. 本作は真・恋姫無双のネタバレを多量に含みます。

    2.真・恋姫無双、魏エンド後のストーリーです。

    3.原作プレイ後にお読み頂く事を激しく推奨します。

    4.華琳様の涙を拭い去るため頑張ります。

    5.一部、登場人物の名前が違う漢字に変更されている場合があります。

 

 

 

 

『天人の心は将たるべき戒めと相反するが故に、

己が道の厳しさとも斯くなれば、刃に答えを求めるのみ』

孟徳秘龍伝・巻の九「天狼牙」より

 

(チェンジ!)

恋姫無双

―孟徳秘龍伝―

巻の九・天狼牙(前)

 

 

 早朝、白み始めた東の空を背に夏侯元譲は愛剣と共にその時をじっと待っていた。

 場所は首都洛陽に近接する歩兵用の調練場だ。天一刀との模擬戦を強く望んだ夏侯惇に頼まれ、荀ケが強引に予定を捻じ込んで用意した。そのため使用できる時間は朝の一時間程度だが、この二人ならば数分で決着が着くだろうと荀ケは考えていた。

 それほどまでに、二人の技量差は歴然である。

 黄巾の乱の以前より曹操の右腕を担う猛夏侯に対し、魏軍に参画した頃のホンゴウカズトはせいぜい警備隊のお荷物程度。天一刀がどれほどの修行を積んだところで及ぶはずが無い。

 しかし、この半年で状況は激変した。

 五胡の猛攻を押し返し、鬼という未知の怪物を相手に戦って生き残り、各国の武将からも一目置かれるほどの力を身につけた。

 夏侯惇の優位が揺るぐ訳ではないが、その目覚しい成長が本物か確かめねばならない。

「頼んだわよ、春蘭……」

 同じ文官として、軍師として、ホンゴウカズトの知識と発想力は決して荀ケに勝るとも劣るものではない。それは荀ケ自身が認めたことだ。

 しかし、武人としての実力の程度を量るには同じ武人にしか出来ない。

 張遼は偵察で都を離れている。

 許緒や典韋、三羽烏は情が移ってしまって量る前に戦いにならないだろう。

 よもや王である曹操にこんなことを頼めるはずも無く、残るは夏侯姉妹のどちらか。自ら夏侯惇が名乗り出たこともあるが、消去法で彼女に任される公算は元々高かったのだ。

 やがて調練場の門の一つが開き、白の軍服を纏った男が姿を現した。

 手には今や三国にその名を轟かせる双戦斧。

「お、居た居た。春蘭、朝っぱらからいったい何を―――――――」

 手を振って声をかける天一刀の喉元目掛け、数歩前で振り向く夏侯惇の手元から剣が走る。振り返る、その動作の始めから切っ先が双戦斧に弾かれるまで僅か瞬き一つも掛かっていない。

 返る刀身を敢えて引き込み、夏侯惇は下段からの斬り上げに変えて天一刀の脇腹を狙う。しかし相手が一歩下がった為に空振りに終わり、空を凪ぐ刃が凛と鳴った。

 間合いが開き、双方の動きが止まる。一息ついて攻撃の軌跡を辿れば、見えてくる必殺の意思に男の背筋は凍りついた。

「春蘭!? 特訓だか何だか知らないけど、今日のは悪趣味すぎるぞ!」

 天一刀の抗議は至極もっともだ。昨晩、「実戦訓練」と言われて此処に来てみたら、待ち受けていたのは問答無用の「死」。あまりに理不尽な展開に思考能力が追いつかない。

 しかし相対する夏侯惇は無言のまま、剣を構え直して間合いを詰め始めた。

「結局、そうなるのかよ……」

 こうなった以上、対話による事態の収拾は不可能だ。彼の個人的な経験則からも、場に張り詰める殺気からもまず間違いあるまい。

 だが―――――相手が夏侯惇であるならば、天一刀に反撃の手段は存在し得ない。あの日の誓いがある限り、彼の斧が仲間に向けられることは無いのだ。

「ちっ……!」

 腰に双戦斧を戻し、楽進の見様見真似で拳を構える。武器を使えないならば、無手で挑むしかない。例え蟻と龍の戦いになったとしても。

 だが無手に切り替えたことで、夏侯惇の怒りを煽ってしまった様だ。武人同士の真剣勝負で、愛用の武器を仕舞ったまま戦うという事は「お前などこれで充分だ」と相手を見下すことと同義であり、即ち侮辱となる。

 それでも、天一刀は双戦斧を抜くわけにはいかない。

 相手が彼の思惑など一切考慮してくれなかったとしても……

 

 

 

 

 将とは君主より軍の一翼を預かり、国家の防衛と発展を担う要職である。戦闘指揮、軍事戦略から行政指導、果ては工事監督までこなし、その双肩に掛かる責任は途方も無い。国によって担当する業務の種類、量は異なるが、魏のような強国の将は最低限の知識を備えているのが通例だ。

 周りから「馬鹿だ」「阿呆だ」と言われる夏侯惇だが、彼女が今も現職に就いている理由は『卓越した戦闘者』だけではない。軍事関係における夏侯惇の指揮能力は秀逸であり、曹操が信頼を置くだけの能力の持ち主だからこそである。

 しかし将に最も求められる事は、国家の為ならばどんな手段も厭わない『非情さ』にある。どれだけ理想論を並べたところで、現実と磨り合わせれば不整合が生まれるのは必然。

 失敗、難航、裏切り……立ちはだかる障害を乗り越える精神力が必要なのだ。

 「仲間とは戦えない」などという甘えは、当然切り捨てなければならない。もし兄弟のように仲の良い同僚が不正を働き、その処罰をしなければならなくなった時、将ならば「出来ない」とは言えない。国家に仇なす存在を排除することが、将の仕事だからだ。

 だからこそ、今日の夏侯惇と天一刀の激突は至極自然の事と曹操は考えていた。城壁の上に用意された観覧席で朝食を摂りつつ、眼下の激闘を見やれば天一刀の防戦一方になっている。自分が殺される寸前になっても考えを曲げない気骨だけは、買ってやれるのだが……

(けれど、妙ね?)

 天一刀がへっぴり腰なのは昔からだ。今更気にしないし、むしろ変わったら困るものだ。

 曹操が違和感を覚えたのは天一刀ではなく、夏侯惇の方である。一見する限り彼女の剣筋は普段通りの剛剣だったが、二つ三つと見比べるうちに曹操はその正体に気付いた。

(随分と荒れている。けれど――――――)

 見慣れているものより、今日の夏侯惇の剣は非常に感情的に振るわれているように見える。荒々しく、かつ流麗な刃の乱舞はあまりに殺人的だ。しかしその中に宿る夏侯惇の真意を、曹操はしかと感じ取った。

「――――――――貴女には、それしかないものね」

 もはや止めるつもりは無い。

 例え天一刀がこの大地に屍を晒すことになったとしても、である。何故なら彼が選んだ『武将』の道の行く末とは、得てしてこういうものだからだ。

 将としての責任。

 そして、恋人という何物にも代え難い存在の意味するところに、答えがある。

「お止めにならないのですか、華琳様」

「秋蘭……その必要は無いわ。決着はもうすぐよ」

 調練場の中央で、尻餅をついた天一刀の鼻先に夏侯惇が剣を突きつけている。やはり天一刀如き、魏武の大剣には遠く及ばなかったか。世間の風評も尾ひれが付いただけの眉唾物だったという事だ。

 それでも納得できないのか、夏侯淵が食い下がる。

「よろしいのですか?」

「くどい。例え天人と言えど、例え訓練と言えど、敵に手心を加えるようであれば我が国に必要ない」

 

 

 

 

「ホンゴウ……やはり、その斧を抜く気にはならんか」

 剣を天一刀の眼前に突き出したまま、夏侯惇が問うと彼は無言のまま頷いた。その腰には終ぞ振るわれなかった双戦斧がある。

「そうか……」

「解雇するならすればいい。それでも、俺は仲間に刃を向けるわけにはいかない」

 例え訓練であっても、持てる全てをぶつけなければならないのなら……天一刀は絶対にその刃を解き放ってはならない。蜀、呉と戦い歩いた末に辿り着いた結論だ。

 もし双戦斧を使うなら、それは見紛う事無き敵を打ち砕く時のみ。

 みだりに使えば己に破滅を招くだろう。

(ああ、そうだ。これは現代世界の核兵器と一緒だ)

 凶悪なまでの破壊力を誇る核爆弾。恐らく地上で破壊できないものは存在しないだろう。天一刀―――――ホンゴウカズトの生まれた時代にはそれほど強力な兵器が世界中に存在し、全人類の生命を脅かしていた。

 もし核兵器を保有する国家同士が戦争になり、どちらかがその禁断の力を使ったなら……呪われた炎は敵諸共に大地に生きる全ての生命を喰らい尽くすだろう。

 天一刀の双戦斧は、核兵器と同じだ。あまりに強力過ぎて、護るべきものまで巻き込んでしまう。そして、それを使う時の自分はあまりに恍惚とし過ぎている。

 絶対的な力。

 あらゆる困難を克服する力。

 いざ戦闘となれば、後ろで誰かに護ってもらうか逃げ回るしかない自分にも、敵と闘えるだけの力。

 その力を振るう優越感に至福を感じる!

 強さを褒め称えられた時の充実感が堪らない!

 好き勝手にのさばる悪党を力でねじ伏せる達成感など格別だ!

 だからこそ恐ろしい。自分が人を容易く殺してしまう力に慣れて、人を容易く殺すことに慣れてしまうことが恐ろしい。狂ってしまう、このままでは狂ってしまう。狂ってしまう前に歯止めをかけなければ。

 だから力は正しい時にしか使わない。

 どうしても相手を殺さなければいけないとき。相手の命を奪わなければいけないとき。殺人と言う行為が『已む無し』と認められるときでなければ使ってはいけないのだ。

「分かってくれよ……」

「お前こそ分かっているのか?」

「え?」

 天一刀の心からの訴えを、夏侯惇将軍は一蹴した。一蹴した上でなお天一刀を問いただす。

「昨日も言ったとおり、これは実戦訓練だ。お前は調練場に赴き、遭遇した敵と交戦し、これを撃破しなければならない。もちろん訓練内容はもとより誰を倒すべきか、すべて自分で判断しなくてはならない。そして―――――」

「…………」

「天一刀、お前はその敵に手心を加えた。敢えて武器を使わず、自ら首を差し出した。魏の将ならば如何なる敵と相見えようとも、華琳様の為に己の使命を果たさねばならん。お前はその義務を放棄したのだ」

 突き付けられていた剣がゆっくりと頭上へ昇っていく。切っ先を追って視線を上げれば、映るのは涙を目一杯に溜めた夏侯惇の顔だった。

「―――――――どうして、どうして武将などになったのだ」

「春、蘭?」

「武将の道は修羅の道。何があろうとも、己に課せられた使命を投げ出すことは叶わん。かつて友と呼び合った武人達も、戦場で華琳様の敵となれば私は斬る事を躊躇わない」

 友を斬る覚悟が無ければ真の意味で武将とは成れない。

 将の職務は戦果を上げるに非ず、私殺を以って忠を尽くすに有り。

「お前はお前のままで、華琳様と共に在ってくれればそれで良かった。かつて命を賭して秋蘭の危機を伝えてくれたように……敢えて我らと同じ道を歩む必要など無かったのだ」

「…………」

「さらばだ、天一刀。貴様という将の居場所は、この国には存在しない」

 剣を握る夏侯惇の右腕が、天一刀の頭上目掛けて真っ直ぐに落ちる。彼女の豪腕による斬撃ならば、悲鳴を上げることもなく彼は絶命できるだろう。悔いることも、嘆くことも、抗うことも出来ないまま。

(ホントに、首が飛ぶなんてな)

 洒落では済まない。

 このまま一撃を甘んずるなら天一刀と言う人間の人生は此処に終結する。

 実際、夏侯惇の言う通りだろう。分不相応な結果を望んで飛んだ結果、地に落ちて自滅する。どこかでそんな逸話を聞いた記憶も今では遠い。諦めようが諦めまいが、迫る死神の微笑からは逃れられない。

 では……では、自分の右手が掴んだ物は何なのか?

(双――――――戦、斧?)

 この絶大な力を秘めた斧ならば、圧倒的な戦闘能力を誇る夏侯惇とも互角以上に渡り合えるだろう。打ち負かすことだって出来るはずだ。

 使えば敗北は無い。

 逆に天一刀が勝利するのならば最悪、夏侯惇は死ぬことになる。あの一撃を、“天覇招雷”を凌げない限り。

 天秤で量るは二人の命。自身か、夏侯惇か。

 やはり夏侯惇の命は重い。曹操の最も愛する部下であり、天一刀自身も深く愛している。殺せるはずが無い。

(でも……)

 自分が此処に戻ってきた理由を思い出す。一度失くしてしまった、諦めてしまった願いを掘り起こす。

 護りたかった。傍に居たかった。愛したかった。離れたくなかった。放したくなかった。失くしたくなかった。死にたくなかった…………

(死にたく、ない)

 今だって、曹操の傍から消える時だって。どこの物好きが、そんなことを喜んで受け入れると言うのか。

(シニタクナイ!)

 自分の居場所は自分で手に入れる。

 誰にも邪魔はさせない。させるものか。

 

 

 

「ガアアアアアアアアアアアアアッ!」

「!?」

 

 

 すべては一瞬で逆転した。

 端的に事実だけを述べるのならば、天一刀を両断しようとした夏侯惇の剣が彼の双戦斧によって弾かれ、刀身を真ん中で圧し折られてしまった。

 一瞬の内に起こった出来事の中で、荀ケが理解できたのはその一点のみ。城壁の上から遠巻きに成り行きを見守っていた彼女には、二人の会話などは聞こえない。目で見える映像だけが情報源だ。

「ようやく、本性を現したわね」

 死の危機に瀕して、待った無しの状況に追い込まれてようやく本来の実力を出す決意をしたのだろう。敵陣に大穴を開けるほどの破壊力を受けて、果たして夏侯惇やこの城が耐えられるか……

 そんな浅はかな考えに浸った自分の愚かさを、荀文若は激しく後悔した。

「そ、そんな――――――――!?」

 驚きの声を上げるのは観覧席の夏侯淵だ。両目を見開き、調練場から激しく噴き上がる碧の雷の奔流の正体を捜し求めている。本音は荀ケも同じだ。いつの間に、あの男はこんな化け物に変わってしまったのだ!?

 しかし見届けなければならない。この状況を招いたのは他ならぬ夏侯惇と荀ケ自身なのだから。

 

 

 夏侯惇も驚きこそしたが、むしろ納得した様子で天一刀の豹変を受け入れていた。こんな化け物染みたものになってしまったからこそ、武将として蜀や呉の猛将たちと肩を並べてやってこれたのだろう、と。

 そして、自分の力が仲間を傷つけてしまうことを恐れていた。

「成長したお前と戦える日が来ることは、確かに待ち望んでいた。しかしお前にはお前にしか分からない『誓い』があり、私はそれを破ってしまったのだな……」

 雷の嵐が調練場の一点に、天一刀の体内へと収束していく。全身の肌を幾何学紋様のように緑の光が走り、雷が彼の体を循環していることが分かる。充分に力を蓄えたからか、天一刀の頬が合図のように吊り上がった。

「ククッ」

 彼の口元から笑いが漏れる。

 人としての尊厳をかなぐり捨ててまで生に執着した末に、天一刀の人格は抱え込んだ歪みに耐え切れずに発狂した。殺人という最大の禁忌を犯しながらも、殺人行為に著しい制限を設けることで正当化し、辛うじて彼の精神は安定を保っていた。しかしそこへ「仲間と本気で戦わなければ死ぬ」という外的圧力が加わったことで、生存の為に、生存の為の規則を破壊しなければならない状況に追い込まれてしまったのだ。

 そして天一刀は自身の生存本能に全てを委ねた。文化の違いゆえに自己主張の意図を汲み取ってもらえず、対話も認められないならば残された手段は一つ。

「ゥゥゥゥウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 咆哮と共に繰り出された一撃が夏侯惇の体を右側から横殴りに弾き飛ばした。驚くべきは重心の移動から踏み込み、斧を振りぬく一連の動作の何もかもが彼女には見えなかったことか。

(ば、かな……)

 呻く暇さえ与えられない。投石器から放たれた岩石の如く城壁を容易くぶち抜いてしまった夏侯惇の体は、気付けば今度は前方向へ飛んでいる。横へ飛んでいる間に再び攻撃を受けたことで、飛ぶ方向が変わったのだろう。

「ぐぅっ!?」

 次は後ろへ。

 まるで子供達に蹴って遊ばれる石ころのように、この夏侯元譲が為す術も無く跳ね回っているなど信じられるはずが無い。

「がはっ!?」

 全身を襲う重い衝撃と圧迫感で、自分が地面に叩きつけられたと認識する。ここまでの攻撃で肋骨が数本折れたようだ。左腕も痺れている。辛うじて動く右腕で体を起こすが、腰に力が入らず思うように動けない。

「む……」

 視界がぼやける。思考も上手くまとまらない。

 ぼんやりと分かるのは、このままでは自分が死ぬという事だけ。まるで先程と状況が逆転しているのはまったくの皮肉だ。

 しかし夏侯惇は心のどこかで安心していた。もしも本当に天一刀が自分と並び立つほどの武将に成長していたのなら、それこそ自分の居場所が無くなってしまう。曹操のお側役なら元々頭の廻る男だ、腕も立つなら申し分ない。

 そして何より問題なのは、ホンゴウカズトが自分の庇護を必要としなくなるという事。戦場で彼を護ってやっているのは他ならぬ自分なのだという自負があり、代わりに夏侯惇の知恵の足らぬところをホンゴウカズトが補うという関係が三国統一の終わりごろには既に出来上がっていた。それが瓦解するという事は、夏侯惇は曹操と天一刀という二つの支えを同時に失うという事。

 カズトが一人で歩いていけるなら、そこに自分の居場所は無いのではないか。天一刀として魏に舞い戻ったカズトを見て、夏侯惇の不安は日に日に大きくなるばかりだった。

 だから武将としての資質云々など、半分は大義名分なのだ。本当は、自分の居場所を確かめたかっただけなのかもしれない。

(そしてこの様か。罰が当たったな)

 顔を上げれば、双戦斧を振り上げた天一刀がこちらを見下ろしていた。その貌はまさしく悪鬼羅刹の凶悪さだ。積み重ねられてきた苦痛、苦悩が破壊衝動として具現化したことで、今や彼の意思は全て一色に塗り変えられていた。

 闘争。

 戦いを、闘いを、全てを蹂躙する戦闘を!

 生き残る為には、全ての敵を撃ち滅ぼさなければならない。その為により強く、さらに強く、何処までも強くならなければならない。あらゆる生命はそうして進化し続けてきたのだ。

 碧の雷を爛々と灯す天一刀の両目に理性の色は無い。思うが侭に敵を蹂躙する思考のみに支配されているのだ。

「兄ちゃんっ!」

「兄様、やめてください! これ以上は――――――!」

 見やれば騒ぎを聞きつけてきた許緒と典韋が天一刀の前に立ちはだかり、だが一蹴された。姉の窮地に駆けつけた夏侯淵が矢を射掛けて食い止めようと試みるも、逆に放った矢を投げ返されて左肩を負傷してしまった。

 そうして夏侯惇の眼前に立った天一刀は、ゆっくりと双戦斧を空高く振りかざす。もはやこれまで、と夏侯惇は静かに瞼を閉じた。

「…………?」

 だがいつまで経っても止めの一撃は来ない。怪訝に思った夏侯惇が顔を上げると、双戦斧を振り下ろそうとする天一刀の右腕を、彼の左腕が必至に押さえ込んでいるではないか。

 顔をクシャクシャにして、両目を泣き腫らして、天一刀は己の凶刃を阻止しようと足掻いていた。

「イ………ダ……!」

 一歩、二歩と後ずさり、何かの言葉を紡ごうと口が拙く動く。

「イ、ヤ……ダ―――――――こんなのは、イヤなんだァァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 自分の行いを否定するように天一刀が叫ぶ。

 周囲を見れば夏侯惇の戦闘によって調練場は崩壊・炎上。許緒と典韋は気を失っており、夏侯淵も肩に刺さった矢に呻いている。そして重傷を負った夏侯惇の前には、彼女を庇うように立つ曹操の姿がある。

 そして曹操の瞳から見て取れるのは、悲しみの色だけ……

 今の天一刀に、その眼差しを受け止められるはずもない。

 

 急速に空を覆う灰色の雲から大粒の雨が大地へと降り注ぐ。

 それが果たして運命の嘆きか、曹孟徳の涙かは分からない。

 

 確かなことは――――――その日、曹操の城から天一刀が姿を消したことだけである。

 

 


あとがき

 

ゆきっぷう「『真(チェンジ!)恋姫無双 ―孟徳秘龍伝― 巻の九・天狼牙』をお読み頂きありがとうございます。今回からシリアス&ダークスラッシュな感じが入りますよ〜」

 

夏侯惇「じーっ」

 

夏侯淵「じーっ」

 

曹操「じーっ」

 

天一刀「え? 俺っ!? いや、だって、さ……ゆきっぷう、どうなってんのさ今回の話!」

 

ゆきっぷう「書いたとおりさ。クビ、っていうか斬首刑になった天一刀が死にたくない一心で暴走しちゃった話」

 

天一刀「だからって春蘭をあそこまで叩けるわけないじゃないか!」

 

ゆきっぷう「その話はまたいずれ本編で」

 

天一刀「―――――え? 本編でやる内容なの?」

 

ゆきっぷう「まあ、例の真ドラゴンや謎の『魔王』と密接な関係があるとだけ言っておく」

 

天一刀「嫌な予感しかしないんだけど」

 

ゆきっぷう「ではでは、また次回お会いしましょう! オープンゲェェェット!」




一刀、出奔!?
美姫 「春蘭を退けたのは凄かったけれどね」
とは言え、あれって本人の意思がないような状態だしな。
美姫 「それにしても、今回はちょっと予想しない展開ね」
だな。思わず、荀ケの策略か、とか疑ってしまった。
美姫 「いや、流石にそこまではしないでしょう……多分」
言い切れないのが怖い所だがな。にしても、本当に色々と気になる展開に。
美姫 「本当よね」
うぅ、早く続きが読みたい。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待ってます。



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