真王山。

 その頂は雲よりも高く、切り立った山肌に緑は無い。

 あまりに冷徹な自然環境ゆえにあらゆる生物はその山に登ることを躊躇い、いつしか真の王たる者のみが頂上に辿り着けるという伝承さえ生まれた。

 しかし今、王の座たる山頂に佇むのは一人の女。

 生来の名を捨てし彼女は魔王。

 己が望む唯一つの結果のために、その他の全てを生贄に捧げた。愛する部下と築き上げた国を地獄の釜へ投げ捨て、掴んだのは全てを無に帰する力。

 彼女の後ろ、本来鋭く天を指す山頂は巨大な龍によって均されて広大な台地へと変貌していた。鎮座して眠る龍―――――真ドラゴンの様子を確かめてから、魔王は眼前に視線を移す。

 それまで静寂でしかなかった山頂の大気が一瞬のうちに凄まじい重圧感に満たされた。斜面を踏み締める音が何者かの来訪を魔王に知らせている。

 夥しい返り血を振り払い、歩を進めるのは純白の外套を纏った男だ。

 眼を爛々と輝かせ、全身から炎のように闘志を吹き上げさせている。

 右手に握った両刃の斧を気だるそうに肩に担いで来訪者が口を開いた。

「よう、待たせたな」

 そう言って男―――――ホンゴウカズトは口元を吊り上げた。

「本当に……本当に待ったわ。貴方と言葉を交わすこの時を、ずっと」

 答える魔王・華琳もとても、とても嬉しそうに笑みを浮かべて声を返す。そこには魔王としての威厳も恐怖も無い。ただ恋に焦がれる女の姿があった。

「これで後はこの世界を破壊し尽くして貴方を手に入れるだけ」

「本気か?」

「もちろんよ。私は奪われた貴方をこの手で奪い返す。貴方はこの世界の『私』の所有物だもの。なら――――――『私』と、『私』に成り得る全ての可能性を断たなければ私は貴方を自分の物に出来ない」

 彼女は魔王。あらゆる理論を以ってしても最愛の男を手に出来ないのなら、阻むものを悉く駆逐して手に入れる。

「華琳……」

「だって貴方はいつまで経っても帰ってこなかったじゃない! 私のところに! ええそうよね、死んだ人間は生き返らないもの! だから私は絶対の真理を覆す方法を探した!」

「それが、真ドラゴンだっていうのかよ―――――!」

「そうよ。でも古代の文献に記されたこの龍を解き放つには一つだけ条件があったの。大陸が滅亡の危機に瀕したときにのみ、この龍は救世のために姿を現す。世界を救うほどの力なら死んだ人間だって生き返らせることも出来るはず。だから私は―――――」

 魔王の貌が狂喜に歪む。

 天を仰ぎ、高らかな笑い声と共に。

「だから私は滅ぼしたわ! 自分の国を、次に蜀と呉を。それでも足りないから五胡や南蛮、羅馬も! そのさらに向こうにある国々も! 何もかもを殺し尽くして、やっと私一人になった時に龍は私の願いを聞き届けてくれた! 時を超えて、幾度も時代をめぐり、貴方と再び巡り合うその瞬間へ導いてくれた! 鬼も私が要らない人間から龍の力を借りて作り出したのよ! 強靭で忠実な兵と龍を従えて、私は名実共に真の王となったわ!」

 馬鹿な、とホンゴウカズトの足元が揺らぐ。

 もう一度ホンゴウカズトに会うために魏も呉も蜀も、それどころか大陸中の人という人を殺し、国という国を全て滅ぼしたというのか。夏侯惇たち最愛の部下も、劉備や孫策も、皆々殺したというのか。

 たった一人の恋人のために。

 あの小さな少女は人の道を捨て去ったのか。

「ならさ……俺の答えも分かるだろ」

「ええ、もちろん」

 打って変わって女神のように微笑みかける魔王に、ホンゴウカズトは双戦斧を向けた。

「俺は『華琳』を守るために戻ってきた。お前が『華琳』を殺そうって言うなら、俺は―――――天一刀はお前を許さない! 魔王・華琳!」

 

 

 

(チェンジ!)

恋姫無双

―孟徳秘龍伝―

巻の十壱・輝天龍

 

 

 

 答えは此処に出された。

 魔王・華琳は自分を除く、ホンゴウカズトを所有する『華琳』を許さない。

 そして天一刀は『華琳』に害する存在を許さない。

 故に両者激突の結果が導き出されることはあまりに必然だった。

「ぬうううううぅぅっ…………!」

 天一刀の全身から緑色の雷光が立ち昇る。

「はあああああぁぁっ…………!」

 魔王の全身から漆黒の炎が噴き出した。

 両者とも自身の内に宿す生命力を極限まで高め、その全ての力を相手にぶつけようとしている。大気がいよいよ以って蜃気楼のように歪み、そこに結集される力の強大さに悲鳴を上げ始めた。

 先手を打ったのは魔王だ。覇王・曹操が愛用していた『絶影』をより禍々しく、一回りも二回りも巨大化させた大鎌を振り下ろしたのだ。その一閃が空間を切り裂き、岩盤さえ断割するほどの威力を持った光の刃となって天一刀に襲い掛かる。

 その人間離れした攻撃をすんでの所で見切り、天一刀は軽やかに受け流した。今や彼も百戦錬磨の武将である。この程度の芸当は不可能ではない。

「チェェェェンジッ! ドラゴォン!」

 緑の雷光が弾け、天一刀の全身を覆いつくすと瞬く間に紅蓮色の甲冑へと変化した。

「カズトそれは、龍のっ!?」

「だああああああああああああっ!」

 猛烈な突進から天一刀の双戦斧が魔王の胴を狙って走り、大鎌がその一撃を受け止めて激しく震えた。しかしぶつかり合うのも僅か一呼吸の間のみ。次の瞬間には二人とも反撃に転じていた。

 互いに突き放してからの天一刀の膝蹴りと魔王の踵落しが再び両者を弾き飛ばす。

「がぁっ!?」

「終わりよ、カズト!」

 魔王とは違い、大きく仰け反った天一刀は彼女よりも体勢を整える時間が僅かに遅かった。上へ打ち上げる攻撃よりも打ち下ろす攻撃の方が重力に従う分速く、その速さゆえに相手を打ち負かすのは自明の理だ。

 その隙をすかさず魔王の白刃が捉え―――――しかし会心の一刀は空振りに終わった。

「馬鹿な!」

 天一刀の体は魔王の攻撃を受ける直前、あろう事か三本の光の矢に分かれて別々の方向へ飛び去ったのだ。赤、青、黄。三色の光が魔王の周囲を見せ付けるが如く縦横無尽に飛び回る。

「カズト……貴方、人を捨てたわね!? カズトォッ!」

 天一刀を呼ぶ魔王に、答える声は三つ。

「真っ向からじゃ分が悪いからな! こういう手も使わせてもらうぜ!」

「双戦斧の力はまだまだこんなもんじゃない!」

「音速の戦いを見せてやる! チェンジ、ライガァァッ!」

 魔王の頭上で三つの光が交錯し、溢れる逆光を背に再び天一刀が姿を現した。しかし先刻までとは打って変わり、その鎧は鮮やかな青に染まっている。さらに手にする双戦斧も旋風螺旋槍へ変形を遂げていた。

 空中から猛烈な速度で飛来する一撃を魔王は後方へ跳んで凌ぐと、すぐさま反撃へ転じるべく大鎌を振りかぶって気付いた。

 居ない。

 そう、居ないのだ。

 たった今目の前に着地したはずの天一刀の姿は影も形もなくなっていた。

 同時に鼓膜を突き抜ける大気の悲鳴。

「何処に――――――!?」

 問うよりも速く魔王の体は背後から迫る殺気に反応して身を翻す。目にも留まらぬ速度で襲い来る天一刀の螺旋槍を真っ向から大鎌で受け止めると、魔王は躊躇無く相手の脇腹を蹴りつけた。

 天一刀は怯まない。

 もう一度蹴りつける。

 まだ怯まないので、今度は蹴った上で打ち込んだ爪先を捻った。

「ぐあっ!」

 それでようやく強固な鎧を衝撃が貫通したらしく、天一刀は血を吐いて吹き飛んだ。大地を転がり、強かに打たれて吐き出してしまった酸素を取り込もうと肺が激しく活動する。

 過剰な呼吸運動に咳き込む天一刀を魔王・華琳が見逃すはずが無い。神速の踏み込みで迫り、

「捉えた!」

「まだだっ!」

 魔王の一撃に合わせて天一刀が再び螺旋槍を繰り出して切っ先が激突する。互いの穂先に生じる反発力に体を仰け反らせながら、二人は一歩も引かずにその場で第二撃を放った。

 衝突から来る反動が再び両者を弾き飛ばそうと働き、しかし互いに踏みとどまる。一撃目から数えて瞬き一つの間にこの攻防、すでに彼らの行動速度は常人に見えるものではない。

「カズトォォォォッ!」

「カリィィィィンッ!」

 最早魔王と天一刀の周りは互いの刃の乱舞で埋め尽くされ、しかし刺突と斬撃の応酬は相手に未だ届かない。

 この硬直状態に先手を打ったのは天一刀だった。大鎌を弾いた瞬間を狙って大きく後退すると腰溜めに螺旋槍を構えなおす。

 念じるは一点。

 速さを、魔王を凌駕する速さを。

「シャ―――――――」

 魔王は見た。

 駆け出す天一刀の軌跡を辿る残像を。

「アアアアアアアアアアアアアアアアァッ!」

 瞬きさえする間もなく四方から八本の螺旋槍が魔王を穿とうと襲い来る。回避は困難だ。上下前後左右、全ての退路を天一刀の残像が掌握している。魔王の周囲に展開する十数体の分身のどれが本物か判別できない以上、迂闊な動きは敗北に繋がる。

 例えば、迫る螺旋槍の一本を打ち返すとしよう。

 打ち払った天一刀が本物ならば良し。だがそれが残像だったなら、相手は悠々とがら空きになった魔王の背中を突き刺してくるだろう。まして、螺旋槍を操る八体以外にも分身は周囲に展開している。

 では魔王は如何とするか。

「しゃらくさいっ!」

 彼女の中で答えはすでに出ていた。

 残像が邪魔ならば、全て粉砕すれば良いことだ。

 魔王の大鎌は繰り手によってたちまち回転を始め、一薙ぎで迫る八体の分身を掻き消した。さらに斬撃の余波は真空の刃となって周りを取り囲んでいた残りも一掃してしまう。

 だが妙だ。

 今の攻撃で天一刀の姿は全て消えてしまった。一体も残っていない。

(カズトは何処に――――――)

 周囲に人影も遮蔽物も無い。頭上も同じだ。

(いえ、確か螺旋槍は)

 遠い彼方に捨ててきた記憶を手繰り寄せる。

 李典の螺旋槍はその機構から優れた掘削能力を持つ。大規模な土木工事も李典一人で為し得るほど、螺旋槍の完成度は高かった。

「まさか!?」

「そのまさかだぁっ!」

 魔王の足元で岩盤が弾け飛び、地中から螺旋に回転する切っ先が突き出した。先刻から微塵も衰えない速さで土砂を跳ね除け、繰り出された旋風螺旋槍の一撃を前に魔王は全力を注ぎ込んだ跳躍で回避を試みる。

 天一刀は魔王が分身全てを同時に無力化する事を読んでいた。故に残像を展開しつつ、魔王が反撃に転じた瞬間を狙って地中へ潜ったのだ。そして気配を消し、相手の虚を突いて必殺の一撃を仕掛けたのである。

 結果、飛び散る血潮が天一刀の頬を汚した。

 螺旋槍は魔王・華琳の左肩を浅く裂いた程度。獣じみた跳躍で後方へ逃れる魔王の姿を確かめ、天一刀は更なる追撃に出た。

「オープンゲェェットッ!」

 再び三つの光の矢へ姿を変え、変幻自在の軌道で魔王へ追い縋る。

 魔王が左右へ跳んでも天一刀は彼女の大鎌の間合いの外からしっかりと追尾してくる。いずれは逃げ場を失い、劣勢のまま足を止めることになるだろう。

「ちっ、ならば!」

 後退が無意味と悟り、魔王が反撃に転じた。大鎌を構えて乱舞する光の矢に狙いを定め――――――――振り抜いた。

「もらっ……」

「もらった!」

 勝利を確信したのは魔王ではなく天一刀だった。

 魔王の大鎌『真・絶影』はその巨大さゆえに攻撃が大振りになりがちだ。特に追い込まれた状況下ではその傾向は顕著になる。天一刀はそれを待っていたのだ。

 間合いを外され、がら空きになった魔王の懐で三つの光が再合体する。

 現れるのは紅蓮の甲冑と両刃の戦斧。

「終わりだ、華琳! 死ぃぃぃぃぃいねえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 真王山の切り立った斜面では馬は使えない。

 愛馬から鞍と手綱を外して野へ逃がすと、曹操は一息に斜面を駆け上がり始めた。蜀の国境防衛戦からすでに三日が経過している。間に合ってくれれば良いが……

「!?」

 不意に、彼女の耳に聞きなれた駆動音が届いた。甲高い金属の摩擦音はまさしく李典の螺旋槍のそれだ。

 急がなければ。曹操は一際強く山肌を蹴って一気に頂上へ跳びあがった。

 まず視界に映るのは、超高速で激突する二つの影。ぶつかり合う衝撃が大気を震わせ風を巻き起こし、だがそのまますれ違った二人は大地を両の脚で砕きながら滑る。

 一人は魔王。

 もう一人は天一刀。

 両者とも背を向けたまま開いた距離もそのままに倒れ伏せた。

「カズトっ!?」

 身動きしない天一刀に駆け寄り抱き起こして曹操は気付いた。魔王も天一刀も倒れるほどの傷を受けていないのだ。ならば恐らくは体力を限界まで消耗したことによる失神か。

 昏睡する天一刀に対して魔王はすぐに意識を取り戻したらしく、遠くに体を起こす姿が見える。よほど強い衝撃を受けたのか、胃液を吐き出す彼女は肩を震わせて喉から声を絞り出そうと必死にもがいている。

「ゆる……い」

 爪が土を引っ掻き、爪先は力なく砂に滑る。

 それでもようやく立ち上がった魔王の貌は、もはや悪鬼のそれに変貌していた。

 涙の雫は流れない。

 ただ失った右の眼窩から、憎悪の血涙が一筋走るのみ。

「私を愛していると言ったのに、愛していると言ったのに……言ったのにぃぃぃぃっっ!!!」

 感情の高ぶるままに大鎌を振り回し、大地を幾度も斬りつける。

「私を殺すなんて! 私を殺すなんて! 殺すなんて、殺すなんて、殺すなんて殺すなんて殺すなんてころすなんてころすなんてころすなんてころすなんてコロスナンテコロスナンテコロスナンテコロスナンテコロスナンテコロスナンテ――――――――――――」

 まるで駄々をこねる子供のように、何度も何度も首を振る。

「許さないっ! 許さないっ! 許さないっっっ!」

 きっと魔王・華琳は信じていたのだろう。

 本気でホンゴウカズトが自分を殺そうとするはずが無い、と。

 しかし最後の一撃には天一刀の明確な殺意が込められ、間違うことなく彼女の胴を薙ごうと繰り出された。身を捻るのが一瞬でも遅ければ今頃上半身と下半身は繋がっていなかっただろう。

 その事実が。

 確かに突きつけられた彼の意志が、魔王の感情の堰を切ったのだ。そして彼女の選ぶ答えを、覇王は容易く想像できた。

「私の物にならないなら、この世界ごと滅してあげる!」

 魔王は超人的な跳躍を繰り返し、真ドラゴンの胸部へ飛びつくとその中へと姿を消した。たちまち世界を揺るがすような激震が真王山を襲い、真ドラゴンが動き始める。

「くっ……身じろぎ一つでこれ程まで!?」

 未だ眠ったままの天一刀を庇いながら、華琳は頬を引きつらせた。

『安心なさいな、『私』! 真ドラゴンが完全に目覚めるまでもうしばらく時間が要るから! その間に、貴女とカズトは鬼の餌にでもなりなさい!』

 その言葉と共に地を割って這い出た無数の鬼が曹操を取り囲む。いかに覇王といえど何十もの敵に包囲され、その上意識の無い天一刀を庇いながらでは戦いようも無い。

 じりじりと迫ってくる鬼たちの凶爪が、その絹の様な頬を切り裂こうと振り上げられて――――――砕け散った。

 正確には彼女の背後から繰り出された長剣の切っ先にぶつかり、砕かれたのだ。曹操と同じ金色の髪を揺らし、乱入者は返す刃で群がる悪鬼どもをあしらうとぴしゃりと言い放った。

「いつまで座っているおつもりですの、華琳さん!?」

「れ――――――麗羽!?」

 誰であろう。かつての乱世において一時は最大勢力として君臨した袁家の長、袁紹。よもや生きていたとは、と驚きを隠せない曹操に袁紹は不敵に笑う。

「この袁本初がそう容易く果てると思わないで頂きたいですわね」

「確かにね。でも、どうして此処に?」

「決まっていますわ。華琳さんに死なれては私の人生に張り合いがなくなってしまいますもの」

 幼い頃より好敵手として互いを認め合っていた(と袁紹は語る)二人――――逆に曹操本人にしてみれば腐れ縁もいいところだったが――――である。奇妙な友情で結ばれた絆は乱世を経た今も確かに繋がっていたのだ。

「……それで、いつまで座っているつもりですの?」

「分かってるわ」

 天一刀を片腕で支えつつ、曹操が立ち上がり袁紹と並び立つ。

 今なお包囲する鬼たちを前に二人はしばし思案する。この敵陣から生還する方法を模索し、あるいは打ち破る術を画策し、数瞬のうちに結論は出た。

「麗羽?」

「華琳さん?」

 目配せだけで二人は武器を構え、敵と正対する。

 得た答えは正面突破。後退の姿勢を見せれば鬼は必ず攻勢に出る。ならばあえてこちらから打って出ればいい。頭数も無いわけではない。

「斗詩さん、猪々子さん! やっておしまいなさい!」

 何処からとも無く、風と共に現れた二人の戦士が次々に敵をなぎ倒していく。文醜と顔良の二人といえば袁家の擁する最強の将として、ある意味で袁紹以上に恐れられるほどの猛将である。

 それが今、鬼たちの前に悠然と立ちはだかるのだ。

「ぶっ飛ばすぜ斗詩ぃぃっ!」

「ええいっっ!」

 大剣と槌を振り回して大暴れする二人の脇を抜けて、小柄な鬼が持ち前の俊敏さを武器に曹操と袁紹に迫る。もはやお約束となったかく乱攻撃に、やはり二人は動じなかった。

 なぜならば。

 彼女たちが身じろぎ一つせずとも。

 頼もしき戦士によって小癪な餓鬼はたちどころに粉砕されてしまうのだ。

 曹操の一歩横の地面に突き立てられるのは『天』の牙門旗。曹操が天一刀への褒美の一つに、と用意していながら与えられずにいたそれが真王山の頂上にはためいた。

 片腕で旗を支える夏侯惇はもう一方の腕で剣を振るい、小鬼を切り払ったのである。縦一文字に惨殺された鬼を蹴り飛ばし、忠実なる魏武の大剣は曹操の前に跪いた。

「雑兵は我らにお任せ下さい。華琳様はホンゴウを」

「ええ……頼むわよ、春蘭。私の剣」

「御意!」

 頷きあう曹操と夏侯惇の頭上、天の旗を飛び越えて魏の将たちが次々に現れる。敵陣に踊りこむや否やあっという間に戦線を押し上げていく。

「隊長の弔い合戦だ!」

「頑張るの〜!」

「ちょっ、凪!? 沙和まで! まだ生きとるって隊長!」

 憤怒の、あるいは守銭奴の表情で鬼を狩る于禁と楽進の勘違いに李典がツッコミを入れつつ、一行はなおも天一刀へ襲い来る鬼を次々に迎え撃った。相手の動きが止まった瞬間、三羽烏の両脇から許緒と典韋の二人が飛び出していく。

「季衣、あわせて!」

「いっくよ〜!」

 二人の少女の腕が巨大な鉄球と円盤を凄まじい勢いで振り回せば、棒立ちになった鬼たちを瞬く間に肉塊へと変えてしまう。

 包囲陣は完全に崩れ去り、後方で控えていた生き残りの鬼が圧倒的な力の差に恐れ戦く。鬼と人間ではその戦闘能力の差は歴然としている。人が鬼に勝る道理などあるはずが無い。

 鬼たちは本能的に感じ取っていた。

 今目の前に立つ彼女たちこそ、人でありながら人を超えた超人であることを。それ故に鬼たちが選んだ次の行動も定石どおりだった。

 もはや見慣れつつある、合体による鬼の巨大化。瞬く間に膨れ上がる巨体は、しかし今まで違う点が一つ。一匹の鬼が合体中の鬼を守る様に武将たちに前に立ちはだかったのだ。

 巨大な鉄の剣を持ち、何故か片目を失ったままの鬼はゆっくりと身構えた。

「こやつ……」

 訝しがる周囲の中で、夏侯惇だけはその正体に気づいた。

 いや、悟ったと言ってもいい。

 敵の大将がまぎれも無く曹操ならば、彼女が膝元の守りを預ける存在はただ一人だ。

 夏侯惇が一歩前へ踏み出し、隻眼の鬼が吼える。

「グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

「ぬあああああああああああああああああああっ!!!」

 大気を振るわせるほどの突進から、互いの刃を両者は真っ向から打ち据えた。激突の衝撃で大地に亀裂が走り、しかし怯むことなく繰り出された第二撃も相手の威力を相殺するにとどまった。

 まったくの互角。

 この隻眼の鬼は夏侯惇と同等の実力を有している。

 一人と一匹の攻防を見つめ、曹操もまた確信した。

「貴方も、あの龍に乗って渡ってきたのね。春蘭」

 今目の前で夏侯惇と戦っている鬼は、別の時代から魔王と共にやってきた夏侯惇本人に他ならなかった。でなければ彼女と伯仲する剣技、鬼であるなら傷つくはずの無い左目の傷を説明できない。

「か、りん……」

 曹操の膝枕に体を預けていた天一刀が起き上がる。この熾烈な戦いの気配に意識が引き寄せられたのか。

「春蘭が、戦っているのか?」

「ええ、そうよ。もう一人の春蘭と」

 鬼と化した彼女が何を思って剣を握っているのか、遠巻きに見つめる自分たちには分からない。もし理解できるとすれば、剣を合わせている魏武の大剣以外に居ないだろう。

 打ち合うこと十合、剣鬼から間合いを離した夏侯惇は得心したように頷いた。そして不思議なことに対する剣鬼も答えるように頷き返し、残った片方の瞳からは一筋の涙。

「ゆくぞ、夏侯惇元譲! 我らの武勇に賭けて、いざ尋常に―――――――」

 大きく剣を振り上げ、夏侯惇が叫ぶ。

「ジンジョウニ……ショウブッ!」

 地を蹴った二つの影が中空で再び激突し、先刻以上の攻防を繰り広げながら夏侯惇は考える。

 先ほどの十合、刃を重ねるたびに火花と共に剣鬼の遺志が夏侯惇に伝わってきた。魔王と化した主君の秘める願いを知ってしまった彼女は、それを成就させるべく鬼へと身を変えたのだった。

 剣鬼の記憶と共に視えるのは一面燃える荒野。その只中で、全人類の命と引き換えて呼び寄せた神の龍を前に立つ魔王。そして魔王に請われるままに夏侯惇はその剣を捧げたのだ。

 その願いは王としてではない。

 一人の少女の、哀れな恋。

 恐らく一生に一度の、曹操の我侭をどうして否定できよう。

「だから私は――――――」

 一際強く剣鬼の腕を夏侯惇の剣が弾き飛ばす。

「私は、私の忠誠の――――――華琳様のために貴様を斬る!」

 返す刃は縦一文字、体諸共に剣鬼の頭蓋を断ち割った。

 生命力の源を失って崩れ始める剣鬼の肉体は、しかし最後に少しだけ人としての姿を取り戻し始めた。

「…………許せ」

 顔を伏せて謝る夏侯惇に剣鬼は僅かに動く首を横に振り、声にならぬ声で応えた。

「            」

 そうして亡霊は塵へと返り、その魂は天へ帰っていった。

 残ったものは、今まさに飛び立とうとする巨大な龍と恋に狂った魔王。剣を鞘に収めて夏侯惇は思う。あの剣鬼は今日という日を、己の罪をそそがれるこの時を待っていたのではないか。

 人の身を捨てた彼女に、もはや止める手立ては―――――

「春蘭!」

 曹操の呼び声に我に帰るが、それよりも早く黒光りする巨大な手が夏侯惇の体を捕まえていた。剣鬼との戦いに集中するあまり、その後方で合体を続けていた大鬼の存在を失念していたのだ。

 夏侯惇も束縛を脱しようと剣を突き立てるが、鋼の様に硬質化した鬼の表皮にまったく刃が通らない。

 加勢しようにも並みの武具ではあの防御を破れまい。天一刀もまだ体が回復しきっておらず、完全に手詰まりの状況だ。

『諦めるには早いわよん、ご主人様ん!?』

 天より響き渡る野太い漢女の声に全員が動きを止めた。

 見上げれば、

『まずは黒いのからいくわよん、華佗ちゃん!』

『蹴り倒すのだ、ダーリン!』

『応! はああああああっ!!!』

 激突。

 轟音と共に土煙が濛々と立ちこめ、宙に放り出された夏侯惇がくるくると回りながら曹操の腕の中に落ちてきた。

 あの大鬼と同じぐらいの背丈があるだろう紅蓮の巨人が、夏侯惇を捕らえていた鬼目掛けて頭上から飛来し、蹴り倒したのだ。落下地点を見やれば、巨人の蹴りを受けた大鬼はバラバラに飛び散っていた。

『聞こえるか、天一刀!』

「その声……華佗なのか!? っていうか、何でそんなもんに乗ってるんだよ!?」

 天一刀に喋りかけてきた巨人の声は、名医・華佗のものだった。そして彼の声を発する巨人にも天一刀は見覚えがあった。紅蓮の巨体に真ドラゴンと酷似した頭部。

 見紛うはずも無い、巨人の正体はゲッタードラゴンだった。真ドラゴンと同じくゲッター線をエネルギー源とし、超常の力を振るう鋼の機神。

『細かいことは後だ、天一刀! 今はあれを止めるぞ!』

 華佗の言うとおりだった。

 すでに真ドラゴンは真王山の頂上を離れ、上空へと浮上を始めている。もしこれ以上の上昇を許せば手の打ち様がなくなってしまう。しかし真ドラゴンの装甲は先ほどの大鬼の比ではない。突き破る手立ては如何に華佗のゲッタードラゴンと言えど無いはずだ。

 真ドラゴンの戦闘能力はゲッタードラゴンの数千倍、数万倍に達するのだから。

「不可能だ。動き出した真ドラゴンはもう……」

『いいや、出来る! 君や仮面の戦士たち、そして三国の武将の勇気を束ねれば――――――』

 華佗の言葉と共に蜀と呉の将たちも天一刀の元に駆けつけてきた。その先頭に立つ劉備と孫策がにやりと笑って天一刀の背中を叩く。

「何とか最後のトリには間に合ったみたいね」

「これでみんな揃いました! 行きましょう、天一刀さん!」

「…………ああ、そうだな。じゃあ一発ぶちかまそうか!」

 天一刀と曹操を中心に左右に孫策と劉備、そして三国の将たちが各々に身構えて整列する。その後ろに華佗たちの操る機神・ゲッタードラゴン。

 そして――――――天一刀の後頭部を小突く男が一人。

「いだっ!?」

「一人でカッコつけんな」

「つ、士?」

「俺たちも付き合うぜ、カズト」

「士……ありがとう」

 この世界の危機を、数多の命の危機を見過ごす仮面ライダーではない。

「じゃあこっちも行くぞ。変身!」

Kamen Ride… DECADE!】

 門矢士。

「うおおおおおっ! ヘシン!」

Turn Up!】

 剣崎一真。

「いくよ、モモタロス。変身!」

「おうよ!」

Sword Form!】

 野上良太郎。

「おっしゃあ、見せ場だパー子! 変身!」

(い、いいのかしら。ここで出て)

Dream Form!】

 世界の垣根を越えて、恋姫・ゲッター・ライダー……三つの絆の力が邪な野望を迎え撃つ時が来た。

「はあああああっ!!!」

 天一刀の全身を黄金の雷が駆け巡り、その足元から光の円陣が広がって真王山の頂上を瞬く間に覆い尽くした。円陣から溢れ出る光は熱く、激しく、そして全員の体と心に強い力を与えていく。

 それは生命の力。

 それは生きようとする意志。

 それは未来を願う心。

 曹操を固く抱き寄せる天一刀の全身から、闘気が猛々しく立ち昇った。

「一緒に行こう、華琳!」

「ええ……カズト!」

「ゲッタァァァァァァァァッ! シャァァァァァイィンッ!!!」

 天一刀の放つ輝きに呼応するようにディケイドのバックルから世界を繋ぐエネルギーが溢れ出し、ライドブッカーから一枚のカードが飛び出す。

「派手なのをお見舞いしてやる」

Final Attack Ride… KOI-HIME MUSOU!】

 将……否、恋姫たちと仮面ライダーたちの体が光の奔流へと変化し、天一刀とゲッタードラゴンを飲み込んで一つの形を創り上げていく。

『ば、馬鹿な。こんな―――――――』

 真ドラゴンの中でその光景を目撃した魔王は戦慄した。

 恐らくこの世界の住人だけでは為しえなかっただろう。

 天一刀だけでも実現はしなかったはずだ。

 仮面ライダーのような乱入者が居たところで結末は魔王の勝利だった。

 いつか、どこかで、歯車が噛み合ってしまったのだ。噛み合わせたのが自分なのか、天一刀なのか、他の誰なのかは分からない。

 確かなのは今目の前に、あらゆる要素が結合した奇跡が起こっているということ。

 風が吹き荒れる。

 奇跡の風が。

『黄金の、龍――――――――!?』

 彼らの光が創り出したのは眩く輝き、真ドラゴンにも迫る巨大な龍。宇宙の果てから降り注ぐ生命の光と、人の心、そして仮面に込められた運命に抗う意志が合わさって生まれた邪悪必滅の力。

 これぞ伝承に斯く在りと記された救世主。

 世界が危機に瀕した時にのみ姿を現すという、究極の奇跡。

 その矛先が今、真ドラゴンへ向けられた。

「魔王・華琳! これが俺たちの、人間の、心の答えだぁっ!」

 だが真ドラゴンも黙ってこれを受けるわけにはいかない。龍の口から緑の雷光を迸らせ、超絶破壊の光線を撃ち出す。

 

 

 天に二つ目の太陽が輝き、両者は激突した。

 


あとがき

 

ゆきっぷう「ゆ、ゆる、ゆるじで……」

 

登場人物全員『ダメだ』

 

ゆきっぷう「あびゃああああああああっ!!!!」

 

 

曹操「『真(チェンジ!)恋姫無双 ―妄徳秘龍伝― 巻の十壱・輝天龍』を読んで頂き、感謝しているわ。むしろ、このあとがきを見てくれていることに感動したいわね」

 

天一刀「だな。今回の筋書きとか、もうゆきっぷうの頭が狂っているとしか思えない」

 

袁紹「あら、そんなことありませんわよ」

 

曹操「貴方が生きてて、しかも今回登場したこと自体がおかしいのよ。史実なら麗羽、とっくに戦死してるはずじゃないの?」

 

袁紹「……みみっちいことを気にしますのね、華琳さん」

 

曹操「み、みみっちい!?」

 

袁紹「心の中ではどうせ、自分の出番がまた減ってしまうことを危惧なさっているのではなくて?」

 

曹操「くっ!」

 

袁紹「安心なさい、華琳さん。どうせ次回は華琳さんとそこの大量殺戮者ぐらいしか出番ありませんから」

 

曹操「……それはそれで、不安が残るわね」

 

天一刀「ん? ちょっと待て、今俺を指差してたよな? 華琳は華琳だから、俺が大量殺戮ってどういうこと?」

 

曹操「十分やってるじゃない」

 

袁紹「やってますわね」

 

天一刀「オレハワルクナイ、オレハワルクナイ、オレハワルクナイ、オレハワルクナイ、オレハワルクナイ、オレハワルクナイ、オレハワルクナイ……」

 

袁紹「では読者の皆様、また次回お会いしましょう。おーっほっほっほっほ!」

 

劉備「おーっほっほっほっほ!」

 

 

袁術「わ、妾の出番はどうしたのじゃ?」

 

張勲「美羽様は殺された村の子供・その十三って説明したじゃないですか」

 

袁術「いやじゃ、それで終わりは嫌なのじゃぁぁあああああっ!!!」

 

 

解説  コイヒメ・ライド・システム

 説明しよう!

 コイヒメ・ライド・システムとはゆきっぷうがその妄想によって造り出した、欠番恋姫たちを登場させるためのこじ付け――――――もとい救済装置である。

 これを使用することによって欠番恋姫たちは仮面ライダーディケイド・ディエンドの力を借りて、このチェン恋の世界に復活することが可能になった。しかしこれを実現するにはまだ多くの課題が残されている。特に、ディケイドないしディエンドが登場しないシナリオではシステムが作動しないという欠陥が――――――

 

 

 前ふりはここまでにします。

 仮面ライダーディエンドはすでにご存知の通り、カードに記録されたライダーを呼び出すことが出来ます。これはライダーのみならず、他のキャラクターなどにも適用することが可能です。原作『仮面ライダーディケイド』でもライダーではなく、怪人を召喚していました。

 つまり、カードさえ手に入れる(造る)ことが出来れば真・恋姫に未登場のキャラクターも出せるわけです。ただし、ディエンドがカードを獲得するにはその人物縁の「お宝」を手に入れる必要があります。例えば、変身用のベルトがそれに当たります。

 恋姫無双で言うなら、大喬小喬の身に着けていたスクール水着や、生前の孫堅が使用していた武具などが必要になります。なので前回のあとがきの通り、海東大樹は偉大なる先王の墓を暴いたのでした。

 

 

黄蓋「待てぃ、待たんか不届き者め!」

 

大樹「そう言われたら、待つわけにはいかないね!」




緊迫した最終決戦。
美姫 「引き分けたかにも思えたけれど、魔王華琳の方がやはり先に起き上がるという」
このままこっちの世界の華琳とやり合うのかと思ったけれどな。
まさか、ここで麗羽が出てくるとは思ってもいませんでした。
美姫 「本当よね。まさかの出番だったわ」
ともあれ、いよいよ決着みたいだな。
次回が非常に気になります。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待ってます!



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