第九幕 聖剣


 ミレトス神殿においてユリウス皇子が直率する暗黒教団との攻防を終えた解放軍の諸将と精兵達はミレトスとシアルフィを繋ぐ橋を渡らんとしていた。

 ミレトスとシアルフィは海峡によって隔てられている。この海峡はミレトス海峡と呼ばれている。狭く浅い為に橋が架けられた。ミレトスからグランベルへの交通の要地であり古くから橋が架けられていた。
 平時には旅人や行商人の往来が盛んであるが一度戦乱になると激戦地となる事でも知られていた。
 聖戦の時にはミレトスから北上する十二聖戦士のダイン、ファラ、ネールの軍と暗黒教団の有力な将であるピツァロの軍が激突した。
 橋を落としたピツァロは持久戦をとり海軍の援軍を得てから叩こうとしたが飛竜の高い輸送力を使った聖戦士達の空からによる渡河作戦により帝国軍は崩壊した。援軍として来た帝国海軍もダイン達の援軍に来たオードの斬り込み作戦により全滅した。この時オードは船から船へ次々に飛び移り敵を斬り伏せていたが後世の詩人達はこれを『オードの船崩し』と称えた。今百年を経て聖戦士の子孫達がこの海峡を渡ろうとしている。

「予想していた様な帝国軍の迎撃は無かったんだね」
 セリスは馬に乗り橋を渡りながら隣に騎乗するオイフェに対して言った。
「はい。落とされていた橋も何事もなく無事修復出来こうして渡河できました。我が軍の主力は既にユングヴィ城に入城しております」
「ユングヴィ城での戦いは?」
「それが無血開城なのです」
「無血開城!?」
 セリスはそれを聞いて思わず声を上げた。
「はい。兵力のほぼ全てをメルゲンとの境に新たに築いた砦に集結させ当主であるスコピオもそちらへ行っていた為我等の軍が来るとすぐに開城してしまったようです」
「そしてスコピオ公は?」
「我等の動きに対し軍の殆どを引き連れユングヴィ城に向かっております」
「やはりね。すぐに迎え撃とう」
「いえ、それが講和の使者を先に送って来たのです」
「講和の!?」
 セリスは講和という言葉に反応した。
「はい、弓騎士団全軍解放軍の末席に加えて頂きたい、と。その代わりにユングヴィの民の安全を保障して欲しい、と。これが偽りでなき証拠としてメルゲンとユングヴィの境の封鎖を解くと言っています」
「本当かい!?」
「はい、それが事実である証としてメルゲンに集結していたアグストリア解放軍が渡河してこちらに向かっております」
「アグストリア解放軍が全軍加わる事になるのか。これは大きな戦力になるね」
「それだけではありません。クロード神父と神器の継承者であるコープルが我が軍にいる事を知ったエッダ僧兵団が我が軍に合流する為こちらに来ております。既にシアルフィを越えユングヴィまであと三日のところまで来ております」
「エッダもか・・・・・・。それにしても帝国はこうした相次ぐ離反に対して何も手を打っていないのだろうか」
 セリスはふと首を傾げた。
「最早帝国は事実上瓦解しております。やはり先の大戦における一連の謀議が公にされたのが決定打となっております。我が軍を倒すべく帝国軍本軍を動員するのが精一杯のようです」
「帝国軍本軍・・・・・・あの炎騎士団だね」
 セリスはオイフェの話を聞いて言った。
「はい。皇帝アルヴィスの忠実なる腹心である十一将を中心とした歴戦の将達と炎魔道師を核とした混成軍が特色です。その高度な指揮系統とどの様な戦局にも対応出来る軍編成及びアルヴィス自身の天才的とも言える戦術により今まで無敗を誇ってきました。兵力は三十三万、装備も良く帝国の切り札とも言うべきものです。今現在十一将達に率いられドズルからアルヴィスが鎮座するシアルフィへ進軍してきているとの報告が入って来ております。彼等との戦いがおそらくこのユグドラルの命運を決定するでしょう」
 オイフェはシアルフィの方を見て言った。
「こちらはユングヴィ、エッダ、アグストリアの軍を入れると九十万以上・・・・・・。ユングヴィを押さえてグランベルでの足掛かりも得た。戦略的にも兵力的にも圧倒的に有利な状況にある。けれど油断は出来ないね」
 セリスもそう言うとシアルフィの方を見た。
「その通りです。相手は大陸最強と謳われた軍団、そして我がシアルフィの仇敵です」
「バーハラの戦いだね。父上が命を落とされた」
 セリスはポツリ、と言った。
「はい、シグルド様のご無念、今こそ晴らす時が来たのです。セリス様、お任せ下さい。必ずやあの男をこのシアルフィで葬り去ります」
 オイフェは強い口調で言った。
「何か策があるんだね」
「はい」
 オイフェは主の言葉に対し強い口調で言った。その表情から確固たる自信が窺えた。

 三日後ユングヴィ城東の野営地においてセリスは弓騎士団を率いるユングヴィ公スコピオと会見の場を設けた。
 まずセリスとスコピオは固く手を握り合った。
「お初にお目にかかります、スコピオ公」
 長い金髪に黒い瞳を持つ長身の美しい青年である。茶の軍服にズボン、白いマントと黒いブーツを身に着けている。
「こちらこそセリス皇子」
 両者はそう言うと互いに微笑み合った。
「この度の我が軍への合流、感謝致します。ユングヴィ家の誇る弓騎士団の参加は我々にとっても頼もしいかぎりです」
「天命に従ったまでです。グランベル帝国には最早大義はありませぬ故」
「大義、ですか」
「はい。私は民を安からしめる事こそ大義であると考えております。虐政の限りを尽くすグランベル帝国はそれを失いました。機を窺い離反する時を待っておりましたが今その時が来たのです」
「そうですか、民の為に・・・・・・。これからも民衆の為に戦いましょう」
「いえ、私は戦いません」
 スコピオはセリスの言葉に対して首を横に振った。
「えっ!?」
 セリスは意外な言葉にキョトンとした。スコピオは続けた。
「ユングヴィ家は弓を司る家、我が家に伝わる十二神器の一つイチイバルを使いこなせる者が当主であると定められていました。イチイバルを扱えぬ私には当主たる資格はありません。貴軍におられる我が従兄弟ファバル殿こそユングヴィ家とイチイバル、そして我が弓騎士団を率いられるに相応しいお方です」
 彼は先の聖戦で死んだブリギットやエーディンの弟アンドレイの子なのである。
「おい、勝手な事を言ってくれるな。俺にそんな大役は務まらねえぞ」
 丁度その場にいた当のファバルが口を挟んだ。
「いえ、大丈夫ですよ」
 スコピオはそれに対して微笑んで答えた。
「何でわかるんだよ」
 ファバルは言った。
「目です」
 スコピオは答えた。
「目!?」
 今度はファバルがキョトンとした。鳩が小石をぶつけられた様な顔になっている。そんな彼を見てスコピオは口元と目元を少し緩めた。
「ところでスコピオ公」
 セリスが尋ねた。
「はい」
「戦いに参加されずユングヴィの当主からも退かれるとするとどう為されるおつもりですか?このまま隠棲されるおつもりですか?」
 スコピオはその問いに対し頭を横に振った。
「実はもう決めてあるのです。これから私が歩むべき道を」
「それは何です?」
「それは・・・・・・これです」
 彼はそう言うと腰から剣を引き抜き自分の金髪に当てた。そしてバッサリと切り落としてしまった。
「え・・・・・・!?」
 セリスは緑の草原に落ちた金髪を見て驚きの声をあげた。だが当のスコピオは冷静なままである。
「これより私は弓と剣を捨て修道院に入ります。そしてそこで信仰と学問の世界に生きたいと思います」
 一連の思いがけない言葉と行動に唖然としていたセリスだったがすぐに冷静さと取り戻した。そして答えた。
「わかりました、新たな人生でのご成長をお祈り致します」
「はい」
 スコピオは礼をした。それは右手を肩の高さで直角にするユングヴィの敬礼ではなく右手の平を胸に置き頭を垂れる僧侶のものであった。
 こうしてスコピオは俗世を離れ修道院に入った、後の時代に大陸の修道院の在り方を根本から変える修道院の大改革が行なわれたがその指導者であったのが彼であった。
 余談であるがスコピオの予言通りファバルは後の世に『ウルの再来』とまで称される程の人物になった。息子や甥のその様な姿を見てブリギット、エーディンは目を細めていたという。

 続いてエッダ僧兵団を率いるフィラート枢機卿との会見が行なわれた。
 かなり薄くなった白髪に穏やかな黒い瞳を持った老人である。何処となく気品と知性を漂わせている。水色の法衣とマントを羽織っている。かってはクロードの側近として知られた人物であり世間の評価は悪くはない。セリス達も悪い印象は受けなかった。
 会見はつつがなく終わった。エッダ僧兵団の解放軍への参加とエッダ家の名誉回復、民衆の安全の保障及び信仰の自由
約束された。尚優れた医師でもあるフィラートは後方で戦傷兵や孤児達への対応にあたることを希望し、セリスはこれを了承した。
「枢機卿、お久し振りです」
 クロードが前に出て来た。フィラートはそれを見て顔を綻ばせた。
「おおクロード様」
 かっての主従の再会であった。
「またこうしてお会い出来るとは。これもブラギ神の御導きでしょう」
「私がアグストリアに逃れている間よくブラギの社稷と教団、そして民達を守ってくれました。このクロードブラギ神に代わって感謝いたします」
 クロードはそう言うと頭を垂れた。
「いえ、クロード様の今までの御苦労に比べたら・・・・・・。私はただブラギ神の御導きに従っただけです」
「ですがブラギ神のお言葉は心清く志高き者にしか聞こえぬもの。それが聞こえたのは神が貴方を民と社稷を護り得る者であると認めたからにほかありません」
「私なぞに勿体無き御言葉・・・・・・。かたじけのうございます」
 深く頭を垂れる。クロードはそれを起こさせた。
「枢機卿、貴方に是非お会いして頂きたい者がいます」
「それは・・・・・・」
「こちらに」
 クロードはそう言うと手で指し示した。そこにはコープルがいた。
 彼は前に進み出て来た。フィラートは彼がその手に持つ杖を見て息を飲んだ。
「古に伝わる神器の一つ聖杖バルキリー・・・・・・。まさかこの目で見られようとは・・・・・・」
「先の大戦の折ブラギの塔において私がブラギ神より授けられたものです。今の世に戻って来たこの杖、そしてこの杖を使えし者・・・・・・。もうおわかりでしょう」
「はい。遂に来たのですね。人の世が真の意味で光に照らされる時が・・・・・・」
 枢機卿がそう言うと目を潤ませた。大司教ブラギはこの世を去る時こう言い残したと伝えられる。再びこの世にバルキリーの杖が戻りブラギの少年にその杖が握られる時ユグドラルを真の光が照らし出す、と。フィラートは今その時が来たのだと悟ったのだ。
 この戦いの後フィラートはクロード、コープルの相談役として、宗教家としてまた医師として後世に名を残すこととなる。とりわけ医師としての業績は大きくユグドラルの民生に大きな業績を残した。彼が書き残した多くの書は後世の医師達の必読の書とさえ言われた。
 
 二つの会見を終えたセリスは本陣の天幕の中でオイフェ達と共に休息をとっていた。茶が運ばれ天幕の中を芳しい香りが漂う。
「会談も上手く終わったね、オイフェ」
 円卓に座り茶を飲む。そして隣に控えるオイフェに話し掛けた。
「はい。これで我等の陣容はさらに厚みを増しました」
 オイフェは静かに答えた。
「これでいよいよシアルフィにいるアルヴィス皇帝との決戦に取り掛かれる・・・・・・。シアルフィか・・・・・・。僕の故郷だけど何も知らない。オイフェ、シアルフィとはどんな所なんだい?」
 セリスは尋ねた。
「緑と水に恵まれた豊かで美しい場所でございます。平原では鹿や馬が走り林では小鳥がさえずり河では魚が泳いでおります。整然と立ち並ぶ村や街では人々の笑い声が木霊しその豊かな暮らしを青い軍服と鎧に身を包んだシアルフィが誇る聖騎士団が守っておりました。今こうして瞼を閉じればあの素晴らしい日々が脳裏に甦ってきます」
 そう言って感慨に耽る。セリスはそんなオイフェを見て頬を綻ばせた。
「そうか、美しい故郷か・・・・・・。早く行ってみたいな」
 セリスも憧憬に浸る。無理も無い。アグストリアに生まれすぐにシレジアに逃れそれからオイフェとシャナンに連れられイザークに落ち延びた。そこで十数年の間イザーク辺境のティルナノグに隠れ住み挙兵してからはイザーク、レンスター、トラキア、ミレトスを転戦してきた。今までシアルフィはオイフェや古くよりシグルドにつき従い今は自分の側にいる者達から聞くだけだったのだ。
 それが今現実に見られるということになりセリスの胸は躍った。憧憬の念が次第に強くなっていくのが自分でもわかる。
(シアルフィ・・・・・・。一体どの様な国なんだろう)
 だがその念はすぐに断ち切られた。天幕に一人の騎士が飛び込んで来た。
「申し上げます、シアルフィから脱出してきたと思われる子供達の一団が暗黒教団の者達に追われこちらに向かっております!」
「何っ!」
 席から跳ねる様に立った。場がざわめく。
「すぐに救援を送るんだ、事は一刻を争う、何としても子供達を救い出そう!」
 令が下される。
「ハッ、既にミーシャ様とカリン様が暗黒教団の者達を退け子供達を全員保護いたしました。今子供達を連れこちらに戻って来ております」
「えっ・・・・・・」
「速いですな」
 セリスもオイフェも意表を衝くその速さにいささか面食らった。その頃当のミーシャとカリンは救い出した子供達を解放軍の本陣へ導いていた。心なしか子供達を見る二人の目が温かい。

 子供達は解放軍の本陣に保護されるとそれぞれの故郷へ帰されることとなった。親を暗黒教団に殺され孤児となっている
子供はフィラートにより孤児院で養われることとなった。
「セリス様、子供達をこちらまで護り導いてきたと思われる年老いた司祭殿がおられます。セリス様にお会いしたいと言っておられますが」
 天幕を出て子供達への対応を下すセリスへカリオンが報告に来た。
「僕に!?」
 セリスは問うた。
「はい。如何為されますか」
「子供達をここまで連れて来てくれたような徳のある方だ。是非お会いしたと伝えて」
「はっ」
 こうしてセリスと諸将が揃う本陣の天幕において会見の場が設けられることとなった。騎士に案内されて何やら布に幾重にもくるまれたものを抱く一人の年老いた司祭が中に入って来た。
「えっ・・・・・・!?」
 その司祭を一目見てオイフェ、ノィッシュ等シアルフィの旧臣達は思わず声をあげた。司祭の方もわかっていた。オイフェ達の方へ顔を向けるとニコリと微笑んだ。
「オイフェ、この方とお知り合いなの?」
 セリスは驚いているオイフェ達に問い掛けた。
「はい、この方はパルマーク司祭、かってシアルフィの宮祭であられた方です」
 少年の様に弾む口調である。再会の喜びが全身から溢れ出ている。
「シアルフィの宮祭?じゃあ父上の家臣だった方だね」
「はい。バイロン様、シグルド様の二代に渡って仕えてこられたシアルフィ一の司祭と称えられた方です。その法力は死の床にある病人ですらたちどころに完治させてしまえる程です」
 ノィッシュが言う。
「人格は言うまでもありません。思えば幼きの私も悪さをして親に叱られた時どれだけ優しく慰められたことか」
 アレクはどうやら子供の頃からあまり変わっていないようである。
「長い間シアルフィの民を守る為忍従の日々を送っておられると聞いておりましたが今こうして再会出来るとは・・・・・・。それも子供達を暗黒教団の魔の手から救い出されて・・・・・・」
 アーダンは感極まっている。意外と感激屋であるようだ。
 彼等の声の中パルマークは静かにセリスの前に出て来た。そしてゆっくりと片膝を折った。
「初めまして、セリス様。シアルフィのパルマークです」
 セリスはパルマークを立たせた。
「パルマーク司祭、解放軍のセリスです。子供達を助け出して頂き有り難うございます。このセリス心より御礼申し上げます」
「いえ」
 パルマークは頭を横に振った。
「子供達を助け出したのは私ではありません。ある方が子供達を暗黒教団から救い出され私に預けられたのです。私はその方の言われるままに動いただけなのです」
「その方とはどなたですか?」
 セリスは尋ねた。
「それはその方との約束なので申し上げられません」
 パルマークは言った。
「そうですか」
「はい、申し訳ありません」
 だがパルマークは言葉を続けた。
「ですがその方は私にあるものを授けられました。それがこの剣です」
 そう言うと今まで両手に抱えていたものをセリスに手渡した。
「剣!?大きい剣ですね。大剣ですか?いや、違うな」
 セリスは手に取ってみた。
「大剣よりずっと軽い。一体どのような剣なのですか?」
「布を取ってみて下さい。そうすればその剣が何であるかすぐにお解りいただけます」
「はい」
 セリスはその幾重にも巻かれた布を取っていった。次第に白く輝く刀身と豪華に飾られた柄が露になってきた。
(その剣は・・・・・・)
 オイフェは目の前にある剣に見覚えがあった。だがにわかには信じられなかった。
 遂に最後の布がセリスの足下に落ちた。オイフェが叫んだ。
「セリス様、ティルフィングです!」
「えっ!」
 一同その言葉に大いに驚いたとりわけセリスの驚きようはすごかった。
「これがティルフィング・・・・・・。我がシアルフィに伝わる伝説の神器、かって幾万の魔性の者達を倒し数多の戦いを勝利に導いたというあの伝説の剣・・・・・・」
 パルマークは両手に剣を取り眺める様に見るセリスに対し言った。
「シグルド様がヴァルハラに旅立たれるその時にいずれ時が来たならばお渡しするように私に言われたのです。それに従い私は今まで密かに保管していたのですがそれをご存知だったその方のご命令でここまで持って参りました。さあ、その剣をお持ち下さい。その時セリス様が真に光の皇子となられこのユグドラルを暗黒神の手から解き放たれる時なのです」
「・・・・・・・・・」
 セリスは両手でゆっくりと柄を握った。力が全身にみなぎってくるのが感じられる。
「これが聖剣の力・・・・・・」
 青く輝く気がセリスの全身を包む。セリスの青い髪が生物の様に波立ち瞳の輝きが増していく。
「暖かい・・・・・・。それでいて何と心強い力なんだ・・・・・・」
 気が収まった。剣を鞘に戻し腰に着ける。
「ようやく聖剣を手に入れられましたな」
 オイフェが言った。
「うん、この剣の光で闇を切り払い大陸を救い出そう」
 そう言った直後であった。一人の騎士が肩で息をしつつ天幕に駆け込んできた。
「申し上げます、帝国軍がシアルフィに来ました。その数三十万以上!」
「何っ!」
 セリスも諸将も一斉に天幕を飛び出した。そしてシアルフィのある東北東へ急行した。
 その後に将兵達が続く。九十万の将兵達が大河の如き流れで動いた。

「あれが帝国軍本軍である炎騎士団・・・・・・。流石に見事な軍容だね」
 セリスは赤い軍服、赤い軍旗、赤い鎧、赤い装飾で固めた炎騎士団を見て思わず賞賛の声を漏らした。対峙する帝国軍は整然と、且つ的確に布陣され赤で統一されたそれはさながら燎原に燃え盛る紅蓮の炎のようであった。
 その軍の先陣には帝国軍の諸将が一同に立ち並ぶ。とりわけその中心にいる十一人の将達の威容は他を圧し目を見張らんばかりであった。
「あれがヴェルトマーの十一将か。話には聞いていたけれどやはり見事だね」
「彼等こそ皇帝の手足です。彼等を討たなければ皇帝を倒し帝国を滅ぼす事は適わないでしょう」
 セイラムは心の中に渦巻く複雑な感情を押し殺しそれをあえて、そして苦心して顔に出さずセリスに対して冷静な口調で言った。
(セイラム・・・・・・)
 セリスはそんな彼の苦しい心境を理解していた。あえて声はかけなかった。それが最もよいと思ったからである。
 帝国軍は兵力において三倍近い開きがある解放軍に対して臆面も見せず対峙している。その中からどよめきが小雨の様に起こった。それはすぐに豪雨の如き歓声となった。
「何、あの声」
 マナが呟く。その歓声は次第に皇帝万歳、という皇帝アルヴィスを称えるものとなった。
「皇帝万歳だと・・・・・・!?」
 グレイドとゼーベイアが万歳、万歳、と木霊するのを耳にしながら言った。その木霊は一言発せられる度に大きくなる。
 炎の如き軍勢の中から一人の豪奢な軍服とマントを身に纏った男が出て来た。帝国軍の諸将が一斉にヴェルトマー式の敬礼をする。
「遂にご登場か」
「思えば長かったな」
 ヒックスとダルシンが言う。言葉はやや軽さが感じられるが表情も口調も緊張したものである。
「アルヴィス皇帝・・・・・・!」
 オイフェが憎しみと恨みを含んだ声でその男の名を呼んだ。
 アルヴィスは帝国軍とその諸将を従える形で解放軍、とりわけセリスを見据えた。暫くそのままセリス達と対峙していたがやがて解放軍から顔を離し己が軍の中へと帰っていった。
 それと共に帝国軍もシアルフィ城の方へと軍を引き揚げていった。すかさずロドルバンとブライトンがセリスの追撃するよう進言する。だがセリスは首を縦に振らなかった。
「今は戦う時じゃないよ。機が熟した時に完全に撃滅する・・・・・・。そうだね、オイフェ」
 オイフェはそれに対し黙って頷いた。天下の趨勢を決する死闘の幕が今開けようとしていた。




いよいよ、皇帝との対決…。
美姫 「オイフェの策とは」
ティルフィングもセリスの手に渡ったし…。
美姫 「さあ、どうなるのかしら」



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