. 本作は真・恋姫無双のネタバレを多量に含みます。

    2.真・恋姫無双、魏エンド後のストーリーです。

    3.原作プレイ後にお読み頂く事を激しく推奨します。

    4.華琳様の涙を拭い去るため頑張ります。

    5.一部、登場人物の名前が違う漢字に変更されている場合があります。

 

 

(チェンジ!)

恋姫無双

―孟徳秘龍伝―

抱翼旅記ノ参

 

 

『抱翼、伯符仲謀と次代を護る術を模索する事』

 

 鬼の襲来から一夜明けた建業の都。孫権や黄蓋の奮戦によって被害はある程度抑えられたものの、倒壊した家屋は五十棟を越えており寝床を失った者たちが街の広場で途方に暮れている有様だ。

 死者も決して少なくは無く、特に親を失って孤児になった子供たちも行き場を求めている。

 そんな傷つき疲弊しきった街へ繰り出す一団があった。天一刀を中心に楽進、李典、于禁といういつもの面子に呂布、陳宮、張角、張宝、張梁、華雄を加えた北郷隊が、荷車に資材や食料を山ほど積んで大通りを突き進む。

「見えたで、隊長! 街の中央区や!」

「よし! 西地区、東地区は陸遜と呂蒙が行っている、俺たちは他の将たちと連携しつつ此処から復興活動を始めるぞ!」

 アフロ頭(巻の六、ラストを参照)を揺らしながら天一刀が号令を下す。時刻は昼頃でそろそろ住民達も腹を空かせ始めているだろう、と踏んだ彼はまず荷車から『調理用簡易炉』を取り出した。

「さあ、凪と沙和はこれを使って住民の皆さんに手料理を振る舞うのだっ!」

「了解!」

「了解なの!」

 この『調理用簡易炉』。もとは天一刀の「持ち運び出来るガスコンロが欲しい」という我侭から一年前に李典が開発した秘密道具。炉の構造を煉瓦で簡単に再現したもので、実際はコの字型に組まれた本体に鍋を置くための金具などを取り付けただけ。読者の皆様はバーベキューのあれを思い浮かべていただければ良いかと。

 これでもこの時代には前衛的な発明である。何せ簡易炉と薪と食材と調理器具があればどこでも火を使った料理が作れるのだ。あまりの利便性と拡張性の高さに曹操も太鼓判を押し、今や現在の魏軍の正式採用装備の一つである。

 ともかく、颯爽と駆け出した楽進と李典は素早い動作で簡易炉を広場に複数設置し、調理の準備に取り掛かる。それを見て天一刀は次なる秘密道具を取り出した。

「天和、地和、人和! この『簡易型長机』を使って炊き出しの準備と誘導を頼む!」

「わーい、ご飯ご飯!」

「ちょっと姉さん、ちいだってお腹減ってるんだよ!?」

「二人とも、私たちが食べるのはずっと後よ?」

「「えー!?」」

 文句を言いながらも三人は机を並べ始める。この『簡易型長机』も一年前、天一刀が発案した「簡単に収納できる家具を作ろう計画」を基に李典が待ちの職人達と共同で開発したもの。純木製であること以外は現代の『折り畳み式長机』と思ってもらえれば問題ない。

「恋と華雄は倒壊した家屋から薪を調達してくれ! 陳宮、ちゃんと住民に許可は貰うんだぞ!?」

「おう!」

「言われるまでも無いのです!」

「………………頑張る」

 燃料の調達に向かう三人を見送り、天一刀は広場の隅へ移動した。別段仕事をサボっているわけではなく、住民の状態を全体的に確認するためだ。

 今、広場に集まっているのは主に家を失った者で、特に親とはぐれた、あるいは親を殺された子供が目立つ。大人も決して少なくは無いが、職に就いている者が殆どのため一時の寝床さえ用意できればこちらは問題あるまい。

(子供はなぁ……繊細だからなぁ)

 どう対応すれば良いものか。政策については歴史の知識があれば何とか対応できるが、所詮はまだ十九半ばの餓鬼にすぎない。親を失った子の気持ちなど見えるはずもなく、天一刀は頭を掻き毟った。

「大分困っているようだな、天将軍?」

「孫権……」

 背後から声をかけられて、天一刀が振り返った先には孫権が立っていた。傍らに控えていた甘寧は二人に一礼し、広場へ入っていくとそのまま楽進たちの炊き出しの手伝いを始める。

「思春の奴、気を回さずともよいものを……」

「……それで、どうした?」

 天一刀が嘆息する孫権に問うと、彼女は呆れ顔で答えた。

「それは私の台詞だ。こんなところで一人で居て、悩んでいる素振りを見せていれば声をかけるのは必然だろう」

「そうかい」

「―――――で、何を悩んでいた?」

 今度は真剣な眼差しで、孫権が天一刀を見据えた。とりたてて隠すこともないことなので、彼も頷き話し始める。

「子供たちを見ていた」

「子供を?」

「今広場には、親とはぐれたり死なれたりした子供が集まっている。……つまり、孤児だ。あの子達の行き場を考えていた」

「はぐれただけなら良いけれど……親を亡くすのは、辛い」

「父の力強さと、母の優しさが必要な年頃だからさ。放っておくわけにはいかない」

 天一刀は言うが、これは決して偽善などではない。

 子供時代に親を亡くすなどして、受けた心の傷が癒えないまま大人になると精神的に障害が残るケースがあるという。この時代に来る前、天一刀がテレビや新聞で知ったことだ。

 そうでなくても、悲観した子供が衝動的に自殺を図ることもある。全員が全員、必ずとは限らないが……支えとなる存在は必要だ。とはいえこの時代では孤児を引き取ってくれる里親など早々見つかるまい。せめて孤児院のような施設があれば……

「抱翼」

「ん」

「あの子達、しばらく私と思春で預かろう。その間に本格的な孤児の受け入れ態勢を作る」

「頼む。ここでの俺はただの客人だからな、知恵は貸せるが……」

 実際に何かをやろうと思ったら、出来ることには限りがある。此処は呉の国で、魏の国ではない。好き勝手に他所の事情に首を突っ込めるほど天一刀は横暴でも身勝手ではなかった。

 では今回の援助活動はどうなのか、と思われるかもしれないがこれは事前に周瑜の許可を得てのこと。楽進曰く、同盟結成の折に幾つもの条約が締結されており、それによれば『著しい損害を被った国には所属を問わず支援を行うべし』とある。支援活動であれば度を過ぎず、かつその国の許可がある限り可能なのだ。

 閑話休題。天一刀の葛藤を見抜いたのか、孫権は意外にも大胆な提案を持ちかけてきた。

「よければ今夜にも姉様も交えて話をしないか? 冥琳も加われば良い策も浮かぶだろう」

「いいのか?」

「勿論だ」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 それなら自分にも何かが出来る。そう考えた天一刀は頷いて孫権の提案を受け入れた。

 …………夕刻、招かれた孫権の自室に入るまでは。

「―――――――――――――あれ?」

 まず天一刀が目にしたのは、質素な意匠ながらも大きな円卓。その上には酒瓶と料理が山のように盛られた大皿が所狭しと並べられている。そして円卓の周りには椅子が四脚用意されており、そのうち空いているのは彼の為に宛がわれた一脚のみ。

 次に天一刀は席に着いている二人の人物に目をやった。一人は上機嫌の孫権で、今も彼に「早く来い」と手招きしている。もう一人の孫策は隣に座る周瑜に天一刀が来るまで酒を止められてすこぶる不機嫌だ。

「あれー? まるで会議する雰囲気じゃないよね」

「耳が痛いな、天抱翼。こうでもせねば動いてくれんのだよ、我らが呉の王は」

「大変だね、周瑜も」

 嘆息する美周郎につられて眉根を寄せる天一刀。王とはえてして我侭なものなのだ、何処の国でも……

 かくして会議(?)は始まった。酒瓶を次々に空け、料理をつまみながら、とりあえず今回の戦闘における損害報告を周瑜から改めて聞く。

「死者百二十六名。その内兵士が七十四名、町民五十二名。使用不能の家屋が六十四棟―――――――少ないとは言い難いな。もっとも抱翼殿がおらねば我等は今日を生きていないだろうが」

 最後に出現した大鬼のことを言っているのだろう。周瑜は非常に疲れた表情で溜息をついた。確かにあそこまでくるともう策がどうの、と言える状況ではない。

 それでも何とか乗り切ったものの被害は先述の通り。孫権としても何とかしたい現状がある。

「それで姉様、此度の戦いで親を亡くした子供たちを一時的に城で引き取りたいのです」

「孤児を? んー、いいわよー。そっかー蓮華もお母さんかぁ」

「私に母代わりが務まればよいのですが……って反対なさらないんですか!?」

 どうやら孫権の中では、孫策に反対されると踏んでいたようだ。そこで自分の意見に同調してくれた天一刀を同席させて自分の案を支持してもらおうと考えていたのだが……

 呆気にとられる孫権に、周瑜が優しく微笑んだ。

「蓮華様はすでに雪蓮の後継者として相応しい実力と自覚を持ち、民の為に毅然と行動しておられる。今回は孤児たちを育てる環境を国が用意するまでの間、あくまで緊急の措置としてのことでしょう。さらに言えば私も亞莎から同様の献策を受けていますので、まったく反対する理由がない」

「……というわけ。でもすでに城の離れへ孤児を招き入れるなんて思ってもみなかったけどね」

 さらに驚きの声を上げる孫権。少なくとも自分はそんな指示は誰にも出していないはず……そんな彼女の背後から音もなく現れる影が一つ。

 甘興覇その人だ。

「蓮華様。街の孤児、述べ二十七人を城内の一室に誘導致しました」

「し、思春!?」

「申し訳ありません。子供たちだけでは夜を越せないと判断しましたが、すべて自分の独断によるもの。如何な処罰も―――――」

 深々と頭を下げる甘寧の肩に孫権の手がやんわりと触れた。

「ありがとう、思春。貴方が私の友で良かった」

「蓮華様……自分などには勿体無いお言葉です」

 厚い信頼の眼差しで見詰め合う二人の横で、天一刀はぽつねんと立ち尽くしていた。完全に空気と化してしまった彼はもはや、黙々と並べられた料理を口に放り込むしかすることがない。

「俺、要らない子かな? あはは」

「そんなことはないぞ。評価は多々あるが、少なくとも私と雪蓮は貴公を一流の将と認めている」

「そうそう。大したもんよー」

 自嘲気味に乾いた笑いを浮かべる天一刀に対して周瑜と孫策が首を横に振った。

 では天一刀をして一流の将と認めるだけの理由とは何なのか?

 確かに常識を覆すような戦果を上げている。しかしこの男は普段、部下の女性と閨にダイヴしたり、大陸的アイドルと逢引したり、天下の猛将に給仕をさせたり、と非道の限りを尽くし放題の極悪人なのだ。むしろ外道と言ってもいい。断じて、だ・ん・じ・て! 孫策のような英雄に認められる漢(オノコ)ではない。

「蓮華様……孫権様は同盟結成後、どうしても魏への反発心を捨てきれずにおられた。まあ、私たちも言えたものではないが……それが蜀への救援に向かい、戻られたら後ろに貴公がいる。以前ならば考えられんことだ、魏の将を連れてここへ戻るなど」

「命のお・ん・じ・ん♪ だもんね〜。あんなに熱く語る蓮華は久しぶりに見たわ」

 昨日、天一刀に斬りかかった孫策と対峙した時のことを言っているのだろう。

 「俺は別に……」と言いかけた天一刀は二人の言葉で気付いてしまった。

(大したこと、やっちまってる!?)

 孫権といえば孫策の妹であり後継者。王の血縁者ならどう否定しようとも国の要人であり、それを鬼から命懸けで助ければ『恩人』なんて持て囃されるに決まっている。

 そして、ギャルゲーにおいて『命の恩人』は同時にあるものを発生させてしまう。ふと孫権を見やれば、

「この恩は、生涯忘れんからな。天一刀(ぽっ)」

(しまったぁっっ!!! 恋愛フラグキタァァァァァァァァァッ!!!!!)←絶望の叫び

 何という事か。前回、孫策とのフラグが立ちかけただけで楽進に抹殺されそうになったばかりだと言うのに、これではもう斬首確定である。

「妹をよろしくね、天一刀」

「婚儀はいつにするべきか……」

「ま、待ってくれ! この前も言ったが俺には『華琳の所有物』という肩書きが―――――――――」

 冗談とも本気とも分からない雑談は終わる事を知らない。内心、天一刀への殺意に燃える甘寧だけが、会話に参加せずギリギリと歯軋りしていたがそれは言わぬが華である。

 

 

 

『抱翼、孤児の面倒を見る事』

 

「よーし、いくぞぉ! だーるまさんがーこーろーんーだっ!」

 城の庭で『だるまさんが転んだ』の鬼役をする天一刀の姿は、いつにも増して輝いていた。政務の忙しい孫権に代わって預かっている孤児の世話役を引き受けた彼だが、子供たちには天の御遣いの肩書きなど通用するはずも無く……見事に遊び相手をさせられていた。

「李潤! それからねねも動いたぞ!……っていうか、ねねは軍師だろうが」

「細かいことは気にするな、です」

「まあ、それを言ったら恋もな」

 必死に動きを止めている子供の群れから一際突き抜けた呂布が、何故か物凄くカッコイイポーズでこちらを見ていた。さりげないアピールのつもりだろうか?

 とはいえ城下の復興作業もひと段落した今、部外者である天一刀や陳宮たちは呉ではそう大して仕事があるはずも無い。特に天一刀は孫権から『命の恩人』という特別な客人として扱われている。今日の世話役の交代も孫権から半ば強引に認めさせたほどだ。

「だるまさんがー……ころんだ! へっへ、劉晋が動いたぜ」

「楽しんでいらっしゃいますね、抱翼様」

 木陰から姿を見せたのは呉の軍師・呂蒙であった。片眼鏡をきらりと光らせながら近づいてくる彼女を子供たちが見逃すはずも無く、

「呂蒙様もあそぼー!」

「あそぼー」

「だるまさんがころんだするのー」

 子供たちに囲まれ、服の裾を引っ張られながら呂蒙は成す術も無く『天の御遣い対孫呉チルドレン! オラが最強だ頂上大決戦!』に強制参加が決定した。リーダー格と思しき七歳の少年曰く、二十八人いた仲間のうち十九人が天一刀によって倒されて(つまり、動いてしまった)おり、劣勢を覆すべく陳宮たちを応援に呼んでみたものの……

「ねねは自分の不甲斐なさに泣きそうです、恋殿」

「………………恋、ねねのぶんも頑張る」

「恋殿ぉっ!」

 陳宮は討ち取られて残った呂布が頼みの綱である。だが圧倒的劣勢に立たされた子供たちを救うべく、新たな英雄が中庭と言う戦場に舞い降りた。

「いいでしょう、軍師とはいえ元は武人の身。この呂子明が助力いたします」

「やったー!」

 万歳でおおいに喜ぶ子供たち。わりと大人気なく本気を出していた天一刀を倒すべく闘志を燃やす九人の少年少女に呂布と呂蒙が加わり、完璧な布陣で最後の戦いに挑むのだ。

「へっ! 何人来ようが俺の敵じゃないぜ! だーるまさんがぁ―――――――」

 余裕の態度で目を隠す天一刀だったが、

「ころんへぼぁあベブ☆※>*」+‘;^!?」

 振り返るより早く打ち込まれた呂蒙の連撃が彼の体を捉え、トドメとばかりに炸裂した上段蹴りが遥か上空へ打ち上げる。勿論天一刀は奇怪な悲鳴を上げながら落下し、見事に人型の穴を大地へ刻み込んだ。

 本気を出した呂蒙の超速度はまさに疾風の一言である。

「ぐぅ……ぐ、軍師なのにこの戦闘力は、いったい」

「先ほども申し上げましたが、私は元武人ですので」

「割と油断してたぜ、グハッ」

 穴から這い出たものの、そこで力尽きた天一刀は地面に突っ伏してしまった。それもそのはず、呂蒙のキック力は10トンもの威力を誇り、軍師になる前は黄巾党相手に素手で無双していたとかしてなかったとか。必殺技の『空我激烈脚』は砦の門を閂ごとぶち抜く威力である。

 ともあれ天一刀のヒットポイントがゼロになるばかりかライフポイントもゼロという完全死亡状態。もの悲しいメロディが流れる中、そそくさと埋葬の準備を始める陳宮を呂布が止めるまでそう時間は掛からなかった。

 

 

「やっと起きたか、天一刀。まったく……死んでしまうとは不甲斐ない」

「んあ、孫権?」

 目覚めた天一刀が跳ね起きると、そこはもう見慣れた客室の寝台だった。傍らで椅子に腰掛けていた孫権は「やれやれ」と言わんばかりの呆れ顔である。その後ろでは申し訳なさそうに立っている呂蒙の姿が。

「まさか子供の世話で大怪我するとは思ってもみなかったぞ。政務を終えて様子を見に行けばお前が倒れているしな。いきなり本気で打ち込みにいった亞莎も悪いが……お前は本当に武将か?」

「むう……面目ない」

 しゅん、と頭を垂れる天一刀。結構痛いところを突かれたからか、本気で落ち込んでいる様に慌てて二人がフォローを入れる。

「まあなんだ、平和な城内では天将軍も実力を発揮できんだろう」

「す、すすすすすみません! 抱翼様の武勇伝を聞かされてつい……」

「期待に添えなくて申し訳ない」

 さらに沈む天一刀。むしろトドメになってしまったようだ。

「その、あの、抱翼様……」

「カズトでいいよ、呂蒙。孫権もいいだろ?」

 二人の慌てぶりに苦笑する天一刀。そこでようやく自分たちがからかわれていたことに気付き、孫権が赤面した。

「天一刀、お前は!」

 真面目な彼女には中々刺激が強すぎたらしい。対して呂蒙は自分の粗相が許してもらえたと理解したらしく、安どの表情を見せていた。

「カズト様、私のことは亞莎とお呼び下さい」

「分かった、亞莎」

「はい。ではすみませんが、仕事が残っていますので」

 最後は笑顔で呂蒙は退出していった。それを見送ってから孫権は改めて天一刀を見据え、

「乙女心の破壊者か……なるほど、確かに」

「え? 孫権? 俺は別に何も……」

「周りの人間をヤキモキさせる、ということよ」

 あえて多くは語らない孫権だが、胸中にはあの瞬間が深く刻み込まれているのだ。自分へ迫る鬼の魔手を打ち払い、果敢に敵へ立ち向かう天一刀の背中に彼女は心を奪われた。

 だが互いの立場故に、想いを伝えることはできない。彼は魏の将であり曹操の恋人である。今や三国同盟によって一蓮托生の状況で、自分だけ足並みを乱すようなことは出来るはずがない。

「孫権、どうした?」

 彼女の悩みなど知る由も無い天一刀は、きょとんと首を傾げるばかりだ。

「何でもないっ!……私も失礼する」

「あ、ああ」

 声を荒げ、踵を返す孫権だが戸を潜ったところで一度だけ振り返ると、

「それから……蓮華よ。呼びたければ呼べばいいわ、カズト」

 それだけ言い残して夜の廊下へ去っていった。

 これが後に地球を巡る大決戦の引き鉄になろうとは、この時の天一刀には知る由もなかった。

 

 

 

『抱翼、兆しを見ゆる事』

 

 天一刀が呉に滞在し始めてから数日が経過した。建業の街も復興は順調に進んでおり、周瑜から休むように言われたこともあって魏の一行はひと時の休息を得た。

 宛がわれた客室の寝台で真っ白な掛け布に包まり、小さな寝息を立てる楽進の肌に天一刀が指を這わせる。深く寝入っているのか、楽進は気付くどころか身じろぎもしない。

「しばらくドタバタしてたからな……しょうがないか」

 日の出に空が白み始めたばかり。天一刀は再び寝入ろうと抱き枕代わりに楽進の体に腕を回した。たまにはこのまま怠惰に一日を過ごすのも悪くはない、と瞼を閉じ……

「隊長、頼みがあるんやけど! 起きとるかいっ!?」

 戸を勢いよく開け放った李典によって心地よいまどろみから引き戻されることになった。

 無理矢理起こされたことで非常に不機嫌な楽進(理由はそれだけに在らず)と天一刀を連れて李典が向かった先は、建業の城の内部に造られた大型の炉。武具の製作は勿論、様々な用途にも対応できる一級品でこの時代においては最先端技術の結晶とも言うべき施設だ。

 その炉の前ではすでにあらかじめ呼び出されていたのだろう、呂布と陸遜が立ったまま寝ていた。両人ともぶら下げた鼻提灯を器用に膨らませたり縮ませたりしている。

「それで、何をするつもりなんだ?」

「んん? そら決まっとるやん。ここまでの連戦で壊れてまった武器を作り直すんや」

 李典の答えははっきりしていた。

 呂布の方天画戟。

 李典の螺旋槍。

 陸遜の九節昆。

 愛用の武器を失ったままでは今後想定される鬼との戦闘に際して非常に不利であることは言うまでもない。良い機会なので李典は呉に資材等を拠出してもらい、三人の武器を作り直すことにしたのだ。

「た・だ・し! ただ元の通り作ってもおもろない。一段階、二段階上を目指す強化が必要なんや!」

「それはよく分かった。で、まさかとは思うが……」

 李典の言葉の続きを予測し、天一刀が頬を引き攣らせた。

「隊長の双戦斧、ちょこっと貸して! ウチらの武器の寸法取るだけやから!」

「………………安直な発想だな、おい」

「ぐっはあ!?」

 天一刀の冷静かつ冷徹なツッコミに李典が大地に倒れ伏した。職人たる者、常に精進を怠らず、怠惰を許さず、が彼女の理念だっただけに彼の一言はまさに胸を抉る一撃となった。

「しゃ、しゃあないやん。恋は隊長とお揃いやないと嫌や言うし、ウチもあの旋風螺旋槍の構造は興味あるし……陸遜の昆もボロボロやもん。頼むて〜」

「……しょうがないな。一日だけだぞ?」

「おっしゃ! さすが隊長、話が分かるわ〜」

 確かに、彼女達にいつまでも丸腰で居ろと言う訳にもいかないだろう。満面の笑顔で双戦斧を受け取った李典はすぐさま作業を開始した。呂布たちが各々の武器に変形させ、李典がその形状、寸法を細かく書きとめていく。この数字を基に戟戦斧、旋風螺旋槍、無尽節昆を再現しようというのが彼女の企みである。

 強化というよりも模倣に近いが、それだけ双戦斧の特性が突出しているというのもまた事実。従って李典の要請は至極当然のことなので、その場は楽進に監督役を任せて天一刀はそそくさと撤収した。残っていたら何を手伝わされるか分かったものではない。

 城の中庭まで退避した天一刀だが、来てから日が浅いこともあって手頃な休憩場所などさっぱり分からない。南方ゆえの強い日差しから逃れるように近くの木陰へ腰を下ろすと、

(お静かにっ!)

「むぐっ!? ん………ん――――――!」

 背後から伸びてきた手に口を塞がれてもがく天一刀。まさか曹操の刺客ではなかろうか。他国の女性に手を出しまくり(本人にその気はないが)の天一刀を粛清するために放たれたとでも!?

 そんな混乱する彼の前に姿を現したのは周泰であった。

「しゅ、周泰……?」

「正気に戻られましたか。はあ……」

 何故か意気消沈する周泰の背後で、突然暴れ出した天一刀に驚いた猫が足早に走り去っていった。ネコミミを着けるほど猫好きの彼女にとって恐らく千載一遇の好機だったのだろう、思い切り脱力した体を芝に投げ出して寝転んでしまった。

「すまない。邪魔だった?」

「あ、いえ……私こそ客人である天一刀殿に何というご無礼を」

「かまわないさ。ところで少し話をしてもいいかな?」

「はい。今日は非番ですので」

 正座で座りなおし改まった様子で答える周泰。

「まずはありがとう。君がいなかったら五胡の連中から恋たちを助けられなかった」

「ふぇっ!? その、あの時はそれが最善だと思ったので! それに指揮は霞様が……」

「それでも君が来てくれたことに変わりはない。改めてありがとう、助かったよ」

 いきなり礼を言われるなど思っても見なかったのだろう、周泰は戸惑いと照れが混じり合った笑みをこぼした。

 そんな明るい談笑を遠目から見やる人物が一人。

(くっ、明命までも……己れ、天一刀)

 木の枝に身を隠し、歯軋りする甘寧は先日の『孫権、天一刀に篭絡事件』から身の内に燃え上がる殺意を押さえるのがやっとだった。身も心も捧げ忠誠を誓った孫権が、よりにもよってあんな優男に惚れてしまうなど堪えられるはずも無い。

 確かに一度は孫権の命を救った恩人として甘寧も認めていた。しかし、孫権の好意を「俺は曹操の所有物」と断った天一刀は、彼女の中で即時暗殺を必要とする人物としても認定されていた。暗殺対象者を記載した『黒死帳』なる帳簿にも名前が載っており、いわゆる「ブラックリスト入り」を見事に果たしている。

 しかも、し・か・も!

 自分の妹分とも言うべき周泰にまで天一刀の魔手が伸びているのだ。もはや事態は一刻の猶予もなく、こうして歯軋りしている間にも何処かの誰かが誑かされているかも知れないのである。このままでは国の要人が他国の将の意のままにされてしまう、という恐るべき状況に発展しかねない。

 やはり荀ケの忠告は間違ってはいなかった……

 奴はホンゴウカズト、乙女心の破壊者だ!

(悪・即・斬……!)

 孫権からのお叱りも覚悟の上で、彼女は愛用の剣の柄に利き手を沿えた。狙うは天一刀の首一つ。幸い双戦斧は李典が武具作成の資料として持ち出しているので大きな脅威は無い。あの斧がなければ彼の実力など凡庸な兵士となんら変わらないのだから。

 跳躍し、剣の柄に結わえ付けてある鈴も鳴らないほどの速度で一気に天一刀へ斬りかかる。落ちる木の葉よりも速く、しかしその首筋目掛けて振り下ろされた刃は寸でのところで何かに弾き返された。

「なっ!?」

 周泰ではない。状況に気付き、愛用の長剣に手を伸ばした姿勢で二人を凝視している。

 では、まさか……

「危ねぇだろうが、この野郎っ!」

 天一刀の放った右の拳が正確に甘寧の剣を横から殴って直撃を避けたのだ。

 憤るままに続けて繰り出された左の拳は打ち上げ気味に甘寧の腹を狙う。剣を打ち払われたことでバランスを崩していた甘寧は身を引くが間に合わず、右の横腹を抉る一撃を受けて地面を転がった。

「こんな真っ昼間から出てきやがったか、刺客ってやつも形振り構ってら、れな……って甘寧!?」

「殴ってから気付くんですか!?」

 殴り飛ばした相手が甘寧と気付いて驚きの声を上げる天一刀。どうやら相手が誰なのかも見ていなかったようで、その無茶苦茶っぷりに周泰も突っ込まずにはいられない。

 だが甘寧はそれどころではなかった。今の打撃でどうやら肋骨を痛めたらしく、腹の右側に手を当てて呻いている。何より彼女を打ちのめしたのは、ほんの一瞬だけ見えた天一刀の貌であった。

(あんな……あのような禍々しい貌は――――――)

 これまで何百人もの賊を討伐してきた甘寧だが、自分を殴り飛ばした瞬間見えた天一刀の貌はどんな悪党よりも凶悪に見えた。歪に吊り上がった口元、殺意に爛々と燃える瞳……戦いに餓えているとしか彼女には思えない。

 その思考も一瞬のことで、腹部からの激痛に彼女の意識は闇に沈んでいった。

 

 

 

 その後すぐ、甘寧は周泰と天一刀によって華佗の客室に運び込まれた。彼の診察の結果「二日ぐらい安静にしていれば問題は無い」ということだったが、騒ぎを聞きつけた孫権の落ち込み方は尋常ではなかった。

「いや、その、申し訳ないぜ」

 怪我をさせてしまった張本人である天一刀はもう平謝りするしかない。彼としてもつい先日、「武将らしからぬほど油断しっ放し」とお叱りを受けたので気を引き締めていたのだ。しかし結果は敵味方の区別も出来ずにこの有様である。

 とはいえ、孫権には天一刀を責めることは出来なかった。周泰の報告に拠れば甘寧が本気で天一刀を亡き者にせんとした事は紛れもない事実なのである。腑抜けで間抜けの天一刀は別にしても、周泰が甘寧の殺気を察知できないわけが無い。その彼女が阻止できなかったことからも、甘寧が全力で彼を抹殺しようとしたのは確実だ。

「すまないカズト。思春には私からよく言っておくから」

「蓮華……こちらこそすまなかった。じゃあ、俺は行くよ」

「ああ」

 孫権たちを残して天一刀は部屋を後にした。自室に戻るかと思いきや、彼の向かった先は城壁に上。強めの夜風に前髪を揺らしながら天に浮かぶ三日月を見上げ、溜めに溜めた息を吐き出した。

 空回り。

 それがまず抱いた感覚だった。

(俺は強くなった。確かに、前よりもずっと……)

 双戦斧の恩恵とはいえ、以前には無かった『闘う為の力』を得て武将――――――天一刀としての居場所を掴み取った。五胡殲滅戦、鬼の奇襲、建業防衛戦……幾度の実戦を経て彼は途方も無い力を振るうようになった。

 最初は追いつくために必死で、次第に誰もが認めるほどに、誰かを守れるほどに強くなったはずだ。それが今ではどうだ? 力の行き場を持て余し、ほんの弾みで仲間であるはずの将を傷つけた。

(もっと気をつけないと)

 恐らく自分には夏侯淵たちのような寸止めなどの手加減は出来ない。万が一にも仲間と御前試合などで本気で手合わせしようものなら、どうなることか……

 二度と仲間に刃を向けまい、と心に誓って星空を仰ぐ。遥か彼方にあるだろう曹操の笑顔が、無性に恋しく思える夜だった。

 

 

 

 


あとがき

 

ゆきっぷう「皆様、お久しぶりです! 思った以上に呉の面子の扱いが難しくて遅くなりましたが、これこの通り!」

 

孫策「『この恩は、生涯忘れんからな。天一刀(ぽっ)』……いい肴ね、冥琳♪」(必死に笑いを堪えている)

 

周瑜「うむ―――――――否定のしようも無い」(必死に笑いを堪えている)

 

孫権「姉様、冥琳―――――――――――――――!!!!!」(赤面大激怒)

 

 

ゆきっぷう「改めまして『真(チェンジ!)恋姫†無双 ―孟徳秘龍伝― 抱翼旅記ノ参』をお読みいただきありがとうございました! やっと呉ですよ、呉! 皆大好き蓮華ちゃんの巻ですよ!?」

 

周瑜「皆に好かれる王の資質をお持ちなのだ、当然のこと」

 

ゆきっぷう「ぶっちゃけ、どうだった?」

 

周瑜「出番の無かった小蓮様をなだめすかす苦労は並大抵のものではないぞ?」

 

ゆきっぷう「スンマセン……次、書きますんで」

 

周瑜「私も忘れるな?」

 

ゆきっぷう「努力します」

 

周瑜「ところで、天一刀自身の戦闘能力はそれほど高いものなのか?」

 

ゆきっぷう「ん? じゃあ、簡単に比較してみようか」

 

 

天一刀(巻の序)

武力:7 智力:76 魅力:100(女性限定)

特殊技能:種馬 天の御遣い

 

 

ゆきっぷう「上のが本編開始時の能力評価だ。ちなみに華琳は武力:90、智力95、魅力:10の27乗だから」

 

周瑜「……明らかに曹操の魅力だけが異常な数値を示していると思うのだが」

 

ゆきっぷう「気にしちゃいけないぜ? んでもって……」

 

 

天一刀(抱翼旅記ノ参終了時)

武力:66(双戦斧装備時は85) 智力:78 魅力100(女性限定)

特殊技能:種馬 天の御遣い ゲッター線汚染

 

 

周瑜「意外と高いな、武力」

 

ゆきっぷう「もちろん、その強さには裏が在るんだけどね……クックック」

 

周瑜「まあ、そうだろうな。しかし10の27乗とは……」

 

ゆきっぷう「こだわるね、そこ」

 

周瑜「まあ、いいさ。ではそろそろ時間だろう」

 

ゆきっぷう「おう! では皆さん、また次回お会いしましょう!」

 

周瑜「さらばだ!」

 

 

 

人物紹介(遅れに遅れた編)

 

張角(真名・天和)

 黄巾党の首領にして数え役萬☆姉妹の長女。いわゆるアイドル気質の持ち主で世間知らず、我侭、天真爛漫という超典型的ヒロイン。支援者の誰かが差し入れた南華老仙の太平要術によって一躍大陸を席巻するほどの大勢力(本人達としては歌手)になるが、ファンクラブ―――――黄巾党の暴走から曹操によって倒された。以後は彼女の下で宣伝役として活動していくことに。

 その際に世話役としてホンゴウカズトが派遣されるが、思った以上にいい男だったらしくライブ活動を続けていく中で惚れてしまう。最終的には妹との争奪戦にまで発展し、平和な町に大きな話題を呼んだ。

 張角曰く「カズトは胸の大きい女の子が好き」。そして彼女は巨乳だった。

 ホンゴウカズトの死後、一時期活動を休止していたが最近になって再開。理由は巻の伍で張梁が語っているので割愛。休止中、各地の飯店でシュウマイだけを大量に注文する張角に良く似た客が出没したとかなんとか。

 

 

張宝(真名・地和)

 黄巾党の首領にして数え役萬☆姉妹の次女。典型的なアイドル気質の持ち主だが姉の張角とは少々趣が異なる。そう、彼女はツンデレ! ツンデレですよお兄さん!? 「知名度を上げるためにカズトと街で逢引の真似をしていたら、つい本気になっちゃっただけなんだから!」というのは此処だけの秘密である。

 割と以前から気に掛けていたらしく、姉とはよく争奪戦を繰り返していた。その事が後々に曹操を焚きつけ、「カズトは私んだから憶えとけ!」発言に繋がった要因の一つと言われているが真偽は定かではない。

 張宝曰く「カズトはちい(地和の愛称)の均整の取れた体つきにメロメロ」。そして彼女は微(美)乳だった。

 余談だが、地和語と呼ばれる特殊な言語(恐らくは筆記体と思われる)を持っており、それに何処まで精通しているかでファンとしてのレベルが判断される。なお、許緒は普通に原文を読破できる。

 ホンゴウカズトの死後、一時期活動を休止していたが最近になって再開。理由は巻の伍で張梁が語っているので割愛。休止中、各地の山の頂上から「カズトの……ブゥワッキャロォォォォォォッッ!!!」という帳宝に良く似た声の絶叫が聞こえたとかなんとか。

 

 

張梁(真名・人和)

 黄巾党の首領にして数え役萬☆姉妹の三女。アイドルと言うよりはマネージャー的なポジションの彼女だが、「とっても可愛い」のでファンはやっぱり多い。姉妹の金銭管理や各種運営などを全て請け負っており、その激務はホンゴウカズトが派遣されてからも基本的には変わっていない(彼のコネクションやジム処理能力で大分楽にはなったようだ)。

 二人の姉に比べ、仕事柄カズトと接する時間も多かったためか思いのすれ違いが所々あったようである。それでも最後は乙女力が炸裂した告白で思いは通じ、やっぱり結ばれた。

 ホンゴウカズトの死後、一時期活動を休止していたが最近になって再開。理由は巻の伍で張梁が語っているので割愛。休止中、眼鏡の向こうの表情が読み取れないと姉二人が不安がっていたとかなんとか。




今回は呉での日常というか、戦後処理か。
美姫 「呉の女性たちまでもが毒牙に」
まだ掛かってはいないけれどな。まあ、流石に手は出せないだろうけれど。
美姫 「どうかしらね。時間の問題かもよ」
それはそれでまた騒動が起きそうで面白そうだけれどな。
今回は蓮華の出番が多くて、うん、良かった良かった。
一刀の事をいつの間にか意識しているようだし。
美姫 「その反動で次回は出番がなかったりしてね」
さてさて、どうなるのでしょうか。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
楽しみに待っています。



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