第五幕 解かれた束縛と二人の賢者


 ーマンスター城ー
 時は少し遡る。解放軍がレンスター〜アルスター間の戦いにおいて勝利を収め追撃に移った頃だった。兵力を全て解放軍に向けて送ったマンスター城にある一団が現われた。
 彼等は自らをマギ団と名乗った。そしてマンスターのフリージからの解放を宣言するとたちまちマンスター城を占拠した。
 これに対しフリージ側は戦力のほぼ全てを解放軍に向けていた為兵を差し向ける事も出来ず放置していた。
 解放軍がトラキア河西岸に達したとの報はマンスターにいる彼等にも伝わった。同時に南から良くない報も伝わった。
 「そうか、やはり来るか」
 緑の髪と瞳を持つ整った顔立ちの背の高い若者が城内の会議室で知らせを聞いた。紫の服の上に青い上着を着、白ズボンと白マントを身に着けている。
 「セティ王子、どうしましょう。今トラキア軍に襲われたらひとたまりもありませんよ」
 一人の若者が言った。
 「解かっているさ。僕に考えがある」
 「何ですか、それは」
 「それは・・・・・・」
 彼は自分の考えを会議室にいる者全員に述べた。それを聞いた一同は大きく頷いた。
 「それはいい。これでマンスターは救われる」
 「トラキアの奴等もこれでマンスターへ入れなくなるぞ」
 ミナ口々に称賛する。
 「そして誰が行く?」
 その言葉に一人の若者が立った。
 「僕が行きましょう」
 「ホーク・・・・・・」
 茶の髪と黒い瞳の長身の若者である。黒い上着と茶のズボン、青いマントを身に着けている。
 「悪いが行ってくれるかい」
 セティが言った。ホークはその言葉に頷いた。彼はすぐにマンスター城を発った。

 トラキア河を挟んで解放軍とフリージ軍は睨み合っていた。トラキア河西岸の船と橋はフリージ軍により全て焼き払われたものの解放軍はレンスターに配されていた船を使う事により渡河の準備を整えていた。しかし対岸に布陣しているフリージ軍の守りは固く河を渡れなかった。とりあえずは守りを固め警備を強化することにした。
 アレスは柵に囲まれ天幕と旗が林立する陣でリーンと一緒に草の上で座し剣を磨いていた。巨大な刀身が黒く輝く。
 「アレス王子、宜しいですか」
 金髪に青い瞳の少女が来た。ナンナである。
 「ナンナか。何だ」
 「貴方にお渡ししたいものがあって参りました」
 「俺に?何さ?」
 ナンナは懐から何か取り出した。どうやら手紙らしい。
 「我が母ラケシスがエルトシャン王の異母妹だった事はご存知ですね」
 「ああ」
 「これはエルトシャン王が主君シャガール王に最後の諫言をする前に我が母に宛てた手紙です。母は生前貴方にお会いしたら絶対にこの手紙を渡したいと私にいつも言っていました」
 「叔母上が?」
 「はい。母はいつも貴方の事を気にかけていました。無事でいてほしいと。そして私にこの手紙を貴方に渡すように言ってイザークに旅立ち行方を絶ちました」
 「・・・・・・・・・」
 「この手紙には貴方がお知りになりたい事について書かれています。内容を信じる信じないは貴方の御自由です」
 「・・・・・・・・・」
 「ですがこれだけはわかって下さい。エルトシャン王がシグルド公子との友情を終生忘れなかった事を。そしてシグルド公子への信頼も。その上でセリス公子をお恨みになって下さい」
 ナンナはそう言い手紙を渡すと一礼して立ち去った。後に残ったアレスはリーンと共に自分の天幕に入り手紙を読みはじめた。
 『親愛なる我が妹ラケシスへ
  私は陛下へ最後の諫言に行く。この手紙が御前の手に届く時私はおそらくこの世にはいないだろう。
  だが悲しまないでほしい。私は私の信じる道の為に行くのだから。
  私が死んだならシグルドを頼るがいい。あの男なら御前を見捨てはしない。御前を護り続けてくれる筈だ。
  そして一つだけ頼みたい事がある。幼い我が子アレスの事だ。
  アレスはおそらく私の顔も知らないだろう。だが私はアレスを他の誰よりも愛している。我が妻もおそらく長くはるまい。
 幼くして両親を亡くしたなら頼れる肉親は御前だけだ。こんな事を頼むのは図々しいのは承知している。だがアレスを頼む。
 最後に。さようなら。元気でいてくれ
                                                              兄より』
 手紙を読み終えた時アレスの瞳から涙が止めどなく流れていた。涙を拭き終えるとリーンを共に手紙を持って天幕を出た。そして本陣の天幕の前でオイフェやシャナン達と共に地図を見ながら話していたセリスの前に行くと無言でその手紙を差し出した。セリスはそれを受け取ると静かに読みはじめた。
 アレスは手紙を読み終えたセリスに対し無言で、しかし力強く手を差し出した。セリスはそれに対し自身の右手を差し出した。両者は強く握り合った。

 アレスが長年自らを縛っていた鎖から解き放たれた次の日フェミナとアミッドは陣の外の巡視に出ていた。
 「アミッドも妹さんが入って良かったじゃない」
 フェミナが天馬から降り馬首を引きながらアミッドに言った。
 「ん〜〜、まさかオルエンやアマルダ達まで一緒に来るとは思わなかったけどな」
 「けれど戦力は凄くアップしたじゃない。皆いい人達だし」
 「まあな。うちもそれで一段と賑やかになったしな。ところで御前のお兄さんはどうなったんだ?」
 「知らない」
 フェミナはアミッドの問い掛けにあっさりと返した。
 「知らないっていくら何でもそりゃあ冷た過ぎないか」
 「う〜〜ん、一応マンスターにいるみたいだけどね。ホーク兄さんって気紛れなところあるからフラッと他の所へ行ったかも。まあ生きてるみたいだけどね」
 「いきなりここに現われたりしてな」
 「まさか」
 二人はそう言って笑った。マンスター側の場所でマントを羽織った若者が解放軍の兵士達と何やら話しているのが見えた。
 「何だ?」
 「行ってみましょう」
 二人は兵士達の方へ向かった。シャナムがいた。
 「どうしたの?」
 「ああ、何やらマンスターのマギ団から来たらしい。セリス公子に会わせて欲しいと言っている」
 「マギ団から?誰だ?」
 「うむ、ホークというらしい。職業は自分で言うにはセイジ・・・・・・」
 フェミナはそれを聞くや否や兵士達をすり抜けホークという男の前に出た。彼だった。
 「兄さん!」
 「フェミナ!」
 フェミナは兄に跳び付いた。そしてグルグルと回る。
 「何でマンスターなんかに行ってたのよ。心配したのよ」
 「御免御免、修業に行ってたらセティ王子とお会いしてね。王子が率いておられたマギ団で一緒に戦わせてもらってたんだ」
 「えっ、セティ様がマギ団を率いてらしたの?」
 「ああ。その事でセリス公子に是非お会いしたいんだが」
 ホークはフェミナとアミッドに連れられセリスのいる本陣に入った。本陣の天幕には解放軍の主だった将達が集まっていた。ホークはマギ団によるマンスター城占領とトラキアのマンスター侵攻の意図を話した。
 「そうか、マンスターはマギ団が解放してくれたんだね」
 「はい、そしてマンスターにいたレイドリックの息がかかった者達は全て捕らえ処刑致しました」
 「これでレンスターの民衆を苦しめてきた三悪の力は完全に取り払われたんだね。後はブルーム王を倒すだけだ」
 「いえ、トラキアがまだいます」
 ホークが深刻な顔で言った。
 「トラキア・・・・・・。ターラで退いてもまだ諦めてはいないのか」
 「セリス様、前にも言いましたがトラバント王は強欲で手段を選ばぬ男、おそらくこの機を狙っていたのでしょう」
 オイフェが自身の意見を述べた。
 「しかし前からフリージから援軍要請があったんだろう?それには言を左右にして動かないで何故今・・・・・・」
 「フリージが劣勢になりマンスターでマギ団が蜂起したからでしょう。マギ団を倒したならマンスターを己がものとする
大義名分になりますからな」
 「だろうな。いkにもあの男のやりそうな事だ」
 シャナンがトラキアの方を見ながら忌々しげに言った。
 「セリス公子、トラバント王は一粒の米や麦さえも残さず襲い、戦えない女子供さえも手にかける男です。すぐにマンスターへ向かいましょう」
 「だがトラキア河の対岸にはまだフリージ軍がいる。彼等を倒さなくてはマンスターへは進めないよ」
 マンスターへの進軍を主張するゼーベイアにセリスが言った。
 「それでしたら私に考えがあります」
 ホークが言った。その言葉に一同注目した。
 「今の季節レンスターは乾季です。ですがもうすぐ雨の降る季節になります」
 「それは知っているぞ。俺はアルスター出身だからな」
 イリオスが言った。
 「レンスター出身の方も多いようですね。それでは話が早い。その雨を利用するのです。それも明日に」
 「明日?何故?」
 セリスが問うた。
 「絶対に雨が降るからです」
 天幕の入口から声がした。一人の青年が天幕に入って来た。赤い髪と瞳に白い法衣を着ている。
 「卿は・・・・・・」
 ヨハンが彼の顔を見て声をあげた。
 「初めまして、セリス公子。サイアスと申します」
 「サイアス・・・・・・。天才軍師と謳われた宮廷司祭の・・・・・・!?」
 「世の人達は私をそう呼んでくれている様ですね」
 サイアスはスッと笑った。
 「しかし何故貴方がここに・・・・・・?バーハラを出奔され何処かへ去ったと聞いていたけれど・・・・・・」
 「その何処かがここなのです。公子、貴方にお見せしたい物があって参上したのです」
 「僕に?」
 「はい、これを御覧下さい」
 サイアスはそう言うと懐からある文書を取り出した。
 内容はセリス達にとって特に驚くべきものではなかった。ランゴバルト、レプトール両公をシグルド公子に始末させ最後にシグルドをその軍もろとも粛清しバーハラ王を毒殺した後アルヴィスが皇帝となるーーーー。解放軍の者なら誰でも知っている事だった。だがその文書にはアルヴィスと彼の腹心の部下であるアイーダやラダメスのサインがあった。
 「これは・・・・・・!?」
 「バーハラの宮廷の書庫に埋もれていたのを私が偶然見つけたものです」
 サイアスはセリスに説明した。
 「今まで噂という域で語られていた陰謀の事実が公文書で明らかになったのです。これが公表されれば帝国の威信は完全に失墜します」
 彼はさらに続ける。
 「これだけではありません。コノート城の書庫にはアルヴィス皇帝がランゴバルト、レプトール両公と結託してアグストリア、ヴェルダン、シレジア等の諸国で反乱を起こさせそれに介入し諸国を滅ぼすと共にクルト王子を暗殺しその罪をバイロン公、シグルド公子に被せる計画を表わした文書があります」
 それを聞いたレヴィンの眉がピクッと動いた。
 「それを我々が手に入れ今卿が出した文書と共に公表すれば帝国の信用も権威も完全に崩壊し各地の反乱は抑えられなくなり帝国内の情勢は暴発寸前になるだろうな」
 「はい。グランベル帝国は事実上瓦解します」
 「だがそれを何故卿が持って来た?ヴェルトマーの宿将アイーダ、ラダメス両将軍の子であり宮廷司祭でもある卿が」
 「・・・・・・・・・だからこそ見過ごせない事もあるのです」
 サイアスはレヴィンの言葉に一瞬顔を暗くさせたが毅然として言った。
 (セリス様、どう思われます?信用しますか)
 オイフェがそっと耳打ちする。
 (勿論さ。彼の目も気も嘘はついていないよ)
 セリスはサイアスを見て言った。その瞳に自信を満たした強い光が宿っている。
 「ところで何故明日雨が降ると解かるんだい?」
 「あれを御覧下さい」
 彼は天幕の外を指差した。燕が地表擦れ擦れを飛んでいる。
 「燕が地を低く飛ぶのは餌となる虫が湿気で低い場所にいるからです。これこそ雨が間近い証拠、そうですねホークさん」
 ホークに話を振った。彼はニヤッと笑った。
 「その通り、流石です」
 ホークは言葉を続けた。
 「先に申し上げた通りもうすぐレンスターは雨期に入ります。今の時期トラキア河の雨量は最も低くなります。そこを騎士団で渡るのです」
 「そして騎士団の突入により混乱しているところを歩兵部隊が船で一斉に渡り勝負をつける、そうだね」
 「はい。渡河地点はトラキア河が北と東に分かれる分岐点です。あの地点はトラキア河では最も浅い地点です。今夜遅くに渡りましょう」
 「じゃあもう準備をしよう。歩兵部隊も敵主力に向かう部隊とコノート城に突入する部隊に分ける。おそらくフリージとの最後の戦いになるだろう、我等に神々の加護があらん事を!」
 「はっ!」
 諸将が一斉にシアルフィ式の敬礼をし天幕を出て行く。天幕を出ようとするホークをフィーが呼び止めた。
 「貴女は・・・・・・」
 「お久し振りね、ホークさん」
 ホークを見上げながら悪戯っぽく笑った。
 「ええ。まさか解放軍に入っておられるとは・・・・・・」
 「兄さんはどう?まああの兄さんの事だから大丈夫だとは思うけど」
 「勿論ですよ。しかしよくわかりましたね」
 「そりゃあね。あれだけ強かったらね」
 「成程、確かに」
 「そうでしょ。今はフリージ軍と戦う事だけを考えなくちゃいけないけれどね。考えても仕方の無い事だけれど」
 フィーはそう言い残すと自分の持ち場へ向かいホークは騎士団を先導するべくセリス達の方へ向かった。皆それぞれの持ち場へ向かい天幕にはサイアス一人だけが残った。
 サイアスは暫くの間無言で天幕の外で低く飛ぶ燕を見ていた。だがやがて燕から視線を外し天幕に掲げられているシアルフィの大旗にヴェルトマー式ではなくシアルフィ式の敬礼をして天幕を後にした。その上の空は暗雲に包まれていた。
 ここに後に『コノートの戦い』と呼ばれる解放軍とフリージ軍の最後の戦いの幕が開いた。後世のユグドラルの歴史家達は先のレンスター〜アルスター間の戦いと共に解放軍のレンスターにおける重要な戦いであったと評する。ただ『レンスター〜アルスター間の戦い』が解放軍のレンスターにおける優位を決定付けたのに対しこの戦いは多分において政治的意味合いで重要な戦いであったとされている。この戦い以後解放軍の名声及び求心力はさらに高まっていったのに対しグランベル帝国のそれは完全に失墜した。今その運命の戦いの開幕を告げる角笛が鳴った。



誤解も完全に解けて、アレスとセリスが固い絆で結ばれたな。
美姫 「うんうん。父親の代から親友同士だもんね」
仲良き事は、だな。
美姫 「次回は、いよいよ運命の戦いみたいね」
うん。どんな事が待っているのか!?
美姫 「また、次回で」



頂きものの部屋へ戻る

SSのトップへ