終幕 バルドの十字


 ターラに到着した解放軍はトラキア戦での疲れを癒すべくターラで休息をとった。ターラの城も付近の町や村も市民や農民達と遊びに興じたり買い物を楽しむ兵士達でごった返した。とりわけターラほ北西部にある温泉は人気で解放軍の女性陣も総出で出て行っていた。
「やっぱりお風呂っていいよね」
 ラーラが湯の中で小さな身体を大きく伸ばしながら言った。長い黒髪を上で束ねている。
「そうそう、何だか心まで綺麗になった感じがするのよねえ」
 隣で湯の中にいるミランダが同意した。
「進軍中なんて川や池で汚れを落とす位した出来ないしこんな暖かい湯って久し振りよねえ」
 ラナも湯の中にいる。
「まあいつもお酒ばかりだったしたまにはこんなのもいいわね」
 三人の後ろからアマルダの声がした。布で前を隠しただけの長身のその身体は白く均整がとれ非常に美しい。ゆっくりと三人の隣に入る。
「そりゃアマルダさん毎日すごい飲んでるもん」
「あれだけ飲み食いしてあの肌とプロポーション、不思議よねえ」
 タニアとディジーがヒソヒソと囁き合う。よく見ればこの二人も先の三人もかなり発育が良い。
「何だかシレジアの事を思い出しそう。気持ち良いわあ」
「アズベル君抱いてる時みたいに?」
「うっ・・・・・・」
 カリンの意地悪にミーシャは顔を真っ赤にした。
「あれ、どうしたの?単なる戦友同士じゃなかったの?」
 フェミナも加わる。
「そ、それは・・・・・・」
 ミーシャは左右から攻められモジモジとしている。二人が意地悪そうに笑う。
「そう言う二人はアミッド、フェルグスとこの前ターラの街で楽しそうに歩いていたわね」
 リンダの言葉に二人は笑顔を引き攣らせた。顔から汗が出る。
「図星ね。まあ私もフェミナのお兄さんと付き合ってるけど」
「そうだったの?じゃあティニーと一緒じゃない」
「えっ!?」
 ラドネイの言葉に今度はリンダが目を点にした。
「ティニーはセティさんと、フィーはアーサーと付き合ってるのよ」
「嘘・・・・・・」 
 恥ずかしそうに下を俯くティニーを見てリンダはそれが本当だと悟った。
「・・・・・・とにかく仲がいいってことは悪くないわよね。団結も強くなるしね」
 頭の後ろで手を組みながら言うラクチェの胸を隣のフィーはジーーーーッ、と見ていた。
「ラクチェ、あんたって・・・・・・」
「何?」
「背小さいけど胸大きいね」
「えっ、そうかなあ。フィーと同じ位よ」
 フィーはふと辺りを見回した。
「レイリアさんもセルフィナさんもサフィさんも大きいわね」
「年が違うでしょ」
「ジャンヌもマナもナンナもリーンもティナもリノアンさんも・・・・・・」
「他の人のはそう見えるの。大体胸ってすぐ大きくなるわよ」
「ん〜〜〜〜、だといいけど。アーサーの奴この前あたしの胸チラッと見たのよね」
「へえ、あのキザ男が?」
「意外でしょ」
「うん」
「ねえパティ、この前話した事なんだけど・・・・・・」
「上手くいったでしょ」
「うん、フレッド物凄く喜んでくれたのよ」
 オルエンとパティが何やら話している。
「でしょ?男って女の手料理が大好きなのよ。レスターもすごく美味しいって言ったんだから」
「これからはレパートリーと盛り合わせね。自分でも味付けは大分良くなってきたと思うわ」
「じゃあ今度はケーキかカステラ作りましょ。二人共あれで甘いもの好きだし」
「ええ」
 湯船の中で和気藹々としている面々をアルテナは微笑みながら見ている。
「いい雰囲気ですね。自然と心が落ち着いてきます」
 長い髪を後ろでまとめている。スラリとした長身は均整が取れておりきめ細かな白い肌をしている。
「はい。私はここの方々が大好きです」
 ユリアが湯から顔を出しニコリと笑っている。薄紫の柔らかい髪はアルテナと同じように後ろでまとめられている。小柄な身体は他の者達に比べて幼い身体つきであるがその肌は透き通らんばかりに白い。
「あっ、貴女は・・・・・・えっと・・・・・・」
「ユリアと申します。これから宜しくお願いします」
「あっ、はい。こちらこそ」
 互いに頭を垂れた。双方共悪い印象は受けなかった。
「ユリアさんは解放軍に入って長いのですか?」
「はい。ガネーシャで入れてもらいました。それと私の事はユリアと呼んで下さい」
「はい。見たところ魔法を使われる職業のようですが」
「シャーマンです。杖と光の魔法が使えます」
 シャーマン、その職業のことはアルテナも知っていた。杖ばかりでなく他の職業の者ならばどう努力しても低位に位置するライトニングまでしか使えない光の魔法を高位まで扱う事が出来る特殊な職業である。しかしその特殊性故強大な魔力と秀でた才能を必要とし上級職にも昇格出来ない為光の魔法を天敵とする闇の魔法の使い手である暗黒教団の者達が滅んで以降シャーマンとなる者は殆どいなくなった。アルテナ自身シャーマンに会ったのは初めてであった。
「シャーマン・・・・・・。ユリアは何故シャーマンになったのですか?シャーマンになれる位の魔力があればすぐにハイプリーストやセイジになる事が出来るのに」
「最初からなんです」
「えっ!?」
 ユリアの予期せぬなおかつ多少ピントの外れた答えにアルテナは戸惑った。
「実は私記憶をなくしてバーハラ城の外で倒れていたところをレヴィン様に助けて頂いて・・・・・・。気が付いたらシャーマンになっていたんです」
「そうだったの・・・・・・。すいません、ひどいことを聞いてしまいました」
「いえ、そんな」
 優しい娘だ、そう思った。そして同時にユリアから何か暖かくそれでいて周りの全ての者を癒す不思議な気を感じた。
(何かしら、この気・・・・・・)
 アルテナはふとユリアを見た。
(何か二つの気が感じられるわ。一つは芯の強いそれでいて優しい気、もう一つは暖かく癒される気・・・・・・)
 ユリアはアルテナを見てニコリと笑っている。あどけない、それでいて月の輝きのように人々を和ます笑みである。
(誰かに似てる、この気・・・・・・。特に強くそれでいて優しい光・・・・・・。けど誰のだろう・・・・・・)
 その時パティやカリンたちがユリアの名を呼んだ。ユリアが彼女達の方を向いた時左耳の後ろが見えた。
「あら!?」
 左耳の後ろにうっすらとであるが十字の痣があった。それはセリスの右腕にあるバルドの聖痕と同じものだった。
(さっきは無かったのに・・・・・・。お湯で上気して浮かんできたのかしら)
 その痣がバルドの聖痕に酷似している事もアルテナにはわかった。自分やリーフにもあるからである。だがその形の痣がユリアにあるのは偶然であると思った。そんな痣もある、と考えただけであった。
「ユリア、貴女オイフェさんについてどう思う?」
「堅苦しいよね」
 ティナとジャンヌが口々に言う。ユリアはそれをいつもの笑顔で聞いている。
「そうですか?とても紳士的で親切な方ですよ」
 その言葉にアルテナ以外の一同は目を点にした。
「えっ!?」
「この前セリス様にマジックシールドをかけさせていただいた後疲れた私を気遣って天幕まで運んで下さったしとても
お優しい方です」
「あの過保護教育パパが・・・・・・」
「セリス様こそ絶対の象徴で常日頃騎士道と君主論、仁愛ばかり説いている若年寄が・・・・・・」
「まさかユリアと・・・・・・」
「何かされなかった!?」
「あの親父何時の間に!?」
「それもよりによってユリアに手を付けるとは・・・・・・」
 ラクチェ、パティ、リンダ、タニア、マチュア、フェミナ達がめいめい喚くのを当のユリアはキョトンとして聞いている。
「ボ〜〜〜〜ッとしている場合じゃないわよユリア、責任とってもらうのよ!」
「そうよ、泣き寝入りだけは駄目よ!」
 ミランダ、マリータがエスカレートしていく。だがユリアは相変わらずキョトンとしたままである。
「泣き寝入りって・・・・・・?」
「決まってんじゃない、お嫁さんにしてもらうんじゃない、女の子の大切なものあげたんだからそれ位当然よ!」
「そーーそーー、相手がセリス様の軍師だからって遠慮するこたあないわよ!」
 フィーとパティが言い立てる。ここにきてユリアはようやくピントが一同と合った言葉を言った。というよりは話を最初のまともな方向に戻した。
「私、オイフェさんに送って頂いただけですけど」
「ホントに!?」
 一同驚いた。まだ疑っている。
「はい、天幕の入口まで送って頂いた後すぐに帰られました」
「嘘・・・・・・」
 本当である。
「あの、ところで皆さん・・・・・・」
「何?」
「大切なものって何ですか?それを男の方にあげたら結婚しなくてはならない程のものとは一体何なのですか?」
「あの・・・・・・ユリア」
 代表者としてラーラがおずおずと彼女に尋ねる。
「はい」
「貴女・・・・・・ひょっとして本当に何も知らないの?」
「何をです?」
 ちなみに何も知らないのはユリアだけ、経験も無いのはユリアとアルテナのみである。
「まさかここまでとは・・・・・・」
 尚この連中は解放軍にいる頃がはじめてであった。相手は言うまでもない。相手の方も殆どがはじめてであったようだが。男連中はこの時温泉の下の酒屋でクシャミをしていた。
 翌日からユリアはオイフェと二人で街を歩いたり食事をするようになった。生真面目なオイフェと無垢というより天然と言うべきユリアの関係は周囲の予想、いや願望を大きく裏切り全く進展せずセリスを加えて歳の離れた兄妹か親子のようであった。

 ターラでの休息を終え解放軍はミレトスへの玄関口であるメルゲンへ出発した。そしてそこからミレトスを解放し南よりグランベル本土へ入る計画を立てた。
 ミレトスを経路としたのは複数の理由があった。まずはイード砂漠が大軍の進軍に不適でありイードから入るグランベルの地が皇室の本領であるヴェルトマーであり帝国軍のみならず住民達の頑強な抵抗が予想される事、豊で交通の発達したミレトスは元々隣接するシアルフィ家との関係が深く住民の協力が得られ易く至近や物資の調達及び補給が容易である事、ミレトスから入るシアルフィはセリスの本来の故郷でありその地をヴェルトマーから解放する事はシグルド以来の悲願であり解放軍の大きな政治的効果になりグランベル全土解放の拠点となる事、最後に不気味な一団を率いミレトスに駐留してこの地を鎖国しているユリウス皇子の存在が大きかった。
 解放軍がミレトスに駒を進めたのは運命だったのだろう。十二の聖戦士達が暗黒竜と戦い光を取り戻したあの聖戦が再び幕を開こうとしていた。



ミレトスへと進軍する一向。
美姫 「運命なのか、神の悪戯か」
この先、セリスたち一行を待ち受けるものは!?
美姫 「第五部も楽しみに待ってますね」
待ってます!



頂きものの部屋へ戻る

SSのトップへ