第三幕 梟雄と呼ばれた男


 ートラキア城ー
 天に届かんばかりの山々を抜けトラキア城に降り立ったアルテナは出迎える兵士達への返礼もそこそこに王宮の王の間へ駆けていった。
 王の間の扉の前に来た。扉の側に槍を置き扉を開けた。そこには父と兄がいた。
「またもや槍を交えず帰って来るとはどういうつもりだ!」
 王はアルテナが部屋に入るなり雷の如き怒声を浴びせかけた。だがアルテナはそれに怯むことなく敬礼し王に問うた。
「父上、お聞きしたい事がございます」
 その様子にトラバント王もアリオーンもただならぬものを感じたがそれを表に出さず受けた。
「弁明ではないようだな。良かろう、申してきよ」
「はっ」
 アルテナは言葉を続けた。
「ミーズで私はシアルフィ軍のある若い騎士と出会いました」
「ほう」
「その騎士はリーフと名乗りました。かってイード砂漠で父上が討たれたレンスターのキュアン王子とエスリン王女の子です」
 二人はアルテナが言う言葉を一言一言に至るまで聞いていた。彼女が自分に聞きたい事が何なのか、王ははっきりとわかっていた。だからこそ耳を離せなかった。
「彼の者は私に言いました。自分の姉は生きていると。・・・・・・その姉こそ私であると」
 アルテナはこれ以上話を続けてはいけない、そう感じていたが言葉を止める事は出来なかった。
「その証こそ父上が私に元服の時下さった槍、その槍こそ十二神器の一つレンスター王家に伝わる地槍ゲイボルグであると」
 部屋を重苦しくそれでいて張り詰めた空気が支配した。今まで続いてきた世界が壊れる、三人は感じていた。アルテナは遂に最後の話をした。時が壊れようとしていた。
「リーフ王子は私に言いました。父上はゲイボルグの力を己が野心に利用するために私を娘として育てたと。・・・・・・私の本当の父と母はレンスターのキュアン王子とエスリン王女であると。・・・・・・そして、そして二人をイードにおいてその手で殺したのは父上であると!」
 時が壊れた。
「嘘でございますね!?私は・・・・・・私は父上の娘ですよね!?}
 時を止めるのは時の女神達以外誰にも出来ない。その事をこの時この場でも最もよく知っていたのはトラバント王であった。何故ならば自らが作り出した偽りの時だったのだから。
「ふん、遂にこの時がきたか」
 王が言葉を発した。それはアルテナが望んでいた言葉ではなかった。アルテナの顔が割れた鏡のようになった。アリオーンが仮面のように動かなくなった顔を父のほうへ向けた。
「その通りだ。貴様の父と母をイードで騙し討ちにしたのはわしだ。そしてレイドリック等を使いレンスターを滅ぼしたのもわしだ。貴様は砂漠の毒蛇共の餌にするつもりであったがゲイボルグの力故今までわしの娘として育て都合の良い道具として利用してやったのだ」
 アルテナの顔が蒼白になり全身が震える。アリオーンの顔も蒼白になりアルテナを見ている。
「だがそれがどうしたというのだ?戦争なのだぞ。力こそ、強い者こそが正義なのだ。それに血は繋がっていなくとも
アルテナ、御前はわしの・・・・・・」
 だがそれ以上言えなかった。アルテナが腰から剣を抜き跳び掛かって来た。
「父上、・・・・・・いやトラバント!父上と母上の仇・・・・・・!」
 目から涙を流し顔を紅潮させて王へ襲い掛かろうとする。王はそれに対し何故か身動ぎ一つしようとしない。
「待てアルテナ、父上に剣を向ける事は私が許さん、どうしてもというのなら私が相手になる!」
 アリオーンがアルテナの前に立ち塞がった。アルテナの動きが止まった。
「あ、兄上・・・・・・」
「どうした、来ないのか?」
 アルテナが怯んだ。アリオーンはジリジリと近寄り剣を抜いた。
「ま、待って。私は兄上とは・・・・・・」
「問答無用、行くぞっ!」
「ああっ!」
 アルテナは一撃で床に伏した。血は流れていないが急所を打たれたらしく瞳孔が開いたままで倒れている。
「・・・・・・アリオーン、何も殺さずとも良かったのではないか」
 剣を鞘に収めるアリオーンに対しトラバント王は咎めるように言った。
「・・・・・・父上に剣を向ける者はたとえ誰であろうとも成敗する。それだけです」
 チラリと床に倒れているアルテナを一瞥して言った。
「・・・・・・そうか」
 王は何やら言いたげであったがあえて言わなかった。
「まあ良い。それよりもミーズだ。今度はわしが行く。カパドキアのハンニバルにも伝えよ」
「はっ」
「トラキアの守りを頼む。そして・・・・・・」
 王は玉座の横に立てて置かれていた槍を手に取り玉座から降りアリオーンに歩み寄った。
「戦いの後これを御前に託そう」
「そ、それはグングニル!父上、まさか・・・・・・」
 アリオーンは驚愕した。だが王は静かなままである。
「これがどういう事か御前ならばわかるだろう。後の事は頼んだぞ」
「で、ですが父上・・・・・・」
 部屋を出ようとする父を必死に呼び止めようとする。しかしそれが適わぬことは彼自身がよくわかっていた。
「もう良い。わしは疲れたのだ。御前ならばシアルフィの者達も恨んではおらぬ。・・・・・・あのセリスとかいう小童、良い瞳をしておる。必ずやユグドラルを実り豊かな世にするだろう」
 トラバント王はそう言うと右手にグングニルを取り踵を返し部屋を後にしようとした。がふと足を止めた。
「一つだけ言い忘れていた。わしのようにはなるな。・・・・・・そして民を悲しませる事だけはするな」
「は・・・・・・はい」
 アリオーンはその言葉に敬礼で返した。王はそれを見ると満足そうな笑みを浮かべ部屋を後にした。扉を自らの手で開けた。ふとゲイボルグが目に入った。
「この槍も本来の場所に帰してやれ」
「えっ、まさか父上・・・・・・」
 もう一度、今度は目でアリオーンとグングニル、そしてアルテナを見た。自分の右の手に槍はあった。
(長らく世話になったな。だがこれで最後だ。これからはアリオーンの為に戦ってくれ)
 槍は何も語らない。だが槍に埋め込まれていた宝玉が静かな、それでいて物哀しい響きの光を発した。
「さらばだ」
 王はそう言うと扉を閉めた。後には悄然となったアリオーンと床に倒れたアルテナ、そしてノヴァの槍が残された。
「行くぞ!」
 王の号令一下竜騎士達が空へ舞い上がる。王は天へ上がると王宮の方を見た。
(民を、そしてアルテナを頼んだぞ)
 王は王宮から目を離し竜を駆った。そして二度と後ろを振り返らなかった。
「セリス様、遂に来ました!」
 レスターが伝令に来た。セリスは卓上に置かれたミーズ地図の前にいた。
「カパドキアからも来ます!敵将はハンニバルと思われます!」
 ディムナが天幕に入って来た。
「どうする、オイフェ?」
 セリスは傍らに控えるオイフェに問うた。オイフェは主君に一礼すると話しはじめた。
「これはミーズ城攻略の為の二正面作戦です。トラキアは兵力において劣る為我等を城と分断させ戦うつもりのようです。おそらく一方に我等が気を取られている間にもう一方でミーズ城を攻略するつもりなのでしょう」
 そう言うとカパドキア、レンスターに置かれていた駒をミーズ近辺に置き換えた。
「トラキアの国力から察しますにカパドキア方面から来るハンニバル将軍率いる軍は約八万、兵種は歩兵中心、そしてトラキア方面の竜騎士団は約五万、敵将はアリオーン王子、若しくはアルテナ王女と思われます」
 話を進める。
「我等は兵力において優位に立っておりますがトラキアは地の利があるうえに強兵、そして敵将も名を知られた者達です。油断はなりません」
 そう言うと自軍の駒を手に取った。
「そこでまず一方を一気に倒し返す刀でもう一方を倒すか各個撃破でいくべきと考えます。愚考致しますに機動力の高い竜騎士団から先に叩くべきと存じます」
 セリスはオイフェの話を黙って聞いていたが話が終わると大きく頷いた。
「よし、それでいこう」
「はっ!」
 諸将が敬礼した。そしてレヴィンと一万の兵をミーズ城防衛に向かわせその上でミーズ南に布陣した。
「竜騎士団、来ます!」
 天空に黒い嵐が巻き起こる。その陣を見た時解放軍の諸将は驚愕した。
「な、何だあの陣は!?」
 普段は冷静なブライトンまでもが声をあげた。
 その陣は異様であった。中心に本陣が置かれ、そこから無数の触手の様に細長い陣が曲線状に生え左回転でゆっくりと前進して来る。その姿はさながら台風である。
「オイフェ、あの陣は何と呼ばれているんだい?」
「竜巻陣です」
 オイフェは主君の問いに対し敵陣を驚愕の目で見ながら答えた。
「竜巻陣!?」
「はい。かって竜騎士ダインがリューベックの戦いの時に用いたと言われる伝説の陣であります。本陣を中心に次々と新手を繰り出し敵の戦力を次々と削り取っていく必殺の陣です。ダインはこの陣により圧倒的な戦力を誇るリューベックの暗黒教団を破りました。ですがあまりにも布陣と統率が困難である為それ以降は使う者もなく廃れてしまったのですが」
「それだけの陣を敷き、尚且つ統率出来るのは・・・・・・」
「間違いありません。トラバント王自ら来ております」
 竜巻は不気味な唸り声をあげながら解放軍のほうへ接近する。弓兵隊が前に出た。
「触手の先端を狙え!」
 アサエロが命令を下すと解放軍の弓兵隊は迫り来る竜巻の先端を向けて一斉に矢を放った。
 無数の屋が竜騎士達に襲い掛かる。解放軍の弓兵達は勝利を確信した。その時だった。
 触手の先頭にいた騎士が手にしていた槍を縦横無尽に振り回し矢を全て叩き落としてしまったのだ。
 解放軍の騎士達はその騎士を見て息を呑んだ。彼こそ大陸全土にその悪名を馳せたトラバント王その人だったのだ。
「なっ、王自ら先陣に・・・・・・!」
「ならばっ・・・・・・魔法よっ!」
 ミランダが手を振り下ろし部下達に一斉に魔法を放たたせた。
 無数の鎌ィ足がトラバント王に襲い掛かる。だが王はそれに対し身動ぎ一つしない。
「甘いわぁっ!」
 王が眼をカッと見開いた。右手に持つ槍を左に大きく振り被った。
「はあああああああっ!」
 凄まじい気合と共に槍を一閃させた。すると衝撃波が生じ鎌ィ足を全て掻き消した。
「シアルフィの小童共、わしがトラバントだ!わしの槍の前に倒れたい者は我が前に出て来るがいい!」
 矢と魔法の二段攻撃を撃ち消され慄然とする解放軍に対しトラキア軍では喚声が沸き起こった。皆口々に王を讃える。
「あれがトラバント王・・・・・・」
「流石に恐るべき強さですな」
 セリスとオイフェも思わず絶句した。その中フィンが出て来た。
「トラバント!今こそ我が主君の無念晴らしてくれる!」
 槍の穂先をトラバント王へ突き付ける。王は上からフィンを見下ろしせせら笑っている。
「ほう、貴様か。シアルフィ軍でまだ生き恥を曝しているとは聞いていたが。まあ良い。それも今日で終わりだ」
「言うな!今日こそ貴様に天の裁きを受けさせてやる!」
 両者が動こうとしたその時であった。フィンの後ろから声がした。
「フィン待ってくれ!ここは僕に任せてくれ!」
 声の主はリーフだった。ゆっくりとフィンの方へ馬を進める。
「リーフ様・・・・・・」
「・・・・・・頼む、この男だけはどうしても僕の手で倒したいんだ」
 ジッと強い眼差しでフィンを見る。彼は主の強い決意を悟り頷いた。
「・・・・・・わかりました。ここはリーフ様にお任せします」
「・・・・・・有り難う」
 フィンが後ろへ退いた。後にはリーフとトラバント王が残された。
 フゥッと一陣の風が吹き抜けた。両者は互いに睨み合ったまま対峙していた。
「トラバント、やっと巡り会えた・・・・・・。私はこの日が来る事をどれだけ待ち望んだことか・・・・・・」
 リーフは半ば歓喜とも聞こえる言葉を漏らした。
「フン、誰かと思えばキュアンの小倅か」
 対するトラバント王は至って沈着かつ不遜である。
「ブルームも間抜けな奴よ。さっさと殺してしまえばよいものを」
 傲然と胸を張りリーフを見下ろしながら言葉を発する。神をも恐れぬ、とまで言われたトラバント王ならではである。しかしその言葉の響きは何処か空虚で乾いていた。
「貴様に騙し討ちにされた我が父と母、貴様の奸計により殺された多くの者、そしてレンスター王家の無念、今ここで晴らしてやる!」
「ぬかせ、ヒヨッ子があっ!」
 トラバント王はそう言うと槍をたて続けに振り回した。先程の衝撃波が凄まじい唸り声を挙げリーフに対し波状的に襲い掛かる。
「こんなもの!」
 リーフは右手に持つ槍を渾身の力を込めて一閃させた。一撃でトラバント王の出した衝撃波を全て打ち消した。
「ほお、伊達にノヴァの血を引くマスターナイトではないな。わしの衝撃波を一閃しただけで全て打ち消すとは」
 王は竜の背からもう一本槍を取り出した。それは今まで右手に持っていたものとは異なっていた。飛竜の槍と呼ばれる逸品である。
「行くぞっ!」
 今度はリーフの頭上目掛け急降下した。右から流星の如き突きを次々と繰り出す。
 リーフはその突きを槍で全て受け止めた。左から胴を両断せんと刃が迫る。リーフはそれを槍を咄嗟に左回転させ柄で刃の腹を撃ち弾き返した。
 今度はリーフが槍を突き出す。凄まじく闘気を発し槍が吠えながらトラバント王に襲い掛かる。王はそれを二本の槍で巧みに受け流す。
 三本の槍が火花を撒き散らし激しい金属音を飛ばしながらぶつかり合った。リーフはキッとトラバント王を見据えた。
「トラバント!今までの悪行の報いを受けよ!」
 槍を王の首筋に振るう。王はそれを左の槍で受けた。
「貴様如き小童にこの竜王トラバントを倒せると思うてかあっ!」
 グングニルを繰り出す。リーフはそれを身を捻ってかわした。
「何を戯言を!」
「これがその証よっ!」
 再び槍を繰り出す。リーフも攻撃をかけた。
 何時しか両軍はこの一騎打ちに見入っていた。双方共声も無く闘いを見守りジッと息を飲んでいる。
 解放軍の将達はどの者も前に出て粛然と死闘を見守っていた。とりわけフィンとナンナはまばたき一つしない。
 セリスもシャナンと共に闘いを見守っていた。傍らにはオイフェが控える。
 槍を繰り出し受け止めるトラバント王の後ろ姿が目に映る。それから顔を離す事無くセリスはシャナンに話し掛けた。
「シャナン」
「どうした」
 シャナンも二人から目を離さない。
「トラバント王は確かに奸計を用いて人を欺き傭兵として多くのものを奪いキュアン王子や叔母上だけでなく大勢の人達を傷付け殺してきた。皆が言う通り大陸の多くの者にとって憎むべき災厄だよ。・・・・・・けれど」
「けれど・・・・・・何だ?」
 トラバント王の背が映った。
「こうして見ると・・・・・・。トラバント王って哀しいね」
「・・・・・・・・・ああ」
 撃ち合いは数百合を越えようとしていた。トラバント王が勝負を決めようとグングニルを大きく振り被った。その時だった。
「今だっ!」
 リーフが渾身の力で槍を突き出した。
 槍はトラバント王の右脇に突き刺さった。それは血を滲ませながらめり込んでいく。
「ぐっ・・・・・・」
 王の口から鮮血が漏れた。それを見たリーフは勝利を確信した。だが甘かった。
「なめるなあっ!」
 トラバント王はそう言い放つと右手のグングニルを縦に一閃させた。リーフの左肩から血が流れ出る。
「つっ・・・・・・」
 思わず槍を手放した。王も左手の槍を投げ棄てると腹に突き刺さっている槍を掴んだ。
「ぬうううううううっ!」
 これには一同言葉を失った。傷を負った者とは思えぬ力で腹に深々と突き刺さっていた槍を引き抜いたのだ。赤黒い血がゴボゴボと溢れ出す。
 「まだだ、まだ終わらぬ・・・・・・」
 グングニルを蔵に置き腰から剣を抜いた。その両眼に炎が宿ったように見えた。
「ならば・・・・・・!」
 リーフも剣を抜いた。両者は今度は剣を撃ち合った。
 トラバント王、リーフ共剣の腕も一流だった。銀の光が飛び交い金の星が飛び散る。だが決着の時は近付いていた。
 やはり傷の深さが仇となってきた。トラバント王の剣が僅かではあるが徐々に鈍ってきたのだ。リーフの剣が横に
薙ぎ払われた。
 今度は胸を横一文字に鮮血が噴き出した。流石の王もガクリ、と倒れ込む。
 トラキアの将兵の顔が一斉に蒼ざめた。致命傷であることは誰の目からも明らかであった。
「これしきの傷・・・・・・」
 王はそれでも倒れない。口からは血が滲みだし顔から血の気が失せている。最早気力のみで闘っていた。
 ゆっくりとリーフとの間合いを取りながら上昇する。リーフはそれに対し一歩も動かない。これで最後になる、両者はそう考えていた。
 王がリーフめがけ急降下した。ほぼ同時にリーフも跳んだ。二つの影が交差した。
 リーフの馬が着地し王の竜が上昇した。両者は暫く時が止まったように動かなかった。
 王もリーフも互いに背を向けたままであった。王の左首の半分に紅い線が見えた。
 それは忽ち鮮血となり半月状に噴き出した。王の身体がゆっくりと崩れ落ちていく。
 背中から大地に落ちた。二、三回撥ねたがそのまま落ちた。周りが血の海とかしていく。
 最早リーフも両軍の将兵達もシアルフィの将達もその目には映らなかった。トラキアの蒼い空と夕暮れの紅い太陽、そして黒い大地が次々に浮かんでくる。
(さらば、トラキアよ・・・・・・)
 トラキアの民と兵士達、飛竜の姿が目に浮かんだ。
(栄光あれ、トラキアの民よ・・・・・・)
 今になってようやくわかった。自分を最後まで信じついてきてくれた者達がこれ程いたということに。
(どこまでわしは愚かな男だったのだろうな・・・・・・)
 邪竜と呼ばれ謀略と略奪、侵略、そして破壊と虐殺の中に生きてきた。民の幸福の為にやってきたことが多くの者の命を奪いトラキアを大陸の嫌悪の的にした。だがそれも幕を降ろすだろう。自らの死によって。
 息子の顔が浮かんできた。自分に似ず聡明で優しい心を持った若者に成長した。
(アリオーン・・・・・・)
 娘がいた。気が強く自分に反発ばかりしているが最後まで自分の娘だった。
(アルテナ・・・・・・)
 身体から力が抜けていくのがわかる。その時また二人の姿が浮かんできた。
(御前達二人がトラキアを、いや大陸を・・・・・・)
 天空から馬に乗り武装した乙女が舞い降りて来た。その乙女が微笑みかけてきた時目の前が白い光に包まれた。
「敵将トラバント、討ち取ったり!」
 リーフが右手に持った剣を高々と掲げると解放軍から地が割れんばかりの歓声が沸き起こった。
 ナンナが駆け寄って来る。フィンやグレイド、ゼーベイア等レンスターの旧臣達の瞳に熱いものが浮かぶ。
(父上、母上、見ていてくれましたか・・・・・・)
 歓声の中リーフの胸の中を達成感が充たしていく。
 後ろを振り返る。トラバント王は血の海の中で事切れていた。
 激しい死闘であった。一歩間違えれば地に伏していたのは自分だっただろう。
 そして刃を交え伝わった。トラバント王の哀しさが。自分はこの哀しさを一生涯忘れる事はないだろう、そう感じた。

 トラバント王程生前と後世で評価の異なる人物も珍しいと言われる。生前は忌み嫌われていたが後世では聖戦士の子孫として恥じない賞賛を受けている。
『時と場所が違えば英雄だった』
 これは後にイザーク中興の祖と讃えられることになるシャナン王の言葉である。その志と秘められていた理想は消える事無くミレトスのダイン王家に受け継がれた。そして後にゲイボルグを継ぎレンスター王となったリーフの臣下として『光の神』と讃えられるアルテナの長子フレイとその妹でありダイン王妃となるフライアも母より授けられた王の遺品を終生身に着けていた。王の墓には何時までも花が絶えなかったという。




トラバント王、遂に倒れる…。
美姫 「敵とは言え…」
とりあえず、哀しみはあるけれど、セリスたちの戦いはまだ終らない。



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