第四幕 父と子と


 ートラキア城ー
“父上、またあのお話を聞かせて下さい”
 父の手に抱き付き話をせがむ少女の頃の自分がいた。兄はそれを咎める。だがちちはそんな兄も自分の隣に座らせ話をはじめたーーーー。
 懐かしい光景だった。いつもそうやって父や兄に甘えていた気がする。だが今はーーーー。
「アルテナ、起きるんだアルテナ」
 聞き慣れた自分を呼ぶ声がする。ふと目が開いた。
 そこには兄がいた。心配そうに自分を覗き込んでいる。
「よかった、気が付いたか」
 表情が安堵したものになる。どうやら今まで気を失っていたらしい。
「ここは・・・・・・」
 辺りを見回す。見慣れた家具が置かれている。そして軍服とマントのままベッドの上にいる。自分の部屋だった。
「急所は外したつもりだったがな。強く打ち過ぎたか」
 思い出した。逆上して父に斬り掛かろうとして兄に打ち倒されたのだ。
「兄上・・・・・・くっ」
 胸がズキッ、と痛む。咄嗟に胸を押さえ蹲る。
「大丈夫か。何しろ私の剣撃をまともに受けたのだ。無理はするな」
「はい・・・・・・」
 痛みが収まった。壁を見た。掛けられているトラキアの旗を見て思い出した。
「そういえば父上・・・・・・、いえトラバント王は?」
 兄はその言葉に顔を暗くした。
「戦死された。リーフ王子との一騎打ちの末にな」
「・・・・・・・・・」
 見れば兄の手にあの槍がある。わかっていた。その姿が見えなかった時から。だがそれが現実だと理解した時胸を痛みが襲った。いつも反発しあの時は剣さえ向けたというのに。憎しみも恨みも無かった。哀しみだけがあった。
「そう、もういないのね・・・・・・」
 アルテナの瞳を哀しみが覆っていく。アリオーンはそれを見つつ言った。
「リーフ王子のところへ行ってやれ。彼もそれを望んでいる」
 彼はそう言って背を向けた。肩で話しているように見えた。
「兄上・・・・・・」
「何だ」
「兄上も・・・・・・」
「・・・・・・私もそうしただろう。父上の最後の御言葉を聞くまではな」
「そんな・・・・・・」
「早く行け。これが私が御前にしてやれる最後の事だ」
 必死に何か言おうとする。だが言えなかった。
「行くんだ」
 アリオーンもそれ以上語ろうとしなかった。アルテナは扉へ歩いていった。その脇にあの槍が置かれていた。
 手に取ってはいけない、だがとらざるをえなかった。
 アルテナは槍を手に取ると部屋を飛び出した。アリオーンは最後まで振り返らなかった。
 何処をどう行ったのだろう。気が付くと竜に乗り天にいた。
 王宮を見る。だが全てを振り払い飛び去った。飛竜は北へ向け消えて行った。
(ゲイボルグ、私を導いて)
 槍が優しく光ったように感じた。何かが心の中に入ってきた。温かく、懐かしいものが身体中い満ちていった。ノヴァの血は今運命の星に入った。

 ーカパドキア城ー
 トラバント王の死はすぐにカパドキアから進軍しているトラキア軍にも伝わった。形勢不利と見たハンニバルは兵を引き篭城した。解放軍はそれに対しリーフ、フィン、ナンナの三人を守将とし一万の兵をミーズに残しカパドキアに進軍し城を包囲しようとしていた。
「ハンニバル将軍、伝説的な人物ね」
 ミランダがカパドキア城の高く堅固な城壁を見上げながら言った。
「はい。将としても人としても傑出した方と聞いています」
 サフィが答えた。
「出来る事なら戦いたくはないけれど・・・・・・。仕方ないわね」
 マチュアが二人の隣に進み出て来て言った。三人の後ろでは破城槌が組み立てられ攻城櫓に兵士達が乗り込んでいた。

「よし、上手く抜け出せたぞ」
 茂みの中から青い髪の少年が出て来た。シャルローである。用心深く茂みから出ると前の解放軍の陣地を見た。
「まずはあそこへ行って・・・・・・」
 その時だった。後ろから物凄い唸り声が響いてきた。
「ん?」
 シャルローは振り返りそして凍りるいた。猪と狼と猿の大群がこちらに突っ込んで来るのである。
「う、うわああっ!」
 シャルローもたまらず前へ逃げ出した。何故こちらに獣達が向かって来るのかわからない。ただ一つだけわかっていた。このままでは踏み潰される、と。
 シャルローは茂みを抜けた。そして解放軍の陣へ駆けていく。そのすぐ後ろに森の獣達が暴走してくる。
「おい、何だありゃあ?」
 アルバが森の茂みから出て来た獣達を見て言った。
「子供が襲われているぞ、助けよう」
 ケインがシャルローに気付いた。
「よしきた」
 アルバも同意した。二人は馬を飛ばした。
 まずシャルローと獣達の間に手槍を数本投げ込んだ。獣達の動きが怯んだ。その隙にケインがシャルローを救い上げアルバが手槍に松明で火を点けていった。炎を見た動物達は落ち着きを取り戻し森の中へ帰っていった。
「よし、上手くいったな」
 鮮やかな動きで少年を助け出した二人は会心の笑みを浮かべて言った。
「ところで君、見たところプリーストのようだけれど名前は何というんだい?」
「はい、僕の名は・・・・・・」
 自分の名を言おうとしたその時だった。不意にレイリアの声がした。
「一体何の騒ぎなの?」
「ああ、ちょっと森の獣達がな」
「ふうん。えっ、シャルロー!?」
「あっ、姉さん!」
 レイリアがケインの馬に駆け寄って来た。そしてシャルローの前に来た。
「どうしたのよ、ハンニバル将軍のところにいたんじゃないの?」
 その言葉にケインとアルバはエッ、と顔を見合わせた。
「うん、ちょっとその事で・・・・・・」
「何か訳ありね。いいわ、セリス様のところへ連れて行ってあげる」
「有り難う」
「よしっ、じゃあ行きましょう」
 そう言うとアルバの馬の後ろに乗った。二人は鳩が小石を宛てられたような顔をしていたが我に返りレイリアに頷いた。

 レイリアはシャルローを連れセリスのところに来た。そして自分達のことを話しはじめた。
 レイリアとシャルローはミレトスのクロノスで生まれた。両親は居酒屋をしていた。彼女は他の子供達と同じ様に教会の神父に基礎的な学問を教わっていた。やがてシャルローも学ぶようになったが彼はすこぶる優秀であった為神父は彼の両親にミーズにある高名な神学学校に入るよう勧めた。学費は神父と親交のあるトラキアのハンニバル将軍が出してくれることになった。両親はかなり迷ったが高潔な武人として知られているハンニバルならば、と承諾した。シャルローが神学校に入って数年後両親は流行り病で世を去った。他に身寄りも無くシャルローはハンニバル将軍に引き取られることとなりレイリアは両親の残した多少の金を持って神父の知人であるダーナのシスターの厄介になることとなった。
 シスターは一人で小さな教会にいた。優しい人柄でありレイリアに対しても慈愛を以って接してくれたがその生活は苦しかった。レイリアの持って来た金も底をつき日々の食事にも窮するようになった。
 シスターはそのような状況でもレイリアに対して優しく育ち盛りであり背も高い彼女に自分の食事を分けてくれひもじい思いはさせなかった。レイリアはそんなシスターを有り難く思った。そして何とかしてやりたいと感じた。
 やがて食堂で働くようになった。シスターは昼働き夜学ぶその姿に心配したがレイリアは頑張り続けた。
 食堂の場を盛り上げる為に踊ったところ好評だったのでそれ以後も踊るようになった。それが噂になり豪商や傭兵の前でも踊るようになりアレスやリーン達と知り合った。そして解放軍の面々と会い今まで育ててくれたシスターに暫しの別れをつげ解放軍に参加したのだ。
「そうかあ、レイリアにも色々とあったんだね」
 セリスは静かにレイリアの話を聞いていた。天幕の中に諸将が集まっている。
「そしてシャルロー・・・・・・だったね。ハンニバル将軍は君と同じ養子のコープルを人質に取られ止むを得ず戦っているんだね」
「はい。コープルはルテキア城のディスラー将軍の下に囚われています。ですがトラキアは兵が少ない為ルテキア城には殆ど兵を置いていません。コープルを救出するのなら今です」
 年齢の割には落ち着いてしっかりした口調である。
「よし、決定だ。コープルを救出する。そしてハンニバル将軍に無益な戦いを止めてもらうんだ」
「セリス様、ですがターラの兵はヴェルトマーからイード砂漠を越えダーナへ向かっている十万の帝国軍へ充てる為その殆どをメルゲンへ向かわせております。ターラからは攻められません。トラキアもそれを知っているからこそルテキアに兵を配していないのです」
 オイフェが進言した。
「そうか・・・・・・。ならば我々だけでやるしかないね」
「はっ」
「よし、じゃあ少数精鋭で行こう。兵力は五百、全て騎兵でいく。将は・・・・・・」
 場を一瞥した。そして大きく頷いた。
「僕とオイフェ、アレス、そしてラインハルトで行こう。シャナン、城を囲んでカパドキアのトラキア軍を抑えてくれ」
「わかった」
 シャナンが敬礼した。
「よし、行こう。一気にルテキアまで進むぞ!」
 セリスが高々と剣を掲げる。一同もそれに続き雄叫びを挙げた。

 ールテキア城ー
 ターラと峡谷を挟んでルテキア城がある。トラキアのターラ方面への前線基地として知られている。今はトラキアの将軍でありハンニバルの旧友であもあるディスラーが守将を務めている。
 ディスラーは自室いいた。窓から外を眺めている。扉をノックする音がした。
「入れ」
 若い騎士が入って来た。ディスラーが彼の方を向くと敬礼した。
「コープルはどうか」
「ハッ、部屋で静かに書を読んでいます」
「そうか。なるべく不自由にさせるな。何かあってはハンニバル殿に申し訳が立たぬ。それにあの少年はやがて素晴らしい僧になる。おそらくブラギ神以来のな」
「そんなに、ですか?」
「うむ。あの歳であの魔力・・・・・・。末恐ろしいぞ。ところで戦局はどうか」
「ハッ、敵軍は只今カパドキア城を包囲し攻略に取り掛からんとしております。またターラに配していた兵をダーナまで移しました」
「カパドキアをか・・・・・・。ハンニバル殿の健闘を祈るしかないな」
「残念ながら・・・・・・」
 二人がそう話している間にセリス達は進軍しルテキア城北の森に潜んでいた。森の中から城を見る。
「まさかカパドキアの北にあんな山道があったとはね」
 セリスはルテキア城を見ながら言った。
「以前トラキアの動きに備えて山々を調べていた時偶然に発見したのです。軍の上層部のみ知っている軍事機密でしたがまさか使う時が来るとは思いませんでした」
 ラインハルトが言った。やはり城から目を離さない。
「だがそのおかげで容易にここまで来ることが出来た。有り難う」
「いえ、そのような・・・・・・」
 思わず畏まった。
「いや、本当だよ。ラインハルトがいなければここまで上手くいかなかったからね」
「はっ・・・・・・」
「さあ行こう、見たところルテキア城の守りは薄い。一気に陥としコープルを救い出すぞ!」
 そう言うと自ら先陣をきり駆け出した。オイフェ達が後に続く。
 城壁には僅かばかりの守備兵達だけがいた。突進してくる騎兵達を認め急いで持ち場に着き伝令を飛ばすが遅かった。
 ラインハルトが前に出る。手に雷を宿らせ指を拡げて前に突き出した。
「ダイムサンダ!」
 雷が波状に拡がり城門を撃った。城門はたちまち四散し砕け散った。
 出て来る敵兵はまばらだった。解放軍はトラキア兵達を斬り伏せ或いは捕虜にし次々と要所を押さえていった。
 扉をノックする音がした。
「どうぞ」
 入って来たのはディスラーだった。深刻な顔をしている。
「シアルフィ軍が来たのですか・・・・・・!?」
 コープルの言葉にディスラーは無言で頷いた。
「城の要所が次々と押さえられている。すぐにこの内城に来るだろう。コープル、早く安全な場所に隠れなさい」
 暗いが落ち着いた口調である。コープルはそれに対し首を横に振った。
「どうした?」
「皆が戦っているのに僕だけ隠れているわけにはいきません。僕は戦えませんが杖で皆の傷を治したいです」
「そうか」
 ディスラーは微笑んだ。そしてコープルに別れを告げると部屋を後にした。
(ハンニバル殿は幸せだ。あれ程立派なご子息がおられるのだからな)
 彼は階段を降りながら心の中で言った。城内では既に剣の撃ち合う音や怒号が聞こえてきている。
 廊下に出た。前に若い黒髪の騎士が立っている。
「敵将とお見受けする。我が名はラインハルト。解放軍の将の一人」
「ほお、卿があの高名な。我が名はディスラー。トラキアの将だ」
 彼はそう言うと腰から剣をゆっくりと抜いた。ラインハルトも構えを取った。
「参る!」
 両者は剣を撃ち合った。二つの影がぶつかる。
 ルテキア城は完全に制圧された。トラキア軍の殆どの兵は捕虜をなりコープルも無事保護された。
「君がハンニバル将軍のご子息だね。僕は解放軍のセリス、話はシャルローから聞いているよ」
 セリスはコープルに対し語りかけた。
「シャルロー、上手くやってくれたんだね」
「じゃあ行こう。カパドキアで将軍が待っている」
「待って下さい、その前に」
「その前に・・・・・・?」
 コープルは右手に持つ杖を掲げた。
「まだ城には傷付いた人達が大勢います。その人達を治します」
 彼はそう言うと杖を高く掲げた。そして魔法を唱えた。
「リザーブ」
 城内が淡い光に包まれる。将兵達の傷が癒されていく。

 セリス達はコープルを乗せ一路カパドキア城へ進んでいた。その足は速く疾風のようであった。
「急ごう、皆が待っている!」
 セリスが激励する。急行する騎士達の前にカパドキア城が見えてきた。
「よし!」
 解放軍の陣に入った。馬から飛び降りそのまま全速力で駆ける。
 シャナンとハンニバルが会見を行なっていた。シャナンの傍らにはシャルローがいる。
 会見の場にセリスとコープルが駆け込んできた。ハンニバルの顔が驚きに包まれる。
「父さん!」
 コープルが父の胸に飛び込んだ。思わず抱き締める。
「ご子息は我々が救出しました。御話はシャルローから聞いております。将軍、無益な戦いはもう止めましょう」
「・・・・・・ディスラー殿はどうされた?」
「立派な武人でした」
「・・・・・・そうか。やはりな」
 ハンニバルは瞑目した。長い間共に戦場を駆けてきた戦友に思いをはせる。
 目を開け我が子を見る。気付かない間に見事に成長した。そう感じた。
「立派になったな、二人共」
「父さん・・・・・・」
 腕の中のコープルが言った。
「僕解放軍に入るよ。そして帝国を倒し本当に皆が幸せな世界を創りたいんだ」
「そうか・・・・・・」
 心の中に熱いものがこみ上げてくる。今まで忘れていた懐かしいものである。
「将軍・・・・・・」
 声のした方を見た。何時の間にか解放軍の若き諸将が集まっている。皆良い瞳をしている。とりわけセリスの横に立つ茶の髪の若者が目に入った。声をかけたのはどうやらこの若者らしい。
「お初にお目にかかります。リーフと申します」
「貴公が・・・・・・」
 身体中から優しく、それでいて威厳と人を惹きつける光を発しているのが見えた。すぐにわかった。この若者こそダインとノヴァの志を繋ぎ得る者なのだと。
「トラバント王は私が倒しました。・・・・・・見事な最期でした」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・将軍も感じておられる筈です。今ユグドラルに流れている大きなうねりを。トラバント王のようなやり方では恨みと憎しみを生み出すだけです」
「・・・・・・古い時代に生きられた方だったのだ」
 トラキアの方を見る。一塵の風が吹いた。
「そして私も・・・・・・」
「将軍、それは違います」
 セリスが言った。ハンニバルはセリスを改めて見た。
「憎しみ合ってきたレンスターとトラキア、いえユグドラルを正しい場へ導く為には将軍の御力が必要なのです」
「私の・・・・・・」
「そうです、私たちにその御力をお貸し下さい」
 セリスを見る。我が子達を見る。トラキア軍を見る。そして解放軍を見る。意を決した。セリスへ歩み寄る。そして無言で腰の剣を手渡した。

 カパドキア城は開城した。ハンニバルとその軍は解放軍に入りトラキア城のアリオーン王子と停戦交渉を進める事となった。
「リーフも成長したな」
 ミーズから合流したレヴィンがセリスに言った。
「うん、彼ならこのトラキア半島を統一してダインとノヴァが望んでいた本当の意味での豊かで平和な国を築けるだろう。ただ・・・・・・」
「ただ・・・・・・何だ?」
「アルテナ王女とアリオーン王子の二人もその建設に加わって欲しいのだけれど・・・・・・」
「加わるさ」
「そうだろうか・・・・・・」
「星達は集うものだ。見ろ」
 レヴィンが指差した方を見た。一騎の竜騎士が来る。
 竜騎士が降りた。それは槍を持つ女騎士であった。
「まさか・・・・・・」
「そのまさかだ」
 アルテナも今解放軍に参加した。

 多くの新たなる将とトラキアの兵士達を加えた解放軍はダーナに進軍してくる帝国軍に対する為十万の兵と主だった将達でターラからダーナへと向かった。そこでも新たな出会いと戦いが彼等を待っていた。




アルテナが遂に解放軍へ。
美姫 「続々と解放軍に集まってくる実力者たち」
大きく時代が動き始めている。
美姫 「果たして、この先に待つものとは」



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