第四幕 魔女


 暗黒教団と子供達の報告を受けた解放軍はすぐさま全軍をもって進軍をはじめた。その動きは流石と言う他無くたちまち森を包囲し子供達を全て保護した。
 ここで解放軍は兵を二手に分けた。まず歩兵及び魔道部隊を森に、騎兵はクロノスから来るであろう帝国軍正規軍に向けられた。飛兵は遊撃隊として上空に置かれ双方の動きに備えた。
 森の中を十人程度に分かれて進む解放軍はその法衣の輪を徐々に狭めていった。歩兵と弓兵、魔道師、そして僧兵をバランスよく、そして隊同士がそれぞれフォローし合えるように配されておりその攻撃は強く防御は固かった。
「所詮は魔物か。戦い方を知らぬわ」
 数体のゾンビを攻撃することすら許さず倒したラルフが言った。
「碌に武器を持たぬ旅人や小さな村を襲うのならいざ知らず死闘を潜り抜けてきた我々の敵ではない。やはり怖いのは暗黒教団の連中だけだな」
 木の陰からフェンリルを撃ってきた教団の司祭を斬り捨てた。暗く何かしら不気味なざわめきの聞こえる森をゆっくりと、だが確実に前へ進んでいく。

 解放軍が森までの戦いを有利に進めていた頃ペルルーク城へ向けて進撃する一軍があった。
 赤と黒の軍服に紅のマントと鎧、そして白地に赤い炎の紋章、グランベルに君臨するアルヴィス直属の炎騎士団である。
 かって炎騎士団は貴族出身の魔道師達を中心とする少数精鋭の騎士団だった。だがアルヴィスが自らの統治により大いに伸張した国力を背景に軍の改革を推し進め炎騎士団は身分に関係なく有能な者が取り立てkられ、かつ多様な兵種から成る大規模な軍となった。
 アルヴィスを頂点として各部隊を率いる将達がおり副官にはアルヴィスガ常に側に置き秘書でもあった異母弟アゼルが任ぜられた。清廉で不正を憎みややもすれば苛烈になりがちな兄とは違い温厚なアゼルは部隊の将達と共にこの騎士団にとって欠かせない人物であった。アルヴィスとこのアゼルを含めた十二人の将により炎騎士団は大陸屈指の精鋭と言われていた。
 そんな炎騎士団に転機が訪れたのはバーハラの戦いであった。闘いに勝ちシグルド公子を死に追いやったものの騎士団は大きなダメージを受けアゼルも兄と袂を分かった。この時から炎騎士団は変質した。
 アルヴィスが皇帝となりその地位と兵力は大幅に高められ増やされた。だが指揮官である皇帝の権限は強化されその指揮も皇帝の実子であるユリウス皇子が実質的に掌握してからは彼等の主な仕事は弾圧と拷問、虐殺等真っ当な軍人ならば目をそむけたくなるものばかりとなった。しかし彼等はアルヴィスに心惹かれた者や彼により解放された奴隷達から成り軍を離れる者は殆どいなかった。帝国を呪う声が満ち各地で反乱が起こりアルヴィスの謀議が白日の下に曝されてもそれは変わらなかった。彼等はアルヴィスに絶対の忠誠を誓い彼こそ全てだったのだ。
「誇り高き炎騎士団が悪魔共の手伝いとはな。我等も落ちたものだ」
 クロノス城の高い城壁を見上げながらこの軍を率いる将リデールは呟いた。
 平民の出だった。若い時傭兵となりヴェルトマーのある村に駐屯した時アルヴィスを見た。年老いた老婆を庇い熊に向かっていく彼を眼にしてこの方について行こうと決めた。炎騎士団に入ると頭角をあらわし将軍にまでなった。その武名と忠誠心は世の知るところである。
「シアルフィ軍の討伐かと思えばまた子供狩りだ。それも皆殺しにせよ、だ。モリガンめ・・・・・・」
 ラドス城にいるダークビショップの胸が悪くなる顔が脳裏に浮かんできた。思い出すだけで忌々しい。
「敵と剣を交えるのならともかく抵抗の出来ぬ幼な子を手にかけて何が面白い。ユリウス殿下の命でなければあの様な魔道の者・・・・・・」
 キッと唇を噛み締める。血が滲んでくる。ユリウスの銘に逆らう事は帝国、すなわちアルヴィスを裏切る事になる。それだけは出来なかった。
「まあ急ぐ必要はあるまい。ゆっくりと進むとしよう」
 翌日リデールの前には子供達ではなく敵の大軍がいた。彼は心中密かに喜んだ。
「こうでなくてはな」
 リデールの五万の軍は解放軍の敵ではなかった。一戦交えただけで押し潰された。だが退く者、投降する者は一人もなくリデール自身もノィッシュと剣を交え散った。その死に顔は満足気だったと言われている。

 炎騎士団の一隊を一蹴した解放軍は余勢を駆って一気にクロノス城を攻めたてた。守備兵の殆どいなかったクロノス城は二刻ともたず落城した。
「畜生忌々しい小僧達だよ。覚えておいでよ」
 薄暗く中央を汚水が流れ鼠や小虫が徘徊する下水道を進む数人の一行の中の一人の中年の女が憎しみと怒りの混じった声で呟いた。
 長く黒い髪に切れ長の黒い瞳である。雪の様な白い肌に炎の様な紅い唇が映える。スラリとした長身を黒いドレスとマントで包んでいる。年齢から皺こそあるが非常に整った顔立ちをしており気品も漂わせている。しかしそれ以上に妖気にも似た禍々しい邪悪な気を発している。この女こそブルーム王の妃でありイシュトーとイシュタルの母でもある『魔女』ヒルダである。
『魔女』
 この名を聞き怯えぬ者はいない。前ヴェルトマー公の妹の子、すなわち皇帝アルヴィスの従妹にあたり血筋から来るその絶大な魔力は有名だった。同時に、いやその魔力以上にその残忍な性質は知られていた。
 物心ついた時より子犬や子猫の目や鼻を焼いたり鉄駆使で突いたり殺したり小鳥を切り刻んだりと血生臭い遊びを好んだ。その対象が人間となるのにさほど時間はかからなかった。
 些細な事、むしろ明らかに冤罪の者が殆どだった。罪人達がヒルダの前に差し出されると丸い木の棒でゆっくりと串刺しにされ一寸一寸切り刻まれ鉄板の上で焼け死ぬまで踊らされた。その参上をヒルダは飲み食いしながら嬉々として見ていた。
 拷問も彼女の好むところであった。専属の拷問吏を雇い入れ昼夜問わず手ずからそれを楽しんだ。周りの者達の中には拷問される囚人を見て思わず嘔吐する者もいた。
 皇族であるが故か、その気性と魔力故か、誰も彼女を止められなかった。ユリウスが世に出てからは。それまでは皇帝であり従兄であるアルヴィスや夫ブルームが過度の残虐な行為への歯止めをしていたがユリウスが出てからは彼女の思うがままであった。彼女はレンスターでレイドリック等三悪と組み殺戮の限りを尽くした。そしてそれはこのペルルークでも同じであった。
「誰にも私の楽しみの邪魔はさせないよ。何時までも殺戮と拷問を心ゆくまで楽しんでやるよ」
 彼女は言った。その時T字路に出た。右に曲がる。
 そこは下水道ではなかった。整然とした地下道であった。
「よし、ここから外へ出ればもう安心だ。さあ行くよ」
 周りの者を急かす。目の前に数人の影が現われた。
「叔母様、ここまでです」
「御前は・・・・・・」
 ヒルダは目の前に立つ銀の髪の少女をよく知っていた。
「城はもう陥落しました。大人しく降伏して下さい」
 ヒルダは投降を勧める姪に毒づいた。
「よく言ってくれるねえ。帝室に弓を引きながら。やっぱりあの女の娘だよ。恩知らずなところはそっくりだ」
「・・・・・・・・・」
 ティニーは答えない。ヒルダはさらに毒づいた。
「まあいいさ。ここで私がこの手であの世に送ってやる。母親と同じようにね」
「えっ・・・・・・」
 ティニーはその言葉に絶句した。ヒルダはそれを見て構えを取ろうとした手を止めた。
「おや、知らなかったのかい。イシュタルが御前達親娘を匿ってから私はいつも隙を窺っていたのさ。そしてあの女の食事に一服盛ってやった・・・・・・。やっぱり苦しみながら死んでいく姿を見るのは気持ちよかったねえ」
「御母様が・・・・・・。そんな・・・・・・」
 幼い頃の悲しい記憶が甦る。病み衰えベッドの上で苦しみ涙を流しながら自分の名と兄、そして父のを呼び死んでいく母、従姉に抱き締められてそれを泣き叫びながら見る自分、その全てが目の前にいる叔母の仕業だったのだ。
「御母様・・・・・・」
 俯き呟く。ヒルダはそれを見て邪に笑った。
「悲しむ事は無いよ。今からすぐに会わせてやるからねえ」
「・・・・・・・・・さない」
「んっ!?」
 ビクッ、とした。一瞬ティニーから凄まじい気が発せられたように感じた。
「許さない・・・・・・」
 今度は一瞬ではなかった。間違い無い。気を発してるのはティニーだ。
「許さない!」
 目から炎が燃え上がり銀色の髪が生き物の様に波打つ。全身から発せられる気がはっきりと見えた。
「ほお、でどうするんだい?まさかこの私とやり合おうってんじゃないだろうね!?」
 そう言い終らぬうちであった。
「トローーーーン!」
 ティニーの右腕から雷の光線が放たれる。それも一撃ではない。二撃、三撃と立て続けに放たれる。
 ヒルダはそれを巧みな動きでかわす。かわしながら体勢を整える。
「やるねえ、あのいつも泣きべそをかいていた頃とは大違いだよ。だがこれはどうだい?」
 右手で何かを足下に叩き付けた。火柱が地を走りティニーに襲い掛かる。ボルガノンだ。
 だがティニーの方が上だった。彼女の放ったボルガノンがヒルダのボルガノンを完全に打ち消した。
 ティニーは間髪入れずトローンを連射した。周りの者は全て撃たれヒルダの脇もかすめた。
「畜生、小娘の分際で・・・・・・」
 形勢不利を悟った。ティニーはまだ攻撃を止めようとしない。
「忌々しいがここは退散だ。ティニー、覚えておいで」
 淡い緑色の光に包まれる。ワープの魔法だ。
「あっ・・・・・・!」
 慌てて魔法の照準を正確にする。だが遅かった。
 ヒルダも逃亡しクロノス城は完全に解放軍の手中に陥ちた。次に解放軍は西のラドスへ主力を、別働隊をミレトス峡谷にあり北への侵入を阻むゴート砦へ向けた。

 セリスは主力部隊と共にラドスへ向かった。やがて目の前に六万程の軍勢が現われた。
「帝国軍!?」
「いえ、このミレトスには帝国軍正規軍はもう残っていない筈です」
「じゃあ暗黒教団か!?」
「セイラムの話によると暗黒教団は野戦を好まないとか。あの軍は騎士団を中心とした正規の軍勢です。教団とは思えません」
「じゃあ何処の軍なのだろう」
「暫しお待ち下さい。私が確かめます」
 オイフェは望遠鏡を取り出した。そして思わず笑みを浮かべた。
「どうしたんだい?」
「セリス様御覧下さい」
 セリスに望遠鏡を手渡した。セリスは望遠鏡に映るものを見て驚いた。
 前から来る軍の旗は三つあった。一つは白地に黄色の杖、非乙は緑地に黒い弓、そして最後の旗は解放軍にもあった。
「エッダ・・・・・・ヴェルダン・・・・・・そしてドズルか」
 望遠鏡から目を離し半ば無心で言った。オイフェは主君に対し笑みで頷いた。
「アグストリア解放軍です。おそらくヴェルダンから海を渡ってここまで来たのでしょう。・・・・・・セリス様、行きましょう。あの場所には貴方をお待ちしている者がいます」
「うん」
 
 ラドス城東の平原において解放軍とアグストリア解放軍は手を握り合った。ペルルークの時と同じくここでも多くの再会があった。
 青い軍服とズボン、白いマントに身を包み青い髪を後ろに撫で付けた青い瞳の騎士がブリアン、ヨハン、ヨハルヴァの三兄弟と会っていた。
「時とは不思議なものだな。あの幼な子達がこんなに大きくなるとは」
 感慨深げに見る目が温かい。
「叔父上も・・・・・・。御久しゅうございます。今までよく御無事で」
 いつも謹厳で表情を変えぬブリアンが珍しく顔を崩している。三人の叔父、彼こそレックスである。
「バーハラの戦いからアグストリアに潜み十七年、長かった。だが何時か必ずこの日が来ると信じていた。シグルド公子の無念を晴らす日が」
「そして我がドズルの汚名を晴らす日が」
 ヨハンが続いた。
「叔父貴も戻って来たしこれでドズルはまた一つになった。爺様と親父がしでかしてきた過ちを清めスワンチカの旗をもう一度正義の下にたなびかせようぜ!」
「ああ!」
 ヨハルヴァの言葉に四人が一斉に同意した。長きに渡って引き裂かれていたドズルの結束が今ここに甦ったのだ。
 ファバルが茶の髪に黒い瞳をした浅黒い肌の長身痩躯を緑の服とズボンで覆った男と抱き合った。そして喜びを周りに撒き散らして話し掛ける。
「親父、久し振りだなあ」
「ファバル、大きくなったな。まさか俺より大きくなるとはな」
 ファバルに父と呼ばれたかってシグルドと共に戦場を駆け巡り『神の弓』とまで称えられた歴戦の勇士ジャムカは頬を綻ばせた。
「身体だけじゃないぜ。弓の腕も親父を超えたぜ」
 父は大口を叩く息子に対して目を細めた。
「ははは、見せてもらうのを楽しみにしているぞ」
 パティがその横で自分と同じ金髪碧眼の女性に抱き付いていた。
「母様、会いたかったよ・・・・・・」
 嬉し泣きするパティに抱き付かれている女性も涙を流している。パティより頭一つ高い美しい女性である。黄の上着に白ズボン、皮の胸当てを着けている。
「御免なさいね、パティ。でもこれからはずっと一緒よ」
「うん・・・・・・うん・・・・・・」
 娘の頭を愛しげに撫でる。優しい母親の顔だ。
「随分強くなったみたいね。それに綺麗になったわ」
「えっ、そうかなあ、へへへ」
 パティは顔を赤らめ照れ笑いを浮かべる。そんな娘を見て母はまた微笑んだ。
 青い鎧に全身を包んだ黄金色の髪と青い瞳をした騎士がデルムッドととナンナ、そして何故かフェルグスと一緒にいた。
「そうか、ラケシスはイードで・・・・・・」
 青い鎧の騎士はデルムッドとナンナから話を聞くと静かに目を閉じた。
「けど母さんは自らの信念を持ってイードへ行ったんだ。・・・・・・俺に会う為に」
 デルムッドは俯きながら言った。
「デルムッド・・・・・・」
 騎士はデルムッドを慰める様にその名を呼んだ。
「母様は亡くなられたけどここで父様に会えるなんて不思議ね。もう二度と会えないかもと思っていたのに」
「ナンナ・・・・・・」
 三人は抱き合った。それを見てフェルグスも貰い泣きした。
「良いなあ、親父さんと再会出来て。・・・・・・俺も家から旅立って七年、親父とお袋元気かなあ」
「心配するな、開拓村で元気にやっているよ」
 騎士は子供達と抱き合いながら言った。
「コールプレとクンドリーだろ。村で宿屋をやっているさ」
「何で親父とお袋の名前を知ってるんだ?」
「それも本名じゃない。本当の名前はカールとエヴァっていうんだろ」
「そこまで・・・・・・」
「知っていて当然さ。俺の兄夫婦なんだからな」
「えっ!?」
 それを聞いたデルムッド、ナンナ、そしてフェルグスの三人は思わず声をあげた。話しの張本人、二人の父でありフェルグスの叔父であるかってシグルドと共に戦い剣騎士として名を馳せたベオウルフは悪戯っぽく笑った。
「俺はアグストリアの宿屋の次男坊だったんだ。ある日旅に出て何時の間にか傭兵になった。そしてエルトシャン王やシグルド公子と知り合い今ここにいる。まあ偶然の連続でここまで来たのさ」
「・・・・・・凄い偶然の連続だな」
 かなり相当な偶然であるが親子と叔父甥、そして従兄弟同士の対面は終わった。以後フェルグスとデルムッド、ナンナの関係はより親密なものになった。
 親と子の再会が、叔父と甥の出会いが、そして再会が輪となる中レヴィンは一人の古くからの友と共にいた。
「遂にここまで来たな」
「ええ」
 レヴィンに言葉をかけられたその友は静かに、且感激を込めて言った。
 純白の法衣をゆったりとした黒いマントで覆っている。長い金の髪、空の様に澄んだ瞳に中世的な白い顔立ち、かってユグドラル一の賢者とされ『ブラギの再来』とまで謳われたクロードである。
 その法力の強さは伝説的であった。疫病で全滅の危機にあった村をライブの杖一つで救ったり、未来を知る事も出来たという。バーハラの戦い後はその力を恐れた帝国に執拗なまでに追っ手を差し向けられたが逃げ延びアグストリアに潜伏していた。やがてかっての仲間達が帝国に反旗を翻すとそれに加わった。そして今このラドスの平原に立っている。
「光の下星達が集まっています。闇が払われる時が来ようとしているのです」
「ああ」
「別れた糸が再び繋がれています」
 クロードは抱き合う親と子達を見ながら言った。
「そして私も・・・・・・」
 クロードは歩きだした。そこには新たな、そして力強く優しい星が輝かんとしていた。



懐かしい再会が…。
美姫 「良かったわね〜。(うるる)」
鬼の目にも…。
美姫 「だ〜れ〜が〜、鬼だ!」
ぐがぁっ!



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