※ 1. 本作は真・恋姫†無双のネタバレを多量に含みます。
※ 2.真・恋姫無双、魏エンド後のストーリーです。
※ 3.原作プレイ後にお読み頂く事を激しく推奨します。
※ 4.華琳様の涙を拭い去るため頑張ります。
※ 5.一部、登場人物の名前が違う漢字に変更されている場合があります。
真(チェンジ!)
恋姫†無双
―孟徳秘龍伝―
抱翼旅記ノ伍
『抱翼、死を覚悟する事』
真ドラゴン――――――魔王・華琳による本城襲撃から明けた翌日のことだった。魏の将兵はもとより蜀呉の将までも市街の復興に奔走する中、天一刀の責任問題を追及する緊急会議が執り行われた。
三羽烏と郭嘉の初動が早かったこともあり、家屋などの建築物の被害が全体の半数を超えながら人的被害はその半分程度に抑えられていた。国家としての機能が麻痺するまでに至らなかったこともあり、会議という名の弾劾裁判は開かれる運びとなったのである。
議長はもちろん曹操で、議場は彼女の私室だ。客観的な意見も必要だろうから、と参考人として呼ばれた陳宮は暢気に茶を啜っている。被告の天一刀は天井から逆さに吊るされているのに!
愛用の得物、大鎌の『絶影』をしっかりと構えて曹操は吊るされた天一刀へ問いかける。
「えー、では、一昨日からの失態について釈明はあるかしら? 天一刀」
「一つだけ確認させてくれ……春蘭の件は不可抗力だよな!?」
「そうね。春蘭の件『だけ』だったら、不問にしようと思っていたわ」
天一刀は絶望した。
夏侯惇との一騎打ちで彼女を負傷させ、あまつさえ城の設備を破壊したことは将として大きな問題だ。一つ間違えれば斬首されかねないが、それは百歩譲って仕方ないとしよう。
曹操は、この問題『だけ』なら責任を問わない、と思って『いた』のだ。つまり我らが覇王の心は決まっている。それも天一刀に、生き地獄以上の処罰を与える方向で。
「その、釈明はありません」
従って天一刀の選べる回答はこの一つに尽きるのだった。
「ではカズト、貴方への処分について申し渡すわ」
曹操はとても爽やかな笑顔で『絶影』を突きつけた。
「呉の孫権のみならず、捨ててきた女に未練を残すなど魏の将の振る舞いとして言語道断。よって正義の炎によって己の煩悩を滅却するべし」
「ちくしょー! やっぱ孫権のこと知ってたんじゃないかー!」
「彼女が事あるごとに貴方を熱っぽい目で見てるんですもの、気付かないわけないでしょうが!」
素直じゃないけれど、気持ちは周りにダダ漏れな孫権さんでした。
「ん? ところで正義の炎って何なのさ?」
「その為にこの子を呼んだのよ、陳宮」
どうやら陳宮が真・華蝶仮面という事実は曹操の耳にまで届いていたらしい。
「って、待て! じゃあ俺は―――――――!」
「ふっふっふぅ……ねねと神蝶の、鬼を一撃で滅する必殺技を喰らうのです!へんしん!」
「ノォ――――――――――――――――――――ゥッ!!!」
◇
一方その頃、呂布は侍従としての職務を淡々とこなしていた。賈駆から徹底的に叩き込まれた『冥土道』を駆使して、書類と溜まった洗濯物の山が割拠する天一刀の自室に立ち向かっていく。ちなみに天一刀は新米の将なので、城の侍従は部屋を掃除してくれません。
「………………がんばる」
まずハタキで棚の埃を落とし、濡れた雑巾で床の汚れ諸共ふき取る。それから布団と溜まった洗濯物を干しに行き、寝台に呼びの布団を敷き直す。一刻ほどで一連の作業を終えて、さすがに疲れたらしい呂布が床に腰を下ろすと、
「お、恋? こないなとこで何しとん?」
ちょうど部屋の前を通りかかった昔なじみの武将、張遼が声をかけてきた。
「………………恋、御遣い様のお手伝い」
「ん? あー、そないな話になっとったな」
「…………頑張った」
言われて張遼が見回すと、なるほど天一刀の部屋は見違えるほど綺麗になっていた。
「しかしカズトも罪な男やなぁ」
「???」
「天下の猛将に部屋の片付けなんかさせて、まともな神経やないで」
武神の呼び声高い呂布である。本来なら無礼千万で斬り捨て御免もいい所だった。しかし呂布はぷるぷる、と首を横に振った。
「………………言われて、ない」
「なら、自分からやったんか?」
何度も頷く呂布に張遼も降参するしかない。
いや、事の発端である天一刀を一度叱っておかなければ。「久々に青龍刀が疼くわー」等と張遼が一人で悶々としていると、やはり疲れたらしい呂布は瞼が半分落ちていた。
のろのろとした動きで寝台に乗り、張遼を手招きする。
「…………しあ、おひるね」
「え? あ? 恋、そこはカズトの寝台やで」
「……大丈夫。御遣い様、怒らない」
(怒るんは、カズトやないんやけどなー)と思いつつも旧友の誘いを断るはずもない張文遠であった。
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真・華蝶仮面が放った全身全霊の『ちんきゅーはいきっく』を受けて天一刀は完膚なきまでに打ち倒された。本来は原子分解さえ引き起こすほどの超破壊力を上段蹴りに上乗せしているので、その威力たるや鬼を一撃で粉砕できるほどだ。
そんなものを体に受けた以上、天一刀は口と耳から変な煙を出して意識を失ったのは必然だろう。これで彼の浮気癖が治れば良いが、と思いつつも半分諦めている曹操は彼を背負って夕暮れの廊下を歩いていた。なかなかに釣り合いの取れていない光景だったがたまにはこういう事も悪くあるまい。もっとも身長こそ天一刀に譲るが、身体能力は曹操が数段も上であることは周知の事実だ。男一人担ぐぐらい訳もない。
(桂花も春蘭も秋蘭も気を使いすぎよ)
鬼の襲撃を受けた後で上に下にの大騒ぎであるにも拘らず、王である曹操が手空きなのは優秀な側近が粉骨砕身で働いているからだ。昨日の夜のことである、縄で縛り上げたカズトと共に閨に入ろうとした彼女に荀ケはある提案をした。
『しばらく休養をお取り下さい。一日でも十日でも構いません。その間に私と春蘭、秋蘭で必ずや復興を』
もちろん曹操がそんな話を受け入れるはずもない。半日とて国政から離れるわけにはいくまい、と反論した。
しかし荀ケは、努めて悔しさをひた隠しにしながらこう答えた。
『では一つだけ。そこの大馬鹿者の処分をどうかお願い致します』
見方を変えれば、休みの間ずっと天一刀を好きにして構わないということになる。煮るも焼くも、側に置こうが買い物に連れて行こうが……
(仕方ないわね……街の見回りぐらいにしておいてあげる)
どうせ天一刀が行きたがるに決まっている。
こぼれそうになる笑いをどうにか喉元へ押し込んで、天一刀の自室へ踏み込んだ曹操は背中の彼を手近な壁へ思い切り投げつけた。目の前には、夕暮れの日差しの中で心地良さそうに惰眠をむさぼる張遼将軍と、寝返りを打って乱れた侍従服を纏う呂布のあられもない姿が。
張遼は百歩譲って良しとしよう。
しかし呂布、天下無双の呂布である。
「クゥアアアアアアズゥゥゥゥゥゥゥトゥオオオオオオオオオオオッッッ!!!」
曹操が激昂する。完璧に堪忍袋の緒が微塵切りになった上で煉獄の業火で加熱処理されたように白熱した。
理由は只一つ。
「羨まし過ぎるわよぉっ! このっ! このっ! このっ!」
あらん限りの憎悪を籠めて未だ目覚めぬ天一刀の後頭部を踏みつける。こんなカワイ子ちゃんを無防備状態にして部屋で昼寝させるなど、神が赦してもこの曹孟徳が赦さない。
五分ほど蹴り続け、ようやく精神が安定したのか曹操は物言わぬ天一刀を引き摺って自分の部屋へ戻っていった。
◇
深夜、全身を襲う鈍痛と包まれる心地よさに目を覚ました天一刀は、自分が寝台に無造作に寝転がされていることに気付いた。体は痛むものの特に問題は無さそうだ。
起き上がろうとして、自分に覆い被さるように眠る曹操に目が留まった。寝間着に着替えもせずに眠る主君は、しっかりと天一刀の胸元を完全に占拠している。
さも『これは私の物だ』と言わんばかりに。
「こりゃあれかな」
彼女が起きる気配は全く無い。起こしても良いが何を言われるか分かったものではなかった。特に後頭部で自己主張しているタンコブも考慮すれば、自分が何がしか仕出かしたことは間違いないだろう。
甘えるように身を預けてくる少女の髪を梳いて、天一刀は確かな幸福感に満たされていた。体の芯で燃え続けている闘争本能もこの安らかな時間には抗えないらしい。
(護りたい。護ってみせる)
これからも続くだろう穏やかな時間を。
仲間たちとの平和な世界を。
そして、その果てに見える避けられない結末だけは見ない振りをした。せめて今だけは、考えたくも無かった。
「華琳……」
『抱翼、市中見回りでからかわれる事』
曹操の休日二日目は、やはり剣呑な空気で始まった。昔から曹操はしばしば自室で朝食を取ることがある。特に天一刀と一夜を共にした朝に多く、「動きが若干鈍い為だ」というのは夏侯淵の言。
しかし、今日の曹孟徳様はいつも通りの俊敏さで天一刀を床に叩きつけた。
「な・ん・で! 一晩何も無いままなのよ!」
どうやら天一刀がいつもの種馬振りを発揮しなかったことが不満だったらしい。兎にも角にも素直ではない性格なので、当然自分から求めたりはなかなか出来ないのである。
「いや、だって、そんな空気じゃなかったぞ!?」
「黙りなさい! 一度、魏の将としての勇猛さというものを躾ける必要があるようね」
「言ったな!? 俺に頭撫でられて『ふみゅ〜』って甘えてたじゃないか!」
「あ、あれは『もっとしなさい』っていう合図よ! 合図!」
ちょうど市街復興の経過報告に姿を見せた郭嘉は後にこの光景を、『夫婦喧嘩は犬も食わない理由が良く分かりました』と手記に記したという。
結局、曹操は朝食(天一刀含む)をたらふく頂いた後、予定通り復興中の街の視察へ繰り出した。お忍びの外出でもあるため、夏侯淵が用意した私服『わんぴーす』に着替えて悠々と大通りを歩く曹操の後ろに、半分魂の抜けた天一刀が続く。
もちろん、『わんぴーす』なるものが誰によって生み出されたのかは言うまでもない。
「こういうのも、たまには悪くないわね」
「ん? ん、そうだな」
「気のない返事ね」
「そんなことないさ」
言うや否や、一歩前を行く彼女を抱き寄せる天一刀。
一瞬、何が起こったのか理解できなかった曹操が瞳を瞬かせる間に走り出す。
「我慢するのも大変なんだよ」
「え?」
「可愛い華琳が悪いんだぜ?」
「カズト、貴方ね……」
自分の胸の中で俯く曹操の耳が真っ赤なことは決して指摘しない。何だかんだで恥ずかしがり屋の彼女のことだ、そこを突いたら怒るどころか泣き出してしまうかもしれない。
だからどうにも隠せない欲求をちらつかせながら、軽い皮肉で誤魔化しておく。
「いひゃいほ、かひん(痛いぞ、華琳)」
「今は視察中。忘れてないでしょうね」
「これっぽっちも忘れておりません。はい」
眉根を寄せてこれでもかと頬を抓ってくる曹操に、天一刀が生真面目な風に答える。ぎりぎりと軋むような痛みに涙目になってようやく彼女は手を離してくれた。
そして耳を澄ませば聞こえてくる、横柄な罵声と縮み上がった悲鳴。
「場所は、分かっているのでしょう?」
「ああ。勿論だ」
大通りから細い路地へ入る、といった段取りは面倒である。走っている間に悪党が事を為して退散してしまうかもしれない。
故に、取る手段は最短距離。
「跳ぶぞ、華琳!」
「ええ!……え、跳ぶ?」
腰に携えたままの双戦斧が光り、天一刀の全身を雷光が駆け巡る。不思議なことに抱かれたままの曹操には何の影響もなく、しかし彼の肉体は戦闘態勢に移行し……
「ひゃあっ!?」
脚力のみで一息のうちに空中へ舞い上がった天一刀の体は、次に瞬間には住宅区の奥深くにある袋小路の一つへ向かって落下を開始した。
◇
「さっさと金返さんかゴラァ!」
「ひっ!」
筋骨隆々の男がラーメンの屋台を蹴り倒す。その後ろには手下と思しきゴロツキが数人ほど。彼らはいわゆる『高利貸』の『取立て屋』であった。対して屋台の持ち主である青年は怯えた様子で立ち尽くすばかり。
別段、不思議な話ではない。
青年は料理人として大成することを夢見て田舎から都へ移り住んできた。才能自体はあったのだろう。食堂の手伝いとして下積みを続け、厨房でも店主に次ぐ腕前を身に付けたのが半年前。
そして店主から太鼓判を貰ったが、独り立ちするには金が要る。そんな青年に話を持ちかけたのが彼ら『高利貸』だった。
最初、返済は滞らなかった。むしろ順調なぐらいだった。高利貸自体は貸した金が要求したとおりの利子(それも法外な)が付いて返って来るのだから何の問題もない。しかし実際に金を回収する『取立て』が欲を出した。
青年が利用した高利貸では借り手が支払う金額は元金と利子に加えて、取立てに来た人間に渡す『手間賃』があった。取立て屋はこの手間賃をどんどん吊り上げていき、青年が遂に支払えない額になって揉め事となったのである。
本来、手間賃は取立て屋の裁量で額が決まる。しかし業界の不文律として貸し手の返済の妨げにならない範囲に抑えるものとされていた。青年を担当した
取立て屋がまだ新参の輩であり、国家の法としてこういった犯罪の取り締まりが徹底していないことも原因だろう。
ともかく、結果として青年は窮地に陥っていた。
(何故、こんなことに!?)
少なくとも返済は順調だったはずだ。
言われたとおりの額を支払い、高利貸を仕切っている大旦那も屋台に顔を出してくれて、「こんなに返済が滞らないのは久しぶりだ」と肩を叩いてくれたのだ。あまつさえ借りた額の内の殆どが返ってきていて、「もう少しで完済だ」とも。
確かに最近、額が急に増えたけれどもう少しなら大丈夫だろうと思っていた自分が馬鹿だった。警備隊の隊長が助言してくれた通りに、大旦那へ相談するべきだったのだ。
「お、ありましたぜ!」
「なんだ、あるじゃねえか。最初から素直に出しとけよ」
後悔は先に立たず、時既に遅し。
ひっくり返された屋台から売り上げと、店を構える為に溜めていた貯金まで抜き取られてしまった。これでは返済どころか、明日の仕入れさえままならない。
絶望して膝を落とす青年に、大男が下卑た笑いを浮かべて言った。
「これからもしっかり稼げよ。俺たちの為にナ゛ァ゛ッ?!」
相手のあまりに不自然な語尾に青年が顔を上げると、崩れ落ちる大男とその顔面を思い切り蹴りつける二つの影がある。
一つは片腕で見目麗しい少女を抱き、純白の軍服を靡かせる男。
もう一つは槍を片手に持ち、蝶の仮面をつけた麗女だ。
「カズト、このところ金銭の貸し借りによる事件が増加していたわね?」
「ああ。桂花に頼んで内偵中だったんだが、思わぬところで出くわしたもんだ」
たじろぐゴロツキたちを睥睨する少女に答える軍服の男に、青年は見覚えがあった。
「た、隊長さん……?」
「お? アンタだったのか……怪我ないか?」
相手も青年を覚えていたらしい。すぐさま駆け寄ってきて安否を気遣ってくれた。
「あら、カズトの知り合い? 見たところ料理人のようだけれど」
「まあね。人気の屋台でね、蜀の遠征前に凪たちと来たことがある」
「後で腕のほど、確かめさせてもらうわね」
少女は極めて威圧的な態度を崩さない。
青年の遠い記憶が蘇る。修行時代に聞いた噂だ。魏の都には凄腕の料理人たちを片っ端から駄目出しして、再起不能にしてしまう悪魔が住んでいると……
まさか、この少女が……?
「ひぇっ!」
ついに卒倒してしまった青年を地面に横たえて天一刀は合掌した。
「南無三。また華琳に散らされた料理人の命が一つ」
「失礼なこと言わないで頂戴」
憤慨する曹操はさておいて、起き上がった大男が持っていた金子の袋を奪われたことに気付いたようである。奪ったのは天一刀でも曹操でもなく、
「華琳殿の舌を満たすかはともかく、大した腕のようだ」
二人の隣で袋をじゃらじゃらと鳴らして唸るのは元祖の華蝶仮面だ。袋を失神した料理人の手に握らせて、華蝶仮面が大男と対峙する。
「ンダ、このアマァッ!? そらぁ、オレタチの金だぞっ!」
「ほざくな下郎!」
天下の猛将を思わせる華蝶仮面の一喝に男達が震え上がる。
「努力という名の石を諦めずに積み続ける者を弄び、その夢を潰そうなどと言語道断! まして仲間内の協定さえ護れぬなど、悪党の風上に置けぬ下衆よ!」
「まったくね」
鋭い眼光を放つ曹操は先程までとは打って変わって、まさしく覇王の威風で頷いた。
「我が膝元で斯様な輩が大手を振って闊歩しているとは……断じて許し難いわ。お前たちの悪行がこの眼に映った以上、生きて戻れると思うな!」
ここに覇王の絶対的な判決が下された。
悪、即、斬。
彼女の前でその罪を暴かれた者に、一切の容赦は無し。相応の罰を以って購いとすべし。
「な、なんだよお前ら!?」
一方的な判決と自分達に向かって放たれる怒気と殺気に、男達が半狂乱になって問う。何処の世に、弱者の窮地に都合よく現れる正義の味方など居るというのか。
――――――――否、此処に居る。
「闇在る所光在り、悪在る所正義在り! 華蝶仮面……見参!」
「我が名は曹孟と―――――ふががっ!?」
名乗ろうとする曹操を天一刀が引き止めた。元々今日は一目を忍んでの視察であるため、みだりにその名を出すわけにはいかないのだ。
(ここは俺に任せてくれ)
(仕方ないわね……)
入れ替わって姿を見せるのは、世の為人の為、天より遣わされし超人。
「通りすがりの天の御遣いだ、憶えとけ!」
「まったく、とんだ視察になったわね」
呟く曹操は屋台の長椅子に腰掛けてラーメンを啜っていた。隣に座る天一刀も丼を片手に苦笑するばかりだ。
結局、ゴロツキ共は華蝶仮面と天一刀によって片っ端から打ちのめされて御用となった。警備隊に通報するついでに呼び出した李典に屋台の修理も頼み、次回に昼食を馳走する約束まで取り付けられてしまったが必要経費と思えば仕方ない。
それにしても珍妙な光景である。主君と配下の将が路地裏の屋台でラーメンをズルズル啜っているのだ。
「はっはっは、まあ良いではないか。悪の一つが滅び、我らはこうして日々の糧を得ておるのだ」
快活に笑う華蝶仮面だが、跳ねるラーメンの汁に四苦八苦していた。
「いい加減仮面取りなよ。星」
「だから天将軍よ、みだりに正体を明かさないで貰いたいのだが」
「別にいいでしょう、はっきり言って丸分かりよ?」
曹操にまで一刀両断されて華蝶仮面もとい趙雲はがっくりと項垂れた。
天命を受けて正義の味方を続ける彼女だったが、こうも容易く正体を看破されては形無しなのだろう。
「あのぅ、隊長さん?」
「ああ。すまないね、急で」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。お連れの方とも、助けていただかなければ今頃どうなっていたか」
そんな天一刀と料理人の遣り取りに、ラーメンを啜る曹操は非情に不満げな表情である。
「カズト、私の知名度について今一度問いたいのだけれど」
王として普段から民衆の前に立っている曹操である。はっきり言って、天一刀よりも真っ先に挨拶されて然るべきなのだ。
「そりゃ無理だって」
しかし天一刀は彼女の憤懣を一蹴した。
「ふぅん。貴方は私に王としての――――――」
「こんな可愛い女の子があの覇王だなんて誰も分からないさ」
「っ……ぐ」
突然の爆弾発言に曹操がラーメンを喉に詰まらせた。慌てて天一刀が背中を擦って落ち着かせようとするが、今度はいよいよ堪えきれなくなった様子の趙雲が大笑いを始めてしまった。
「いやいや、まったく! 傍から見ればただの新婚ほやほやの夫婦(めおと)よな!」
「……趙子龍」
フフフ、と底冷えする笑いを漏らしながら曹操の表情が喜悦に歪む。
「滞在中に食した酒とメンマの代金は桃香に請求させていただいてよろしいかしら」
「いえ、まこと威風堂々とされた覇王にあらせられます」
態度の変わり方が早すぎる、とは絶対に口にしない天一刀に青年がおかわりの丼を差し出した。
なんだかんだで今日も魏の国はいつも通りの日常を送っていたのだった。
『汝、逝く事勿れ』
きっと、それは描かれなかった夢。
きっと、それは求めてはいけなかった未来。
今確かに辿る現実になったとしても、禁忌を犯した代償は其処に在ると気付かされたのはいつだったか。
「カズト……」
己の抱えた業に怯え、震え、まるで子供のように泣く彼を抱くには彼女の腕はあまりに細かい。
切っ掛けは単なる思い付き。
新月の夜、ふと顔を見たくなって曹操が彼の自室を訪れると。
そこには。
いつもの青年の代わりに。
己を蝕む闇に抗う獣の姿があった。
「カズト…………」
夜の帳の中で爛々と輝く眼には紺碧の輝き。
食いしばった口元から漏れるのは愛する少女の名前。
其処には昼間のような明るい笑顔も、優しい眼差しも、無遠慮な立ち振る舞いも無い。ただ狂ってしまった歯車に巻き込まれないよう、必死に『華琳』という名の希望に縋りついている。
誰にも見られないように。
誰かに悟られないように。
自分と一緒に眠ったときも、明け方まで寝所を離れて。
独りで。
独りで……
「カズト」
気付いてしまった以上、もう片時も側を離れたくはない。
抱いた腕を解いてしまったら、きっと彼は闇の果てへ行ってしまう。
だから繋ぎ止める。
――――――あの夜、彼の名を呼んだのは自分だから。
認めよう。
華琳という「女」はカズトという「男」を求めている。
自分が自分である為に。
王である自分を支える為に。
利用しているのは自分で、彼は利用されることを選んだ。
自分は彼を求め続け、彼は自分に答え続けた。
「華琳……」
きっと、もうあの頃には戻れない。
きっと、もう彼はヒトに戻れない。
けれどそう在るように望んだのは自分で、彼だ。
だからこれからも繋ぎ止める。
――――――いつか来る、最期の日まで。
……汝、逝く事勿れ。
あとがき
ゆきっぷう「『抱翼旅記ノ伍』をお読み頂きありがとうございます。このスタイリッシュ三国志アクション(!?)もいよいよ終盤に突入し、コメディ中心だった抱翼旅記もかーなーりーヤバい天界に!?」
郭嘉「『展開』違いです!」
ゆきっぷう「おっと、天界になっていたか」
郭嘉「それはともかく、ついに貴方の計画が明らかになってきましたね」
ゆきっぷう「いやいや、そんな大それたことなんてこれっぽっちも」
郭嘉「では今回の短編の三本目について、何か釈明は?」
ゆきっぷう「ない! 強いて言うなら本文の通り!」
郭嘉「!?」
ゆきっぷう「では皆さん、また次回お会いしましょう。デュアッ!」(舞台から飛び降りる)
郭嘉「ここまでお読み頂きありがとうございました。ではこれにて……待てゆきっぷう! 今こそ洗いざらい吐いてもらいます!」
決戦の前に一休み、って感じですね。
美姫 「久しぶりな感じのする華琳との絡みよね」
中々に甘え難いみたいだけれどな。
美姫 「それでも久々の休日って感じで休めたんじゃないかしらね」
まあ、最後はちょっとシリアスだったけれど。
美姫 「行く末がどうなるのか、ね」
だな。次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」