『Fate/Triangle night』




Capt:1 開始

 それは巨大な熱の塊であった。
 地面の底を蹂躙しながら、ゆっくりと移動している。
 どこかにある、再びの自らを生み出させるための器となり得る場所を探しながら、それは満月の夜に動いていく。
 
 どれくらいたったのだろうか?
 それをついに見つける事に成功した。
 自らを産み落としてくれる人間を。産み落としてくれる場所を。
 世界中の人々、全ての意思が自分に望んだような、『この世の全ての悪』そのものになれる場所を――。

「はぁはぁ……くぅ!」
 じくじくと迫りくるものがある。
 彼女は膿んだ傷口を強引に抉じ開けられている感覚に、酷く魘されていた。 
 体を包んでいる布団を、指先が真っ白になるくらいに握り締め、それでも瞼は強く閉じられたままだ。
「はぁぁ!」
 一際高い呻き声が室内に響いた。
 それでもまだ彼女は目を覚まさない。
 横になっている背中から這い上がる感触に、夢の中で必死に抗いながらも瞼は開かない。
 ――どれだけ時間が過ぎたのだろうか。
 ようやく彼女は安息を手に入れ、穏やかな寝息を立て始めた。
 だが彼女はまだ知らない。
 己の背中に刻まれた刻印の意味を。
 そして愛用の机の上で、唯只管じっと見つめている双眸の光の意味を。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

――AM4:30

 その日、早朝のトレーニングに出ていた高町恭也と美由希は、重苦しい雲に覆われた空を森の中から見上げていた。
「うわぁ……。一雨きそうな感じだね」
「そうだな。だが御神流にはどんな状況下でも弱きを助けて勝ち続けなければならない。雨が降ろうとやることは同じだ」
「それはそうなんだけど、やっぱり気分的には滅入っちゃうようね」
 兄から見ても、確かに雨に打たれる紫陽花より、野に咲く蒲公英を想像させる妹の言葉に心の中で頷きながら、普段通りに小太刀を抜き放った。
 習うように同じく一刀抜き放つ美由希に一度視線を交えると、二人は御神流二刀小太刀剣術の修行へと突入した。
 血の繋がらない兄妹はまだ日の差し込まない森の木々を盾に、または自分の勝利のために有利に運ぶために利用しながら、足場の悪い山道をかける。
 恭也の前に二本が絡み合った形の木が一瞬美由希の姿を隠す。
 そして視界が開けた時には予測していたというべきか、美由希の姿はなかった。
 立ち止まりぐるりと視界の悪い森の中を一瞥する。
 と、そこに頭上から飛針が数本、各針の間を数センチ間隔で飛来した。
 一息でそれを一閃して続く追撃に備えようとして……恭也はふと感じる美由希の気配が普通とは違う事に気付いた。
「美由希?」
「アタタタタタ……。ご、ごめん。急に肩が痛くなっちゃって……」
 問い掛けに数メートル先の木の影から、偽物ではない声が聞こえてきた。
 少し早足で覗き込むと、小太刀を木に立てかけて左肩を抑えている義妹の姿があった。
「大丈夫か?」
「うん。飛針を投げたらいきなりつったみたいになっちゃって。でも、うん。もう大丈夫」
 若干引きつるような感覚はあるものの、肩を回して見せてから立ち上がった。
 それを心配そうに眺めてから、恭也は口を開いた。
「いや、そういう事であれば今日は柔軟を中心にして、夕方も休息日に当てる」
「え? でも大丈夫だよ?」
「痛みは体が発している危険を知らせるサインだ。そういう時は無理はいけない」
 半分を美由希に、半分を自分自身の膝に向けた言葉に、躊躇いがちながら不承不承義妹は頷きを返した。


――AM6:20

「はぁ〜。ようやくついったぁ」
 爽やかとは言えぬ重い雨雲に包まれた成田空港のロビーの真ん中で、椎名ゆうひは思いきり背伸びをした。
 丸九時間の時差を看破する為に飛行した飛行機の狭いシートの上で固まった関節を解きほぐしつつ、着ている服と同じ真っ白なベルトの腕時計に視線を落とした。
「ん〜……今から行ったら丁度八時くらいか。ん〜どないしよ? みなみちゃんはいないけどさとみさんという同レベルの人がおるし、耕介君の朝御飯は明日までお預けかなぁ?」
 朝市で購入した新鮮食材を丁寧に調理した第二の故郷となっている大学時代の寮・さざなみ寮の管理人、槙原耕介の作る朝食を思い浮かべる。
 途端、くぅと可愛らしい音色をお腹が奏でた。
「ありゃ。なんや持ちそうもなさそうやねぇ。仕方ない。久々にマクドのポテトでも食べにいこ〜」
 何気にロンドンと味が違うんや〜。と似非グルメ的な事を呟きながら、ターミナルビル地下にある店に入っていく。
「いらっしゃいませ」
「ホットケーキセットに冷たい紅茶お願いや」
「かしこまりました」
 元々決まっていたメニューを即座に口にして、朝早くから出勤している女子店員が金額を打ち込んでいるのを、財布片手に待つ。
 少しして合計金額が表示されたので、財布から日本円を取り出そうとした瞬間。
「いた!」
 突然→腕に激痛が走った。
 それに耐え切れず、摘んだ硬貨が床に散乱する。
「お、お客様!」
「あ、だいじじょーぶです。ちょう痛みが走っただけで、もうへーきですから」
 別に嘘ではない。
 一瞬だけ激痛に似た痛みが走ってから、すぐに感覚は普通へと戻っていた。
 ぷらぷらと右腕を振って見せて、店員の表情が安堵したのを確認してから、再度ゆうひは拾ったお金を手渡した。


――AM7:00

 高町家の朝は必ず二人の喧嘩から始まる。
「くぉぉぉぉら! オサル! 勝手に手出すなと何遍言ったらわかるんや!」
「うるさい! 亀! サラダはオレが作るって言ったじゃねーか!」
 居候その一・鳳蓮飛とその二・城嶋晶が額をごりごりぶつけながら超至近距離で火花を散らしあっているのを、食卓についた家長高町桃子が楽しげに眺めていた。
 もちろん、そのまま放置されるという訳はなく、合間に元気な怒声が木霊す事になる。
「も〜! 二人ともやめなさ〜い!」
 途端にぴたりと止まる二人組。
「いや、でもなのちゃん。この亀、動き遅いのにサラダまで作るって抜かすから……」
「何いうてんのや。当番はウチなんやから当然の意見やろ?」
「だったらもっときびきび動きやがれ。んな鈍足だと他の料理が冷めちまう」
「身分を弁え。オサルがサラダなんて作ったら栄養偏りまくりのバナナサラダしか作らないやんか」
「…………」
「…………」
 無言で互いの空手と拳法の構えを取りつつある二人と、再び雷は降臨した。
「いいかげんにしなさぁぁぁぁい! 何で毎回喧嘩ばっかりするんですかー!」
 鬼の金棒よりのなのはの一喝。
 高町家次女・高町なのはにより、朝食前の険呑は瞬く間に収拾された。
 続けて始まる説教タイムをにこにこと楽しげに眺めている高町母の横を通って、ようやく朝の準備を整えた恭也と美由希が席についた。
「なのは、そこまでにしておけ。これ以上伸びると学校に遅刻するぞ」
 大好きな兄の言葉に、お兄ちゃんは甘いよ〜。と、文句を口にするが確かに時計の針がそろそろ十五分を指そうとしている。これ以上はスクールバスも行ってしまうだろう。
 仕方なく大きな溜息をつくと、いつしか正座している二人に、もうしないようにと効果の薄い締め台詞を残して、自分も席に座った。
 それでようやく開放された蓮飛と晶は互いに一瞬だけ視線を交えると、次の瞬間脱兎の如く勢いで、まるでテレパシーを使っている双子のようなコンビネーションで配膳し始めた。
 つい数分前までの喧嘩状態からどこをどうしたらこんな連携が取れるのかと、相変わらずなのはは呆れた溜息をついた。
「ほい。ご飯御終い。味噌汁どうだ?」
「ああ、今やっとる……アチ!」
「レン?」
「すまんすまん。ち〜っと味噌汁を手にこぼしてもうたわ」
「大丈夫か?」
「無問題。さ、はよせんとみんなお腹すかせてるで〜」
「……そうだな。じゃサラダ置いて来る」
 普段とかわらぬ対応と、変わらぬ動きに心配そうに眉を寄せながら、晶は食事の準備を続ける事にした。
 二人とも気づかない左掌に浮かび上がった痣だけが、不気味に存在を誇張していた。


――AM11:15

「今日のお昼は何にしようかね〜」
 山の上にあるさざなみ女子寮。
 山ほどある洗濯物を二階の物干し竿と庭にある物干し竿の二箇所に干し終えた槙原耕介は、空になった洗濯籠を片手に持って真上に到達する寸前の太陽を手傘の影から見上げた。
 およそ先に延ばせない洗濯量に、どうしようかと腕組みしている側から空は気紛れに気分の良い青空を見せ始めた。これ好機! とばかりに即座に洗濯機をフル稼働させたのだが、こんなぽかぽか陽気では春先とはいえ夕方までに確実に乾くだろう。
 そよ風が吹き込むたびに気持ち良さ気にたなびく洗濯物を少し間眺めて、ふとベランダからリビングの時計をみたところ、口をついたのが冒頭の台詞であった。
 今日は学生達もいなくて、社会人組どころかいつも漫画を描いている仁村真雪すら出版社に用事があると東京にでかけている。
 久しぶりの一人を満喫するべく、食事は外でとろうかと思案を始める。
 最近は買い物以外に町に降りる事が少なくなっているので、久しぶりにバイクのショップにいくのもいい。何か買ってしまったら寮生の一人・陣内美緒がまた口を尖らせるだろうが、最近は出費も少なく少しはへそくりもある。
 思い立ったが吉日と、頭の中でなぞったスケジュールを完遂すべく、差し当たり準備のために寮の中に戻ろうとして、ぴくりと右手を持ち上げた。
「痛てて……」
 急に引きつったような痛みが掌に走り、顔を顰めてしまった。
 見ると右手の甲に痣のようなものが走っていた。
「どっかで摺ったかな?」
 そう一人ごちて、耕介は気にせず寮へと戻ったいった。


――PM2:00

 ようやく落ち着きを見せた店内に、ウェイトレスの野々村小鳥は大きく肩を上下させて一息つく事にした。
 幼馴染で婚約者の相川真一郎が海鳴で店を構えて早半年。
 一応商売敵になる翠屋での修行が巧を奏して、何とか黒字経営を維持している。
「真くん、そろそろお昼にしない? 二時過ぎたし〜」
 店内は修行先の翠屋に似ていて入り口すぐ左側にキャッシャーとお土産用ケーキブース。連なってカウンター席が五つと、壁際に四人がけボックス席三つに二人がけが二つ。そして店内中心にバイキング用のフルーツパーラーが備え付けられている。フルーツパーラーのフルーツは二時間に一度入れ替えを行い、戻したものはフルーツケーキや味見をしてもらい、了承を得られれば古めのフルーツでスイーツを作成したりと活躍させる。もちろん、この場合は値段から五十円引きだ。
 今も古いフルーツを持って、ドライフルーツ作成に厨房に入ったばかりなので、小鳥は昼食の確認を行ったのだが……。
「真くん?」
 返事はない。
 元々客席にスペースをとっている作りなので、火や水を使用していても小鳥の声が聞こえる筈だ。パティシエも一人のためトイレに行く時等は必ず声かけを基本としている。
 不信に思い、小鳥が厨房を覗き込み、そのまま悲鳴を上げた。
「真くん!」
 そこには厨房の中で倒れている最愛の人の姿があった。
 右掌に見た事もない痣を浮かべて……。


――PM8:26

「……って事で、ちょっと捕物を手伝ってほしいんだ」
「はぁ。それは構いませんが、範囲が広いですね」
「ああ、だから美由希にも、ね」
 夕方になり大学から帰宅した恭也の携帯にタイミングよく電話してきたのは、警察関係の仕事をしているリスティ=槙原だった。
 どうやら深夜に出没している通り魔の逮捕に協力をしてほしいという内容なのだが、如何せん相手が剣術を習っているのか、一般警官では役に立たないらしい。そこで御神流二人に協力要請と相成った。
「わかりました。美由希にはいい経験になるでしょうし、連れて行きます」
「ありがとう。それじゃ八時に駅前に来てくれ。迎えにいくよ」
 そう言われたのが今から約二時間半前なのだが、未だに依頼主は姿を見せず電話にすら出ない状態にとなっていた。
 恭也と美由希は何かあったのでは? と思い、元々捕り物用に指定されていた月守台へと自らの足で向かう事にした。
 通るのは普段の裏山から直線距離で五キロほど。
 二人ならば大体十五分もあれば到着できる範囲だ。
 だが十五分は長い。
 重力に歯向かうように、半ば真横に飛ぶ如く闇を駆ける二人の剣士であっても、ヘタしなくても己等を圧倒的に超える戦闘力を誇るリスティの敗北は想像できない。できないのだがそれでも嫌な予感は胸に焦りを覚える。
「リスティさん、大丈夫かな?」
「ああ。あの人は大丈夫あろう。少し手違いで連絡できない程度じゃないか」
 だが言葉ほど達観はできない。
 リスティは一言で言ってしまえば病気で超能力を使えるようになった変り種だが、それも制限が色々と存在するのだ。
 無言のまま速度が上がる。
 つれて美由希も恭也についていくように速くなった。
 その直後だった。
「!」
「美由希、避けろ!」
 それは頭上から巨大な塊を振り下ろした。
 互いに回避に成功した。二人は左右に飛びのき様に体を起こす。
 瞬間、塊が接触した地面はクレーター状に弾け、土の礫は兄妹を公平に撃ち据える。
 一体何事か――?
 事態を把握しようと礫を防ぎきり、闇の中を目を凝らして、そのまま二人同時に硬直した。
「■■■■■ーーー!」
 恭也が目を見開き、美由希が唖然とする中で、それは吼えた。人成らざる巨大な筋肉の塊と証する以外に言葉がないそれは、二メートル以上の巨体のいたる部分が焼け焦げていた。手には岩を切り出したような無骨な剣が握られ、地面を削り取った原因がそんな岩の塊だと強制的に認識させる。胸まである長い髪は右半分が焼かれ、独特の匂いと煙を上げていた。
 一言でいえば化け物。
 そう比喩するのが一番しっくりくるそれは、自分の左右に生き物がいる事に気づくと再び咆哮した。力の限り振るわれる剣は、斬り裂くのではなく、なぎ払う。本来は障害物になりえる木々を豆腐のように容易く粉々にしながら、焦げていない目の方向にいる美由希へ向かい走り出した。
 さすがに現実離れした風景に僅かに反応は遅れたが、それでも黒き塊を避けきる事に成功した。だが咄嗟の反応のため、地面に体を打ちつけてしまうが、ゆっくりと回復している暇などなかった。
 それは黒い暴風となり、周囲の木々や地面、岩を砕きながら美由希を狙ってきたのだ。
「美由希!」
 腰に差した小太刀を抜き、暴風へと斬りかかる。
 
 御神流・奥義之陸! 薙旋!

 抜刀術から続く連撃が、黒い暴風を捕らえる。
「何!」
 だが刃は鋼のような筋肉の前にいともあっさりと弾き返された。
「恭ちゃん! くっ……!」
 文字通り刀毎後ろに飛ばされる恭也に駆け寄ろうとするが、僅かでも速度を落とせば引き千切られかねない剣の嵐に、下唇を噛む。
 当初、回転前の剣を小太刀で抑えるべきか迷ったが、今となっては少しでも触れる事はイコールで死を意味する。
 暴風が踊る。
 その都度美由希は木を盾に動き、飛針を投げ、鋼糸で多少なりとも動きを止められればと試行錯誤するが、黒き暴風は一向に衰えを見せない。
(このままだと、私も恭ちゃんも……)
 最悪の結果が脳裏をかすめる。その映像の中にいるのは原型がなく肉片にしかなりえない、元々は二人だったモノだけ。
 それ以上は想像できず、美由希は己の得意技の構えをとる。
 斬撃は簡単に弾かれたのは、恭也を見て確認済みである。
 ならば――。

 御神流・奥義之参! 射抜

 体を半分以上引いた矢が解き放たれる。御神流最大の貫通力と破壊力を持つこの技は、彼女の生みの親直伝のものだ。師範代の恭也でさえ、射抜に関しては勝てる自信はない。そんな美由希の必殺の一撃が、黒い暴風に激突した。
 本当に鋼並の硬度なのだろう。
 小太刀の切っ先と皮膚が金切り音を激しく奏でる。
 だが結果は……。
「っあああああ!」
 予想通りと言うべきか、射抜であっても暴風は留める事など出来はしなかった。
「美由希!」
 何とか木のない場所に着地に成功した恭也が、大木に背中をぶつけた義妹へと駆け寄る。
 しかし神速であっても数秒かかる距離は、今は絶望的なものであった。
 黒い暴風の剣が大きく振りかぶられ――。


――同時刻。

「はい、ありがとうございます。それじゃ明日もよろしくお願いします」
「ほいほい。任しとき〜」
 海鳴のホテルベイシティでコンサートのリハーサルを終えた夕日は、普段のオレンジを基調としたワンピース姿でスタッフに挨拶を交わすと、そのままホテルの外へと出た。
 空にはロンドンとは違う星が輝き、それが何度目かの懐かしさを胸に飛来させた。
「さってと、それじゃみんなのところに帰るかな〜」
 それほど遅い時間ではないが、やはり日本の地方都市の一つ。八時を過ぎてはバスなどはない。仕方なく携帯を取り出すとタクシーを一台注文した。少し眉根をしかめながら電話の終了ボタンを押しながら、グローバルスタンダードの携帯は少ないので変更しなかった電話機種を変更しようかと何気なく思う。
 しかし。と、ゆうひは心の中で続けた。
 この機種はロンドンに行く前に耕介が記念に買ってくれたものである。
 日本の思い出にもなるし、向こうでも使えるだろう? と。
 完全に生産終了し、修理も騙し騙し行い使ってきたが、どうも今の電話の感覚だと寿命が近いらしい。
「また耕介君にこうてもらおうかなー」
 デパートで互いに漫才をしながら、新しい機種を選んでいる姿を想像して、思わずゆうひは噴出しそうになり――。
「……誰かいるん?」
 そう言葉を発した。
 目の前にはただ闇と電灯が広がるだけ。人の気配などない。
 ないのに、それでも夕日の耳には届いていた。ホテル前の駐車スペースで砂利を踏む音がしたのを。
「ふむ……。まさか十間は離れている間合いであの音を聞き取られるとは……。私も腕が鈍ったな」
 そして現れたのは一人の長身の男だった。
 服装は全て黒なのだが、羽織袴に長髪の髷を結っている。そして手には四尺六寸の長刀が握られていた。
 耕介や薫のおかげで刀自体は慣れているものの、見知らぬ男が持つ雰囲気と凶器に怯えが顔に浮かぶ。ある程度は免疫がついたとはいえ、彼女の本質は男性が苦手なのだ。
 それでもゆうひは生来の性格のおかげで、震える事無く男へ質問をぶつけた。
「何かうちに用ですか?」
「ああ。少し私の主が所望されている事があるのでな。不本意ながら参上仕った」
 話し方まで古風なんやね。
 少し場違いな感想を抱く。
「そか。不本意なら反故しても問題ないんちゃう?」
「そうできれば一番なのだがな。体に流れる血が意思とは関係なく動いてしまうのよ」
 そういう男の顔には、本当にどうしようもないというメッセージが浮かんでいるように見え、ゆうひは言葉の意味を噛み締めた。
 どうしようもない?
 それはリスティとかの昔のように操られているのか?
「なぁ、ものは相談なんやけど」
「何だ?」
「もし機械やらHGSで操られてるんなら、知り合いに頼んで治してもらえるよ?」
「……きかいやえいちじーえすというものが何なのか知らぬが、恐らく無理だろう」
 会話中歩き続けた男は、僅か二メートルの場所でゆうひを正面に見据えながら長剣を振り被った。
「本来ならば、お主の詠う歌を聴いていたかったが……」
 残念だ――。
 その呟きに心からの謝罪と悲しみが篭められているのに気づき、ゆうひの心から怯えが消し飛ぶ。だがそのタイミングで、長剣は振り下ろされた――。


――同時刻。

 蓮飛は大きく溜息を付きながら、頭の上に浮かんだ大きな月を見上げた。
 本当はこんなに遅くなる予定などなかったのだが、友人に付き添って料理クラブに顔を出したのが運の尽きで、そのまま臨時講師兼料理人として腕をふるう羽目になった。別に、桃子の了承も得ているのでなんら問題などないのだが、本日の料理当番を晶に譲ってしまったのだけは悔しさで涙が滲んだ。
『へっへ。何だ。オレが作るのか? 別にいいけどよ〜。一つ貸しだからな』
 嫌な奴に貸しを作ってしまった。
 もうクラブ活動中はまるで思い出しもしなかったが、こうして足を一歩ずつ家に向けているとふつふつと高笑いしている晶が浮かんできて、地団駄を踏んでしまう。
 まぁ地団駄踏んでいても状況が変わる訳でもなし。
 それまですでに数分は怒りと悔しさに耐え忍んだ後、蓮飛はそう結論つけるとようやく再び歩き出した。
 普段は商店街経由で帰宅するのだが、本日は真っ直ぐに高町家に戻れる。
「そだ。あんま使わんけど、近道しよ〜っと」
 蓮飛と晶が通う風芽丘学園は町の中心部から少し北寄りにある。対して高町家は東側に存在し普通であれば一度駅前まで出るのが一般的だ。しかし途中にある市立公園を真っ直ぐ抜けるとおよそ四分の短縮が可能である。
 少し木が多いため夜は痴漢が出やすい場所ではあるが、中国拳法の使い手である彼女にとっては大した問題ではない。
 黒のセーラーと茶色のスカートを翻し、学年色の緑のタイを跳ねさせながら、蓮飛は公園に入った。
 公園内はシンと静まり返った様子だった。
 普段であればまだ蓮飛と同じ考えのサラリーマンやOLが居るのだが、今日に限って人影は見えない。
「おろ? どないしたんやろ? 珍しい事もあるもんやな〜」
 少し伸ばし始めた髪の上から後頭部を掻きつつ、歩を進める。
 だがすぐに彼女は歩みを止めた。そしてじっと闇の先にあるものを見つめた。
「おねえさん、何か用か? ウチには見覚えのない顔なんやけどな」
「あら? すごいわねぇ。その距離から見えるなんて」
 すぅっと闇が避けた。
 まるでモーゼの十戒を見ているように、夜と林の闇は蓮飛の前に女性を晒した。
 黒いフードを被り、体全身を覆い隠すような風貌とは裏腹に、フードの下には整った顔立ちと白い肌がはっきりと見える。肌はあまりの白さに闇に溶け出してしまいそうだった。
「で、何か用か?」
「ええ。貴方の命がほしいの」
 一瞬、何を言われたのかと思った。
 公園に入るなり殺気にも似た気配を放った女性は、さも当然と言わんばかりに殺人予告を突きつけてきたのだ。
「はは。そら面白くないなぁ。別の人にしたって」
「……できるならそうしているんだけどね。こちらにも事情があるのよ」
 それはウチにも問題ありって事かな?
 そうは思うが心当たりはまるでない。後関係するのは恭也達が時折受けているボディガードや捜査の逆恨みか。
 どちらにしても早々簡単にやられるつもりはない。
 先手必勝とばかりに鞄を捨てて女性へと駆け出す。二度程左右へとフェイントを入れる。すると女性は完全に釣られて体ごと左右へと向けた。
 ならばと蓮飛は速度を上げた。
 その姿はまるで獲物を狙う肉食獣のように優雅で、力強かった。
 再び左右のフェイント入れる。
 今度は完全に読んでいた女性は釣られる事もなくじっと蓮飛を見る。そこで急激に蓮飛は体を上下に振った。
「!」
 何かを行うべく上げ始めた腕を畳んで頭が空に向けられた。だがそこの標的はいなかった。
「鳳家拳之型……」
 ぞくりと。女性の背筋を悪寒が走りぬける。慌てて視線を落とした先に、掌を女性の腹部にぴたりと当てた蓮飛の姿があった。

 寸掌!

 鳳家拳法の基本形であり、零距離射程の技が爆発する。
「ああああぁああぁぁぁぁぁ!」
 だが叫んだのは蓮飛であった。
 本来は掌圧を含んだ拳は回転を加えつつ相手の内部より動けなくする技だ。しかし寸掌を打ち込んだ瞬間、突如全身に稲妻が走ったような痺れる痛みが走り、その場に倒れこんだ。
 何が起きたのかまるで理解できない。
 ふら付く頭を何とか揺り動かし、自分を見下す女性を見上げた。
「あら、ごめんなさい。電撃の防御魔術が強すぎたかしら」
「防御……魔術……?」
「貴方は知らなくていいのよ。ここで死ぬのだからね」
 そうして女性は掌に雷を弾かせ、腕を振り上げた――。


――同時刻。

 自宅の寝室で小鳥は倒れた真一郎の手を握り只管涙していた。
 倒れてから早六時間。
 一向に真一郎は目を覚まさず、病院の診断も睡眠以外原因がわからないという。入院を勧められたが、出来るだけ日常の方が目を覚ますかもしれないという思いから、無理を言って自宅へと連れ戻った。
「真くん……」
 力のない真一郎の手を、彼女に出来る力を精一杯篭めて握る。
『ああ、ごめん。疲れてたんだ』
『心配させて悪い』
 優しい言葉で慰めてくれる彼に、思いっきり泣きながら胸に飛び込む。
 それでいつもの二人に戻れるのだから。
 まるで壊れた人形のようにただただ愛しい人の名を口ずさむ。
 そんな室内に、黒い闇が出現した。
 闇は長身で髪は短く逆立っており、野生的な顔立ちに良く似合っている。黒い肌にぴたりと合う鎧と、真っ赤な血の紅を彷彿させる一本の槍を手にしていた。
 男は目の前に小鳥と真一郎が居る事を確認すると、槍を大きく振り被った――。


――同時刻。

 何故か胸に嫌な予感が湧き上がった。
 耕介は三架月を手に裏山に入山していた。
「耕介様、何やら霊気が集中している感じですね」
「ああ。やっぱ霊能者の虫の知らせってのは信じた方がいいらしい」
 と、言ってはいるが前に剣の師であり、霊能者の先輩になる神咲薫に言われているのだ。
『いいですか? 虫の知らせがあります。どんな人間にもあるものですが、中でも霊能者は強く感じることができます。耕介さんは自分で言うほど霊力は低くないんです。なので、もし、胸に悪い予感とか嫌な感覚が芽生えたら、十分気をつけてください』
 彼女らしい長いながらもしっかりとした口調で説明してくれた事がある。
 なので今回胸に飛来したものもその一つを思い、山を登っているわけなのだが……。
「……全く何もないなぁ」
 見つかるのは寮生である陣内美緒の友達である猫達のみである。さすがに一時間近くも山を徘徊したにも関わらず何もないとなると、薫が言ってくれた一言も少しだけ疑ってしまう。
「何もないな」
「そうですね。たまたまこの付近に霊気が溜まり易い時期だっただけでしょうか?」
 霊気というものには大まかに分かれて二種類あり、一つはその場独自が強力な霊力を帯びているものと、流動的に動き続けているものがある。今回のものはその流動的な方ではないかと三架月は口にした。
「そうだなぁ。そっちの可能性がつよ――」
 愛刀に憑く剣の霊である相棒の言葉に同意しようとした時、虫の声が止んだ。
「耕介様」
「わかってる。何かいるな」
 鞘走りの音も立てず、耕介は三架月を抜き放った。
 それを待っていたかのように、空気が裂けた。
「くっ!」
 闇を裂いて飛来したソレを、三架月に霊気を流し込み弾く。じゃらりと金属が擦れる音がしてソレはまた闇の中に戻っていく。
 だがこのまま逃がすつもりはない。
 ソレに合わせるように、耕介も駆け出した。打ち出されたのは彼等が居る場所より上からである。
 二撃目を警戒しながら、音を頼りに周囲へ意識を広げていく。
 そこに二撃目が飛翔した。
 今度は歯を食いしばりながら遠くに弾くのではなく後を追いやすいように近くへ叩き落す。比較的木の葉のない場所で落としたのが良かったのか、耕介は自分達を狙ったソレを直視する事に成功した。
「針……だって?」
 ソレはそう形容するしかないものであった。
 針と言ってもパイルバンカーに装備されているような直径が五センチ近くある短剣程度の大きさで、柄尻に引き戻すためだろう鎖が装着されていた。
 誰もいないはずの山の中で、こんな危険なものが……?
 そう耕介が思考し始めた瞬間、三撃目が飛ぶ。しかも今度は頭上から。
「耕介様!」
 それに気づいた三架月が、己の意思で本体となる刀身を強引に頭上に持ち上げた。
「うわ!」
 だが耕介との意識の足並みが揃わない為か、三撃目は彼の肩を掠めた。
 半分とは言わないが、それなりに肩の肉を削り取られる形になった耕介は、その場で膝をついた。
「だ、大丈夫ですか!」
「あ、ああ。問題ない……」
 三架月の目から見てもそれが強がりだとすぐにわかった。
 僅か一言会話を交えただけで、額からは玉のような脂汗が滲み出ているのだから。そんな二人を嘲笑うかのように、敵はふわりと耕介達の前に降り立った。
 まず目を引くのは目を覆う目隠し。それがなければさぞや男性の視線を集めるだろう腰まである長い髪と、綺麗な顔立ち。そして見事なプロポーションが見るだけでわかる体にフィットしたワンピースのミニ。その全てが黒であったが、妖艶な色は彼女の美しさを魅惑へと昇華させているようだった。
「何者!」
 三架月が耕介をかばうように前に出る。
 女は見えないはずの視線を三架月に合わせて、潤い滴る形のよい唇を歪めた。
 ――笑みではなく屈辱的に。
「申し訳ありません。名乗れず、そして自らの意思で貴方達の命を取るように命令されているのです」
「め、命令だって……?」
 痛みに耐えながら、しっかりとした足取りで立ち上がった耕介に、女性は視線を移動させた。
「ええ。ですが今の私達は答えられぬように出来ています。……お察しください」
 抑揚のない声と共に手に握られた針が振り上げられた――。





 その瞬間六人の前に五つの魔力の柱が立ち上った。
 柱は光の本流となって立ち上り、一度海鳴市の上空でぶつかり合う。光は互いを研磨し、研摩していくように削りあうと、再び己の根源となる場所へと舞い戻った。


 長剣が弾かれた。
 ゆうひを両断するべく振り下ろされた一撃は、それ以上の硬質な何かによって完全に防がれた。
「む?」
 一瞬眉をぴくりと反応させ、追の太刀を浴びせようとして――剣士の本能が彼を数メートル後ろまで後退させた。着地した態勢のまま顔を上げると数瞬前まで自分が立っていた場所には、幾つもの質素ながら神々しさを醸し出す武器が地面に突き刺さっていた。
「ほう。女人、お主マスターであったか。なるほど。我が主が命を所望するはずだ」
「ふん。何を言っている雑種。俺様が現界した場に居合わせる幸運を得られたと言うのに、いきなり斬撃とは……分を弁えろ」
 まるで状況が掴めず、尻餅をついていたゆうひの前で、未だ留まらぬ光の中から第三者の男の声が聞こえた。それに合わせるように、光の柱は収縮していく。そしてその中に存在していた人物をようやく世界に浮きぼらせた。
 金色に輝く鎧。
 金色にそよぐ髪。
 全てを見通す赤き眼には溢れんばかりの自信に満ち溢れていた。
「……名を聞こうか」
 男は目を細めると長剣を横一文字に構える
「我が雑種に名を語る? 何故そんな必要がある?」
 だが金色の男は、まるで蚊が飛んでいるだけのように面倒気に男を見るだけだ。
 その態度が生粋の剣士である男に、若干の怒りに似た感情を動かした。
「礼を知らぬ者か……。本来なら私が斬りたいとは思わぬ人物だな」
「ほう。王に対して斬るだと? 生意気だな、雑種」
 男が一文字に構えた剣を体ごと半回転させて構えを移動させると、じりじりと摺足で金色の男との間合いを詰めて行く。だが当の本人は至って気にせず、ただ見下した視線で男を捕らえるのみ。
「驕り高き者……現界して早々だが、退場願おう」
「やってみろ」
 間髪を入れぬ一言に、男の目が異常に輝いた。
 周囲の風が男に向けて集まっていく。と、同時に男の体から薄らと剣気が立ち上った。
「秘剣――」
 長剣が煌く――。
「燕がえ――」



「"王の財宝<ゲート・オブ・バビロン>"」



 それは圧倒的物量だった。
 何か技を繰り出すべく蓄えた力が、たった一言で召還した力の解放によって一瞬で吹き飛ばされた。秘剣を繰り出すべく集めた魔力を、全て迎撃に当てる。それでも追いつかない。
「これは何だ!」
 男は長剣で一度に数個ずつ飛んでくる物を捌いていたが、必死に見る先に物量が何であるのか理解した。
 武器である。
 古今東西ありとあらゆる武器が弾丸となって男を迎撃しているのだ。
 少し捌けばすぐに弾切れになる。そう考えて防御に向かない長剣の防御能力を最大限に生かすが、如何せん弾は無尽蔵に撃ち放たれていく。
「どうした! あれだけ吼えててその程度か! 所詮は雑種よな。くふふふふふ……クハハハハハハハ!」
 金色の男の高笑いに、男が更に距離をとるために後退した。しかしあの武器の弾丸を全て捌ける筈もなく、脇腹に血が滲んでいた。  
「逃げ足だけは速いな」
「予想せぬ出来事が起きれば戻れと言われている。決着はまたの機会にしよう」
「逃すとでも思うのか?」
 剣を収める男に金色の男はぎらりと目尻を光らせた。
「逃がしてもらおうなど思っておらぬ」
「ならば……」
「勝手に逃げるのさ」
 唐突に、男の気配が消えた。金色の男は僅かばかり目を見開くと小さく溜息をついた。
「気配遮断。あの雑種、アサシンか」
 だが。と思う。
 成り行き上マスターと思われるゆうひを守って戦ったが、今相手にしていたアサシンは何処か普通のサーバントと違っていた。どこかで感じたことがあるような邪悪な気配と近い――。
「あの……」
 と、突然に彼の思考は停止させられた。
 後ろを一瞥すると、ゆうひが何か言いたそうにしているのが目に付いた。
「何だ?」
「あ、えと、色々と聞きたい事はあるんやけど、とりあえずありがと〜」
 スカートについた埃を払いつつ立ち上がると、握手と言わんばかりに右手を差し出す。その仕草に軽蔑に似た感情を隠そうともしない金色の男は再びゆうひを見た。
 顔は及第点である。それにウェーブのかかった髪というのも悪くはない。
 視線を上下させ、ゆうひを簡単に値踏みすると、金色の男はこう口にした。
「まぁいい。我がクラスはアーチャー。女、貴様を我のマスターにしてやろう。光栄に思え」
「はぁ?」
 全く理解できないゆうひと金色の男――アーチャーの高笑いだけが、ホテル前の駐車場に響き渡った。


 目の前に現れた光の本流に、女性は見覚えがあった。
 それは自分自身も召還された時と同じく――。
 しかし思考は続かない。
 光の柱の中心より、一本の槍が彼女目掛けて突き出されたのだ。咄嗟に蓮飛に使った電撃の防御魔術を展開するが、槍の刃元に巻きつけられた布地に全て吸収されてしまう。
「くっ」
 仕方なく女性は羽織っていたフードを蝙蝠の翼のように展開し、二十メートル程退いた。
「ほう。それは面妖な……。仙人か妖魔の類であったか」
 槍を突き出した人物は、消え行く光の柱から自ら出て、女性を眺めた。
 長身で体中を古代中国の武将が着ているようなうろこ状に鎧で身を包み、隙なく揃えた髪は後頭部の高い位置で髷にされている。手には双龍槍が握られており、その槍はまるで二匹の龍がからみ合うようだ。
「ふふ……ランサーですか。なら私が勝てる道理はないですわね」
「そうですね。もしこのまま去るのなら危害は加えぬと約束しよう」
 二人の視線が中央で火花を散らす。
 まだ痺れが取れぬ蓮飛から見てもイメージだけで激しい技の応酬が行われているのが見て取れる。
 普通ボクシングでもシャドーを行って、第三者に対戦相手をわからせるレベルというものがあるが、明らかに二人は上を行っていた。
 女性が電撃を放つ。
 男が槍の一振りで払う。返す穂先で連続で突く。
 女性が電撃の防御をかけるが、男には通じない。
 再び男の攻撃が始まる。
 女性は半円形の防御結界を展開するが、槍の前に次第に圧されていく。
 仕方なく空に飛び上がり、奥の手を打ち出し――。
「く……」
「御婦人、私の勝ちですよ」
 イメージだけでもとんでもない破壊力の光弾を、男はさらりと彼の奥の手で打ち破った。内容まではわからない。しかし男は揺るがず立っているイメージしかわかず、それは舌打ちした女性にも同じものが見えた。
「いいわ。今回は見逃すわ」
「ありがたい。今度はゆるりとお茶でも交わしましょう」
 まるで旧知の友人に声をかけるような、物腰柔らかな笑顔に女性は憎憎しげに踵を返すと、そのまま公園の闇に溶け込んでいった。
 気配が完全に消えるまで十数秒。
 男はようやく落ち着いたように息をついた。
 そしてまだ地面に横になっている蓮飛を見ると、あっさりと片手に抱き上げた。
「わ、わわわわ!」
「申し訳ありません。ただあのままではお体にも触りますし、何よりご挨拶ができない」
「あ、挨拶って……。それより、さっきの人とアンタと何者なんや?」
「私はランサー。貴方の障害を廃し、退かせ、勝利へと導くと約束しましょう」


「お痛はいけないわ」
「何!」
 小鳥の背後から槍を突き刺そうとした男の前に窓の外から光の塊が飛び込んだ。
 光は驚いた小鳥と男の間に停滞し、次第に形を人型へと切り替えていく。
「ぐぅ!」
 同時に真一郎が苦痛の喘ぎを溢した。
「真くん!」
 背後の異常状態より、今の小鳥には真一郎の状態の方が重要であった。
 人型になった者は一度二人の様子を横目に入れて、それから男に向き直った。
 なんとも不思議な服装であった。胸まである緑色の髪に網タイツと黒のレオータード。そして頭と腰に大きさは違うが蝙蝠の羽根のようなものをつけた美女であった。
「何かわかんないんだけど、とりあえずどっちかが私のマスターみたいだから邪魔させてもらうわ」
「へ……。外れかと思ったが、面白くなってきやがった」
「何? 貴方バーサーカー? でも違うわよね? だって私がバーサーカーですもの」
 バーサーカーと名乗る美女の爪が割れ、中から新しく鋭いナイフのような爪が鮮血を滴らせながら新しく生え始める。
 それを見て笑みを浮かべながら槍を構えようとするが、狭い室内では思うように行かない。
「外でやり合おうぜ。こう狭くちゃ折角の闘いが楽しめねぇ」
「クスクス。いいわよ。だって、貴方は夢の中で死んでいくんですもの」
 二人は激しい音を鳴らして窓ガラスを突き破り外へと飛び出した。
 それでも小鳥は真一郎だけを見つめていた。
 数分後――。
 砕け散った窓から戻ったのは、美女一人だった。
「アイツ、人の服をボロボロにして逃げちゃったわ。さて、私のマスターだけどずいぶんと可愛らしいマスターね」
 バーサーカーはおそるおそる真一郎を守るように振り替える小鳥を見て、妖艶に微笑んだ。


 耕介の前に風が吹いた。
 だがそれは微風ではない。一方向へ向けての志向性の突風だ。
 突風は針を一瞬で方向を曲げ、木に深々と突き刺した。
「何者!」
 美女が風の吹いた方向を向いた。同時に耕介と三架月も視線を走らせる。
 そこには後光を浴びながら一人の青年が、不思議な微笑を口元に浮かべて立っていた。頭には今で言うバンダナを巻き、幼い顔立ちに浮かぶ瞳は強い意思が感じられる。肩が若干大きい変わった服装で、腰には剣道で言う垂がついている。インドと中国の服装を交えたような格好だ。
 青年はのんびりと散歩の途中で知り合いにあった風な気安さで、三人の前に歩を進めた。
「ふむ。この状況だとお主の方に加勢するのが人情と思うのだがどうだろう?」
 手にしていた短い鞭で耕介を指し、若干首を傾げる。
「は、はぁ。そうですね……」
 何とも変な返事である。
 だがそれが気に入ったのか、青年は今度は美女に鞭を向けた。
「そういう事なのだが、引く気はあるかの?」
 言葉は無い。
 ただ山を駆ける風に合わせて針を持ち上げた。
 青年はそれを見るや仰々しく溜息をついた。
「仕方ないのう。美人さんだったのだし、できれば見逃したかったんじゃがな」
「女と思っていると怪我をしますよ」
「何々。これもわしの性格だ」
 抑揚の無い美女と、のんびりとした青年。言葉の限り闘おうとしている等雰囲気からは読み取る事ができない二人の間に、冷たい空気が凝縮していく。
 思わず耕介も三架月も二人を見つめていた。
 本来ならば青年を助けるために三架月を振るわなければならないというのに、何故か青年の不思議な雰囲気に引き付けられていた。そして同時に助けなど要らない事も、何故か理解していた。
「は!」
 先に動いたのは美女だった。
 針を地面すれすれに打ち出し、青年の足元を狙う。こんな山の中で機動力を奪われるのはそのまま死を意味する。青年は強い気を発しているとはいえ、自ら進んで戦闘を行うタイプではない。そう読んだ美女の先手であった。
「やはりそう来たか。予想通りよの」
「何?」
「疾ッ!」
 舌打ちのような不思議な気合が、青年の口から漏れる。
 瞬間!
 
 轟!

 風が吹き荒れた。
 針を吹き飛ばし、耕介を後退させ、美女を木に貼り付けにして動けなくさせる。それ程の風がものの一言の気合で生み出された。
「な、何だって? この力……普通じゃない……」
「耕介様、大丈夫ですか?」
「ああ……。でも、あの人、一体……」
 そんな耕介の疑問など感知もせず、青年は風の中を美女に向かって平然と歩いていく。
「どうじゃ? そろそろ止めないか?」
「戯れを……」
「そうか残念じゃ」
 すっと答えを聞くやいなや、鞭が持ち上げられる。振り下ろせばおそらく突風が美女を八つ裂きにするだろう予測が、鮮明に耕介の脳裏に浮かんだ。
 さすがにそれはまずいと停止を呼びかけようとした時、美女が信じられない行動に出た。
「がぁ!」
「何!」
 持ち上がった鞭の先端に己の首を突き刺したのだ。
 唖然とする三人前で、美女が妖艶に微笑んだ。
「男! 防御を……。いや、間に合わない!」
 途端にそれまでのんびりしていた青年が、初めて怒声を発した。
 その最中に、美女の血が何もない空間に血の魔法陣を形成していく。
「打神鞭!」
 鮮血の魔法陣の完成寸前、青年が鞭の名前を叫んだ。
 瞬間、山は光の渦に巻き込まれた。
 光と土埃が収まったのは、それから数分経過してからだった。
 呼吸器に土を思いっきり吸い込んだ耕介は、青年を気にしながら涙目になって咳き込んだ。
「ゴホゴホ。あ〜キツイ」
「大丈夫ですか?」
「ああ、ありがと……ごほごほ……」
「軟弱じゃのう。立派な体を持っておるのに」
 と、気付いた時には青年が少々疲れた表情で、耕介の前に腰を降ろした。
「そう言われても……ゴホ。器官に入っちゃって……ゴホゴホ」
「はは。仕方ないのう。しかし文王以来か。まぁ楽しませてもらうとするかの」
 青年――キャスターはそう言うと後ろに倒れこんだ。


 黒い暴風となった黒い巨人の一撃が光の柱を無視して振り下ろされる。
 しかし――。
「おいおい。いきなり斬りかかるたぁ、どういう了見だ?」
 光より伸びた大刀と脇差の二本の剣が、簡単に巨大な剣を受け止めた。
「何だって……?」
 呟きを漏らしたのは恭也だった。
 あの巨体に斬撃したからこそわかる。
 筋肉が人間の限界値を遥かに超える膨張。すでにそれ自体が鉱石と化している皮膚。一撃がバズーカ以上となる攻撃。どれを持ってしても本来なら人間が勝てるものではない。だが光の中から伸びた二本の剣と腕は、それをやすやすを受け止めたのだ。
「たっくよぅ。折角呼び出されたと思ったら、いきなりこんな変なのの相手か? か〜! ついてね〜!」
 光の柱が消えていく中で、剣の持ち主は余り大きくない身長の後頭部をガシガシ掻きながら仰々しく溜息をついた。
 頭の天辺で髷を結い、その先はぼさぼさに放置してある。無精髭も伸ばしっぱなしなのだが双眸は力強さのみを浮かべ、如何なる対象に対しても揺るぐ事はないだろう。緑と赤の稽古着を着ており、上着は袖が邪魔にならないように背中に十字に止めている。足元は裾がかからぬように草履と一体になった紐で固定していた。
 所謂戦国時代の武芸者を思わせる出で立ちに、美由希は逃げる事もなくぼうっと見とれてしまった。
「おい」
 そこに頭の上から武芸者の声がかけられる。
「は、はい?」
「お前が俺のマスターか?」
「はい?」
 思わず間の抜けた返答を返す。
 マスター? 何それ?
 心の中に渦巻いた疑問を言葉にしなかったのは、目の前の武芸者が渋い表情を示したからだ。
 でなければ間違いなく口にしていた言葉を強引に飲み込む。
「いや、ラインが繋がってやがる。この女がマスターか。仕方ねぇなぁ。ま、こちとら暴れられればいい訳だし、文句は言えねぇか」
 そして何やら一人で納得しているのを、これまたぼんやりと眺める。
「■■■■■■■■■■ーーー!」
 だがそんな状況に我慢を切らしたのか、黒い巨人が吼えた。
 武芸者はそんな後ろに立つ巨人を一瞥し、大刀の切っ先を突きつけた。
「お前、うるせぇよ」
 それを合図に巨大な剣の暴風が再び開始される。その嵐の前には武芸者の武器など玩具のようである。
 暴風は胸の筋肉を二倍に膨張させた。
 雄叫びは空気を震わせ、恭也と美由希を物理的に一歩下がらせた。
 その後に続くのは――。
「■■■■■■■■■■ーーー!」
 再びの暴走。
 武芸者を無視し巨大な剣が木々を撒き散らし始める。
 意味を成さないとわかっているが、恭也と美由希は反射的に身を隠すように動く。
 唐突にさまざまな事が起きた為に、若干反応が遅れたが元々彼等は不意に対応するために鍛えている剣士である。ある程度でも見慣れれば思考回路は正常に落ち着く。
 黒い巨人は体が大きいが、それに見合わぬ速度を持っている。
 だがそれも見慣れれば神速を使う二人にとって大したものではなかった。
 一瞬の間にアイコンタクトを交わし、木をブラインドにしながら姿勢を低く進む。巨人を中心に相対していた恭也と美由希が同時に一点を目掛けて動きを変えた。

 御神流・奥義之参! 射抜!

 そして一寸の狂いもなく打ち出した突きは、巨人の剥き出しの膝に直撃した。恭也の反対からは美由希、美由希の反対には恭也と膝を挟むように技がぶつかり合う。
 同じ皮膚といえども、全体重のかかる膝一点に絞れば崩し易いのは戦略の常識である。巨人も例に漏れず御神流最大の殺傷力を誇る射抜に、膝関節が軋みをあげる。
「■■、■■■■!」
 咆哮の種類が変化した。
 今まで獲物とばかりに狙っていた美由希から顔を上げ、天に向けて吼える。
「美由希!」
「うん!」
 軸足に力を篭め、切っ先を鋼鉄の皮膚へとめり込ませて行く。
 巨人が痛みに耐えかね、腕を振り回すのを己の頭上に落ちるより先に小太刀が鮮血を纏った。
 深々と刺さった小太刀は巨人の膝の中で互いの刃が擦れる感触を、主へと伝える。
 さすがにこれは堪えられなかったのか、絶叫しながら巨人は地面に倒れこんだ。
「よし、今のうちにリスティさんを探すぞ!」
「う、うん……って、え……?」
 今は不意を打つ形で綺麗に技が入ったから良かったものの、まともに戦っては勝ち目などない。そう考えた恭也は美由希を連れてリスティとの合流を優先させるべく山を走り出す。続いて美由希も走り出そうと、一度巨人を横目にみて、気の抜けた声を上げた。思わず恭也も立ち止まり振り替えると――。
「ヒャハ」
 月に背を預けた武芸者が飛んでいた。
 立ち上がろうと無防備になっている巨人の頭に、大刀の刃が煌く。
「ま……!」
 待って! 美由希の声にならない叫びが空気を振るわせる。
 だが重力に引きずられた体は、加速を帯びて巨人へと着地した。
 鉄が激しく肉と骨を削る音が周囲に響く。続いて体液が地面を塗り固めていく音が嫌にはっきりと耳障りに聞こえた。
 ゴリゴリ、ジャリジャリ……。
 人という生き物の中の何処からそんな音が聞こえるのかと疑問に思えるくらいはっきりと、美由希の前で巨人の頭部が半分に両断され、左右に首で繋がった頭が垂れ下がった。
「貴様、何をする?」
 どれだけ呆けていたのだろう。
 怒りを含んだ声に驚いて顔を向けると、そこには眉を吊り上げた恭也の姿があった。
 武芸者は数回念押しのつもりなのか、首の骨を鋸のように前後に曳いていたところを、ぴたりと手を止めた。
「ア? お前、剣をやってる癖に何言ってんだ? 敵は殺すのは当たり前だろ?」
 飛び散った血を拭い、顔だけ元の肌色を露出させた武芸者が恭也に憮然とした表情を投げかけた。
「殺さないで済むのであれば、それに越した事はない」
「甘いな。この世は全て弱肉強食。殺せない人間はいつか殺される側に立たされる」
「それでも、殺さずに済み、それで笑える人がいるなら、殺さないべきだ」
 尤もこの巨人は殺さなければ執拗に自分達を追い掛け回したのは容易に想像できるが。 それでも無作為に殺すなど、受け容れられるものではなかった。
 前身を紅く染めた武芸者にも、その意思は読み取れたのだろう。すっと目つきが鋭さを増した。
「……そう言えば、お前、マスターでもねぇのにここに居やがるな。聖杯は俺が手に入れる。そのために目撃者は邪魔だ」
 くるか?
 手にする八景を強く握り締めた。
「ちょっと、二人とも止めてよ!」
 美由希の言葉など、すでに届かない。
 武芸者の雰囲気は一変し、恭也も戦闘時の鋭さを表面へと浮き彫らせていく。
(こ、このままじゃ何なのかわからない内に二人が闘い始めちゃう。どうにかしないと……)
 生まれて初めてだと思うくらいに回転する頭に、剣士としての思考も合わさる。だが皆伝をもらったとはいえ未だに勝率が圧倒的に悪い恭也を止めるだけでも至難の業だというのに、その上武芸者まで止めるとなれば生半可なものでは不可能だろう。
「それでも……止めなくちゃ……」
 気を引き絞り、小太刀の柄を握った瞬間、二人の姿が消えた。
 と、同時に風が美由希の背後に駆け抜け、そのまま過ぎ去っていく。
「恭ちゃん!」
 風の端に、見覚えのある輝きを見つけて、決意がまだ固まっていない美由希はすぐに追いかけるのだった。

 ――誰もいなくなり、巨人の死体のみが残る山の中に、夜の闇を全て吸収して凝縮したような『黒』があった。
 『黒』は巨人の下に入り込むと、その範囲を大きく広げた、するとまるでその場が底なし沼になったように巨人の体は沈んでいき、最後には何もなくなっていた。

 圧倒的不利。
 脳裏に浮かんでいる言葉の意味など、最初に対峙した時点で理解していた。
 あの暴風である巨人の一撃を受け止めた人物と、あっさりと弾き返された自分とでは力量がまるで違うのは一目瞭然である。
 それでも己が信じる道を踏みにじった相手に、恭也は我慢できなかった。
 初速こそ神速についてきたが、その後は通常の恭也の脚力で対応できる。
 勝っている速度を生かし、巨人相手には意味を成さなかった目晦ましをかけながらヒットアンドウェイを繰り返す。
「け! ウザイ! そんな男らしくねぇ闘い方しかできねぇのか!」
 だが動体視力が通常ではないのだろう。
 それでも最小の動きで飛針や鋼糸すらも切り崩していく。
 何度か試した後、ラチが開かないと行き着いた恭也は、小太刀による攻撃を開始した。 一撃――。
 右に回り込み、足を止めた武芸者の脇を狙うが脇差によって防がれる。
 二撃――。
 そのまま武芸者の後方に飛びざまに切り上げるも大刀の柄尻で阻まれる。
 三撃――。
 木の幹の反動を利用し、頭上から縦回転を加えて斬撃。だが交差させた二つの太刀に守られる。
 四撃――。
 前方に着地したところを神速を発動し、左右の連撃。しかしこれも感なのか切っ先を上に向けた刀に阻止される。
 傍から見れば剣舞にも見えるだろう。だが全てに渾身を込めた一撃がまるで当たる様子を見せない事に、恭也は心の中で舌打ちした。
 ならば――次は上下のコンビネーションで……。
「飽きたな。こっちから行くぞ」
 次の手を打ち出すべく、武芸者と交差した恭也が振り返った瞬間、目の前に彼はいた。「くぅ!」
 一撃。
 巨人をも止めた攻撃が、あっさりと八景を吹き飛ばす。
 二撃。
 脇差の一撃が逆手に持たれて振り上げられるのを、残った小太刀で斜めに力の方向を変える。
 三撃。
 攻略のために前に出ようとした彼に、武芸者は肩を鳩尾にお見舞いし、吹き飛ばす。
 四撃。
 木の幹に衝突し、弾かれた体を強引に前蹴りで再度幹に押し付け直す。
「ガッハ!」
 恭也が放った四撃と同じ数。
 たったそれだけで、しかも二回しか刀を振らずに彼は吐血した。
「何だ。これでおしまいか? まぁ別に俺はそれでもいいがな。邪魔者は消す。当然のこった」
 内臓に痛手を負ったため、急激に脳の血流が下がり思考が低下する。
 頭の上で話している武芸者の言葉も半分しか届かない。
 く……。ここまでか……。いや、美由希を残す訳にはいかない……。このままこいつと一緒にしては何をされるのか……。
 くそ……。左手の甲が痛い。いや痛みを感じるならまだやれる。このままやられる訳には……。
「は……あ……く……」
「んあ? まだ意識があるのか? 結構本気で蹴ったんだけどな。ま、いいや。ここで死ぬのは決定だ」
 剣士として屈辱的に脇差が高々と持ち上げられる。
 木の葉の隙間から差し込んだ月光に、刃が塗れるように煌いた。
「だ、ダメェェェ!」
 ようやく二人を発見した美由希が喉の限り叫ぶ。
 しかし皮肉にもそれを合図に刀は振り下ろされた――。













 光が奔った。

 先に伸びた五つの柱に負けない強大な光の流れは、まるで天すら切り崩すかのように何処までも伸びていく。
「うぉ! こ、この魔力……。ち! 分が悪いか!」
 光の力に気圧された武芸者は、一瞬で光に見入っている美由希の隣まで飛び退いた。そしてそのまま腰を抱き上げた。
「キャア!」
「男、俺はアサシン! 次に会ったら殺す! 覚えておきな!」
 光の奔流は一向に衰えを見せない。
 アサシンと名乗った武芸者は、一度だけ光の中心を見据えた後、美由希の悲鳴を浴びながら山の闇の中へと消えていった。
「い、一体……?」
 体を動かすだけで激痛が走る。
 それでも三度眼前で起きた謎の出来事に、木を背にして立ち上がった恭也は呆然と光を見詰めていた。
 それはまるでそこに何があるのか理解しているようだった。
 ようやく、光は薄らいだ。
 いや、それは薄らいだのではないのだろう。
 光の後にそこにいた少女を見て、恭也はこの場にそぐわない言葉を心に思い浮かべた。 月の光が蜂蜜を纏ったような柔らかい金髪をアップにし、幼い顔立ちに精悍な厳しさを秘めた美麗な容姿。胸元や腰を守る銀色に輝く鎧もさる事ながら、青色の衣など深い海を示すようだった。
 綺麗だ……。
 今まで殺し合いをしていた人間の言う感想ではないかもしれない。
 だが恭也はこの一瞬、間違いなく彼女に見惚れていた。
 鼓動が早くなる心臓を抑え切れずに見詰めていると、その音に気付いたように少女はすっと瞼を開いた。
 そこに見えるのはアクアブルーの深い慈悲と強さを秘めた生命の輝き。
 その中に間違いなく恭也は映し出されていた。
「問おう。貴方は私のマスターか?」
 この出会いが、彼の運命を変えた。
 この出会いが、彼女の運命を変えた。
 そして――。
「私はセイバー。聖杯戦争を勝利するための貴方の剣となろう」
 運命を改変する誓いの祝詞は紡がれたのだった。 



Fateとのクロス〜。
美姫 「様々なサーヴァントが姿を見せる」
いやいや、面白いよ〜。
そして、最後には恭也もマスターへ。
美姫 「てっきり、美由希がマスターのままで終わるのかと思ったけれど」
最後の最後で思わぬ事が。
美姫 「しかも、美由希のアサシンの捨て台詞って」
いや、すぐにでも会うけどなあの二人。
美姫 「一体、どうなるのかしら」
いやいや、非常に楽しみだな。
美姫 「次回も楽しみに待ってますね〜」
待ってます。



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る