……くそっ」

 

 弾き飛ばされながらタクトは何度目かの舌打ちを打った。すでに戦闘モードに移行してから三分が経過している。タイムリミットは残り二分弱といったところだろう。

 

「ええいっ!」

 

 急加速から踏み込んでくるRCSへライフルを連射するが、そのレーザーはことごとく敵の光線剣によって打ち払われるだけだ。懐へ飛び込み、一閃。右の太刀がギャラクシーのレーザーライフルを切断し、さらに左の一撃で無防備な胴を横一文字に薙ごうと―――――

 ガキィィィィッ

 その剣戟を腕ごとギャラクシーの右肘が止める。じりじり右腕の装甲の焼ける音がコックピットに響いてくるが無視してRCSを蹴り飛ばした。

 

「損傷は……大丈夫だ、まだいける」

 

 つぶやいてはみるが今の攻撃で予備のライフルを失った以上、こちらも格闘戦を挑むしかない。一応ギャラクシーにもRCSのようなビームセイバーは搭載されているが、果たして有効かどうか。

 

「悩んでる場合じゃ、ないよなっ!」

 

 思考を打ち消して再び踏み込んでくるRCSへ右腕が抜き放ったビームセイバーを振り下ろした。RCSはその一撃を二刀が交差して受け止める。互いの機体が軋みあい、二つのビームが接触したことで生じる激しい干渉波が両者を照らし出す。

 相手は無言。通信回線の呼びかけにも応じずただひたすらに斬り込んでくる。問答無用というつもりなのか、それとも語ることなど無いからか。

 神経を逆なでするようなアラームがタクトの耳を打った。脇のディスプレイを見ればすでに活動限界まであと三十秒を切っている。

 だがタクトが注意をそらしたその一瞬の間にRCSは刃を返してギャラクシーの右腕を斬り捨てる。

 

「うわあぁぁぁっ!?」

 

 すぐさま来るであろう二撃目に備え咄嗟に左腕のシールドを構えるが、そのシールドごとRCSの一刀はギャラクシーの左腕を肩から切り裂いた。

 衝撃に揺さぶられる中、コックピットに活動限界を知らせる警告音が鳴り響く。挙動を停止したギャラクシーに止めを刺そうRCSがビームセイバーを振り上げる。

 

「こ、ここまでなの、か………?」

 

 その時、かざされたRCSの片腕を一筋のレーザーが焼き切った。

 

『タクトさんをそれ以上、やらせない!』

『マイヤーズ大佐、ご無事ですか!?』

 

 ハーヴェスターとシャープシューターがRCSへ肉薄する。RCSも突然のことに身構える。だが何を思ったのか、その蒼い敵機は二人の猛攻をいなして戦場から離脱していく。

 

「いったい、なにを―――――うっ」

『大佐!? まさかどこか怪我を……』

『ちとせさん。エルシオールへ帰還しましょう』

 

 二人は顔を見合わせうなずきあうと、牽引用のワイヤーを射出してギャラクシーに固定する。だが唐突にレーダーが別の反応を知らせてきたではないか。

 

『高エネルギー反応……』

『テラス4の向こう側から!?』

 

 

 その出現はエルシオールでも察知されていた。反応が出現したのは蒼いRCSとは反対側の、テラス4周辺に展開していた防衛艦隊のど真ん中だ。

 

「映像、出ます!」

「これは――――――――!」

 

 レスターの予想は最悪の形で現れた。

 血塗られたような真紅の塗装を身に纏うもう一機のRCSの姿がブリッジのメインスクリーンに投影される。そしてその両腕には左右それぞれ長砲身のキャノン砲が持たせられていた。

 無論、それを黙って見過ごすほど防衛艦隊は腑抜けているわけではない。すぐさま撃ち落さんと対空砲火を展開する。上下前後左右、あらゆる方向からレーザー機銃が紅きRCSへ降り注いだ。

 だが―――――

 

「これはいったい……」

「どうなってるの!?」

 

 レスターとアルモが驚きに目を見開く。真紅のRCSの両眼に鋭い光が灯ると同時に、今まさに直撃しようとしていた無数のレーザーが弾き飛ばされたのだ。おそらく一種のバリアなのだろうが、それにも増して恐ろしいのはその効果範囲である。

 普通、バリアといえば極めて小範囲のものである。非常にエネルギーを食うこの装備は無駄にその範囲を広げることもできず、頻繁に使用することもできない扱いの難しいものだ。にもかかわらずRCSのバリアは自機のゆうに十倍近い範囲をカバーしている。

 無駄と分かっていながらもいまだ続くレーザーの弾幕を無視してRCSは両脇に抱えた二門のキャノンをテラス4へゆっくりと向けた。その砲門に徐々に粒子が収束していく。

 その光景を見た防衛艦隊司令はすぐさま一つの結論にたどり着き、同時に最後の選択をすることになった。

 

「いかん! 奴はテラス4を破壊する気だ!」

「しかしレーザー兵器は無効化されてしまいます!」

「ならばミサイルだ。味方艦への被害は無視しろ、なんとしてもテラス4の破壊を阻止するんだ!」

「りょ、了解!」

 

 RCSの周囲を取り囲む艦艇から無数のミサイルが撃ち出される。そのことごとくが忌まわしき敵を破壊するために飛翔する。一秒と待たずしてその高性能センサーはRCSの姿を捉えた。あとはそのまま一直線に目標へ突撃するのみ。

 その時だった。RCSの両肩の装甲が展開し、内部から複数の機銃が一体化したチェーンガンが出現して一斉に銃撃を開始する。けたたましい銃声が響くのと同時にRCSへ直進していたミサイルたちが爆発四散する音がブリッジを揺さぶった。両肩のチェーンガンは細やかに動き回り、確実かつ効率的にミサイルを迎撃していく。もはや爆風によってRCSの姿は見えなくなったが断続的に続く銃声がその存在を嫌というほど誇示している。

 ミサイル攻撃が終わると少しずつだが覆い隠していた爆風も消えていく。

 だがそんなもどかしさを打ち消すように二本の光条がすべてをかき消した。その光はまぎれもなくRCSのキャノン砲が放ったものだ。それがテラス4の中心を貫通し、外と中からすべてを焼き尽くしていく。

 施設のあちらこちらで爆発が起こり、それに巻き込まれたスタッフたちが断末魔の叫びを上げながら焼かれていく。さらに外壁に開いた穴から宇宙へ放り出された者は一人残らず一瞬のうちに人の形を失った。

 地獄絵図、としか言い表すことのできない惨状。

 

「なんてことだ………」

「そんな―――――――」

 

 すでに出港していたエルシオールは幸いにその破壊の嵐に巻き込まれずに済んだ。防衛艦隊もなんとか砲撃を回避できたようだ。だが、その防衛艦隊の前にはもはや悪魔以外の何者でもないそれが立っている。

 その両肩のチェーンガンがぐるり、と回転して狙いを定める。一瞬の沈黙を破って装甲を食い破る銃撃のソロが始まった。

 

『クールダラス中佐、聞こえるか!? 中佐!』

「か、艦隊司令! ご無事でしたか」

 

 エルシオールのブリッジに飛び込んできた通信はRCSとの戦闘を再開した防衛艦隊の司令からだった。

 

『テラス4はもう駄目だ。ここは我々で食い止める。貴官は女皇陛下を連れて本星へ行け!』

「しっ、しかし……それでは防衛艦隊は!」

『このままではどのみち全滅する! あの火砲、直撃すればエルシオールとて薄紙同然! しかもエンジェル隊も消耗しているだろう!』

「ですが、司令!」

『行け!……艦長が取り乱しては艦全体が混乱する。それに君は若い。次の世代を担う若者たちを、女皇陛下を守るために死ねるのならば本望だ』

「……………」

『陛下……そしてトランスバールの未来、頼ん――――――――』

 

 そして通信は途切れた。向こうが回線を閉じたわけではない。こちらから通信を切ったわけでもない。何らかのハプニングで通信の続行が不可能になった、ただそれだけのこと。

だが今この場においては勇敢な軍人の死をはっきりと意味している。

 

「艦長……」

「最大戦速! 味方機を回収しこの宙域から離脱する!」

「ですが……」

「たわけっ!」

 

 指示に抗するアルモをレスターのやや上ずった怒声が叱り飛ばした。

 

「今の言葉を聞いていなかったのか! このまま留まれば陛下に危険が及ぶどころか俺たちが全滅する!」

「――――――――」

「すまん………みんな、今は堪えてくれ」

 

 俯き、何かを飲み込むようなレスターに異議を唱えるものはもういなかった。

 

 この日、トランスバール皇国宇宙軍管轄のステーション『テラス4』は崩壊、惑星アビスフィアの引力に引かれてアビスフィアの地表へ落下した。駐留していた防衛艦隊は壊滅し、周辺を含む一帯は無期限進入禁止区域に指定された。

 それから十日後、任務中であったエルシオールが特殊条項に従って本星に帰還。同時にテラス4崩壊の報を受けた皇国軍総司令部は緊急警戒態勢への移行を発表する。

 

 果たして、彼らの明日は――――――――

 

 



第八回・筆者の必死な解説コーナー

 

ゆきっぷう「シリアスな展開……空気が重い……腰が痛い」

 

レスター「普段から運動をちゃんとしないからだ。………で、今回は俺というわけか、ゆきっぷう。この悪魔め」

 

ゆきっぷう「おいおい、誰が悪魔だよ。どこをどう見ても普通の人。イエ〜ス」

 

レスター「やかましいっ! お前のおかげで艦長としての威厳とかが無いも同然に…………それで今回はいやに重苦しい展開になったな。もはや昼ドラどころではなさそうだが」

 

ゆきっぷう「んにゃ。問題ないって、きっといつかできるさ」

 

レスター「ずいぶんとアバウトだな、おい」

 

ゆきっぷう「えー、だってー。次回は前後編になりそうな予感だし」

 

レスター「ネタバレッ……するんじゃないっ!!!」

 

ゆきっぷう「おわひゃぁああわぁぁっっ! 首を掴んで左右に振るんじゃない! くっ、くるひい……」

 

レスター「はぁはぁ―――――――まあいい、よし次回予告しろ」

 

ゆきっぷう「め、命令ですか? まったくもう――――――人の愛と憎しみが交差する戦場で、再び古の炎が大地を焼き尽くす。人々はその光に恐怖した……次回、銀河天使大戦は前後編な感じでお送りするかもよ?」

 

レスター「要するにまだ何も考えてないんだろうが」

 

ゆきっぷう「それは秘密、ということで。それでは皆さん、アデュ〜」

 

レスター「あ、おい、こら逃げるな!」





シリアスです。
美姫 「シリアスね。前半の方は、結構ほのぼのとした感じだったけれどね」
それにもまして、あのRCS。
美姫 「物凄い性能を誇る機体みたいね」
おまけに、パイロットの腕も良いみたいだし。
美姫 「果たして、これからどうなるのかしらね」
次回が非常に気になるな。
美姫 「本当よね。次回も楽しみにしてますね〜」
ではでは。



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