. 本作は真・恋姫無双のネタバレを多量に含みます。

    2.真・恋姫無双、魏エンド後のストーリーです。

    3.原作プレイ後にお読み頂く事を激しく推奨します。

    4.華琳様の涙を拭い去るため頑張ります。

    5.一部、登場人物の名前が違う漢字に変更されている場合があります。

 

 

 

 

『五胡の軍団を排し、蜀はその領土と民を守り抜き、

地平の果てより新たに見ゆるは禍の火種か』

孟徳秘龍伝・巻の四「呪鬼天」より

 

(チェンジ!)

恋姫無双

―孟徳秘龍伝―

巻の四・呪鬼天

 

 天一刀の蜀滞在は唐突に終わりを告げた。南方の国境周辺を中心に、謎の生物による被害報告が劉備のもとに届き始めてから三日……彼女は被害が増加傾向にあると想定し、魏と呉に緊急の三国会合を発案したのだ。これを受けて天一刀ら魏の将と、孫権ら呉の将は劉備との会談に臨み、今後の対応策について検討を開始した。

 玉座の間に集合した三国の将の前で、鳳統がまとめられた報告書を読み上げる。

 内容は大まかに分けて三点。

 一つ、出現した謎の生物――――――外見などから『鬼』と呼称されるそれは人間の集落を襲い、破壊の限りを尽くす。基本的に襲撃は一体のみで行なわれ、同時に複数の個体は確認されていない。

 二つ、あらかた破壊活動が済むとテリトリーとしている森林、山岳、湿地帯などへ戻っていく。

 三つ、通常の武器では『鬼』の再生能力に対して有効打を与えることが難しい。腕を切り落としたぐらいでは怯まず、切られた腕もたちどころに治ってしまうらしい。

 従って、現状は鬼の出現と同時に集落の住民を避難させる以外に無いという。しかしこの状況が続けば地方の邑は荒れ、そこから産出される農作物や鉱石が手に入らなくなってしまうだろう。そうなれば国力は落ち、国家を維持することが難しくなる。早急に対処しなければ致命傷を受けることは明らかだ。

「鬼は南から来る……そうね? 桃香」

「そうです、蓮華さん。だから次に出るとしたら―――――」

「分かった。では明日我等は此処を発ち、国に戻る。明命、思春! 支度を!」

「「はっ!」」

 席を立つ孫権と、彼女より先んじて周泰と思春が議場を飛び出す。

 鬼の巣は恐らく南方にある。ならば同じく南方と接している呉にも鬼が出現する可能性は非常に高い。それを裏付けるように、蜀の北側の領土では鬼の目撃例はまったく報告されていなかった。

 逆に南方とは蜀と呉を間に挟む魏は、比較的安全だと言えよう。天一刀も立ち上がり、荀ケに指示を出す。

「桂花は華琳に今日の会合のことを伝えてくれ」

「偉そうに……アンタはどうすんのよ」

「俺は孫権たちと一緒に呉に行く」

「呉ですって? 確かに蜀と同じように鬼が出る目算は高いけれど、アンタが行ったところでどうにかなるわけないでしょ?」

 荀ケの指摘に天一刀は首を横に振った。

「蜀に出る鬼はどいつも単体で行動している。それもちょっと姿を見せて暴れたらすぐ引っ込む、なんてあからさまだろ」

「…………陽動、ね。最遠方の魏には出にくいだろうから、残る呉は確かに危ういわ。凪たちもコイツに同行しなさい」

「「「はっ!」」」

 というわけで、と孫権に置いていかれた黄蓋へ振り返る天一刀。

「ついて行くんで宜しく」

「断ったらどうするんじゃ」

「もちろん、勝手について行く」

 悪びれる様子もなく答える天一刀に黄蓋は少しばかり面食らったらしく、僅かに唸ったが「権殿に話は通しておく」とだけ言い残して議場を去っていった。

「た〜いちょ〜」

「どしたー、沙和」

「鬼なんかに勝てる自信あるの〜?」

「まあ、あるっていうか……むしろ行かなきゃいけない気がするんだ」

 蜀に残って出てくる鬼を退治しても、魏に一度戻って曹操に指示を仰ぐこともできる。しかし呉を鬼が狙っているかもしれないという可能性があるのなら、そちらに向かって行動するべきだと天一刀は考えていた。動くことを躊躇って後悔したくないからだ。

「凪たちは荷造りを進めてくれ。俺は孫権さんに会ってくる」

「了解しました」

 

 

 

 

「却下だ。同行を認める理由がない」

 にべもなく天一刀の申し入れを拒否する孫権。黄蓋がすんなり交渉を受け持ったのはこの結果を予測してのことだった。天一刀も孫権が受け入れない可能性を視野に入れて直接挨拶に赴いたのだが、彼女の魏への反発は相当根が深いらしく、回答と同時に部屋から放り出されてしまった。

 無理もない。魏の将兵と言えば呉の宿将である黄蓋の仇である。いくら黄蓋が奇跡の生還を果たしたところで、赤壁で彼女を魏軍が包囲殲滅したのは覆しようのない事実なのだ。戦争が終わり、同盟が組まれた今でもそういった禍根を引きずる者は決して少なくない。魏でも夏侯淵を定軍山で罠に掛けようとした黄忠は評判が悪かったりする。

「にしたってなぁ……今はもう平和だってのに」

 拒絶される側にしてみればやりきれない。とぼとぼと街を歩く天一刀に声をかけてきたのは黄忠(真名・紫苑)と厳顔だった。

「おお、天将軍ではないか。いつぞや恋たちを救った手腕は中々であったぞ」

「よしてくれよ、あれは蜀軍のみんなの連携がしっかりしていたからさ。それに最後はむしろ恋に助けられちゃったし」

「困ったわね、桔梗。初陣であれだけ見事な武功を立てて謙遜されては、私たちの立場がなくなってしまうわ」

 基本的に天一刀は野心家ではない。ちょっと自分の趣味に正直なところはあるが、あまりに出世欲などを持ち合わせていないせいで曹操たちからは呆れられるばかりだ。出世欲とはひいては向上心から生まれるもの。のし上がろうとする人間は総じて自身を高めようとする。つまり自発的な発展性の有無がここに見て取れるわけだ。

 そういう意味で、天一刀は限界を越えようとしない男だった。今はもう、違うが。

「その天将軍の顔色が優れぬようだが、何か困り事か?」

「カズトでいいって。天将軍なんて気恥ずかしくってかなわない」

 頬を掻きつつ天一刀は先ほどの孫権との一件を話して聞かせた。確かに黄蓋を巡る魏と呉の折り合いは必ずしも良いものではない、というのは蜀の将たちも聞き知っている。自分達も少なからず、そういった問題は抱えているので他人事ではないのだ。

 しかし、厳顔は何やら得心した様子で頷いた。

「蓮華殿は負い目を感じておられるのだろう」

「お、負い目?」

「うむ。先の五胡掃滅戦で一番の武功をあげたお主は、同時にあわや死ぬかどうかの瀬戸際というほどの傷を負っただろう。もし呉の増援が間に合っていればそんな無茶などせずに済んだやも知れぬ、と考えておるのではないか?」

 理屈は分からなくもない。初対面の天一刀が傍から見ても堅物で真面目そうな孫権だ、参戦が遅れたことに対する責任を感じていることは十分に考えられた。

「でも、その孫権に同行を断られたんだがなぁ……」

「それはまだ蓮華さんが貴方をよく知らないから。あの子は自分の眼で見たものしか信じず、他人の評価に流されないようにしているもの。私たちも最初は同じだったから」

 苦笑する黄忠。孫策の後継者として次代の王足らんと必死に走り続ける彼女の姿は、三国同盟が結成されてからも変わってはいない。平和を勝ち得たからこそ、王の役割は更に重いものとなったのだから。

「……だったら尚の事、同行するしかないな」

「あら、なんで?」

「眼に見えるところにいなきゃ、認めさせようもないじゃないか」

 

 

 

 

 劉備から借り受けた客室で、孫権は自身の言動を後悔していた。天一刀に対して辛辣に当たってしまったことは決して彼女の望んでいたことではないからだ。

 確かに彼とは今回が初対面であり、前回の戦いで武功を立てた勇将であることは聞き及んでいる。祝勝会での立ち振る舞いも自分の力をひけらかすようなことをせず、全体の調和を重んじたものだった。自分が認めるかは別に、少なくとも大した将であることは客観的な事実として受け入れていた。

 しかし、彼を拒絶した孫権には魏という国に対する反発が心底にあった。掲げた理想の為に大陸全土を取り込み、そのために黄蓋を犠牲にしながら最後には三国同盟の宣言である。これでは黄蓋の死はいったい何のためだったのか……魏は平和と引き換えに苦い記憶を忘れ去ろうとしているのではないか。

 必死の覚悟で戦ってきた孫権にはそれが許せなかった。

「失礼するわ」

 戸を叩き、入室してきたのは魏の軍師である荀ケだった。彼女も明日には報告のため本国へ帰還する予定だという。

「甘寧殿から、うちの馬鹿が騒いでたって聞いたのだけれど」

「その件は……済んだことで、私に非があっただけだ。現状を鑑みれば、随伴する戦力は多いに越したことはない」

 将として状況を判断すれば、彼らの厚意を受けるべきだ。呉の将兵とて錬度では他国に後れを取るつもりはないが、鬼という強大な敵を前に天一刀の力は大きな支えとなるだろう。

「…………一つだけ、伝えておくわ」

 しばらくの沈黙を挟み、苦々しい様子で荀ケは口を開いた。

「かつての天の御遣いと呼ばれたホンゴウカズト――――――つまり天一刀がいなければ華琳様は三国同盟など考えもしなかった」

「え?」

「アイツには、人の生き方をより良い方向へ変えてしまう力があるのよ」

 それが荀文若の結論。ホンゴウカズトという存在に触れ、曹操は覇王でありながら人としての暖かさを、仲間以上に大切なものを失う恐怖や痛みを知った。だからこそ、三国同盟は生まれたのだ。この大陸から、これ以上誰かの大切なものを奪ってしまわないために。

 だからこそ認められない。荀ケにとって天一刀とは決して相容れぬ、そして手の届かぬファクターだった。

「ま、実際はただの種馬なんでしょうけどね」

「……折角のいい話が台無しよ、桂花」

「私は華琳様の名誉を傷つけないように、軍師として弁護に来ただけ。個人的にはやりたくないもの、アイツの肩なんて持つぐらいなら斬りおとして河に流してやる」

 そう吐き捨てて荀ケは出て行った。片手に小刀を握っていたが、それはきっと冗談だろう。

 

 

 

 

 その夜、明日の出立を控えた天一刀と三羽烏の前に(メイド服姿の)呂布が現れた。その隣では陳宮が鼻血の大量出血で早くも死に掛けている。

「おお、もう完成したのか! さすが蜀の職人さんだね!」

 服がボロボロになってしまった呂布の為に、天一刀が直々に型紙を作って機織り職人さんの集まる市場へ持っていったところ、伝説の北郷書の著者ということで熱烈な歓迎を受けてしまった。「御神輿ワッショイ!」というテンションで話は進み、あちこちに改修を受けて呂布専用メイド服は完成したのだった。

 全体は黒の布地を基本に体にフィットするよう造られ、上着は極端に豪奢な造りは廃して呂布の以前の服と同じ様に中心線から白黒の左右対称を実現。スカートの丈は短めに揃え、代わりにスパッツを着用することで、メイド服の低下しがちな運動性能を大きく引き上げた。ニーソックスは勿論健在で、新調されたブーツとマッチングするよう意匠を変えてある。

 頭には特に飾り物は付属しないが、南蛮口伝の工法による『NekoMimi』がオプションとして用意されている。メイド服自体、戦闘を前提に改良を加えたため原形を留めていない感はあるが、呂布が可愛いからOK。

「俺の眼に狂いは無かった」

「隊長……我らの戦斗服はいつですか?」

「せんっ――――――いや、いいけどさ。ちゃんと秋蘭に頼んで手配してもらってるよ」

 いつの間に手配したのか、天一刀!?

 ともかく、これでは話が進まないので呂布に喋ってもらう。

「…………恋も、行く」

「呉にかいな。まあ手伝ってくれるんなら、ありがたいけど」

 大将が何を言うか、と渋る李典に呂布は悲しそうな目をした。

「………………迷惑?」

「い、いや! 迷惑ではないぞ! 隊長の為に尽くす、と言う意味で我等は同志だからな!」

 勢いでつい「浮気公認」発言をしてしまった楽進を、李典と于禁が羽交い絞めにするがもう遅い。すでに呂布のやる気はマックスだ!

「ならばねねも同行してやるのです。ありがたく思いやがれ、この変態種馬め」

「俺の意志は関係ないのか? いや、つーか変態種馬とか言うなよ」

 もちろん天一刀の意志など尊重されるわけもなく、陳宮と呂布によって夕餉の準備が進められていく。その頃、厨房で失神している董卓が発見されたとかされなかったとか……きっと呂布が夕食の準備をしているところに鉢合わせてしまったんだろう。

「ところで、恋。今夜は何を食べるんだい?」

「………………イノシシも、美味しい」

 やったぜ! 現代日本では中々お目にかかれない牡丹鍋だ!

 基本的に呂布の料理は「山で狩ってきた獲物+山で採ってきた山菜=鍋料理」という方程式に基づいている。栄養バランスもバッチリな夕食に天一刀だけではなく三羽烏もおもわず喉が鳴ってしまう。

「恋、この唐辛子を入れてくれ。ビタビタに」

「ちょ、凪……鍋でそれはアカン」

「そうだよ凪ちゃん、胃の貧弱な隊長が死んじゃうのー」

 別に胃薬は必要ない天一刀だが、どうやら三羽烏はさっそく彼の浮気性に釘を刺しに来たようだ。泣きながら牡丹鍋をがっつく天一刀の背中は哀れだったが、生憎この場に彼へ同情する人間は居なかった。

 全員、肉の取り合いに奔走していたのだから……

 

 

 

 

 明くる朝、正門前で孫権たちと合流した天一刀と楽進、李典、于禁(あくまで勝手に)。そして天一刀のお手伝いさんとしてやっぱり付いて来た呂布と陳宮はその人数の少なさに驚いた(呂布だけは無表情だが)。

 孫権とて何万という兵を蜀に駐留させる理由も余裕も無い。五胡との戦いが終わった時点で近衛の隊を除いた兵員は一日の休みを置いてすぐに呉へ帰還していった。従って現在孫権を守るのは周泰と甘寧、黄蓋と近衛兵二十名のみ。これに天一刀らが加わり、公孫賛とその騎兵隊三十名が国境まで護衛する。

「よろしく、白蓮」

「ああ。こっちこそ頼ることになるかもしれないがな」

 呉の面子と経路を確認して移動を開始する一行だったが、その進軍は前途多難だった。

「…………おなか、すいた」

 天一刀の背後から聞こえてくるやや控えめな要求と盛大な腹の虫の大合唱。

「はっはっは。カズトよ、苦労しておるな。こういう時はメンマなど如何かな?」

「子龍!? お前、なんで私の騎兵隊に紛れて!?」

「たんぽぽもいるぞー!」

「蒲公英まで!?」

 いつの間にか三十二名に増えていた騎兵隊から現れた趙雲と馬岱。

「おーい! 俺も行くぜぇぇぇぇぇぇっ!」

 物凄い勢いで追いついてきた華佗をも隊列に加え、もはや遠足に向かう小学生の集団の様相を呈していた。頭を抱える天一刀だがこの状況を覆す秘策など浮かぶはずも無く……

「隊長、干し肉食べますか?」

「おう……」

 楽進から貰った干し肉を齧りながら、一日目の行軍は終わった。

 

 

 

 二日目以降の行軍は順調に進んだ。嫌がる趙雲と馬岱を城へ追い返し、呂布に非常に硬い干し肉を咬ませることで空腹を紛らわせ、何の問題も無く蜀と呉の国境付近まで辿り着くことができた。

 日が沈む頃、街道沿いにあった湖で野営をし、十分な休息を得ることで合意した一行は天幕を張って各々に寝入る。その中で唯一、天一刀だけが外に吊るされていた。防犯対策だと于禁は言っていたが、あからさまな嫌がらせである。

「おいおい……大丈夫かよ」

 諦めて寝ようとしていた天一刀の前に現れたのは公孫賛だった。普通の剣で普通に縄を切断し、天一刀を戒めから開放する。

「普通って言うな!」

「お、俺は言ってない!」

 取り乱す公孫賛にガクガクと頭を揺さぶられ、天一刀はもうボロボロだ。

「いってててて……」

「ああ、スマン。つい」

 つい、で並以上の実力を持つ武将に体を揺さぶられてはたまらない。まだふらつく視界で何とか立ち上がり、天一刀は下に置かれていた双戦斧を腰の留め具に通した。

「その斧か、噂の『天撃の斧』っていうのは」

「『天撃の斧』? なんだそりゃ」

「民衆の間で流行っているのさ。天の御遣いが携える武具に破邪の力ありってね。実際、私たちも鬼への切り札があるとすれば――――――」

 その時、野営地を囲む森が大きくざわめいた。風が吹いただけでは感じられない、異様な気配がそこらじゅうから天一刀と公孫賛に伝わってくる。

 眼を凝らせば彼らを包囲するように現れた鬼はおよそ十体。通りすがり、というよりは明らかにこちらを狙ってきている様子だ。異形の接近に気付かぬ武将たちではない。楽進や孫権たちもすぐさま武装して天幕から飛び出してくる。他の兵士たちも機敏な動きで武器を構えて陣を構えつつある。

「これは結構きついな……どうする、抱翼?」

 隣を見やる公孫賛が問うと、天一刀は不敵な笑みを浮かべた。

「白蓮は何とか退路を確保して、孫権たちを守ってくれ」

「お前はどうするんだ?」

 双戦斧を構える指に力が篭もる。天一刀は答える前に駆け出した。異形の敵を前にしても彼に怯えた様子は無い。

 何故なら彼の行く所には―――――――

「決まってる……行くぞ凪! 真桜! 沙和!」

「了解!」

「合点承知!」

「あいあいさ〜!」

 北の三羽烏が常に付き従うからだ……!

 

 

 

 甘寧たちに連れられ戦場と化した野営地から後退させられる孫権は頑なにそれを拒んだ。街道から湖の方を見れば鬼達をひきつけるように闘う天一刀と楽進たち北郷隊の三人の姿がある。

「放せ思春! 彼らを見捨てておけるものか!

「ですが、今の我等にあれと渡り合う術はありません。後退する以外ないのです」

 答える甘寧も苦虫を噛み潰したかのような渋面である。猛将と名高い甘興覇とてこれは屈辱的な撤退なのだ。敵を前に引き下がらねばならない、この無力さは何より耐え難い。

「蓮華様、思春様。私に行かせてください。ここで応援の一人も送らなければ呉の名誉に傷が残ります」

「明命、お前……」

 逡巡する甘寧を押し退け、孫権が言う。

「分かった。ただし――――――必ず生きて戻るのよ?」

「はいっ!」

 来た道をすぐさま引き返す周泰の背中を、二人は黙って見送る。恐らくもう戻れまい、という直感を胸に抱きながら……

 

 

 

 

「くそっ……傷がすぐに塞がってしまう!」

 鬼の半身を氣弾で吹き飛ばし、楽進が悪態をつく。鬼も一、二体は倒せたようだが、それも全員で一匹を足止めし楽進の氣弾で上半身を跡形も無く破壊してようやく、である。このままではこちらの消耗だけが増え続け、いずれは押し切られてしまう。

「隊長! なんとかならへんのかい!」

「天の国にも鬼はいないって!」

 天一刀の知る限り、こんな化け物は現代社会に存在しなかったはずだ。まさか三国志の世界で鉢合わせるとは思っても見なかったが……まさか、これが瓜大王の言っていた『真の敵』だというのか?

 しかし今は詮索の時ではない、と天一刀は頭を振った。

「ん?」

「ど〜したの、たいちょ〜」

 ふと、鬼の死骸を見て天一刀は気付いた。倒れた鬼と生きている鬼の相違点、そこにこいつらの弱点が隠されているはすだ。

「…………よし、凪! 今から言うとおりに狙いを絞って攻撃してくれ!」

「隊長!? 何か分かったのですか!」

「説明は後! まずは鬼の心臓を狙うんだ!」

 半信半疑のまま、楽進は鬼の左胸に氣弾を叩き込んだ。案の定、鬼は平気な顔でなおも襲い掛かってくる。

「次は頭だ!」

「でぇいっ!」

 氣を籠められた凪の回し蹴りが迫り来る鬼の頭部を正確に捉え、まるで豆腐を握りつぶしたかのように破砕する。すると不思議なことに、鬼の全身から力が抜けてその場に崩れ落ちたではないか。

「こ、これは!」

「凪が鬼の上半身を吹き飛ばせば倒せる、ってことは上半身のどこかに急所があるはずだろ? だから急所っぽい部分に狙いを絞ってもらったんだ」

「なるほど……いくら鬼でも頭を失えば再生は出来ない、か」

 頭だけを狙うなら普通の兵士でも数を揃えれば何とかなるだろう。何としても生き延びて、この情報を伝えなければ。

「お待たせしたのです! 行きますぞ、恋殿!」

「………………まだ、眠い。けど、皆が危ない」

 竹箒で武装した呂布と、無防備な陳宮が天幕から出てきた。まだ寝ていた呂布を起こすのに手間取り、退避が遅れてしまったのだろう。気付いた鬼の一体が呂布へ迫る。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 気合一閃。周泰の剣撃が鬼の爪を弾き返した。続けて振り切った刃に体の捻りを加えて打ち下ろし、鬼の顔面を真っ二つに両断する。

「周泰! こいつらの弱点は頭だ! 頭を破壊すれば再生できない!」

「抱翼殿!?……はいっ!」

 打ち込んだ剣をそのまま捻り、周泰は鬼の脳髄を完膚なきまでに破壊し尽くす。四肢から力が抜け、鬼の体は屍と化した。

「周泰は恋たちを連れて孫権と合流してくれ。俺たちも――――――!?」

 弱点さえ分かれば鬼など、百戦錬磨の将である楽進たちはたちまち打ち倒してしまえる。すでに十体の内の七体を撃破して、あとは孫権たちと合流しつつ残敵を殲滅する状態だった。

 そんな時、天一刀の顔が恐怖に引き攣った。取り逃がした鬼の一体が孫権たちへ襲い掛かっていたのだ。彼女達の後方からは別の鬼が迫っている。護衛の兵たちは鬼の怪力に吹き飛ばされ、背後からの攻撃に応戦していた甘寧は孫権の守りに回れない。公孫賛も三体目の鬼に対応しているため、孫権は一人で鬼と対峙していた。

「でぇぇぇぇぇいっ!」

 孫権が果敢に斬りかかるも、硬質の筋肉が鎧となって鬼に対して大して傷を負わせることも出来ない。逆に彼女は捕らえられてしまい、その華奢な体を凶悪な爪で掴まれギリギリと締め上げられる。

 まずい、と思うより早く天一刀は手に握る双戦斧を高々と振り上げた。一呼吸で氣を練り上げ、柄から斧全体へ伝播させる。

「トマホゥゥゥゥゥック……ブゥゥゥゥメランッ!」

 投擲。質量と高速回転によって生み出される加速力と破壊力を以って、双戦斧が飛翔する。孫権を捕らえる鬼の頭を寸分違わず刎ね飛ばし、切り株のような首の切断面から赤黒い体液が噴出して大地へ降り注いだ。

 なおも飛翔する双戦斧は大きな弧を描いて再び主の手元へ戻る。掴み取った天一刀は動かなくなった鬼の死骸を蹴り倒し、窒息寸前で解放されて咳き込む孫権へ駆け寄った。

「無事か!?」

「げほっ、げほっ……え、ええ。なんとか」

 孫権を立ち上がらせるが、状況は芳しくない。

 鬼はまだ二体いる。甘寧も公孫賛も善戦してはいるが鬼に振り回されるばかりで倒すには至っていない。ふと眼を落とせば、天一刀の手の中で双戦斧が再び雷光を纏い始めていた。

「これは……恋の時と同じ?」

 双戦斧の雷光が、天一刀を追いかけてきた李典を指し示す。どうやら彼女に斧を持たせろ、と告げているらしい。確かに李典の得物である螺旋槍は鬼の攻撃を防ぎ続けて、殆ど使い物にならない状態のようだが……『氣によって形を変えた』という、黄蓋の言っていた言葉が去来する。

「真桜! こいつを使え!」

「ちょ、隊長!? それ、隊長のやないか!」

「いいから持って、氣を籠めてみろ!」

 投げられた双戦斧を受け取り、半信半疑で李典が掴んだ手に氣を籠めると、斧は瞬く間にその形を巨大な螺旋槍へ変えた。それも李典の使っていたものよりも一回りも大きく、さらに戦闘的な姿となったのだ。

「…………旋風螺旋槍?」

 ぽつり、と呂布が呟く。疑問形なのはご愛嬌だ。

「な、なんでもええわ! まとめてブッ飛ばしたるでぇ!」

 旋風螺旋槍の長大な穂先が回転を始める。幾重もの刃板を重ね合わせたそれは大気を切り裂き、かき混ぜ、竜巻を創り上げていく。

「大・旋・風! 螺旋撃ぃぃぃぃっ!」

 暴風を纏って繰り出される刺突は的確に鬼だけを捉え、穿ち、粉砕した。肉と骨を巻き込み、破砕音を響かせながらついにその巨体全てを食い尽くしたのである。これには技を放った李典も唖然とするばかりで、あまりに圧倒的な光景を目の当たりにしたからか、最後の鬼は一目散に逃げ出した。

「まずい!」

 駆け出す楽進と于禁。これ以上仲間を呼ばれてはこちらも本当に太刀打ちできなくなってしまう。だが街道から森林地帯へ飛び込もうと跳躍の予備動作にはいる鬼へ、二人はまだ追いつけない。

「グギャアアアアアアアアアッ!?」

 だが、鬼は跳躍することなく断末魔を上げて絶命した。巨大な戦斧で頭部を両断され、全身を痙攣させている。

「やれやれ、騒がしいな……」

 茂みから現れたその人物を、目撃した陳宮は思わず叫んでいた。

「華雄!?」

 かつて董卓軍の武将として反董卓連合と戦い、戦死したといわれていた華雄将軍その人であった。事も無げに鬼を倒した彼女の後ろから、ひょっこりと顔を出す三人の少女を見て、今度は天一刀が叫んだ。

「天和! 地和! 人和! 何でこんなところに……って、まさか興行中か!?」

「あー! カズト、カズトだよ〜!」

「やっぱり生きてたのね!? どこほっつき歩いてたのよ!」

「…………話題の天将軍は、貴方のことだったの?」

 現れたのはかつて黄巾の乱を巻き起こした張三姉妹。しかし、何故彼女達と華雄が一緒に現れたのか……別段面識があったわけでもないはずだが。

「用心棒だ」

 素っ気無く答える華雄。何故だろう、あれだけ暴れん坊将軍だった華雄が今はとても頼もしく見えてしまうのは――――――

 

 かくして一行は鬼の襲撃という難を逃れ、無事国境を越えることに成功したのだった。

 

 

 

 


あとがき

 

ゆきっぷう「真(チェンジ!)恋姫†無双 ―孟徳秘龍伝― 巻の四・呪鬼天をお読みいただきありがとうございました。ついに物語が大きく動き出しましたよ、華琳様!」

 

曹操「そうね。にも拘らず私の出番が少ないのはどういう了見かしら」

 

ゆきっぷう「今は耐え忍ぶ時でございます。真打は後から遅れて悠々と登場するものです」

 

曹操「ふん。カズトの後宮が徐々に築かれている件も忘れていないでしょうね」

 

ゆきっぷう「ふっふっふ……甘い汁を吸えるのも今の内。時が満ちれば……げひゃひゃひゃひゃあっ!」

 

曹操「お、鬼になった!?」

 

ゆきっぷう「――――――まあ、冗談はさておき、問題は鬼についてだよね? 『なんでいきなり鬼が?』と思われた読者の方、抱翼旅記・壱を読んでみて下さい。特に最後のあたりとか」

 

曹操「ちゃんと関連してたのね、それ」

 

ゆきっぷう「まさか、よりにもよってあのエピソードが本編と関係していたとは誰も思うまい!」

 

曹操「ということは、敵の大将は鬼なのかしら」

 

ゆきっぷう「鬼だったら俺も苦労しないんだけどねー」

 

曹操「?」

 

ゆきっぷう「では皆様、また次回のチェン恋でお会いしましょう。チェンジ、ゲッタァァァァァッ!」

 

真・華蝶仮面「ちんきゅー・はいきっく!」

 

ゆきっぷう「あぐろばあぁぁぁぁあっ!?」

 

 

 

 

人物紹介

 

厳顔(真名・桔梗)

 蜀の武将で、もとは益州の軍人。内乱の続く益州を統一しようとする劉備たちに賛同し、参戦。蜀軍の中でも古参の将で、他の若い面々を後ろから手助けする頼もしい人物。ただかなり喧嘩好きな性格で酒豪。未来の趙雲を見ているような錯覚に陥るプレイヤーも少なくない(え? ゆきっぷうだけ?)。

 愛用の謎の武器『轟天抱』(たぶん、モ○ハンのヘヴィボウガンみたいなやつ)で敵兵を蜂の巣にする。戦闘においては張飛と互角に渡り合える器量の持ち主。

 蜀ルートでは黄忠と共に熟女系エロスを担当。逆にそれ以外役どころの無かった悲運の将である。

陳宮「いつも酒臭いのです」

甘寧「祭殿にそっくりだ」

荀ケ「実力は確かなのだけれど……」

 

 

黄忠(真名・紫苑)

 蜀の武将で、もとは益州の軍人。部隊を率いて城の一つを守っていたが、内乱の続く益州を統一しようとする劉備の理想に心を打たれ参戦する。民を重んじる仁の将で、劉備を受け入れた最大の理由は民衆が彼女を迎え入れようとしたからである。

 弓の名手で、一度に二本の矢を射ることが出来る。あと、飲兵衛。

 魏ルートでは史実どおり定軍山で夏侯淵を罠にかけようとして、ホンゴウカズトの予言によって乱入してきた曹操軍本隊に邪魔されて失敗している。戦闘面ではわりとえげつない作戦を取るようだ。

 蜀ルートでは厳顔と共に熟女系(以下略)。娘の璃々が攻略対象でなかったのがせめてもの救いである(作中に、親子丼をカズトに勧める一幕はあった)。ある意味ホンゴウカズトよりも危険な人物。

陳宮「こいつも酒臭い上に、腹黒いのです」

甘寧「腹黒くなければあの乱世を生き抜けんだろう」

荀ケ「智将とは得てして腹黒いものよ?」

 

 

用語解説

 

旋風螺旋槍

 双戦斧が李典の氣を受けて変形した大型の螺旋槍。通常のドリルに加え、相手への殺傷効果を高めるためのスパイクが増設されている他、先端部のブレードが逆回転する構造になっており、より効率的に対象を破壊できる。

 必殺技はフル回転させた旋風螺旋槍で相手を破砕する『大旋風螺旋撃(ドリル・ハリケーン)』のほか、『雷神螺旋・大竜巻(プラズマ・ドリル・ハリケーン)』などがある。また、旋風螺旋槍装備時の李典は真音速移動(真・マッハスペシャル)によって残像を発生させることが出来る。




物語が大きく動き出したな。
美姫 「そうね。鬼が登場して事態は緊迫した感じに」
遂に恋のメイド服が完成! 前回の抱翼2で図案がある程度できていたとあったから、後数話でお披露目だと思っていたが。
こうも早くお披露目とは――ぶべらっ!
美姫 「そっちじゃないでしょうが! 人外の存在が出てきたのよ」
わ、分かってるよ。まあ、前に龍が出ているし、人外で驚かなくても。
ぶべらっ! そ、そうだよね、はっきりとした敵対行動は今回が初かな。
美姫 「ったく。呉へと向かう事になった一刀の前に現れて……」
弱点が判明したのは良かったな。しかし、最後に華雄が出てきたのには驚いた。
美姫 「それも天和たち姉妹と一緒にね」
久しぶりの再会だな。呉へ行くのなら孫権の出番も増えるだろうし。それが楽しみ。
美姫 「うーん、以降、一刀と絡む事があるかどうかね」
華雄の真名が出てくるのかという事と合わせて、次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」



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