第七幕 風の勇者


 ーミーズ城ー
 マンスターとの国境は峡谷を半分にしてトラキアと二分されている。その峡谷の付け根にミーズ城はあった。
 トラキア半島が北のレンスター王国と南のトラキア王国に二分されて以来この城はトラキアのレンスター侵攻の前線基地として機能してきた。トラキアが侵攻する度にレンスターは迎撃し、それが幾度となく繰り返されたレンスター側も何度もミーズ攻略を計画したが竜騎士団を中心とする強力なトラキア軍に阻まれ思うようにいかなかった。何時しかレンスターの者にとってミーズ城は忌むべきものとなり『飢狼の城』と仇名されるようになった。先の大戦でも侵攻の前線基地となりフリージ家がレンスターに入ってからも警戒が緩められる事は無くあいも変わらずレンスターの民達から嫌悪されていた。今も城内から馬蹄や竜の翼の音が聞こえ槍や鎧が林立していた。
 「準備は全て整いました」
 城主を務めるマイコフが敬礼をしトラバント王に報告した。
 「そうか」 
 王は城壁の上でマントを風にたなびかせながらマンスターの方角を見つつ答えた。後ろにはアリオーン、アルテナの二人とトラキアの将達が控えている。
 「いよいよ来たな。我等が悲願を成就させる時が」
 「はっ」
 二人の子等と諸将が敬礼をする。王は彼等の方へ顔を向けた。
 「フリージは敗れブルームは戦死した。最早我等の悲願を阻む障害は無い」
 「セリス公子率いるシアルフィ軍は如何致しましょう。フリージの兵力を傘下に収め今や強大な戦力をなっておりますが」
 王はアリオーンの言葉に口の端を一瞬歪めた。
 「フン、あの青臭い小僧っ子か」
 王は言葉を続けた。
 「連中がマンスターへ辿り着く前にあの地を陥せば良い。イシュタルもおらずマギ団とかいうレジスタンスごときトラキア竜騎士団の敵ではないわ。その後でターラでの条約を今度は我等が盾に取りマンスター占領を既成事実とするのだ」
 「そしてシアルフィ軍が帝国と戦っている間に我等はレンスター全土を・・・・・・」
 「そうだ」
 王は口の端だけで笑った。
 「そうなればレンスターを奪う機会は幾らでもあるし口実もどうとでもなる」
 「もしシアルフィ軍がマンスターに介入してきたならば?」
 「叩き潰すまでだ。その為に戦の準備を命じたのだ」
 王は娘の方を見た。
 「アルテナ」
 「はっ」
 アルテナは敬礼をし答えた。
 「そなたを今回のマンスター攻略の司令官に命ずる」
 「有り難き幸せ」
 「逆らう者には容赦するな。例え老人や女子供であろうとトラキアに歯向かい邪魔になるならば殺せ」
 「えっ・・・・・・!?」
 アルテナは父王の言葉に唖然とした。 
 「父上、今何と・・・・・・」
 トラバント王は娘の言葉に眉を動かす事無く言った。
 「聞こえなかったのか、トラキアに逆らう者は武器を持たぬ者であろうが一人残らず殺せと言ったのだ」
 「父上、それは・・・・・・!」
 アルテナは思わず父王に詰め寄った。
 「どうした、何か不服か?」
 「騎士として敵と戦うのならば喜んで従いましょう、ですが武器を持たぬ者まで手にかけるというのは・・・・・・」
 王の瞳の色が複雑に変わった。
 「フン、甘い事を。これは戦争なのだぞ」
 「しかし、それは騎士として・・・・・・」
 「よせ、アルテナ。父上に逆らうな」
 アリオーンが間に入った。
 「兄上・・・・・・」
 「御前は父上の言われる通りにすれば良いのだ。父上の御考えを知らないからその様な事を言うのだ」
 「はい・・・・・・」
 兄の言葉に彼女は大人しく頷いた。アリオーンは父王の方を振り向いた。
 「父上、アルテナをお許し下さい。戦を前にして気が高ぶっているのです」
 「・・・・・・フン、まあ良いわ」
 王は再び諸将の方を見た。
 「コルータ、ルーメイ、ドオルザーク、マクロイはアルテナの指揮の下マンスターとフィアナへ向かえ」
 「はっ」
 「セイメトルとマイコフはミーズ城で守りを固めよ」
 「はっ」
 「わしはアリオーンと共にトラキアへ戻り本格的な戦争準備に入る。それが終わり次第すぐにミーズへ向かう。この戦いに我がトラキアの命運がかかっている。何としてもマンスターを陥としレンスター全土を手に入れるぞ!」
 「はっ!」
 トラバント王がアリオーンと共にトラキア城へ向かうと同時にアルテナ率いるトラキア軍二万も北へ向けて進撃を開始した。目指すはマンスターである。

 トラキア軍はマンスター城へ向け進軍を続けた。その速度は速くマンスターまで一日の距離に達するのにさ程時間は掛からなかった。その間トラキアに逆らう者は王の命令通り誰であろうと容赦なく殺されていった。
 「アルテナ様、マンスター城までもう少しですzp」
 「うむ・・・・・・」
 快進撃にもかかわらずアルテナの顔は晴れない。眼下では所々で家が燃え死体が転がっている。
 「御気にめされますな。戦においてはよくある事です」
 コルータがアルテナの竜の側に寄り言った。
 「・・・・・・そうだな、これが戦争だったな」
 彼女は力無く言った。
 「城の攻略の指揮はお任せ下さい。殿下は後方で我等の総指揮をお願いしまう」
 「うむ」
 頷く。だがその顔は晴れない。
 マンスター城にもトラキア軍の進撃と殺戮の報は入っていた。セティはそれを城壁の上で戦の準備をしながら聞いていた。
 「遂に来たか。やはり速いな」
 「その上非戦闘員に対しても何の躊躇も無く攻撃を仕掛けております。峡谷は地獄絵図の様であるとの事です」
 「やはりな・・・・・・。あの男のやりそうな事だ」
 セティは兵士の報告に苦い顔をしながら南を見た。
 「市民の方々はもうコノートの方へ行ったかい?」
 「はい。今日の朝に最後の一団が出発されました」
 「そうか、これで思う存分戦えるな」
 そう言って左の手の平を見てギュッと握り締めた。
 「見ていろ、これ以上は一歩たりとも進ませないぞ」

 フリージ軍を破りレンスターの殆どを手中に収めた解放軍はホークの願い通りすぐにマンスターへ向けて進軍を開始した。
 「フィー、気を付けろろ」
 アーサーが天馬で飛び立とうとするフィーに対し声をかけた。
 「有難、心配してくれるの?」
 「ん!?ま、まあな」
 彼は顔を少し赤くした。
 「ところで妹さんどう?やっぱりまだ解放軍に慣れてない?」
 「うん・・・・・・。入った頃に比べると随分明るくなったと思うけれどな。元々内気な性格らしくて一人でいる事が多いな」
 「ふうん、そう」
 フィーは少し考え込んだが何やら閃いたようだ。
 「恋人でも出来たら違うんじゃないかな」
 「恋人!?」
 「そうそう。うちの兄貴なんかどうかな。妹のあたしが言うのも何だけれど格好良いし今フリーだし。ティニーもあれだけ可愛くておしとやかなんだから絶対上手くいくわよ」
 「ふうん、兄貴で弟っていうのも面白くていいかもな」
 「?どういう事?」 
 彼女はその言葉にキョトンとした。
 「あ、いや何でもない」
 アーサーはその言葉を少し慌てて否定した。
 「ん〜〜、まあいいわ。お先に」
 天馬の翼が大きく動いた。
 「ああ。マンスターでまた会おうな」
 「じゃあね」
 飛び立ったフィーにアーサーは再び声を掛けた。
 「お〜〜い、さっきの言葉は結構本気だからな〜〜〜〜っ!」
 「?何言ってんだろ、アイツ」
 フィーは下で手を振るアーサーを見ながら首を傾げたがすぐに思いをマンスターの方へ向けた。

 マンスター城南門目掛けトラキア軍げ攻め寄せて来る。空からは竜騎士団、陸からは騎士団と歩兵部隊が迫り来る。
 「来たな」
 セティは城門の上で一人で身構えていた。マギ団の兵士達も城壁の上で剣や槍を手に身構えている。
 「私がまず魔法を放つ。皆それから一斉に攻撃に移ってくれ」
 「はい」
 トラキア軍が迫る。今まさに攻撃を仕掛けんとするその時セティが動いた。
 流れる様な動きで下から球を投げる様に滑らかな動きで左手から魔法を放った。それは幾千幾万もの大型の鎌ィ足だった。
 「フォルセティ!」
 「何ィッ!」
 竜騎士団の先頭を駆っていたマーロックが無数の鎌ィ足の直撃を受けて即死する。続いて多くのトラキアの将兵達がズタズタになり地に落ちる。
 マギ団が一斉攻撃を開始した。フォルセティにより満身創痍となったトラキア軍に追い討ちをかける。
 「くっ、あれがフォルセティか。何という凄まじい威力だ」
 伝説の神器の威力を見せ付けられたコルータは思わず息を飲んだ。
 「だがここで進撃を止めてはマンスター占領はおぼつかぬぞ。さもなければ・・・・・・」
 ルーメイが言いかけようとしたその時兵士の一人が北の方を指差して叫んだ。
 「来たか・・・・・・」
 空と陸から解放軍の軍勢が押し寄せて来る。青地に白い剣の旗、シアルフィの旗だった。ホークが思いきり大きく手を振る。マギ団が喜びで沸き返る。トラキア軍から憎悪の念が沸き起こる。
 「トラキアの司令官はいるか!」
 青い馬に乗ったセリスがマンスター城の前に出て来た。周りをオイフェ、シャナン等解放軍の諸将が固めている。
 「私だ」
 アルテナが竜に乗りセリス達の前に現われた。
 「ターラでお会いして以来ですね、セリス公子。今回はどの様な御用件で来られたのです?」
 「マンスターはフリージ家から解放されレンスターの民の手に帰しました。マンスター侵攻を停止し本国までご帰還願いたいのですが」
 「面妖な事を。マンスターの民は我がトラキアの対し侵略を企てた。それを成敗するのは当然ではないですか」
 「それならばその者達のみを成敗すれば良い事でしょう、老人や女子供といった武器を持たぬ者達まで手にかけるというのは一体どういう道理ですか」
 「我等トラキアの刃向かうからこそ制裁を加えたまで、これはトラキアの問題であり貴方達の問題ではありません」
 「マンスターはレンスター領、レンスターの者が決める事、トラキアの者が介入するのは筋違いでしょう。今貴方達の行なっているのは侵略ではないのですか!」
 「ならばマンスターのいるマギ団と称する反逆者とその巣窟であるマンスターを我等の統治下に置かせて頂こう。そうすれば我等は兵を退く」
 「我等はマギ団とマンスターの民衆の要請を受けこのマンスターに来た。退くわけにはいかない!」
 「ならば力づくでも渡してもらおう!」
 「断る!」
 セリスは毅然として言った。
 「その言葉、宣戦布告と受け取れるがそれで良いのか!?」
 「無論!我等解放軍はマギ団とマンスターの民衆を侵略者トラキア王国から護る為解放軍盟主セリスの名においてトラキア王国に対し宣戦を布告する!」
 セリスは腰の剣を抜き剣の先をアルテナに向け昂然と言い放った。
 「面白い、受けて立とう!」
 アルテナも言った。だがセリスのそれとは違い何処か力無い。
 「行け!」
 両者は攻撃命令を下した。一斉に攻撃を開始する。
 戦闘はすぐに幕を閉じた。圧倒的な兵力を誇る解放軍がトラキア軍を寄せ付けずルーメイがフィーに討ち取られトラキア軍はミーズ城へと撤退した。

 戦闘を終え解放軍はマンスター城へ入城した。マギ団の者達が歓呼の声で迎える。
 セリスはセティと手を握り合わせた。両者共力強い握りだった。
 「有り難うございます、セリス公子。貴方のおかげでマンスターは救われました」
 「いえ、私はただ貴方達の言葉に従いこのマンスターに来ただけです。勇者セティ、貴方こそマンスターの救世主です」
 だがセティはその言葉に表情を暗くした。
 「・・・・・・私はそんな立派な人間ではありません。トラキアの魔の手から誰一人救う事が出来なかったのですから・・・・・・」
 セリスはセティの言葉に首を横に振った。
 「それは違います。貴方が今マンスターにたからこそトラキア軍を退ける事が出来、多くの人達の命が救われたのです。セティ、貴方は真の勇者です」
 「セリス公子・・・・・・」
 セティは暫し俯いて考えた。そして晴れやかな表情で顔を上げた。
 「セリス公子、私とマギ団を解放軍に参加させて下さい。帝国の圧政下に苦しむ民衆を救いたいのです」
 「こちらからお誘いしようと思ってました。喜んで歓迎致します」
 「公子・・・・・・」
 両者は両手を強く握り合った。また新たな星がセリスの下に参じたのだ。

 セティが城壁を降り城内に入ろうとすると後ろから呼び止める声がする。少女の声だ。
 「誰ですか?」
 セティは声のした方を振り向いた。
 「フィー・・・・・・」
 そこには妹がいた。駆け寄って抱き付いて来た。
 「心配したのよ、何でシレジアに帰って来なかったのよ」
 「圧政に苦しむレンスターの人達を見捨てておけなくてね。偶然ホークと知り合って今までこのマンスターで戦っていたんだ」
 「そう、兄さんらしいわ」
 「ところで何で御前が解放軍に?シレジアでノイッシュさんやアイラさんと一緒に戦っていると思ってたんだけれど」
 「セリス様の事を聞いて馳せ参じたのよ。フェミナやカリン、ミーシャさん達も一緒なのよ」
 「そうか、あの三人もか。何だか懐かしい顔触れだな。父上も御一緒かい?」
 「ええ、けど完全にあたしの事無視してんのよ。頭来ちゃう」
 兄から離れふくれた顔をした。
 「ふうん、まあ父上にも何か御考えがあるんだろ。気にする事は無いさ」
 「そうかしら」
 「そうだよ。ん・・・・・・?」
 兄はまだ少しふくれている妹を見ながらある事に気付いた。
 「どうしたの?」
 「・・・・・・フィー、暫く見ないうちに随分と可愛くなったな」
 「えっ、やだなあ。止めてよ」
 「いやいや、本当だよ。誰か好きになった人でもできたのか?」
 「もう、そんな人なんて・・・・・・あれっ!?」
 その時マンスターへ行く前にチラリと聞いた言葉を思い出した。その途端顔がボッと耳まで真っ赤になった。
 「ど、どうしたんだ。顔が真っ赤だぞ」
 兄が慌てて問うた。
 「な、何でもないわよ」
 慌てて兄に背を向けた。
 (あの馬鹿、何て回りくどい言い方・・・・・・)
 頭の中で考えている。
 (けど・・・・・・いい・・・・・・・・・かな)
 セティは顔の色を元に戻したフィーに連れられ解放軍の諸将が集う城内の大広間に入った。そしてそこで手厚い歓迎を受けた。

 「次はミーズ攻略ですね」
 サイアスが軍議の席で口を開いた。
 「えっ、講和しないのかい?」
 セリスが眉を顰めた。
 「今講和しても帝国との戦いの間にレンスターに攻め入られます。ならば前線基地であるミーズを奪い侵攻の足掛かりをなくしておくのです」
 「しかしそれはトラキアとの全面戦争に入る怖れが・・・・・・」
 「その時はその時だな。トラバントを倒すだけだ」
 副盟主としてセリスの隣の席に座っているシャナンが切り捨てる様な口調で言った。
 「シャナン・・・・・・」
 「セリス、トラバントは危険な男だ。己の野望の為なら悪魔とも手を結び平気で人を欺き裏切る。そして米や麦の一粒さえも奪っていく。蛇蠍の様な男だ」
 「シャナン王子の言われる通りです。トラバント王は騎士の風上にも置けぬ屑の如き男、禍根を絶っておくべきです」
 シャナンの言葉にコノモールも同意した。
 「シャナン様とコノモール殿の言われる通りですな。セリス様、トラバント王は見方によれば帝国以上の大陸の癌、除いておかねば今後どれだけの禍となるかわかったものではありません」
 「オイフェも・・・・・・」
 「オイフェさんの仰る通りですよ。俺もあちこちでトラキアの奴等のやり口は見てきました。あいつ等は血に餓えた狼か鮫みたいなもんですよ」
 傭兵として各地を渡り歩いたフェルグスまでが言った。
 「皆・・・・・・やはろミーズを攻略しトラキアと矛を交えるべきだと思うかい?」
 セリスは沈んだ顔で卓に着く諸将に問うた。その答えはセリスが望んでいない、しかし予想したものだった。
 「そうか・・・・・・。よし、すぐにミーズ城攻略の為の作戦を立てよう。まず飛兵はミーズ城近辺を偵察、そしてフィアナへ向かっているリーフ王子達の部隊に連絡してトラキアとの開戦とあの地に向かっているであろうトラキア軍の別働隊への迎撃を命じてくれ」
 「はっ!」
 諸将は席を立ちセリスに敬礼した。
 「戦うからには勝利を収めなければならない、神々の加護があらん事を!」
 「おおーーーーーっ!」
 諸将は意気上がる。だがセリスは今一つ気が晴れなかった。そんな彼をレヴィンは黙って見ていた。



アルテナが本格的に出てきたな。
美姫 「果たして、トラキアとの戦いはどうなるのか」
戦闘だけでなく、恋愛面でも色々と変化を見せ始めた解放軍。
美姫 「そっちも楽しみね」
うんうん。
美姫 「それじゃあ、また次回」



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