エオニアの戦乱から一年の時を経て、トランスバール皇国は多大な損害を被りながらも復興目覚しく、新たな一歩を踏み出していた。

 

 事の起こりは半年前、タクト・マイヤーズ司令に下されたある命令が始まりだった。それは彼にとってもその周囲の人間にとってもあまりに衝撃的なものだったのだ。

 

『汝、タクト・マイヤーズをエルシオール及びエンジェル隊の指揮官の任から解く』

 

 事実上、「お前は首だ」ということだ。タクトはエルシオールを離れ、別の基地でデスクワークに従事することになった。前の戦乱における英雄への処遇としては、あまりにもそっけないものだった。

 それからエルシオールの指揮はレスターに移行し、彼は中佐に昇進した。現在は正式にエルシオール艦長として日々その執務をこなしている。

 

 残されたエルシオールとエンジェル隊の面々は今も彼の帰りを待っている。彼らにとってタクト・マイヤーズこそが自分たちを指揮することができる存在だったからだ。だからこそタクト解任の報には皆一様に落胆した。

 特にヴァニラはここ数ヶ月、目に見えて落ち込んでいた。

 

 

 だがそれも序章に過ぎない。

 

 新たな力。

 試される決意。

 繰り返される運命。

 

 すべては動き出した………

 

 

 

 

銀河天使大戦 The Another

〜破壊と絶望の調停者〜

 

第二章

一節            Repeat The Time.

 

 

 

「レスター艦長。エリアB42を航行中の第六艦隊から報告。宇宙海賊の艦影は確認できず。民間船を回収して宙域から離脱するそうです」

「分かった。しかしこれで今月に入って四件目だな」

 

 エルシオールのブリッジ、艦長席のレスターは眉をひそめた。報告をしてきたオペレーターも表情を曇らせている。

 ここ二、三ヶ月の間に宇宙海賊の襲撃事件が急激に増加していた。狙われるのは民間の輸送船で、その手際の良さと予測できない行動パターンから軍は後手に回らざるを得ないのが現状だ。

 エルシオールは明日からおよそ一ヶ月間、宇宙海賊の掃討とロストテクノロジーの調査を目的に本星圏を離れることになっている。もっともその前にある皇国軍基地に立ち寄る。明後日には到着する予定だ。

 

「それで、民間船の生存者は?」

「……………」

「そうか………」

 

 そしていずれの場合も情報を残さないように乗組員は皆殺し。おかげでアジトの割り出しどころか逃走経路の推移さえ皆目見当がつかないのだ。

 その折、格納庫のクレータ班長から連絡が入った。

 

「どうした?」

『五機の紋章機のオーバーホールと調整が完了しました。出撃に問題ありません』

「そうか。間に合ったか」

『それでこれからミーティングを開きたいのですが』

「分かった。すぐにブリッジにエンジェル隊を招集しよう」

『お願いします』

 

 

 

 エオニアの戦乱が終結して間もなく、クレータ班長によって提唱された『紋章機完全復元計画』のもとオーバーホールとともに再調査を行った結果、紋章機はおよそ十ヶ月という長期を経て本来の性能の五十パーセントまで発揮できるまでになった。

 

「最高速度はマッハ30。瞬間最大反転速度や反応速度なども含めて以前のおよそ十倍近くまで引き上げられています」

 

 ブリッジのメインモニターに表示されているデータをもとにクレータが次々に詳細なデータを説明していく。

 

「そして最大の発見は機体の重力制御装置―――――――グラビティ・スタピライサーです。この機能によってマッハ30という速度からでもきわめて安定した運動性、機動性、操作性が確保されています」

「以前のデータから見ると桁違いの性能だな。だが本当にそれだけの機能があるのか?」

「ええ。断片的なデータしかありませんでしたが、旧時代ではクロノクエイク直前まで我々の大元となる文明は何らかの侵略者の襲来を受けていたようなのです」

「つまり紋章機は対侵略者戦を想定した兵器だということか」

「どのような侵略者だったのか等についてはまだ分かりませんが」

 

 いずれにせよ紋章機がより本来の性能を発揮できるようになったのは、レスターにとってもありがたいことだった。エンジェル隊はタクト・マイヤーズの指揮によってその真価を発揮できる。その彼が不在である現在のエルシオールでエンジェル隊を運用するには、レスターでは荷が重いのだ。

 そんな彼の悩みなど知る由もなく、ミーティングが終わるとヴァニラは駆け足でブリッジを退出していった。

 

「ん、フォルテ。彼女はどうかしたのか?」

「ああ。ウサギの世話の途中で呼び出し食らったからね。心配なんだよ」

「そうか。ところでフォルテ、君が持ち込んだあのバイクはどうしている?」

「ああ。アウトローなら――――――――」

 

 

 クジラルームのビーチを「ぶろろろろろー」と人間の歩行速度と変わらない速さで走るアウトロー。そのシートに腰掛けているのはクロミエだ。さらにアウトローの周りを楽しそうに走り回る四匹の宇宙ウサギ。

 フォルテとランファがあの任務(番外編『荒野のガンマンのパイ包み焼き』)から持って帰ってきたアウトローは、自我を持つほどの非常に高性能な人工知能を搭載していることが判明した。だが一種のテレパス通信機能以外のコミュニケーション機能を持っていなかったため、クレータ班長の手によって人口音声による会話機能に始まり、ついにはテスターによる味覚センサーまで搭載されたのだった。

 つまり、今のアウトローは普通に人間とコミュニケーションをとることのできるスーパーバイクに生まれ変わったのである。

 

くろみえサン。速サハコレグライデイイデスカ?

「ええ。そろそろ小屋に戻りましょう」

ワカリマシタ

 

 宇宙ウサギを従えてアウトローとクロミエがウサギ小屋に戻ってくると、ちょうどミーティングから帰ってきたヴァニラが観賞植物に水をやっているところだった。

 

「クロミエさん。みんなの様子は、どうですか?」

「ええ、とっても元気ですよ。こっちが振り回されちゃいました」

 

 タクトがエルシオールを去ってから半年が経つ。

 最初は頻繁にやり取りをしていたメールも最近はさっぱり届かなくなった。タクトが忘れているわけではなく、情報規制によって彼との連絡手段を立たれてしまった、というのが実際だ。

 

「タクト、さん…………」

 

 彼は今どこにいるのだろう。

 怪我はしていないだろうか。

 体調を崩してはいないだろうか。

 彼は自分に負けず劣らず無茶をするから、ヴァニラの不安は日に日に増していくばかりだった。

 

 

 

 

―――――――惑星アビスフィア。

 試作兵器の試験場となっている無人の惑星で、重力や大気成分はトランスバール本星とほぼ同じだ。地表にはクレーターが至るところに点在している。本星からは民間船でおよそ一週間の位置にある。

 そのアビスフィアの衛星軌道上には皇国宇宙軍のステーション『テラス4』に向かう一機のシャトルがあった。白き月直属であるそれには、ある人物が搭乗していた。

 

「間もなくアビスフィア、だな。奴はどうしている」

「はい。彼は先日訓練が終了し、現在は休暇中とのことです」

「機体の組み上げはどうなっておる」

「最終段階です。HSTLの調整に手間取っていますが、ネイバート少尉から問題は解決したと先刻報告がありました」

 

 秘書の報告に満足げにシヴァ女皇は頷いた。

 

「これでようやく奴を戻してやれるな。ところで六番機はどうなった?」

「二日前からテラス4でパイロットと共に待機しています。彼女には彼をエルシオールまで届けてもらわなければなりませんから」

 

 アーカイブ・テリトリーから新たに発見された六番目の紋章機。ほかの紋章機とは違いほぼそのままの形で発見されたため、非常に短期間で修復が終わったのだ。確か惑星間航行テストもクリアしたはずである。

 その折、がくんとシャトルが大きく揺れた。テラス4のドックに機体が固定されたのだ。機内アナウンスが到着の報告と歓迎の意を伝える。

 

『ようこそいらっしゃいました、女皇陛下。テラス4のクルー一同、陛下を歓迎いたします』

 

 

 

 テラス4の管制室に足を運ぶと最高責任者である中里中佐がシヴァたちを出迎えた。彼は年は五十近く、エオニアのクーデターの際にも一艦隊を率いてゲリラ戦を展開した豪勇でもある。

 シヴァたちに対して中里が敬礼する。

 

「女皇陛下、ようこそテラス4へ。責任者の中里であります」

「うむ、そなたの武勇伝は私の耳にも届いておるぞ」

「いやはやお恥ずかしい限りです」

「ところでさっそくだが、『G Plan』はどうなっておる」

 

 快活に笑っていた中里の目が一瞬で真剣なものに変わった。『G Plan』は軍の中でも最高機密で扱われており、その存在はエルシオールのレスターですら知らされていないほどだ。

 

「はい。先週に重力下での実戦テスト、先日に宇宙空間でのテストを終えて現在は八番ハンガーで整備中であります。三時間後に作業は完了します。パイロットにはささやかながらも休暇を与えてありますが、即時対応可能です」

「六番機は?」

「ネイバート少尉が点検作業中です。パイロットも作業に立ち会っています」

「そうか。ならば挨拶にでも行くか」

「それでしたら呼び出しますが―――――――」

「よい。重要な作業を中断させるわけにもいくまい」

 

 言ってシヴァは管制室を出ようとして一度だけ振り返った。

 

「中里だったな。彼らの出発までしばらく世話になる。頼むぞ」

「了解しました」

 

 

 

 

「ふぁあぁぁぁぁっ。よく寝たなー」

 

 体を起こすとそこは自室のベッドだった。まあ当然だ、寝る場所といったらここぐらいしかないのだから。

 喉が渇いているので冷蔵庫から炭酸飲料のビンを引っ張り出してぐいっと飲み干す。炭酸の痺れる感覚が寝起きにはいい目覚ましになる。

 

(でも休暇といっても、特にすることもないんだよな)

 

 疲れは久しぶりの熟睡ですっかりとれた。となると『あれ』のマニュアルを読み返すか格納庫で整備の手伝いをするか。そのいずれかになる。

 いや、その前に腹ごしらえだ。

 思うや否やさっそく食堂に向かうことにした。

 

 基地の食堂はいたって平凡だ。サンドイッチで軽く腹を膨らませてこれからどうするかを悩んでいると意外な人物が現れた。

 見慣れぬ少女やアンスと並んで歩く彼女は―――――――

 

「シ、シヴァ女皇陛下!?」

「む、マイヤーズ。そこにいたか。こっちはずいぶん探したぞ?」

 

 彼――――――タクト・マイヤーズは慌てて席を立ちシヴァに駆け寄った。

 

「久しぶりだな、マイヤーズ。もう慣れたか?」

「ええ、まあ。それより何故陛下がここに?」

「いやなに、お前に新しい命令を下しにわざわざ来てやったのだ」

 

 はっはっは、と笑うシヴァ。そのなんとまあ愉快そうなことか。

 とりあえずタクトは続きを聞くと事にした。

 

「それで、命令とは?」

「うむ。ちょうどいいから烏丸も来い」

「はっ、はいっ!」

 

 言われて直立不動の姿勢でタクトの隣に立つ少女。

 

(お、かわいいなぁ………)

「マイヤーズ。鼻の下が伸びておるぞ」

「えっ、いやそんなことは」

 

 呆れ顔をするシヴァと目をぱちくりさせる烏丸という少女。

 

「あ、あの陛下。この殿方があのタクト・マイヤーズ司令ですか?」

「そうだ。前の戦乱をエルシオールと共に駆け抜けた英雄だ。あまりそうは見えないのが玉に瑕だが」

「か、かっか…………」

 

 頬を高潮させる烏丸。タクトが何事かと首をかしげると少女の高ぶりはついに爆発した。

 

「か、感激ですっ! あの英雄・マイヤーズ司令と直にお会いできるなんて夢見たいです! あ、申し遅れました。私、紋章機『シャープシューター』のパイロットを務めることになりました烏丸ちとせ少尉であります! 趣味・特技は弓道と茶道です。不束者ですがよろしくお願いします!」

 

 怒涛の台詞をまくし立てたちとせはゼイゼイと肩で息をしている。しかも台詞は途中から普通の自己紹介とはまた違ったものに変わっていることに気づいていない。

 つっこむこともままならず、タクトはがっくりとうなだれた。

 そりゃあそうだ。紋章機に乗るということは必然的にエンジェル隊に配属されることになる。つまりまた、あの、エンジェル隊に変り種が追加されるということなのだ。まあ、彼女たちに比べれば至って普通の人のようだが(無論ヴァニラはタクトの中において例外である)。

 自分が指揮を必ずしもとるわけでもないのに、彼の苦労性も大変である。

 ともかく気を取り直してその命令とやらの続きを催促することにした。

 

「うむ。ではトランスバール皇国シヴァ女皇の名においてお前たちに命ずる」

 

 

 そして、基地内に驚愕という名の悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 クロノ・ドライブに移行したエルシオールのブリッジで、レスターは先ほど司令部から届いた伝令に目を通していた。

 

(皇国宇宙軍司令部よりエルシオールへ…………貴公らの所属を正規の宇宙軍から皇国防衛特務戦隊へ移す。なおエルシオールは予定通りテラス4で新兵器と補充人員を受領し、当初の任務を遂行せよ)

 

 突然の移転命令に目を細くするレスター。

 ようやく軍の再編が終わったばかりだというのに新しい部隊への異動など、いったい何を考えているのか。それにしても皇国防衛特務戦隊とはまたたいそうな名前だ。

 別のフォルダに詳細の記されたデータが入っていたのでそちらにも目を通す。

 

(皇国防衛特務戦隊は正規の宇宙軍とは異なり、シヴァ女皇陛下直属の特殊部隊である。構成は旗艦エルシオールを中心に巡洋艦十五隻、ミサイル艦二十隻、空母八隻、補給輸送艦十二隻とし、紋章機六機による機動機甲部隊を運用する。なお戦隊長は――――――――)

 

 レスターの目が大きく見開かれた。が、それも一瞬何かを懐かしむような表情でウィンドウを閉じる。

 

「やれやれ………どこに行っていたのかと思えば」

「艦長、どうかなされたんですか?」

 

 ホットコーヒーを持ったアルモが後ろから近づいてきた。彼女はタクトが司令の職から解任された後、レスター同様に昇進して現在は彼の補佐を勤めている。ちなみにココは通信士官長という役職に就いている。

 

「もしかして、ラブレターですか」

「似たようなもんだ。それより俺の分のコーヒーはないのか?」

「先に言ってくださいよ。そしたら淹れてきてあげたのに」

「忙しかった」

「はいはい、分かりました。今持ってきます」

 

 やれやれ、と肩をすくめるレスターをココと何人かのオペレーターが羨ましそうな視線で見つめていた。

 二人の関係はもはや以前の「副長と一下士官」ではないということは周囲にもよく伝わってしまっていた。今の光景を見てもそうだが、休憩室で仲睦ましく談笑していたりするのだ。分からないほうがおかしい。

 

 その時だった。ブリッジに警報が鳴り響く。

 すぐさまオペレーターたちが状況の確認を開始する。

 

「艦長、SOSです! 本艦の針路上、距離六千!」

「識別は? どこの船だ!?」

「皇国軍の輸送船です! 所属は第十六艦隊! どうやら宇宙海賊の襲撃を受けている模様です!」

「司令部のデータと照合。輸送船はテラス4へ新兵器のパーツを輸送中とのこと」

 

 そうなると積荷を宇宙海賊に渡すわけにはいかない。一刻も早く救援に向かわなければ。

 

「エルシオールはこれより輸送船の救援に向かう! 総員、第一種戦闘配置! エンジェル隊は発進準備だ! テラス4にも連絡を入れろ!」

「了解!」

 

 

「いったいどうしたっていうんだい! 今まで姿を見せなかったやつらが!」

 

 毒づきながらフォルテはハッピートリガーのシステムを立ち上げていく。隣ではヴァニラのハーヴェスターが起動を終えて大気状態に入っていた。

 

『フォルテさ〜ん、宇宙海賊はどんな格好してると思いますか? やっぱり髑髏のマークとか、片手はフックになってるとか』

『海賊ですもの、きっと悪趣味ですわドクロ型の艦首がついてる戦艦に乗っているに違いありません』

『ミント、それ………どこの話よ』

『ドクロ。骸骨………頭蓋骨』

「さあね。なんにしたってまずは輸送船の救助が先だ」

 

 そこへブリッジのレスターから通信が入った。

 

『状況は先ほど説明したとおりだ。カンフーファイターとラッキースターが先行して輸送船の安全と退路を確保。あとの三機はエルシオールとともに輸送船を戦闘エリア外へ誘導する。質問は?』

『大丈夫ですよ』

『任せときなさい!』

『それにしてもレスターさんも慣れてきましたわね』

『よいことです』

「OK。それじゃあ、ちょっと一暴れしてくるか!」

 

 

 

 

 

 輸送船の状況はテラス4でも確認していた。だが短時間で現場に急行できる艦はこの基地にはないのだ。通常艦ではどんなに急いでも半日はかかる。

 

「長官、やはりエルシオールに任せるしか………」

「だがどうも嫌な予感がする」

 

 軍の基地からそう遠くない宙域で、しかも軍艦の往来の激しい航路上で略奪行為をするなどよほどの馬鹿か、切り札を持っているかのどちらかだ。だからこそ中里は安心してエルシオールに任せておくことができなかった。

 

「よし。あの二人に行ってもらおう」

「え、あ、まさか『G Plan』の機体と六番機に、ですか?」

「彼ら以外にできるとは思えない。ネイバート少尉はどこにいる」

「八番ハンガーです。今回線をつなぎます」

 

 程なくしてアンスの姿が通信ディスプレイに映る。整備員にいくつか指示を出してから彼女は呼びかけに応答した。

 

『長官、何か?』

「マイヤーズ大佐と烏丸少尉に出撃を要請する。例の輸送船が海賊の襲撃を受けている」

『了解しました。本人に代わります』

 

 すると今度はアンスの後ろで話を聞いていたタクトとちとせがウィンドウに顔を見せた。

 

「大佐、少尉。事情は今話したとおりだ。エルシオールが現在戦闘している相手が相手だからな」

『万が一をフォローしろ、と?』

「そうだ。だが君たちは私の部下ではない。最終的な判断は任せる」

『分かりました。では俺たちは準備が整い次第出撃します』

「いいのか?」

『もちろん。な、ちとせ?』

『はいっ! 先輩たちのお手伝いができるのですから!』

「すまない。頼むぞ」

 

 通信を切ると中里はテラス4の防衛艦隊の司令を呼び出した。

 

『長官。どうされました』

「『G Plan』の輸送船が攻撃を受けている。基地のほうも念のため警戒態勢を強化する。そちらも緊急時に即対応できるようにな」

『了解です』

「わが基地には今、知ってのとおり女皇陛下がご滞在中だ。頼んだぞ」

『はっ! 我らの命に代えても、必ず』

 

 これである程度の不測の事態には対応できるだろう。あとはエルシオールとあの二人に任せるだけだ。

 

(今、計画が頓挫するわけにはいかない。この国のためにも………)

 

 

 

 

「第二エンジンが火を噴いています! これ以上速度を維持することは無理です!」

「あきらめるな! この積荷を海賊に渡すわけにはいかないんだぞ!」

「ですが、このままでは…………」

 

 輸送船はすでに四つのエンジンうち二つがすでに停止しており、今三つ目が限界を迎えようとしていた。

 

「でもなんだってエオニアの戦闘機が出てくるんだ!?」

「分からん! ともかく最悪の場合はテラス4へ向けて積荷を射出するぞ!」

「了解!」

 

 彼らを追い立てるのは五機の漆黒の戦闘機『ダークエンジェル』。エオニアの戦乱が終結したことでその軍勢は完全に崩壊したはずである。だが現に目の前に存在し自分たちに襲い掛かってくる以上、ありえないと言うわけにはいかなかった。

 

「艦長、後方から高速で接近する反応が二つ………」

「なんだとっ!?」

「これは――――――――紋章機、エンジェル隊です!」

 

 副長が叫んだ瞬間、輸送船を追い立てていたダークエンジェルの三機が巨大なレーザービームに飲み込まれて爆発した。さらに高速飛翔する二つのアンカークローが残りの二機を粉砕する。

 

「な―――――――――」

「助かった………のか?」

『もしもーし、大丈夫ですか? こちらはエルシオール所属、エンジェル隊です。今から安全な場所まで誘導します』

「了解だ。感謝する」

 

 輸送船と同じ速度まで減速し、ランファとミルフィーユは周囲の索敵を開始した。フォルテたちがこちらに追いつくまであと三分、その間に海賊の仲間が再び襲撃してきてもおかしくはない。

 

「ねえ、ランファ。さっきの戦闘機って………」

「エオニア軍………よね」

 

 確かにエオニア軍は事実上壊滅したが、散り散りになった残党が散発的に活動していてもおかしくはない。そうなると今までの海賊行為は………

 

「ランファ、後ろから新しい敵!?」

「うっそぉ!?」

 

 距離はかなり開いているが、突如として暗礁宙域から出現した三隻の駆逐艦と六隻のミサイル艦がこちらを捕捉するのにそう時間はかからないだろう。

 いくら紋章機の性能が爆発的に向上したとはいえ、数の差がありすぎる。下手をすれば全滅だって考えられるほどだ。

 

「高エネルギー反応!?」

 

 敵艦の左舷に強力なビームが直撃し、有無を言わさずに撃沈させた。続けざまに放たれた砲撃によって瞬く間に全滅する。

 

『こちらエルシオール。どうやら間に合ったようだな。輸送船をエルシオールまで誘導してくれ。直接話を聞きたい』

 

 

 

 

 厄介な状況というのはこういうことを言うのだろう。

 現在エルシオールと輸送船を包囲するように宇宙海賊の艦隊が展開している。その数はおよそ四十以上。その中には大型戦艦まで混じっている。だがダークエンジェルを搭載していると考えられる空母は確認できなかったのがせめてもの救いだ。

そもそも彼らはこの宙域にある暗礁空間の中にアジトを持っていたようで、すぐにこれだけの数で包囲することができたのもそれなら納得がいく。

それはともかく輸送船が運んでいた積荷も問題だった。最高機密扱いになっておりレスターの権限を以ってしても開けることができない。

 

「ではそちらも積荷の中身は知らされていない、と?」

「ええ。ただ非常に重要な物だとしか」

「分かりました。積荷はこのままエルシオールで運びます。あの輸送船ではこれ以上の航行は不可能でしょう」

「ええ、お願いします」

 

 輸送船の艦長と副長が敬礼してブリッジから退出していく。それを見送ってからレスターはもう一度作戦図に目を向けた。

 敵はエルシオールを中心に円状に包囲網を展開しており、今から発進すればどちらか片方の艦隊はこちらに追いつけない。それでも半数以上の敵を相手にせねばならない事実には変わりはないが。

 これ以上ぐずぐずしていてはそれこそ完全に逃げ場を失う。

 

「アルモ、エルシオール発進だ。テラス4の方向へ一気に突破する。エンジェル隊は発進準備」

「ですが艦長、それでは敵陣の中央を………」

「包囲網すべての敵を相手にする必要はない。反対側の戦力が追いつく前にここを突破する」

「了解です! エルシオール発進! 針路2−3−1! エンジェル隊、スクランブル用意!」

 

 アルモの復唱と同時にブリッジが、エルシオール全体が動き出す。

 格納庫で待機していたエンジェル隊も各々の紋章機に乗り込み、待機している。

 

「敵捕捉まであと距離三百!」

「すべての砲門を開け。エンジェル隊で針路を確保した後、周囲の敵を殲滅しつつ離脱する。一番から十二番のクラッシュランナー、発射用意」

「了解。チェンバー1からチェンバー12、クラッシュランナー、リロード」

 

 クラッシュランナーとは最新型の自走式機雷のことで、爆発すると周囲に広範囲の電磁パルスを放射して範囲内の電子機器を破壊するというものだ。対無人艦戦を想定して開発されていたが、完成したのはクーデターが終結してからだった。

 

「全砲門、照準。攻撃目標は針路上の敵戦艦。三十秒間の砲撃の後、エンジェル隊を発進させ、同時にクラッシュランナーを後方に向けて全弾発射しろ。ただしカンフーファイターとトリックマスターはエルシオールの護衛にまわせ」

 

 このままエルシオールとエンジェル隊の総攻撃で敵陣を切り崩せば突破は容易いだろう。しかしレスターはエンジェル隊を二手に分けるという。下手に戦力を拡散させれば突破に手間取り、下手すれば後方から追いついてきた敵に挟み撃ちにされるだろう。

 だがアルモは異を唱えようとはしなかった。レスターに特別な感情を抱いている、という理由とは別に彼女には彼を信頼する理由があった。それはとても昔のことで本人はその話をされることを極端に嫌うのだが。

 

「艦長! 照準完了、問題ありません!」

「よし。砲撃を開始しろ!」

 

 エルシオールの長距離砲撃が始まった。敵の陣形の頭を上手く抑えて反撃させないまま突っ込んでいく。砲撃が止むのと同時に後方へ十二基の自走機雷がゆっくりと射出された。

 

『ラッキースター、大丈夫です!』

『カンフーファイター、いけるわよ!』

『トリックマスター、いつでもどうぞ』

『ハッピートリガー、発進準備よし!』

『ハーヴェスター、問題ありません』

 

 発進体勢に入ったエンジェル隊からの報告が次々にブリッジに届く。

 

「よし、手筈どおりに頼むぞ。エンジェル隊、発進しろ!」

 

 エルシオールの底部から飛び立つ生まれ変わった五機の紋章機。

 

 敵陣に飛び込んだラッキースターの一斉射撃の前になす術もないまま屈強な戦艦が轟沈した。爆風を背に、そのまま弾幕のカーテンをすり抜けて新たな標的を求めて旋回する。

 

「こちらラッキースター、敵戦艦を撃墜しましたー!」

 

 陽気に報告しながらミルフィーユは次の獲物を見つけた。エルシオールに向けて一斉射撃体勢に入ろうとしている巡洋艦を発見したのだ。機体を細かく揺らして対空防御を突破し、機体底部に装備されているハイパーキャノンを起動させた。

 エネルギーチャージ、92…95…97…98…99………!

 

「ばばーんといっちゃいます! ハイッパーキャノンッ!」

 

 極太の高出力ビームが巡洋艦の装甲を貫通し、動力炉を直撃する。瞬く間に艦全体に誘爆が広がり、巡洋艦は爆発四散した。さらに貫通したビームは偶然射線上にいた二隻のミサイル艦を巻き込んだ。当然ミサイル艦は致命的なダメージを受けて間もなく爆発した。

 

『やるじゃないか、ミルフィー!』

「あ、フォルテさん。そんなことないですよー」

 

 ともかくこれでエルシオールの周辺から敵を締め出すことができた。こちらを恐れてか敵艦隊は安全な距離を置いて陣形を組み直し、エルシオールの針路上に居座っている。

 

「何か裏があるな………アルモ?」

「はい。おそらくこちらの針路上に罠が仕掛けてあるかと」

 

 ブリッジではレスターとアルモ、オペレーター陣が作戦図と睨み合いをしながら状況を把握しようとしていた。罠にしろ、伏兵にしろ、彼らは追撃をあきらめていないのだ。必ず何かある。

 不意にレスターがつぶやいた。

 

「それを看破できなければ、こちらが負ける」

 

 

 

 

 テラス4の格納庫ではてんやわんやの大騒ぎになっていた。何せ肝心の六番機が突然のエンジントラブルで出撃できなくなったのだ。幸いアンスたち技術班が急ピッチで問題に対処したためトラブルは解決したが、かなり出発が遅れてしまった。

 一方のタクトはというと自分の乗機の最終チェックにてこずっていた。何せ組み上がったのが二週間前で、それから何度かシステムや仕様を変更したりしたためだ。

 

「マイヤーズ大佐。まだ終わりませんか?」

『もう少しだ、今最後のバランスチェック中――――――――終わった!』

 

 起動したはいいものの、こんなに時間がかかっては緊急出撃の際に不都合が出る。何とかシステムチェックの速度を上げなくては。

 そんなことを思いながら次にアンスはすでに六番機に搭乗して待機しているちとせに呼びかけた。

 

「烏丸少尉、問題はありませんか?」

『ありません。いつでも大丈夫ですっ』

「貴方なら心配要らないわ。シャープシューターとの相性も完璧だから」

『ありがとうございます』

 

 六番機、シャープシューター。強力な索敵レーダーを持ち、長距離からの精密射撃や偵察任務を得意とする紋章機だ。

 そして対するタクトの機体は―――――――――

 

「問題はありませんね、大佐?」

『ああ、大丈夫だ』

「分かりました」

 

 シャープシューターの機体底部に固定されている機械仕掛けの巨人。管制室から出撃の命が下り、二機に繋がれていた係留ワイヤーや電源ケーブルが次々にパージされていく。

 

「針路クリア、発進どうぞ」

『―――――――――――――』

 

 答える声は轟音にかき消され、シャープシューターが発進した。

 

 

 

 

 ホロスクリーンの向こうで、朗らかな笑顔のボーイッシュな少女が一ヶ月ぶりに連絡を入れてきた。その髪も瞳も深く透き通った蒼色だ。

 

EMX01の発進を確認したよ。でも……大丈夫だと思う?』

「大丈夫だろう。海賊行為に奔走する残党相手に後れを取るエンジェル隊ではないさ」

『そうじゃなくて、01のほう。いくらなんでも無理だって』

「俺が何の見込みも無しに行動するか?」

『うん。たまに』

「ユウ、その件については後日話し合おう………それで、0203はどうなっている」

02ならユキがこっちの工場で組み上げてる。完成は当分先。03はパーツが白き月から運び出されてから行方知れず、だよ。こっちにパーツを送ってきたのも、03を運び出したのも………たぶん、あの人の指示だと思う』

「そうか」

 

 相槌を打ちながら彼はうつむいて黙ってしまった。

 確かに開発に必要なデータの類は向こうに置いてきてはいたが、そこからこちらの足取りを掴むことなど不可能なはずだ。

 いずれにせよ彼女は――――――――

 

『ねえ、アウ。一つ聞いていい?』

 

 彼の思考は画面の向こうの少女の声で打ち切られた。

 

「なんだ」

『その人、アウに惚れてたの?』

「さあな」

『アウ……大丈夫だよね?』

「安心しろ。幕引きまでまだ時間はある」

『うん。………ねえ、アウ?』

「どうした」

『私も、ユキも………アウのこと、信じてるから』

 

 そうして通信は途絶した。最後の少女が見せた儚げな笑顔が胸にかすかな痛みを走らせる。だがもう動き出してしまった。あとは彼らがどう生きるかで、すべての行く末が決まるだろう。

 彼のいる場所はおぼろげな灯りが窓から差し込む小さな小屋。わずかに羨望を瞳に滲ませて夜空を見上げた。

 

「タクト・マイヤーズ。お前は果たして―――――――――――」

 

 

 生きるために戦う者か、戦うために生きる者か。

 


第六回・筆者の必死な解説コーナー

 

 

ちとせ「え、あ、今回は私一人なんですか?? 困りました。カンペがない上、今回が初登場なので何を話せばいいのか、ぜんぜん分かりません」

 

アヴァン「うん、そう言うと思って遊びに来たぞ」

 

ちとせ「遊びに、って………そもそも、アヴァンさんはお亡くなりになられたのでは?」

 

アヴァン「ここはね、ちとせ。いろんな意味で存在が曖昧で定義がそれとして成り立たない。つまり時間や空間が歪んでいるんだ。だから死んだはずの人間が生きているように描かれたりもする。『死』という意味や定義が曖昧だからね、死んだ人間が本当に死んだことにならないのさ(どこかの人形師然とした口調)」

 

ちとせ「よく、分からないです」

 

アヴァン「まあ、要するにあんまり気にしちゃだめだってこと。それにちょうどお盆だし」

 

ちとせ「はあ」

 

アヴァン「安心しろ。土産もちゃんとある。あとがき名物・お茶請け閻魔せんべい」

 

ちとせ「あ、どうも。それで、何を話せばいいんですか?」

 

アヴァン「うん。話したいのは山々なんだけど、今回はまだ第二章のイントロというかなんというか………ここであんまりネタバレするのもねー」

 

ちとせ「あ、そうです! 一つ気になっていたんですけど……」

 

アヴァン「何だい? 俺に答えられることなら」

 

ちとせ「アニメのほうでは登場するノーマッドさん、どうするんですか? プロットとかの段階では使う予定じゃなかったですか?」

 

アヴァン「ちょっと待て。………『OH! すっかり忘れていたよ。というかそのポジションはアウトローが見事にかっぱらっちゃったしねー』とゆきっぷうが言っている」

 

ちとせ「それ、あんまりじゃないですか?」

 

アヴァン「『うむ。だからこれからはここで活躍してもらう』だそうだ」

 

ノーマッド『どうもはじめまして、ノーマッドです。本当はもっと長い形式番号がついているんですが、誰かが書きたくないと我が侭言うんで割愛させてもらいました。それにもっというと私はヴァニラさんといっしょがいいんですけど、まあ日替わりということで我慢します』

 

ちとせ「…………次回から、ですよね?」

 

アヴァン「いや当分先だね。少なくとも俺が十七分割らしき技とか使える内は大丈夫だろう」

 

ちとせ「何ですか、それ。それに普通は『この目が黒いうちは――――』とか言いませんか?」

 

アヴァン「それはともかく、細かくて筆者以外知らなくてもいいようなマニアックな設定は次回からってことで。一つよろしく」

 

ちとせ「すみません………なんか最近、みんな錯乱しているようで」

 

アヴァン「そういえば本編もシリアス続きだしな」

 

ちとせ「それは別にいいと思います」

 

アヴァン「しかし久しぶりの解説コーナーだというのに………ゆきっぷうの奴、なんだって出演を辞退したんだろうな? さっぱり分かんないぞ」

 

ちとせ「前回無理して本編のほうに顔を出したからだと思いますよ。ただでさえ前回の話はギャグ満載のつもりみたいでしたし、体を張って笑いを取りにいって失敗しましたから」

 

アヴァン「本人が聞いたら泣くだろうな、間違いなく」

 

ちとせ「そうですね」

 

アヴァン「さてそろそろ時間だ。俺はもう帰るぞ」

 

ちとせ「え、もうですか?」

 

アヴァン「お盆はあと五分で終わりなんだ」

 

ちとせ「そうですか。ではまた。皆さんもまたお会いしましょう」

 

アヴァン「ではシーユーアゲイン」




二章開幕〜。
美姫 「で、いきなり指揮官の任を解かれるタクト」
多分、何か考えがあっての事だろう。
美姫 「よね。何か、怪しい機体に乗ってるみたいだし」
その辺は、次回辺りに分かるんじゃないかな。
美姫 「アウトロー、本編でも出番があったわね」
うんうん。しかも、何気にパワーアップしてるし。
美姫 「今後も出番はあるのかしら?」
どうだろう。次回からも展開が気になるな。
美姫 「そうよね〜。次回は一体、どんなお話になるのかしらね」
次回も楽しみに待つとしよう。
美姫 「そうしましょう」
ではでは。



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