. 本作は真・恋姫無双のネタバレを多量に含みます。

    2.真・恋姫無双、魏エンド後のストーリーです。

    3.原作プレイ後にお読み頂く事を激しく推奨します。

    4.華琳様の涙を拭い去るため頑張ります。

    5.一部、登場人物の名前が違う漢字に変更されている場合があります。

 

 

 

 

『建業に紅く燃えるは戦士たちの魂。

天の果てが誘う修羅道に今こそ足を踏み入れん』

孟徳秘龍伝・巻の六「天呉刃」より

 

(チェンジ!)

恋姫無双

―孟徳秘龍伝―

巻の六・天呉刃

 

 

 

「鬼は西門だ! 西門から来るぞ!」

「住民を城内へ避難させろ! 周瑜様のご命令だ! 住民は城へ行け!」

 武装した兵士たちが混乱する住民達を建業の城へ誘導する中、天一刀は通りを駆け抜けていく。後に続く楽進と呂布、そして事態に気づき追いついた陳宮を連れて鬼の出現した西門へ急ぐ。

「音々音殿、真桜たちは……」

「あの三姉妹の護衛を任せたのです」

「そうでしたか」

 常に行動を共にしている仲間が側に居ないことで少なからず違和感を覚えていたのだろう。安心した様子で楽進は改めて前方を見据えた。前を行く天一刀は相も変わらず走り続けている。

「隊長、どうするおつもりですか?」

「まずは西門の鬼を叩く。一般兵だけじゃ辛いはずだ」

 しかし、あの鬼たちが一箇所から執拗に攻め立てるだけの短絡的な思考の持ち主とは思えない。仮にそうだとしても、少なくとも戦術・戦略に長けた存在が背後に付いている事は容易に想像がつく。戦力を小出しにしつつこちらを挑発し、行動を起こそうとする予兆を見抜いて出鼻を挫くぐらいのことは出来る連中なのだ。

 だからこそこの場において最も恐ろしいのは、何処に潜んでいるか分からない伏兵の存在である。それは全員承知しているが、天一刀の言うとおり目の前の敵から倒さなければなるまい。

「…………見えた、門」

 見れば西門の頑強な扉は鬼達によって破壊され、兵士たちも必死に戦っているが踏み込んでくる鬼を押さえ切れない。今も一匹の鬼が防衛線を破って市街へ入り込もうと――――――

「…………御遣い様、貸して」

「え? あ、ああ」

 受け取った双戦斧を一瞬の内に戟戦斧へ変形させた呂布が、一足で踏み込み鬼を頭から縦一文字に両断する。野獣の類には到底捉えきれない神速の斧捌きである。

 天一刀たちという意外な増援の到着に孫策も驚きを隠せなかった。

「!……お前たち、どうしてここに!?」

「この状況でのんびりなんてしてられないよ……文句は後で聞く!」

「そうね―――――――」

 孫策の抜き放った一撃が天一刀の頬を掠める。視界をそちらへ向ければ、切っ先は背後から迫る鬼の額をかち割っていた。天一刀も気付いていたのか、にやりと笑みを浮かべるだけだ。

「次がおいでなすったみたいだし? 共闘といきますか」

 門の向こうから迫る鬼は五匹。横一文字に並んで同時に防衛線へ仕掛ける魂胆のようだ。一匹だけならまだしも、五匹同時に相手にすれば兵の守りも持ち堪えられまい。

「恋、戟戦斧を」

「…………(コクッ)」

 あえて戟戦斧のまま構える天一刀。鬼たちはもう眼前まで迫っている。

「凪は援護を。討ち漏らしを頼む」

「了解です。一匹も逃しません」

 門の手前、およそ一メートルの地点から鬼たちが一斉に跳躍する。兵のバリケードを一気に跳び越え、そのまま一気に突破しようとして……

「トマホォゥゥゥゥゥック! ランッッサァァァァァァッ!」

 気合一閃、薙ぎ払う天一刀の一撃が真空の刃を作り出し、三匹の鬼を細切れに切り裂いた。その光景は威力、規模共に以前呂布の放った技よりも劣ってはいたが、全く同じ性質のものである。

 残った二匹も楽進と孫策にそれぞれ頭部を刎ね飛ばされ、あるいは叩き潰されて絶命した。力の抜け、大地に転がる死骸に見向きもせず、全員の眼は地平線の果てから巻き上がる砂塵に向けられている。恐らくは鬼の増援であろう。渋い表情を浮かべる孫策に、伝令の兵が駆け寄った。

「――――――――東門と南門が破られたですって!?」

「…………時間差で、きた」

 こちらの目を西門へ引き付けている間に別働隊を東と南へ配置し、頃合を見計らって突入したのだ。当然、兵も西門へ集中しているため門を破ることは容易かっただろう。

 何より問題は、鬼が市街地へ入り込んだということ。早急に対処しなければ住民にどれだけ被害が出るか分かったものではない。とはいえ、西門へ迫る鬼たちを放って置くわけにもいかない。

 思案する天一刀に、あろうことか陳宮が言い放った。

「ここはねねに任せるのです。お前は住民の盾代わりになって死んで来いなのです」

「死ぬのはともかく……一人で大丈夫か?」

 陳宮は軍師だ。元武官という経歴があるわけでもない、生粋の文官に鬼と真っ向から斬り合うことが出来るとは思えなかった。

「…………御遣い様、ねねを信じる」

 悩む天一刀の袖を呂布が引っ張り、見つめ上げる瞳が訴えかける。すでに外の敵も眼前まで迫っている、時間は無い。ならば呂布と陳宮、二人の絆に託す他あるまい。

「分かった。音々音、此処は頼む」

「さっさと行くのです」

「おう!」

 城へ向かって走り出す天一刀たちを見送り、その姿が見えなくなるのを確認して陳宮は門へ向き直った。他の衛兵達も住民の救助へ向かわせ、この場に残ったのは陳宮ただ一人。

 無謀とも呼べない戦いに身を投じようとする彼女が右手を天高く突き上げれば、一匹の蝶がその人差し指に止まった。金色の光を纏う神の蝶である。

「今はまだ、正体を誰にも悟られるわけにはいかないのです」

 そのためには一人で闘わなければならない。相手の鬼が何体いるか、増援がどれだけ来るのかも分からない状況で、これはあまりに過酷すぎた。

 しかし、それも全ては親愛なる主の―――――呂布のため。(甚だ不本意ではあるが)呂布が天一刀を守るというのならば、彼女の背中を守ることこそが陳宮の役目。

 少なくとも陳宮自身はそう考えていた。

「行くですよ、神蝶!」

It’s so reckless battle… But, so cool

「恋殿に大見得切った以上、負けられないのです……変身!」

Hennshinn

 拳を握り締め、戦闘の鬼の胸板へ叩きつければ迸る闘気が火花を散らす。よろめく敵を右の回し蹴りでまさに一蹴し、鬼の群れへ突撃していく姿は神々しささえ感じさせるほど。

 眩い黄金の輝きと共に今、真なる華蝶が建業の街に舞い降りた。

 

 

 

 

 城へ続く大通りに立ち塞がる鬼を次々に薙ぎ倒し、孫策たちはその足を止めることなく駆け抜けてゆく。だが残念ながら途中で助けた住民の数より、転がる遺体の数の方が圧倒的に多かった。いったいどれほどの数の鬼が建業の街に入り込んでいるのか、もはや見当もつかない。

 城門まで辿り着いた一行だが、背後からにじり寄る気配に振り返ればすでに数体の鬼が彼女達を取り囲んでいた。運悪く鉢合わせてしまったのだろう。

「隊長! ここは私と恋で引き受けます、お二人は中へ!」

 門の前へ立ち塞がるように楽進と呂布が歩み出た。両手に気炎を滾らせ、あるいは竹箒を半身に構えて鬼達と対峙する。

「…………無理はしないでくれよ? 二人とも」

「承知しております」

「………………がんばる」

 二人に城門の守りを任せ、天一刀と孫策は城内を目指す。聞こえてくる爆音と鬼の断末魔を背に、すでに城内で守りを固めているだろう周瑜との合流を果たすべく走るのだ。

 だがすでに城内には鬼が入り込んだらしく、腹を引き裂かれて絶命した衛兵の死体がいくつも転がっている。噎せ返るような死臭が立ち込める廊下を二人は振り返ることなく駆け抜け、角を曲がった瞬間にその両眼が見開かれた。

「「っ!」」

 視界には逃げ遅れた侍女と、腰の抜けた彼女へ喰らいつこうとする赤銅色の巨躯。鬼の禍々しい口からは、まるで活火山から噴き出す蒸気の様に呼気が漏れている。鬼の牙が侍女の首筋を突き破る直前、

『グギャアアアアアアアアアアッ!!!』

 南海覇王と双戦斧の刃を左右から同時に受け、頭部を完全に陥没させた鬼の断末魔が城内に木霊する。

 何が起こったのか。分からぬまま侍女が恐怖に背けていた視線を上げれば、そこには怒りの気炎に身を焦がす戦士が二人。

「そ、孫策様……」

「一人では危険よ。私たちの後ろからついてきなさい」

「は、はい!」

 侍女を連れてさらに奥へ進む。さっきとは打って変わって静寂な闇だけが辺りを包み込んでいた。

「そういえば」

 不意に、孫策が口を開いた。

「そういえば、お前に聞いていなかったことが一つある」

「何だい」

「お前は一年前の戦いの後、姿を消し……そして戻ってきた。何故?」

 それはあまりに直球な、ある意味で孫策らしい問いだった。

「一年前、曹操の勝利で戦いが終わった時……俺の天の御遣いとしての使命は終わった。役割を終えた役者は舞台から消えるものだろ?」

「それで、戻ってきたのは?」

 歩みを止め、天一刀は宙を仰ぐ。その瞳は笑みを浮かべながらもどこか悲しみに満ちている……孫策にはそう見えた。

「俺にはもう一つ役目があった。天の御遣いじゃなく、一人の男として……情けないけど、気付いたのは魏に戻ってからさ」

 笑いながら泣き、自分を責める恋人達を見て天一刀は思い出したのだ。忘れてしまっていた彼女達との約束を……

 話はそれで途切れた。あとは無言のまま二人とも進んでいくだけだ。

 とはいえ城の中には他の将の姿が見受けられない。そう感じた孫策が中庭へ出ると幼くも気高い怒号が炸裂し、一匹の鬼が城壁に叩きつけられた。ひび割れる壁は決して脆い物ではないが、壁面に広がる亀裂もかち割られた鬼の頭も幻覚ではない。

「シャオ! 無事だったの!?」

「雪蓮姉様、おっそ〜い! 待ちくたびれちゃったよ〜」

 ハート型(!?)の昆(!?)を両手に持った少女が飛び跳ねながら孫策を呼んでいる。彼女こそ呉に眠る第三の至宝、孫三姉妹の末女である孫尚香(真名・小蓮)その人だ。見た目は十二、三歳の少女だが上の姉二人を見る限り将来有望というのが本人談。

 孫尚香は二十人ほどの住民や城働きの者たちを連れて、軍師の呂蒙(真名・亞莎)と幾人かの衛兵とで中庭に陣取って鬼を撃退し続けていた。聞けば陸遜から鬼の弱点について連絡が来ていたこともあり、思いのほか苦戦はしなかったという。

「孫策、孫権と来てさすが姉妹というかなんというか」

「? アンタ誰?」

「俺か。姓は天、名は一刀、字は抱翼。泣く子も笑う――――――」

「ああ、乙女心の破壊者!」

 意外と浸透していたこの二つ名。劉備の対応がどこか冷たかったのもこれが原因だったのか……そんなことを考えながら気を取り直して孫策と向かいあった。呂蒙も会話に加え、これからの戦闘方針を決めるのだ。

「このまま周瑜と合流しよう。俺たちは今のところ寡兵だ。守りを固めるなら一箇所に集まった方がやりやすい」

「確かに、押し返すにも将が散らばったままでは連携のしようもありません。一度周瑜様と合流されて、改めて考えるべきかと」

 場の空気としては合流の方向で纏まったと言えるだろう。孫策もそれが分からぬわけでもなく、何より周瑜の安否が気がかりだった。

「よし、周瑜と合流する! 亞莎、居場所は分かる?」

「恐らく玉座の間かと。大人数の避難民を収容して尚且つ守りを固められる場所はそこしかありません」

 ならば話は早い、と一行は玉座の間へ向かって移動を開始した。

 

 

 

 

「冥琳様、もう矢も残り少ないですよぅ」

「分かっている。だが、ここが落ちれば建業は終わりだ。何としても持ち堪えなければ……頼むぞ、皆の者」

 玉座の間。すでに幾度か鬼の侵入を許しながらもかろうじて周瑜の陣営は健在だった。途中合流した李典、于禁という戦力と、張三姉妹の歌声によって士気を維持してきたがそれも限界である。矢は残り少なく、負傷兵が目立ち弓を引ける者も多くない。剣も槍も大半が折れるか砕けるか、原形を留めているのは数本足らず。まして五体満足で闘える兵も殆ど居ない。

「すまん、沙和。せめてウチの螺旋槍が直っとれば」

「たまにはいいの〜。沙和も最近体重が気になってたし〜」

「んな理由かい!」

 ツッコミを入れる李典だが、普段の鋭さはもはや鳴りを潜めている。于禁も笑みを浮かべているが体力的にはすでにダイエットがどうの、と言えるレベルを超えていた。張三姉妹もそろそろ喉が痛くなってきているとか。

「「カズトまだ〜?」」

「頑張ってよ天姉さん、地姉さん。あの人はきっとくるから」

 もはや疲労の色を隠すことは出来ない。恐らく次の戦闘が最後だろう。そう誰もが思った刹那、間の中でもっとも大きな扉が突き破られた。崩れる扉を押し退け、鬼が一匹、また一匹と踏み込んでくる。その数は尋常ではなく、どうやら城中の鬼が此処に集まってきているようだ。

 周瑜が号令をかけるより早くまず弓兵が矢を射掛けた。狙いは寸分違わず鬼の頭へ定められ、先頭の一匹の両目を潰すことに成功した。そこへ于禁が二刀を振りかぶって斬り込み、次々に鬼の首を刎ねていく。横へ抜けようとする鬼には陸遜の九節昆が唸りを上げて押し返す。

 だがそこまでだ。次々に現れる鬼に于禁も陸遜も対処しきれなくなり、その豪腕に跳ね飛ばされてしまう。

「ま、真桜ちゃん……やっぱり無理だったの〜」

「しっかりしい、沙和!」

 床に転がる于禁に李典が駆け寄る。幸いただの打ち身で済んだが、これで于禁の体力は底を尽いてしまった。休み無しにこれ以上闘い続けることは不可能だろう。

 そんな二人へ鬼の一匹が近づき、その鋭い爪を突き立てようと腕を振り上げた。もはや逃げる暇もない。

「させんっ!」

 次の瞬間、薄ら笑いを浮かべる鬼の顔面に鋭い跳び蹴りが炸裂した。大きく仰け反りながら蹴られた鬼は広間の外まで吹き飛んでいく。新しい増援に他の鬼が咆哮を上げて飛び掛るが、凄まじい斬撃を受けて次々に絶命するばかり。

「か、華雄かいな、今まで何処におってん!?」

「すまん。道に迷っていた」

 愛用の大斧を構え、謝る華雄の顔は笑っていた。

「それに、だ。ちょうど奴も来たようだぞ?」

 広間の裏口が開け放たれ、飛び込んできたのは天一刀と孫策だ。

「真桜、沙和……無事だな!?」

「「隊長!」」

 無事の再会に天一刀の顔にも笑みが戻る。

 一方の孫策もまた周瑜たちと合流を果たしていた。

「冥琳、穏。よく持ち堪えてくれたわ」

「王の留守を預かるのが私の役目だ。しかし今回はいささか遅かったがな」

「またまた冥琳様ったら〜。さっきまでは雪蓮様はまだかな〜? みたいな感じだったじゃないですかぁ」

 それは断じて無い、と否定する周瑜だがその頬は微かに赤い。

 しかし、これで反撃のお膳立ては整った。後はただ―――――――

「押して押して押し返すのみ! いくぜ、孫伯符!」

「天抱翼……先陣は任せなさい! ハアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!」

 愛用の宝剣を振りかぶり、裂帛の気迫と共に孫策が突撃する。その圧倒的な威圧感に鬼も思わずたじろぎ、瞬く間に三匹が三枚に下ろされてしまった。勢い付いていた鬼達が獲物を孫策に定め、一気に迫ろうと身構える。

「孫策はやらせねえ! 俺たちも打って出るぞ、華雄!」

「うむ。今こそ我が真名を解き放つ時よ!」

E?」

 まさかの発言に思わずアルファベット表記で驚きの声を上げる天一刀。読者の皆様ならばご存知だろう。華雄といえば真名無し、オチ無し、出番無し、の『3無し』キャラとして有名なのだ。

「師匠……貴公より貰ったこの名、使わせてもらう! 我が名は華雄、真名は――――――――竜真!」

 竜真(リョウマ)とはこれまた珍妙な真名である。

 しかしどういうわけか、彼女の真名を聞いた途端に鬼たちが次々と苦しみ悶え始めたではないか。それどころかある鬼は全身から血を噴き出して絶命し、別の鬼はショックのあまり自ら喉を掻き毟って死に絶える。

 気付けば広間に入り込んだ鬼はすべて絶命してしまった。もはや呪いとかそういう領域である。

「ふっふっふ……我が真名の威力、思い知ったか!」

「これ、絶対用途違うよな? っていうか単純に、『華雄に真名とかありえねえ』って拒絶反応を起こしているだけな――――――」

 しかし天一刀の言葉は最期まで続けられることはなかった。横からひょっこり現れた孫尚香が彼の口にチャックをしたのだ。

「そういう事、言うのは野暮だよ?」

 悪戯っぽい笑顔の孫尚香に反論しようとする天一刀だったが、まあ鬼を倒せたので深く追及はしないことにした。また乙女心の破壊者だのテロリストだの言われては堪ったものではない。

 ともかくこれで大体の敵は片付いたはずだ。後は市街で暴れている残りを掃討すれば―――――――

「ん!?」

「くっ……!」

 突然外から吹き込んできた凄まじい邪気に孫策たちが顔を歪ませる。広間から出てみれば、中庭に一匹の鬼に大量の死骸が寄り集まって見る見るうちに巨大化していくではないか。その全長は城の三階部分にまで達し、恐らく十メートルほどはあるだろう。それが今度は街へ向かって歩き始めたのだ。

「野郎! ヤケクソで街を潰すつもりか!」

 天一刀が叫ぶ。手駒の殆どを失ったのだ、後は少しでも多く道連れにして敵に損害を残すぐらいしか出来ないと考えたのか。

「だがあれほどの巨体だ、縄で縛ることも出来まい……」

 もはやあれは人間では太刀打ちできない化け物だ。周瑜はもはや人智を超えた力に縋るほかない、とさえ考えていた。人間が千人寄り集まったところで……

『諦めるな、です!』

 城と街を隔てる城壁の上から声がする。見やれば其処に輝くのは黄金の仮面……かつて蜀の街で住民を救った真・華蝶仮面の姿があった。

「真華蝶やないか!?」

「沙和、初めて見たの〜」

 思わず自由なコメントを述べる于禁と李典だが、天一刀は何か閃いた様子で頷いた。

「よし……でもあと一人――――――――」

 彼の思い描いた策には、あと一人必要だ。双戦斧の力を引き出すことのできる、三人目の戦士が。

 そのとき、双戦斧からまたあの雷光が溢れ始めた。深緑の稲妻は建業の夜空を照らし、その眩さに大鬼も何事かと振り返る。

「そうか、君か。君なのか――――――――陸遜!」

 稲妻の示す先は呉の智将・陸遜。彼女も突然の指名に驚きを隠せない。

「ほえ? まさか、私がそれを使うんですか〜?」

「ああ、そうだ! 持って、氣を籠めるんだ!」

 手渡され、陸遜の握り締めた双戦斧が見る見るうちに柄を中心に細まり、九節昆へ変形する。伸縮自在のこの構造は李典でさえ解明できない未知の技術の結晶であり、その威力が今発揮されようとしていた。

「…………無尽節昆?」

「やっぱり疑問系なんかい」

 呂布命名の『無尽節昆』を陸遜が流麗な動作で振り回し、びたりとその先端を遥か頭上にある大鬼の額へ向ける。

「いきますよぉ〜! ええいっ!」

 脱力系な掛け声と共に突き出される無尽節昆だが、なんと驚くべきことに突き出された先端が瞬時に人間を模した掌へと変形し、大鬼へと伸びていくではないか。元来、九節昆とは通常の昆に節目を作り、変幻自在に動かせるようにしたもの。しかしこの無尽節昆は、節目が尽きる事無く伸びていく。節の数が限られる九節昆以上に柔軟かつ自由度の高い動きが可能になっているのだ。

 さらに先端に現れた掌と合わせれば、まさに無限に伸びる腕と言っても過言ではあるまい。その腕が今、大鬼の手足を捕らえ、捩じ切らんばかりに締め上げていた。

「まだまだ〜!」

 陸遜は昆の逆側の先端も掌へ変形させ、大鬼へ向かって打ち出した。まさに両腕で相手を絞め殺そうというのだ。大鬼も完全に両腕両脚の動きを封じられ、なんとか抜け出そうともがいているが相当強い力で締められているのだろう、鋼のような皮膚が裂けて血が噴き出し再生も追いついていない。

「穏! このまま鬼を放り投げなさい!」

「雪蓮様? ですが〜……」

 突然の孫策の指示に戸惑う陸遜。だが孫策は不敵な笑みを浮かべて再度実行を促した。

「構わないわ、ともかく城の外へやっちゃいなさい。そうよね、天一刀?」

 彼女は恐らく天一刀の考えが読めたのだろう。天一刀もまたにやりと笑って頷いた。

「わ、分かりましたよぅ! えぇ〜っと……だ、大建業おろしぃぃぃぃぃぃぃ!」

 無尽節昆に力を籠め、陸遜が大鬼を城壁の外へ向かって投げ出した。空中で鬼を放すのと同時に、手足を捕らえていた掌が陸遜の手元へ凄まじい速度で戻ってくる。

 そして鬼には飛行能力はなかったらしく、空中で姿勢を取り戻そうと身を捩るのが精一杯のようだ。

 対してこちらには、まだ二人動ける人間がいる――――――!

「真桜!」

「あいよー! 大旋風ぅぅぅぅぅ……螺旋っ! げぇぇぇぇぇぇぇっきっっっ!」

 陸遜から無尽節昆を受け取った李典が間髪入れずに旋風螺旋槍へ変形させ、巨大な竜巻と共に空中へ舞い上がった。目にも留まらぬ速さで大鬼を追撃し、四方八方から螺旋槍を叩き込む。

 無尽節昆による締め上げでボロ雑巾も同然だった手足はついに千切れ、激痛に大鬼が吼えた。しかしまだ相手を仕留めてはいない。時間が経てば失った腕も脚も元通りになってしまうだろう。

 にも拘らず、李典は攻撃を止めた。その視線の向けられた先は地上、城壁の上を疾走する呂奉先。

「れぇぇぇぇんっ! 受け取りやァァァァアアアアアアアアアアッ!」

 旋風螺旋槍を地上へ向かって投擲する李典。その叫びが聞こえたかは分からないが、屋根を走る呂布もタイミングを合わせて跳躍した。無論、投げられた螺旋槍に向かって、である。

「………………ちぇんじ、戟戦斧」

 空中ですれ違い様、掴んだ螺旋槍を戟戦斧へ変形させると呂布は一度着地し、そのまま落ちてくる大鬼の落下点へ向かっていく。さらに地上を走る一つの砂塵が呂布へ近づいてくるではないか。

 砂煙の中から姿を現したのは誰であろう、真・華蝶仮面その人だ。

『同時に仕掛けますぞ!』

「…………わかった」

 呂布が頷くのと同時に大鬼が地面に激突した。

 真・華蝶仮面の右手が胸の神蝶に触れる。

Three, Two, One…Rider―――――】

 走りつつ呂布も激戦斧を下段に構え、身を起こそうと暴れる大鬼を見据える。

「…………斬る」

 接近する気配に気付いたのだろう。かろうじて再生させた右腕で大鬼が二人を薙ぎ払う。大地が割れ、砕けた岩盤が辺りに散らばった。

Clock over

 次の瞬間、満月を背に影が宙を舞った。あの超光速移動能力を使った真・華蝶仮面は呂布の手を引いて大鬼の攻撃をすり抜け、相手の背後を取ったのだ。

 振り返る大鬼の目に映るのは二人の戦士。

 もはや退路はない。

Sky Chinnkyuu Kick

『すかい・ちんきゅーきっく!』

「………………戟戦大嵐(ゲキセンタイラン)」

 振り抜かれた戟戦斧から巻き起こる無数の刃風に全身を切り刻まれ、悶える大鬼の額に真・華蝶仮面の必殺蹴りが炸裂する。完全に絶命し、崩れ落ちる鬼の巨体が再び大地に沈んだ瞬間、紅蓮の炎と共に爆散した。

 黒煙を立ち昇らせる燃え滓を背に、華麗に着地した呂布の隣にはもう華蝶の戦士の姿はない。その正体を明かさないことで有名な華蝶仮面だ。戦いが終われば居なくなるのは当然だろう。

 

 

 

「―――――――さて、これで鬼は全部かしらね」

 最終的な判断は各部署の報告を待たなければならないが、先ほどまであちこちから聞こえていた鬼の慟哭はもう止んでいた。何より漂っていた邪悪な気配が失せている。

 欠伸で開いた口を隠そうともせず、孫策は辺りを見回して頷いた。

「雪蓮、街の復興作業は小蓮様と亞莎に任せるから、貴方はもう休みなさい」

「そうさせてもらうわ。……そうだ、天一刀。貴方も一緒に来る?」

 周瑜の提案に閃いたのか、ニヤニヤと笑いながら孫策が聞いてくる。

 それはつまり、一夜を共に過ごそうとかそういう誘いなわけで……思わずドキッとしてしまう天一刀。男なら放っておけないナイスバディの破壊力は侮れないものが―――――

「い、いや、孫策さン? 俺にも一応華琳の所有物という肩書きグァブハァァァァァァッ!?」

 焦りと緊張からしどろもどろになりながら、なんとか丁重に断ろうとする天一刀の背中(正確には後頭部?)で何かが爆発した。真っ黒焦げになり台地に倒れ伏す彼の後方から走ってくる楽進、その両手からブスブスと煙が出ている。

 恐らく、彼女の氣弾(最大出力)が火を噴いたのだろう。

「隊長っ! また貴方は浮気を―――――――」

「いや、凪……今回は凪が悪いで」

「え?」

 神妙な口調で李典は言った。

「隊長はな、ちゃんとお断りの文言を言おうとしたんや」

「うん」

「言おうとしたんやけど……途中でぼんっ、と」

「………………………………………………たいちょおおおおおおおおおおっ!」

 呂布並みに長い沈黙の後、己の過ちを悟った楽進が天一刀の亡骸に縋りつく。すっかりアフロヘアーが似合うようになってしまった彼の口から魂のような白いモヤが漏れているが気にしてはいけない。

 

 かくして建業の長い夜は終わりを告げた。

 昇る朝日と共に犠牲になった者達(天一刀も含む)が安らかに眠れるよう、今は祈るばかりである。

「俺は……まだ、死んじゃいない」

 

 


あとがき

 

ゆきっぷう「どもども、ゆきっぷうであります! 真(チェンジ!)恋姫無双 ―孟徳秘龍伝― 巻の六・天呉刃をお読みいただきありがとうございました! 今回の戦いでようやく双戦斧を扱える三人の武将が揃い、ついに合体攻撃が解禁です!」

 

天一刀「あー、ゲッターチェンジアタックな」

 

ゆきっぷう「そーなのよう、これがやりたくてやりたくて」

 

天一刀「……で、孫権や黄蓋の出番を忘れる、と」

 

ゆきっぷう「孫権と甘寧は前のバトルで活躍したからね。黄蓋も然り。今回は孫策にスポットを当ててみましたー」

 

天一刀「でもフラグらしいフラグは立ってないよな?」

 

ゆきっぷう「ん〜、強いて言うなら戦友フラグ?」

 

天一刀「まさか、強敵と書いて「とも」と読むような戦友か?」

 

ゆきっぷう「…………ニヤリ」

 

孫策「それにはまだちょっと」

 

関羽「実力不足だな」

 

呂布「………………(コクコクッ)」

 

天一刀「ちょ、な、恋、なにす、うわヤメ――――――」(『稽古場』の看板のある小屋へ恋に引き摺られていく)

 

ゆきっぷう「それでは皆さん、次回の抱翼旅記ノ参(呉編)でお会いしましょう! チェェェェンッジ! ドラゴォォォォォン!……ってムオ!?」

 

公孫賛「悪いな! 出番がなくても私は此処に居るぞ!」

 

ゆきっぷう「ええい! 挨拶に割り込んでくるとは――――――元サブキャラの業の深さを甘く見ておったわ!」

 

呂蒙「で、でででで、ではまたっ、お会いしましょうっ。ししししししし、失礼しまひゅ!」

 

公孫賛・ゆきっぷう「舌噛み萌だとぅ!?」

 

 

 

 

 

人物紹介

 

孫尚香(真名・小蓮)

 江東を統一した孫堅の娘で孫呉三姉妹の末女。まだ子供のため将として扱われているわけではないが、その天真爛漫さと何者にも分け隔てなく接する器の大きさで呉を影から支えるアイドル的存在。孫策と孫権が対照的な性格・人物像だったのに対して、孫尚香は孫策に近い部分が多い。特にカリスマや戦闘能力については先天的な資質の持ち主と言えよう。

 姉二人と比較して胸が小さいが、本人曰く「将来性は有る」とのこと。だが、むしろ成長しない方が役得な気がしてならないのはゆきっぷうだけではないはず。魏ルートの終盤では曹操との舌戦で胸の大きさを張り合っていた。

 呉ルートではこれでもかと言うほどホンゴウカズトを誘惑したりはっちゃけたりしたが、エンディングでは何故か子供が出来ていなかった。

 あれだけやってもまだ足りないと言うのか、Baseson!?

荀ケ「魅力なら華琳様の方が上よ! 美しく、凛々しいあの御方に勝るものなど天上天下、何処にも在りはしないわ!」

甘寧「いや、小蓮様だ! 小蓮様の温かく、愛らしい笑顔があれば例え百万対一の劣勢でも覆してみせよう!」

陳宮「恋殿だって負けてはいませんぞ! 恋殿の食事を摂られる姿には胸を締め付けられる思いです!」

(以下、延々と自慢話)

 

 

呂蒙(真名・亞莎)

 呉の軍師で、周瑜の後継者と目される将である。元々武人であった彼女だがその才覚を見出され、軍師として呉軍に登用される。一見すると文武両道のスーパーガールと思われがちだが、文の方はあまり成績が良くなかったらしい。

 陸遜と周瑜に叩き上げられ、孫権に叱咤激励され、辛い挫折を経験しながらも立派に成長していく様は見ている側が微笑ましくなる。

 一時、おやつの胡麻団子を作るためにエプロンドレスを着用したことがあったが、これをチョイスしたのはホンゴウカズト。うん、何で呉ルートの時だけこんなにイイ奴なんだ、お前は。

 お札を付けたらキョ○シー、というのは言ってはいけないお約束。

甘寧「呉の新たな大黒柱としては、もう少し修行が必要だろうな」

荀ケ「潜在性は高いと思うけれどね」

陳宮「では、ねねが軍師の何たるかを……」

二人「「いや、結構よ(だ)」」

 

華雄(真名・竜真)

 辺境の生まれの武人で、その実力を認められて都の将軍にまで上り詰めた。実力は本物で、一対一ならば汎用キャラの武将では手も足も出ない。しかし己の武に固執するあまり作戦に従わない所が多々有り、董卓軍敗走の原因を作ってしまう。

 魏ルートでは蜀軍に討ち取られたはずだったが、通りすがりの医者王に助けてもらったらしい。その後は愛用の大斧だけを供に各地を彷徨った。その内、北方の山奥で『竜馬』と名乗る戦士に出会い、彼の元で修行を積んで半年を過ごす。

 『竜馬』が北方の地を去る際に修行の証として同じ読みの真名『竜真』を授かった。言うまでもなくゆきっぷうのオリジナルなのでご注意ください。

陳宮・甘寧・荀ケ「「「げっ!」」」

華雄「なんだ、その反応は?」

竜馬(新)「舐めてんのか、テメエら」

 

 

 

 

用語解説

 

無尽節昆

 陸遜の氣を受けた双戦斧が変形した多節昆。彼女の愛用していた九節昆が基になっているが、その能力は別次元に到達していると言っていい。両の先端部分が人間の手のように変形して物などを掴むことができ、また昆自体も伸縮性が高く、関節が見た目の数十倍まで増えるため途方もないリーチを誇る。

 必殺技は無尽節昆で相手を捕らえ、高速回転を加えながら投げ飛ばす「大建業おろし」。残念ながらミサイルは付属していないので、「大建業おろし」→ミサイルで追撃、という必勝パターンは使えません。




ねね……もとい、真華蝶もしっかりと活躍を。
美姫 「今回で更に一刀の武器もチェンジしたしね」
合体技が解禁されたな。
美姫 「そして、何よりも華雄の真名が」
まあ、名乗ったシーンはシリアスよりもギャグよりになってしまったのがらしいような気も。
美姫 「少々、被害が大きかったけれど何とか鬼も退治できたし」
次回の一刀はどうなるのかな。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待っています。



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