※本作は『真(チェンジ!)恋姫無双 ―孟徳秘龍伝―』の外伝であります。

※本作は『仮面ライダーディケイド』の二次創作でもあります。

※ご了承いただいた上でお読み頂ければ幸いです。

 

 

 

 

 

 外史。

 それは神域の奇跡によって誕生した、紛い物の歴史である。本来ならば時間の潮流の合間に消え往く定めだが、ある者たちの陰謀によって外史は拡散し、無限の可能性を内包する平行世界が無数に乱立するに至る。

 

 

 それは歴史上の可能性のみならず、異物の混入さえも容認するほどに――――

 

 

 

 

 

 光写真館。

 世界の破壊者―――――改め、旅人『門矢士(カドヤ・ツカサ)』の生活拠点である。やや茶色の入った髪に黒の瞳、長身怜悧の青年はいつも通りの厚顔不遜の振る舞いでリビングのソファーに腰掛けていた。

「はぁ……」

 士は非情に不機嫌な表情で手元のコーヒーカップを見つめ、本日何度目かもしれない溜息をついた。頭を掻き毟り、愛用のカメラを弄り、しかし頂点に達したストレスは彼を絶叫させた!

「ど・う・し・て! こうなるんだ!? え!? 説明しろ、夏海!」

 士の前で申し訳無さそうに立ち尽くす女性『光夏海(ヒカリ・ナツミ)』は、現在の惨状をもう一度見回してからすみません、と誤ることしか出来なかった。

 まず彼の座るソファーはそもそも半壊している。四本ある足の内の二本があらぬ方向へ折れ曲がっているのだ。リビングも床と天井は黒こげ、所々に穴が開いている。写真館というだけあって、撮影用の大型カメラも置いてあるが今では只のガラクタでしかない。

 リビングの奥のキッチンなどもっと悲惨だ。何せ跡形も残っていないのだから。リビングの端で倒れている夏海の祖父、栄次郎は失神しているだけだと信じよう。

「えーと、ですね。改めて説明しますね」

「ああ」

「おじいちゃんとお昼ご飯を作っていたら、突然オーブンが爆発しまして」

 作っていたのはミートパイらしい。栄次郎に必至に縋りつく銀色のコウモリ『キバーラ』のリクエストだったそうだ。

「で、キッチンは消滅? 俺のバイクはぶっ壊れて、ユウスケに至っては行方不明か」

 士たちの仲間、小野寺ユウスケは爆発に巻き込まれた後の消息が分かっていない。手がかりは写真館で撮影に使う、備え付けの布製背景装置。スクリーンを下ろす要領で撮影時の背景を変更するものだ。

 士が世界を移動するとき、必ずこのスクリーンが『新しい背景』―――――つまり、『次の行き先』を提示する。描かれているのは金髪、ツインテール、Sな笑顔の良く似合う少女だ。

「コイツがユウスケの居場所を知っているかもしれないな」

「ええ。探しましょう」

 既に平行世界間の移動は完了している。後は行動を起こすだけだ。

 

 

 しかし問題はすぐに発生した。

 幸い、新しい世界での光写真館の立地は現地の都市と極めて近接だったので移動には苦労しなかった(光写真館は平行世界を移動するたびに、その世界に最もマッチングした場所に出現する)。というよりも都市のど真ん中だったので迷うことも無かった。

 では何がネックなのか……

「とりあえず、飯にするか」

「はい。もう丸一日食べてないですもんね」

 キッチンが消滅したということは、そこに設置されていた冷蔵庫も一緒に御臨終したことになる。当然備蓄されていた食糧も道連れだった。

「それにしても、古い造りの街ですね」

「家自体は建てられてから、そう時間は経っていないがな」

 今まで士たちが旅してきた世界はいずれも現代文明を基盤としていた。建造物といえば鉄筋コンクリートが大半で、木材建築は個人の家屋はともかく決して統一された市街構築には用いられていなかった。

 しかしこの世界は違う。木材建築しかないのだ。遠くに見える城は石造りのように見えるが、それは国家などの予算の潤沢な人間達にしか許されないという意味でもある。金の無い一般人は安価な木製家屋に住むしかないわけだ。

「まあいい。とにかく腹が減って仕方がねえ」

「そうですね。でもここまで違う世界だと、お金とか使えるんでしょうか?」

「…………さあな」

 早速、異邦人・門矢士は大ピンチだった。空腹な上に金が使えないとなると八方塞もいいところだ。こうなったらいっそ手持ちのものを売って通貨を獲得するべきか。

「そういえば、今回は士君の衣装はどういうものなんでしょう」

「ん? ああ、そうだな」

 士は世界を移動する度にその世界における役割を与えられ、服装も外出する際に見合ったものに変わってしまうのだ。

 ちなみに今回は、白を基調とした学生服のようである。

「お、鬼だぁっ! また鬼が出たぞぉっ!」

 そんな二人の思考を市民の悲鳴が遮った。場所はすぐ近くのようで、逃げ惑う人の群れが目の前の通りを右から左へ流れていく。

「行くぞ、夏海!」

「はい、士君!」

 どんな世界を行こうとも、人外の化生と戦うのが彼の運命である。

 彼はその力を持ち、力を持たぬものに代わって行使する義務がある。

 

 

「変身!」

Kamen Ride…DECADE!】

 

 

 

ネット版 仮面ライダーディケイド対天一刀

二人の破壊者

 

 

「くそ! なんでまだこんなに鬼が残ってるんだ!?」

「ぼやく暇は無いぞ、隊長が到着されるまで持ち堪えるんだ!」

「やるしかないのかよ……」

 現場に駆けつけた魏の都を護る警備隊の面々は八名。軍師・荀ケから指導された対鬼の戦術要綱に寄れば、鬼一匹を撃破するには最低でも二十名の兵員が必要だという。

 警備兵達は求められる半分の戦力で時を稼がねばならず、鬼は一匹ではなかった。

「三匹!?」

「かく乱しろ! 避難は全然終わってないんだ!」

「そ、そんなことウワアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 兵の一人が鬼に胴を掴まれ、勢いよく投げ飛ばされた。瞬き一つの間の出来事である。残った兵たちも果敢に手にした昆で立ち向かうが、通じるはずも無い。

「伏せろ!」

Attack Ride…Blast!】

 背後から聞こえた声に兵たちが反応するよりも速く、無数の光が鬼の一匹に炸裂した。見やればそこには見たこともない仮面の戦士が煙を上げる筒を持って立っている。

 よろよろと立ち上がった警備兵の小隊長が、問いかけた。

「な、なんだアンタは……」

「それより一旦下がって住民を誘導しろ。ここは引き受けてやる」

「あ、ああ」

 警備兵達は言われるがまま仲間を連れて逃げ遅れた市民と共に後退していく。敵は身丈三メートルもある巨大な鬼が三体。生身の人間が相手をして勝てる相手ではない。

 そう、彼のような力が無ければ。

「さて、相手をしてやる」

 両手を打ち払い、仮面の戦士は一枚のカードを何処からか取り出し、腰のバックルに放り込んだ。次いでカードを読み上げる音声が勇ましく響いた。

Attack Ride…Illusion!】

 光と影が交錯し、仮面の戦士が三人に増えた。先程読み込んだカードは分身の能力を発動させるものらしい。ちょうど鬼も三匹で頭数は揃ったが、如何せん相手は大きい。単純な力勝負で勝ち目は無い。

「喰らえ!」

Final Attack Ride…DE, DE, DE, DECADE!】

 宙空へと飛び上がる三人の戦士の眼前に十枚のスクリーンが出現する。それを一息に蹴破って炸裂する必殺の一撃は、鬼達を悉く捉えて粉砕した。

「士君! 大丈夫でしたか!?」

「大丈夫だ。夏海こそ飛んでった兵士はちゃんと助けたんだろうな」

「もちろんです」

 これが、門矢士が変身する仮面の戦士・仮面ライダーディケイドである。

「きゃああああっ!?」

 しかし戦闘を終えた直後の油断からか、それとも地中から出現するという意外性ゆえか。ディケイドは四匹目の鬼に気付けなかった。自分の足元から大穴を開けて姿を現した鬼はディケイドを容易く突き飛ばし、近くに居た夏海を捕まえてしまった。

 夏海もまたライダーの力を持っているが、変身する前では生身の人間とさして変わらない。このままでは彼女は殺されてしまう。

「くそっ……夏海!」

 仲間の窮地に立ち上がろうとするディケイドを鬼の右脚が踏みつけ、動きを封じた。推定でも1トンは在るだろうその重量で全身を押さえつけられては、いかに仮面ライダーでも脱出することは容易くない。

 この間にも夏海は鬼の開いた口に飲み込まれようとしている。

「士君っ!」

「な、夏海ぃっ!」

 

 

 もう間に合わない――――――――!

 

 

「破ァッ!」

 夏海を掴む鬼の腕が爆発し、千切れた腕ごと落下する。

「おっと危ない、なの〜!」

 鬼の懐にも拘らず勇敢に飛び込んだ影が、地面に激突する寸前の彼女を救出した。しかし鬼も好きにさせておくわけがない。失った右腕を瞬時に再生させながら無事な左手を足元へ叩き下ろす。

「旋風ッ! 螺旋撃ィッ!」

 今度は鬼が地中からの攻撃を受ける番となった。しかし驚くべきは地面を巨大な槍で割って現れたのは、生身の人間だったということか。

 鬼を一気に弾き飛ばし、夏海と共にディケイドの側へ現れたのは三人の乙女。

「そこのご婦人、怪我は在りませんか?」

 尋ねてきたのは古傷だらけの褐色の女性だ。両手に手甲をはめている事からも彼女も戦士という事が分かる。

「はい、だいじょうぶです。あ、ありがとうございます」

 応える夏海は思考が大分混乱しているようだった。こんな化け物を相手に生身で戦えるなど信じられないのだ。

 だがこんな他愛の無い会話をしている間に鬼はこちらへ迫っていた。先程の一撃も大して効いていないらしく、むしろ怒り狂って厄介なことこの上ない。それでも乙女達が余裕の表情を崩さないのは、如何な理由があるのというのか。

「トマホゥゥゥゥゥゥゥック―――――――――」

 遥か頭上より届く叫びに鬼が天を仰いだ。

 しかしそれは天罰の前触れである。

「ブゥゥゥゥゥウウウウウウウウメランッ!!!」

 轟、と駆け抜ける疾風と共に頭から全身を真っ二つに切り裂かれた鬼は無言のまま絶命し、倒れ伏した大地に突き立つのは両刃の斧だ。

 遅れて通りの向こうから駆けつけてきたのは純白の軍服を纏う青年。地面に刺さった斧を拾い上げるところから見ても、先ほど鬼を打ち倒した一撃は彼によるものだろう。

 変身を解き、門矢士は改めて自分達を助けた面々を見回した。

 乙女は三人ともまだ少女と呼んでもいいぐらい若い。青年もまだ二十歳になるかどうかだ。

「……お前ら」

「ん? どうかしたかい?」

「いったい何者だ―――――――」

 ぐぅぅぅぅぅっ。

 在り得ない戦闘能力について問いただそうとした矢先、自分の腹の虫に会話を止められて士はもはやぐうの音も出なくなってしまった。寄寓にも時は正午過ぎ。夏海と乙女達の取り成しもあって食事にしようという運びと相成った。

 一行が訪れたのは大衆向けの食堂で、聞けば乙女達の行きつけの店だという。注文しようと士がお品書きを見ると料理名は全て漢字で記されていた。

「どうやら此処は、中国らしいな」

「中華料理なんて久しぶりですね。蛙料理とかどうです?」

「ナマコの親戚みたいなものを頼むな!」

「言ってみただけです」

 やいのやいのと言い合う士と夏海を遠巻きに眺めていた男―――――隊長と呼ばれていた―――――は二人の注文が決まらないと踏んだらしく、給仕の人間を呼んで人数分の注文を通してしまった。

「ナマコとか蛙とか頼んでないだろうな?」

「ラーメンとチャーハンだよ」

 ナマコが大の苦手である門矢士にとっては死活問題である。凄みながら問いただす彼に『隊長』はあっけらかんと答えると、途端に険しい表情に変わった。

「まず聞いておきたいことがある」

「なんだ?」

「アンタ達、この時代の……この世界の人間じゃないな?」

 最初から核心を突く相手に士も夏海も顔を強張らせた。これまでの旅でも、行く先々で異邦人であるだけで敵対せざるを得なくなったことは少なくない。まして今回は『仮面ライダー』という力を既に見られている。警戒されても当然だろう。

「自己紹介がまだだったな。俺は天一刀(テン・イットウ)、この『魏』の国で武将をやっている。こっちの子達は俺の部下で楽進、李典、于禁だ」

 隊長……天一刀はテーブルを囲む乙女達をそう呼んだ。

 対して士は驚きを隠せない様子で、

「『魏』だと? 俺たちは何千年前に来ちまったんだ? しかも楽進に李典、于禁とは……魏の中でも力の強かった将たちか」

 照れている三人の乙女はさておいて、天一刀は改めて尋ねた。

「話してもらおうか。アンタら、一体何者なんだ?」

 

 

 

 士と夏海は自分達の旅の経緯、そして現在の目的について天一刀たちに語った。記憶と居場所を無くし、仲間と共に様々な世界を渡り歩いていること。その途中で仲間の一人が事故に巻き込まれて行方不明になったこと。その仲間を探していること。

「この世界に来たことは間違いないんだが、それ以上の手掛かりは無い」

「…………心当たりはある」

「本当か?」

 中国大陸は広い。普通に探して廻っていたらそれだけで一生が終わってしまう。より確実な情報が欲しいところだった。

「ああ。確か蜀の将が、関羽に恋人が出来たと」

「人の恋路に興味はねえ!」

「気持ちは分かるけど、話には続きがあってね……その関羽の恋人が、どうも天界から来たという噂なんだ」

 憤慨する士を宥めながら天一刀はそう言った。

「天界?」

「要するに違う世界ってことですよね、天一刀さん」

 夏海の言葉に天一刀が頷いた。士たちと同じように他の世界から来た人間ならば、それが彼らの探す仲間である可能性は高い。

 となれば、蜀の将たちから詳しく話を聞くべきだろう。

「俺たちの城で話を聞くかい? まだ蜀の人たちが滞在してるから」

「頼む。アイツは……ユウスケは俺たちの大切な仲間なんだ」

 よほど心配なのか、士の顔は真剣そのものだった。こうまで言われては天一刀も無碍に断るわけにはいかない。

 しかし……

「まずは飯にしよう」

「それには同意だ」

 運ばれてきた料理の前にして、空腹を無視することはもっと難しかった。

 

 

 

 

 

 

「なんという事だ……ついに、ついに恋姫の世界までライダーに侵食されてしまった!」

 闇の中で苦悩する中年太りの男は、まるで世界の滅亡を目の当たりにしたかのような口ぶりである。

「もしもこのままディケイドが乙女心の破壊者と手を組めば、全ての歴史が破壊されてしまう! 何とかそれだけは阻止しなければ……」

 ディケイドはあらゆる仮面ライダーと反目する存在と言われている。世界の破壊者、という異名の所以でもあるが、事実として世界を破壊し得るほどのパワーを持っている。

 彼の推論によれば、ディケイドと『乙女心の破壊者』が結託することで最悪の結末が訪れるらしい。ともかく全身を恐怖と憤怒に震わせながら男は闇の中を進んで行く。

「待っていろディケイド、そしてホンゴウカズト! お前たちの思うようにはさせんぞぉ……!」

 

 

 

 

 

 

 食事を終えた士と夏海が天一刀たちが身を置く城に到着したのは、麗らかな午後であった。腹時計的にはおやつの時間だろうが、なにぶんこの時代には時計というものがない。太陽と月の高さで一日のおおよその流れを知るぐらいだ。

「おい、天一刀」

「ん?」

「お前はいったい何人の女性と関係を持っているんだ!?」

 正門の前でいざ入城という時になって、士は溜めに溜め込んだ疑念をぶちまけた。隣で夏海が激しく首を縦に振っている。これが天人もとい現代人の常識的な反応だった。

 しかし二人が義憤を感じるのも致し方あるまい。

 まず食堂を出る時に店の前を通りかかった幼げな少女たち……「季衣」と「流琉」と呼ばれていた二人と天一刀は優しい抱擁を交わし、口付けまでするではないか。衝撃を受ける士たちの後ろで部下である楽進たちも「仕方がない」といった様子。けれども明らかな嫉妬の炎を燃やしていた。

 次に天一刀は、道なりに歩いていた途中で装飾品を扱う出店から出てきた女性と挨拶をした。先程のような過剰なスキンシップこそなかったものの、「蓮華」と呼ばれる女性は初対面の士や夏海でも分かるほど天一刀に対して思慕の念を抱いていた。

 さらに古本屋の前では軍師を名乗る少女たちと出会った。「稟」「風」と呼び合う二人と天一刀は他愛もない雑談をして、やはり最後には唇を奪うのであった。相手も嫌がる様子はなく、むしろ「ヘイカモン!」的な空気がにじみ出ている。

 親しさの程度はあれど面識のある異性は述べ十二人、そのうち接吻をした異性は上記の四人だった。途中で跳び蹴りをくれた少女も一人居たが、あれは数に入れるべきだろうか。

「節操と言う言葉を知らないのか!?」

「浮気されてる女の子達が可哀相です!」

「…………いや、お怒りはご尤もだけど」

 バツの悪そうな顔で視線を泳がせる天一刀。さすがにこの状況が健全とは考えていないようだが、特に変えようというつもりも無さそうだ。

 なおも食い下がろうとする士に、先に歩き始めながら天一刀は背中越しにこう言った。

「俺はこの国におかげで、この国を動かす皆のおかげで生きているんだ」

「だから……選ぶ権利はないと?」

「いや、俺に出来る事は本当に何もなかった。だからせめて、大切にしてくれる想いにだけは応えたかった。それだけ」

 言葉だけを聞けば詭弁でしかない。しかし、その背に見えるのは僅かな自嘲と感謝の念。

 彼女達はきっと命の恩人か、それに近い存在なのだろう。どのような経緯を辿って彼が『隊長』になり、異形と戦うようになったかは分からないが……先程の戦いで鬼が目前に迫る中で、楽進たちの余裕の笑みの意味が分かった気がした。

「悪い。変な事を言ったな」

「いいんだよ。それが普通なんだからさ。だいたい、理解してくれないことの方が多いしね」

 謝罪する士に、天一刀は別段気にした様子もなく振り返った。

「ところでさ」

 ふと、天一刀が気付いたように士へ尋ねてきた。

「士さんは」

「士、でいい」

「ん。士は夏海さんと恋人なのかい?」

 ビシッ、と士の空気が凍りつき、その一歩後ろを歩いていた夏海の頭から湯気が噴き出した。さらに後ろを歩く楽進と李典と于禁は各々に武器を構え、

「はっ」

「ほいっ」

「やっ」

 暴言を吐き出した天一刀の脳天を一撃で石造りの床へめり込ませた。呻くことさえせずに意識を失ったらしい天一刀の耳から白いモヤのようなものが出てきていたが、そこは全員一致で気にしないことにする。

 既に場所は城内だ。騒がしい一行に広間の向こうから呆れた様子で姿を現したのは―――――――

「煩いわね。確かに鬼討伐の報告は届いているけれど、遊ぶ時間を与えたわけでは……カズト?」

 現れたのは金色の髪を左右で結わえた、気の強そうな少女だった。

 そう―――――光写真館のスクリーンに描かれていたあの少女だ。

「見慣れない顔ね。客人、ということかしら? 凪」

「はっ。鬼討伐の折にご助力頂きましたカドヤツカサ殿とヒカリナツミ殿であります」

 ぴしりと姿勢を正して楽進が答える。どうやらこの少女が天一刀たちの護る『魏』の国の主らしい。

「……凪たちは下がって休んでいいわ。カズトはそのままにしておきなさい」

「はっ!」

 威厳たっぷりに指示を与え、少女はゆっくりと士たちに歩み寄ってきた。近づくたびに否応にも感じる、王たる者だけが持つ覇気。それだけで彼女が真実、王なのだと確信する。

「私は曹操。部下達が助けられたようね」

「気にするな。成り行きだ」

「成り行きで鬼は倒せないわ。立ち向かうこともね」

 曹操のプレッシャーに物怖じすることなく、士は普段どおりの厚顔不遜ぶりで答えた。

「ここには報酬を貰いに?」

「似たようなモンだ。人探しを手伝ってもらおうと思ってな」

 ほう、と頷きながら曹操はすでに士たちの正体についてある程度の確証を得ていた。

 独特の名前、そしてこの時代のものではない衣装。自分を魏の王と知っても崩さない余裕の態度。全てかつての天人との邂逅の再来だった。

 そこへようやく地獄の底から帰ってきた天一刀が曹操に会釈して、彼女に思い切り蹴り倒される。先程までの女性たちとは全く逆のスキンシップに士と夏海は、はっきりと彼と曹操の関係を把握して呟いた。

「大体分かった、ただの夫婦だな」

「ただの夫婦ですね」

「「んな!?」」

 士たちの正しい指摘に二の句を継げなくなる二人。とりあえず照れ隠しとして天一刀に足払いを掛け、曹操は話を本題に戻す。

「――――――おほん。それで探し人のことだけれど、オノデラ・ユウスケというのではなくて?」

「ああ。知っているのか?」

「ちょうど昨日、蜀の関羽から書状が届いたのよ。オノデラ・ユウスケという名前に心当たりはないか、とね」

 居場所が分かったのはありがたいが、士が気になるのは彼の安否である。

「無事なのか?」

「ええ。今は鬼の撃退に協力しているそうよ」

「やれやれ、アイツらしいな」

 生きていると確認できて傲慢さの目立つ士の顔にも安堵の色が浮かぶ。よほどそのユウスケとやらを心配していたのか、感傷的になっているようにも見えた。

 ともかくこれで『仲間の居場所を探す』という当初の目的は達成できた。後はどうやって迎えに行くか、だが……

「魏から蜀、となるとかなり距離があるな」

 ちゃっかり復活した天一刀が呟くと、士は問題ないと言わんばかりに笑って見せた。

「移動手段はある。ま、気長に行けばいいだろ」

 

『そうはさせん! ディケイド!』

 

「!?」

「誰だ!」

 重く響く男の声と共に、グレーに揺らめく不可思議な光の壁が広間の入り口に出現する。光の壁がまるでカーテンのように靡いたかと思うと、そこには二人の男が立っていた。

 一人は精悍な顔立ちの青年。

 もう一人はやや小柄で太り気味の中年男。

 中年男を見据え、面識があるのか士が睨んで叫んだ。

「鳴滝!」

「今日こそお前の最後だ、ディケイド……そして乙女心の破壊者、ホンゴウカズト! 正義と断罪の炎を受けるがいい!」

 鳴滝と呼ばれた男はそれだけ言い残し、再び光のカーテンの中に消える。彼の言葉からその意図は汲み取れなかったが、残った青年が答えを告げた。

「正義を嘯く世界の破壊者、ディケイド。恋を弄ぶ乙女心の破壊者、ホンゴウカズト……その命、神に還しなさい!」

 ディケイド……意味こそ分からないがどうやら門矢士の異名らしい。そして『世界の破壊者』という物騒な呼び名は、なるほどそれほどの力を彼が保有しているという事か。士自身もその事実を否定しようとはしない。ただ自分の在り方を貫き通すだけだ。

 そしてホンゴウカズトと呼ばれた男、天一刀はいい加減言われ慣れた醜聞に不貞腐れた顔をしていた。「もう、うんざりだ」と言わんばかりに眉根を吊り上げ、現れた敵対者を見据える。

 そんな彼を制止したのは、士だった。

「待て、天一刀。お前じゃ分が悪い」

「だからどうした? 『乙女心の破壊者』なんて言われて引き下がったら、華琳たちに申し訳が立たないんだよ!」

 闘志を言葉で示し、天一刀は全身から碧の雷を立ち昇らせる。流れるような動作で腰の鞘から抜いた両刃の手斧を構え、己の敵と相対する。

 侵攻する青年は懐から取り出した機械的な造りのナックルダスターを右手に装着し、対のデザインになっている腰のベルトへはめ込む。

「変身!」

【レ・デ・ィ……フィ・ス・ト・オ・ン!】

 黄金の光で構成された棺から現れる白銀の鎧を纏い、青年は正義を行使する仮面の戦士と為る。

 その名を仮面ライダーイクサ。

 悪鬼と成り果てた命を浄化し、神の御許へ導く者。

「こ、こいつ―――――!?」

「仮面ライダーイクサ。異形と戦うために人間が長い年月を掛けて完成させた、最高のライダーだ」

 ある世界において、ファンガイアと呼ばれるモンスターと人類は互いの存亡を賭けて戦い続けていた。仮面ライダーイクサはその中で人間がファンガイアに対抗する為に創り出した切り札である。

 世の為、人の為、悪を討つ。

 生存競争において強者こそが正義となる。その強者となるための、絶対的な正義を顕現させる為の存在なのだ。

「くっ……」

 イクサのフェイスガードが開き、深紅の双眸に見据えられて天一刀が一歩下がる。視線に宿る揺ぎ無い信念に恐怖さえ覚える。

 相手が悪ならば覆す道理はある。

 しかし相手が正義であった時、そこに抗う術はあるのか―――――?

「カズト!」

 立ちすくむ天一刀を叱咤したのは曹操だった。

「相手が何者であろうと、お前が魏の守護者の一人であることに変わりはない! 我が城に土足で踏み入った下郎よ、打ち倒しなさい!」

「華琳――――――――応っ!」

 縮み上がった闘志が再び燃え上がり、天一刀は双戦斧を上段に構える。

 対してイクサも腰から抜き放った長剣『イクサカリバー』を片手で操り、対峙する。

「おおっ!」

「はあっ!」

 激突する両刃の斧と剣。

 無数の乱撃がイクサと天一刀を襲い、両者を弾き飛ばす。

「く……変―――――!」

「手を出すな!」

「けれどカズト! それでは貴方が死んでしまう!」

 参戦しようとする士と曹操を再び天一刀が押し留めた。しかし天一刀と仮面ライダーイクサの戦闘力には大きな差がある。仮に両者の攻撃力が同じだったとしても、防御力は生身のままである天一刀が圧倒的に不利なのだ。

 もし二人ともが同じ数の攻撃を放ち、同じ数の攻撃を受けたとしても肉体に蓄積されるダメージは―――――

「ぐっ!」

 生身の肉体が投石の直撃に耐えられないように、天一刀の体はたった一分ほどの攻防で限界に達していた。防御した左腕があらぬ方向へ曲がらなかっただけ運が良かっただろう。

 無言のまま、立ち上がったイクサは手持ちの剣を振り上げた。

【イ・ク・サ・カ・リ・バ・ァ……ラ・イ・ズ・ア・ッ・プ】

 闇を滅するのは常に聖なる陽光である。

 強大なエネルギーを凝縮して放つ仮面ライダーイクサの秘儀『イクサジャッジメント』は邪悪必滅の輝きを以ってあらゆる敵を粉砕する。

「ま、だだぁっ!」

 天一刀もまた愛用の双戦斧を振り上げる。己の意地を押し通す為、乾坤一擲の一撃に命運を賭けるのだ。

 それでもイクサの攻撃は天一刀よりも早い。受けたダメージ量の差が此処で如実に現れた。今此処に、断罪の炎が天の御遣いを喰らい尽くさんと奔る。

「カズト!」

「っ!?」

 驚きに目を見張ったのは天一刀か、イクサか。二人の間に割り入った少女に双方の一撃は止まることなく――――――

 

 

 否、護るべき物を違えなかったのは……

 

「華琳っっっ!」

 

 

 突き飛ばされた曹操の視界を、飛び散る血潮が埋め尽くす。

 自分の血ではない。

 庇おうと飛び込んだ彼女をさらに天一刀が庇い、彼の胸をイクサカリバーが大きく抉ったのだ。五体が健在であるだけでも奇跡だろう。先程の斬撃『イクサジャッジメント』は、本来ならば鬼のような化け物を一瞬で爆散させてしまうほどの威力を誇る技である。

「カズト!? カズト、しっかりしなさい! カズトッ!」

 駆け寄る曹操が必至に声をかけ、体を揺する。しかし止め処なく流れ出る血は床を赤黒く染め上げ、焦点の合わない彼の瞳からは光が失われていく。涙さえ浮かべて必死に呼びかけても、天一刀の命はもはや燃え尽きる寸前だった。

「馬鹿な……」

 恋を弄ぶ男、ホンゴウカズト。彼に騙された少女が庇おうとすることは理解できる。だがその少女をホンゴウカズトが、乙女心の破壊者が如何なる道理で護ろうとするのか。

 食い違う現実を目の当たりにし、両膝を地に着いたイクサはショックを隠せないようだった。その彼の胸倉を掴み、怒りに任せて立たせたのは他ならぬ門矢士だ。

「お前には言いたいことが山ほどある。だがな……罪悪感が在るならにあいつを助けるのに手を貸せ!」

 騒ぎを聞きつけた侍女達が部屋を用意し、士とイクサが天一刀を運び込んだ。すぐさま呼び出された軍医達が診察と処置に当たるが、その表情は芳しくない。夏海も光写真館から救急箱を持ち出して協力したが、彼の命を辛うじて繋ぎとめるのが精一杯だった。

 気付けば時は既に深夜。とりあえず今夜は城に、と曹操が用意した客室でようやく士と夏海は一息つくことが出来た。

「大丈夫でしょうか、天一刀さん」

「どうだろうな。まあ生身でライダーの必殺技を喰らって、息があるならそう簡単にくたばるとは思えないが」

「やっぱり、様子を見てきます!」

 立ち上がろうとする夏海の腕を掴んで士が引き止める。

「士君!?」

「今のアイツには、ちゃんとした奴が側に居るはずだ」

 ああ、と納得して腰を下ろす夏海だったが、今度はいきなりニヤニヤと笑い出した。

「どうした? 自分で笑いのツボでも押したのか?」

 光家には押すと笑いが止まらなくなるという、秘伝の『笑いのツボ』なるものが伝わっている。夏海はそれを体得し、周囲の人間を自在に(無理矢理)笑わせることができるのだ。

「違います!」

「なら何だ」

「いえ、別に……前、私が倒れたときにも、士君がああやって助けてくれたんですよね?」

 随分と前の話だろ、と士はそっぽを向いてしまった。

 怪人達の戦いの中で重傷を負った夏海を助ける為に、士が危険な綱渡りをしたこともあった。彼一人ではどうにも出来なかっただろうが……それでも助けたいと思ったのは、紛れも無い事実でもある。

「大切だって、ことですよね」

「前にも言っただろ……仲間だし、帰る場所が無くなるのは困る」

「だから、天一刀さんも助けたいんですか」

「ああ。俺とアイツは似てるからな」

 

 

 

 自室の寝台で昏々と眠る天一刀の傍らで、彼の右手を握り続けているのは曹操だった。このまま目覚めないのではないか、という不安に耐えようと思ったらこうして側に付いているしかない。

「カズト……」

 天一刀――――――ホンゴウカズトは確かに異性に対してだらしない男だろう。自分が黙認している部分もあるが、何より本人が断りきれない性格というのが最大の原因だ。

 いや、仕方ないのだ。出会って間もないホンゴウカズトはこの世界において非力な存在でしかなく、曹操たちに依存しなければ生きていけなかった。そんな環境だったからこそ、彼は少しでもその恩に報いたいと思い続けていたはずだ。

 皆が恩人で、皆が大切で、だから誰も傷つけたくない。自分が後ろ指を刺されたって構わない。大切な物を護る力がないのなら、大切な想いにだけは応えたい。

 その代償が、自分の命だったとしても……

「早く、起きなさいよ……バカカズト」

 

 

 

 

 

 夜の帳はすでに降り、照らすものは満月だけだ。

 ホンゴウカズトと共に眠る曹操の姿を見つめながら、仮面ライダーイクサ――――――青年、名護啓介は己を恥じていた。

 確かにホンゴウカズトは世の中の恋愛という物を軽視する言動を繰り返し、多くの女性を惑わせる存在だ。それは間違いない事実である。

 しかし彼は、同時に結ばれた女性全てに対して誠意と信念を持って接していた。等しく愛し、如何なる状況であっても身を挺して護る。他人の心を弄んでいるだけの男なら、誰かを庇う為にイクサの必殺剣の前に飛び込んだりはしない。

「くっ……これは俺のミスだ。ミスは罪だ……」

 しかし今の彼に出来ることは何もない。

 せいぜい、ホンゴウカズトの回復を神に祈ることぐらいだ。

 

 

 

 

 

 地平線に光が走り、太陽がその姿を天地に現し始める。

 夜明けの日差しにいつのまにか天一刀の懐に潜り込んで寝息を立てていた曹操は、気だるそうに瞼を開いた。目元が赤く腫れぼったい理由を追及する者は生憎この場には……

「…………おきた」

「りょ、呂布!?」

 メイド服姿の赤毛の女性―――――呂布は水を張った大皿に浸した布を絞ると曹操の顔を丁寧に拭いていく。

「ありがとう。でも貴女はカズトの……」

「…………御遣い様、曹操が一番大切。だから恋も曹操が大切」

「そう」

 さすがは天下無双の呂奉先、慈しむ心も天下一ということか。天一刀直属の侍従ということで嫉妬していた自分が恥ずかしいのか、曹操は答えながらもぷいと横を向いてしまった。

「……大丈夫、御遣い様は強い」

「知ってるわ。見れば分かるもの」

 見下ろせばまだ眠ったままの天一刀は、昨晩と違って穏やかな寝息を立てている。一時はあまりの弱々しさにどうなることかと思ったが、

「息子も元気のようだし」

「………………ぽっ」

 もう大丈夫だろう。武将である前に魏の種馬だった天一刀の生命力が容易く尽きるわけがないのだ。

「!?」

 気が休まる間もなく、今度は正門の方角に半端ではない邪気を感じて曹操の眉根が寄る。だが呂布は平然とした様子で布や皿を片付け始め、思わず曹操も問わずにはいられなかった。

「呂布!?」

「……ちがう、恋」

「あー、恋。貴女、気付いてないの?」

「…………大丈夫。今日はねねが頑張る日」

 言って呂布はにっこりと笑って見せた。

 

 

 

 

 

 

 本城、正門前では突然出現した光の幕に周辺の住民が我先にと逃げ出していた。何せ幕の向こうから獣とも鬼ともつかぬ唸り声が幾つも聞こえてくるのだから、まともな人間なら恐怖を感じずに居られまい。

「ふん……あの種馬変人も軟弱すぎるのです。だからねねにこんな面倒なことが廻ってくるのです。恋殿の頼みでなければまったく」

 ぶつぶつと愚痴を零すのは我らが軍師・陳宮である。肩に止まった黄金の蝶が何やら嗜めるように囁いていたが、それでも彼女の怒りが収まるわけではなかった。

「嫌ならやめておけ。怪我するぞ」

 陳宮の後ろから現れたのは門矢士だった。まだ少し寝たりないのか、欠伸をしながらこちらへ歩いてくる。

「お前が例の客人ですか? そっちこそ部屋で二度寝した方が懸命なのですよ」

「俺もそうしたいが、うるさい奴が居てな。のんびりさせちゃくれない」

「これを放って置くわけにはいかない、ですか」

「ああ」

 二人が視線を光の幕へ向ければ、ちょうど魑魅魍魎の一党が姿を現したところだった。クモ女、アザラシ男などなど……総勢20体の怪人達に陳宮はうんざりした様子で溜息をついた。

「鬱陶しいのです」

「気持ちは分かるがな。お前、名前は?」

「陳宮なのです、カドヤツカサ」

「呂布の軍師か……女なのはともかく、戦えるのか?」

 士の問いに陳宮は不敵に笑うと、右手の人差し指で天高く突き上げた。すると其処に黄金の蝶が華麗に舞い降り、陳宮は蝶を乗せたまま指をそのまま胸へ。

「いくですよ、神蝶! へんしん!」

Hennshinn

 神の蝶の力を得て、黄金の仮面を纏うその名は真・華蝶仮面。蝶の刺繍をあしらったマントをなびかせる姿はまさに仮面ライダーさながらだ。

「恋殿の命を受けて真・華蝶仮面、参上なのです!」

「お前、ライダーだったのか……ん?」

 変身した陳宮の姿を見て驚く士の上着のポケットから、三枚のカードが飛び出して彼の手の内に納まった。一枚は真・華蝶仮面の顔が描かれたカード。二枚目は黄金の蝶のモチーフがあしらわれたカード。そして三枚目は見たこともない、鋼の甲虫を写したカードだ。

 まだまだ世界は広い。自分の知らない仮面ライダーがこんなところに居るのだから。

「なるほど、この世界のライダーか。おもしろい」

「ブツブツ言ってないで早く武器でも持って来ないですか!」

「心配するな! 変身!」

 腰にディケイドライバーを装着し、開いた挿入口へカードを放り込んだ。続けて左右からモニュメントを中央へ押し込むことで、ドライバーがカードを読み込む。

Kamen Ride…DECADE!】

 モノクロの残像と深紅の輝きが交錯し、門矢士は仮面の戦士へと変ずるのだ。

「お前も、ですか」

「ああ。いくぞ、真・華蝶仮面」

 答えるよりも、答えを聞くよりも早く二人は怪人の群れへ向かって駆け出した。

 

 

 

 同じ頃、曹操は愛用の鎧を着込み、『絶影』を携えて戦いに備えていた。場所こそ天一刀の自室のままだが、まだ絶対安静の彼が目覚めない以上はここから動かすわけにはいかない。例えどれだけ大丈夫そうに見えても、本人の意識が戻らない以上は乱暴な扱いは控えるべきだ。

曹操は正門の騒ぎが陽動であると考えていた。昨日、あのイクサという戦士が現れたときの状況を考えれば、相手がどこにでも戦力を送り込める可能性は想像に難くない。あの銀色の幕を作れる場所なら、たとえ城の中だろうと関係あるまい。

「…………!」

 案の定、部屋の壁際に例の幕が出現する。昨日との違いがあるとすれば、現れたのは仮面の戦士ではなく鬼よりも醜い異形だったということか。

「現れたわね」

 呟きつつも、出会い頭の一撃でコウモリの顔をした怪人を斬り伏せる。曹操は天一刀をも上回る武人である。生身であるが故の打たれ弱さを覗けば、その斬撃は怪人達にも十分必殺となりうるのだ。

 しかし、それはあくまで一対一の話である。相手が数に任せた攻めに転じれば手数の差で押し切られるのは道理だ。

「ちっ!」

「曹操さん!」

「ナツミ!?」

 囲まれる寸前、飛び込んできた夏海に引っ張られる形で曹操は怪人の間合いから脱出した。しかし女二人では到底敵うものではない。

「キバーラ!」

「はいは〜い。ようやく出番ね、チュッ」

「変身!」

 曹操は己の目を疑った。

 夏海が誰かの名を呼んだかと思えば窓から銀色のコウモリが飛び込んできて、彼女と一体化したのだ。さらに驚くべきはコウモリと合体した夏海の体を純白の鎧が包み、見紛う事無き異界の戦士となったことだ。

 その名も仮面ライダーキバーラ。世界を探しても五人と居ない女性のライダー戦士である。

「彼を連れて逃げて下さい!」

「けれど!」

「此処はなんとかします、早く!」

 議論を交わす時間も必然性も無かった。

 キバーラの放つ剣が怪人たちを打ち負かし、出来た道を曹操は天一刀を抱えて駆け抜ける。彼女が囮を買って出なければ三人まとめて倒されていたかもしれないのだ。

 苦悶さえ投げ捨てて曹操は中庭へ飛び込む。見晴らしの良い場所だけに見つかる可能性もあったが、逆に近づいてくる敵に気付きやすくもある。遮蔽物も利用すれば迎え撃つなら絶好の立地と言えよう。

 しかし何と運のない。夏侯惇たち魏の主力が全員任務で城を出払っている時にこの事件だ。しかも許緒と典韋には楽進たちと共に市街の防衛を頼んだため、今頃街の詰め所に居るはずで、こちらの状況に気付いているとは考えにくい。呂布には城の巡回に廻ってもらったが、こちらが単独になるのは少々無謀すぎたか。

 もうしばらくは、このまま戦うしかない。

 休憩所の長椅子に天一刀を寝かせ、曹操は周囲を警戒する。

「抵抗は止めるのだ、曹孟徳」

「貴様……」

 休憩所からおよそ十メートルほど離れた池のほとりに、鳴滝と呼ばれていた男が立っている。その周りを五体の怪人が護衛のように取り囲んでいた。

「さあホンゴウカズトを引き渡せ。でなければこの世界は滅んでしまう!」

「男一人の女癖で世界がどうにか為るとでも?」

「君には事の重大さは分からないのだ。この男の為にどれほどの数の乙女が裏切られ、絶望し、破滅したと思っている!」

「ふざけるな!」

 鳴滝の説得に対して、ついに曹操が激昂した。

「お前の言う、裏切られた女達はそれを悔やんだのか? 悔やむような恋は恋とは言わぬ、愛とは言わぬ!」

「ぐっ!」

「恋に生きる女ならば、その果てに狂い死んでも想いを貫くことが本望! くだらぬ偽善や同情で量れると思ったか!」

 確かにホンゴウカズトが消えて、魏の皆が深い悲しみに囚われた。

 けれども、彼を愛したことを、出会えたことを後悔する者は誰一人としていなかった。悲しみに耐えられなくなったとしても、生きていくことが辛かったとしても、その思い出を否定することは女の誇りが許さない。

「ならば、その男と共に死ぬがいい! 曹操!」

 鳴滝の命を受けて五体の怪人が光線や砲弾を発射する。狙いは勿論、曹操とその背後に居る天一刀だ。怪人たちの攻撃を、天一刀を庇いながら防ぐことなど不可能である。一発一発が城壁に大穴を開けるほどの破壊力なのだから。

 しかし、

「うおおおっ!」

 超常の力を得た戦士ならば話は別である。

 あわや、という所で飛び込んできた深紅の仮面戦士がその攻撃の全てを全身で受け止めたのだ。しかし威力が減じられるわけではない。光線の着弾による爆発で弾き飛ばされ、大地を転がった戦士は纏った鎧を剥がされてしまった。

 現れた素顔は、門矢士だ。

「鳴滝……」

「またしても邪魔をするか、ディケイド!」

 憤慨する鳴滝が吼える。

「ディケイド! 男は一生を賭けて一人の女性を愛さねば為らない! でなければ混乱と不信によって人々から心が失われ、世界を破滅へと導くからだ!」

「そうだな。確かに浮気は悪徳だろう」

「分かるだろう! 信頼は誠意という裏づけが無ければならない。一貫性が必要なのだ。複数の女性と関係を持っているような男が、認められるはずが無い」

 しかし。

 しかし、と士は鳴滝の言葉を拒絶した。

「しかしコイツは違う! コイツは愛を自分の保身の為に使ったりはしない。都合が悪くなっても逃げ出したりしない。例え、自分の命が危うくなってもだ!」

 爆発の衝撃で目を覚ましたのか、体を起こした天一刀が士を見つめる。

 まるで、見失った親友を見つけたかのように。

「だからコイツの周りには人が集まる。真っ直ぐに生きていて、しっかりと想いに応えてくれることを知っているからな。それが絆だ。それが信頼だ。本当の誠意っていうのは、どんな相手とでも正面から向き合うことだ!」

 一度言葉を切った士が天一刀へ振り返り、にやり、と笑ってみせる

「なにせ、見ず知らずの俺の頼みを二つ返事で引き受けるような奴だ。誰だって嫌いになれやしないぜ? こんなお人好しはな」

「門矢、士……」

 立ち上がった天一刀が、曹操と共に士と並び立つ。士も天一刀も、顔には照れくさそうな笑顔があった。

 目の前の光景を理解できないのか、わなわなと鳴滝は肩を震わせるしかない。

 やがて、二人を見据えて言った。

「お前は、お前たちはいったい何なんだ! ディケイド! ホンゴウカズト!」

 くだらない問いだった。

 自分達が何者なのか……聞くまでも無いだろう。

「「俺か? 俺は……」」

 二人の声が重なる。士は手にしたカードを掲げて。天一刀は傍らの曹操を抱き寄せて。

「通りすがりの仮面ライダーだ! 憶えとけ!」

「魏の武将が一人、天一刀だ! 憶えとけ!」

 偶然なのか、狙ったのか。

 士と天一刀が再び視線を交わし、

「変身!」

Kamen Ride…DECADE!】

 砂塵を掻き分けて立つ仮面ライダーディケイド。

「カズト、いくわよ?」

「もちろんだ、華琳。はああっ!」

 全身から凝縮した闘氣と雷を立ち昇らせ、立ち塞がるのは曹操と天一刀。

 放たれる並々ならぬ覇気と怒気に怪人も泡を食ってうろたえるしかない。

「ここは俺に任せてもらおうか」

「そう? なら貴方の実力、見せてもらうわ」

 曹操を背に駆け出したディケイドが怪人たちに殴りかかる。次々に頭を、腕を、腹を打ち据えて相手の動きを鈍らせると、腰に装着しているカードケース『ライドブッカー』から新しいカードを引き抜いた。

「まとめて片付けてやる」

 敢えて周囲に誇示するように持ち、存分に見せ付けてから腰のディケイドライバーへ。

Form Ride…FAIZ! AXEL!】

 するとディケイドの体に赤く輝くラインが走り、瞬き一つの間にまったく別の姿に変わってしまったではないか。

 これが仮面ライダーディケイドの能力である。ライドブッカーに納められた様々な『ライダーカード』をディケイドライバーに読み込ませることで、全く異なる9人の仮面ライダーに変身し、その力を引き出す。さらにはライダー以外の力さえも取り込むことも出来るという、まさしく最強のライダーの所以。

 今ディケイドが変身したライダーは『仮面ライダー555(ファイズ)』。555の隠された機能である『アクセルフォーム』を起動させ、次の瞬間にはディケイドの姿が掻き消えてしまった。

「こいつは……!?」

「目では追いきれないほどの速さで動いているというの!?」

 『アクセルフォーム』はその名の通り、555の加速形態だ。1000分の1秒まで加速したディケイドの動きを捉えるには、同じ速度でこちらも追うしかない。

Final Attack Ride…Fa, Fa, Fa, FAIZ!】

 しかし怪人達が反撃に転ずる暇も与えず、彼らの頭上に赤く輝く5つの巨大な矢尻が出現した。それらは一斉に怪人たちへ炸裂し、跡形も無く吹き飛ばしてしまった。

3, 2, 1…Time Out

 ディケイドライバーの案内音声がそう告げると、元の姿に戻ったディケイドが天一刀たちの前に現れた。555の必殺キック『クリムゾンスマッシュ』を加速状態から連続で放つという離れ業に、二人とも唖然とするしかない。

「これで後は……」

「いや、もう一人居るぜ」

 士が視線で示した先、ちょうど三人と鳴滝の中間に……青年、名護啓介の姿があった。

 渡りに船、とばかりに鳴滝が叫ぶ。

「イクサ、今まで何をしていた!? 早くディケイドたちをたお――――ぐあっ!?」

 仮面ライダーイクサ……名護啓介は鳴滝の一味だったはずだ。しかし彼はあろうことか仲間のはずの鳴滝を思い切り殴り飛ばした。そして打たれた顎を押さえて呻く鳴滝に、なおも言葉を放つ。

「お前は俺に偽りの情報を与え、愛に生きようとする少年を殺めさせようとした。断じて許せん」

「ど、どうしたというのだ……」

「俺に、同じことを二度言わせるな!」

 今度は蹴りが鳴滝の背中に炸裂し、地面をバウンドしながら転がって池に落ちてしまった。それで気が済んだのか、名護は天一刀と改めて向き直った。

「騙されたとはいえ、君には申し訳ないことをした。罪は償わなければならない」

「は、はあ」

「聞けば魑魅魍魎が跋扈しているそうだな。よし、罪滅ぼしの代わりに俺が手伝おう」

「え、いやー……」

 危うく殺されかけた当人である天一刀からしてみれば複雑な心境である。しかし彼の『イクサ』を対鬼の戦力として組み込める提案は、これからの戦いも考慮すれば魅力的だった。

 判断に窮した天一刀が曹操に視線を振ると、

「そうね。彼の部下としてなら認めましょう」

「貴女は話が分かる」

 単純に厄介ごとを天一刀に押し付けただけの曹操だった。

「こらー! そこの種馬変人とでぃけいど! ねねを置いていくなです!」

Clock Up

 城壁を乗り越えてきた真・華蝶仮面が超光速移動で天一刀の後頭部をはたき倒す。そんなことに神蝶の力を使うな、と言いたかったが本調子ではない体ではその場にうずくまることが精一杯だった。

「士君、無事でしたか!?」

「……御遣い様、生きてた」

 さらに吹き抜けの通路から呂布と夏海が駆けつけてくる。鳴滝も水中に没し、化け物たちも一掃出来たようだ。さらに街から騒ぎを聞きつけた武将たちも合流して、曹操と天一刀は事件が解決したことを確認した。

 肩の荷が下りた、とばかりに嘆息して天一刀は大きな欠伸をかみ殺した。

「やれやれ、まさか本当に死にかけるとは思わなかったぜ。傷が開かないうちに寝るとしますか」

「もう限界なの? 軟弱ね」

「華琳が一晩中添い寝してくれなきゃ、とっくに倒れてたさ」

 頬が真っ赤になるよりも早く曹操が天一刀を蹴り倒す。肩で息をする彼女の頭から蒸気が噴き出していたが、その場でそれを指摘する無礼者は居なかった。

「じょ、冗談は抜きにして今日はもう休みましょう。市街で特に被害が無ければ、明日以降に回して構わな――――――――」

 

 

『おのれディケイドォォォォッ!!!』

 

 

 曹操の台詞に割り込んだ鳴滝の咆哮が巨大な水柱と共に響き渡る。彼が沈んだはずの池から姿を現したのは全長10メートルはある巨大な鬼だ。

「この黒王鬼がホンゴウカズト、お前を葬り去る!」

 鬼の肩に乗る鳴滝は捨て台詞を残して光の幕の向こうへ姿を消した。大方、あらかじめ用意しておいた鬼を池の中で例の光のカーテンを使って呼び出したのだろう。

 庭に大穴を開け、木々を薙ぎ払い、暴れ始める黒王鬼を前に、

「―――――――――私の」

「か、華琳?」

「私の城でこれ以上好き勝手させるものか!」

 曹操、本日二度目の大激怒である。

「台詞は割り込まれ、城は滅茶苦茶、おまけにカズトは死にかける……散々な一日もこれで終わらせるわ。総員、あの鬼を撃滅せよ!」

「「「「「「「「おおっ!」」」」」」」」

 曹操の号令に武将たちと真・華蝶仮面、呂布に加えて三人の仮面ライダーが応える。

 鬼が反撃の意を感じて振り返ると、そこには横一列に整列した戦士たちの姿があった。

 天一刀と曹操を中心に士たちライダーが左右に陣取り、さらに武将たちが横に連なる。魏の国の戦力全てではないが、この場においては全員が一騎当千の勇者である。

「真桜、沙和! 私たちが先陣を切る、いくぞ!」

「あいよ!」

「ここんとこ、ずっとこんなんばっかなの〜!」

 突撃する楽進と李典に泣きながら于禁が追随し、鬼の左右から挟撃を仕掛ける。

「風、今こそ防衛用の投石器を!」

「はいはい、稟ちゃんはせっかちなんだから」

 『稟』と『風』は裏に引っ込み、あらかじめ篭城用に作っていた投石器を起動させた。楽進たちが鬼を怯ませたところに巨大な岩石が次々と炸裂していく。

「今こそ孫呉の誇りを見せる時ぞ! 私に続けっ!」

 さらには『蓮華』率いる剣戟隊が悶える鬼の動きを封じるべく斬りかかった。致命傷にこそ至らないが、戦いの流れを上手く繋いで鬼に反撃の機会を与えないでいる。

「よし!」

KUUGA! AGITO! RYUUKI! FAIZ! BLADE! HIBIKI! KABUTO! DENO! KIVA!】

 今こそ勝機だ、と見切ったディケイドが新しいツールを取り出し、ディケイドライバーを取り外した腰のベルトへ装着する。外したドライバーは腰の右側にもう一度付け直し、ドライバーの音声が悠々と最強の戦士の光臨を告げた。

Final Kamen Ride…DECADE!】

 赤と黒だったボディは銀色を基調とした塗装に変わり、仮面に宿る眼光は碧から紅蓮へ。新たに追加された肩の装甲には変身できる九人のライダーのカードを連ね、額には燦然と輝く『COMPLETE』のカード。

 これが仮面ライダーディケイドの最終形態・コンプリートフォームだ。

「陳宮、これを使え!」

Attack Ride…Hyper Zecter!】

 ドライバーに新しいカードを挿入すると、真・華蝶仮面の腰の左側に突然、刃金のカブトムシが出現した。大きさは拳二つ分ほどだろうか、困惑する真・華蝶仮面にディケイドが使い方を解説する。

「こうやって押して、『ハイパーキャストオフ』だ」

 言われるままに左手でカブトムシの角を押し込む。

「……はいぱーきゃすとおふ!」

Hyper Cast Off!】

 真・華蝶仮面の全身が黄金に染まり、両の肩当てが一回り巨大化する。さらに頭部を覆う装甲が消失。残った蝶の仮面は金から紅に変わって真ん中から綺麗に割れ、露わになった陳宮の側頭部に廻って髪飾りとなった。

 これぞ、華蝶仮面の最終進化形態。

 神速の領域を超え、時を越える究極の恋姫。

Change, Hyper Bata fly!】

 人呼んで、神・華蝶仮面。

「これは……」

「これがお前の本当の力だ。お前の未来を願う心が生み出したんだ」

 彼女が手にしたのは『ハイパーゼクター』。ある世界において仮面ライダーをより高みへ誘い、未来を掴む為の力だ。

 さて、とディケイドは今度は天一刀の肩を叩いた。鬼が体勢を立て直し始めている、あまり時間は掛けられない。

「天一刀、いやカズト。動けるか?」

「何とかな」

 ならばよし、とディケイドが頷き、天一刀も笑って見せた。

 そこでディケイドのライドブッカーから新たに一枚のカードが飛び出してきた。絵柄は、天一刀のものと同じ双戦斧。

「もう一仕事だ。あと、ちょっとくすぐったいぞ」

「え? え? えええええええ!?」

Final Form Ride…Ka, Ka, Ka, KAZUTO!】

 天一刀の背後に回ったディケイドが彼の背中に両手を突き込むと、不思議なことに天一刀の体がひっくり返っていくではないか。曹操が文句を言う間もなく変形は完了し、天一刀は見事に巨大な斧へと生まれ変わった。

 名付けて、天戦斧。

「コイツはお前のだ、曹操」

「え? ええ……」

 ディケイドから天戦斧を受け取ると、脳裏に激しく混乱している天一刀の声が響いてきた。可哀相だが、今は鬼を倒すことが優先なので曹操は聞かない振りをした。

「これでお膳立ては整った。あとは奴を潰すだけだ!」

 満足気に頷き、ディケイドは腰の『ケータッチ』を操作する。

「目には目を、鬼には鬼だ!」

HIBIKI! Kamen Ride…ARMED!】

 ディケイド・コンプリートフォームの最大の特徴は、9人のライダーの最強形態を己の分身として召喚し、自分もその能力を行使できることにある。今回召喚されたのは仮面ライダー装甲響鬼。鬼の力を異形を倒す為に人に宿した、音撃の戦士の武装形態だ。

「いくぞ!」

「分かってるわ!」

「やってやるのです!」

「イクサに不可能はない!」

 夏海とキバーラは体力を使い果たしたらしく、後ろで座り込んでしまっていた。彼女はライダーとしてはまだ経験が浅いので仕方がない。

「しょうがねえな!」

Final Attack Ride…Hi, Hi, Hi, HIBIKI!】

 まずディケイドと分身の響鬼の放つ斬撃の衝撃波が立ち上がろうとする黒王鬼の腹を打ちのめした。そして思いがけない一撃を受けて鬼の体が宙に浮き上がる、その一瞬を神・華蝶仮面は逃さない。

「はいぱーくろっくあっぷ!」

Hyper Clock Up!】

 超神速の世界で、全身から黄金の粒子を噴き上げて神の蝶が飛翔する。誰もがその動きに気付きさえしない中で、ただ一人だけ彼女を追随する姿がある。

「…………ねね」

「恋殿!? 合わせます!」

「…………(こくこく)」

 どうやってクロックアップを体得したかは分からないが、確かに呂布は神・華蝶仮面と同じ時間の流れの中に居た。これもまた一つの絆の形だった。

 同じ空中で、二人の影が重なる。

 神・華蝶仮面が腰のハイパーゼクターの背を叩き、必殺のシステムが起動した。流れ出る力が全身で帯電現象を引き起こす。

Maximum Chinkyu Power…

「はいぱーちんきゅーきっく!」

Hyper Chinkyu Kick

 炸裂する二人の跳び蹴りを受けて鬼の体が大地に叩きつけられ、大きくバウンドした。時の流れは既に元に戻っている。華麗に着地した呂布たちと入れ替わる形で飛び上がった影が一つ。

「イクサの力を見るがいい!」

【ラ・イ・ジ・ン・グ】

 ちょうどイクサの位置は鬼の下側である。引き抜いたイクサカリバーで鬼を滅多斬りにした上で、『イクサジャッジメント』で追い討ちを掛けてより高く鬼を打ち上げた。

 山一つよりも高く空を泳ぐ黒王鬼を見据える鋭い眼光。

 跳ね上がった巨体に狙いを定め、曹操がゆっくりと天戦斧を振り上げる。

(華琳、トマホークブーメランだ!)

「貴方がよくやっているあれね?」

 大きく左足を振り上げて投擲態勢へ。

 鬼の位置、曹操の状態、タイミングを見計らってディケイドが叫んだ。

「曹操、今だ!」

Final Attack Ride…Ka, Ka, Ka, KAZUTO!】

 曹操の渾身の投擲を受けて、碧の雷光を纏った天戦斧が青空を切り裂き飛翔する。凝縮された氣の高速回転が生み出す破壊力と、注ぎ込まれたライダーパワーを刀身に籠めた一撃だ。

 光輪が黒王鬼の胸を貫き、その体を爆発させる。

 鬼はその頭部を破壊しなければ絶命することはありえない。例え心臓を失ったとしてもたちどころに再生してしまうのだ。

「カズト!」

「ああ!」

 空中でなおも回転する天戦斧が一転、変形を解いた天一刀が双戦斧を振り下ろす。

「これで、トドメだ!」

 今度こそ頭部を叩き割られて黒王鬼は完全に消滅したのだった。

 

 

 

 

 

 

 すべてが終わり、もう陽も傾いている。

 吹く風は強く、しかし戦いに疲れた体には心地良かった。

「士、助かったよ」

「お互い様だ」

 崩れた城壁の瓦礫に腰を下ろして笑いあう天一刀と士。わずか二日足らずの間ではあったが、二人には確かな友情が芽生えていた。居場所を捜す男と居場所を護る男、互いに共感するのは必然だったのかもしれない。

「カズト、ちゃんと生きてるわね?」

「あ、華琳……」

 近づいてきた曹操は半ば呆れながらも、二人に微笑んで見せた。

「ツカサ、貴方はこれからどうするのかしら?」

「蜀に行くつもりだ。まあ準備でしばらく動けないだろうが」

「そう。何かあったらカズトに言いなさい」

 自分達を助けてくれた礼。

 天一刀の存在を認めてくれた礼。

 そして、世界を超えて結ばれた新たな絆への感謝。

 敢えてそこまでは言葉にせず、踵を返した曹操を士が引き止めた。

「何?」

「とりあえず、そこに立て。カズトもだ」

 分かっていながら覇王に『立て』と命令する辺り、門矢士の性格は筋金入りなのだろう。仕方なく二人が言われたとおりに並ぶと、士は首から提げていた赤色の箱を手に構えてスイッチを押した。

 パチリ、という天一刀には聞きなれた音がその一瞬を切り取る。

「あとで現像して持っていってやる。じゃあな」

 そう言って士は立ち上がると、さっさとその場から立ち去った。

 夏海を連れて城を後にする士の背を見つめながら、曹操が首をかしげる。

「カズト、今のは?」

「写真だよ、ほら真桜が前に作った」

「それなら」

「俺たちの写真をくれる、ってさ」

 

 

 

 

 

 

「いやあ、起きたら士君も夏海も居なくてびっくりしたよ」

 写真館に戻ると、すっかり回復した栄次郎が士たちを出迎えた。吹き飛んだキッチンがそのままだったが、この老人は如何にして飢えを凌いだのだろう?

 士に問いただされると、栄次郎はあっけらかんと答えた。

「いや、床下の倉庫に色々と備蓄してあってね」

「おい、じいさん……」

 そういう事は早く言え、と脱力する士と夏海。

 とはいえ、ユウスケの居場所は分かった。新たな仲間も出来た。やるべきことはまだまだあるが、まずはさっき撮影した写真を現像しなければ。さっそく暗室に篭もって士が処理を行なうと、

「おお、何処のべっぴんさんだい?」

「こう見ると、天一刀さんもイケメンですね」

「俺の! 写真の腕だ」

 出来上がったのは、隣同士で並びながら照れくさそうに視線を逸らす天一刀と曹操の写真だ。背景としてうっすらと写る二人の凛々しい表情との差が、互いの絆の深さを魅せていた。

「じゃあ写真は明日、私が届けてきます」

「道に迷うなよ? 結構広い街だからな」

 言いつつも士は決して自分から「ついていってやる」とは言わない。

 不器用で天邪鬼。

 短くない付き合いから夏海が知った、彼の長所であり短所であり、魅力でもある。彼女の思いがいつ実るのかは、また別のエピソードだ。

 

 


あとがき

 

ゆきっぷう「えー、今回は『真(チェンジ!)恋姫無双 ―孟徳秘龍伝―』をお読み頂き――――――」

 

士「タイトルを間違えるな!」

 

Attack Ride…Slash!】

 

ゆきっぷう「ぎゃぶっ!?……く、くそぅ。此処のところ恋姫ばっかりだったから間違えたぜ」

 

夏海「でも、あながち間違いでもないと思いますよ。今回は『チェン恋』の世界の話ですから」

 

ゆきっぷう「出来れば、もっと早く言ってほし、かっ、た……ガク」

 

 

ゆきっぷう「改めまして『ネット版 仮面ライダーディケイド対天一刀 二人の破壊者』をお読み頂きありがとうございます。今回のストーリーは、以前書いた『外典 愛、空我』の続編にあたります」

 

士「つまり、行方不明になったユウスケを追ってきた俺たちと、恋姫の世界の奴らの話だ」

 

ゆきっぷう「まあ、世界の破壊者と乙女心の破壊者の競演が書きたかっただけなんだけどね」

 

士「なるほど、歴史を変えてしまえば未来も変わる……ある意味、世界の破壊者だな」

 

ゆきっぷう「そしてこの事件を切っ掛けに、魏の都に多種多様な仮面ライダーが出没するように―――――――」

 

士「なるか!」

 

Attack Ride…Blast!】

 

ゆきっぷう「あばばばばばばばっ!?」

 

士「変な予告をするな!」

 

ゆきっぷう「いいじゃないか。すでにこの人が居る」

 

753「待て! 何故俺の部屋だけ独房になる!? 俺は名護だぞ!」

 

士「……無様だな」

 

ゆきっぷう「仕方がないね」

 

士「さて、チェン恋×ライダー企画もこれでだいたい終わりだな」

 

ゆきっぷう「え? う、うん。そだね」

 

士「ゆきっぷう、お前まさか――――――――」

 

ゆきっぷう「うん、実は蜀編でもう一本ネタが」

 

士「呉をハブる気か!?」

 

ゆきっぷう「いや。呉も一応ネタはあるんだけど……使うにはあの男の力を借りなければならん」

 

士「あの男?」

 

ゆきっぷう「ええい、面倒だ!(携帯電話を取り出し)もしもし、例の件だけどOK牧場?」

 

???『OK牧場』

 

ゆきっぷう「よし、呉編も製作決定!」

 

士「……なんて安直な」

 

ゆきっぷう「ふっふっふ! これでお前もおしまいだ、ホンゴウカズト!」

 

士「なに!?」

 

天一刀「え、俺!?」

 

ゆきっぷう「では皆さん、また次回お会いしましょう! ごきげんよベビャッ!?」(舞台から転げ落ちる)

 

覇王・曹操「では、ごきげんよう」

 

士「人一人を高さ50メートルの舞台から蹴り落としながら、この堂々とした立ち振る舞い……まさにKINGだな」

 

 

 

 

人物紹介など

 

門矢士(カドヤ・ツカサ)/仮面ライダーディケイド

 巷で話題を呼んだ『仮面ライダーディケイド』の主人公。数多の世界を渡り歩く最強の仮面ライダーにして、元『悪の秘密結社大ショッカー首領』、という異色の肩書きを持つ主人公。西暦2000年から放送されてきた平成ライダーシリーズ十作目として、その集大成とも言うべき力で己の道を切り拓く。

 正確は傲岸不遜。相手が何者であっても尊大な態度を崩さず、斜に構えた言動は非情に辛口。ライダー達を巡る戦いの中で紆余曲折を経て自分の信念を見つけ、今は光夏海たちと共に世界を越える旅を続けている。

 『ディケイドライバー』によって変身する『仮面ライダーディケイド』は、専用のカードを用いることで平成ライダー9作品の主人公ライダーの能力を自在に操るというトンデモ仕様。さらに最強形態『コンプリートフォーム』では、各ライダーの最強形態を分身として召喚する。

 無限の可能性を秘める『ディケイド』だからこそ、恋姫とのクロスも可能になったと言える。本作クライマックスでの【Final Form Ride…Ka, Ka, Ka, KAZUTO】を始め、ゆきっぷうはまだ企んでいるらしい。

 

 

光夏海(ヒカリ・ナツミ)/仮面ライダーキバーラ

 『仮面ライダーディケイド』のヒロインにして平成二人目の女性ライダー。士の『還ってくる場所』として時に彼を護り、時にぶつかり合う。その裏には士への大きな信頼があり、それは恋心(?)とも取れるほど。かつてクライシス帝国との戦いで瀕死の重傷を負った夏海を士が必死に助けようとするエピソードの他、劇場完結編で凶行に走る士を止める為に『仮面ライダーキバーラ』へ変身するなど二人の愛(!?)は波乱万丈である。

 見方を変えれば、彼女は『ディケイドの世界』の『恋姫』であり、今後の二人の展開が気になるゆきっぷうであった。

 『仮面ライダーキバーラ』は、ファンガイアと呼ばれる超生命体群を統率する『王族』の鎧の一つである考えられるが詳細は良く分かっていない。

 

 

鳴滝

 世界を転々とし、事あるごとにディケイドの行く手を阻む謎の男。一時は『ゾル大佐』を名乗ったりもしたが、結局は『鳴滝』で落ち着いたらしい。様々な仮面ライダーや怪人を指揮、派遣することが出来るが本人の戦闘能力は不明。

 口癖は「おのれ、ディケイド!」。

 

 

名護啓介/仮面ライダーイクサ

 作品『仮面ライダーキバ』に登場する最高の仮面ライダー。ファンガイアと呼ばれる怪人と戦う。思い込みが激しかったりあっさり敵に負けたり、と色々な意味で最高な人。恐らく平成仮面ライダーシリーズでも五本の指に入る最高なキャラクターでファンも多い(恐らく)。

 とにかく熱く激しく残念で最高な人だが、根は善人。ちなみにここまで「最高」と強調されるのは、原作において『名護さんは最高です!』という名台詞があるため。

 仮面ライダーイクサは、前述のファンガイアに対抗する為に人類が開発した決戦兵器とも言うべきシステムユニット。状況に応じて動力源の出力を上げることで『セーフ』『バースト』『ライジング』の三形態に変化する。

 今回は天一刀と同じ『迷いを捨てた白い戦士』として、彼との対比も籠めて出演を決定(カズト、制服が白。名護さん、イクサのカラーリングが白)。晴れて魏軍の一員となった。

 

陳宮/神・華蝶仮面(仮面ライダー神蝶・ハイパーフォーム)

 ディケイドのカード『Hyper Zecter』によって真・華蝶仮面がパワーアップした姿。パワーアップツール『ハイパーゼクター』は作品『仮面ライダーカブト』に登場し、装着することで主人公達の『ハイパーキャストオフ』が可能になる。これを実行すると強化された『ハイパークロックアップ』の他、『ハイパーキック』などの強力な必殺技を使用できるようになる。

 神・華蝶仮面の『ハイパーキャストオフ』は全身のスーツプロテクターが一回り大きく強化され、各部位から内部メカニックが露出する。しかし最大の特徴は頭部の装甲がすべて除去されることで、蝶を象った仮面は分割されて彼女の側頭部で髪飾りとしてアタッチされる。また『ハイパークロックアップ』は時間制御による超高速移動の他、過去への時間移動さえ可能とする。

 必殺技は『はいぱーちんきゅーきっく』。『ハイパーゼクター』から供給される最大級の破壊エネルギーを右脚に収束して放つ、至高の一撃である。

 

 

天戦斧(カズトマホーク)

 ファイナルフォームライドのカードで天一刀が変形した超大型戦斧。『カズトマホーク』はディケイド側の認識名称。

 斬って良し、投げて良し、捨てて良しの超便利武器として使用できるほか、種馬振りが目についた時のオシオキとしても有効。ちなみに変形シーンはもはやスプラッタもいいところである。




新たなライダーが参上。
美姫 「一刀と共に鬼を退治ね」
一刀と華琳の合体技まで出てきたし。
美姫 「とは言え、あれって士がいないと無理なんじゃないの」
どうだろうな。蜀と呉でもネタがあるみたいだし。
一刀と蓮華の絡みや出番はあるのかな。
美姫 「どうなるのかしらね」
次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」



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