2001年12月5日

極東国連軍横浜基地・中央作戦司令室

 

「なるほど? それで、聞かなくたって勝手にしゃべるんでしょ?」

 

 不機嫌そうに言う香月夕呼に、鎧衣左近はその表情を真剣なものに変えた。

 

「現在、帝都守備隊を中核としたクーデター部隊は首相官邸、帝国議事堂、各省庁などの政府主要機関を完全に制圧。各政党本部と主要な新聞社や放送局も占拠し、帝都機能の殆どを掌握しているといえますな。主要な浄水施設と、発電所もいくつか押さえているようで……いやはや、大した手際だ」

 

 それは昨日より懸念されていた事態だ。無論、情報省外務二課課長、鎧衣左近によってもたらされた情報に因るが。しかし計画も順調に進んでいたこのタイミングで、帝国で内紛が起こる。偶然とは言いがたい。

 

「で、将軍は無事なの?」

「帝都城は斯衛軍の精鋭が固めていますが、帝都守備部隊全てを向こうにまわしては……。戦闘が始まれば、それこそ時間の問題でしょう」

「まるで、思い通りに事が運んではしゃいでいる子供ね。本当に楽しそう」

「買いかぶりすぎですよ。脚本を用意したのは恐らく、国連上層部のオルタネイティヴ5推進派と米国諜報機関でしょう」

 

 G弾の運用によるBETA殲滅を狙う米国と、一刻も早く自分達の計画の遂行を求める国連内部のオルタネイティヴ5推進派は利害が一致している。オルタネイティヴ4を潰すという目的で。

 事前に白銀武からある程度の情報を得ていなくとも、夕呼の頭脳と地位を以ってすれば容易に想像は付く。しかし未だ将軍の安全を確保できていないのは大きかった。

 

「さて、今度はこちらが質問する番です。先ほど事務次官に勇ましいことを仰っていましたが、事ここに至って計画は順調ということですかな?」

 

 珠瀬事務次官……言わずもがな、珠瀬壬姫の父親である。米軍の増援部隊を編入するか否かでここの基地司令たちとかなり揉めていた。

 火急の事態であるとはいえ、一国の軍隊を主権国家の要請も無しに上陸させれば国民の反感を買うことは目に見えている。そして、それが更なる混乱の火種となることも。

 斯く言う事情もさることながら、わざわざ駐屯基地に横浜基地を指名した米軍の真の目的は、オルタネイティヴ4の占拠・接収であろう。白銀武の言う『平行世界』でHSSTがこの基地目掛けて落下してきた事件もその謀略の一環だったと言える。

 

「程々にしておきなさい。便利な駒が他人の都合で消えるのは困るけど、自分の都合で消すのは、割と納得できるものよ?」

「おお怖い……つれないですなぁ、私は博士のために粉骨砕身しているというのに」

「よく言うわ。自分の目的のためでしょう?」

「ええ、もちろん。商売柄、目的の遂行のためには手段を選びません。それは貴方も同じでしょう……香月博士」

 

 

MUVLUV Refulgence

~Another Episode of MUVLUV ALTERNATIVE~

 

U.変革の闘争に、燃ゆるは紅蓮の魂よ

 

 

 防衛基準態勢2の発令で俺たち207訓練小隊はブリーフィングルームに集められた。前には神宮司軍曹がいつも以上に緊張した面持ちで立っている。隣には夕呼先生。そして12月5日という日付……

 間違いない、12.5事件が起こったんだ。

 

「では改めて状況を確認する」

 

 さっき簡単な説明は受けたが、どうやら事情が変わったらしい。いや、俺の経験した通りなんだけどな。

 

「すでに説明したように、現在帝都はクーデター部隊によってほぼ完全に制圧されている」

 

 前と違う事と言えば、俺が先生のところ――――司令室まで行かなかったことだ。この間鎧衣課長に会った時に聞かされた戦略研究会……その沙霧尚哉大尉がクーデターの首謀者ということは分かっている。

 

「最新の情報によると、最後まで抵抗を続けていた国防省が先ほど陥落した。未確認ではあるが、帝都城の周辺で斯衛軍とクーデター部隊との戦闘が始まったという情報もある」

 

 仕掛けたのはクーデター側に潜んでいた米国諜報機関の人間だ。間違っても彼らじゃない。

 クソッ!……真相を知っている俺が何とかしなきゃいけないのに……!

 

「クーデター首謀者は、帝都防衛第1師団・第一戦術機甲連隊所属の沙霧尚哉大尉と判明。また、臨時政府は……クーデター部隊により、榊首相を初めとする内閣閣僚数名が暗殺されたことを確認した」

「――――っ!?」

『!!』

 

 委員長は、辛いだろうな。だけどそれで弱音を吐く奴じゃないことも、知っている。今はこの事態の解決に専念するべきだ。それがあいつのためにも、この戦いで散っていく命への報いになるはず。

 

「副司令、始まります」

 

『親愛なる国民の皆様。私は帝国本土防衛軍・帝都守備連隊所属、沙霧尚哉大尉であります』

 

 クーデター軍の声明。その姿を見て思い出す。

 そうだ、沙霧大尉は元の世界で彩峰と知り合いだったはずだ。そしてこの世界でも同じだ。彩峰の親父さんは帝国軍の指揮官で、敵前逃亡の罪を問われて投獄されたんだ。この人は確か、その部下だったと思う。

 

『皆様もよくご存知の通り、我が帝国は今や、人類の存亡を賭けた侵略者との戦いの最前線となっております』

 

 けど、その無念を晴らすためじゃない。この人たちは、今の日本を見ていられなくて立ち上がったんだ。

 米国が手を引き、孤立した極東の中で。

 主権者たる将軍が、大義名分の上で利用されている現状の中で。

 それを認めるわけにはいかないと、地獄に落ちる覚悟で今回の騒動を起こしたんだ。

 

『殿下と国民の皆様を、ひいては人類社会を守護すべく、前線にて我が輩は日夜生命を賭して戦っています。それが政府と我々軍人に課せられた崇高な責務であり全うすべき唯一無二の―――――』

 

 

 

「先生!」

 

 ブリーフィング、そして機体の着座調整を終えた俺を、格納庫で先生は待っていた。やはり聞きたいことがあるんだろう。

 

「こっちよ。私の部屋まで来なさい」

「了解」

 

 しかし、俺はともかくあいつらは初の実戦だ。それも人間相手の……XM3があるから大丈夫だろうが、今は信じるしかない。委員長だって、踏ん張ってるんだからな。

 

「さて、白銀? もうアンタなら、自分の任務は分かっているんでしょ?」

「塔ヶ島城の警備ですね。作戦区域は芦ノ湖南東岸一帯」

「それは表向きでしょ」

「分かってますよ。地下鉄道でそこまで脱出した殿下を保護、ここ横浜基地までお連れすること」

 

 夕呼先生は将軍がそうすることを知った上で俺たちをそこへ派遣したんだ。

 

「ただ問題は207隊が米軍と合流した後に殿下が体調を崩してしまうことと、敵の空挺部隊に包囲されてしまうことです」

「………それで?」

「ヴァルキリーズが敵を追い詰めすぎたことでそういう作戦に踏み切ったらしいですけど、むしろ結果として、これは必要です。それに………」

「それに?」

「合流した米軍に工作員が潜んでいたんです。そいつはこの戦闘で死亡したので、これは俺の推測ですが」

 

 先生の顔色が変わった。やっぱり、そこまでは分からなかったか。

 

「空挺部隊を率いていたのは沙霧大尉でした。俺たちは60分の休戦の後、殿下に扮した冥夜が大尉を説得する作戦に出たんです」

「謁見の最中に、そいつが茶々を入れたのね?」

「そうです。できれば大尉には生きていてもらいたい」

「どうしてよ? クーデターの首謀者なのよ?」

「理屈は何であれ、国民は大尉の志に同調してしまう……なら、むやみに死なせるのは国民の反感を買う可能性があります。それに、F22Aを不知火で撃墜する彼の技量は対BETA戦力として惜しいものがある。上手くいけば、後でプラスになるかもしれません」

 

 それは率直に思った。沙霧大尉に限らず、ウォーケン少佐や両軍の衛士には死んで欲しくない。BETA勝つには優秀な兵士が一人でも必要なんだ。

 

「分かったわ。アンタも色々考えてるのね」

「先生ほどじゃないですよ」

「流れとしてはたぶん、言った通りになるわ。米軍の工作員については、こっちでも何とかしてみるけど期待しないで頂戴」

「できれば事が起きる前に押さえておきたいですけど……最悪自分で何とかします」

「頼むわ」

 

 部屋を出ようと振り返って、もう一つ大切なことを思い出した。

 

「先生、トリアゾラムって知ってますか?」

「ええ……精神安定剤の一種ね。それがどうかした?」

「実は調べて欲しいことがあるんです。トリアゾラムについて」

「具体的には?」

「トリアゾラムを服用中に戦術機に搭乗し、死亡したケースを探して欲しいんです」

 

 夕呼先生がもの凄く不審そうにこっちを見ている。

 

「殿下の安全を確保する上で重要な材料なんです。一訓練兵のアクセス権限では閲覧情報に限りがありますから」

「なるほど……前のときに、トリアゾラムを投与しなければならなくなったのね?」

「そうです」

 

 もしそのデータがあるなら、万が一の時に使えるんだ。殿下の命を守ることは日本と守ることと同じ……そして日本という足場はオルタネイティヴ4の完遂に必要だ。

 

「分かったわ。可能な限り調べて見る。アンタの吹雪に特殊回線の受信機をつけておくから、それでデータを受け取りなさい」

「有り難うございます。じゃあ、行きますね」

 

 先生の部屋を出ると霞が待っていてくれた。

 

「霞?」

「気をつけて、ください」

 

 やっぱり、一人で待っているのは辛いんだよな。

 

「霞の分も頑張ってくるから、待ってろ」

「はい」

「よし。じゃあ、行ってくる」

 

 霞の頭を何度も撫でてから、207小隊の皆と合流すると、なぜか怒っていた。

 

「白銀!? どこ行ってたのよ!」

「お、怒るなよ委員長。夕呼先生に呼ばれててさ」

「仕方がないな。ともかく整備班長殿がお呼びだ。FCSの調整らしい」

「了解」

 

 

「久しぶりだな、月詠中尉」

「!……貴女は」

 

 自分の機体の前で情報を確認していた月詠に、背後から話しかけてきたのはアルフィ・ハーネットだった。なぜか、アルフィも強化装備を着用している。しかも月詠と同じ最新式の0式強化装備だ。

 

「お久しゅうございます。最後にお会いしたのは、確か……」

「零式の最終運用試験。一年前になるが……お互い、変わっていないようだ」

 

 零式とはすなわちTYPE-0、武御雷のことだ。斯衛部隊にのみ配属される武御雷も兵器であることは変わらない以上、開発上の試作機などが存在しても不思議ではない。彼女はそのテストパイロットを務めていた経歴を持つ。

 しかし国連の戦術・戦略家でしかないはずの彼女が、何ゆえそんなものに関わっていたのか。まして彼女は日本人ではない。純国産戦術機の開発に関与することなど不可能なはず。

 

「お父上はいかがですか?」

「アイツなら今、あっちで米軍の新型機を乗り回しているだろうな。此度の戦に顔を出すことは、まあない」

 

 アルフィ・ハーネット。いったい彼女は何者なのか?

 月詠とはかなり親しい間柄のようだが。

 

「では特尉も出撃を?」

「私なら、古株の衛士に顔が利く。不要な戦闘は避けられるだろう?」

「そうでした。貴女ならばあるいは……しかし機体は? あの時の特尉の零式は解体されて……」

「不知火で出るつもりだ。帝国軍から身を引く際に帝都守備隊長殿から頂いたものがあったのでな。それにあの試製機も手は打ってある。御剣たちのお守りにはそれぐらい必要だろう?」

 

 ますます謎だ。軍から抜ける際に戦術機を供与されるほどの身分とは……

 

「中尉は確か、今回は御剣たちに随伴するのだな」

「はい……何事もなければよいのですが」

「難しいだろうな。塔ヶ島城ならば、恐らく……」

「地下鉄道……では!」

「可能性はある。だからこそ、白銀訓練兵の所属する207小隊が抜擢された」

 

 そこで月詠の顔が曇った。やはり彼への疑念は払拭できていないようだ。無理もない、戸籍上は死んでいることになっているのだから。

 

「そのために中尉たちが随伴するのであろう」

「……はい」

「案ずるな。私は自由行動を取らせてもらうが、いざと言うときは助太刀しよう」

 

 そこへ整備兵の一人が血相を変えて駆け寄ってきた。メンテナンスで何かトラブルでも発生したのだろうか。もし機体が使えないというのであれば、それは大問題だ。

 

「特尉!」

「何があった。落ち着いて話せ」

「はっ! スケジュールの繰上げで、207訓練小隊及び随伴部隊の出撃は一時間後に変更です! そのため特尉の不知火は、携行する突撃砲全ての点検・装備が間に合いません!」

 

 スケジュールの繰上げとは、また穏やかではない。しかも携行火器の整備が間に合わないとなると不十分な装備で実戦に臨まざるを得なくなる。

 

「仕方ないな……時間内でどこまでできる?」

「担当整備要員が総がかりで作業していますが、一挺が限界です」

「ならばその一挺に全力を注いでくれ。私も手伝おう」

「ありがとうございます!」

「かまわん。それに礼を言うのは私だ。皆にもよく言ってくれ」

「了解!」

 

 間もなく、出撃。状況は予断を許さない。

 

「では失礼する。すまんな、中尉。邪魔をした」

「いえ、特尉こそお気をつけて」

 

 

 

 

PM10:12、国連極東方面第十一軍横浜基地

食堂にて――――――

 

「京塚曹長……いらっしゃいますか?」

「んん? 霞ちゃんじゃないか。どうしたんだい、夜食かい?」

 

 夜も更け、普段の霞ならばとっくに就寝している時間だ。しかし彼女はどういうわけかPXを訪れていた。

 

「あの……」

「なんだい?」

「ニンジン、ありますか?」

「あ、ああ。あるよ。食べるのかい? でもアンタ、ニンジンは嫌いじゃなかったっけ」

 

 ウサギを髣髴とさせる霞だが、その実ニンジンが大の苦手と言う弱点を持っていた。それがどういう風の吹き回しでそんなことを言い出したのか。

 

「白銀さんは……」

「タケルがどうかしたかい」

「白銀さんは、今、一生懸命がんばっています。だから、私もがんばってニンジン、食べます」

「霞ちゃん……」

「応援、したいです」

 

 なんと涙ぐましい話であろうか。惚れた男を信じ、自らに苦行を課し、それに耐えながら彼の帰りを待つ……何か苦手なことをがんばることで、それが枯れの励みになれば、と。

 嫌いなニンジンを食べる。献立に入っていればそそくさと避けてしまうそれが霞にとってどれほど辛い事か……その事実を知るだけに、京塚志津恵の目尻に涙が浮かぶのは必然であった。

 

「アンタの心意気、よぉ…………っく見せてもらったよ! 待ってな、すぐに用意するからねっ!」

 

 

 

2001/12/5

00:25

塔ヶ島離城

 

 

 日付が変わってしばらく経つ……そろそろだ。

 

「冥夜、たま」

『はい』

『どうした? 珠瀬との交代までしばらくあるぞ』

「少し外に出ていいか? スッキリしたいんだ」

『構わんが、あまり離れるな。珠瀬の休息に支障が出る』

「分かった。遠隔制御の二次優先は冥夜に設定しておく」

『了解だ』

『いってらっしゃ〜い』

 

 拳銃の初弾を装填……しなくてもいいか。むしろイザという時に誤射した時のほうが面倒だ。

 

「……………」

 

 悠陽殿下とは、あの事件以来だな。最終決戦の後、会うことなんて出来なかったし。

 

―――――バキッ

 

「っ!?」

 

 思ったより早いな。吹雪の暗視モニターで……二人、非武装だ。

 前のときは不法帰還民と勘違いしたんだっけ。見た限り、殿下で間違いなさそうだが。とりあえず接触しよう。

 

「失礼」

「っ!? 何者ですかっ!」

 

 侍女の鋭い声が雪の夜に響き渡る。

 

「自分は国連軍横浜基地所属の白銀武訓練兵です」

「では、帝国軍ではないのですね!?」

「そうです……失礼ながら、そちらの方は煌武院悠陽殿下でいらっしゃいますか?」

 

 自分でも不自然な日本語だと思う。情けないけど、こればっかりはどうにもならねえ。

 すっ、ともう一人が前に出る。見間違えるはずがない、冥夜と瓜二つ……

 

「その通りだ、白銀武。しかし……君たちがここにいるとは、さすがは香月博士といったところかな」

「ですかね……ん?」

 

 通信……たまからだ。背後から忍び寄ってきた鎧衣課長には待ってもらおう。

 

「味方から通信です……こちら06」

『たけるさん!? 今CPから連絡があって、帝都で戦闘が発生したって!』

「なに?」

『各分隊長はCPに出頭したよ。それよりたけるさん、その人たちは……』

「大丈夫だ。たまはそのままバックアップを頼む。ただ音声は拾わないでくれ」

『? 了解です』

 

 厄介なことになった、とはいえこれも俺の記憶どおりだ。別段驚くことじゃない。とりあえずこれからどうするか、だな。

 

「鎧衣課長、知ってるかもしれませんけど帝都で戦闘が始まりました。詳細は不明です」

「そうか……ところでHQはどこにある?」

「旧小田原西インター跡です。CPは関所跡になります」

「それはまずいな」

 

 このままじゃ帝都からの追撃に巻き込まれちまう。遠からず殿下脱出の情報は発表されるから、クーデター部隊が動き出すのも時間の問題だ。

 

「畏れながら殿下、どうかこの者とご一緒下さい。多少窮屈ではございましょうが、緊急事態ゆえご容赦のほどを」

「鎧衣課長! 何を考えているのですか!」

「戦術機のコックピットなら、殿下をお乗せすることは可能だろう。この状況で、戦術機のコックピットより安全な場所はない」

「ええ、簡易ベルトもありますから。何とかなると思います」

 

 ならば仕方ない、と侍従長も控えた。なら急がないと、状況は一刻を争う。

 

「わかりました。白銀とやら、面倒をかけます」

「はっ! お任せください」

 

 とすると、鎧衣課長たちはどうするんだ?

 

「侍従長は指揮戦闘車にお乗りください」

「鎧衣、そなたはどうするのですか?」

「殿下、私にはもう一仕事残っていますので……しばらくしたら、失礼させていただきます。白銀武、殿下を頼んだぞ」

「了解」

 

 ん? CPから通信?

 

CPより207機。警戒態勢解除、準戦闘体勢に移行する』

 

 来たか。もう情報のリークが……

 

『十分ほど前、国連軍第11方面司令部に帝国城内省よりじきじきに連絡が入った。帝都及び――――――』

「鎧衣課長。殿下脱出の情報がリークされました」

「計算どおりだ。君も察しているとは思うがね」

「ええ。殿下のご決断を無駄にするわけにはいきませんよ」

 

 そうだ。殿下の出した戦闘停止命令も、米国の工作員によって無視される形になった。帝都城での発砲はそいつらの差し金だ。

 言っても聞かない状況なら、と自分を囮にする事で全軍の注意を帝都から逸らすことでひとまず事態を収束させようとしたんだ。だからこそ、俺たちは必ず殿下を無事に基地まで送り届けなければならない。

 

「ところで」

「なんだね?」

「横浜基地には米軍がいます。大丈夫ですか?」

「そのために私が行くのだ。安心したまえ」

 

 前のときも聞いたけど、やっぱり不安になる。まさか戦術機部隊にまで工作員を潜り込ませている米国を、警戒するなと言うほうが酷だ。

 よし、こっちも行動を起こすタイミングだ。

 

「では私と侍従長はまず関所跡のCPに向かう。連絡を」

「了解です」

「そなた達も気をつけて」

 

 鎧衣課長……死なないでくれよ。美琴だっているんだ。

 

「06よりCP……06よりCP! 最優先処理の必要を認む!」

CPより06―――――秘匿回線の使用を許可する。報告せよ』

「ただいま離城で確保した三名の身元判明――――煌武院悠陽殿下以下、帝国情報省の鎧衣課長と侍従の女性と判明」

『な、何だと!? 殿下が……たったそれだけの警護で!?』

 

 こんなところに、殿下がこれだけの警護でうろついているなんて信じられるはずがない。それが最大のカモフラージュになる。前のときは俺だって信じられなかったぐらいだ。

 

「鎧衣課長と侍従の女性が、今そちらに向かいました。詳細はそちらで確認して下さい」

『了解。殿下はどうされたのだ』

「戦術機のコックピットが一番安全という鎧衣課長の提案で、06に乗っていただきます」

『なるほど……操縦技術に優れる貴様が操る機体であれば尚更だな。よし、あくまで緊急措置だ。秘匿回線の使用を終わる』

 

 これで問題は殿下の体調だ。スコポラミンはまだしもトリアゾラム……これを使うことだけは避けたい。何とかなればいいが……

 

CPから207各機。06を中心に円壱型陣形(サークルワン)で全周警戒―――別命を待て』

「では殿下、こちらへ」

「世話になります」

 

 

――――旧小田原市内

 

 すでにクーデター部隊と帝国軍が組織した討伐部隊の戦闘は始まっていた。当然同機種の戦闘になるわけだが、その差は歴然としていた。

 

「馬鹿な! 同じ機体だぞ!? なのに、何で!?」

『帝都の護りを預かる我らの実力、甘く見るな!』

 

 そう、日本帝国の要を守る彼らは、選りすぐりの超一流衛士たちだ。

 

「ぐわああぁぁっ!」

 

 

「安全のため、このジャケットを着けてください」

「この四点ハーネスを使うのですね?」

 

 月詠中尉が俺の機体に殿下を乗せることに賛成するとは、未だに信じられない。前のときもそうだったけど、やっぱり落ちつかねえな。

 

「あと、この錠剤を飲んで下さい。いわゆる酔い止めで、スコポラミンといいます」

「分かりました。揺れは覚悟します」

「ではブリーフィングですので……音声のみでよければ繋ぎますけど……」

「お願いします。状況の推移を知っておきたいのです」

 

 すでに旧小田原市内のHQは沈黙し、敵の主力は二手に分かれて東名高速自動車道跡と小田原厚木道路跡に沿って進撃中。現在位置からふた山向こうの明神ヶ岳では、帝国軍と敵部隊が交戦中だ。なお東名を進撃中の追撃部隊をE1、小田原厚木道路跡を進撃中の部隊をE2と呼称。

 脱出経路はまず、熱海新道跡から伊豆スカイライン跡に入り南下。これに対して敵部隊は分散し、左右後方の三方向から押さえに来ると考えられる。途中の山間部が狭くなっている冷川料金所跡を敵よりも早く突破できれば、そのまま逃げ切れる。

 

(失敗すれば……完全に包囲されちまうけどな)

 

 この頃には国連横須賀基地の第209戦術機甲大隊が旧下田市内に上陸し、敵を待ち構えている。こっちは白浜海岸で横浜基地所属の第11艦隊と合流、回路にて横浜基地に帰還。

 しかし各地での小規模な戦闘は未だに続いていて、各種支援は期待できない。帝都でもにらみ合いが続いている。

 

「厳しい状況ですね。私が不甲斐ないばかりに」

「殿下はよくやっていますよ。大丈夫です」

『進撃隊形は06を中心に楔参型(アローヘッド3)だ。両側面と後方を厚く取る。さらに斯衛第19独立小隊が鎚壱型隊形(ハンマーヘッド1)で後方を固めてくれる』

 

 月詠中尉と3バカなら大丈夫だろう。XM3無しでも大尉達と渡り合えるんだからな。

 

『207戦術機甲小隊! 全機発進!』

 

 

 

 

『06! もっと速度は出せないの!?』

 

 くっ! 後方の帝国軍が突破されて焦る気持ちは分かるが、やはり殿下の体力を考えるとこれ以上の速度は無理だ!

 

「構いません白銀、速度をお上げなさい」

 

 殿下……分かってる。わかってるけど、くそっ!

 

「ただし少しでも不調を感じたら言って下さい。―――――約束ですよ?」

 

 これだけは守ってもらうしかない。しかし、将軍に約束を取り付ける訓練兵なんか、この世界には絶対居ないだろうな。俺以外。

 だって殿下、目をまん丸に開いて驚いてるし。

 

「分かりました。白銀、約束です」

「ありがとうございます、殿下」

『白銀!?』

「分かってる! 06より各機、次の谷を噴射跳躍でショートカットだ!」

 

 機体を跳ねさせる。それもできるだけ振動を押さえてだ。こうなったら俺の腕の見せ所だぜ。なるべく振動を少なくして高速機動を繰り返すしかない。

 

『4時方向より機影多数接近! 稜線の向こうからいきなり―――!』

 

 もう追いついてきたか。だけど、もうこっちの増援だって来ているはずだ。

 

――――ピピッ

 

 センサーに反応? 正面……レーダーブリップが小さい、ってことはラプター! 米軍の増援だ!

 

「06より各機! 正面の反応は友軍だ、気にするな! 全速で突破する!」

『―――――白銀!?』

「急げ!」

 

 さらにNOEで速度を上げる。傍らの殿下の様子を確認して、視線を上げるとラプターの小隊とすれ違った。

 

『思い切りがいいな! そのまま行け!』

『こちらは米国陸軍第66戦術機甲大隊―――――作戦に変更なし、安心しな!』

『ここは任せろッ!』

 

 これで後方の憂いは一応、安心できる。

 

『207リーダー、了解!』

 

 殿下の体力の限界が先か、料金所後を突破するのが先か。

 

『207各機! 隊形を維持し最大戦闘速度!』

『了解!』

「了解!」

 

 

 何とか亀石峠まで来れたけど、正直厳しい。さっき殿下に飲ませたスコポラミンで安全服用限度だ。これ以上は薬に頼れない。それに、さっき夕呼先生から衛星回線で届いたファイルの内容……

 

(トリアゾラム……やっぱり服用患者の中に死亡したケースがある)

 

 それも戦術機に同乗していた要人だ。おまけに米国医療局のファイルかよ。これで何とかなる。

 

「殿下?」

「大丈夫です。約束は、守ります」

「……はい」

 

 急がなければならないことは分かっている。しかし殿下への負担を考えればこれ以上の強行軍は難しい。

 ましてこの人の立場からすれば、気の休まる時間なんてなかったはずだ。体力的にも精神的にも追い詰められているはず。

 

「ところで殿下。失礼ですが、質問してもよろしいですか?」

「かまいません。なんでしょう」

「殿下、最後にお休みになられたのはいつですか」

「………」

 

 やっぱり。

 殿下は少なくとも丸一日、眠ってなんかいないんだ。仕方ないといえばそうだし、当然なんだろう。だけどそんな状態の人間に過剰投薬は危険すぎる。

 

「白銀……」

「はい」

「もし私に何かあっても構うことはありません。私亡き後も、国を負って立つ者はいます。だから……」

「それが、冥夜……ですか」

「――――――そなた?」

 

 そりゃそうだ。驚くのも仕方ないさ。

 だけど、だけどな。

 これだけは言っておかないといけないって、思うんだ。

 

「アイツは自分の境遇を恨んだりしていません。アイツはアイツなりにそれを受け止めて前に進んでいこうとしているんです。だから、それを蔑ろにすることだけは……やめてください」

「白銀……」

「アイツは殿下がいて、初めて自分でいられるんです。自分が死んでも、なんて言わないでください」

 

 分かってはいるけど、これがもし月詠中尉に知られたら銃殺ものだろうな……殿下にこんなこと言ったら、間違いない。

 

「ごめんなさい、白銀」

「殿下?」

「そうでしたね。私には私の、彼の者には彼の者の、大切な使命があるのです。危うくそれを見失うところでした」

「殿下……」

「そなたに心よりの感謝を」

 

 大丈夫、この人は大丈夫だ。

 今は、そう信じよう。

 

 

 

 

 何とか料金所を突破したところで、俺の想像していた最悪の事態が起きた。

 

「殿下! しっかりしてください、殿下!」

 

 冗談じゃない。服用限度のスコポラミンも効かない重度の加速度病。前回と違ってトリアゾラムの危険性がはっきりしている今、絶対に投与するわけにはいかない。

 

「06から00! 最優先の処理を認む! 06から00!」

『どうした!』

「殿下が倒れられました!」

『なにっ!?』

「意識は朦朧、呼吸はやや乱れ、心拍は高めです! 幸い嘔吐はまだありませんが、いったん始まれば止まらなくなる恐れがあります!」

『分かった。そのまま待て!』

 

 こんな状況でも上にお伺いを立てなきゃならない。クソッたれ……

 

『ハンター1より部隊各機! 約2マイル先の谷まNOEだ。高度制限は100フィートとする! 到着後、06以外の各機は、散開して周囲の警戒に当たれ!』

 

 あそこなら周囲を山に囲まれていて守りやすい。

 

 

 応急処置として楽な姿勢をとらせ、涼しい外気に触れさせる。だからって殿下の体調が完全に回復するわけじゃない。ここでのんびりしているわけにはいかない、っていうのは分かる。けれど任務の最優先事項は殿下の安全を確保することだ。その命を危険に晒してちゃ、元も子もないだろうに。

 そして、部隊を預かる指揮官が下す決断は……

 

『白銀訓練兵、殿下にトリアゾラムを投与しろ。精神安定剤の投与は重度加速度病に対する通常の処置だ』

「残念ながら、それはできません」

『なにっ!?』

『白銀!?』

 

 悪いけど、それはできない。

 

「事前に横浜基地副司令より預かったデータがあります。今、転送します」

『っ……これは!』

 

 少佐が驚くのも無理はない。まさか一介の訓練兵がこんなデータを持っているとは誰も思わないだろう。

 

「米国の医療局の報告書の中にありました。トリアゾラム服用による死亡ケースです。それでも少佐は投与しろとおっしゃるのですか?」

『!』

『貴様……このデータをどこで入手した? これは米軍の最重要機密のファイルだぞ!』

 

 最重要機密? そういえば、いやにファイルの容量が大きいと思ったらかなりのプロテクトがかけてあったみたいだ。もう解除されているけど。

 いや、待てよ?……トリアゾラムの死亡ケースが最重要機密だって? じゃあ、米国はその事実をひた隠しにしてきたのかよ!

 

「少佐。俺はクーデターの鎮圧で命を危険に晒すことが、BETAと戦うことに比べればくだらないことだと、思わなくもありません」

『………』

「しかし今回の事件で米国が様々な介入をおこなって、それを演出した可能性は否定できない。この死亡ケースの隠蔽がいい例です。前線の兵士が信用して服用する薬が、まさかこんな危険なものだなんて……公表するべき内容を隠匿する。それがどういうことか、少佐も分かるはずです」

『貴様……』

「俺は少佐を責めるつもりは無いです。むしろ同じ衛士として尊敬してさえいます。だからこそ、貴方が現場を知らない一部の人間のいい様にされることが許せない」

 

 だってそうだろ? 忠誠を誓った国のために戦っているのに、国を預かる連中に欺かれていたなんて……悪い冗談でも許せない。

 

「これ以上の議論は時間の無駄です。少佐、決断を」

『……………』

 

 悩む、よな。それ以前にデータの信憑性だって疑われるだろうし。仮にデータの問題をクリアしたとしても、何故俺がそれを持っていたのかってことになる。

 

『いいだろう、殿下にはここでしばらく休息を――――――!?』

 

 レーダーに反応? まさか……空挺部隊か!?

 周囲の山がレーダーを阻害していたんだ。接近するまで気付けるわけがない。敵の編成は、全て不知火かよ。相変わらず恐ろしいぜ。

 

『国連軍指揮官に告ぐ―――――』

『こ、これは!?』

『私は、本土防衛軍、帝都守備第1戦術機構連隊所属の、沙霧尚哉である』

 

 来た……沙霧大尉。

 とにかく、これで60分の休戦協定だ。この間に殿下が回復してくれればいいけど、最悪無理だったら戦うしかない。『前の世界』ときは何とか回復してくれたけど、今度もそうなるとは限らないからな。

 

 

 

 

『ヴァルキリー2よりB小隊各機! 後方の山岳地帯まで後退!』

『くっ……ヴァルキリー10が、多恵がやられました! 反撃機多数!』

『C小隊がカバーに入る! 私に続け!』

 

 小田原厚木道路跡を侵攻する九機の九十四式―――――不知火。国連軍横浜基地が擁する極秘特殊部隊『A01』である。彼らの本来の任務は帝都における陽動作戦であったが、つい三十分前に香月副司令から特別命令が発せられたのだった。

 207訓練小隊を含む将軍救出部隊の援護。それが命令の内容。

 

「ヴァルキリー6、ヴァンデッド・インレンジ。エンゲージオフェンシヴ」

 

 針路を塞ぐ帝国軍のF‐4……激震に36mm徹甲弾を浴びせながら、新任少尉である柏木春子はしかし、この新たな任務に内心疑念を持っていた。任務に私情を挟まないことは当然のことであるが、現場の一士官としてはこの度の指示の必要性を疑わざるをえなかった。

 距離にして数十キロメートル。途中で幾度も交戦せねばならない以上、補給無しで進軍するには少々厳しいものがあった。何より、自分達が追いつく前に友軍は横浜へ帰還してしまっているだろう。

 それぐらいの時間差もあった。

 

『ヴァルキリー・マムよりヴァルキリーズ各機。最新の状況を伝える。全機、回線をオープンチャンネルに固定せよ』

 

 CPからの通信だ。けれど最新の状況?

 

『三十分前に撮影された衛星写真に拠れば、207小隊は冷川を越えた山岳地帯にて帝国機甲大隊に包囲されている模様。敵戦力は不明。ヴァルキリーズは最大戦速にて現場へ急行せよ』

 

 包囲? この短時間で一個大隊もの戦力をどうやって送り込んだというのか。

 

『ヴァルキリー1、了解。聞いていたな!? さっさと片付けるぞ!』

 

 たちまち敵の防衛ラインが崩壊する。不知火の機動力を完全に発揮させれば激震程度の機体はまるで子供のおもちゃだ。

 そしてその機動力を発揮させる新型のOS……聞けば例の小隊の訓練兵が発案したとか。衛士としては中々興味深い―――――

 柏木はそこで思考を打ち切った。これ以上ぼやぼやしていると仲間に置いていかれてしまう。機体を跳躍させて夜闇を走らせれば、まだ会った事もない兵士の存在など、気になりはしないのだ。

 

 

 

 

謁見の場所に自分の吹雪を着地させ、俺は一息つく間もなくサブディスプレイを開いた。左脇の、例え戦闘中でも常に視界に入り確認しやすい位置だ。

 そこには米軍のラプター……ハンター1から4までの位置がマップに表示されている。さらに使っていない機体のカメラを四機に絞り込ませ、状態を確認できるように設定した。

 

(前回撃ってきたのは……ハンター2だったな)

 

 確かイルマ・テスレフ少尉だったか。たまには悪いが、状況によっては撃墜するかもしれない……いや、俺の吹雪にそれが可能ならばの話だ。しかし向こうが今回も本当に撃ってくるなら、こちらもやるしかないのも事実。

 

「タケル?……そろそろ時間だ」

「ん、ああ」

 

 視線を正面に戻すと、ちょうど沙霧大尉達の不知火が到着したところだった。けど一際目を引いたのは、僚機であるもう一機の不知火……従来のタイプとは頭部パーツの形状が大きく異なっている。しかも国連軍のカラーリングだ。

 何か特殊な機材を装備しているのかもしれないが、あんな機体は前の世界では一度も見たことがない!

 

(とにかく、今は説得を成功させよう)

 

 優先事項を再確認して、俺はコックピットのハッチを開いた。

 

 

 

 武御雷のコックピットの中で謁見を見守る月詠の心中は穏やかではなかった。あの白銀武と冥夜が機体に同乗していることは、如何に殿下の采配といえど不安を拭い去ることは出来ない。

 兵科、座学ともに極めて優秀で、さらに訓練兵であることを忘れさせるほどの卓越した操縦技術。加えて基地上層部とも密接な繋がりも持っている。

 だが彼は城内省のデータベースによれば死亡している。BETAとの戦闘に巻き込まれ行方不明、その後死亡認定……のはずだ。

 

(米国情報局の手先でなければいいが……)

 

 視線を20706――――白銀の吹雪に向ける。今のところ不審な動きは見せていないが、いつ冥夜を人質にとって行動を起こすか分かったものではない。

 そしてもう一つ……クーデター側の二機の不知火だ。一機は沙霧大尉が搭乗しているものだが、問題はもう一機の方にある。国連軍カラーに塗装された蒼い不知火……そして何かの新装備なのか、頭部のシルエットが一般機とは異なっている。いわば現地改修機だ。

 だが月詠は異形の不知火の乗り手を知っている。彼の者がそうそうクーデター側に寝返るとも思えないのだが……

 

『ならば何故、そなたは人を斬ったのですか!』

 

 感極まった冥夜―――――否、殿下の声が響き渡る。どうやら謁見も大詰めのようだ。雑念を振り払い、自然と操縦桿を握る手に力が篭める。

 

「!」

 

 刹那、白銀の吹雪が横へ飛び込むように跳躍し、現地改修の不知火を突き飛ばした。さらに同時に、先ほどまで不知火が立っていた場所に無数の36o弾が降り注ぐ。

 

(庇ったというのか?……帝国軍を!?)

 

『月詠中尉!』

 

 国連軍の衛士としては理解し難い行動に困惑する彼女の視界に、こちらへ尚も発砲を続ける米軍機の姿が映った。言うまでもなく、あのラプターだ。

 

(米国の工作員に、気付いていたのか)

 

 謁見の最中に事態を察知し、敵の初手を凌ぎつつ帝国軍さえも護る。米軍の最新鋭機を相手にここまで……

 

『月詠中尉、応答を!』

「なんだ!」

『冥……殿下を頼みます!』

「貴様、まさか……」

 

 吹雪であの化け物と遣り合おうというのか。

 月詠の反論を許さず白銀は自機のコックピット・ハッチを開き、殿下に扮した冥夜をマニピュレーターに乗せてこちらに寄越してきた。彼女を護ることがいくら自分の任務であるとはいえ、

 

「ま、待て!」

『タケル、よせ!』

 

 二人の制止も聞かず白銀の吹雪は単身、敵に向かっていった。

 あまりにも無謀な出撃である。どれほどの腕前を持っていようと、訓練機では帝国のエースが駆る第三世代機に太刀打ちできるはずがない。

 それでも冥夜を武御雷のコックピットへ招き入れると、彼女は必死の形相で訴えかけてきた。

 

「月詠! 今すぐタケルを追うのだ! このままでは犬死にだぞ!」

「しかし、今は御身を横浜基地まで送り届けることが第一でございます」

『ならばその任、私めがお引き受け致しましょう』

 

 二人が視線を上げれば、漆黒の夜空に舞う不知火の姿があった。

 

 

 

 

「ハンター2! 何をしている、ハンター2!」

 

 ウォーケンの呼びかけを無視し、ハンター2のラプターは山の向こうへ姿を消してしまった。通信も切ってあるらしく、応答はまったく無い。

 

「くっ……一体何がどうなっている。神宮司軍曹、06はどうだ?」

『申し訳ありません。先ほどから呼びかけているのですが、こちらに任せろ、としか』

「ぬぅ」

 

 ハンター2が指揮官の制止を無視して戦闘を開始したことは紛れもない事実である。そしてあろう事か、国連軍の訓練兵がそれを迎撃する形で動いている。普通に考えれば白銀訓練兵の造反なのだろうが……

 

「ハンター3、帝国軍はどうだ?」

『はっ。今のところ包囲網に動きはありません』

「謁見の機体は動いているか」

TYPE94二機のうち、一機は20706を追走中。もう一機はその場で鎮座したままです』

 

 鎮座したのは、ハンター2が発砲した際に06が突き倒した機体だろう。そしてもう一機は……

 

「ハンター1より全機へ。現状維持だ。いいな?」

『し、しかしこのままでは06が……』

「榊訓練兵、現状で06は敵味方の判断が難しい。状況を見極めなければ自分が死ぬぞ」

『―――――了解』

 

 そう、今は見守るしかないのだ。

 

 

 

 

「うおおおおおおおおおっ!」

 

 高機動を誇るF22Aラプターを目で追う事は不可能に近い。敵機の駆動音と振動、そしてレーダーによる相対位置だけを頼りにその動きを予測するしかない。

 背後で36ミリ弾が装甲を掠め、慌てて機体を左へ半ば転ぶように飛び込ませた。一瞬遅れて、ラプターがニアミスする。

 

「くそっ……速すぎる!」

 

 分かっていたことだけに、対処できない自分が悔しい。インファイトに持ち込めば何とかなると踏んだが、どうも読みが甘かったようだ。

 あのスピードで回避運動をとられては、懐に飛び込む前にこちらが蜂の巣になってしまう。

 とはいえ、段々相手の動きも見えてきた。

 

「ぐぅっ!?」

 

 被弾の衝撃に体が揺さぶられる。

 ダメージチェック……左肩の装甲がごっそり持っていかれた。左腕も動作不良を起こしている。次に直撃すれば肩から先を失うに違いない。

 

(こうなったら……一か八か、だ)

 

 次の撃ち合いが最後になる。もうライフルの残弾も殆ど残っていないのだ。弾切れになればナイフであの化け物を仕留めるしかない。

 ハンター2のラプターがこちらに向けて加速を開始した。こちらが手負いで動きが鈍っている今、一気に決めるつもりだろう。

 

(だけどな―――――)

 

 残りの36ミリ弾を狙いも合わせずにすべてばら撒く。だがこれでいい、これでアイツは――――――

 

(お前の動きは……)

 

 ラプターが機体を左に、そして右へ大きく揺らす。単調な動きだが、ラプターの性能でこれをやられると、そのスピードでこちらの照準は大きく狂わされる。このドッグファイトを始めてから見飽きるほど見たお決まりの回避行動だ。

 

(見え見えなんだよ!)

 

 弾切れの突撃砲を捨て、左腕のナイフシースから切り札を引き抜き……

 

ビィィィィィィッ! ビィィィィィッ!

 

 警告。左腕駆動系に異常、射出機構にトラブル。

 

「なっ!?」

 

 ナイフが出ない!?

 さっきの攻撃でナイフシースの射出機構がやられちまったのか!? もう相手は目と鼻の先まで来てるんだぞ!

 

「ここまで来て、引き下がれっかよ―――――――!」

 

 この間の模擬戦でもやった回し蹴りを代わりにラプターの横腹に叩きつける。高速機動中に大きくバランスを崩されたラプターは、もんどりうって森林地帯に頭から突っ込んだ。即座に立ち上がろうともがいているが、すでにその左足は太腿のフレームから大きく歪み、曲がっていた。

 人間で言うところの骨折で身動きの取れなくなったラプターからライフルを奪い取り、遠くへ投げ捨てる。

 

「ぜぇ……ぜぇ……これでもう、戦えねえだろ」

 

 両腕のナイフシースを引き千切り、これも投げ捨てる。およそ戦術機に搭載されている武装は全て排除したはずだ……

 こいつが米国の工作員なら、殺すよりも生かして情報を引き出したほうがいい。夕呼先生なら上手く活用できるだろうし……何より、無意味な人殺しはしたくない。

 それが、甘いかもしれないけど……機体を行動不能にした理由だ。

 

「ふぅ……これで―――――」

『動くな!』

 

 何!?

 まだ動けたのか!

 

『背中のパイロンを見落とすなんて、まだまだ甘いわね』

 

 くそっ! 予備の突撃砲か!

 片足だけで立ち上がるラプターは背中から突き出したアームに装着されたライフルで、こちらを狙っている。

 

『さて、好き放題やってくれたけど……これで終わりにさせてもらうわ』

「くっ………」

『まさかラプターをここまで追い詰めるなんてね……でも―――――!?』

 

 次の瞬間、ラプターの突撃砲がバラバラに砕け散った。

 いや、遠距離からの射撃で破壊されたんだ。でも、まだ207小隊や米軍の部隊は動いていないはずなのに。

 

『下がれ、国連の衛士よ!』

「え?」

 

 沙霧大尉か!

 吹雪を振り返らせると、大尉の不知火がちょうどライフルを捨てながら噴射跳躍に入ったところだった。そのまま高度を取りつつ一直線にラプターへと突撃する。

 

『与えられた慈悲にも気付かぬ、愚劣なる米国人よ―――――』

 

 長刀を振り抜き、

 

『己の行いを獄中で恥じよ!』

 

 目のも留まらない速さで敵の手足を一刀のもとに斬り捨てた! けど機体に致命的な損傷は与えず……いわゆる峰打ちという奴か。

 その場に叩き伏せられたラプターは駆動系がやられてしまったのか、もう起き上がろうとはしない。

 

(終わった、のか……)

 

 情けないことに緊張の糸が切れて体が脱力してしまって、思うように動かせない。実際に経験してみて、第三世代機の性能はとんでもないものだった。とても練習機でそれを倒そうなど、無謀にもほどがあると……

 

(いや、マジで危なかった)

 

 二十体の要塞級BETAを単独で撃破した俺でも……いや、それとこれはまったく次元の違う話だ。対BETA戦のスキルや経験は当てにならないほど、このラプターという機体は化け物だった。

 

(二度と、やりたくねぇ)

 

 こんなもん、BETAと同じだ。人間が作ったかどうかっていう違いだけで、あとは何にも変わらねえ。

 あれ、そういえば……前にも似たような話を聞いたような……

 

 ダメだ、意識が……朦朧と……して、き―――――――

 

 

 

 

「信じられないわね」

「まったくですな。まさか一世代前の訓練機で、米軍の最新鋭機を撃破するなど……米国は、この一件について機体のオートパイロットシステムの故障だと釈明していますが?」

「あの機体には間違いなく諜報員の類が乗っていたわよ。06のミッションレコーダーにもそれと思しき音声が入っていたし、まず間違いないわね。ま、しばらくは向こうも黙っているでしょ」

「これで私もしばらくはゆっくりできますかな」

「まさか。これからやってもらう仕事は山ほどあるわよ。XG70もそうだし、なにより――――――」

「白銀武……ですな?」

 

 

 

 

 朝焼けを背に、戦士たちが凱旋する。その表情は疲れ果て、悲しみと苦しみの中で歪んでいた。

 ここ……横浜基地の食堂にも、一人の戦士が立っていた。この世に生を受けたときより幾度となく相対してきた宿敵に打ち勝った彼女は、その心に迸る熱い感情を知覚し、それに満足していた。

 

 この試練に打ち勝った彼女を、影で支え続けていた一つの思い。

 

(白銀さん……わたしも戦いました。勝ちました……だから………)

 

 負けないで、私の大好きな人。

 


筆者の必死な説明コーナー(どうにもならない編)

 

ゆきっぷう「だって、どうにもならないんだもんよ〜」

 

霞「何が、ですか?」

 

ゆきっぷう「だってさ〜、この間発売されたファンディスクやったらさ〜……」

 

霞「戦略SLGが難しかったんですね?」

 

ゆきっぷう「そうなのよ〜……ジムU二機とザクタンク二両でどうやって百機のネモを撃破しろというんだ!?」

 

霞「でも、白銀さんは頑張っていました」

 

ゆきっぷう「あいつはスーパーコーディネーターの遺伝子を受け継いでいるから例外だ」

 

霞「スーパーエリートソルジャー?」

 

ゆきっぷう「おう、そういうことよ。さてさて今回のお話は12.5事件がメインでしたが、原作を知っている人はもう『えらいこっちゃ』を通り越して『何やってんだ、ゆきっぷう!』みたいなことになっております」

 

霞「いつもそうですね」

 

ゆきっぷう「うぐ……ともかく、ラプター対吹雪はゆきっぷう的にやりたかった戦闘であります。ジェガンとF91ぐらいの性能差をどう埋めていくか……スーパーコーディネーターはやってくれましたよ」

 

霞「でも最後は、沙霧大尉でしたね」

 

ゆきっぷう「う、うん。そうだね」

 

霞「大尉はこの後、どうなるんですか?」

 

ゆきっぷう「さーて、次回のマブラヴ・リフレジェンスは〜!」

 

霞「…………ニンジン、辛かったです」

 

冥夜「狂わされた運命に抗う術はタケルには無いというのか。演習中の横浜基地に突如として出現するBETAは、タケルから一縷の望みを奪い去ってしまう……次回、マブラヴ・リフレジェンス『憎しみに霞む愛』。タケル、わたしはそなたを――――――」

 

柏木「それじゃ、また次回も読んで下さいね〜! ジャン・ケン・ポン! うふふふふっ☆」(ちなみに出したのはパー)

 

茜「ダメだって晴子! まだ終わってないよ」

 

柏木「え? せっかく仕入れた、とっておきのネタだったのに〜」

 

ゆきっぷう「しかもサザ○さん風かよ、おい……」

 

霞「負けました……あがー」(右手をグーにして涙ぐんでいる)

 

全員『ジャンケンしてたのっ!?』





沙霧大尉の生存という歴史を変えた事件。
美姫 「この後、どうなっていくのかしらね」
いやー、益々楽しみです。
早く次回が読みたい。
美姫 「次回も楽しみに待ってますね」
待ってます。



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