――――それは、定められた最期の未来。

とても凄惨で、とても残酷で、誰にも抗えない、

崩れゆく世界の物語――――

 

 

 大陸の彼方へ飛び去っていく武達を見送る間もなく、イスミ・ヴァルキリーズの面々は眼下に広がる敵の包囲陣へ向き直った。

 天を覆う黒雲は時折、雷鳴を発して両者の激突が近いことを告げる。すでにオルタネイティヴ5軍はF4F15EF22などの戦術機を百機以上揚陸し、攻撃態勢を整えつつあった。

 対してこの地「ヨコハマ」を守る戦士は僅か20人。

 

 伊隅みちる。

 速瀬水月。

 宗像美冴。

 風間祷子。

 榊千鶴。

 鎧衣美琴。

 彩峰慧。

 珠瀬壬姫。

 鳴海孝之。

 剛田城二。

 築地多恵。

 以上、12名の国連軍衛士。

 

 月詠真那。

 月詠真耶。

 巴雪乃。

 神代巽。

 戎美凪。

 篁唯依。

 以上、6名の帝国斯衛軍衛士。

 

 アルフィ・ハーネット。

 以上、1名の国際戦術機開発技術局『JFK』所属衛士。

 

 

 

 そして、上記19名を束ねる指揮官が一人……

 

「今、我らが同胞の窮地である!」

 

 背後にそびえ立つ人類最後の砦、国連軍横浜基地を背にした紫の武御雷が吼える。

 

「人類の勝利と未来の為、旅立った仲間たちの帰るべき場所を踏みにじろうとする輩がいる。積み上げてきた尽力と犠牲の全てを奪い去ろうとする輩がいる。皆の友を虐殺せんとする輩がいる――――――!」

 

 空へ長刀を振りかざし,その切っ先が朝日を受けて白く輝いた。

 

「堪えられるものか! 見逃せるものか! その悪逆非道、例え天が許そうとこの煌武院悠陽が許さぬ!」

 

 大将軍の叫びを遮る者はいない。全員の心は一つだ。

 

「敵は全人類に仇なす外道なり! その軍勢は生命の重みも魂の尊さも知らぬ傀儡なり! 戦を知らぬ烏合の衆ならば束ねる長を潰せば霧散する!」

 

 敵の戦術機部隊は例え無人機と言えどその総数は千近い。一度攻められれば守りきる道理は無い。

 それなら……

 

「我が刃を以って敵の大将を討ち取らん! 者共、ついて参れ!」

 

 最後の一人になろうとも、攻め続けるのみだ。

 

 

MUVLUV Refulgence

~Another Episode of MUVLUV ALTERNATIVE~

 

],絶対運命・滅

 

 

「提督! 横浜基地より出撃した戦術機部隊が上陸部隊に接近中です!」

「システムが自動で戦闘モードに切り替わりました! 迎撃、開始されます!」

 

 海岸沿いに待機していた無人の戦術機部隊が独りでに立ち上がり、武器を構える光景を手元の双眼鏡で確認しながらジョシュア・D・サンダースは一人ほくそ笑んだ。

 この軍団は完璧だ。死を恐れることなく、敵を恐れることもなく、あらゆる障害を粉砕して前進する。制御A.I.の性能もベースに優秀な衛士二名のデータを使用したことで申し分ない仕上がりになっている。シミュレーションでは実戦経験のある米軍の戦術機一個中隊を五分で殲滅した。しかも機械であるため、データリンクさえ出来ていれば各機・各部隊の連携も誤差コンマ一秒以内に収まる。

 一度に制御できる機数に限りは在るが、それでも最大で200機近い機体が同時に襲い掛かってくるのだ。戦力が小出しになったとしても『ヨコハマ』に勝ち目はない。

 絶対的な物量の差。

 800対20という、絶対に埋められない差――――

 

「全艦に通達せよ! ただちに艦砲射撃準備、敵部隊の動きが止まったところを叩く! 工作部隊には砲撃開始を合図に敵基地へ取り付くよう伝えろ!」

「りょ、了解! 全艦に通達、これより―――――――」

 

 

 

 

 戦況は決して一方的ではなかった。

 

「でええええええええいっ!」

「……遅い」

 

 豪雨の如く降り注ぐ劣化ウランの弾幕を掻い潜り、水月の駆る不知火が敵前衛のF4二機を一呼吸のうちに屠る。さらにバックスを請け負う慧に強襲され、後衛の二機も瞬く間に両断されてしまった。僅か十秒程度で小隊一つが撃破される一方で、臨時編入された孝之・城二のコンビは別方向からアプローチを試みる。

 

「脇が甘いぜ!」

「おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃああああっ!」

 

 孝之は両手に構えた二挺の突撃砲を巧みに操り、数機のF15Eを容易く蹴散らしていく。さらに城二の不知火が敵機を三体まとめて、唸る剛槍で一突きにすればさすがの無人機軍団も一歩、二歩と後退せざるを得ない。

 

「ふはははっ! この剛田城二の朱槍に恐れをなしたか、外道共め!」

 

 敵の小さい肝を軟弱と吐き捨て、なおも追撃をかける城二の背をどこからか現れた最新鋭のF22が捉えた。レーダーはまだ反応していないのだろう、無防備な彼へ手にした突撃砲の銃口を向け、引き鉄を絞る―――――

 

「ぬおっ!?」

「危ない……!」

 

 一瞬の内に蜂の巣となって崩れ落ちたのはF22だった。間一髪、後方からの援護射撃が城二の窮地を救ったのだ。

 

「気ぃづけろよぅ、剛田少尉! こっちは手数が足りないんだべよ」

「つ、築地か……スマン」

 

 不機嫌そうに釘を刺す多恵だが、内心は深く安堵していた。イスミ・ヴァルキリーズはAC小隊が前面に展開するB小隊を後ろから援護するオーソドックスな陣形を取り、敵の猛攻を一手に引き受けている。一瞬でも気を抜けばたちどころに包囲殲滅される状況下で仲間の安否を気遣う余裕はそうそう無かった。今の城二は運が良かった方である。

 しかしヴァルキリーズは敵陣を破るつもりは毛頭ない。あくまで向こうの目を自分達に引き付ける事が狙いなのだ。敵は組織立った戦闘を仕掛けてくる以上、同じ集団戦闘に対応できるヴァルキリーズでなければこの役目はまず果たせなかった。それは個々の能力のみならず部隊全体の連携、そして12という機数が重要なのである。

 斯衛隊は悠陽を合わせても七機止まりで、全周囲からの攻撃をいなし続けるには不安があった。なにより武御雷は機動力を生かした突撃戦法で敵陣を中央突破する方が戦果を挙げやすく、また生存率も高いだろう。ちなみにアルフィ・ハーネットは別件で戦列を離れている。

 

「撃破数、延べ41……上陸した敵戦力の二割を超えたな。斯衛隊が来るぞ、道を抉じ開けろ!」

 

 部隊に指示を出しつつ、不知火・弐式を駆るみちるは搭乗機の性能に改めて驚かされていた。

 特殊兵装を搭載したことで機体の馬力は通常型に比べて若干劣るものの、第三世代機としては十分な瞬発力を保持。さらに多目的電子モジュールがもたらす広域索敵能力は指揮官である彼女にはまことありがたいものだった。敵の潜んでいる数、位置、針路などの詳細な情報が事細かに表示され、かつ自機を中心とした半径4キロメートルをカバーするこのモジュールによって、みちるは部下達に的確な迎撃を指示出来た。

 なるほど、白銀武にはもったいない装備である。

 

AC小隊は前面に弾幕を展開しろ! B小隊は一度後方に下がり、両翼をカバー!」

『了解!』

 

 ヴァルキリーズが左右に分かれ、同時にその間を七つの影が駆け抜けていった。まるで雷光を思わせる軌跡をなぞっていけば無数の爆音と鋼の悲鳴、そして斬り捨てられた戦術機の残骸が山を成す。

 

「人形は捨て置けばよい! 狙いは糸の繰り手のみ!」

『御意!』

 

 先陣を切る真那の武御雷は両手で握る長刀で、文字通り壁と化したF4の群れを一撃の下に粉砕する。噴き上がる爆炎の中から遅れて飛び出す三機の白き武御雷も一呼吸のうちに十を超える敵機を貪り食い破った。

 陣の一角を崩されては敵も黙っていない。数秒の間に突撃してきた四機の武御雷を取り囲み、一個中隊のF15Eが一斉に突撃砲を彼女達に向ける。

 

「おおおおおおおおおおおっっっ!」

 

叫びと共に腹を貫かれたF15Eの一機がその場に倒れ伏した。完全に制御中枢を破壊され、身動き一つしない。

 現れたのは紫の大将軍。両手でぶん、と振り回す薙刀は城二の剛槍と同じく20メートルはあろうか。元は欧州戦線で開発された新型装備を帝国陸軍が試験的に導入し、その一部を将軍の武具を模して改修したものである。本来はハルバードという長柄の近接格闘専用の武装だ。

 

「煌奉如月、参る!」

 

 大仰かつ鋭敏に、宙を舞う刃はまさしく紫電。悠陽の武御雷が怒涛の勢いで敵陣を踏み破る。一息に薙ぎ払った敵機の数は五つ、いずれも装甲を粉砕されて沈黙した。

 彼女の動きはとても今日が初陣のそれとは思えぬほど流麗で、力強く、迷いも恐れも無い。将軍として、いずれ戦場に立つべく戦術機操縦の手ほどきを受けていた悠陽だが、だからとて斯衛隊やヴァルキリーズと肩を並べる実戦はあまりにも過酷だった。

 如何に武術の心得を持ち、日々鍛錬を欠かさぬ大将軍であっても戦の経験が無ければ張子の虎も同然。戦場の空気とは呑まれやすく、抜け出せぬもので、一度でも呑まれれば震えは止まらず何も出来ぬまま惨殺されてしまうだろう。

 しかし悠陽は戦場を確かな意思を持って駆け抜けている。熱に浮かされ視野を失うことも無く、恐怖に理性を奪われ迷走することも無く、確固たる戦意によって敵を討つ。真那たちへの気配りも、ヴァルキリーズへの指示も適切なものだ。

 まさに天賦の才としか言いようがない。それほどまでに煌武院悠陽は戦っていた。

 

「殿下! 洋上より飛来する熱源多数――――――――」

 

 篁唯依の警告を受けて彼女達が飛び退くのと、その周囲に砲弾が雨霰と降り注いだのはほぼ同時だった。そして吹き荒れる黒煙の渦から五体満足で抜け出せた真那と真耶、さらに少し遅れて飛び出した雪乃、巽、美凪が体勢を立て直すまでに、無人機の包囲網は完成してしまっていた。

 しかし、六人の視線は砲撃の収束点に向けられたまま。

 

『殿下!?』

 

 ようやく舞い上がった粉塵が掻き消え、姿を現した紫の武御雷は満身創痍。両腕は上腕の中ほどから失い、両肩の防御装甲も激しくひび割れている。全身の関節から漏電し、煙を噴いて鋼の巨人は力なくその場に膝を着いた。

 唯依の声が上がった瞬間、悠陽だけが回避行動へ移るまでに一瞬の遅れがあった。それはほんの僅かな、瞬き一つにさえ満たないものであったが、しかし生死を別けるには十分すぎるほどの時間である。真那たちは全員考えることもなく本能的に危険を察知し、着弾点から離脱した。その場面で悠陽は「何が来るのか」と考えてしまった、今迫り来るものが何であるか見極めようとしてしまった。

 結果、逃げるための一呼吸を得られず――――――

 逆に、彼女達を逃がすための行動を選択した。

 如何に武御雷といえど上空から降り注ぐ砲弾とその爆風から逃れきることは容易ではない。全員が回避行動を取れば砲弾はともかく後続の自律誘導弾はそれを追尾するだろう。

 敢えて悠陽はその身を晒すことで、仲間の退避をより確実なものとすることを選んだ。そして咄嗟に左手で抜いた突撃砲で弾幕を展開し、右手で構えた薙刀を盾にすることで辛うじて耐えて見せたのである。

 事実、悠陽がその身を壁にせねば雪乃たちは何がしかの損害を機体に受けていただろう。

 

「っぅ―――――――ぅおおおおおおおおおおおおおおっっ!」

 

 悠陽が空へ向かって吼える。その両目は遥か海の向こうへ向けられていた。

 

「ぐっ…………この程度で怯むものか!」

「お、おやめください殿下! その機体では敵艦に辿り着くことなど……」

「止めるでない、篁! 腕が無ければこの脚で蹴り倒すまで!」

 

 そう言っている間にも敵の包囲は狭まっている。もはや飛び立つことなど叶うまい。

 一方のヴァルキリーズも物量差に前進を阻まれ、すでに斯衛隊との距離は一投足では埋められぬほど。しかし敵はそれ以上包囲を狭めることもせず、艦砲射撃もぱたりと止んでしまった。ここで追撃を掛ければ容易く撃破できるはずなのだが……

 

『こんにちは、諸君。無力感を噛み締めながら殺される一歩手前の気分は如何かね?』

 

 悠陽たちの正面に立つF22のスピーカーから聞こえてきたのは、うやうやしく、しかしありったけの殺意と嫌悪感の込められた男の声。『自由と平等』という幻想に支配された軍団長の声だ。

 

『しかし、しかしだ! 理解しているのかね!? 諸君ら哀れで無能な黄色い猿共が、一端に国なんぞ作って戦争の真似事をしているから、何時まで経っても奴らに勝てんのだぞ!?』

 

 それは栄枯盛衰の中で生まれた悪しき、病のような幻。

 

『猿が、猿が、猿が! この下等生物め、大人しく俺たちに飼われていればいいんだよ! 戦争は突撃すれば勝てる? ふん、馬鹿馬鹿しい。そんなことだから、いとも簡単に足元をすくわれる! カミカゼなどクソ喰らえだ!』

 

 スピーカーから漏れ出る、くぐもった笑い声に真那たちの食いしばる歯が軋みを上げる。

 

『げひゃひゃひゃはぁっはぁっはああああ! ああ悲しい、なんて悲しい、こうしている間にもお前たちの城は私の兵に蹂躙されてしまうのだ。所詮は卑しい猿よな、こんな簡単なことにも気付かないなんてぇなぁ……』

 

 この上陸作戦が、この一方的な虐殺が始まる前夜から彼らの準備は始まっていた。ジョシュアはあらかじめ特殊部隊を別方向から上陸させ、密かに基地周辺まで前進・潜伏。横浜基地と本隊の交戦開始と同時に行動を起こし、味方の艦砲射撃によって敵の目が海上に向いた隙を突いて基地内へ潜入する算段だ。

 あとは速攻で基地司令部を制圧し、敵の指揮系統を寸断すればいい。そして横浜基地に迫る特殊部隊の隊員は、いずれも一騎当千の猛者ばかり。横浜基地の兵員と錬度の差は歴然としており、とても敵う相手ではなかった。

 それを瞬時に悟った月詠真耶が、ついに苦悶の声を漏らした。すでに本陣は敵の手中に落ちたも同然で、もはや降伏か全滅しか選ぶ道は在るまい。

 

『さあアルファ1、状況を報告せよ……猿共を根絶やしにする準備は出来たかね?』

 

 通信回線が恐らくすでに横浜基地内に潜入している特殊部隊の指揮官へ繋げられる。悠陽たち、みちるたちを待っているのは死の宣告に等しい――――基地制圧の報告。

 

『―――――――んなこたぁ、させやしないよっっっ!』

 

 そのはずだった。

 そのはずだったのだが……

 

「きょ、京塚曹長?」

 

 思いがけぬ返答に目をぱちくりとさせて唸る月詠真那。雪乃たちも事態を飲み込めずに右往左往している。そんな彼女らを尻目に志津恵の咆哮が戦場に木霊した。

 

『いいかい、このツルッパゲ頭! あたしらの家も同然のこの基地に土足で踏み込んで悪さしようなんざ、百万光年早いんだよ! あ、ちょっとアルフィちゃん、今いいところなんだからおよしよ!――――――』

『えー、ごほん。というわけで敵の特殊部隊はあらかた制圧した。二十人そこらでこの横浜基地を押さえようなど、少々考えが甘かったのではないか?』

 

 確かにジョシュアは二十四名の特殊部隊を事前に揚陸させ、横浜基地へ潜入させた。それだけの兵員で十分だと判断したのは、直前に基地がBETAの襲撃を受けて防衛設備の大半を失っていたこと、正面から二百機もの味方戦術機が展開して攻撃を仕掛けることの二点に拠る。

 基地はボロボロの放棄寸前で防衛戦力も殆ど無く、これだけの大部隊が真正面から迫っている状況下では基地要員の大半は脱出を余儀なくされるだろう。見張る人も無く、阻む壁も無いなら二十四人でも制圧作戦の実施は十分可能だった。もっとも米軍海兵隊だからこそ、この人数で行なうことが出来るのだが。

 しかし残念なことにジョシュアの艦隊は地上施設の損害状況は把握できても、地下施設の稼動状態までは把握できていなかった。恐らくあと一日あれば十分な情報が集められたのだろうが、もとよりジョシュアは作戦決行を今日この日と取り決めており、さらに「ヨコハマ」謹製の決戦兵器が出撃したことで否応無く行動を起こさざるを得なくなった。そして地下施設は白銀武らの善戦によってまったくの無傷であり、そこに備えられた各種防衛機能と防衛部隊……さらに一匹のバケモノによって突入した二十四名全員が捕縛される結果となったのである。

 

『馬鹿な―――――――そんな馬鹿な!?』

 

 うろたえる提督が全艦に一斉砲撃の号を下すまで、そう時間は掛からなかった。

 

 

 

 

 

無線機を放り捨て、アルフィ・ハーネットは自ら率いる防衛部隊に次々と指示を下した。

 あるチームには非戦闘員のシェルターへの誘導を。

 あるチームには敵の増援に備えて全ての防壁の閉鎖を。

 さらには侵入を阻止するために地下施設1〜15層の全電源カット、機密データの回収ないし破棄など、あれやこれや……敵に第四計画の産物は埃の一つまみも渡すわけにはいかなかった。

 

(これでしばらくは持ち堪えられる……あとはヴァルキリーズ次第か)

 

 本来ならば自分の役目はとっくに終わっている。あくまでアルフィ・ハーネットは対BETA戦闘の切り札であり、人類同士の揉め事まで関与する義務は無い。こうして侵入部隊を撃退したことも、防衛部隊の陣頭指揮も一宿一飯の恩義に報いたに過ぎなかった。

 けれど、ここから先は駄目だ―――――と理性が訴えている。

 結末は見えている。どれほど足掻いたところで変わりはすまい。

 だが……自分は関わりすぎた。必要以上に、情を抱いてしまった。

 

(香月、真那、篁、ウィル、フランク……)

 

 戦士として、女として、妻として、母として語り合った友たち。

 彼らの魂に報いねば、と込み上げる闘志だけは偽れなかった。

 

「アルフィちゃん」

 

 中華なべとおたまで武装した京塚志津恵がアルフィの肩を叩いた。ぱちりとウインクしてみせる志津恵に面食らったが、その意図はたちどころに理解できた。

 

「あたしらなら心配要らないよ。行ってきな」

「曹長……ああ」

 

 頷いて返すと、アルフィは一陣の風となって駆け出した。閉鎖される寸前だった地上施設へのゲートをくぐり、目指す先は屋外の大型格納庫。メインゲートの裏手に位置するそれは先のBETA襲撃でも辛うじて被害を免れた施設の一つだ。

 敵艦の砲撃が本格化したのだろう、滑走路を走り抜ける彼女の側にも雨のように砲弾が降り注いだ。炎と煙で視界が遮られるが気にしてはいられない。今は一刻を争うのだから。

 爆音と衝撃を背に格納庫へ辿り着いたアルフィを出迎えたのは、一人の女性整備士だった。名前はジェシカ。先日、涼宮遥と共に最下層の反応炉を停止させるべく戦い、命を落とした兵士・ウィリアムの婚約者でもある。

 恋人の戦死を告げられてから、彼女は狂ったように働き続けていた。彼がその任務を全うしたのなら、自分もその任務を全うしようと。整備士という役目を忠実に果たそうと必死だった。

 そのジェシカの集大成がここに在る。

たった一機の戦術機。BETAの基地襲撃という難は逃れたものの、天井の一部が崩落したことで少なからず受けた損傷や急遽搭載が決定した特殊兵装の調整など……成すべき事は少なくなかった。

 

「特尉、行かれるのですか」

 

 感情の起伏を感じさせない冷たい声で、整備士が問う。

 

「そうだ、ジェシカ。行ってくる」

 

 彼女の脇を通り抜け、アルフィは振り返らず答えた。

 

「さようなら、特尉。役目は果たしました、よろしくお願いします」

「さようなら、ジェシカ。役目を果たしてこよう、向こうでも仲良くやれ」

 

 さらに奥へと進むアルフィの背後で、一発の銃声が響いた。例え今日の地獄を生き延びようと歩むべき明日を見失った女の、悲しい門出の鐘の音だった。

 それでもアルフィは振り返らず、戦術機のコックピットへ身を躍らせた。恋人の後を追おうとした彼女を引き止めたのは他ならぬアルフィだった。ならばその死を受け止めるのもアルフィだけの役目。

 

(その無念と狂気、この胸にしかと刻みつけよう)

 

 網膜投影システム起動、光学センサー異常なし。

 データリンク正常。マーカー識別完了まで約30秒。

 メインジェネレーター点火、駆動機構を開放。

 兵装チェック……全突撃砲、展開準備。

 

 ―――――――――――――武御雷・改、出撃

 

 

 

 

 降り注ぐ弾雨を掻い潜り、ヴァルキリーズの十二人は基地前面まで後退を余儀なくされていた。高度も取れず、遮蔽物は悉く砲撃によって粉砕されては残り百機を超える敵戦術機部隊を相手にすることは不可能だった。

 無論、みちるたちも何の策も用意せずに下がっているわけではない。すでに夕呼から暗号通信で次の作戦が立案、実行されている。もっともそれも作戦と呼ぶほど複雑なものではない。

 超水平線砲――――――1200mmOTHキャノンによる洋上の敵艦隊への狙撃。

 砲手・狙撃を担当する壬姫は護衛役の美琴と共に先行し、基地内で装備の換装を行なっている。艦隊からの飽和攻撃が本格化する前に狙撃を成功させなければ、前面で辛うじて持ち堪えている斯衛隊もろとも吹き飛ばされてしまう。

 また狙撃も決して分の良い賭けではなかった。絶えず降り注ぐ砲弾の合間を縫ってこちらの射撃を命中させることは容易とは言いがたい。狙撃体勢に入れば敵の無人機も壬姫へ攻撃を集中するだろう。万が一すべての敵残存戦力が殺到した場合、例えその半分の数であっても砲手を守り切れる保証はなかった。

 

「左後方! 敵影、抜けたぞ!」

「くっ……間に合わないっ!」

 

 現実に、ヴァルキリーズの迎撃をすり抜けた三機のEF2000『タイフーン』がハルバードを振り上げて基地施設へ向かっていた。完全にヴァルキリーズの布陣の死角を突いた突撃に、敷地内にようやく展開を始めていた迎撃部隊の高射砲も対処できていない。

 大きく振りかぶったハルバードでまず高射砲の群れを蹴散らそうと――――

 

「ちぃっ……!」

 

 否、間に飛び込んだ一機の不知火の右回し蹴りを脇腹に喰らい、先頭の『タイフーン』がきりもみ状態になって宙を舞った。斜面に叩きつけられた機体は打ち所が悪かったのか、ジェネレーターが盛大な爆発を起こして粉微塵となる。

 

「ここから先は、行かせないよ……」

 

 立ちはだかったのは彩峰慧。手持ちの兵装を全て投棄することで限界まで引き出した加速力は、彼女をこの窮地に間に合わせることが出来た。しかし素手で欧州連合の新鋭機を真っ向から相手にすることは無謀でしかない。

 後続の二機の『タイフーン』はそれぞれ構えたハルバードを慧へ叩きつけようと、左右同時に肉薄する。

 

―――――どちらから蹴り倒すか?

 

 眼前に迫る敵を前に、慧の思考はいたってシンプルだった。跳躍ユニットの推進力を得て放つ渾身の回し蹴りは、残念ながら二機の戦術機を同時に屠ることは出来ない。

 右から狙えば左が残り、左から狙えば右が残る。

 拳を使って片方をいなす事も考えたが、『タイフーン』は高機動近接格闘戦を主体とした機体である以上、無闇に隙を作りたくはない。やるならば一撃必殺、仕損じればこちらの命が危ういのだ。

 

―――――――悩む暇は、ない。

 

 敵はもう目と鼻の先だ。

 

「彩峰、右!」

「っ!?……了解!」

 

 答えるより早く彩峰機の右の脚が敵機を叩き伏せる。

 左の敵機は彼女が振り向こうとする間に劣化ウラン弾を何十発と受けてその場に崩れ落ちていた。

 

「いきなり飛び出さないでよね? 援護が追いつかないじゃない」

「……榊」

 

 慧の窮地の駆けつけたのは千鶴だった。手持ちの弾が尽きたのだろう、突撃砲を投棄して近接短刀をシースから引き出す。

 それも一瞬。無遠慮な敵からの射撃に飛び退く。崩れ掛けの兵舎を盾にしながら互いの存在の大きさを二人は改めて感じていた。

 元々正反対の気質の持ち主である千鶴と慧は、これまで幾度となく反感を抱きながらも共闘を続けてきた。それは訓練を重ねるうちに互いの実力を、長所を、短所を否応無しに把握できてしまったからで、また皮肉なことに二人が相手の短所を補い合う関係にあることを知ってしまったからでもある。

 確かに気に食わない相手だ。

 けれど、自分の背中を預けるのにこれほど心強い相手は居ない。

 それは白銀武よりも……きっと自分の心の内を知っているはずだから。

 

「いい、彩峰? 珠瀬の装備換装が終わるまでの三分、此処を死守するわよ」

「……言われるまでも無い」

 

 他のヴァルキリーズは敵の増援を抑えるのに手一杯で、こちらに気を回す余裕などあるまい。

 正真正銘、二人きりで敵を迎え撃たなければならない。しかも敵艦隊からの砲撃が激しさを増している。迂闊に飛び出せば何も出来ないまま打ち落とされかねなかった。

 

『ヴァルキリーズ、聞こえるか!?』

 

 爆音の中から拾った呼び声は、先ほど『タイフーン』に蹴散らされそうになっていた高射砲部隊の隊長からだった。

 

『もうすぐこちらの迎撃態勢が整う! 弾幕に穴が開いたら突っ込め!』

「りょ、了解!」

 

 千鶴が答え終わる前に、砲身を天高く向けた十両の高射砲が一斉に火を噴いた。空を切り裂く105ミリ砲弾が次々に降り注ぐ敵の砲弾を片っ端から撃ち落としていく。たとえほんの僅かな兵力でも、たとえ戦域全体をカバーできなくても、千鶴たちが斬り込む隙を作ることはできた。

 

「榊は残って。私が行く」

「分かった。気を――――――」

「二人とも突入しろ! カバーは私が入る!」

「「!?」」

 

 二人の後方、敷地の隅にあった大型格納庫の天井が轟音と共に吹き飛んだ。次いで中から白い巨人が立ち上がり、別方向から高射砲部隊目掛けて迫るF14二機へと36ミリ砲弾を容赦なく撃ち込んだ。

 

「と、特尉?」

「……デカい」

 

 声の主は聞き間違えるはずも無い、アルフィ・ハーネット。

 問題は彼女の搭乗機体で、その全長は従来の戦術機の一回りも二回りも大きかった。頭部の意匠からして武御雷を彷彿とさせるそれは、本物の武御雷とは正反対の武装で全身を固めている。

 両腕と背中のパイロンには突撃砲を備え、さらに腕のナイフシースからは半自律制御と思しきサブアームがこれまた突撃砲を持って死角からの敵に対応している。また両肩には本来装備できないはずのALMランチャーを搭載するなど、明らかに武御雷の運用コンセプトを逆行した仕様になっていた。

 

「対空防御は任せろ! じきに珠瀬たちも戻るはずだ、一気に押し返すぞ!」

「「了解!」」

 

 二機の不知火が疾走を開始する。地下へと通じるリフトの昇降口目掛けて殺到するF4の群れを慧が、千鶴が文字通り蹴散らし打ち倒していく。頭上から降り注ぐ砲弾の雨は高射砲部隊と、砲台と化したアルフィ・ハーネットの機体の掃射によって阻まれ空に次々と赤い華を咲かせていく。

 

『ヴァルキリー・マムより全ユニット! 衛星軌道より接近する熱源多数、警戒せよ!』

「!?」

「そんな!」

「ここで、ダメ押し……」

 

 三人が仰ぎ見る遥か天空には燃える尾を引く無数の流星があった。その数は目視のみでも十を超えている。恐らく米宇宙軍の再突入降下部隊だろう。

 

『確認した。アメリカ第四軍所属のHSST(再突入駆逐艦)艦隊だな。戦術機輸送コンテナの大気圏突破まであと一分も無い……数は延べ四十機といったところか』

 

 オープンチャンネルで流れるみちるの敵戦力の解説など意味を成さない。問題は戦術機ではなく、その前に落ちてくるコンテナユニットの外装――――――リエントリーシェルだ。対レーザー装甲で造られた堅牢なそれは大気圏突入時には戦術機を摩擦熱から守り、突入後はBETAハイヴ目掛けて投下される運動エネルギー兵器として運用される。ハイヴの外殻へぶつける為のリエントリーシェルである、人間の基地など撃ち込まれれば堪ったものではない。

 

「ふっ……」

 

 仲間達に動揺が走る中、ただ一人……アルフィだけが不敵な笑みを浮かべていた。

 

「ようやく現れたか」

 

 そんな彼女の呟きを掻き消すように、彼方のコンテナ群を構成する一基が爆発した。

 

 

 

 

「大気圏突破まで10、9、8……」

 

 激しい震動に揺さぶられながら、コックピットの中でユウヤ・ブリッジスは生まれて初めての実戦での大気圏突入に四苦八苦していた。無理もない、彼は事もあろうに敵艦隊の中に紛れて降下しようとしていたのだから。

 ユーコン基地を国連軍保有のHSSTで出立したアルゴス試験小隊一行は衛星軌道に乗ると、そのままオルタネイティヴ5が編成中の「ヨコハマ攻め」用の戦力の一部として合流してしまった。同行していたアヴァン・ルースの手引きによるが、一つ間違えれば有無を言わさず撃ち落されかねない状況に誰もが生きた心地ではなかった。

 作戦としてはこうだ。

 敵部隊と共にHSSTで横浜基地へ降下し、大気圏突破と同時にコンテナから分離。敵部隊が展開する前にリエントリーシェルごと撃破する。もっとも戦術機の火力ではコンテナの外殻は破壊できないので、突入後の再加速用に取り付けられている推進装置を狙うしかないのだが……

 

(無茶苦茶だ――――――!)

 

 こんな超高度・超音速での戦術機運用など過去に全く例がない。少なくともユウヤの記憶にはなかったし、それは他のメンバーも同じだ。降下用のパラシュート類はあらかじめ機体に取り付けているが、果たして戦闘後の機体に地表降下を行なえるだけの推進力が残っているかどうか。

 もし残っていなければ、地表に叩きつけられるかパラシュートを開傘してどこか見当違いの場所に降りるかの二つに一つ。

 もちろん全員が横浜への降下に失敗しては意味がないので、実際に戦闘を担当するのはユウヤとアヴァンの二人が選ばれた。残りのアルゴス小隊のタリサ、ヴァレリオ、ステラの三人。そして米陸軍からの助っ人は別ルートから横浜へ上陸してもらう手筈になっている。

 さて、もう時間が無い。

 

「ぐぅぅぅぅっ――――――大気圏突破確認! アルゴス1、所定を開始する!」

 

 コンテナの各所でボルトが炸裂し、外殻の一部が弾けて人型の機影が躍り出る。日米混血の異端児……不知火・弐型は突撃砲を両手に握り締め、先頭の突入コンテナの推進器へ向かって榴弾を叩き込んだ。爆発したコンテナと中身の破片を巧みに回避しながら、ユウヤが撃墜数のノルマを達成するまで十秒と掛からなかった。

 今回降下したコンテナの数は四十。ユウヤとアヴァンで二十基ずつの分担だ。

 

「こちらアルゴス1、所定を完了。再降下体勢に入る」

『ミリオン1了解、こっちも再降下する。シェルの落着目標の修正を忘れるな』

「了解だ。ヨコハマに落ちたら目も当てられない」

 

 自分が乗ってきたコンテナに何とか取り付くと、ユウヤは機体をしっかり固定させる。コンテナから分離して戦闘、再度コンテナに戻るまでの一分半で推進剤の残量は半分以下にまで減っていたが、跳躍ユニット本体は不調の一つも訴えてはいない。従来型の不知火ならば途中で跳躍ユニットが爆発して墜落しているに違いなかった。

 米軍機のパーツを組み込むことで馬力、耐久性などを大幅に向上させた不知火・弐型の性能に改めてユウヤは感謝した。

 

(待ってろ……イーニァ、クリスカ―――――)

 

 連れ去られた仲間がこの先に……人類同士が愚かにも殺し合う戦場の何処かに居る。彼の目的は日本の防衛や米軍の利権など眼中にない、ただ奪われた戦友を取り戻す……それだけなのだ。

 

(友軍は、どうなってるんだ?)

 

 味方の戦術機の識別マーカーは全て合わせて18個。その内の11は横浜基地周辺および敷地内に集まっていることから、これが防衛部隊の主戦力だろう。あとは基地の中に戦闘支援車両がちらほら。

 そして海岸付近に集まる7個のマーカーは敵に包囲されて身動きが取れないようだ。地上までの距離も徐々に縮まってきている。機体の望遠カメラを最大倍率に設定し、その部隊の状況を詳細に確認しようと―――――

 

(あ、あの機体は!?)

 

 部隊は七機ともすべてType00“武御雷”。その中でも一際ユウヤの目を引いたのは黄色の塗装を施された武御雷だった。

 まさかと思いながらも映し出された黄の武御雷を見つめる。

 信じられないが。

 信じたくはないが。

 

「チクショオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」

 

 また一人、自分の戦友が失われようとしているのか。

 

 

 

 

 頭上を飛び越える敵の艦砲射撃に歯軋りしながら、篁唯依は自分たちが完全に孤立したことを悟った。レーダーを見ても周囲は敵の識別ばかりで、味方など何処にも居ない。砲撃が基地の方へ集中するのもそちらに友軍が集まっているからに他ならない。

 じりじりとにじり寄ってくる無人のF15を蹴散らし、飛び出すことは出来る。しかし損傷した悠陽の武御雷を守るためには、自分を含めて六人などあまりに手数が足りていない。

 

 ドゥッ! ドドドドドドドドドドドドッッッ!!!

 

「こ、これは!?」

 

 曇天を覆いつくす紅蓮の華が轟音を上げて咲き乱れる。激しく降り注ぐ敵艦の砲弾を何者かが一斉に射ち落としたのだ。射線を目で追えば行き着く先は横浜基地。

 

『対空防御は任せろ! じきに珠瀬たちも戻るはずだ、一気に押し返すぞ!』

 

 全回線でアルフィ・ハーネットが自身の参戦を告げ、ありったけの火力を戦場に投げ込んでいく。見やれば白い装甲の武御雷と思しき機影が基地の敷地内から姿を現した。

 

「月詠中尉、あれが……」

「そうだ。武御雷の母体となった概念実証機―――――――」

 

 それがあの機体、武御雷・改の正体である。

 近接戦闘能力と機動性、運動性を極限まで追及した武御雷だが、その実現には多くの課題を乗り越えねばならなかった。極めて高い反応性と急制動・急旋回・急発進の両立は、機体に非常識なまでの耐久性と軽量化が求められる。

 耐久性を上げれば機体の重量は増し、重量を落とせば機体の強度が不足する。さらにそこへ推進装置の高性能化による重量増加と機体強度への悪影響が重なることとなった。

 結論として、最初期に建造されたプロトモデルは従来の戦術機に比べてあらゆる面で大型化せざるを得なくなり、開発計画は頓挫した。その後の新素材の開発や技術躍進によって現在の武御雷へと繋がっていくのだが、このプロトモデルは数回の性能試験の後に凍結・封印されることとなった。

 アルフィ・ハーネットがそれをJFKと第四計画の権限で回収し、自機として改良を加えたのが……あの白磁の巨人だ。

 

「ならば、これで押し返せますね」

「いや―――――そうでもない」

 

 遥か頭上へ視線を向ける月詠真耶は、苦々しげな口調で唯依を否定した。そして、データリンク経由で受信した情報に唯依も納得せざるを得なくなった。

 

「軌道降下、兵団……!」

 

 敵の増援は確認できただけで四十機、降下予測地点は最悪なことに横浜基地の北方10キロメートル。これだけの数が別方向から一弾となって迫ってきたら、防衛線は間違いなく崩壊する。

 降下まであと五分しかない。

 敵の包囲網は相変わらず。

 それでも、唯依は長刀を抜き放った。

 

「例えこの身が砕けようとも、貴様らに屈する理由は無いっ!」

 

 近寄るF15の群れはもはやこちらに抵抗する手段が無いと判断したのだろう、これ見よがしに近接短刀を構えて一歩ずつ距離を縮めていく。

 極限まで張り詰めた空気の中で唯依は最後の賭けに出た。真那たちに悠陽を任せて後退させ、単身敵の中へ躍り込んだのだ。その思い切りの良さと機体の運動性能に翻弄されたF15たちは、しかしすぐさま相手を捕捉し押さえに掛かった。

 それでも捉えきれぬが斯衛の証である。機体を高速で旋回させながら縦横無尽に長刀を振るえば敵はたちまち四肢を失い、あるいは胴を両断され、もしくは首を刎ねられて転倒する。

 そんな超人的な戦闘機動の中で、唯依が遠雷の如き爆音を聞いたのは刹那のことだった。

 敵部隊の動きも一斉に止まり、全ての機体が今もこちらへ向かっている増援を注視したのだ。これを好機とばかりに唯依はさらに三機を撃破しつつ、ついに包囲網から逃れた。

 

「しかし、何が……?」

 

 一部の敵が追撃を掛けてくる中、機体を安全な距離まで移動させつつ唯依もまた状況を把握しようとデータリンクを確認する。

 事実は明白だった。

 敵の増援部隊の中で、何機かの戦術機が降下中に分離。そのまま他の機体へ向かって攻撃を行なったらしい。基地の観測班から送られてきた映像を限界まで拡大してみると、そこには敵の再突入殻へ徹甲榴弾を叩き込む見知った機影があった。

 白と赤のツートンカラー。

 見慣れた独特のシルエット。

 

「不知火・弐型だと!?」

 

 唯依が叫ぶより早く、自分へ迫る敵の追撃機がまるでボールのように次々と跳ねては爆発した。続けて劣化ウラン弾の雨が後続隊を追い返すように降り注ぐ。

 

『生きてるか、中尉! 返事をしろ!』

 

 ズゥン、と地響きと共に現れたのは不知火・弐型。空になった突撃砲のマガジンを投棄し、背中のパイロンから予備の突撃砲を淀みない動作で掴み取って構え直した。

 その勇姿は、本来ならば遥か海の向こうにあるはずのものだ。

 その衛士は、本当ならばここに居るはずのない男だ。

 

『おい、マジで間に合わなかったとか勘弁……まさか人違いとかじゃねえだろうな』

 

 不機嫌そうな英語で、不満たらたらの仏頂面が通信画面に表示される。

 

「ユ、ユウヤ・ブリッジス!」

 

 ユウヤ・ブリッジス少尉。

 試作戦術機XFJ01『不知火・弐型』のメインテストパイロットは、

 

『動けるな? 一旦体勢を立て直すぞ』

「あ、ああ……だが、何故貴様が日本に」

『そいつは追って説明する』

 

 戦友の無事に頬を少しだけ、綻ばせていた。

 

 

 

 

 管制室で夕呼はこの超兵器のすべてを壬姫に伝え、さらに優先して撃破すべきターゲットについても事細かな指定を行なっていた。

 まず今回持ち出された1200mmOTHキャノンは本来、極長距離からBETAハイヴを攻撃することを想定して開発された試作兵器だ。発射された砲弾は砲身を通過する際に砲身内部の炸薬によって一気に極超音速まで加速される。さらに砲弾側面の火薬パレットをコンピュータ制御で爆発させ、二度の軌道修正を経て目標を狙撃する。しかし砲身の耐久性に問題があり、お蔵入りになっていた代物であった。今回は改良型の砲身を複数用意し、必要に応じて交換しながら砲撃戦を挑む。

 次に優先するターゲットだが、これは言うまでもなく洋上の艦隊のことだ。特に最優先とされているのが敵旗艦で、これさえ沈めることができれば艦隊の機能を大きくそぐことが出来る。特に司令戦死という人的損失は敵兵へのメンタルダメージも期待される。

 しかし彼女達には別にもうひとつ、なんとしても破壊しなければならないものがあった。

 

『無人操縦システムの、制御ユニット……ですか?』

 

 自身の不知火のコックピットで火器管制の再調整を続けながら、壬姫は首をかしげた。無理もない、そんな物がどこにあるというのか?

 

「敵は新型の巨大戦術機空母を中心に6隻の巡洋艦を周囲に配置しているわ。無人機の電波を傍受してみても、この空母が発信源であることに間違いない……これを潰せれば敵の戦術機は悉く無力化できるのよ」

 

 もちろん守りは堅い。6隻の巡洋艦による迎撃は勿論、周囲には何十機という戦術機が防衛網を敷いている。それも高度なコンピュータ技術によって制御されている無人機にヒューマンエラーは存在しない。超音速で飛来する砲弾も的確な射撃で撃ち落としてしまうはずだ。

 

「こっちも出来る限りのサポートはするけど、一か八かの賭けになる……やってくれるわね、珠瀬?」

『――――――はい!』

「信じてるわよ……珠瀬機、上げろ!」

 

 オペレーターが不知火とOTHキャノンを乗せた大型エレベーターを作動させた。重い駆動音と共に壬姫の機体が地上へせり上がっていく様子を確認し、夕呼は通信の回線を切り替えた。

 

『お初にお目にかかる。私はアルフレッド・ウォーケン少佐だ』

「知ってるわよ。12.5事件の時、煌武院悠陽殿下の救出を担当した米軍戦術機部隊の指揮官。今は更迭されてペンタゴンのオフィスで栄職を賜ったんですってね」

『……私は諸君の味方だ。すでにそちらにはJFKのルース局長経由で話は伝わっているはずだが?』

「読者のための解説よ、気にしないで」

『?』

 

 何のことか分からないアルフレッド・ウォーケンは首を捻るばかりである。

 余談だが、前線に立つ軍人にとって国防省のデスクワークへの栄転は何より耐え難い処罰なのだそうだ。本来前線に立って銃を持ち戦うことを本職とする彼らにとって、後方での書類仕事は自身の存在意義を否定されたに等しい。日本のサラリーマンで言うなら窓際族というやつだろうか。

 ともかくその窓際に追いやられたエースパイロットが、こうして再び戦場に立ったのには理由がある。要するにアヴァン・ルースのヘッドハントなのだが、彼の米陸軍少佐という階級、そして部隊指揮のアビリティが必要だったのである。

 そしてウォーケンは同時に、合衆国大統領からの言伝も預かっていた。ここだけの話、合衆国の軍部はすでに殆どオルタネイティヴ5が占有している状況で、もはや大統領の統帥権など形ばかりなのだ。

 

『合衆国は正式に離反した連合艦隊を、国家軍から除名する。まもなく全ての国家にオンラインで声明が発表されるが、諸君らには一刻も早く伝えねばならんだろうからな』

「ふん……だからといって、負ければ日本は破滅するわ」

『だからこそ、我々が来たのだ』

 

 そうして通信は切れた。

 しかし、と夕呼は奇妙な感慨を憶えていた。

 つい一月も前には国家間の利害で対立していたであろう自分たちが、共通の敵に挑むことの何と不思議な巡りあわせか。こうして肩を並べて戦うことが出来るなら、いつかはきっと――――――

 

「副司令! 緊急事態ですっ!」

 

 僅かな希望も、運命は打ち崩す。

 イリーナ・ピアティフの報告はまさにその通りだった。

 

「オリジナルハイヴに進攻したXJ1がシグナルロスト! 」

「―――――撃破されたというの?」

 

 白銀武という男は対BETA戦においては無類の戦闘力を発揮する。それが敗れることなど在り得ない筈だ。BETAに限らず地上のあらゆる存在からの干渉を無効化でき、因果律さえ捻じ曲げられる男が一体何に負けよう。

 

『知りたいかね? 真実を』

「回線に割り込み……何者?」

 

 突然通信に介入してきたのは、老獪な男の声だった。発信源は洋上の敵艦隊からだ。

 

『私かね? 私はウィリアム・グレイ。この世界の科学者ならば知っているだろう、Ms.コウヅキ』

 

 その名前を聞くや否や、夕呼の顔が驚愕に歪んだ。この名前を聞いて平然としていられるはずが無い。ウィリアム・グレイ、グレイ・イレブンを初めとしたG元素の第一発見者である。

 

『君の研究はどれも非常に優れていた。私が思わず盗用してしまうほどに』

「ふん……それはどうも。私の研究を使って量子電導脳を建造し、無人機の制御をさせていたとは光栄ですわ」

 

 皮肉る夕呼の表情に余裕の色は無い。もしも、00ユニットと同レベルの機能を持つ量子電導脳の建造に成功していたのなら……そしてその中枢に選ばれた人間がESP能力を有していたのなら、姿形はどうであれ人類の心理を読み取り、あらゆる電子兵器・電子機器を支配し得るのだ。

 そしてそれが自分達の敵である。問題はその一点に尽きる。

 

『仕方が無かったのだ。あの男を、タケル・シロガネを排除するためには。もっとも、私がせずともこの世界はやはり存在を許しはしなかったようだが』

「アンタ、一体何を――――――」

 

 ――――――知っている?

 

『かつて私がBETA由来の元素を発見し、その研究に没頭していた頃だ。私は誤って第11元素から放射される特殊な電磁波を大量に浴びてしまった。その時、私は見た―――――いや、正確には第11元素を媒体にBETAたちがやり取りしている情報を垣間見てしまったのだ。おかげで私は体の殆どを擬似生体に交換し、ピースメーカー無しでは生きられない体になってしまったが』

 

 馬鹿な、と言わざるを得ない。

 一般的にBETAとのコミュニケーションは不可能だったはずだ。

 

『言っただろう。私は奴らの情報を垣間見た、と。文字通り私は見ただけなのだ。そして奴らに疎通できるような意思はない、BETAは中枢から送られてくるコマンドを実行する云わば端末器官にすぎん。構造が無機物か有機物かの違いに過ぎんのだ』

 

 いつか白銀の言っていた言葉はあながち間違いではなかったようだ。

 

「……で、その情報と白銀の敗北がどう結びつくのかしら?」

BETAは元々、別の宇宙文明が投入した生体兵器らしく、敵地侵攻・資源略奪を主としたコンセプトとしている。そして奴らは同時にある目的も併せ持っていた』

「それが、白銀の抹殺?」

『似て非なるものだ。正確にはシロガネのような能力を持つ存在の排除、が該当する。もっと突き詰めて言えば、奴が能力を発動した時に検知される特殊な磁場にBETAは反応しているようだ』

 

 そんなことがあったとは……いや、そもそも何故ウィリアム・グレイがこれだけの情報を得ていたのか。

 

BETA側の情報はともかく、白銀についてそこまで詳細な情報を持っている理由は?」

『別段深いものは無い。現在、この地球上にはシロガネと同じ磁場を発生させられる人間が二人いるのだからな。私はそのデータを踏まえた上で、12月以降の日本で同じものが観測されたことから推論を立てているに過ぎん』

「なるほど、ね。でもあと二人?」

『そう……二人だ。君の側にもいるだろう? モンスターが』

 

 納得した。そういう繋がり方ならば彼女があれだけ人間離れした戦闘能力を持っていたことも頷ける。

 

「でも、彼女は今は仲間よ」

『それが月から来た、としたらどうする』

「っ!?」

『月、ひいては火星に巣食う大量のBETAを排除した存在が―――――』

「それよりも、今は白銀よ」

 

 夕呼に睨まれウィリアム・グレイは観念したのか、高度に暗号化されたデータファイルを送信してきた。開いてみると、それは何のことはない一枚の衛星写真だ。座標を見るに、オリジナルハイヴ周辺の地形を撮影したものらしい。

 よく観察してみると、オリジナルハイヴの地上構造物があるべき場所には巨大な何かが居座っている。高さは2000m前後と推定されるそれは、香月夕呼の頭脳をもってしても理解しがたいものだった。

 

「まさか、そんな……新種のBETA!?」

『12月29日の強襲作戦においてシロガネの抹殺に失敗した奴らは、ついに計画を最終フェーズに移行させたのだよ』

「最終、フェーズ?」

『現存するBETA個体の99%を集結させて造り上げた超弩級決戦種「巨塔級」で文字通り、シロガネとの最終対決に臨む。そしてもし、それにも失敗したならば――――――』

 

 グレイ博士は一度言葉を切り、大きく息をついた。

 

『すべてのハイヴ反応炉を自爆させ、この惑星ごとシロガネを吹き飛ばす。それが最終フェーズだ』

「けれど――――――ひとつ疑問が残るわ。他の二人はどうしてBETAに探知されていないの?」

 

 同種の磁場を発生させるのなら残りの二人とやらもBETAに捕捉され、武と同じように奴らの猛攻に晒されても可笑しくない。だがBETAの特殊な行動パターンは武の周辺でしか確認されていないのだ。

 

『あの二人は、シロガネよりもずっと慎重なのだ。最後に私が磁場を計測できたのは二年も前のことで、確認できている限り地上における磁場の発生回数も、BETA大戦が勃発してから片手で数えられる程度にすぎん』

「つまり、BETAにはその関連付けが出来なかった?」

『恐らくな。そしてシロガネはどうやら宇宙空間まで弾き飛ばされたようだ。今しがた、大気圏を猛スピードで離脱していった物体を米国の監視衛星が確認した』

「…………」

 

 信じたくは無いが、現実に位置識別信号は喪失している。ムアコック・レヒテ機関の爆発が確認できない以上、ウィリアム・グレイの言うことが真実味を帯びてくることは仕方の無いことだ。

 そして武御雷・極には宇宙用の推進装置は搭載されていない。重力制御による飛行で帰還することは可能だが、機体の受けたダメージを考えればとっくにバラバラになってしまっているだろう。

 

「それでも」

『む』

「それでも奴が死ぬわけがありませんわ」

 

 あの男が死ぬはずはない。凄乃皇弐型の爆発に飲み込まれながらも、無傷で生還したその力は、決してBETAなどに屈しはしない。

 

『根拠のない自信は己を貶めるぞ』

「あら、ご存知ありませんでした? 白銀武という男は、G弾何十発分の爆発さえ弾き返すということを」

 

 

 

 

「全員、聞いていたな?」

 

 夕呼とウィリアム・グレイの通信はみちるの不知火・弐式を経由して全員に届けられていた。秘匿回線へ密かに介入し、通信を傍受できたのはひとえに弐式の電子戦能力と内部からの手助けがあったからだ。

 みちるの言葉にヴァルキリーズの全員が頷く。降り注ぐ艦砲射撃を崩れかけの兵舎で凌ぎつつ、最後の作戦会議が始まった。

 

「一刻も早く敵旗艦を撃沈し、無人機を無力化する必要がある。制御ユニットの位置はHQが逆探知で追跡し、敵艦隊中央に位置する大型空母だと判明している」

 

 問題は如何にして敵艦を沈めるか、だ。戦術機の装備では方法が極めて限られてしまい、また現状の弾薬の残数も鑑みれば導き出される結論は一つ。

 

「珠瀬を中核とした砲撃部隊で敵艦を破壊する。OTHキャノンの使用可能回数も踏まえ、砲撃の優先は敵空母からとする。残りのメンバーはいつも通りに連携して敵を食い止めるぞ」

『『『『『『『『『『『了解!』』』』』』』』』』』

 

 とはいえ敵の増援は今も上陸を続けており、その数は10や20ではない。これ以上物量で攻められては作戦もへったくれもなく全滅だ。

 そんな彼女達の頭上で切り離されたパラシュートが風に流されていく。

 

『ハンター1よりアルゴス2、アルゴス3、アルゴス4。我々はこれより横浜基地司令部の指揮下に入る。接近する敵機を迎撃しつつ主力部隊と合流するぞ』

『アルゴス2、了解ッ!』

『アルゴス3、りょ〜かい!』

『アルゴス4、了解』

 

 基地中央に降下しつつあった青塗りのF22A『ラプター』とSu37『チェルミナートル』、そして二機のF15ACTV『アクティヴ・イーグル』はパラシュートを切り離し、迫る滑走路から離脱。散開し、基地へ取り付こうとする敵機を破壊しながら正面ゲートへと加速する。

 思わぬ増援の出現はヴァルキリーズを活気付けた。孤立無援の戦場に駆けつける勇士がいた、という事実は彼女達にとって大きなプラスとなる。

 しかし物量差は如何とも覆し難い。兎にも角にも迎撃のための頭数が足りていないのだ。

 

(やはり、無人機の動きを止めるしかない―――――か!)

 

 みちるはそう結論付けや否や、不知火・弐式に隠された最終兵器を起動させる。システムを立ち上げ、付近の敵機の完成ユニットにアクセス。OSから変換ソフト、個々のアビオニクス制御プログラムまでチェック。

 それを数回繰り返し、蓄積されたデータを基にある物が弐式の内部で造り出されていく。

 

(パターン蓄積完了、数値転換――――――誤差修正。全域でチャンネル同調開始)

 

 それはあらゆるプログラムを狂わせる毒薬。

 それは機械の巨人、その延髄神経の末端まで蝕む恐るべき病魔。

 不知火・弐式の切り札とは、対戦術機用のコンピュータウィルスを作成し、敵陣営のみに撒布する能力だ。その全機能を司る、頭部に増設された多目的広域電子妨害ユニット『Edge Head』が今、その牙を向いた。

 甲高い駆動音と共に強力な電波が周囲に放射される。作り出されたウィルスは敵味方の識別をし、敵機と指定された機体の管制システムに侵入すると瞬く間に増殖。データを無作為な数値で上書きしながら通信回線を経由してさらに別の機体へ。その侵食速度は凄まじく、ほんの数秒で横浜基地に取り付いていた敵戦術機延べ22機のOSを完全に破壊してしまったほどだ。

 

「ヴァルキリー1より全ユニット! たった今、基地周辺へ向けてコンピュータウィルスを撒布した! 保証できる効果時間は五分だ、それまでに敵の無人機制御ユニットを破壊してくれ! なおヴァルキリー1は全機能をハッキングとプログラムの書き換えに投入しているため、現座標より移動することは出来ない!」

 

 制限時間は五分。それまでに洋上の大型空母を撃沈し、収納されている制御装置を破壊しなければ勝利は無い。

 最後の賭けだが、けっして分の悪い賭けではない。なぜなら……

 

『アルゴス1より各機、破壊工作はアルゴス小隊が引き受けた。俺たちはそのためにここまで来たんだ』

 

 不知火・弐型がずい、と前に出た。さらにアルゴス2のチェルミナートル、そしてアクティヴ・イーグルが弐型の後に続く。ウォーケンのラプターだけは基地の一角を陣取り、なおも侵攻を続ける無人機部隊を迎撃していた。

 

『行かせてやってください、殿下』

 

 待て、と口を開きかけた悠陽を止めたのは唯依だった。彼女の真剣な眼差しを一目見て、悠陽も全てを悟った。

 

『篁、そなたも随伴せよ』

『はっ!』

 

 アルゴス小隊の後を追って飛び立つ黄の武御雷。その背を見送りつつ煌武院悠陽はさらなる指示を下す。

 

『全機、突入部隊を援護せよ! 敵対空網をこちらに引き付けるのだ!』

 

 斯衛隊が散開し、高機動戦術で敵艦隊をかく乱せんと斬り込んでいく。たちまち辺り一面で砲火が飛び交い乱戦の様相が浮かび上がる中を、アルゴス小隊の五機が突っ切るのだ。

 

『ヴァルキリー2より各小隊、敵正面に突っ込むわよ! 付いて来い! ヴァルキリー12はヴァルキリー7、ヴァルキリー8と連携して砲撃部隊をガード!』

『『『『『了解っ!』』』』』

 

 目も耳も電子妨害に使っている不知火・弐式と伊隅みちるに代わって陣頭指揮を執るのは速瀬水月である。なおも上陸せんとする敵の増援へ向かって弾幕を展開し、一歩たりとも前には進ませない構えで攻勢に出た。

 

『ヴァルキリー9、敵巡洋艦を狙撃します!』

 

 火を噴く超水平線砲。発射された砲弾は寸分違わず巡洋艦の艦橋を叩き潰し、船底まで完全に貫通した。炎を上げて真っ二つに裂ける敵艦はまるで底なし沼にはまった兎のように海中へ沈んでいく。

 敵艦隊も負けてはいない。砲撃が一層激しさを増し、基地の防衛に廻るヴァルキリーズへ襲い掛かった。

 

『くぅっ!?』

『きゃああっ!』

 

 炸裂弾の一部が慧と千鶴の不知火に直撃した。慧は肩の装甲ごと左腕を、千鶴も背中の兵装パイロンを失い、被弾の反動でその場に膝を着く。そんな好機を逃さぬ無人機たちが次々に群がり、

 

『んの……無礼るなああああああああっ!!!』

 

 片手で機体を支え、慧の中空へ繰り出された回し蹴りに装甲を砕かれて沈黙した。

 脚を大地に滑らせて回転の勢いを殺しつつ、慧は改めて眼前の敵を見据える。被弾の際に何処かへぶつけたのだろう、額が切れて血が垂れているが気にしてはいられない。

 千鶴も両手の突撃砲で弾幕を張り、別方向から近づいていた敵機を押し返した。残弾の無くなった火器を捨て、倒した敵機から別のライフルをむしり取る。割れた眼鏡を外せば目尻に浮かぶ涙に触れて、はたと気付いた。

 武が死んだ(かもしれない)と聞かされて胸中穏やかでいられるわけが無い。あの破天荒で、無茶苦茶で、けれど誰よりも強く生きようとしていた男を……果たして恋をしていた自覚は無い。けれど今も、今までも何かある都度に胸の中で誰かが叫ぶのだ。努めて冷静でいたが、それも我慢の限界である。

 溜めに溜め込んだ熱を解き放つ。指が、腕が、全身が溢れ出る闘争の意志に歓喜し震え上がった。

 

『行くわよ彩峰!』

『了解……!』

 

 さらに数機を蹴散らして海岸を目指す二人の耳に――――――いや、戦場にいる全員の耳に再びあの声が響いた。

 

 

 

 

『動くなっ! 動くんじゃあないっ!』

 

 拳銃片手に喚き散らすジョシュア・D・サンダースは、敵の長距離射撃により友軍艦が撃沈されたことで気が動転していた。これだけ激しい砲撃の合間を縫うように撃ち込まれた砲弾は、自分のいるすぐ隣の艦に直撃したのである。

 彼の計画は狂いに狂っていた。無人機部隊で敵の目を引きつけ、その間に潜入した特殊部隊が基地を制圧するはずだったのだが―――――基地の掌握は失敗し、さらに基地に取り付いた無人機は原因不明のシステムトラブルで悉く沈黙し続けている。

 そこへダメ押しの一撃だった。完璧なはずの「ヨコハマ」攻めは一転して自身の窮地へ様変わりしている。もはや手段は選べない、こんな所で死んでたまるものか、と彼の切ったジョーカーは……

 

『いいか! 動くなよぉ……動けばこの事務次官の命は保障せんぞぉ!』

 

 管制室の通信モニターに映し出される映像よりも早く、壬姫の狙撃スコープが遥か洋上の戦艦、その艦橋を捉えていた。カメラの倍率と解像度を上げていけば、見えるのは司令官と思しき男と彼女の父親の姿。

 

「パ、パパ!?」

 

 誰であろう、人質となっていたのは国連事務次官・珠瀬玄丞斎その人だった。

 壬姫たちは知る由もないことだが、彼の身柄が拘束されたのは僅か二日前のこと。玄丞斎の執務室に突然押し掛けてきた黒ずくめのエージェントたちは、「機密情報の漏洩」という容疑で彼を連行したのだ。合衆国の情報機関が持つ力を総動員せずとも国連の要人一人を拉致することぐらいは可能なことである。もちろん、後先を考えなければ、の話だが。

 

『撃てるか、撃てまいよ! 国連の要人を、実の父親を殺してまで生き延びたいか、んん!? うわあはははははあああぁっ! 私を、この私を見下すからだサル共め!』

 

 引き鉄に添えた指が震える。壬姫には撃てるはずがなかった。最愛の父をその手で殺すことなどできるはずが無い。

 悠陽――――――いや、日本にとって珠瀬玄丞斎を殺すことは大きなマイナスだ。勝利の為に人質ごと敵を討つことは今後の国際情勢の中でこの国を大きく貶めることになる。

 何より、壬姫の優しさがそれを許すはずが無かった。

 

(できない、できない、できないできないできないできないできないできないできない――――――――!)

 

 自分を見守ってくれるあの笑顔を。

 自分を愛してくれたあの温もりを。

 この手で壊すことがどうして出来る?

 

(たけるさん……)

 

 どうしようもないぐらい追い詰められた彼女の脳裏に浮かんだのは、遥か地の果てで戦っているはずの男の姿だった。

 彼ならば何を考え、どう行動するだろう……

 

『私に構わず撃ち抜けいっ!』

 

 逡巡する彼女達を一喝したのは、他ならぬ玄丞斎であった。

 

『急ぐのだ! 奴らはすでにG弾の発射態勢に入っておる、阻止するなら今よりない!』

『き、貴様っ!?』

 

 カメラの向こうで司令官―――――ジョシュアが玄丞斎へ拳銃を向けた。恐らく口を封じるつもりなのだとして、すでに情報は手渡された後である。故にトリガーを引く指に宿るのは傲慢と憤怒だけだ。

 

『壬姫よ、我が娘よ。父の屍を越えてゆけ』

『黙れぇ!』

 

 通信機越しに聞こえる銃声が一人の男の死を決定付けた。赤い飛沫を上げて崩れ落ちる父親の姿に、壬姫の両眼が大きく見開かれる。肩を震わせ、歯を鳴らし、頭を真っ白に染めて、体の芯から生まれるのは遺志を継承する心。

 壬姫は思った。今なら分かる。

 白銀武が強かったのは、こうして受け継いだものが沢山あったからだ、と。

 

「絶対に――――――――――――」

 

 グルリ、とOTHキャノンを一回転させ、その砲口を父の仇敵へ向けた。その巨大さと重量からは到底信じられない挙動に、見守っていた美琴もその身を焦がす怒りを一層昂ぶらせる。

 しかし極東最強の狙撃手はあくまで冷静だった。

 

「――――――――――外さない」

 

 照準。

 目標、敵旗艦。

 降り注ぐ艦砲射撃を噴射跳躍で回避しつつ、生じた誤差を修正。

 

『そんな、あの重量でジャンプするなんて!?』

 

 まるで蝶のように舞い、地上の無人機からの射撃を避ける。とてもではないがOTHキャノンという超重兵器を抱えたまま出来る芸当ではない。祷子が驚くのも仕方が無かった。

 見上げている間に美琴の不知火が敵部隊を強襲し、アクロバティックな戦闘機動を織り交ぜた突撃砲の斉射で瞬く間に殲滅する。

 一方の千鶴、慧の二人も抜群の連携で海岸から移動する増援部隊を食い散らしていた。

 四人の戦い方に、みちるは見覚えがあった。

 

『白銀と同じ――――――いや、受け継がれたというべきなのか』

 

 彼女の呟きを打ち消すようにOTHキャノンが火を噴いた。超大口径の砲弾は瞬きする間もなくジョシュア・D・サンダースの居る艦橋を正確に撃ち抜き、爆砕した。最後まで誇り高く生きた、父の亡骸と共に――――――

 

 

 

 

 敵艦と無人機の対空砲火を潜り抜け、不知火・弐型と黄の武御雷は海面に接触しないギリギリの高度で一路、目標の空母を目指していた。他のメンバー――――――タリサ、ヴァレリオ、ステラの三名が陽動を買って出てくれたおかげか、二人は大きな妨害も無く空母の甲板へ辿り着くことができた。

 戦闘機などの航空戦力が全盛だった時代に建造されたこの空母はとにかく大きく、要塞のような印象をユウヤたちに与えていた。

 

「この何処かにイーニァとクリスカが―――――?」

 

 呟くよりも早く手は動いていた。コンソールを叩き、空母の制御コンピュータへアクセス。艦内のマップデータをダウンロードして例の制御ユニットが格納されている区画を検索する。

 事前にアヴァン・ルースが仕入れてきた情報に拠れば、囚われた二人の少女は無人操縦システムの制御をさせられているはずだった。つまり、ユニットの場所が分かれば自ずと二人の居場所も分かる。

 

『ブリッジス! 対空砲が―――――――』

 

 情報の検索に没頭するあまり、周囲の状況を忘れていた。唯依が叫ぶよりも早く、不知火・弐型に無数の105mm砲弾が襲いかかったのである。いくら陽動が効いているとはいえ敵艦隊のど真ん中で棒立ちになっていれば、狙い撃ちされるのは道理だった。

 

「ウ、ウオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」

 

 着弾、爆発。

 立ち込める黒煙の中から崩れ落ちたのは不知火・弐型ではなかった。

 手足を失い、殆ど原形を留めていないSu37『チェルミナートル』が甲板にぶつかり、甲高い音を立てた。この無人操縦の戦術機は初弾が命中する寸前、ユウヤ・ブリッジスを庇うように現れたのだ。

 ありえない出来事だった。敵対しているはずの無人機が相手を守ろうとするはずが無い。しかし、その理由をユウヤは直感していた。

 

「お前ら、なのか? イーニァ、クリスカ……」

 

 甲板に転がるチェルミナートルの残骸は答えなかった。代わりに、少しずつ空母が傾き始める。

 

『こ、これは――――――自沈している!?』

 

 何をしたのかは甲板からでは分からないが、この空母が沈み始めているのは間違いなかった。

 

(ユウヤ・ブリッジス……それとユイ・タカムラ、か)

 

 脳裏に響く声に、ユウヤと唯依は驚愕した。通信機能は一切使っていないし、そもそも受信もしていない。文字通り、頭の中に直接声が聞こえてくるのだ。

 

『その声は……ビャーチェノワ少尉か』

 

 驚きに揺れる感情を何とか押さえ、唯依はその名前を呼んだ。

 クリスカ・ビャーチェノワ。以前はユウヤたちと共にユーコン基地に所属していたソ連軍衛士だった。

 

(お前たちが来てくれたおかげで、かろうじて自我を取り戻すことが出来た。感謝する)

「んなことはどうでもいい! 今何処に居る!?」

(救助の必要は無い)

「な、何?」

 

 彼女の意外な答えにユウヤは絶句した。

 イーニァとクリスカは姉妹である。姉であるクリスカにとって、イーニァの無事は自分の命よりも優先されるはずだった。ユウヤの記憶でも、彼女はその様な言動を取っていたからだ。

 

(私たちはもう助からない)

「諦めるんじゃねえ! 言わねえならこっちから―――――――!?」

 

 機体から降りようとする彼の視界を、別の映像が強引に埋め尽くした。

 記憶がフラッシュバックするような感覚が徐々に断続的になり、それは一つの形を作り上げていく。ひたすらに広く、薄暗い場所。青白い光を発する巨大なオブジェクトには無数のケーブルが繋がれている。外側は透明なケースで覆われて内部が丸見えだった。

 

「こ、れは――――――」

 

 中は液体で満たされている。

 そこに何本ものチューブで吊るされる形で浮かぶ二つの物体。

 

(それが、今の私とイーニァだ)

 

 馬鹿な、とユウヤは叫んだ。

 彼の目に映るのは、巨大な水槽の中に閉じ込められた二組の脳髄である。クリスカは、それが自分たちだと言った。恐らく彼女達は物理的に制御システムと結合し、膨大な数の戦術機をコントロールさせられていたのだ。

 助かるわけが無かった。

 すでに彼女達の肉体は永遠に失われた後だった。ヨコハマの技術ならばもしかしたら助けられるかもしれなかったが、此処から横浜基地まで二人を輸送する手段はない。

 

(これでお別れだ、ユウヤ・ブリッジス)

「ふざ、けんな」

(最後に貴様の腑抜け面が見られて―――――――)

 

 

―――――――――――本当に、よかった。

 

 

 

 

 海中へ没する空母を夕呼が確認するのと、無人機の挙動が停止したのはほぼ同時のことだった。次々に動きを止め、大地に倒れ伏す戦術機の群れを呆然と見つめながら、伊隅みちるはこの圧倒的不利な戦況を覆したことを知った。

 無人機部隊は制御中枢を失ったことで無力化された。

 敵艦隊の総司令は戦死。

 みちるたちを絶望的な状況へ追い込んでいた要素は悉く排除された。

 しかし安心は出来ない。敵の戦術機輸送艦には、少数だろうが有人機も搭載されている可能性もある。さらに珠瀬事務次官が最期に残した「G弾の発射態勢」という言葉が気にかかる。

 

『ヴァルキリー1よりヴァルキリーズ各機! 残敵に注意しつつ集結せよ!』

 

 とはいえ、ただ突っ立っているような暇は無い。すぐさま部隊を集結させて損害を確認し、まだ洋上に残っている敵部隊への対処を決定せねばならなかった。

 

(問題は、連中が本当にG弾を此処へ落とすつもりがあるのか……ということだ)

 

 G弾は有限物資であるG元素の一つ、グレイ・イレブンを用いて建造された大量破壊兵器である。仮に現在米国が確保しているグレイ・イレブンをすべてG弾の開発に投入していたとしても、対BETA戦以外で使用することはあまりにデメリットが大きすぎた。

 米軍を離脱したジョシュア・D・サンダースにそれを実行できるだけの権限が残されていたのか、という疑問も残る。あれの製造・保管・運用は国家の最重要軍事機密に相当するのだから。

 

『全員手を休めずに聞いてくれたまえ。殿下も、宜しくお願い致します』

 

 唐突に全回線で呼びかけてきたパウル・ラダビノットの声色は、酷く冷たかった。

 

『米軍が保有する大陸弾道弾が何者かの操作によって打ち上げられ、現在この横浜に向けて進攻中だ。この横浜基地が攻撃目標に設定されており、上空に到達するまで、あと十五分も無いだろう。無論、弾頭にはG弾が使用されている』

 

 発射された場所も発射数も不明。

 飛行ルートは特定できていない。

日本に到達するまであと十分と少々。

 もっとも恐れていた事態が発生してしまったのである。

 

『従って我々国連軍極東方面第11軍横浜基地は、現時刻より目標である弾道ミサイルの迎撃作戦を開始する!』

 

 ラダビノットの宣言に、異を唱える者は誰一人としていなかった。

 全員が理解していたのだ。この作戦を成功させなければ、何処へ逃げようと安全な場所など無いということを。

 

『作戦の第一段階は、不知火・弐式を投入した電子情報戦である。米軍の軍事衛星へアクセスし、其処を経由する形で弾道ミサイルの位置を特定する。弐式を投入するのは敵勢力からのハッキング対策のためだ。

 次いで第二段階では、位置を特定した弾道ミサイルをOTHキャノンで狙撃する。残念ならが当基地に残されている攻撃能力で、唯一迎撃が可能な火砲はこれしかない……珠瀬少尉はただちに狙撃準備に入ってくれたまえ』

『……了解ですっ!』

 

 珠瀬壬姫はあくまで気丈だった。彼女の性格を知る人間なら、父の死に泣き崩れてもおかしくないと考えていた。それでも壬姫が銃を握るのは理由がある。

 人の死を、その悲しみを噛み締めて立ち続ける一人の男を知っているから。

 家族の、友の、仲間の遺志を受け継いで戦い続ける戦士を知っているから。

 何より自分が、彼と肩を並べる戦友の一人だから。

 

『そして我々にはこれを阻止せねばならない義務がある! この無謀極まりない任務を完遂せねばならない責任がある! 珠瀬事務次官と多くの同胞の遺志を無駄にすることは断じて出来ないからだ!』

 

 司令官の言葉に、満身創痍の戦乙女たちが力を取り戻す。

 水月と孝之の機体は両肩の防御装甲が半壊していた。ナイフシースの射出機構も怪しい。

 美冴、祷子、茜の機体も背部パイロンが正常に作動しないためパーツを破棄。城二は愛用の槍が折れたため、長刀による近接戦闘に切り替えた。

 無傷に近いのは壬姫と美琴だが、他の機体ともども各部駆動系の負荷はすでに限界を超えている。

 慧と千鶴は特に損傷が酷く、慧は機体の左腕と防御装甲を喪失。千鶴も背部装甲をパイロンごと持っていかれて、脱出装置も機能しない状態だ。

 途中から参戦した国連機は未だ洋上に留まっているが、無事ではいまい。

 悠陽を筆頭とした斯衛隊も目立った損傷は無くても、衛士の疲労は隠せない。

 しかし彼女達は倒れない。意地でも倒れるわけにはいかなかった。歯を食いしばり、藁に縋りついてでも戦い続けなければいけなかった。此処で起こる最後の戦闘に挑み、此処を最期まで守り続けなければいけなかった。

 そう誓ったのだ、あの孤独で哀れな戦士に。

 悲しいことを悲しいと叫ぶことを忘れた少年に、帰って来いと言ったのだ。

 

『敵戦術機母艦に動き有り! 部隊展開……総数48! すべて有人機です!』

 

 涼宮遥が淀みなく観測の報告を読み上げる。

 彼我戦力差は3対1。一人で三機を撃破する計算だが、向こうにはまだ戦艦が四隻残っている。それに比べてこちらは対空砲部隊が行動不能状態にあり、後方からの火力支援が無い。まして対艦攻撃が可能な壬姫とOTHキャノンは弾道ミサイルの迎撃に備えなければならず、実質的な差は20対1でも少ないぐらいだ。

 弾薬も推進剤も不足している。真っ向から戦うことは出来ない。

 不知火・弐式が電子戦に投入されるため、部隊指揮を引き継いだ速瀬水月は選択を迫られていた。ジリ貧の防衛戦か、あるいは自爆覚悟の突撃か……いずれにせよ、敵艦の砲撃が直接OTHキャノンを狙うことは目に見えている。砲火が集中すればいくら回避行動が取れてもミサイルを迎撃することは不可能だ。

 勝つためにはまず、敵を片っ端から黙らせなければならない。しかしその手段が――――――――たった一つだけ、あった。

 自分の足元……いや、その先を見つめる水月の心はすでに決まっている。戦術機ならばどんな機体にも搭載される、あの最終兵器を使えば活路は必ず開けるだろう。その為には可能な限り接近しなければ。

 

「宗像、後は頼んだわよ」

『中尉……っ!? 何をする気だ!?』

 

 敵艦からの砲撃が始まるや否や、水月は預かった指揮権を速攻で美冴へ譲渡し、海岸へ向かって機体を走らせた。他のメンバーは降り注ぐ砲弾の迎撃で手一杯で、彼女を止められる役は誰も居ない。

 

『やめろ中尉! それは駄目だ!』

 

 美冴の制止の言葉もすでに届かない。

 特殊爆薬・S11による自爆攻撃。それが水月の結論だった。元はハイヴの反応炉を爆破するために用意されたS11なら戦艦を数隻巻き込んで吹き飛ばすことも可能だろう。そしてそれを確実に成功させるには、搭載した機体ごと敵陣の中央で起爆するしかない。

 その彼女の胸中に渦巻くのは、後に残る恋人と親友のことだ。

 

(孝之と遥が生き残れば、それでいい)

 

 あの三角関係を清算するにはちょうどいい機会だった。残った遥は晴れて孝之と結ばれ、自分も二人の記憶に残る。孝之を欲する以上に、遥を傷つけることを恐れる水月にとって、これは最良の選択なのだ。

 

「それで、いいのよ」

(ダメだ、中尉!)

「!?」

 

 頭の内側から打ち据えるような叫びに、水月は思わず疾走する機体を止めていた。

 

「しろ、がね……?」

 

 声は確かに白銀武のものだった。周囲を見回してみるが、レーダーにも武の乗る武御雷・極の姿は無い。本来ならば彼は空の彼方まで吹っ飛んでいったきりなのだから、当然といえば当然だ。

 

「今のは一体――――――って!?」

 

 呆ける水月の頭上を、高速で一つの影が飛び越えていった。その衝撃に不知火をよろけさせてしまうほどだから、その速度の凄まじさは半端ではない。レーダーの識別はYF23――――――――ブラックウィドウUを示していた。

 それでも追いつこうと再び跳躍ユニットを起動させる水月を、機体ごと押し留めたのはアルフィだった。

 

「特尉!?」

『これ以上、愛が朽ち果てる様を見るのは忍びない……』

 

 武御雷・改が首を横に振る。

 

『それに自爆なら、アイツのほうが似合いだ』

「え?」

 

 海岸に到達したYF23はおもむろに手持ちの突撃砲を投棄する。

 このYF23は元々、ハイヴへの特攻兵器として設計された機体だ。四基の大出力跳躍ユニットが生み出す機動性だけを頼りにBETAの群れを突っ切り、反応炉を機体と衛士もろとも吹き飛ばす。その為だけに造られた。

 

Cast Off

 

 両肩のシールドも排除された。軽量化を計ってさらに運動性を上げるつもりなのか。さらに胸部装甲が展開し、冷却機構を剥き出しにする。

 

Code, set up……Accele Mode!』

 

 弾け飛ぶようなスタートダッシュに海面が爆ぜた。かつて三人のテストパイロットを廃人と化した殺人的な加速は、機体に他の全てを圧倒するスピードを獲得させる。

 これに対して上陸しようとしていた有人機部隊が針路を変えた。彼らも幾度と無く最前線でBETAと戦ってきた歴戦の勇士だ。相手の危険性を肌で感じ取って散開し、包囲しようと試みる。

 

「馬鹿な……!?」

 

 声を上げたのは、最後方の戦艦から脱出用のボートへ乗り移ろうとするウィリアム・グレイその人だった。48機の戦術機による包囲網に加えて四隻の戦艦による対空砲火。その全てを掻い潜ってYF23は敵機を片っ端から蹴り倒していくのだ。その動きはもはや肉眼で捉えられる領域を逸脱していた。

 人間業ではない。そう考えて彼は己の発想の貧困さに舌打ちした。

 忘れていた。自分で香月夕呼に言ったではないか。あの二人は―――――アヴァン・ルースとアルフィ・ハーネットはモンスターだと。

 

「むおおっ!」

 

 轟、と強風にあおられ甲板に倒れ伏すウィリアム・グレイを見下ろすのは、無機質なセンサーアイ。ほんの数秒の間に有人機部隊を壊滅させ、YF23は彼の眼前に舞い降りた。

 

「お前が……お前たちがあの時、ケネディに計画を持ちかけていなければ今日には至らなかったろうに」

『はてさて、人類を滅亡に追い込む原因なんて身に覚えがないな』

 

 表情こそ分からなかったが、スピーカー越しのアヴァン・ルースの声は笑っていた。

 

「アヴァン……ルース! 私は、私は知っているのだぞ!? BETAを、人類さえも滅ぼせる力を持ったお前を! 元はG元素もお前が―――――」

『知りすぎたな、ウィリアム・グレイ。お前も分かっていただろうに、あの研究さえ止めれば「世は全て事もなし」だったことを。さあシナリオを引っ掻き回したツケは払ってもらうぜ、俺と一緒にな』

 

 一息に頭上へ飛び上がるYF23はそのまま落下の勢いを乗せて甲板のウィリアム・グレイへ渾身の跳び蹴りを見舞った。艦へ機体が楔のように刺さると、同時に四基のS11の起爆装置が作動する。

 青白い閃光が暴虐の嵐となって艦隊を飲み込んだ。

 爆発は津波を起こし、海岸へ押し寄せて無人機たちの残骸を悉く押し流していった。

 

『敵影、無し。あとはG弾だけだな、香月博士』

 

 未だ輝き続ける洋上の爆炎を背に、悠然と告げるアルフィ・ハーネット。

 夕呼はぶつけたい言葉を飲み込んだ。すでにG弾の日本到達まであと1分を切っていて、他事に割く神経など持ち合わせていなかった。

 

『レーダーにミサイルを捕捉しました!』

 

 壬姫の叫びに全員の視線が天空へ注がれる。

 

『目標を狙い撃ちます!』

 

 砲弾を装填し、OTHキャノンの砲口が弾道ミサイルへ向けられる。上下へブレること一往復、僅か数ミリの誤差を感覚だけで修正し、極東一のスナイパーはトリガーを引き絞った。

 飛翔する弾頭を見つめ、全員の呼吸が止まる。

 

『着弾まで3、2、1……命中!』

 

 ピアティフが報告するより早く、空中で漆黒の巨大な球体が生まれていた。それはG弾が遥か上空で爆発したことを意味している。最大の危機は回避された。もちろん二発目、三発目が来ないという保証はないが、それも不知火・弐式が米軍の軍事衛星をハッキングし、その監視網を掌握して万全の態勢を敷いている。

 誰もが勝利を確信した、その瞬間だった。

 

『衛星軌道上の国連宇宙艦隊より入電! 米軍所属のHSSTが一隻、横浜へ侵入するコースに入ったと! 呼びかけにも応答は無く―――――』

 

 その場に居る全員の背筋が凍りついた。

 

『データベースに拠れば、そのHSSTは最前線へのG弾輸送任務に就いていたとのこと!』

 

 報告する涼宮遥の声は震えていた。

 

『なら、もう一度撃ち落します!』

『無理よ……』

 

 再度狙撃体勢に入る壬姫を夕呼が止めた。

 

HSSTの大気圏突破後のコースは、さっきの弾道ミサイルを破壊したポイントを通っているわ。そのポイントを通過するまではこちらのセンサー類は重力場の影響で全く効かないから、狙撃は不可能』

 

 最初のG弾は囮だった。重力異常帯を作り出すことでこちらのセンサーを無効化できるポイントを作り、そこから本命を叩き込もうというのだ。仮にポイント通過後から目標を捕捉し、狙撃したとしてもHSSTが日本に落下する方が速い。

 ただし、重力異常帯を通過する以上はHSSTも機体に深刻なダメージを受けることになる。運が良ければ通過する前に墜落するか、積まれているG弾が起爆する可能性もある。

 もし通過できなければ彼女達の勝ち。通過すればG弾が本土で爆発することになる。

 

HSSTが重力異常帯に侵入!』

 

 もはや逃げる時間も無い。

 全員が固唾を呑んで見守る中、

 

『目標、重力帯を突破しました! 日本へ、落下します……!』

 

 その瞬間、真っ先に動いたのが珠瀬壬姫だった。あらかじめ当たりはつけていたのだろう、OTHキャノンを操り照準、引き鉄を引くまで一秒も無かった。さらに一度ではない、砲身が裂けるまでひたすらに撃ち続けたのだ。

 重力場のダメージで火達磨状態のHSSTにすべての砲弾が命中したのはさすがと言うべきか。しかし落下する機体の残骸、胴体部から大型ミサイルが発射されてしまった。もちろん、弾頭はG弾である。

 

『そんな―――――――!』

 

 奇跡的にミサイルの推進装置が作動し、まっすぐに横浜を目指してきたのはせめてもの救いか。少なくとも民間人の居るエリアに被害が直接及ぶことは無いだろう。

 万策尽きた。

 もはや抗う術は――――――

 

『未だ! 未だ俺たちはアアアアアアアアアアアアッッ!!!』

 

 飛び出したのは剛田城二の不知火だ。自機の推進器は使わず、敵からむしり取った跳躍ユニットを両手に持ち空中のミサイル目掛けて、である。

 

『剛田君!?』

『茜さんの未来のためならば、俺たちの命を賭ける理由には十分すぎるぜ!』

『俺たちって……』

 

 もう一機、城二に追随する機体がある。相手は戦術機を上回る質量を持っている以上、彼一人ではどうしようもあるまい。

 城二と同じように別の機体の推進器を代わりに使って飛び上がったのは、

 

『多恵、多恵なの!? ダメだよ、そんな……!』

『へ、へへ……茜ちゃんに心配してもらえるなら、百人力だよ』

『意味分かんない! いいから早く引き返して!』

『んー……それは、たぶん無理、かな』

 

 モニター越しに映る築地多恵の顔は俯き加減で表情を見ることは出来なかったが、それでも茜には背後のシートが赤黒く染まっている様子が見えてしまった。

 

『その血……多恵っ!?』

 

 多恵は答えなかった。

 彼女の体は長時間の激しい戦闘によって限界を超えてしまっていた。今の今まで意識があることも、強化装備の生命維持装置をフル稼働させてようやく、といったギリギリのレベルなのだ。すでに傷口は開ききり、出血はどうにも止まらない状態で、あと数分足らずで絶命するだろう。

 そんな彼女を城二が拒まなかったのは、二人の間にある種のシンパシーが生まれていたからに他ならない。

 

『剛田、少尉……準備は、ええっが!?』

『勿論だ、いくぞおっ!』

『おおよ……!』

 

 ミサイルは眼前に迫っている。弾頭と最低限の推進装置のみを取り付けた簡易な造りだが、秘められた破壊力は恐らく東京湾ごと横浜基地を太平洋の一部にできる。ここで防がなければ日本に……否、親愛なる涼宮茜に未来は無い。

 二人のスロットルを握る手に力がこもる。

 

『ここが正念場だ! 気張れよ不知火ィィィィィィィィッ!』

 

 城二の咆哮と共に、彼の不知火が両腕を広げてミサイルに真正面から組み付いた。同時に推進器の出力を最大まで開放し、ミサイルを減速させようと試みる。

 しかし、質量の差はあまりに歴然としていた。落下速度と相まって城二の機体は今にも押し潰されんばかりだ。不知火の全身から火花が飛び散り、関節のモーターが悲鳴を上げて「限界だ」と訴えている。

 それでも彼は機体を下がらせようとはしなかった。あと少し、あとほんの少しだけでいい。一呼吸分でも持ち堪えてくれれば――――――

 

『やれェッ! 築地ィィィィィィィィィィッ!!!』

 

 城二が押さえ込んだことで僅かにミサイルは失速していた。それは同時に数秒の間だけミサイルが滞空することを意味している。実際には一秒あったかどうかも分からない。その刹那に、二人は何の打ち合わせも無く全てを賭けていた。

 

『やあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』

 

 武器も何もかもをかなぐり捨てた多恵の不知火は、その両腕の拳をミサイルの弾頭と推進装置を繋ぐボルトへ叩き付ける。砕かれたボルトが吹き飛び、推進装置の加速と城二の不知火による減速が均衡を保っていたミサイルの構造にほんの少しばかり歪みを生じさせた。

 しかし、その歪みは瞬き一つの間に弾頭の接続部分を破壊し、完全に推進装置と分離させてしまったのである。つまり弾頭だけは城二が押さえ込んだまま、ミサイル後部の推進装置は多恵に弾き飛ばされる形で大地へ向かって突っ込んでいくことになる。

 結果―――――――もうG弾は横浜には届かない。

 逆に―――――――もう剛田城二と築地多恵は助からない。

 

『これまで、か。しかし悔いは無いぜ』

『茜ちゃんたちの命を繋いだんだもん、当然だべ』

 

 これ以上、城二の機体に弾頭を支える力は無く。

 これ以上、多恵の生命を繋ぎとめる方法は無く。

 なにより、二人の機体の推進剤は、たった今ゼロになった。

 

『ああ。これでさようならだ、茜さん―――――――

『バイバイ、茜ちゃん―――――――

 

 

 

 

『う、そ―――――――』

 

 遥か上空で分裂したミサイルを見て、茜はそれだけしか言えなかった。

 城二と多恵がミサイルの横浜到達を阻止したからではない。

 城二たちと共に真っ逆さまに落ちていくG弾の気圧信管が作動し、あの忌まわしい漆黒の爆炎が二人を飲み込んだからだ。

 

『剛田君!? 多恵!? 返事をしなさいよ! お願いだからっ! お願いだからぁっ……』

 

 その場にがっくりと両膝を落とす茜の不知火。

 かけがえのない親友と、こんな時代に自分を好いてくれた男の死に、溢れ出す涙を止める術を茜は持ち合わせていなかった。

 二人は確かに彼女の未来を守った。しかし彼女の描く未来には、その二人が居ない。これほど虚しいことがあるだろうか……

 

『全ネットワークで後続の攻撃を確認できず。敵の攻撃は……終わりました』

『いえ、まだよ』

 

 遥の報告を夕呼が遮った。他の攻撃を確認できないにも拘らず、一体何に備えなければならないというのか。発令所の夕呼はモニターの向こう、城二たちが散った漆黒の炎渦巻く空へ視線を向ける。

 

G弾の最大の脅威は、爆発後の質量の収縮によって生じる強力な重力偏重場の放出よ。核爆発でキノコ雲が出来るのと同じ原理だけど、こっちはちょっとヤバイわ』

 

 爆発によってその空間に存在していたあらゆる空気や塵は一度外へ押し出されてしまい、爆心地は一時的に真空に近い状態になる。爆発が収まり、外へ押し出す力が無くなると、今度は何も無くなった空間へ周囲の大気が一気に流れ込む。息を出し切って空っぽになった肺が酸素を求めて呼吸するかのように。そして生じた大気の渦は行き場を失って上昇気流へと変化――――――これによって大気中の粉塵などが巻き上げられ、あの有名なキノコ雲を形成するのである。

 しかしG弾の場合は若干性質が異なる。重力爆弾は文字通り重力の偏重によって対象を破壊する。当然周囲には重力場が放射され、それが収まれば今度はそれによって押し出された大気などが爆心地へ流れ込む。問題は、爆心地が重力異常によって一時的に無重力状態になることだ。

 

G弾が危険だといわれる最大の理由。それは爆心地に一時的にせよMBH(マイクロブラックホール)が発生するから。普通は一万分の一秒も構成を維持できずに消滅するけどね』

『では?』

『ええ。今、あそこでMBHが生まれつつあるわ。そしてそれが消滅する瞬間、膨大な量の重力波が発生する。明星作戦では二発のG弾を使うことでその重力波を相殺していたから周辺への過剰な被害は無かったけど、今回は……』

 

 話の流れを察したみちるの夕呼は頷き返した。

 この重力波を防ぐことが出来なければ列島本州の地殻は致命的なダメージを受けることになる。爆発はまずいことに地表ギリギリ、50メートル地点で起こったため、全周囲に放射される重力波は地盤を砕いて地下の活断層を刺激するだろう。下手をすればプレートの活動が活発になり、日本沈没という結末も現実味を帯びてくる。最初の弾道ミサイルは超高度で爆発したため、その重力波も地上へ届く前に拡散してしまったが……

 これがG弾の危険性。不毛の土地を作るのではなく、大地そのものを消失させる禁断の兵器こそ、G弾の正体だったのだ。

 もし、この事態を回避できる人間が居るとすれば……それは運命さえ打ち砕く白銀武だけ。

 その男ももうこの世には居ない。すべては滅びの未来への布石だった。

 

 

 

 

(これで、終わりとは……)

 

 もはや成す術のない現実が眼前まで迫っていた。やるべきことはすべてやった。打つべき手は打った。討つべき敵を討ち、その脅威を振り払ってなお追い縋って来た終幕は、命をいたずらに浪費し続けた人類への罰なのか。

 煌武院悠陽は思う。

 罪を背負い、罰も受けよう。あらぬ罵倒や屈辱にも甘んじよう。

 けれど、まだ諦めたくはない。

 

(珠瀬玄丞斎、剛田城二、築地多恵……)

 

 死の恐怖と相対しながら、それでも自分の意志に従って戦い散っていった者達。彼らの生き様を見届けた時、胸に走った痛みと熱い滾りに悠陽は己の無知を恥じた。聞き知った戦場の慣わしの重さは、自身の想像を超えていたからだ。

 重すぎた。

 それはあまりに重すぎた。

 遠くの誰かのものならば苦も無く背負えよう。しかし、こんなに近くに居た人間の死はそんな軽さではなかった。

 

(白銀……そなたは、これだけの重さを背負い続けていたのですね)

 

 瞼を閉じれば、月光の中に身を投じる男の背中が浮かぶ。横浜基地防衛線で武御雷を駆り、異形の群れへ斬り込んでいった白銀武の峻烈さ。その影に秘められていた戦いの軌跡。それは「生きたい」という散った者の無念を積み重ねて造られた、魂の遺産。

 だから彼は強かった。誰よりも、何よりも強く生きようとしていた。だから自分は憧れた、その一途なたくましさに……

 

「まだ、追いつけますか―――――――?」

 

 脳裏に浮かぶ青年に問いかける。そんなことをしたところで、現実は何も変わりはしないのに。

 

(追いつけるさ!)

「!?」

 

 悠陽の両眼が驚きに開かれた。返ってくるはずのない答えは、やや幼い印象を受けつつも紛れも無く白銀武の声だったのだから。

 

 

 

 その声は真那にも聞こえていたのか、彼女も喉を震わせて辺りを見回した。しかしレーダーには武御雷・極の機影は何処にも映っていない。疲労の蓄積による幻聴の類だろう、と真那が断じようとした時。

 

(久しぶりです、月詠さん)

「シロガネタケル……なのか? あの時の」

(そうさ。今日はあの人の応援と、あの時のお礼を言いに来たんだ)

 

 今度の声はすぐ側、真那のコックピットシートの横だった。姿を見せたのはまだ十四、五歳ぐらいの白銀武。視線はあくまで悠陽の武御雷に向けたまま、彼は語り出した。

 

(ありがとう、月詠さんのおかげで俺は最期まで純夏のために戦えた)

「私こそ許してくれ。私にもっと力があれば、お前たちも……」

(いいんだ。事は全て成るべくして成っただけ……俺のことも、これから起こることも)

 

 悠陽の武御雷が一歩ずつ、ゆっくりと爆心地へ向かって歩き始めた。今なお爆発の収まらないそこは漆黒の闇が蠢いている。

 

「殿下……」

(見届けてあげてほしいんだ。あの人も、やっと自分の戦いを始められるから)

「そうだな、そうだとも」

 

 もはや彼女は国家や政界の傀儡ではない。この美しい青き星を、故郷を守るために立ち上がった一人の戦士なのだ。

 

 

 

 爆心地へ向かって歩く武御雷の中で、悠陽はこれまでの人生の中でもっとも確かな充実感を得ていた。

 何者にも、何事にも縛られず自分の脚で歩くこと、そして自分の行く先を決めることの出来る素晴らしさ。何より心の底から自分の行動を正しいと信じられる確かな手応えがあった。同時に、生まれる結果の全てを受け入れられるだけの強さも。

 それこそ悠陽が白銀武に見た憧れであり、その意味で彼女は彼に追いついた。

 

(今此処に在る自分を信じればいいんだ)

「そんな簡単なことも、いままでの私は出来なかった」

 

 一歩、また一歩と終着点へ近づいていく。迷いも後悔も悠陽には無い。あるのは将軍というしがらみを乗り越えた、人として、一個の生命としての使命感。

 

(もうすぐ、戻れなくなるぜ。全部終わったら、もう人じゃなくなっているかもしれない)

「ふふっ……いまさらそんな脅し文句は不要です。私は、私の信じるままに行動する」

(そうかい。じゃあ、いくぞ!)

 

 不敵に笑う悠陽の表情が苦悶に歪む。彼女の武御雷を背後から巨大な剣が貫いたのだ。不思議なことに背から突き刺さる刀身は機体へ吸い込まれながら、けれど反対側へ突き破ることは無かった。

 一方の夕呼たちには、その剣に見覚えがあった。あの横浜基地防衛線の時に白銀武が振るい、BETAを滅断した合体長刀『因果滅断剣』。しかしその威力故に戦闘終了後、最優先で最下層の機密ハンガーに封印、凍結処理されたはずの代物だ。

 

「くうっ……ぅぅぅぅぅううああああああああああああああああっっっ」

 

 全身を灼熱感が支配していく。何もかもが溶け合って一つになる感覚に、ある種の快感さえ覚えながら巨大な剣のすべてを、悠陽はついに取り込んだ。

 

(さあ、叫ぶんだ! 因果轟断!)

「い……因果轟断!」

 

 悠陽の言葉と共に、武御雷の失った両腕を紅蓮の炎が形作っていく。上腕は燃え盛る火焔そのままに、掌や下腕部は本来よりもやや鋭利な装甲によって覆われた。どんな金属よりも強く、しなやかなそれは不思議な光沢さえ放っている。

 それに併せて、機体全体も形状をより鋭く凶暴なそれへ作り変えていった。

 

(因果滅断!)

「因果滅断!」

 

 再生―――――否、新生した両腕で虚空を掴むと身の丈はある柄が現れた。柄の先にはまだあるべき刃は無い。さらに武御雷の背負う炎が一段大きく燃え上がり、巨大な翼を形成する。

 どくん、と一際大きな鼓動と共に天に雷鳴が轟き、今まで立ち込めていた黒雲が晴れていく。見渡す限り広がる空は紅蓮の炎に覆われ、脈動するように蠢いていた。

 

(因果守護神!)

「因果守護神、武御雷・真打!」

 

 白銀武の位相因果操作能力の結晶たる因果滅断剣を取り込み、悠陽と武御雷は世界を護る超存在へと進化した。忌むべき因果を逆転させ、断ち滅ぼすための剣は、新たな主へ継承されたことでもう一つの可能性に目覚めたのだ。

 この世全ての生命を護り抜くために、あらゆる厄災の因果を討ち滅ぼす『因果守護』の力である。

 

「冥夜……」

 

 コックピットのコンソール、その端に結わえ付けられた人形を一度だけ撫で、悠陽は操縦桿を押し込んだ。刀身のなかった柄の先端から紅い粒子が溢れ出し、見事な紋様を施された長刀を作り出した。しかし驚くべきはその尺である。ゆうに百メートル近い刃は、自重だけで武御雷・真打の両脚が大地へめり込んでしまうほど。

 これこそが因果守護宝剣『皆琉神威・真打』である。正真正銘、人類最後の希望。

 

「人の道は人自身が切り拓き、生命の行き着く先は生命自身が選ぶもの。妄執と諦念が生みし災いの火種如き、阻めるものではないと知れ……!」

 

 宝剣を正眼に構え、振り上げる。その恐るべき自重を微塵も感じさせない流麗な動作に、大気が戦慄く。次の瞬間、武御雷・真打は虚空へ身を躍らせていた。

 

「はああああああああああああああああぁっ!!!」

 

 跳躍と共に下段へ構え直した『皆琉神威・真打』で逆袈裟に斬り上げ、眼前に渦巻く暗黒の爆炎を一気に吹き飛ばした。存在の因果を断ったのである。中空で悠陽の返す刃は次いで現出した重力波と激突する。

 刀身の紋様が眩い輝きを放ち、深紅の雷光を束ねてその刃をさらに巨大な物へと変じさせた。その切っ先は天を衝き、成層圏を越えて宇宙の果てまで伸びていく。

 

「命を、無礼るなああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 渾身の力を籠めて振りぬけば、鈍い金属音と共に重力波が消失する。振り下ろされた刃はそのまま崩壊直後のMBHを直撃し、完全に粉砕した。

 見上げれば空は因果守護宝剣の斬撃によるものなのか、罅割れて合間から七色に輝く空間が覗いている。周囲の景色もたわみ、どうやら空間そのものが不安定になっているようだ。

 

「これは……どういうことですか?」

(世界の歪みが歴史の限界点を超えてしまったんだ)

「歴史の限界点?」

(そう。白銀武の能力である「位相因果操作能力」は世界を作る根幹を著しく傷つけてしまう。人間でも限界を超えて力を発揮した筋肉は千切れてしまうだろ? それと同じさ)

「つまり、無理が祟ったと」

 

 少年・白銀武は頷く。

 

(レーザーを捻じ曲げたり、G弾の爆発を無かったことにしたり……在りえない事が起こり過ぎて、歴史がパンクしちまったのさ)

「では我々はどうなるのです」

(道は二つさ。一つはこのまま歴史の崩壊に身を委ねて破滅する)

 

 もう一つは、と少年が指差したのは空の彼方。空間の割れ目に見える虹色の

世界。

 

(新しい歴史を目指す。この世界全員を連れて行けるわけじゃないけど)

「不可能でしょう。そんなこと……」

(不可能じゃねえよ。そのための因果守護神なんだから)

 

 にい、と笑う白銀武はとても無邪気だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは忘れられた昔話。 

 平和な世界を突然、たくさんの化け物が現れてみんなの幸せを奪ってしまいました。みんなは幸せを取り戻すために戦いましたが化け物はとても強くて、一人、また一人と諦めていきました。

 ある日、みんなの前にとても強い光を持った少年が現れました。少年は言います。「誰も戦わないのなら、僕が戦おう」と。少年が持っている光をかざすと、化け物たちは次々に力を失って倒れていきました。

 化け物たちは次第に減っていき、ついに居なくなってしまいました。けれど光を持った少年も居なくなっていました。

 そしてみんなは気付いたのです。みんなが大事にしていたのは少年の持っていた光で、誰も少年のことを大切にしていなかったことに。

 

 

 

 

「――――――がね。―――――し―がね!」

 

 ん、まだ眠い。

 あと五分ぐらい寝かせろ。

 

「――――――ろがね! 起きてよ白銀! 重いんだってば!」

 

 だから疲れてんだよ、俺は。

 もうちょっとこの、柔らかくてふかふかな感触を楽しみたいだけ。

 

「ま、また人の胸ぇぇぇぇ……揉みしだくなぁっ!!!」

「げぼあっ!?」

 

 いってえええええええっ!!!

 頭が割れる! っつうか割れた! 物理的に頭蓋骨が!

 

「で、起きた?」

「おう、起きた」(わきわき)

「だから揉むな!」

「ぎゃばっ!?」

 

 今度は鳩尾にストライク。肺の空気が一瞬にしてゼロになったぜ。

 

「――――――って、俺たち、生きてるのか?」

 

 恐らく寝ている間に押し倒したと思しき柏木から離れて、辺りを見回すと武御雷・極の操縦室だった。一方、操縦席にそれぞれ座っている冥夜と霞は俺に生温かい視線を送ってくる。

 

「起き抜け早々、破廉恥だな。武」

「……不潔です」

「ふ、二人とも無事だったんだな〜。よかったよかった」

 

 と、とりあえず場の空気を和ませなければ。霞が何故か自身の胸元を見て悲しそうな目をしていたが、今は置いておこう。

 

「それで、状況は?」

 

 先に目を覚ましていた三人に改めて話を聞いてみる。

 

「電力が来ていない。おそらく最後の突撃でメインエンジン諸共すべての動力が停止したようだな。おかげで出入り口の隔壁も開けられない。無論、鑑とも連絡がつかない状況だ」

 

 嘆息する冥夜だけど、悲観はしていない。他の二人も同じで、特に霞は純夏が生きていると確信しているみたいだ。

 

「まずは操縦室を出よう。話はそれからだ」

 

 幸い緊急排除用の炸裂ボルトは生きていた。スイッチレバーを引くと爆竹を数倍にしたような音がして、ハッチが前へ倒れた。

 ―――――――ん? 前?

 

「…………は?」

 

 俺は眼が点になった。

 冥夜たちも開いた口が塞がらない様子。

 無理もないさ。

 だって目の前に広がっている光景は、武御雷・極の内部通路なんかじゃない。

 

「な、なんじゃこりゃああああああああああああああっ!?」

 

 周りは森林地帯で、なのにどこか焦げ臭い匂いが漂っていた。遠くからは聞いたこともない鳥の鳴き声が不気味に響いてくる。改めて周りを見てみると、どうやらこの操縦室のブロックが空から落ちてきて森の木々を薙ぎ倒し、ようやく止まったのがチョット前……という雰囲気。

 

 そして、同時にそれは武御雷・極と純夏が失われた、ということも物語っていた。




筆者の必死な説明コーナー(ひたすら平伏編)

 

ゆきっぷう「『MUVLUV Refulgence] 滅』をお読みいただきありがとうございました! この滅シナリオだけで、A4ページに換算しておよそ58ページ、延べ39000字超のロングSS(もうショートじゃねえ)を読破した皆さんは勇者です!」

 

悠陽(神)「なんと不毛な……」

 

ゆきっぷう「今回の翔シナリオと滅シナリオで100ページオーバーを宣言してしまったからね。まあ予想通り、というのが正直なところ」

 

冥夜「それで二月全公開予定が、ここまで延期したのか」

 

ゆきっぷう「ささっと書き上げても良かったけど、内容的に妥協したくなかった。特に城二と多恵のシーンと、最後の悠陽のシーンは複数パターン作ってて選考に時間食ったからね」

 

悠陽(神)「ゆきっぷうが……」

 

冥夜「まともなことを言っている。珍しい」

 

ゆきっぷう「(スルーして)まず補足としてお伝えしたいのは、滅こそがRefulgence本来のエンディング、ということです。世界を救うため、敵を倒すため、生き延びるために禁断の領域に手を出した。そのツケがこの滅シナリオだったのです」

 

冥夜「では翔は?」

 

ゆきっぷう「元々Refulgenceは白銀武個人の闘いという題目だったけど、結果としてオルタ世界だけでは終わらないということの証明になってしまった。原作でもBETA戦争自体終わっていなかったから、仕方ないといえばそうなんだけどね」

 

冥夜「つまり?」

 

ゆきっぷう「戦いの舞台は地球から銀河規模へ移った、ということ」

 

悠陽(神)「……また途方もない話を」

 

ゆきっぷう「BETAの創造主は太陽系外、下手をすれば別の銀河に居るかもしれない相手だ。武の戦いはそいつをブッ倒して初めて完結するのさ。Refulgenceも、他の同じ路線のオルタ二次創作SSも最終的にはそういう結論に行き着かざるを得ないだろうよ」

 

冥夜「むう、まあ間違いではないだろうが。書けるのか?」

 

ゆきっぷう「書くさ。もっともしばらくはチェン恋(自作真・恋姫SS)の方が主流になるだろうけど」

 

冥夜「あちらも大分危険な香りがするが」

 

ゆきっぷう「言っとくけど、人事じゃないぜ?」

 

アヴァン「ちょっと待ていっ!」

 

ゆきっぷう「何だよ息子。俺は今真面目に忙しいのだ。ページ数も限界だし」

 

アヴァン「ならば一言だけ言わせろ!」

 

ゆきっぷう「じゃあ言ってみろ」

 

アヴァン「あれだけ立てていた全滅フラグは何処に消えた!」

 

ゆきっぷう「馬鹿だな。因果守護宝剣には死亡フラグキラーの効果もあるんだぞ」

 

アヴァン「まぢ?」

 

ゆきっぷう「マヂ」

 

冥夜「では皆の者、機会があればまた会おう!」

 

悠陽(神)「ご愛読、ありがとうございました」

 

 

真・完結!

 

 

冥夜「それで姉上は、やはり神になったのですか? 名前の後ろに(神)と付いておりますが」

 

悠陽(神)「あ…………」




武たちはどこに?
美姫 「やっぱりそこが気になるわね」
だろう。悠陽も気になるけれど。
美姫 「あとがきで更に疑問が出てしまったわね」
(神)だもんな。と、何はともあれ、完結おめでとうございます。
美姫 「まだ続きがありそうな口ぶりだけれど」
うーん、ちょっと、いや、かなり楽しみです。
美姫 「けれど、とりあえずは完結おめでとうございます」
お疲れ様でした〜。



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