――――それは、許されなかった第三の未来。

とても激しく、熱く、果てしない、

選ばれた命の物語――――

 

 

 重い瞼を開くと、そこは『極』のエンジンルームだった。00ユニット専用の部屋である此処は、計器や操作盤の類は一切無い。あるのは人一人がすっぽり納まるほどの無機質なポッドだけ。ここに入って純夏は機体の出力調整や重力制御を全て行なう……

 

(まだ、五時か)

 

 時計は午前五時を少し廻ったぐらいだ。俺は結局コックピットシートでは寝付けなくて、純夏の居るこの部屋に来た。あとはまあ、「くんずほぐれつ」って奴で、深く思い出さないほうがいいだろう。内容的に。

 

「ぶえっくしっ!」

 

 冷暖房完備とはいえ、さすがに真っ裸にジャケット被っただけじゃ寒いか。

 

「タケル……ちゃん?」

「ワリィな。起こしちまったか」

 

 となりでもぞもぞと蠢く謎の物体――――ではなくて、純夏が気だるそうに体を起こした。本当なら少しでも負担を減らして、戦いに備えなきゃいけないんだが本人は至って普通にあくびをしている。

 

「緊張感無さすぎだぞ、あと一時間もしたら出撃なんだぞ?」

「うん。まあそこは、タケルちゃんが全部頑張るってことで」

 

 全部俺かよ。しかも何をはにかんでやがる。

 

「たっぷり注がれちゃったし」

「生々しいわ! んでもって関係ねえ!」

「嫌がるわたしをタケルちゃんは無理矢理組み伏せて―――――」

「事実を改竄すんな!」

「えー? でもタケルちゃんからしてきたじゃん」

 

 ぐむぅ。そこを突かれると反論できんじゃないか。

 

「あ、でも……御剣さんと柏木さんには悪いことしちゃったかな」

「ここでそういう話に持ってくな」

 

 純夏は俺の言葉なんかまったく聞かず、言葉を紡いでいく。

 

「だって最後の夜なんだよ? 二人だってタケルちゃんと一緒に居たいって思ってるはずだもん」

 

 確かに、冥夜と柏木が俺に対して好意的を通り越した感情を持っていることは知っている。というか、あれだけ宣言されちゃあ知らないほうがおかしいだろ。

 んで、俺も二人を大切にしたいとは思っている。特に柏木には責任もあるらしい(速瀬中尉談)。さらにちょっと距離感のある冥夜も、いずれはそういう関係に発展する可能性もゼロではなく、いつだったか恋の告白をしてきた霞とて……

 

「タケルちゃん、なんかヤラシイこと考えてるでしょ」

「考えてねえ。三対一の圧倒的不利な戦況をどう打開するかで悩んでるだけだ」

「その状況を想定してる時点でアウトだよね」

「ゲ」

 

 しまった! 裏を返せば三人全員面倒見ること前提になってるじゃねえか!

 

「はいはい。タケルちゃんはいつまで経ってもバカでした、と」

「あのですね、純夏サン? ボクにはボクのジジョウというものがデスね……」

「でもこれでお別れなんだよね」

 

 純夏のその一言で現実に引き戻される。

 この戦いが終わればそれで純夏とは二度と……もちろん生き返る可能性はゼロじゃない。俺の能力を使えばもしかしたら何とかなるかもしれない。

 だけど、それでも―――――――避けられない結末がある。

 復旧の見通しが立たない反応炉。

 迫る決戦。

 そして、純夏の『最期まで』という意思。

 

「た、タケルちゃん?」

 

 抱きしめた胸の中で、純夏は戸惑った表情を浮かべていた。それでも俺はこいつを離さない。敢えて終わることを選んだコイツを、少しでも強くはっきりと憶えていたいんだ。

 

 

 

 

灰色という素材剥き出しの色合いのまま、佇んでいる機械仕掛けの巨人。

 その突き出した胸の装甲に立つ柏木晴子は、これから待ち受けているであろう無数の難関と敵の大軍団との激闘を脳裏に描いていた。勝機は今これより一両日中であり、打ち勝つ望みは殆ど無い。今度ばかりは白銀の起こす奇跡でさえも飲み込んでしまうほどの絶望が自分達の前に立ち塞がっている。

 前には地上最大級のオリジナルハイヴとそれを守るBETAの軍勢。

 後には延べ八百を超える戦術機と大小百余隻の大艦隊を擁する反オルタネイティヴ4勢力。

 

「いくらなんでも、これは無理だよねぇ」

 

 白銀武はこれまで途方もない無茶をやってのけている。

 BETAの誇る必殺必中のレーザー攻撃を臆することなく正面から打ち払い、ただひたすらに敵を薙ぎ倒すその姿は神々しくさえ見えた。もはや人の域に在らず、その身は遥か高みに至っていると言っても過言ではないだろう。

 だが今度ばかりは不可能だ。前後の双方から迫る二つの大軍を同時に相手にすることなど出来るはずが無い。

 

「よう、柏木。辛気臭い顔してんなぁ、ちゃんと寝れたか?」

「白銀こそだいぶお盛んだった見たいだけど、ちゃんと体力残ってる?」

「うぐ……」

 

 後ろから相変わらず陽気な声で話しかけてきた白銀武は、どこか寂しげだった。今も痛いところを突かれて呻く姿は、どこか滑稽だ。

 時刻はまもなく午前六時。もう少しすれば出撃準備で此処も慌しくなる。

 

「もうすぐだな」

「うん。ちゃんと戻ってこれるかな」

 

 行く先知らずの片道切符だ。乗ったら最後、行き着くところまで行くだけの暴走列車。帰りの事なんか誰も知らないし、道もない。そんな不安を感じ取ったのか、武は申し訳なさそうに言う。

 

「柏木、無理してついて来ることは――――」

「違う違う。何処に行っても帰ってくる場所は此処、って意味。白銀はすぐ早とちりするんだから」

「う、うるせえよっ」

「でも不安なんだよ、私」

 

 晴子の顔から作った笑みが消える。残ったのは想いに焦がれた女の眼。

 

「ちゃんと、繋ぎ止めてよ」

 

 するり、と廻された武の腕が晴子を強く抱き寄せた。

 二人の距離が一瞬で縮まって互いの体温と呼吸を意識させ、それはすぐさま抑えられない昂ぶりとなる。どちらから、ではなく自然と触れ合った唇同士は啄ばみ合うことはせず重なったまま。

 

「――――――で、二人とも。もうすぐ最終点検が始まるのだが?」

「「わひゃおぅっ!?」」

 

 晴子と武の間を割るように現れた冥夜がおごそかに告げると、二人はそそくさと一歩離れて口笛を吹いたり遠くを見渡したりと挙動不審全開で誤魔化しに入った。

 時計は午前六時四分。コックピットからは外まで聞こえるほどの大音量で夕呼が何やら叫んでいる。

 

「冥夜」

「どうした、タケル?」

 

 コックピットに戻ろうとする冥夜を呼びとめた武は、彼女の額へ不意打ちのキッス。突然のことにたたらを踏む冥夜を見て笑いながら、

 

「呼びに来てくれた御礼だよ。サンキュ」

「う……うむ」

 

 頬を紅くして告げる武。

 出撃の時は近い。

 

 

 

 

 

 

 

MUVLUV Refulgence

~Another Episode of MUVLUV ALTERNATIVE~

 

],絶対運命・翔

 

 

2001年12月31日 06:14

国連極東方面第11軍横浜基地・90番ハンガー

 

『メンバー全員の搭乗を確認。バイタルチェック、異常なし』

『電力供給開始まであと六分です。各セクションはスタンバイ開始してください』

『帝国軍より通達。BETAの大規模移動を確認、敵は地下茎を通り旧新潟・長野の県境まで到達していると予測されます』

 

 次々に飛び込んでくる情報を聞き逃さないようにしながら、俺は改めて武御雷・極のコックピットシートに座り直した。新品特有の固さが残っているクッションに背中を預けながら、足の位置や操作レバーの確認も忘れない。

 

「白銀、発進シークエンスまであと五分だよ」

「分かってる。そっちはどうだ?」

 

 尋ねてきた柏木に問い返すと、俺に背を向けたままぐっ、と親指を立ててみせた。

 

「コックピットはまんま戦術機と同じだからね、違和感は無いよ。御剣はどう?」

「ああ。しかし我らが同じ操縦室の中にいるというのも不思議なものだな」

 

 柏木と冥夜は俺のシートの左右、斜め前の副操縦席で発進の準備をしている。

 この武御雷・極の操縦室は戦術機としてはかなり特殊で、俺と霞を含めて四人が入って操縦する。純夏はすぐ真下のエンジンルームで機関制御を担当するから一緒には居られないが……

 

「ですが、白銀さんの席が一番すごいです」

 

 霞に言われて俺は苦笑するしかない。

 何せ通常の戦術機と同じ操縦桿が一対とコンソールパネルに加えて、天井と左右から計7本のレバーが突き出ている。さらに足元のペダルは歩行用、噴射跳躍用も含めて何故か5つある。こいつらは全部、機体を一人で操縦する時の為のもので、通常は他の副操縦士が分担するから使わないのだそうだ。

 それにしたって数が多すぎるだろ、夕呼先生……

 

『白銀、そっちの準備はどう?』

「あ、先生―――――――バッチリですよ、いつでもいけます」

 

 モニターの向こうで目元にくっきりと隈を作った夕呼先生が口元を吊り上げた。疲労困憊の表情だけど、その眼は爛々と燃えている。

 先生も、その後ろに立つラダビノット司令や他のオペレーターたちも……顔に迷いの色は無い。

 

『……アンタ達に人類の命運を、三十年来の決着の全てを委ねるわ。発進シークエンス、開始!』

「了解!」

 

 機体の周囲から甲高い駆動音が聞こえてくる。

 武御雷・極はその特殊な機体構造が原因で、補助動力だけではムアコック・レヒテ機関を完全に稼動させる事が出来ない。だから出撃するためには横浜基地の原子炉から電力供給を受ける必要がある。

 先生の話じゃ発進するのに基地の全エネルギーを使わなきゃならないらしいけど……

 

『メインケーブル接続確認! 1番から8番までの予備回線を全開放します!』

『発進ゲート、開け!』

 

 機体のカメラが、ハンガーの天井が二つに割れてそこから漏れて来る外からの光を捉えた。

 

『原子炉、臨界運転に入ります!』

XJ1、ムアコック・レヒテ機関を起動せよ!』

「了解……起動します」

 

 霞の操作で機体の動力に火が入る。ちなみにXJ1というのは武御雷・極の作戦コードだ。

 

『ムアコック・レヒテ機関の起動確認! エネルギー充填率43%!』

XJ1を発進位置へ誘導します。電磁カタパルト接続!』

 

 ガコン、という轟音と共に機体が動き出す。再突入用増加装甲を纏った状態のまま電磁レールに乗せられて、ちょうど頭を斜め上へ向けた状態に固定。同時に地上への射出レールが展開していく。

 

『ムアコック・レヒテ機関の回転数、第一段階に到達! エネルギー充填率58%!』

『基地の地上および中層までの電力供給をカット!』

 

 いよいよ基地の電力がこっちにまわってきたな……

 

『エネルギー充填率64%! ムアコック・レヒテ機関の回転数は第二段階に!』

「よし……霞! ラザフォード場を展開してくれ!」

「はい、ラザフォード場を展開します」

 

 周りの空気がたわんで、強力な重力場が足、腰、胴体と機体を覆い始める。充填効率は下がってしまうが、予めラザフォード場を展開しておかなければ最大出力に到達した時に生じる重力場の反動に機体が耐えられないのだ。

 

『これより全施設のエネルギー供給を停止します。管制コントロールをXJ1へ』

「了解しました」

 

 此処から先は霞の誘導で発進シークエンスを進めることになる。発令所も電力が止められてしまって何も出来ない状況になっちまうからな。

 

「充填率上昇……79、83、88―――――」

 

 カウントの声がコックピットに響く。

 胸を打つ鼓動の音さえ静まって、高まっていくムアコック・レヒテ機関の回転音がその時が近いことを教えてくれる。

 けど外はそんな状況じゃないらしい。

 発生したラザフォード場は凄乃皇よりもかなり強力なものらしく、ハンガー内の機材やコンテナがふわふわと宙に浮いてしまっている。見る限り完全に無重力状態らしいな。

 これじゃあ基地の人達にどんな影響が出るか分かったもんじゃないぞ……!

 

 

 

 

 穴だらけの滑走路に立ち並ぶ十二機の不知火たちは一様に膝を折り、地に伏せていた。桜花作戦で出撃する武たちを見送り、その殿を務めるはずのヴァルキリーズの面々は突如発生した重力異常に身動き一つ出来ない状態に陥っていた。

 幸い今のところ機体に損傷は無いが、これでは万一の時に対応できない。もっともこの状況下では敵も何かできるとは思えないが……何より基地内の人員の安否も気にかかるところである。

 

「ちぃっ……」

 

 不知火・弐式のコックピットの中でみちるは舌打ちした。

 アルフィ・ハーネットから預かったカスタム機だが、これでは宝の持ち腐れというものだ。それにこの状況が続けば機体は耐えられても中の人間がまいってしまう。動かす人間がいなければ戦術機などただの精密機械の塊に過ぎないのだ。

 時刻は6時42分。

 秘密兵器の発進まであと18分――――――

 

 

 

 

 エネルギー充填率は90%手前で上昇が止まっちまった。

 きっと電力供給がほんの僅かに足りなかったんだろうけど、このままじゃムアコック・レヒテ機関が完全に起動しない。武御雷・極はムアコック・レヒテ機関の完全駆動による重力制御で稼動するが、そのための電力エネルギーは最大出力の機関の余剰電力で賄われている。さらに荷電粒子砲の発射エネルギーまで補えるほど強大だ。

 つまり最大出力時の余剰電力とグレイ・イレブンがある限り武御雷・極は動き続けられるが、それにはどうしても最初にムアコック・レヒテ機関を最大出力に到達させる必要がある。ほんの少しでもエネルギーが足りなければ補助動力を使わなければならず、その状態ではエネルギー効率が大幅に低下してしまいほんの十数分で機能停止してしまう。補助動力は最大出力だと十分しか稼動できないからだ。

 これが武御雷・極の最大の弱点。膨大な量のエネルギーを確保できなければ立ち上がることさえままならない。

 

「くっ……どうする、タケル。このままではBETAが横浜基地に到達するぞ」

 

 一刻も早く出撃しなければ再上陸したBETAが基地を襲撃してしまう。その前に基地を出て奴らを迎え撃たなければならないのだ。

 

「そうだ!」

 

 悩む俺と冥夜の横で柏木が唐突に手を打った。

 

「社少尉。これの再突入用装甲って外せる?」

「はい、外すことはできます。でも搭載している対地殻誘導弾も一緒に放棄してしまいます」

「でも外せば、その分使うエネルギーは少なくて済む」

 

 身軽になればその分エネルギーを効率的に使うことができる。人間誰しも、重いものを持ったままでは自身の運動能力を最大に発揮することは出来ない。発揮できても普段より多くエネルギーを消費せざるを得ない。

 ならばその重量を減らせば―――――

 

「そうと決まれば話は早いぜ。ミサイルの二、三発ぐらい俺が補ってやる!」

 

 武御雷・極と俺の因果操作能力、そしてそれをサポートする仲間がいるなら力は無限大だ。

 俺はすぐさまレバーの一本を掴んで思い切り手前へ引いた。たちどころに増加装甲の炸裂ボルトが作動してあらゆる装甲が弾け飛んで無重力状態のハンガーを漂う。

 

「増加装甲の排除を確認しました。充填率100%を突破、行けます!」

 

 霞の声にエンジンルームの純夏が応えたのだろう。ムアコック・レヒテ機関の出力表示が最大になり、同時に無重力状態が解除されて浮いていた物が次々に落下していく。どうやらラザフォード場を完全に制御しきれなかったことが悪影響を及ぼしていたらしいな。

 

「冥夜! 柏木! 霞! いくぜ!」

「応とも!」

「いつでもいいよ!」

「はい……!」

 

 力強い仲間達の応え。

 

(タケルちゃん。一緒に頑張ろうね、最後まで……)

 

 そして、脳裏で純夏の声を受け取ったら準備は万端。

 

「武御雷・極! 発進だあぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」

「OK! ラザフォード・ウィング、展開!」

 

 一歩、二歩と踏み出し背中の重力場制御推進翼――――ラザフォード場を推進エネルギーに変換する―――――ラザフォード・ウィングを後ろへ限界まで伸ばして発進態勢を取る。

 増加装甲を外してしまった以上、電磁カタパルトはもう使えない。あとは自力で飛び立つ!

 

「純夏ァッ! ラザフォード場を螺旋状に展開しろ!」

(え、ええ!?)

「ドリルみたいにブン回せばいいんだよっ!」

(あー、なるほど! 分かったよ!)

 

 空間が鳴動して回転を始めたラザフォード場がハンガーの床や壁面を削り取っていく。そのままハンガーを出ると基地のメインシャフトを一気に降下して隔壁をぶち破り、最下層の反応炉に辿り着く。

 

「タケル、どうするつもりだ?」

 

 俺のやろうとしていることを分かった上で、冥夜はわざとらしく聞いてくる。

 

BETAは昨日使ったこの穴から来るつもりだ。だから今度はこっちから仕掛けてやるんだよ」

 

 目の前に聳え立つ反応炉の向こうには、外壁を食い破って這い出た小型種が通ってきた地下トンネルがある。もっとも直径は10メートルも無く、とてもじゃないが通る事のできるサイズじゃない。

 

「ああ、それでドリルなんだね」

 

 柏木が得心したように頷く。

 そうだとも、どれだけ小さい穴でも掘って広げて進めば何の問題も無い!

 

「ブチかますぞ! 冥夜、柏木、推力全開だ!」

「「了解!」」

 

 ウィングから発生する重力偏重場がさらに唸り声を高くする。メイン・ホールに散らばる瓦礫がうねる風に巻き上げられて俺たちの後ろへ吹き飛んでいった。

 

「霞は誘導頼む! 地面の下じゃ目印なんか何もねえからな―――――――行くぜっ!」

 

 音速を超える速さで壁に激突……いや、突き破ってBETAの掘ってきたトンネルを逆走する。最初は小型種用の小さな通路だったそれは、ほんの数秒のうちに要塞級が楽に通る事のできるぐらいのサイズに変わっていた。けれど『極』を中心に発生した重力偏重の嵐は半径百五十メートルを超えていて、基地へ侵攻中のBETAに逃げ場はない。

 加速のGでシートに無理矢理押さえつけられる圧迫感に耐えながら、霞が叫ぶ。

 

「白銀、さん! 前方に……師団規模の、BETAを確、認!」

「問答無用だぜ、押し通る!」

 

 俺は敵の姿を見定めると、『極』をその群れへ真正面から突っ込ませる。敵は悉く偏重場に巻き込まれて、苦し紛れに放ったレーザーも崩落する岩盤に阻まれてこちらに届く前に無力化されてしまった。

 

 

 

 

 暗闇に閉ざされた発令所で夕呼は床に突っ伏していた。いきなり無重力状態になって空中を漂えば、これまた唐突に元に戻って―――――およそ一メートルの高さとはいえ――――――――頭から床に叩きつけられてはどんな人間にも大打撃だ。

 思い切り打ち付けた側頭部を擦りながら何とか立ち上がると、すでに基地内の電力供給は復旧し始めていた。

 

(上手くいったみたいね……)

 

 すでに90番格納庫に武御雷・極の姿は無い。しかし気がかりなのは強引に千切り破られた最下層の隔壁だ。

 現に地上でも、開いた発進ゲートから一向に武たちが出てこないことでヴァルキリーズから問い合わせが来ている。答えたいのは山々だが夕呼たちも武がどこへ行ったのかさっぱり見当がつかない。

 

「司令! 帝国軍の仮設観測所から緊急連絡! 大深度地下から巨大な掘削音が―――――!」

「な、なんだと!?」

 

 掘削音とは一体どういうことだ? しかもそんな深さからはっきり確認できるほど大きい音となると、移動物体はどれほどサイズだというのだ。

 

「現在位置はどうなっている!? ここへの到達予想時刻を算出するのだ!」

「そ、それが……」

 

 通信兵が言いよどんだ。それでも、信じられないといった表情で報告を続ける。

 

「日本海です」

「なに?」

「移動物体は日本海……いえ、佐渡島跡へ向かって一直線に進んでいます!」

 

 その瞬間、夕呼は確信した。

 

 

 ――――――――奴だ!

 

 

 同時に基地全体を激しい地震が襲った。施設が倒壊するほどではないが、立っているのもやっと、というほどの揺れ方に発令所に動揺が走る。

 しかし夕呼だけは違う。

 この揺れの原因も、日本海へ向かう移動震源の正体も、武が今何処にいるのかも。

 

「移動物体、進行方向を変更……す、垂直に上昇中! 地上まで5、4、3……」

「なんというスピードなのだ――――――」

 

 大地を割り、土砂を撒き散らしながらそれは出現した。



 天を覆わんばかりの巨躯は鋼の肉体。大きく広げた一対の翼は不可視の力を帯びてあらゆる脅威を払拭し、天空に羽ばたく力を巨人に与える。

 突如現れた破壊の竜巻が降らせるものは土木だけではない。大地に穿たれた大穴から次々に異形の死骸が空へ舞い、地に落ちる。あっという間に巨人の周囲はバラバラになったBETAで埋め尽くされた。

 

「やりやがったわね、白銀!」

 

 モニターに向かって夕呼が中指を立てる。

 武は宣言どおり、行き掛けの駄賃とばかりに潜行するBETAの大群を薙ぎ払ったのだ。それも奴らが奇襲用に構築した地下茎を逆手に取り、ラザフォード場で敵を押し潰しながら逆走するというトンデモナイ作戦を敢行したのである。

 画面の向こうで武御雷・極が夕呼に気付いたのか、これまた器用に右手の中指を立てて返してきた。もちろん、カメラ目線で。

 それも数瞬のことで、巨人は軽々と宙へ舞い上がった。そして凄まじいスピードで大陸の方角へ飛び去っていく。

 

 此処から先は誰にも立ち入ることの出来ない、たった五人だけの戦争の始まりだった。

 

 

 

 

「日本海上に到達、二十号ハイヴまであと30分だ。上手くいったな、タケル」

「おう、ざっとこんなもんよ!」

 

 手元のディスプレイを睨んだまま冥夜がニヤリと笑った。BETAの先陣を駆逐した俺たちは海面ギリギリを飛行している。次は甲二十号ハイヴを新戦術―――――モニュメント直上から荷電粒子砲で中枢を一掃―――――を試すつもりだ。もちろん、そんな余裕があればの話だけど。

 

「霞、稼働時間は?」

「荷電粒子砲を最大出力で発射すると仮定して、二発分のエネルギーを差し引くと約24秒でグレイ・イレブンの残量はゼロになります」

「テストなんかやってられねえな……」

 

 俺たちの目的はオリジナルハイヴと『あ号標的』の完全破壊だ。こんなところで道草食って、いざ本番で駄目でした――――なんて冗談じゃない。

 

「よし、予定変更。最速最短でカシュガルまで突っ切る!」

「「応!」」

「は、はい……!」

 

 海面を二つに割って走る武御雷・極をさらに加速させる。足元のペダルを踏み込んで背中のラザフォード・ウィングの出力を限界まで高め、引き絞ったスロットルを開放すれば遥か彼方にあった海岸線を一瞬の内に飛び越えていた。

 

「タケル―――――! 機体が下がってきているぞ、このままでは地面に激突する!」

「分かってらい!」

 

 加速のGも物ともせずに(実際は大部分を純夏が中和してくれている)レバーを操って機体を少しだけ上昇させ……ようとして失敗した。武御雷・極は遥か天空へ向かって急上昇を始めて、慌てて元に戻そうと下降させると今度は左斜め下へダイブ。

 

「ぬうわぁああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「ちょっと白銀ぇぇぇっ!」

 

 うろたえる柏木と冥夜だが、かく言う俺もどうやれば上手く操縦できるのか良く分からなかったりする。

 

「だあっ! もうこうなりゃ、気合だヤケクソだ! コンチキショォォォォォッ!」

 

 ぐるぐる廻る視界の中で目指す一点を探す。探してみれば何のことはなく、上下左右に揺れ続けてもその方角だけはずっと見えるどこかに入っているのだった。

 なら話は早いもので、両手のメインレバーを同時に押し倒せば、極は俺の行きたい方向へ進んでくれた。見る見るうちに野を越え荒野を越え、遥か前方の地平線に忌々しい敵の居城が姿を現し始める。

 

「よし……見えたぞ、オリジナルハイヴだ!」

 

 あの独特な色合いを持つ地表構造物のシルエットが――――――

 

「ついに来たのだな、人類決戦の地」

 

 徐々に膨れ上がっていき―――――――

 

「さっさとブッ倒して帰らなきゃね!」

 

 晴れ渡った青空をゆっくりと覆い隠して――――――

 

「大きい、ですね」

「「「………はい、そうですね」」」

 

 何がどうなっているのかは分からないが、俺たちの目の前に現れたのは無機質な建造物なんかじゃあなかった。一言で言うなら地面から生えた上半身だけの化け物だ。俺たちがまだ数キロ離れているとはいえ、地面から見上げると頭は豆粒のように小さい。天候次第では雲に隠れてしまうんじゃないだろうか。

 頭頂部はずんぐりと丸みを帯びた、要塞級の胴体を幾つも繋ぎ合わせたような形状をしていて、あちこちの隙間から光線級の姿が覗いている。

 胴体は恐らくハイヴのモニュメントを骨格に形成されたのだろう。あちこちからそれと思しパーツが見え隠れしていた。しかも至る所に無数のデッキが作られ、そこを足場に重光線級や光線級が展開している。

 両腕は要撃級の衝角をそのままスケールアップしたような分かり易い造りだ。けれどその分、もたらす破壊力も想像することは簡単だった。つまり、ラザフォード場ごと俺たちが潰されてもおかしくない。

 

「くそっ……デカすぎる!」

「全長1000メートル以上です。それに、今も大きくなり続けています」

「ど、どういうこった霞!?」

 

 あんなもんがさらにでかくなるってのかよ!?

 

「目標……仮に『モニュメントBETA』としますけど、これの全身を構成しているのはBETAの各種個体です。それら何万体――――いえ、何百万体が合体してあの巨大BETAを形作っています」

「あれがBETAの塊だっての?」

「ぬう……異形ここに極まったな」

 

 呻く冥夜。

 項垂れる柏木。

 無理もないぜ、あんなもん見せられちゃあ―――――

 

「「――――――――面白い!」」 

 

 ―――――――なんですと?

 

「神宮司軍曹の顔をしたBETAが出た時点でさ、とっくに覚悟は出来てるよ! それに、何が出てきたって私たちの敵じゃない!」

「我らは人類の明日を切り拓く剣なるぞ、こんなところで足止めを食うわけにはいかぬ! さあタケル、指示を!」

 

 ああ、そうだ……俺たちはこんなところで立ち止まっちゃいられない!

 

「うおおおおおおおおっ!!!」

 

 動きを止めていた俺たちへ向かって繰り出されたモニュメントBETAの巨大衝角を極の両手で受け止める。展開していたラザフォード場が軋み、辛うじて受け流しながら一気に上昇する。

 

「荷電粒子砲で奴のどてっ腹に風穴開けるぞ! そこから中へ侵入するしかない! 柏木、発射までにどれぐらい掛かる!?」

「う〜ん、敵の攻撃を回避しながらだと5分は必要かな」

「5分だな! 時間はこっちで稼ぐから砲撃に専念してくれ、霞は柏木のサポートだ!」

「はい……!」

 

 極の腰に装着されていた専用近接長刀『雷桜剣』を掴んで引き抜いた。灼熱の陽を受けて白光を煌かせる切っ先を巨大BETAへ向ける。

 

「冥夜は俺のサポートを! 腕の一本ぐらい切り落とさなきゃ気が済まねえぞ!」

「応!」

「いくぜぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 モニュメントBETAがもう片方の衝角を振り上げる。ギリギリのところをすり抜けても大質量が巻き起こる暴風は破壊的で、極の全身を激しく揺らす。ラザフォード場がなければこれだけでバラバラになっていただろう。

 ウィングの推進力を開放して跳ねる様に突進し、敵の懐目掛けて飛び込む。

 

「タケル、左後方!」

「くうっ!?」

 

 回避したはずの腕のあちこちに穴が開き、そこから無数の触手が飛び出してきた。ぱっと見た感じだと、要塞級のやつだ。

 後ろから迫る攻撃を、機体を捻った回転運動で無理矢理に推進方向を変えて凌ぎ、触手群を正面に捉えたところを胸部のチェーンガンで撃ち落していく。

 

「目標胴体部からレーザー照射! 照射源43!」

 

 冥夜が伝え切るより早く極を背の方へ跳躍させた。バク宙の要領で舞い上がった機体の姿勢を回復させ、迫る熱線を雷桜剣で弾き返す。乱反射したレーザーが大地を焼いた。

 

「タケル、一旦離脱できぬか!?」

「駄目だ! 距離を離したらレーザーの一斉射を喰らっちまう!」

 

 間合いを取ったら無数の光線級に蜂の巣にされる。荷電粒子砲を撃つ時も動きを止めるから同じだ。チャージが完了するまでに何とかチャンスを作らないと……

 

「霞、ラザフォード・ウィングを全開にするとチャージにはどのぐらい時間が必要だ?」

「プラス1分です」

「分かった」

 

 レバーを操作してラザフォード・ウィングの推力を全解放する。吹き出した轟風に群がってきた触手たちが次々と捻じれては弾け飛んだ。重力偏重場の境界に生じる圧力は数百ギガトンなんだ、どんな物体だって砕け散ってしまうだろうよ。

 翼を広げ、もう一度モニュメントBETAの衝角に取り付く。

 

「ラザフォード・ウィング、バトルモード! ねじ切れろぉぉぉぉぉっ!」

 

 機体を思い切り回転させてラザフォード・ウィングを衝角へ叩きつけた。偏重場が凄まじい強度を持つ衝角を飲み込んで、まるで咀嚼するような音を立てて砕いていく。

 飛び散る肉と体液さえ蒸発させるほどの力場を受けては耐えられないのか。半分まで切断されたところで左の衝角は自壊した。切断面からボロボロと組織が崩れ落ち、ついには極の全長の十倍以上の太さを持つ巨腕が大地を揺るがす。

 これにはモニュメントBETAもたまらず、仰け反って悶えている。レーザー照射も止んでしまったようで、すぐに飛び込める程度の間合いを取りながらこっちも着地。

 

「今だ、霞! 急速チャージ!」

「は、はい!」

 

 機体の両肩の装甲が展開して中から荷電粒子砲のモジュールが出現する。充填率は半分くらいでも、ラザフォード・ウィングに廻していたエネルギーを全部荷電粒子砲にブチ込めば足りるはずだ。

 収束された電光がコックピットの中まで覆いつくす。

 握った操縦桿が激動に震える。

 

「柏木っ!」

「照準……良しっ! いっけぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 柏木がトリガーを引き絞る。発射された膨大な運動エネルギーと熱エネルギーの塊が今も悶えているモニュメントBETAに猛然と襲い掛かった。どれだけでかくたって、この破壊力の前じゃ跡形もなく消し飛ぶに決まっている。

 そう確信する俺たちを、

 

「うおおおおおおおおおっ!?」

 

 真下から突き上げる衝撃で一瞬の内に機体が浮き上がる。金属の悲鳴、何かが潰れる音、仲間の叫びを聞きながら俺の意識は闇の中に消えていった。

 

 

 

 

 天高く突き上げられた巨大な衝角は大地を割り、遥か地の底から生えていた。三本目となるモニュメントBETAの腕は的確に武御雷・極を捉え、虚空の果てへ投げやったのである。雲を突き破り、重力の戒めも振りほどいてしまった武御雷・極は今や月の軌道まで到達しているだろう。

 荷電粒子砲に全身の殆どを焼かれてもなお健在で、その生命力の逞しさを物語っている。その体内―――――否、オリジナルハイヴのメイン・ホールに佇む中枢器官である反応炉「あ号標的」は、黙々と与えられた指示の反芻と実行を繰り返していた。

 すなわち、危険レベルに到達した生命体「白銀武」の抹消。

 その指示が一体何処から、誰が出したものなのかは「あ号標的」も分からない。しかしそれが然るべき方式で自分のプログラムに組み込まれていた以上、実行するのみである。

 

「最優先指示、達成……因果崩壊まで、あと――――――」

 

 まもなく滅びの時が始まる。

 白銀武という核を失ったこの世界は、存続することもループすることも無く消滅するだけだ。所詮この世界は一人の男が刹那に抱いた空想の産物に過ぎないのだから……

 

 

 

 

 目を覚ますと、そこは変わらず極のコックピットの中だった。もっとも今は照明も落ちて真っ暗で、明滅するコンソールの明かりだけが廻りを仄かに照らしている。

 

「い……一体、何が?」

 

 まだふらつく頭を引きずるように起こしてみるけど、暗闇が深すぎて皆が無事かどうかは分からない。そもそも俺たちはオリジナルハイヴを攻撃していたはずだ。なのにこの静けさは……

 

「死んだか、な」

 

 それが一番しっくり来た。

 思えばよくもここまで続けられたもんだ。思い出そうとしても記憶は全部暗い闇へ消えて、ただひたすらに疲労感だけが押し寄せてくる。まるで、何もかも無駄だったとでも言うように……

 

『白銀―――――』

「!?」

 

 今の声は、まりもちゃん?

 そんな馬鹿な……まりもちゃんは死んだはずだ。俺がこの手で殺したんだからな。

 混乱して周りを見回す俺の前に、今度はまりもちゃん自身が姿を現した。そこはかとなく透けてるような気もするけど、紛れも無く神宮司まりもその人だ。

 

『白銀、久しぶりね』

「ま、まりもちゃん! 本当に……」

 

 BETAの造った偽者なんかじゃない、まりもちゃんだった。

 

「でも、どうしてここに?」

『ちょっと一喝しようと思ったのよ』

「え」

『私が死んでから恋人ほっぽり出して浮気するし、戦場に出れば無茶苦茶……やりたい放題だものね』

 

 うぐっ! 柏木のことはともかく、戦闘のあれは仕方がなかったんだ!

 

『けれど、そんな白銀のおかげで皆はここまで来れたんだもの。お礼、言わなきゃね……』

「俺は、別に―――――」

『あの時、白銀が引き鉄を引いてくれなかったら』

「言わないでくれ、まりもちゃん!」

 

 あの時、言いたくて言えなかった言葉が溢れ出した。

 

「俺はまりもちゃんが好きだ、大好きだ! なのに撃てるかよ! いくら頼まれたからって撃てるかよ……」

『白銀』

「怖かったんだ。BETAに乗っ取られて、飛び掛ってきたまりもちゃんが。殺されると思った、ここで終わるんだって思った。それが怖くて……無我夢中だったんだ」

 

 目の前の相手を助けたいからじゃない。ただ、殺されたくなくて撃った。柏木にも、夕呼先生にも言えなかった……なんてことはない、臆病者の真実。

 

『いいの、白銀君』

「……まりもちゃん?」

 

 今の呼び方……まさか、元の世界の?

 

『貴方が私の心を救ってくれた。それは本当のことなの』

「俺は、こんな……」

 

 顔を上げれば、二人のまりもちゃんが立っていた。

 一人は軍服姿の。

 もう一人は、私服のまりもちゃんだ。

 

『私たちだけじゃない。例え体を失っても心は貴方と一緒よ、白銀君』

 

 そっと、まりもちゃんの腕に抱かれながら俺は見た。

 暗闇の向こうに立つ、たくさんの人を。仲間を。

 

「冥夜、彩峰、委員長、たま、美琴……」

 

 前の世界で、桜花作戦を一緒に戦った五人。

 そいつらだけじゃない。これまで何処かで肩を並べて戦った人たちが居る。きっともう死んでしまったのだろうけど、その魂だけはこうして俺を見守ってくれていた。

 

「沙霧大尉も、居たんですね」

『ああ。貴様は己の信念を貫き通した一人前の戦士だ。悔い無き道を往け、友よ』

「はい……!」

 

 そして、もう一人。

 

『よお。こうやって顔を合わせてみると不思議なもんだな』

「へへっ……まったくだぜ。自分が二人居るなんてな」

 

 死んだ人間の魂がこうして集まったのなら、こいつが居てもおかしくない。

 この世界の白銀武……月詠中尉の戦いも虚しく、BETAに殺されてしまったもう一人の俺。純夏のために戦うのだと固く信じていた少年。俺には知る術なんか無い、この世界に生きていた俺。

 

『勝って生きてくれ。俺の分も、あいつらのためにさ』

「当たり前だ。なんたって俺は白銀武なんだからな」

 

 そう言い合って、お互い笑うのも同時だった。

 

「じゃあ、戻るよ。まりもちゃん」

『しっかりやりなさいよ。白銀』

 

 頷き返して、眼を閉じる。

 深呼吸……ゆっくりともう一度眼を開けば、そこは同じ極のコックピット。けれど俺の周りにはまりもちゃんたちは居なくて、冥夜と柏木が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。

 

「よう」

「わっあっ!?」

「お、起きたのかタケル! おどろかすでない!」

 

 どっちかと言うと、二人が勝手に驚いているだけなんだけどなぁ。

 

「すまん、ちょっと寝てた。状況は?」

「最悪だよ……」

 

 俯く柏木に変わって冥夜が説明を始めた。

 

「此処は月だ」

「な、何だって!?」

「我らはあの巨大BETAの攻撃を受けて吹き飛ばされ成層圏、地球の重量圏を離脱。その果てに月面に漂着したようだ」

 

 い、幾ら何でも月は無しだろ……

 

「機体のダメージも甚大だ。四肢の駆動系に異常は無いが肝心のラザフォード・ウィングが半壊している。とてもではないが最初のような高速飛行は無理だな」

「むぅ……」

 

 頭を抱える俺たちに、今度は霞が話しかけてきた。

 

「純夏さんから伝言です。荷電粒子砲の発射はあと一回が限度で、砲撃後数分でエネルギーが底を尽きます」

「万事休す、だね」

 

 いや、方法はある。けれどそれを使えばきっと……いや、間違いなく俺は―――――

 

「柏木、操縦は任せる」

「え? 白銀はどうするの」

「エンジンルームに行く」

 

 怪訝顔の三人を残して俺はコックピットを出た。

 目当てはエンジンルームの制御ユニット、つまり純夏がムアコック・レヒテ機関をコントロールしているあのポッドだ。

 

「純夏!」

「た、タケルちゃん? どうしたの、こんな時に」

 

 あらかじめ来るのを知っていたんだろう、純夏はポッドから出て俺を待っていた。

 

「コックピットに上がってくれ」

「タケルちゃん、まさか――――――駄目だよ、それだけは駄目!」

 

 どうやら純夏にはお見通しだったみたいだな。

 

「俺が位相因果操作で機体の性能を限界以上に引き出す。それ以外に方法はねえよ」

「だけど、そんなことしたらタケルちゃんの体が……存在そのものが耐えられないよ」

 

 そうだ。そんなことをすれば俺自身どうなるか分からない。

 今までとは動かすものの大きさが違いすぎる。不知火や武御雷の倍以上はあるんだ。それを長時間、継続して最大出力以上のパワーを発揮させれば反動で俺の方が消し飛んでしまうだろう。

 それぐらい、危険な賭けだった。

 

「ここが正念場なんだ。今無茶やらなくて、いつやるんだよ」

「タケルちゃんが死んじゃうかもしれないんだよ?」

「死ぬか、馬鹿。柏木たちを残して死ねるかよ」

 

 だから、と俺は純夏を抱きしめた。乱暴に、力強く、もう離したくないほど。

 

「俺を信じろ」

 

 泣きそうな顔で縋る純夏をなんとかコックピットへ上げて、俺はエンジンルームの真ん中で直立する。全身から力を抜き、眼を閉じて意識だけを外へ広げていくイメージを描く。

 

『二つの存在を、一つにするんだ』

 

 もう一人の俺の声が脳裏に響く。

 

「二つの存在を、一つに」

 

 それはつまり、外から来た俺と元々この世界に居た俺の存在を統一するということ。

 本来あるはずのない力、その意味。

 すべては、泡沫の夢を幻のまま終わらせないために……

 

 

 

 

 コックピットに上がってきた純夏が砲撃手席について準備は整った。メインパイロットは武から代わって晴子が務める。霞と冥夜は変わらずメインの操縦補佐と出力調整のサポートだ。

 エンジンルームの武から通信が入る。

 

『今から極のリミッターを解除する。そうすりゃ地球まで戻ってオリジナルハイヴをぶっ潰して、お釣りが来るぐらいのパワーは出せるはずだ』

「ふぅん。じゃあ、あとはこっち次第ってこと?」

『ああ。頼むぜ、柏木』

 

 会話はそれで終わった。すでにエンジンの回転音は最高潮に達しているからだ。今にも噴き出して来そうなエネルギーの本流を感じて四人が身構える。

 半壊――――実際には翼の根元ぐらいしか残っていないラザフォード・ウィングを展開させ、晴子は発進体勢に入った。仰向けに倒れていた武御雷・極がゆっくりと立ち上がる。

 

「出力開放まで5、4、3……」

 

 霞がカウントを開始した。彼女の手元に在るモニターでは臨界値を超えた重力エネルギーが機体全体に行き渡り、なおその密度を上げて行く様が映し出されている。カウントの終わりはその理論限界への到達を示していた。

 

「出力、開放―――――――!」

 

 月面に立つ武御雷・極から数ギガトンものエネルギーを持った重力場が展開され、半径数キロメートル、深さ数百メートルのクレーターが誕生する。しかしそのパワーは完全にオーバードライブの領域だ。晴子たちもそのコントロールの仕方が分からず、うねる重力の奔流にされるがままになっていた。

 

「う、ぐううううううっ」

「なんという、出力だ……!」

「体が動かないよ―――――」

 

 飛び立つ前に窮地に陥っている三人の横で、霞だけが前を見据えて叫んだ。

 

「柏木さん、気合です……! レバーを!」

 

 普段声の細い霞の声が、力強く聞こえる。

 戦術機の操縦も半分は気合だ。不知火の機動性についていくには歯を食いしばる以外にない。これも同じことなのだと己に言い聞かせた。

 

「でえええええええええええええいっ!」

 

 動かないはずの腕に力を込めてレバーを引くと、ラザフォード場の出力を調節して力場を安定させることができた。先ほどまでの圧迫感は皆無だ。晴子が試すようにスロットルをゆっくり開いていくと、制止したままの手足から気炎が立ち昇るようにラザフォード場が増幅されて空間をたわませる。

 今やこの巨人は、彼女たちと一心同体となったのだ。

 

「すごい……操縦の仕方が、まるで頭に直接流れ込んでくるみたいに分かるなんて」

「私もだ。これがタケルの力なのか?」

「はい。白銀さんの、奇跡の力です」

「これなら! 柏木さん!」

「OK! 社少尉、オリジナルハイヴまでの最短ルートを算出して!」

 

 霞は頷くとそれぞれの手元にあるサブパネルにあらかじめ計算してあった座標を表示させる。

 

「ルートの調整は月面離脱時と大気圏突入時の二回で完了して下さい」

「分かった、二回だね……皆、ペダルを踏むタイミングを合わせて!」

「「「了解!」」」

 

 晴子の合図に全員が足元の――――右奥のペダルに脚を合わせた。

 武御雷・極の限界を超えた究極必殺の一撃は、操縦者全員が同じタイミングでブーストペダルを踏み込むことによって発動する。吹き荒れていた重力の嵐に指向性が与えられ、武御雷・極の頭上へ向かって収束を始めた。その密度は瞬く間に増していき、圧縮された空間が甲高い悲鳴を上げて青白い電光を散らす。

 限界を超えて集められた重力が空間内の電子に作用して、一種のプラズマ現象を引き起こしているのだ。月さえ飲み込んでなお増大する光は無限大。雷が罅割れた装甲から噴き出し、極にさらなる力を与えていく。

 

「ラザフォード・ウィング、ファイナルバトルモード!」

 

 晴子の叫びに殆ど残っていなかった翼の部分が完全にパージされる。しかしラザフォード・ウィングの中枢―――――否、本体はその付け根にある大型バックパックだ。主翼部分は純夏がラザフォード場をスムーズに推進エネルギーへ変換・制御するための「おまけ」に過ぎない。

 そしてラザフォード・ウィングの最終発動モードはその主翼を排除し、推進エネルギーを完全開放するオーバードライブを指す。理論上、発動と同時に機体そのものが反動に耐え切れず爆発するため実質使用できない機能となったのだが、武がその能力で反動を中和し―――――

 

「行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 あらゆる物理法則から解脱することで武御雷・極はついに魔神の域に到達する。

 発進と同時に月を二分する亀裂が生じ、ほんの数分足らずで完全に分断してしまった。さらに地球を目指す極が放出する推進力の余波は真っ白な尾を引いてその軌道を宇宙に描き出す。

 月面から地球の大気圏突入まで僅か一分。命満ちる蒼い星へ光の矢が吸い込まれるように進んでいく光景は、地上のあらゆる場所から見ることが出来た。アメリカ全土はもとより、オーストラリア、ソ連領アラスカ、果てはアフリカまでその光は届いていた。

 蒼穹を駆ける箒星は大気との摩擦で深紅に染まり、その速度を緩めることなく憎き怨敵を打ち倒さんと湧き上がる怒りになお紅蓮へ燃え上がる。何万何千の悪鬼が群れ成す軍勢を焼き尽くし、陽昇る国より目覚めた魔神がいよいよその剣を振り下ろす。

 目撃した世界全ての人類が、三十余年の大戦に一つの決着を予感した。

 

「うあああああああああああああああっ!!!」

 

 武御雷・極のコックピットの中、操縦桿を握り締める柏木晴子は泣いていた。全身を焼く怒りの炎からではない。炎と共に体の、魂の奥底へ染み入るある男の悲劇の記憶に泣いていた。

 涙を零すのは冥夜も、霞も、純夏も同じだ。

 繰り返せども、繰り返せども誰かを救えず己の限界に歯軋りし、この世の不条理を呪った男の怨念の叫び。その声はとうの昔に枯れ果てて、天を仰ぎ見てかつて過ごした仲間達との時に思いを馳せては泣き崩れる。

 

共に目指した夢は砂塵の中に消えた。

共に願った世界は荒野と化した。

そして、共に吼えた戦場で自らの首を刎ねた。

 

 愛した女の亡骸と折れた剣だけを支えに男は幾度と時を遡って、今度こそはと奮い立って絶望にその身を食い尽くされる。多くは敵の前に屈したが、ある時はその蛮勇を恐れた同胞に背中から撃たれて逝くこともあった。

 それでも男は諦めきれない。いつか見たあの夢は必ず叶うのだと、信じる心を捨てられなかった。

 

 いつか、いつかきっと―――――――――

 

――――――――――守ってみせる。

 

「待ってて、タケルちゃん」

 

 溢れる雫をぬぐうことはせず、されど両の眼は敵を捉えて放さない。

 

「そなたの悲願は我らの悲願だ」

 

 全身の滾る血を燃やせば敵を討つ力に不足無し。

 

「いきます。白銀さんと、一緒に」

 

 着飾った言葉をかなぐり捨てて、残ったのはただ「生きたい」という切なる願い。

 

「邪魔するなら、容赦しないよっ!」

 

 阻むものには死、あるのみ―――――――――――

 大気圏を突破し、カシュガルの大地へ舞い戻った武御雷・極へモニュメントBETAは間髪入れずに熾烈な迎撃を開始した。瞬時に数千の光線級、重光線級BETAを全身から出現させて完全無欠の対空網を構築すると共に、衝角を振り回して相手を叩き落そうと必死だ。その挙動全てに、彼らの帰還という事態を想定していなかったことが伺える。

 対して極は一歩も動くことなく全ての攻撃を甘んじて受けた。大地を半径数キロメートルに渡って陥没させるほどの威力を誇る衝角を叩きつけられ、しかし逆に打ち込まれた切っ先が粉微塵に砕け散った。

 放たれた無数のレーザーは一点に収束し、岩盤を容易く溶解させるほどの出力に達しながら極の展開する重力場に負けて霧散する。

 

『全員の心を……一つにしろ』

 

 武の声が心に響く。

 

『感情を込めてパワーを引き出すんだ』

 

 全身に宿る炎に恐れも迷いも焼き尽くされた。

 故に、残る選択肢は『一撃必殺』。

 飛び立った武御雷・極は天高く舞い上がり、雲の遥か上まで昇ったかと思いきや急降下を始めた。月をかち割ったあの光を纏ったまま、いや輝きはなおも増している。回避も防御も不要、ただ作戦の通りにある一点を目指しての突撃である。

 即ち、モニュメント直上からの突入。

 

「「「「ラザフォォォォォォォォォォドッ!……スパアァァァァァァァァァクゥゥゥゥッ!!!」」」」



四人の叫びが一つとなり、光の弾丸と化した極がモニュメントBETAの頭部を穿った。さらに体内を抉り、突き進み、中枢である反応炉を目指すのだ。生じる凄まじい熱量にモニュメントBETAの巨体が内側から悲鳴を上げ、煙を噴いて焼け爛れた。

 のた打ち回る巨人は両腕を激しく暴れさせ、周囲の地盤を悉く破壊していく。ついには自身を支えている一枚岩さえ砕いて、地下の大空間へと自ら落下していった。

 

 

 

 

 崩落した大地の底で満身創痍の巨人は、ついに両膝を突いて倒れ伏した。

 勢いのままメインシャフトへ突入した武御雷・極は辛うじて四肢を繋ぎとめた状態でオリジナル・ハイヴの中枢へと辿り着いたのである。即ち、反応炉にして主軸機構……あ号標的の眼前へ。

 しかしすでにエネルギー源であるグレイ・イレブンは底を尽き、なおも突き動かしていた白銀武の位相因果操作も完全に停止しており、彼女達に敵へ最後の一撃を見舞う力は残っていなかった。搭乗者も突撃の反動で全員気絶しており、また操縦室に常備されている携行火器類では反応炉を破壊することなど不可能であった。もし反応炉を破壊するのであれば補助動力を再起動させ、生き残った36mm砲を使うしかないが火力不足は否めない。

 対するあ号標的も頭上へ降り注いだ大質量の瓦礫を受けて重大な損傷を受けていた。動かせる触手は僅かに数本であり、その他の機能も含めて小一時間で完全に停止してしまうほどに被ったダメージは致命的だった。さらにハイヴの地下構造も半径数キロメートルは崩落によって壊滅しており、極の放った『ラザフォード・スパーク』の余波でハイヴ内のBETAはすべて死滅してしまって増援を呼び寄せることもままならない。

 

 完全な暗闇に閉ざされた大空洞で両者はただ滅びの時を待つばかり。

 武たちにはこの閉鎖空間から脱出する術は無く、

 あ号標的には他のハイヴからの救援到着まで生き延びる術は無く、

 壮絶なまでの「両者相討ち」という結末……

 

 そして、断末魔の足掻きを始めたのはあ号標的だった。もはや自身の機能維持もままならない状況に追い込まれ、その内部に刻み込まれた最後の指令を実行するべく活動を再開したのである。

 それは恐るべき破壊行動。

 それは忌むべき自滅行動。

 地上に存在する全ハイヴの反応炉の同時自爆。

 

「っ……くぅ」

 

 その挙動に気付き、意識を取り戻したのは純夏だった。彼女は00ユニットの機能を使って敵の企みを察知したのだ。

 ふらつく足はすでに彼女の生命維持の限界を暗に示していた。それでも立ち上がり、朦朧とする視界と安定しない平衡感覚に惑わされながらもメインシートへ辿り着く。

 

「ご、めん、ね。か、しわぎさ、ん……め、いや」

 

 呂律も廻らない。震える指でコンソールを操作し、脱出装置をタイマー制御で起動させる。この操縦室だけを機体から分離させるための機構は、あれだけの激戦の後でも生きていてくれた。

 それからエンジンルームへ降りた純夏を待っていたのは、顔面蒼白で床に寝転がる武の姿だった。

 幸い命はまだ繋ぎとめていたようだが、呼吸も脈も微弱で強化装備の生命維持機能でなんとか持ち堪えている状況だ。彼を操縦室へ苦労しながら運び込み、自分だけは外へ残って部屋のドアの隔壁を閉ざした。

 武とあの三人にはなんとしても生き残ってもらわなければいけない。例え自分がこのまま朽ち果てようと―――――どのみち長い命ではない――――――守り抜く必要がある。

 一か八かの賭けになる。もちろん全員一緒に消し飛んでしまう可能性の方が高い。

 しかし、地上全てのハイヴの同時自爆を阻止できるのは00ユニットである自分だけだ。

 

「やらせるもんか……」

 

 あ号標的は今、残った力の全てを使って全ての反応炉へ自爆の指示を送っているはずだ。爆発のタイミングはあ号標的の機能停止とリンクして、その威力はユーラシア大陸の陥没……そして大規模な地殻変動を誘発して残った大陸も次々に大海に沈むことになるだろう。

 そうなれば武の今までしてきたことがすべて無駄になってしまう。純夏にはそれが許せなかった。

 

「みんなは、やらせるもんか……」

 

 エンジンルームに戻ると、意識を無理矢理繋ぎ止めている反動なのか、全身の痺れや吐き気が彼女を断続的に襲った。それでも純夏は口元を押さえ、力の入らない手足を引きずって部屋の中央まで這う。燃え尽きる寸前の魂を突き動かすのは、惚れた男への愛だけ。

 目的の場所へ辿り着き、けれどもう眼を開ける力も無い。咳き込めば何処からか漏れ出した冷却液が食道を逆流して零れ出た。

 終わりが近い。

 心が闇に落ちそうになる。

 落ちれば二度と戻れないことは分かっていても、抵抗の意思すら湧き出ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あきらめるな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意に、響く声にあれだけ重かった瞼が上がる。

 

 

 

 

 

『あきらめるな、純夏―――――――』

 

 

 

 

 

 ゆらゆらと揺れる視界に映ったのは、一人の少年だった。

 昔、ずっと昔に殺されてしまった……大好きな幼馴染。

 

「あ、きら、めない、よ……タケルちゃん」

 

 不思議だった。冷え切って重く沈んだ体の芯にもう一度火が点り、ピクリとも動かなかった四肢は力強く全身を支えて立ち上がる。

 

「負けないよ、タケルちゃん。もう二度と、あんな奴らに……負けて、たまるもんかぁぁぁぁぁっ!」

 

 純夏の叫びに応え、武御雷・極の両目に光が戻る。息絶えたはずの腕が、脚が再び力を取り戻してその巨体を起こした。

 しかしあ号標的もこの動きに気付かぬはずがない。生きている触手全てを動かして極を阻止しようと試みる。

 

「でぇいっ!」

 

 巨人の左手が拳を作り、向かい来る魔手を全てまとめて一薙ぎに打ち払ってしまった。その凄まじさにあ号標的のセンサーが武御雷・極へ向けられる。渾身の「ラザフォード・スパーク」を放ち、全てのエネルギーを使い果たしたそれは身動き一つ取れないはずだ。

 満身創痍の巨人が立つ。

 退かぬ理由など何一つ無く、往く理由は空より高く海よりも深い。

 

「タケルちゃんの勇気とみんなの愛、二つの想いを拳に込めて明日を掴む!」

 

 立ち昇る気炎は深緑。萌え立つ命のオーラを纏った武御雷・極が大地を蹴って突撃する。抵抗をやめないあ号標的は触手による迎撃を諦め、自爆の即時決行を選択した。たちまち反応炉本体から膨大な量のエネルギーが循環し始め、自身さえ潰れてしまうほどの圧力を放射させる。

 

「それが00ユニット! それが鑑純夏!」

 

 しかし、そんなものに押し負けるはずが無いと極は突き進む。肩の装甲が砕けようと、太腿が罅割れようと知ったことではない。目の前の気に入らない奴をぶん殴るのに、逐一自分の拳を気にするものか。



「私の拳は、宇宙を繋ぐ拳だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 振り抜かれる幻の鉄拳があ号標的を捉えた。しかし制御中枢を破壊された反応炉はそのエネルギーを即座に解放せざるを得なくなり、急激に膨張したエネルギーの質量は極の両腕を完全に粉砕する。

 けれども膨張は止まらない。あ号標的の損傷が激しかったことで他のハイヴへ自爆命令を送信できずに終わったようだが、オリジナルハイヴ一つの爆発でも大陸を吹き飛ばすことは十分可能と思われた。

 徐々に武御雷・極もエネルギーの奔流に呑み込まれていき……その刹那、胸部装甲が弾け飛んだ。まず後方へ向かってコックピットブロックが射出され、次いで腹部の装甲を破って一つの影が躍り出る。

 影は人だ。

 影は純夏だ。

 影は大きく右の拳を振りかざし、叫んだ。

 

「ぎぃぃぃぃぃがぁぁぁぁあああああああああああああっ!!!」

 

 その腕から吹き上がる生命のオーラは瞬時に凝結し、巨大な渦を練り上げ、なんとも見事なドリルを創り上げた。瞬く間に回転数を上げ、それどころかさらに巨大化する螺旋の象徴は純夏の気迫を受けてなお唸る。

 

「どりるみるきぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいい!!!」

 

 吹き荒れる嵐も物ともせず、むしろ突き破って純夏の姿が奔る。

 

「ふぁんとぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおむぅううっ!!!!!」

 

 炸裂する一撃は反応炉の強固な外殻を一息に食い破り、あ号標的が内包していた全熱量を吹き飛ばした。開放されたエネルギーは何億ギガトンになるか分からない。地球への影響も計り知れなかった。

 

 しかし、一つだけ確かなことがある。

 

 

 

 光の中に消える少女は、どこか優しげな笑みを浮かべていた……

 

 

 

 

 

 

 

そして悠久の時が流れ―――――

 

 

 がらり、と瓦礫の山を突き崩して現れたのは金髪の美しい少女であった。長身流麗で、紅いチャイナドレスを身に纏った彼女はかつて壮絶な死闘が繰り広げられたこのオリジナルハイヴ・メインホール跡には不似合いなほどであった。

 

「ふぃー……やっと広い所に出たわ〜」

 

 少女は埃にまみれた服や髪を一通りはたいてから、改めて周囲を見回した。ここに眠ると言われる稀少物質を手に入れるため、艱難辛苦の旅路を乗り越えてきた彼女だったが、見えるのは果てしない暗闇と足元を埋め尽くす瓦礫ばかり。

 

「待て、ランファ。迂闊に動くなと言っているだろう」

「はぁい、すみません」

 

 てへ、と茶目っ気たっぷりに謝る少女―――――ランファ・フランボワーズに続いて穴から顔を出したのは闇ま……アポリオンであった。愛用の拳銃を油断無く構えながら周囲を確認する姿はまさに戦闘者のそれである。

 

「データによれば此処が中央のはずだな。目ぼしい物はあったか?」

「それが全然! まった、く……」

 

 無い、と答えようとしたランファの眼にとてつもない物が飛び込んできた。視野が暗闇に慣れてきたのもあるだろう、二人の眼前には巨人の亡骸が横たわっていたのだ。

 一目でそれが巨大ロボットであることは金属製の外殻から察しがつく。恐らくは、かつて行なわれていた異星人との大規模戦争で投入された古代兵器なのだろう。

 

「まさか、ここでこんなものを見るとはな……ん?」

 

 アポリオンはふと、巨人が何かを抱きかかえるようにして倒れていることに気付いた。肘から先は失われていたが、確かに両腕は胸の下で交差するような姿勢になっている。

 油断無く、二人は近づいて行った。

 

「あ、アポロさん……こ、ここここ、これって!?」

「……なんということだ」

 

 そこに在ったのは高さ3メートル、直径2メートルほどの大結晶だった。おそらくランファの探していた稀少物質が結晶化したもので、淡い蒼の輝きがちらちらと揺れている。

 問題は、その結晶の中だった。

 

「にんげんの、女の子?」

 

 結晶の中に身を委ね、安らかな寝顔を浮かべている少女の名は鑑純夏。

 二人には知る由もないことだった。

 

 

 後に彼女から得られた情報と稀少物質が一人の天使の魂を救う事になるのは、また別の話である。






筆者の必死な説明コーナー(あまり意味は無いのでは的解説編)

武御雷・極『桜花作戦仕様』

 武御雷・極を桜花作戦用にオルタネイティヴ4技術部が改修したバージョン。

 最大の変更点はムアコック・レヒテ機関の装備である。これによって諸々の理由でオミットされたはずの荷電粒子砲を両肩に搭載し直し、推進ユニットを大型ジャンプユニットからラザフォード場によって推進エネルギーを得る『ラザフォード・ウィング』に換装。ウィング展開時には機体の前後幅は50メートル近くになる。凄乃皇四型以上のラザフォード場制御能力を持ち、螺旋状に展開したフィールドで地下を掘り進み、敵の地下トンネルを逆行するなど型破りな戦術も可能である。

 機体の起動には横浜基地の全エネルギーを必要とし、起動時には周囲に強力な重力偏重が発生する。

 機体の操縦は武が行なうが、近接防御および格闘戦を冥夜、遠距離防御と砲撃戦を晴子が分担し、純夏と霞はエンジン制御と各種オペレーティングを受け持つことでマルチタスクを軽減している。

 オリジナルハイヴと合体した巨大BETA『巨搭級』との激闘の末、全エネルギーを開放した『ラザフォード・スパーク』で敵の体内へ突入。中枢であるあ号標的と刺し違える形で大破した。

 なおコックピットの仕様が一部戦術機と異なり、操縦室は四人の衛士が一度に入ることができる。シートも四つ用意されており、それぞれ主操縦席、副操縦席、砲手席、管制官席と機能ごとに分かれている。また武の座るメインパイロットシートには通常の操縦装置の他に多数のレバーやペダルが配置されており、最悪彼一人で機体を操縦することも可能だが、やはりエンジンコントロールも含めて五人揃って初めて真価を発揮できると言えよう。

 

 

ラザフォード・スパーク

 武の位相因果操作能力によって限界を超越した武御雷・極が晴子の操縦で放った究極の必殺技。全身に超高密度の重力偏重場を纏い、周辺の空間を電子的に圧縮することで一種のプラズマ現象を引き起こす。その超エネルギーとラザフォード場の二重効果で体当たりした相手に凄まじいダメージを与えることが出来る。

 通常の出力レベルでは到底発動できないため、リミッターを解除する必要がある。しかしリミッターの解除は同時に機体の崩壊を意味するため実質使用できない攻撃だったりする。その辺りを色々何とかするために武がメインパイロットに選ばれたと言ってもいい。

 ちなみに本編中の挿絵で、突撃する晴子たちを描いたシーンの中に何やら得体の知れないものが三つばかり映りこんでいる(描き込んだのではない?)が、実は……

 

 

巨搭(モニュメント)級BETA

 オリジナルハイヴが擁していた延べ数百万を超えるBETA群がハイヴの地表構造物をベースに融合し、巨大化した個体。上半身だけを地面から生やしたようなシルエットで、1000m(最終的には2000m)以上の全身には至るところに光線級と重光線級を収容する「ハッチ」が設けられ、必要に応じて外へ出て対空攻撃を行なうことが出来る。両腕に設けられた衝角は要撃級を模したものだがそのサイズは最大直径400(最終的には700m)m以上、腕の長さは肩口からおよそ1200m(最終的には3000m)にもなる。また胴体部には要塞級の持つ触手が無数に備え付けられ、その最大射程は8000mにも達する。

 そして絶えずBETAの各種個体を取り込み続け巨大化する、まさにBETAの最終決戦(正確には対白銀武戦)用の切り札とも言うべき存在だった。しかし激戦の末に自身の衝角で途方もない質量を支えていた地盤を破壊してしまい、オリジナルハイヴ中央区画ごと崩落して自滅。

 ちなみに頭部には頭脳として神宮司まりもの複製脳髄が納まっていたのだが、『ラザフォード・スパーク』の直撃を受けて何の描写もなく蒸発してしまった。

 

 

もう一人の「武」

 『オルタ』の世界に居たはずの白銀武。原作では純夏と一緒にBETAにとっ捕まり、すったもんだの挙句に惨殺された。武の意識世界でまりもちゃん×2、前の『オルタ』の仲間達、沙霧大尉と来たら……と、半ば勢いで登場が決定した。

 土壇場で登場し、武たちを導くが導いた先はなんともまあ……

 

 

筆者の必死な説明コーナー(言い訳を考え中……編)

 

ゆきっぷう「『マブラヴ・リフレジェンス ] 絶対運命・翔』をお読みいただきありがとうございます。これで武サイドのシナリオは一応の完結となりまして、もう片方の『] 絶対運命・滅』と併せてこの作品のエンディングとなります。こっちはもうちょっと待ってプリーズ」

 

晴子「このあとがきを書いている時点で、まだ滅の方は半分も出来てないけどね」

 

ゆきっぷう「そ、それは言わない約束だぜ」

 

晴子「そ・れ・で? 何でマブラヴのSSで銀河天使が絡んでくるのかな?」

 

ゆきっぷう「知らなかったのか? MUVLUV REFULGENCEは拙作・銀河天使大戦シリーズの第二章番外編に繋がっているのだ! むしろその補完的作品みたいな?」

 

晴子「ふーん。じゃあ、その後付的な作品のために一年も没頭していたんだね」

 

ゆきっぷう「おうよ!」

 

夕呼「ふっざけんじゃねえわよ! これだけガンガン盛り上げておいてそういうオチは有りなの!? 有りなのよ、この腐れ脳みそめ!」

 

ゆきっぷう「よ、酔っぱらいモード?」

 

晴子「あまりに酷すぎるオチにみんなヤケクソだよ」

 

冥夜「最初は私がメインヒロインだったのだぞ!?」

 

純夏「じゃあわたしは、最初から戦力外だったの!? うわあああああん、タケルちゃぁぁぁぁぁん!」

 

霞「私、最後は空気でした」

 

 

 

 

ゆきっぷう「さてさて、きっと読まれた方はツッコミどころが多すぎて手の付けようが無いと思います」

 

晴子「そりゃあ、「ラザフォード・スパーク」は無いよ……」

 

ゆきっぷう「ゲッター・エネルギーは偉大だぞい?」

 

晴子「はいはい……で、「ラザフォード・スパーク」はやっぱり「シャインスパーク」のパク―――――」

 

ゆきっぷう「オマージュ!」

 

晴子「はいはい、オマージュね。演出で月を破壊するのもいいけどさ、ほどほどにしなよ?」

 

ゆきっぷう「やだ」

 

晴子「絶対、最後のオチだって『は? 何言ってんのコイツ?』みたいな感じでドン引きだと思うよ」

 

ゆきっぷう「と言われてもな。さっきも言ったがMUVLUV REFULGENCEは裏話なんだよ、銀河天使大戦の。んでもって第二次銀河天使大戦(予定)にマブラヴ勢も参戦する、という壮大なマエフリだったのだ!」

 

晴子「うわー、出たくなーい」

 

ゆきっぷう「露骨に拒否るな! 泣くぞ!」

 

晴子「はーい、次の質問でーす。えー、神奈川県在住のペンネーム『ダブルオー・ユニット』さんからの質問です。『最後の「ぎが・どりるみるきぃ・ふぁんとむ」はいくら何でも酷すぎるよー』だそうです」

 

ゆきっぷう「それ、質問じゃないよね?」

 

晴子「コメントどうぞー」

 

ゆきっぷう「へいへい……ラストの純夏が反応炉をガチで殴るシーンは最初期の段階からの決定事項でした。アー○ュ様発行のファンクラブ会誌にてスタッフの一人が「純夏が凄乃皇四型であ号標的を殴る」的なコメントがあったのをヒントに、この壮大な結末は生まれたのです。

 しかし、ただ殴るのでは脳がない……じゃなくて能がない。「どりるみるきぃ・ぱんち」を圧倒的に上回る超必殺技の完成無く、そして鑑純夏の真の覚醒無くして完成はしないと思い、紆余曲折の末に……」

 

晴子「お読み頂いたとおりになりました、と」

 

ゆきっぷう「うむ。我ながらこれは素晴らしいアイディアだと思ったね」

 

晴子「巨大戦術機で殴ったうえに、鑑少尉本人がさらに殴ると……まさにフルボッコだよ。でも、「ぎが・どりるみるきぃ・ふぁんとむ」ってあれだよね?」

 

ゆきっぷう「これぞ、生命の進化の源なのだ!」

 

晴子「……とりあえず、シメとこうか。鑑少尉、よろしくねー」

 

純夏「ふぁんとおおおおおおおおおおおおおおむっ!」

 

ゆきっぷう「あびゃああああああああああああああっ!?」

 

 

 

 

ゆきっぷう「ゲフゲフッ……最後ですが、改めてMUVLUV Refulgenceを最後までお読みいただきありがとうございました。またどこかでお会いしましょう!」

 

晴子「じゃあ、最後の一回行くよー! じゃん・けん・ぽん! うふふふっ☆」(繰り出されるグー)

 

霞「あ、あああ……」(控えめに出されたパー)

 

晴子「ありゃ、負けちゃったね」

 

霞「勝ちました……やっと、勝てました」

 

 

 

完・結!

 

 

 

 

おまけPart Final

 

武「俺、最後とか完全に空気だったよな? 名前すら本文に無いとかどういうことよ!?」

 

ゆきっぷう「ハッハッハ、決して書くのが面倒臭くて純夏以外、全員気絶させたとかそういうことは一切無いんDAZE☆」

 

武「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!」




いやー、まさか最後の大技がどりるみるきぃ〜になるとは。
美姫 「何かその反動で地球も壊れたようなイメージが」
俺もちょっと感じた。まあ、滅の方も見れば、また新たなものが見えてくるかも。
美姫 「何はともあれ、連載お疲れ様でした」
投稿ありがとうございます。
美姫 「残る滅の方も待っていますね〜」
ではでは。



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