第十一幕 決戦


 両軍が出陣して数日後シアルフィ平原において解放軍九十万と帝国軍三十三万は遭遇した。互いを確認した両軍は直ちに陣を組んだ。
 解放軍の陣は大三角の陣であった。左右に騎士団を配しそれに混ざるように竜騎士及び天馬騎士を置いている。中央は歩兵部隊でありセリスがいる本陣も置かれている。圧倒的な兵力を背景とし相手を押し潰そうと考えているのが解かる。
「何、騎士団を前面に出すのでも鶴翼の陣を組み機動力を活かす為に左右に配したのでもないのか?単に兵力のみで我が軍を押し潰すつもりなのか?」
 アルヴィスは前線に出て敵の布陣を見ながら思わず首を傾げた。例え劣勢であろうとも敵の虚を衝き劇的な勝利を収めてきた解放軍にしてはあまりにも陳腐で稚拙な陣である感じられたからであった。
「それにしても中央にあれだけ兵力を配しその上本陣まで置くとは・・・・・・。まさか我等の戦い方を知らぬわけではあるまいに。いや・・・・・・」
 アルヴィスは自身の言葉を自嘲し口の端を歪めて打ち消した。
「最早知略を使う必要も無いということかな。滅びる運命の私には」
「!?陛下何か仰いましたか!?」
 護衛の騎士が問い掛けた。
「いや、何も言ってはおらぬ。何もな」
 彼はその問いをはぐらかす様に否定した。
 本営に帰って行くその背は寂しくえも言われぬ哀しみを羽織っていた。それは大陸の君臨する皇帝のものとは思えないものであった。

 一方解放軍本陣においてこの戦いの総指揮を執るセリスも自軍の布陣に少し違和感を覚えているようである。隣に控えるオイフェに問うた。
「何度も聞くけれどオイフェ・・・・・・、いくら兵力で優位に立っているかあrといってもこの布陣は危険ではないかい?」
「危険?何がです?」
 これはオイフェの性格からくるのであろう。他の解放軍の者ならばいささか悪戯っぽく笑って答えたりするものであろうが彼は全くの真顔でもって答えた。
「決まっているじゃないか。まさか帝国軍の戦法を知らないわけじゃないだろう?」
「はい」
 やはり真顔である。
 帝国軍の戦術は『星落とし』として知られている。陣を三つに分け第一陣は中央に重歩兵と軽歩兵、弓兵、魔道部隊を組み合わせた部隊の左右に騎士団を置く。横に平行に攻撃し敵軍を圧迫する。第二陣は治療担当のそう兵団と親衛隊からなる。アルヴィスはこの陣において指揮を執る。この戦術の要は第三陣にあった。
 第三陣はヴェルトマーがグランベル王国内で六公国の一つとして存在していた頃から炎騎士団の中核を務めていた炎魔道師の部隊である。彼等は横に整然と長方形の陣を組んでいる。装備は炎を司るヴェルトマーに相応しく炎系の魔法である。とりわけ極めて攻撃範囲が広く射程も長いメテオを全員が装備していることが特色である。このメテオが問題であった。
 メテオに限らず遠距離用の魔法は使いこなすには相当な魔力と技量を要する為夜間においての単独攻撃や撹乱戦等相手の戦力を削り取っていく場合に使われてきた。その使い方の難しさから戦術指揮において卓越したものを持つイシュトーも本格的に戦闘に入る前に敵の戦力を少しばかり減らさせるものとして使用するだけであった。それはどの軍においても同様であった。相手の虚を衝く知略及び機動力、攻撃力を駆使した急襲により勝利を収めてきた解放軍などは全くといって良い程使用していない。こうした遠距離用魔法の使い方を根本から変えた者がいた。その者こそ他ならぬアルヴィスでありこの変革こそがヴェルトマー炎騎士団を大陸最強と謳われるまでに押し上げたのである。
 まず徹底した訓練により魔道師の魔力と技量を上げた。次に騎士団の部隊と共同訓練を進めその連携を緊密なものとした。
 とりわけ特筆すべきはその用兵にあった。魔道師達を横に並べ長方形の方陣を作った。その方陣からメテオを斉唱させたのである。
 これは凄まじい威力であった。扱いの難しさからくる命中率の悪さが弱点とされていたメテオであったが斉唱することによりそれは問題とはならなくなった。否、アルヴィスの手で厳しく鍛え上げられた彼等のメテオは恐ろしい程正確であった。
 空から舞い降りる星々の直撃を受け敵軍の将兵達は吹き飛んだ。そこへヴェルトマーの精兵達が突入する。人呼んで『流星陣』と名付けられたヴェルトマーの必勝戦法を知らぬ者はいなかった。その証としてこれ程遠距離魔法を効果的に用いているのは今の時点においてアルヴィスだけである。如何に画期的な戦術であるかだ。
 先の大戦で最も有名な戦いである『バーハラの戦い』もこの戦術を応用した。シアルフィ軍の決死の戦いにより思いもよらぬ損害を被ったもののシアルフィ軍の過半数を討ち大陸随一の勇将シグルドを死に追いやったのである。
 そのことにおいても解放軍にとっては忘れられない陣であった。流星陣の打倒とはセリスにとってもオイフェにとっても避けては通られぬ路なのである。
「御安心下さい。今日の夕方には大陸の趨勢は決しております。帝国軍はこのシアルフィの平原を死の寝床とするでありましょう」
 オイフェは主君に対して言った。
「というと何か策があるんだね」
「はい」
 彼は答えた。
「それは!?」
 セリスは問うた。
「・・・・・・この陣を御覧下さい」
 ここでオイフェはようやく笑った。いぶかしんだセリスは首を傾げたがすぐに気付きその首を戻した。
「お解りになられましたな」
「うん、うん」
 彼はしきりに首を縦に振った。
「さあ角笛の音を待ちましょう。ギャラルホルンが鳴った時全ての幕が開き全ての幕が閉じられます」
 騎士達が鞍から角笛を外した。戦いの火蓋が切って落とされた。
 
 角笛の音が戦場に高々と響き渡る。両軍が一斉に動き出した。
 まずは帝国軍の果敢な攻撃から始まった。圧倒的な敵の兵力を前にしても帝国軍は全く怯まなかった。一丸となって突撃を仕掛けてくるその姿はさながら平原を紅に染め上げる燎原の炎であった。
「流石ね。ユグドラル最強の軍と謳われただけのことはあるわ」
 マチュアは向かって来る敵兵の剣を受けその腹を蹴りつけた後で斬り倒し言った。
「これは楽に勝てそうにないわね。激しい戦いになるわ」
「その割には楽しそうですね、マチュアさん」
 ラナが杖で自軍の兵士を癒しつつ彼女に対して言った。
「えっ、そうかしら」
「はい。何だかうきうきしている様に見えますよ」
「ふふふ、そうかしら」
 そう言い終わると足を払おうとした戦斧を上に跳びかわした。そしてそのまま前転し戦斧を振ってきた敵兵の脳天に踵落としを浴びせ止めに剣を振り下ろした。
 解放軍は個々の技量においては帝国軍を凌駕しながらも帝国軍の決死の突撃の前に押されていった。次第に後へ後へと引いていく。
「どういう事だ?聞いていた今までの戦いとは全く違うではにあか。これがあの解放軍か?」
 帝国軍に傾いていく戦局を見てこう言ったのはセリスではなかった。アルヴィスであった。
「だが戦局は我が軍に有利になってきている。今は動く時か」
 右手をサッと挙げた。一人の騎士が彼の側へ駆け寄って来た。
「メテオはどうなっている」
 アルヴィスは問うた。
「ハッ、後一時間程で敵主力を射程に入れられます」
 騎士は敬礼をし答えた。
「よし、ザッカーリア将軍に伝えよ。合図があり次第天馬騎士が打ち上げた目標へメテオを斉射せよと」
「ハッ」
「フォード将軍には火矢の用意、他の将軍達には火矢が上がったならばメテオに巻き込まれないよう軍を動かすよう伝えよ。そしてメテオの斉射後は全軍総攻撃だ。親衛隊も全軍を投入する、それで戦いを一気に決める」
「ハッ」
「了解しました」
 矢次早に命令を出す。伝令の騎士達が次々に飛ぶ。
「親衛隊と共に私も行く。勝利を我等が手に収めるぞ!」
「ハッ!」
 騎士達が一斉に敬礼する。それと同時に帝国軍の動きが燃え上がる炎からその炎の化身である地獄に巣食う魔物となった。

「帝国の動きが活発になってきたね」
「はい。そろそろ来ますな」
 帝国軍の動きの変化はすぐに解放軍にも伝わった。本陣のセリスとオイフェにもそれが見えていた。
「左右の竜騎士と天馬騎士に伝えてくれ。もうすぐ出番だと」
「はい」
「騎士団と歩兵達はそのまま動いてくれ。だが敵にそれを悟られぬように」
「ハッ」
 オイフェが指令を出す。その度に伝令の馬が駆けて行く。
 彼は向き直るとセリスに対しシアルフィ式の敬礼をとった。そして言った。
「セリス様、遂に我がシアルフィの忌まわしき反逆者の汚名が晴れる時が来ました。このオイフェ、セリス様に今よりその時を御見せ致しましょう」
「オイフェ・・・・・・」
「かってシグルド様に己が罪を着せ皇帝となったアルヴィス・・・・・・。今日こそその罪を万刃の下で裁かれるでしょう」
「そうか、遂に・・・・・・」
 そう言ったがセリスはアルヴィスをとりわけ憎いとは思わなかった。そして彼はここでは倒れないと思っていた。
 これは不思議であった。何故か彼を憎いとは思えなかったのだ。彼は自らの囲むな、そして人間の力では如何ともし難い残酷な運命に翻弄されているだけではないかと考えていた。
 だが今はその考えを打ち消した。この戦いに勝たねば大陸の未来は無いことはわかっていたからだ。
「オイフェ」
 彼は声をかけた。
「はい」
 彼は答えた。
「その時になったら僕等も行こう。そして大陸に光を取り戻そう」
「御意に」
 一陣の風が吹いた。その風の香りは戦場のものとは思えない程清らかで涼しげであった。

 戦局は完全に帝国軍の方に傾いていた。解放軍は押されるがままであり三角の陣は今は三日月となっていた。
 為す術も無く退いていく解放軍を見て帝国軍の将兵達は活気づいていた。次々に攻撃を仕掛ける。
 だがその様な自軍に有利な戦局であってもアルヴィスの気は晴れなかった。退いているというのに解放軍の損害は殆どなかったからだ。
 しかし戦場においては一瞬の逡巡が命取りになることを彼はよくわかっていた。すぐに指示を出した。
 天馬が飛ぶ。それまで車輪の様に攻撃を続けていた歩兵と騎士団が大人しくなった。親衛隊に緊張が走る。
 帝国軍第三陣魔道師団を率いるザッカーリアの下に皇帝からの伝令が来た。今より天馬が打ち上げる火矢を目標としメテオを斉射せよというものであった。
「了解した。只今より陛下に燃え盛る星達が天と地を焦がす様を御見せ致しましょう」
 赤と黒の軍服とズボン、紅のマントとブーツを身に纏った青い髪と黒い目の男である。彼は自信に満ちた声でそう言うとニヤリ、と笑った。
 彼の号令と共に白シャツとズボン、赤いベストとマントを着た魔道師達が腕を掲げた。その時後ろから歓声が沸き起こった。

「いよいよだな」
 解放軍の方へ飛んで行く天馬を見ながら帝国軍の兵士が言った。満心の笑みである。
「ああ。これでシアルフィの奴等も終わりだ。星に焼き尽くされちまえ」
 同僚の兵士が相槌を打つ。自軍の戦術に絶対の自信を持っている。
「さて、火矢が放たれた時こそ俺達の本当の攻撃が始まるぜ。奴等今のうちに神様にお祈りでもしといた方がいいんじゃねえのか?」
 メテオを避ける為帝国軍が攻撃の手を休めても解放軍は退き続けている。帝国軍の将兵達はそんな彼等を甘く見ていた。
「あんな臆病な連中が今までよく連戦連勝でこれたな。ひょっとしてまぐれだったんじゃねえか?」
「まあそれも今日この時で終わりだな。俺達炎騎士団が本当の強さってやつを教えてやるぜ」
 解放軍をせせら笑いながら見ている。その時だった。
 それまで退いてばかりであった解放軍が前に動いてきた。凄まじい勢いで突進してくる。
「へっ、今頃遅いぜ。流れ星でも受けてくたばりな」
 目前まで迫って来た敵兵に対しても余裕である。笑ってさえいる。あと数秒でメテオが降り注ぐ、それから目の前の敵を掃討すれば良いだけだからだ。
 しかしそうはならなかった。星は降らなかった。
 戸惑う帝国軍に対し解放軍の将兵達はそのまま突っ込んで来る。その突撃が凄まじい衝撃となり帝国軍を撃った。
「さあ、覚悟しなさい!」
 最初に斬り込んで来たのはラクチェだった。左右の帝国兵達を次々と斬り倒していく。
 それを追い掛けるようにスカサハとロドルバン、ラドネイ達が続く。その後ろから兵士達が行く。
「これでも・・・・・・喰らいなっ!」
 ミランダのトローンが重厚な鎧に身を包んだ敵の重装歩兵を撃った。盾が粉々に砕け散り雷撃は鎧をも刺し貫いた。
 その横をパティとディジーが駆ける。そして左右に跳ぶと宙を舞いながら敵兵を斬っていく。それはまるで死を告げる天使であった。
「どういう事だ、何故メテオが放たれぬ!?」
 アルヴィスが思わず声を上ずらせた。メテオが降らぬことにより今まで有利に動いていた戦局が解放軍に傾いていたからだ。
 左右から次々と伝令の騎士達が来る。皆傷を負い軍服はズタズタになっている。
「申し上げます、炎魔道師団後方より敵竜騎士団及び天馬騎士団に攻撃を受けメテオの斉射が出来ません、至急援軍をお願いします!」
「報告します、右より敵騎士団が攻撃を仕掛けて来ております、持ち堪えられません!」
「我が軍の左軍、敵軍の突撃を受けました。大混乱に陥っております!」
「申し訳ありません、前方はもう持ち堪えられません、敵軍が第二陣に達するのも時間の問題かと思われます!」
「なっ・・・・・・!」
 アルヴィスは今ようやく自らと己が率いる軍が解放軍の術中に陥った事に気付いた。そしてそれをもうどうする事も出来ないのも悟った。

「敵は我等が策に見事に陥りましたな。もう降伏するか全滅するかしかありません」
 四方を囲まれ総攻撃を受ける帝国軍と彼等を取り囲み攻撃を仕掛ける自軍を見てオイフェは穏やかな、しかし強い勝利への確信をもってその言葉を主に対して言った。
「敵軍がメテオを斉射する一瞬の隙を衝き一気に四方を取り囲み包囲殲滅する・・・・・・。まさかこれ程上手くいくとはね」
 セリスの目にも林檎の皮を剥く様に四方からその数を減らしていく赤い敵軍が映っている。その赤は寸断され個々に消えようとしている。
 オイフェの作戦はこうであった。まず帝国軍の攻撃を受け退くふりをして三日月形の包囲陣を形成する。次に敵軍がメテオを斉射する準備に入ったならば飛兵をその後方に回り込ませる。そして斉射するその時に四方から一斉に攻撃を仕掛け包囲殲滅するーーーー。自軍の圧倒的な物量と相手の戦術の一瞬の隙を衝いた見事な作戦であった。
 既にセリスのいる本陣には次々と戦果を伝える報告が入ってきている。敵兵一万を包囲、二万を殲滅、ケインとアルバが率いる部隊が第一陣を突破、敵の弓兵隊を殲滅した重装歩兵隊が彼等と合流、そして制空権の確保、と戦局の有利を伝えるものばかりである。
「ユグドラル最強といわれた帝国軍がこうも呆気無く・・・・・・。これは天佑だろうか」
「いえ、そう思われるにはまだお早いかと」
 オイフェが言った。
「アルヴィスを倒さねば。あの男の首を取らねば完全な勝利とは言えません。行きましょう、今日こそあの大罪人を天の裁きにかけこの世に正義を取り戻すのです!」
 セリスとオイフェも馬に乗った。シアルフィの大旗が前へと大きく動いた。

 戦局は完全に解放軍の手中にあった。解放軍の完全な包囲下で帝国軍は所々で寸断され各個撃破されていった。
ヴェルトマーの炎の旗は地に落ち泥にまみれていった。
「・・・・・・誰かいるか!?」
 ルーナは暴風の如き敵軍の中部下を探した。
「こちらに・・・・・・」
 数騎こちらに来た。常に彼の側で戦っている側近達だ。
「他にはいるか!?」
 彼は問うた。
「残念ながら・・・・・・」
 その中の一人がうなだれて答えた。
「そうか・・・・・・」
 ルーナはそれを静かな様子で聞いた。辺りでは剣撃の音と銀の光が戦塵の中に舞う。彼の側をその数騎が護衛に入った。
「皆先に行ったか。最後に嘘をついてくれたな」
 彼は口の端を歪めて言った。
「死ぬ時は同じだと言い合ったというのに」
 皮肉を込めたつもりであった。しかしそれ以上に寂しさが漂う声であった。彼等はアルヴィスに仕えるより前から共に戦ってきた戦友達だったのだ。
「だがまだ間に合うな」
 彼は言った。
「どうせこれで最後だ。思う存分暴れるぞ」
 ルーナの言葉に側近達も微笑んだ。そして一斉に敵軍の中へ斬り込んだ。
 ルーナの前に一人の剣士が現われた。ホリンである。
「ほう、お主か。ならば相手に不足はない」
 ルーナはホリンへ剣を振り下ろした。そして激しい一騎打ちの末に果てた。

「・・・・・・残ったのはこれだけか」
 地上に降り立ち部下達を見渡したフォードは力無く言った。
「制空権は完全に敵の手に落ちたな」
「はい・・・・・・」
 部下の一人が答えた。その上には解放軍の竜騎士及び天馬騎士が舞っている。
「ふむ・・・・・・」
 彼は呟くとフゥッ、と大きく息を吐いた。そして空を見上げた。
「おそらくこれが最後の攻撃になるな。行くか?」
「はい」
 皆フォードの言葉に答えた。その表情に迷いはない。
「よし、行こう」
 天高く舞い上がる。忽ち解放軍の竜騎士達に取り囲まれた。
(陛下とお会いして二十五年・・・・・・)
 彼は今までのことを思い出していた。
(思えば実り多き二十五年であったな)
 エダと名乗る若い女騎士が現われた。彼女と槍を交える。
(悔いは無い)
 その槍を胸に受けた。そしてゆっくりと地に落ちていった。

 アーダンはジェルモンと対峙していた。二人は互いを見て笑みを返し合った。それはまるで旧友同士のようであった。
「お久し振りです。ジェルモン殿」
 アーダンが言った。
「こちらこそ。こうしてまたお会いできるとは思いもよりませんでした」
 彼等はやはり旧友同士であった。それぞれの父の代からの旧知の間柄でありバーハラの戦いでは槍を交えてもいる。
「バーハラでの続きを所望致します」
「こちらこそ」
 二人は互いに礼をした。そして槍を構え撃ち合いだした。
 激しい撃ち合いであった。三十合を越え五十合を越えた。百合に達した。まだ決着は着かない。
 百五十合に達した。ジェルモンの槍が鈍ってきた。アーダンの槍が煌いた。
 その槍がジェルモンの胸を貫いた。彼はゆっくりと、大きな地響きを立て後ろに倒れていった。
「御見事でした。また腕を上げられたようですな」
 胸から槍を引き抜きかがみ込み気遣うアーダンに対し声をかけた。
「ジェルモン殿こそ。素晴らしい槍裁きでしたぞ」
 アーダンも倒れ付すジェルモンに声を掛けた。二人の言葉に憎しみや恨みは無かった。相手を称え合う言葉だけであった。
「最後に悔いの無いいい勝負が出来ました。礼を言いますぞ」
「はい」
「今度はヴァルハラでお会い致しましょう。それまで・・・・・・おさらばです」
 ジェルモンは静かに、そして満足した顔で目を閉じた。炎騎士団の宿将がまた一人ヴァルハラに旅立った。

 帝国軍の将達が次々と倒れていく中帝国軍傭兵隊長ロベルトはデューと向かい合っていた。
「ロベルト、まさかこんな所で会うなんてね」
 デューの口調からは普段の明るさは無かった。哀しさが漂っていた。
「ああ。皮肉なものだな。人の出会いというやつは」
 ロベルトも渋い表情で言った。
「俺らが子供の時一緒にあちこち回ったの・・・・・・覚えてるね!?」
「当然だ。宝を掘り当てたりあくどい金持ちから盗んだり色々やったな」
「憶えててくれたんだね。・・・・・・その時ロベルトが教えてくれた太陽剣、本当に役に立ったよ」
「・・・・・・そうか」
 彼は静かに言った。
「それではその太陽剣、見せてもらおうか」
「うん」
 二人は剣を抜いた。銀と金の火花が飛び散った。
 ロベルトの突きをかわしたデューはその腹に突きを返した。剣が突き刺さった瞬間刀身が黄色く輝いた。
 ロベルトは倒れた。身体中の精気を奪われた様に動けない。そのまま力が無くなっていくのがわかる。
「見事だ。俺よりも上になったな」
「うん・・・・・・」
 デューは滲んだ声で答えた。
「・・・・・・泣く必要は無いぞ」
 黄色い瞳に涙を滲ませようとしているデューに対して言った。
「御前は勝ったんだ。喜ぶことはあっても悲しむことはない。それに俺は今嬉しいんだ」
「えっ!?」
「こうして再び御前と会えてその成長した姿を見れたんだからな。立派になったな」
「・・・・・・・・・」
「御前と会えてアルヴィス陛下に御会いする事が出来た。いい人生だった。それが今御前に看取られて終われるんだ。悲しむ事なんか何も無いだろ」
「うん・・・・・・」
 デューはゆっくりと頷いた。
「俺の剣は御前にやる。安物がが使ってくれ」
「わかったよ。大事に使わせてもらうよ」
「そう言ってくれると有り難いな。・・・・・・あばよ」
 彼はそう言うと息を引き取った。
 デューはロベルトの亡骸から剣を取ると自身の腰に着けた。
「さよなら」
 彼はそう言うとその場を後にした。
 この剣は業物として知られる名剣であった。彼はこの剣を常に腰にかけその死後は家宝として何時までも残された。

 キンボイスは荒れ狂う戦場を駆け巡っていた。遮二無二剣を振るい敵兵を斬り倒す。だが周りの部下達は一人減り二人減り遂には彼一人となってしまった。
「我ながらよく戦ったな」
 そう言うと四方八方から迫り来る敵兵と地に伏す部下達、そして柄まで血に濡れた己が剣を見た。
 あちこち刃毀れし今にも折れそうである。後二三人相手に出来ればよい方か。残された剣はこれだけだ。覚悟を決めた。その時であった。
「よし、皆引いてくれ。ここは俺がやる」
 敵軍から一人の騎士が現われた。金髪碧眼で青い鎧を着た壮年の男である。
「帝国軍の将の一人キンボイスだな。解放軍のベオウルフだ」
 彼はそう言うと腰から剣を抜いた。
「ほう、卿がベオウルフか。面白い、その申し出謹んでお受けいたそう」
 彼はベオウルフへ向かった。不意に今までの一生が走馬灯の様に脳裏を走る。彼はそれを自然に感じた。

 レナートの弓の弦がブツリ、と切れた。彼は左胸と喉に突き刺さった矢を見ながらドゥッ、と地に沈んだ。
 平民の家に八人兄弟の長子として生まれた。長じてアルヴィスの軍に入りそこで頭角を表わしやがて弓兵達を任せられるまでになった。
 弟達も兄の後を追い次々と入隊してきた。皆兄に似て出来が良く彼は弟達と共に弓兵を率いた。
 八兄弟は帝国軍にその名を馳せた。固い絆で結ばれた彼等は何時でも行動を共にした。それは永遠に続くかと思われた。だがそれは適わなかった。
 弟達は皆戦場に散った。そして彼も今ジャムカの矢を受けたのだ。
「だがこれでいい」
 彼はそう思った。皆最後まで戦い敵に背を向けず散っていった。
「我等兄弟の武名に穢れはない」
 彼はそれだけで充分であった。
 
「ここまでやられてはな。炎騎士団ももう終わりか」
 ザッカーリアは為す術もなく崩れる自軍を見て自嘲を込めて言った。
「私が陛下よりお預かりした将兵達もその殆どがヴァルハラに旅立ってしまった。これ以上の戦闘は最早何の意味のなさないだろう」
 首を横に振り息を吐く。
「だが私は最後まで戦いたい。奴隷でしかなかった私をここまで引き立てて下さった陛下への忠誠と私と共に今まで生死を共にしてきた部下達の為にも」
 そして顔を引き締めた。
「その為にも・・・・・・。アミッド殿、行きますぞ」
「望むところ」
 アミッドは後に語った。あの時のザッカーリア程素晴らしい戦士はいなかったと。彼もまた死してその名を残したのだ。

「ヨハンはあっちへ行ってくれ」
「わかりました」
「グレイドは向こうだ、セルフィナは二人のフォローに回ってくれ」
「了解」
「承知致しました」
 レックスは三人に指示を出した。三人は彼の指示に従い動く。
 そのレックスの前にはラダメスがいた。
「悪いな、ラダメス」
 彼は目の前にいる敵将に対して言った。
「俺達はこの戦いに勝つ。例え御前が相手でもな」
「それはこちらも同じです」
 ラダメスは戦場に似合わぬ丁寧な口調で言葉を返した。
「陛下と帝国の為、私共も勝たねばなりません」
 二人はアゼルを通じて旧知の間柄であった。親友であったと言っても良いだろう。
 三人で朝まで飲み明かした事もあった。何度も自分達の未来について語り合った。夢を告白し合い希望を言い合った。二人の胸にそんな青春の熱い時が甦っていた。
 だがその時はもう戻らない。アゼルはシレジアの土となり今レックスとラダメスは対峙している。青春の幕は今降りようとしている。
「行くぞ」
「はい」
 レックスは斧を、ラダメスは拳を構えた。二人は馬を駆った。
 銀の戦斧が空を裂き灼熱の炎が戦場を焦がす。その音は飛竜と火竜の咆哮の様であった。強く激しくそれでいて哀しい響きの咆哮であった。
 ラダメスの火球が至近で放たれた。それは一度上に上がり急降下してきた。
「・・・・・・・・・」
 レックスはそれを見た。そして斧を一閃させた。
 火球は両断された。レックスは斧をそのまま振るった。
 斧はラダメスの左肩に振り下ろされた。肉と骨が潰れる音がした。紅い血飛沫が彼の肩から噴き出た。
「・・・・・・終わったな」
 レックスは言った。
「・・・・・・はい」
 ラダメスは答えた。
 斧が抜かれた。ラダメスは馬首に落ちそうになる。しかし彼は最後の力を振り絞り持ち堪えた。
「先に行っています。アゼル様と色々積もるお話がありますし」
「ああ。俺も後から行く。その時を楽しみにしている。アゼルにはそう伝えてくれ」
 レックスは彼に対して言った。
「わかりました。それではまたお会いするその日まで」
「ああ、またな」
 ラダメスは最後に微笑むとそのまま崩れ落ちた。レックスは彼に対して瞑目した。後ろから彼を呼ぶ声がした。
「・・・・・・・・・」
 レックスはラダメスから顔を離した。そして戦場へ戻っていった。

 解放軍は既にアルヴィスがいる本陣にまで迫っていた。皇帝の危機に駆けつける事が出来たのはフェリペとアイーダ、そして彼等の直属の部下達だけであった。その他にアルヴィスの下にいるのは彼を常に護衛する近衛兵達だけであった。
「他の者は・・・・・・?」
フェリペは主の問いに目を閉じ首を縦に振って答えた。
「わかりませぬ。こうも寸断され取り囲まれてしまっていては・・・・・・。皆無事だといいのですが」
「そうか・・・・・・」
「我が親衛隊もその殆どが倒れたようです」
 アイーダが言った。
「多くの者がシアルフィ軍との戦闘で倒れました。皆立派な最後でありました」
「そうか・・・・・・。惜しい者達だった・・・・・・」
 アルヴィスはそれを聞いて沈痛な声を漏らした。
「はい・・・・・・。陛下にそう言って頂ければあの者達も本望でありましょう」
「・・・・・・・・・」
 アルヴィスは前を見た。そこにはシアルフィの大軍旗が翻っている。その下にはあの若者がいた。
「ここまで来たか・・・・・・」
 彼はティルフィングを縦横に振るっている。炎騎士団の将兵達は為す術もなく倒れていっている。
(よく似ている。あの時に、そしてあの男に)
 彼は時があの時に戻ったように感じた。そしてそれが終末の時であると悟った。
「勝敗は決したな。我々の敗北だ」
「・・・・・・・・・」
 フェリペもアイーダも答えられなかった。アルヴィスはそれを見て次の言葉を口にした。
「私はこの場所に残る。そして最後まで武人として戦おう」
 彼はシアルフィの旗を見ながら言った。
「それはなりません」
 アイーダが顔を上げて言った。
「ここはシアルフィまでお逃げ下さい。そして再びシアルフィ軍に対し決戦をお挑み下さい。退路は私が確保致します故」
「馬鹿な、卿等を置いて何処へ行くというのだ」
 アルヴィスは顔を曇らせて言った。
「・・・・・・それは道です」
 アイーダは言った。
「道!?」
「はい、陛下が歩まれる真の道です」
「真の道・・・・・・!?」
 その言葉を聞いてアルヴィスはいぶかしんだ。アイーダは言葉を続けた。
「今はヴァルハラに旅立たれる時ではないということです。フェリペ殿、陛下を頼みましたぞ」
「はい」
 フェリペと近習の近衛兵達がアルヴィスの周りを固める。そして主を半ば強引に急かした。
 最早アルヴィスにはどうする事も出来なかった。こちらに背を向け目の前に迫った解放軍の大軍と対峙するアイーダの方を振り返った。
「・・・・・・死ぬなよ」
 言っても無駄なのはわかっていた。しかしそう言うしかなかった。
「勿論です」
 アイーダもそう言うしかなかった。近衛兵達が馬を走らせた。アイーダは遠くなっていく蹄の音を聞きながら心の中で言った。
(陛下、おさらばです)
 前から緑の髪の男が来る。最後の時が来た、と悟った。

 レヴィンのエルウィンドが放たれる。人の背丈程もある鎌ィ足が火球を消し飛ばしアイーダの左肩から右脇にかけて斬り裂いた。
 アイーダは己が血に染まりつつ倒れた。倒れてからも血が流れ続けている。
「これで・・・・・・終わりね」
 意識が薄らいでいく。そのまま目を閉じれば安らかに眠りにつける筈であった。
 不意に自分の身体が抱き起こされるのを感じた。ゆっくりと目を開ける。そこには彼女がよく知る者がいた。
「サイアス・・・・・・」
 忘れたことはない。自分のたった一人の子を。
「はい」
 彼は静かに答えた。
「まさかこんなことになるなんて・・・・・・」
 彼女は弱々しい声で言った。
「御免なさいね、反逆者の子にしてしまって」
「いえ・・・・・・」
 彼はその言葉に対し首を横に振った。
「母上は何時でも、何時までも私の母上です。それだけです」
 彼は死相を浮かべている母に対しこの上なく優しい顔と声で語りかけた。
「母親ね、何もしてあげられない駄目な母親だったわね。・・・・・・けれどそれももう終わりね。ラダメスも待っているわ。早く行かないとあの人が寂しく思うわ」
 彼女はそう言うと哀しい微笑を浮かべた。
「貴方には最後まで迷惑をかけるわね。逆賊となったヴェルトマーを預けるのだから」
「いえ、ファラの血は正義の血です」
 彼は毅然として言った。
「かつてはね。けれど今では・・・・・・」
 母はそんな息子の声に対し白い顔で答えた。
「母上、ファラの血と志は何時までも残ります。あの方もおられますし」
「あの方・・・・・・?」
 アイーダは息子に対し問うた。
「そう、あの方です」
 サイアスは母の耳の側に顔を寄せた。そして何かを言った。
 それを聞いたアイーダの表情が安堵したものになった。
「そう、アゼル様の・・・・・・」
 アイーダの瞳がゆっくりと閉じられていく。
「もう心残りは無いわ。・・・・・・サイアス、さようなら」
「はい・・・・・・」
 アイーダは静かに息を引き取った。火狐と称され世にその名を知られた女将軍の最後であった。

 アルヴィスは近衛兵とフェリペに護られ解放軍の囲みを突破した。乱戦の中ヴェルトマーの大軍旗は倒れ皇帝の首級を狙う解放軍の執拗な攻撃を振り切るうちに護衛の兵士達もその数を減らしていった。戦場からの離脱は困難であると思われた。
 だがアルヴィスを想う近衛兵達の執念が不可能を可能にした。解放軍の最後の囲みを遂に突破したのだ。
 どの兵も傷付いていた。だがその速度を全く緩めない。シアルフィ城へ向けてひたすら駆けていく。
 彼等を後ろから呼ぶ声がした。追っ手かと殺気立ち後ろを振り向くとそこには炎の獅子の旗があった。
「陛下、オテロ将軍です」
 一行はホッと胸を撫で下ろした。
「陛下、ご無事でしたか。このオテロ、陛下の危機に遅ればせながら馳せ参じて参りました!」
 先頭は褐色の肌のオテロであった。余程の死闘を潜り抜けてきたのであろう。鎧も剣も馬の鞍までも傷だらけであり朱に染まっている。
「オテロ将軍、よくぞご無事で。さあ、共にシアルフィまで行きましょうぞ」
 フェリペが出て来た。
「はい」
 オテロは頷いた。その時であった。
「むっ・・・・・・」
 後ろから馬の蹄の音がした。解放軍の大軍であった。
「それは適わなくなりましたな」
 彼はそう言うと馬首を返した。その部下達も続く。
「ここは私にお任せを。先にシアルフィへお行き下さい!」
 彼は剣を構えた。その前にターバンを巻いた騎士が現われた。忽ち激しい剣撃が戦場に響いた。
「オテロ、それは許さんぞ!」
 アルヴィスが叫んだ。
「戻れ、そしてシアルフィに行くんだ!」
 そう叫び前に出た。
「いけません、陛下!」
 フェリペはそれを押し止める。
「お戻り下さい!」
 近衛兵達もそれに続く。だがアルヴィスは叫び続ける。その目の前では帝国軍の騎士達が次々に倒れ伏していく。
「オテロ、戻れ!」
 アルヴィスはまだ叫んでいた。だがフェリペが言った。
「陛下、オテロ将軍のお気持ち、御察し下さい。どうか、どうかここはシアルフィまで落ち延びて下さい・・・・・・!」
 その老いた瞳には涙が滲んでいた。
「・・・・・・・・・しかし」
 アルヴィスも彼や近衛兵達も心がわかっていた。辛かった。オテロの心もわかっていた。無念だった。
「・・・・・・・・・わかった」
 アルヴィスは踵を返した。そして二度と後ろを振り返らなかった。
 オテロの決死の足止めが功を奏しアルヴィスは何とかシアルフィ城に辿り着いた。この時周りにいたのはフェリペの他には五十名足らずの近衛兵達であり皆瀕死の重傷を負っていた。最早大陸最強と謳われた帝国軍の精鋭炎騎士団の姿は何処にも無かった。

 天下分け目と言われたシアルフィ会戦は解放軍の歴史的な大勝利で幕を降ろした。参加兵力は解放軍九十万、帝国軍三十三万、両軍合わせて百二十万を越える兵力が激突した大会戦であった。損害は解放軍が一万に満たなかったのに対して帝国軍は三十万以上、兵力のおよそ九割以上を失いシアルフィ城に戻れたのは二万に満たなかった。戦死した主だった将は解放軍が皆無であったのに対して帝国軍は十一将を筆頭として名のある将の殆どが戦死した。圧倒的な兵力と相手の戦術の隙を衝いた解放軍の地滑り的な勝利であった。
「さあ、いよいよシアルフィ入城ですな」
 陽も落ち夕闇が急速に世界を支配していく中オイフェは満面に笑みをたたえセリスに対して言った。
 辺りでは夕食を炊く煙が立ち昇り勝利を喜ぶ声が聞こえて来る。どの者の顔も晴れやかであり勝利の美酒を堪能している。
「そうか、入城か。僕達は勝ったんだね」
 何故か実感が湧いてこない。今までとは全く違う。それが自分にも不思議だった。
「そうですよ、我々は勝ったんです。バイロン様、シグルド様のご無念をようやく晴らしたのです」
「それもこれ程の大勝利でです。天下に仇をなした不義の輩達に裁きを下した勝利なのですよ」
「祝いましょう。そしてこの日を生涯忘れぬようにしましょう」
 ノィッシュ、アレク、アーダン等も口々も言う。彼等が最も喜んでいるようだ。
「ノィッシュ達の言う通りです。さああちらへ行きましょう。皆が祝杯を持って待っておりますぞ」
「うん・・・・・・」
 いつもは謹厳なオイフェまでもがそう言いセリスを宴の場へと誘った。セリスは内に思うことがあったがそれを秘め宴の席へと向かった。
 宴はオイフェが音頭を取り無礼講となった。年長の者達が席を立つと後はいつも通りであった。だがセリスはその中においても黙々と食べ飲むだけであった。
 宴の後セリスは解放軍帝国軍を問わずこの会戦で戦死した将兵達を手厚く葬るよう命じた。これは以前よりそうであったが相手が仇敵ヴェルトマーであっただけに世の者を驚かせた。

 ーシアルフィ城ー
 解放軍大勝利の報はすぐにシアルフィの市民達の間にも広まった。それは瞬く間に歓喜の声と化した。
 傷付いた敗残兵である帝国軍なそ最早関係なかった。反乱こそ起こさなかったが街はセリスと解放軍を讃える声で満ち居酒屋は何処も客で溢れかえった。
 それは夜でも変わらなかった。市民達の声は夜の街を見たしていた。
 その中アルヴィスは宮城の天主に登り一人夜の空を眺めていた。天主の頂上は何も無く殺風景である。
 黒というより濃紫に近い夜の空に無数の星達が瞬いている。青い巨星の輝きはさらに強いものとなり周りの星達も皆その光が鮮やかになっていた。
 それに対して青い星の対極にある赤い星は今にも消えそうであった。周りの星はもうその殆どが空から消えている。
 赤い星が落ちた。そしてそれに続く様に周りに残っていた僅かな星達も次々に落ちていった。
「そうか、それが宿命か。やはりな」
 アルヴィスはそう呟くと肩を落とし下へ降りて行った。後には誰も残ってはいなかった。
 シアルフィの夜が明け朝が来た。解放軍は二日の休養を取った後でシアルフィ城へと進撃を開始した。同時にアルヴィスも動いた。過去と現在、未来を統べる三柱の女神達はこの時は母である大地と智恵の女神エルダに与えられた自らの職務をどう考えたであろうか。それを知る者は誰もいなかった。
 



いよいよシアルフィ城へ。
美姫 「セリスにアルヴィス、それぞれの胸に去来するものとは…」
次回も楽しみにしてます。



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