※ 1. 本作は真・恋姫†無双のネタバレを多量に含みます。
※ 2.真・恋姫無双、魏エンド後のストーリーです。
※ 3.原作プレイ後にお読み頂く事を激しく推奨します。
※ 4.華琳様の涙を拭い去るため頑張ります。
※ 5.一部、登場人物の名前が違う漢字に変更されている場合があります。
真(チェンジ!)
恋姫†無双
―孟徳秘龍伝―
抱翼旅記ノ六
『抱翼、誓いを立てる事(蜀編)』
城壁の上に幾つも設けられた見張り台の一つを占拠し、呂布は遠く広がる台地を見つめていた。その瞳はゆらゆらとどこかを定めるわけは無く、巡る思考はたゆたうばかり。異国の地まで来てふと、自分は何の為に生きていたのか思い返してしまったのだ。
かつての乱世において、自分を保護し、取り立ててくれた董卓の為に武を振るった。しかし姦計によって董卓は袁家躍進の踏み台とされ、落ち延びた彼女達は最終的に蜀の劉備のもとへ身を寄せることになる。劉備の人格と指針を認めた呂布は仲間たちの生活の為に再び戦うことになる。
乱世の終幕直前、呂布は董卓たちと共に蜀を離れた。決戦を控え、これ以上巻き込めない、という劉備の命によるものだった。幸いに一行は行く当てが有った。董卓の故郷にはまだ董卓の両親が住んでおり、中央から遠く離れたそこならば戦火もそうそう及ぶまい。
だがその予想は大きく裏切られることになる。
董卓の両親は、袁家の情報操作によって暴徒と化した民衆によって『正義の鉄槌』の名のもとに処刑されていた。暴君を生み出した根源とされ、不満の解消するための生贄にされたのだ。
居場所を無くした董卓を連れて呂布と陳宮、賈駆の四人が再び劉備のもとを訪れたのは乱世終結から一ヵ月後のこと。董卓と賈駆は身分を捨てて劉備の侍女となり、呂布と陳宮は国軍に編入された。五胡との小競り合いや国内の夜盗鎮圧にその力を求められることになる。
そうして多忙ながらも一年が過ぎ、鮮烈なまでに憶えている五胡殲滅戦に記憶は辿り着く。
「…………」
自分はともかく敵の物量に圧倒されて陳宮が指揮する呂布隊は壊滅。陳宮を敵に奪われて冷静さを欠いた自分は、追撃を続行し気付けば敵陣で孤立していた。
別段、悔しいとは思わなかった。
奪い、奪われるのが戦争だ。殺している以上、自分が殺されるのは当然だ。仲間を殺されるのも当然だ。それが報いなのだから。
助けも来るはずがない。敵は圧倒的で、敵陣の奥深い自分の場所まで辿り着けるのは、自分以外にいるはずも無い。
そう――――――思っていた。
超雲と呂布隊の生き残りを連れて、一人の男が現れるまでは。
「恋、ここにいたのか」
「…………御遣い様」
思考を振り払い、視線を上げると目の前に立つ天一刀の姿。腕には街で買ってきたのだろう、胡麻団子の詰まった袋。
「食べる?」
「……………………(コクコクッ)」
隣に腰を下ろした天一刀が差し出してきた袋から、胡麻団子を取り出して頬張った。餡子の甘みが口中に広がって幸せな気持ちになる。
「もっと食べていいぞ。恋は部屋の片付けとか毎日がんばってくれてるから、ご褒美」
そう言って天一刀は胡麻団子をひとつ齧り、笑って見せた。
この天の御遣いを名乗る魏の武将は、あの時も五胡の本陣に真っ向から乗り込んできたのだった。いつの間にか放った周泰と連携して陳宮までも助け出し、退路を絶たれてもなお抗い続けていた。
わからなかった。
弱いのに、どうして戦うのか。
殺されてしまうのに、どうして戦うのか。
どう見ても自分より遥かに劣る力で……
少なくともあの場で、彼の力では包囲を破ることは不可能だった。負傷して一番の荷物になっていた自分が囮になって他の面子を脱出させると、この男は何故か激怒して戻ってきた。敵陣の中へ。
『死ぬな』
敵の包囲を蹴散らした彼はそう言って倒れた。何とか抱きとめて理由を問えば、仲間だから、という答えが返ってきてますます混乱した。今や三国は同盟を結び友好関係にある(と劉備が言っていた)。だからといって初対面の相手を命がけで助けられるのか?
そういう奴なのだと、窮地に駆けつけてきた戦友の張遼はあっさり答えてくれた。
だからかは分からない。
けれどその時、腕の中で抱きしめた彼の温もりを護りたいと思ったのは確かだ。己の命よりも呂布が生きることを肯定してくれた、この男を―――――
「天将軍?」
「ああ、星か」
見張り台に登ってきた趙雲に天一等は苦笑交じりに会釈した。彼女が酒瓶と杯を持っていたこともあるが、何より自分の肩に寄りかかって眠る呂布の温かさにドギマギしていたからだ。
「これは、お邪魔だったか?」
「気にしないで。っていうかむしろ起こしてくれ」
「そう邪険にするでない。自覚が有るかは知らぬが、恋がお主に惚れておるのは知っていよう」
ますます困惑する天一刀に趙雲はけらけらと笑いながら、その真正面に腰を下ろした。
「呉の蓮華殿に蜀は恋か……三国から娶るつもりか?」
「おいっ!」
冗談になっていない。
孫権との関係はすでに曹操に露呈して、彼女からの追及が厳しい昨今だというのに……苦悩する天一刀を見て杯を傾ける趙雲は愉快そうな表情から一転、厳しい視線で問うた。
「……護れるのか、天一刀? 恋だけではない、全てを」
対して天一刀もまた鋭い双眸で返す。
「護るさ。俺の全てを賭けて」
こうなっては退くに退けない。否、退くつもりなど最初からない天一刀である。魔王・華琳を退け、鬼たちを滅ぼし尽くして大陸に平和を取り戻さなければならない。
『抱翼、誓いを立てる事(呉編)』
都の大通りは今日も大勢の買い物客や旅人、彼らを相手にする商人たちで賑わっていた。ごった返す人混みの中を天一刀は呂蒙と周泰を連れてすいすいと進んでいく。
時はまもなく昼になろうかという頃。三人が訪れたのは様々な薬草を取り扱う行商の屋台だった。
「すみません、カズト様。お忙しいところを……」
「いやいや、これも俺の仕事だからね。でも何だって薬草なんか?」
「討伐遠征の準備です。激戦が予想されますから」
天一刀の問いにぺこぺこと頭を下げる呂蒙が答えた。
現在三国は魔王討伐の為の遠征を計画しており、孫権たちも参加することになっている。鬼と魔王を相手取った大戦争である以上、入念な準備は当然のことだった。
「そういえば、一度呉に戻るって言ってなかった?」
「いえ、本国の孫策様から伝令が届きまして。『呉からの派兵はこちらで取り仕切る。孫権以下三名は魏軍に同行せよ』と」
おぼろげな記憶をたどる天一刀に屋台の棚に所狭しと並べられた薬草を一つ一つ吟味しながら呂蒙が答えた。どうやら孫策は今日の事態を想定してすでに手を打っていたらしい。
必要なものを購入し、三人は屋台を離れて歩き出した。
「それで、薬草をどうするつもりなんだ?」
「応急手当用の軟膏を作ろうかと」
「明命の薬は武家秘伝の調合で、よく効くんですよ〜♪」
呂蒙は将兵として戦場に立っていたところを軍師に転向した、という委嘱の経歴の持ち主だった。確かに武家の生まれならそういった知識も身につけていて不思議ではない。
「出来たらお分けいたしますね」
「ホントかい? そいつは助かる」
ありがとう、と礼を返す天一刀に呂蒙がはにかみながら頷いた。その頬がやたら赤いのは日が照っているからでは無さそうだが……
「私の部下にまで色目を使うとは……」
「げっ、孫権!?」
背後からの怨念深い声色に振り返れば孫権が引きつった笑みを浮かべて立っているではないか。天一刀の肩をつかむ彼女の手は、篭められた力によってギシギシと軋みをあげている。次の選択肢を間違えたら確実に肩を握りつぶされるだろう。
「「し、失礼しましゅ!」」
台詞を噛みながら周泰と呂蒙は脱兎のごとく駆け出した。その速さたるや矢の如く、あっという間にその姿は大通りの向こうへ消えてしまう。
したがって、天一刀は一人でこの嫉妬に燃える姫君の相手をせねばならなくなった。とりあえず手近な茶屋に腰を落ち着け、店員に茶を二人分注文しながら孫権の文句を聞いてみる。
「――――――大体わかっているのか? お前の何気ない一挙一動にどれほどの女性が心を奪われ、その言葉に惑わされているのかを。以前荀ケが言っていた『乙女心の破壊者』という呼び名は決して根も葉もない風評、というわけではないのだ。まったくこれでは華琳も安心して夜も眠れまい」
「えー、あー、その、申し訳ない」
「その女性たちの中に私が含まれていることも忘れるな」
「うん、それについても…………え?」
平伏していた天一刀が頭を上げると、そこには頬を赤らめながらも言葉を紡ぐ孫権が居た。店員が持ってきた茶を受け取り、気を落ち着けるように口に運ぶ。
「いきなり、だな?」
「いいえ、ずっと言いたかったの。貴方に助けられたあの時から」
孫権がどうも『命の恩人』以上の感情を抱いていることは、天一刀も薄々ながら気付いていた。呉に居た間は何かと世話を焼いてくれたし、思えば一番話をしていたのも彼女だったように感じる。
しかし同時に、二人は互いの立場も理解していた。
片や孫呉の後継者。
片や曹操の恋人にして懐刀。
反目することはなくとも、決して寄り合わぬ二つの道である。共に並ぶことは有ろうが、二つが一つに合わさることはありえない。二人が自分の生き方を貫く限り……
「これからの戦い、何があってもおかしくないでしょう? 悔いだけは残したくない」
そう言って孫権は微笑んだ。あと数日もすれば魔王・華琳討伐の大遠征が始まる。恐らく誰かを失わずには終わらない戦いになるだろう。
護りたい。純粋にそう思う。
彼女たちが生きる世界を、その未来を。
―――――――例えその力が、己を焼き尽くすとしても。
「俺が……」
「カズト?」
「俺が必ず護ってみせる。華琳も、蓮華も、みんなも」
作った握り拳に力を篭めて、天一刀は立ち上がった。
主君・曹操と腰の双戦斧にかけて誓う。
「誰も、死なせるもんかよ」
『抱翼、己が武を見つめなおす事』
魔王・華琳との決戦への準備が着々と進められていく中で、天一刀は今日も街の警備に精を出していた。行き交う住民達と挨拶を交わし、平穏な日常を見せる街並みを歩いていると―――――
「隊長は弱くありません!」
「いや、まだまだだ!」
聞きなれた声によるそんな遣り取りが天一刀の耳に届いた。片方は楽進のものだろうが、もう一つの男の声ははてさて誰だったか。
騒ぎの場となっている食堂に足を踏み入れれば、やはり楽進と美形の男――――たしか名護啓介という名の――――――が激しく言い争っていた。
「凪、どうしたんだ?」
「隊長!」
突然現れた天一刀に楽進が頬を綻ばす。
対して名護啓介は憮然とした様子だった。
「何があったんだ?」
「実は――――――」
楽進曰く、先日のディケイド事件の成り行きで警備隊員となった名護啓介と共に街を警邏していた所、ふとした弾みから隊長である天一刀の能力についての議論になって今に至る、と。
楽進は、天一刀の力は充分魔王に通用すると主張し。
名護啓介は、天一刀は未熟であると反論した。
「隊長は立派に職務を遂行されていますし、鬼との戦いでも圧倒的な戦果を出されています」
「だが私のイクサと互角に戦えないようでは、これから相見える強大な敵に打ち勝つことは出来ないな」
名護啓介に痛いところを指摘されて天一刀は顔をしかめた。
事実、彼は結局のところ鬼よりも強い怪人たちや、仮面ライダーに勝利できたわけではなかった。それどころか一方的に倒されてしまう始末。切り札である『天覇招雷』も、繰り出す隙を作れなければ宝の持ち腐れだ。
「確かに……今のままじゃ、勝てない」
頷く天一刀。
およそ考え付く手段では名護啓介に打ち勝つことが出来ないと結論し、ひいては魔王・華琳を倒す術も無いと認めるしかなかった。何せ彼女の後ろにはあの、真ドラゴンと鬼の大軍団が控えているのだから。
「教えてくれ、凪、名護。俺はどうすればいい」
「隊長……それは」
「ふっ……決まっている」
二人は声を揃えて天一刀に断言した。
「特訓です!」
「特訓だ!」
軍議を終えた曹操が中庭を通りかかったのは夕暮れ近い頃であった。聞こえてくる気合の篭もった裂帛の声に、誰が己の武を磨いているのかと顔を出してみると……
「そうです、隊長! もっと全身の経絡を研ぎ澄まして下さい!」
「しっかりと意識しなさい! 自分の纏う鎧を、力を!」
監督役であろう楽進と名護啓介が指示を飛ばしている。
「う、うおおおおおおおおおっ!!!」
対して天一刀は双戦斧を両手で構え、何やら吼えているだけ。今ではおなじみとなった碧の雷光を全身から放ってはいるが、彼の体などに何か変化が起こる気配は無い。
やがて集中力が途切れたのか、天一刀はその場に座り込んでしまった。
「くっ……ダメだ。全然思い浮かばない」
「なかなか面白そうなことをしてるわね、カズト?」
「華琳!?」
何故此処に、と言いかけて天一刀は口を閉じた。これだけ派手なことをやっていれば曹操の耳に入るのは当然だろう。
「凪、それから名護だったわね。説明してもらえるかしら」
「はっ。実は隊長の新しい可能性を追求すべく、特別な調練を実施しておりました!」
「彼の防御力は無いに等しい。これではこれからの戦いに到底耐えられない」
天一刀の攻撃力は名護啓介――――仮面ライダーイクサにも充分通用する。しかし反面、その防御はあまりに薄く、僅か一撃で行動不能に陥りかねない。この時代の防具では鬼などの超常的な存在の攻撃を受け止めることなど不可能だった。
そこで二人が着目したのが、天一刀の余りあるほど強力な『氣』である。それこそ練り上げれば鎧でも作れそうなほど強い。この氣を防御に利用する技能を身につけるのが、今回の目的だ。
「面白い発想ね。いいでしょう……私が相手をしてあげる」
どこからともなく絶影を取り出し、曹操が不敵に笑って見せた。慌てふためく楽進を余所に、天一刀は軽く頷いてみせると再び立ち上がった。
「頼むよ」
「私が付き合う以上、手抜きは許さないわよ」
「ああ、勿論だ」
もう一度双戦斧を構えて氣を籠める。思い描くのは自身が纏う不朽不屈の鎧である。しかし言うは易し、為すは難しでなかなかこれといった感覚をつかめない。
「女の子の服なら幾らでも思いつくのにねぇ」
「男は専門外なんだよ」
曹操の皮肉を聞き流しながら、天一刀は回答を求めて脳裏に巡る記憶を探し回る。女の子の衣装と言えば呂布のメイド服は我ながら実に秀逸だった。お洒落でありながら、あの戟戦斧を振り回すことを想定した意匠を考え出すのは苦労したものだが……
「あ」
気付き、手元の双戦斧に視線を落とす。
何故今まで忘れていたのか、この相棒の特性を。
戟戦斧。
旋風螺旋槍。
無尽節棍。
そして自ずと連想されるのは、これから自分が向かい合う強敵……真ドラゴン!
「サンキュ、華琳。おかげで見えたぜ!」
「そう。なら為して見せなさい、新しい可能性を!」
双戦斧から一際強く雷光が迸り、天一刀の全身を覆いつくしていく。
そして、唱えるは変形の呪言。
「チェェェェンジッ! ゲッタァァァッ!」
宙に舞う天一刀の胴には、魏軍特有の意匠である禍々しい髑髏を模した胸当て。そして両肩には丸く、しかし上腕の部分を覆うように一点だけ鋭く伸びた肩当て。腕には太く屈強な手甲を備え、そのすべての装甲は紅蓮の一色に染め上げられていた。
重厚な甲鉄に護られた四肢は、しかして柔軟な動きで天一刀の意思を反映する。
「これが、カズトの新しい力……」
「華琳……」
「これで心置きなく、貴方の浮気を追及できるわね?」
「ふぇ?」
何のことか、まったく心当たりの無い天一刀は首を傾げるばかりだ。
「とぼけるな! 蓮華と恋、二人を誑かして部屋に連れ込んで! この間だって私の断りも無くあんなことやこんなことを……罪は重いわよ!」
「い、いや、あれは昼寝をしていただけで……はっ!?」
魔王の形相で詰め寄る曹操の後ろで、桃饅頭を頬張る呂布の姿を見つけて天一刀は視線で助けを求めた。
(恋! 助けて恋!)
しかし呂布は彼からの視線を何と捉えたのか、
「…………分かった。部屋で、待ってる」
「ノオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!?」
頬を赤らめてその場を立ち去っていくのだった。
「カァ……ズゥ……トォ……」
「ひぇっ!?」
首筋を這う冷たい指先に天一刀はこの世の終わりを確信した。
「私も、行ってもいいわよね?」
「是非! ご一緒に!」
縮こまり激しく頷く恋人の姿に背筋を駆け上る快感を覚えながら、曹操はそのまま天一刀を連れて彼の自室へ向かった。勿論、呂布との逢引を阻止する為で。
―――――その晩は、天一刀を間に挟んだ曹操と呂布は川の字で眠ったとか。
『抱翼、その武に求める事』
天一刀の暴走・失踪に始まった連日の事件を受けて、ついに曹孟徳は勅命を下した。往々にして忘れがちなのだが、極刑に処しても誤りとは思えないほどの損害を天一刀は出してしまったのである。
武神とも評される猛将・夏侯惇に重傷を負わせ、城の施設を破壊。さらに責任の追及から逃れる為に逃走。その後に襲来した魔王の軍勢から街を護った功績が無ければ、とっくにその首は胴体から切り離されていただろう。庶民には『夏侯惇将軍との模擬戦があまりに激しく、城の設備にまで損害が出るほどだったので天一刀は謹慎処分を受けていた』という形で公表されているので、彼の名誉は保たれているが。
兎にも角にも、彼の早急な再訓練が必要だった。
「異論は無いわね?」
「…………一つだけ、いいか?」
「言ってみなさい」
「確かに俺のしでかしたことは赦されるものじゃない。それに俺の軟弱な根性を鍛えてくれるのはありがたく思ってる」
場所は郊外の演習場。
その中央で、天一刀は目の前の曹操に向かって力の限り叫んだ。
「その為に、『今この国に居る武将たちと片っ端から一騎打ちしろ』っていうのはどうかと思うんです!?」
曹操が下した伝令文に拠れば、『天一刀は現在魏に滞在するあらゆる将と正々堂々、一対一にて戦い勝利すべし』とあった。あらゆる将――――――つまり、国籍を問わず武将全員と一騎打ちして勝たなければならない。
今回の宴―――――もとい訓練に有志で参加してくれた『ツワモノ』たちは、すでに曹操の後ろで準備運動を始めていた。
その面々たるや、なんと恐ろしい。
「まず我ら曹魏の将たちね」
「はっはっはぁっ! ホンゴウ、今度こそ貴様の貧弱な根性を叩きなおしてくれるわ!」
夏侯惇が高らかに叫び、満足気に頷きながら曹操が参加する面子の紹介を始めた。
魏からは夏侯惇、夏侯淵、張遼、許緒、典韋、楽進、李典、于禁……つまり武闘派総出撃である。
「それに同盟二国からも、我が国に滞在中の大使達が来てくれているわ」
すなわち蜀、呉の両国の対鬼戦略会議の大使である。
「お主と槍を交わす日が来ようとはな……うむ、愉快愉快!」
「春蘭と真っ向からやれるぐらい腕を上げてるらしいからな。楽しみだ」
槍を振り回しながら快活に笑うのは蜀の趙雲と馬超だ。鳳統は残念ながら完全頭脳派の軍師である為、今回は解説役に回るという。
「カズト……恩人に剣を向けるのは忍びないが、お前の更なる成長の為だ!」
「御遣い様の真の実力、是非に」
「わ、わわわ、わひゃひも出るんですか!?」
呉からは孫権と周泰、そして呂蒙が参戦する。何故か軍師であるはずの呂蒙が参加するのは、彼女の元武人という経歴に着目した曹操が孫権に強く要望したとか。
「あと、特別出演の子達も居るわよ?」
にやりとほくそ笑む曹操の背後で、うごめく影たち。
「…………御遣い様、頑張って。恋も頑張る」
「恋殿が出るまでもありません、ここはねねにお任せください! 変身!」
【Hennshinn】
メイド姿の呂布と、陳宮改め真・華蝶仮面もやる気満々で準備していた。何より陳宮が変身していた。明らかにここで天一刀を亡き者にしようとしている。
「ったく、どうしてこんなことに……まあいい。変身!」
【Kamen Ride…DECADE!】
そして城の近くをぶらぶらしていただけの世界の破壊者こと門矢士もこの集まりに呼ばれてしまったらしい。
しかし……
「華琳! おかしいだろ、最後の! 三人だけ次元おかしいだろ!?」
そう、最後の三人だけ強さの次元が違い過ぎる気配があることに、天一刀が気づかないわけが無かった。
「さあ? でも文句を言うのは気に喰わないわね。罰として一騎打ちから全員同時に切り替えましょう。」
ばっさりと天一刀の主張を切り捨て、さらに形式まで変更してしまった曹操は完璧に怒っていた。
好き勝手暴れて城は壊すわ夏侯惇たちを怪我させるわ、おまけ孫権との浮気が発覚するわ……彼女もここらが我慢の限界だったのである。
「雛里……やりなさい」
演習場外円部に設営された観覧席に移った曹操が隣の鳳統に指示を出す。覇王の怒気に怯え泣きじゃくり、半狂乱になりながらも鳳統はすぐさま用意してあった銅鑼を打ち鳴らした。
それが、戦いの―――――天一刀を叩きのめす合図である。
激戦は日暮れを過ぎても続けられ、月が頭上に昇って沈み始めた辺りでようやく決着が着いた。
【Final Attack Ride…DE, DE, DE, DECADE!】
【Hyper Chinkyu Kick】
「ぷぎゅるうっ!?」
最初は十六人を相手に何とか立ち回っていた天一刀だったが、途中から曹操が参戦して形勢が一気に傾いた。そこからはもう一方的な展開で、全員の必殺技を受けて倒れた天一刀を僅かな小休止の後に無理矢理立たせ、もう一度全員で……という繰り返しを延々と続けてこんな時間だ。
すでに天一刀の意識はなく、土くれに返ったかのように眠っている。この様子に全員が解散の期を悟ったらしく、銘々に帰り支度を始めた。
「なかなか面白い戦いだった。口惜しくもあるがな」
「また呼んでくれよ!」
ご満悦の様子で帰っていく蜀の槍使いたち。天一刀の未熟な頃を知っているだけに今日の戦いでは色々と嬉しい収穫があったのだろう。
「これだけの数を相手に……やはりカズトは強い」
「最初の辺りは完全にいなされてしまいました。精進しなければ」
「追い立てられながら冷静さを失わないところも、侮れませんね」
呉の三人は天一刀の強さを身近なところで見せられていたこともあり、改めて彼の実力を目の当たりにすることになった。そこから自分達の学ぶべきところを見出し、今夜も談義は止まないのだろう。
魏の面々も同様に感嘆を隠せない。何せ物の役にも立たない頃の彼を知っている彼女達だ、その目覚しい成長は感慨深いものに違いなかった。
「隊長がこれほどまでに……是非明日もお手合わせ頂きたいものだ」
「いや、凪? そないなことしたら隊長死んでまうで?」
「隊長がまさか、沙和より強いなんて……」
三羽烏はいつも通りの調子だったが、納得いかない様子なのは許緒である。宥める典韋も振り切って、天一刀との再戦を要求して聞かないのだ。しかしその彼女を制止したのは、意外にも夏侯淵であった。
「よせ、季衣」
「秋蘭様? 秋蘭様だってもう一回戦いたいですよね!?」
「戯けぃっ!」
普段許緒と接する夏侯淵らしからぬ怒声に、許緒だけでなく他の将たちも身を硬くした。
「季衣。今日はホンゴウが我らと互角に戦ったのではない。我らがホンゴウと互角に戦えたのだということを忘れるな」
続けられた言葉もまた、驚きの内容であった。確かに数の利によって圧倒された天一刀だったが、その能力はすでに一線級の武将と遜色ないほどである。少なくとも軽く打ち合ったぐらいで押し負けない。
今日とて不利を踏まえて開戦から回避と防御に徹し、武将たちの猛攻を悉くいなして機を窺う戦術を彼は選んだ。攻めに転ずる機を得る前に残念ながら押し切られてしまったが、最初の半時は逆に多勢を翻弄さえしていたのだ。
恐らく一対一であったならば許緒とでも勝てるかはともかく、互角に渡り合って見せただろう。
だからといって、一騎当千の魏の武将が天一刀に劣るような要素はありえないはずだ。
そう思う許緒に、夏侯淵は語気を平静にして改めて言った。
「いいか、季衣。今回のホンゴウは数の不利故に本来の力を発揮できなかったに過ぎんのだ。凪たちは知っていよう、ホンゴウの秘儀を。『天覇招雷』を」
「……はい。華琳様が総掛かりと宣言して下さらなければ、私などでは初手で詰んでいました」
楽進の言葉に李典と于禁も頷いた。
『天覇招雷』。
もはや魏の国では知らぬ者は居らぬほど有名となった、天一刀の武勇。彼はその双戦斧に宿した雷を極限まで高め、放つことで敵陣を数多の将兵諸共に粉砕する。何人も不可避の一撃はまさしく天の怒りであり、その天一刀を召し抱える曹操は天の意を得た正真正銘の『覇王』となる。
その業の威力を個人に向けて放てば、跡形も残るまい。何より振り下ろされる刃は雷光そのもので、それを鋼の刃で受け止める術はなかった。
直に見た人間にしか分からない恐怖であり、だからこそ語る。
「季衣、それぐらいにしとき」
後ろから許緒の小さな頭に手を置き、言葉を紡ぐ張遼の顔は真剣そのものだ。
「自分も武将やっちゅうなら、相手の強さを正しく測ることを覚えなあかん」
「だったら……!」
自分の実力ならば天一刀に負けはしない。
許緒の主張はまさにその一点だった。だからこそ真っ向から戦わずにそれを認めるわけにはいかない。『今回は大人数だったから勝ったけど、本当は一対一なら負けていた』と言われて納得できるはずもなかった。
「――――――分かった。なら一対一だ」
「カズト!?」
「華琳、双戦斧を持っててくれ」
張遼の後ろで意識を取り戻した天一刀が、おもむろに立ち上がった。双戦斧は曹操に預け、許緒と正面から向き合う。
夏侯淵たちがいくら正論を言って聞かせたところで、実戦派の許緒が簡単に納得するわけがない。天一刀はそう踏んで、あえてぶつかり合う道を選んだ。
突き出された許緒の鉄球を合図に、戦いが始まり―――――
「でぇいっ!」
少女の細腕でうねる鎖を操り、後方へ跳んで攻撃から逃れる天一刀を鉄球に追わせる。地を抉り、空を振るわせる巨大な鉄塊は程なく天一刀を捉えて叩き伏せた。
「やった! ほら、一騎打ちでもやっぱりボクのほうが―――――」
言いかけて、許緒の口が止まった。
彼女は気付いたのだ。今、自分の肩に乗せられている慣れ親しんだ手の温もりに。
「俺の勝ちだな、季衣?」
「う、うそぉっ!?」
鉄球を叩き付けたのは間違いない。加減こそしていたが、それでも手ごたえは確かにあった。天一刀は今頃、鉄球の下で失神しているはずだ。
愕然と両膝をつく許緒を典韋たちに任せ、天一刀は踵を返し演習場を後にした。
「あまり季衣を苛めないように」
その明くる朝、曹操と二人きりの朝食の場で天一刀はぴしゃりと言われてしまった。夏侯惇たちから聞いた話ではかなり落ち込んでいるらしい。
「う……」
「まあいいわ」
「ああ。明後日だからな、出発は」
軍の再編成は終わり、将達の体調も昨日の演習を見れば万全であることは間違いない。魔王討伐の為の準備は全て整った。
方針は三国の全武将を招集した精鋭部隊による一点突破。一般兵はあくまでその突入を支援するのみである。鬼との戦闘を考えれば突出した能力を持たない兵たちでは足手纏いにしかならないからだ。
これに伴い、一人から二人で稼動させられる投石器も開発された。
携行性に優れた保存食も考案された。
李典を中心にした技術班による各将の武装点検も行われた。
明後日の朝、魏から曹操を筆頭に十九名の武将と支援部隊四万人が最前線である蜀に向けて出発する。これに合わせて呉からも孫策率いる吶喊部隊が出撃するという。
三国の最高戦力が蜀に集結するのだ。
その晩、天一刀は自室からこっそりと外へ抜け出した。その姿は軽く城内を散歩するような軽装ではなく、明らかな旅支度。それも軍服を纏ってである。部屋では寝台で曹操が安らかな寝息を立てているが、彼女に言葉をかけることは無かった。
あらかじめ用意していた荷物を背負い、誰にも見つかることなく城門までたどり着く。
もちろん、行き先は南蛮・真王山。魔王が待つ最終決戦の地だ。
「どこへ行くつもりかしら、ホンゴウ」
「!」
城門の影から聞きなれた声が天一刀の動きを止めた。しかし彼は振り返らずに言葉だけを返す。
相手が誰かは、わかっているのだから。
「桂花か。尾行されてた気配は無かったと思ったけど」
「そんなことしなくてもアンタが今夜、ここから出て行こうっていう魂胆は丸見えだもの。待ち伏せさせてもらったわ」
「なんで、分かった?」
「倉庫から携行食と装備一式をアンタが持ち出したと、倉庫番の兵から報告が来た。アンタの部屋からやけに不要物の処分品が出ている。いつも以上に顔がにやけていた……他にもいろいろあるけど省略して、結論は天一刀失踪の前兆」
荀ケの説明に天一刀は「降参だ」とばかりに両手を上げた。
「名推理だな。バレないように気をつけてたんだが」
「アンタの顔がいつもより気持ち悪くなかったら、気付けなかったけど」
「き、気持ち悪いって……」
「無理して笑ってんじゃないわよ、種馬のくせに」
これには天一刀も口をつぐむしかなかった。
彼も今夜の失踪については最後まで迷っていた。このまま曹操たちと共に戦って魔王を打ち倒し、大陸に平和を取り戻せばいいと思っていた。
だが、行かねばならない理由もまた確かに有ったのだ。
「無理してなんか、ないさ」
「よく言うわね。吐き出したい感情を強引に押し込めた、いびつな顔よ。普段のヘラヘラ顔の方がよっぽどマシね。吐き気がするわ」
「…………」
悩んでいた、というよりは名残惜しかったと言うべきか。
華琳を、彼女たちを置いて二度と戻れないかもしれない戦場へ赴くには、彼の決意はやや弱かった。本当はもっと早く出て行こうと思っていたのに、気付けば出発は二日後に迫って、焦って迷って今日ようやく吹っ切ったのだから。
すべては、約束のために。
「行くことは許さないわよ、ホンゴウ!」
なおも足を踏み出す天一刀に荀ケはついに言い切った。
「華琳様を裏切るつもり!?」
歩みは止まらない。
「自分が何をしてるか本当にわかってるの!?」
決意は固い。
「ああそう! もういいわよ! 華琳様を捨ててあの魔王に走るつもりなんでしょ!? 好きにすればいいわ! 今度あったら八つ裂きにしてやるだけだか―――――」
翻らないはずの背が振り返り、次の瞬間には荀ケは天一刀の唇によって言葉を遮られていた。その行為は男嫌いの彼女にとって例外なく不快であり、しかし抵抗して暴れる体を天一刀は強引に抱きしめて抑え込んだ。
やがて唇を離し、天一刀は鋭く睨んで言った。
「勘違いするなよ。俺は、あの魔王を叩きのめしに行くだけなんだ。アイツを止めなきゃこの大陸に生きるすべての命が滅ぶ」
「アンタには、無理よ」
荀ケの言葉の意味は天一刀もよく理解している。
魔王・華琳もまた曹操である以上、曹操の所有物である天一刀が魔王に抗う術は無い。それは己の魂に刻み込んだ忠誠なのだから。例え配下の鬼たちを殲滅できたとしても、その王には膝を屈するしかない。
主君殺しは大罪だ。
愛する女を殺すことも大罪だ。
ホンゴウカズトという人間は、その業を許せない。
つまり、天一刀では曹操を倒せない。彼女に刃を向けることは出来ない。
「出来るさ」
「説得が通用するとでも?」
「刺し違えるぐらいなら、何とかなる」
それが、彼の答えだった。
もはや荀ケに天一刀を引き止める術は無い。三日月の浮かぶ夜の向こうに消えていく男の姿を、荀ケは黙って見送るしかなかった。
真夜中の平原を進むこと四里。
すでに魔王は三国の動きを読んでいたのだろう。何十匹という鬼が、天一刀の行く手を阻むようにそこかしこから湧き出てきた。
「お前らの相手はしている時間はないが、残していくわけにもいかないな」
双戦斧を構えて天一刀はすでに自分を包囲しつつある鬼たちを睥睨した。どれもこれも醜悪な面構えで、確かな殺意を持ってこちらを見据えている。
頭数の多い相手が圧倒的に有利だ。
一匹あたりの能力も鑑みればなおのこと。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
劣勢であることも、つい先日にも同じような状況で敗北を喫したばかりであることも承知。承知の上で必勝を天一刀は確信した。
何せ今回は相手が違う。
相手は、人間ではない。
仲間ではない。
愛した女ではない。
ならば――――――――ミナゴロシを躊躇う理由は無い。
「チェンジ…………ゲッタァァァァァァッ!」
双戦斧と天一刀の体から光が迸り、紅蓮の甲冑がその身を包み込む。
天一刀か、鬼か。
どちらかが潰えるまで続く……終わりの見えない、殺し合いの始まりだ。
(今回のあとがきはお休みいたします)
次回予告
蜀に集結した三国武将連合を、魔王指揮する鬼の大軍団が迎え撃つ。
天一刀を欠き、足並み乱れる武将連合。
そして、華佗は再会した漢女たちから、ついに世界の真実を知る!
天一刀「次回も真(チェンジ!)恋姫†無双に、チェンジ・ゲッタァッ!」
李典「ちょ、隊長そんな合言葉イヤやわ!」
楽進「隊長、カッコいいです」
于禁「凪ちゃん、それは無いの……」
久しぶりの日常かと思ったけれど。
美姫 「最後に来てかなりシリアスな展開ね」
一人で行ってしまったようだけれど。
美姫 「うーん、かなり不安よね」
だよな。何せ、かなりの数の鬼も居るわけだし。
美姫 「華琳もまた心配するんじゃないかしら」
とは言え、心配だけしていられる立場でもないしな。
美姫 「次回はどうなるかしらね」
次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」