優しさに包まれて

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 優しさに包まれて 第1話 さすらう乙女 4月の安らぎ

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 ――アルバムを見ながら一人、部屋で振り返る。

 恵泉で過ごしたこの半年間は本当にいろいろなことがあって。

 大変なこともそれなりにあったけれど、きっと、一生忘れないと思う。

 さすがにエルダー・シスターなんてものになってしまった時はどうしようと思ったけど。

今となってはそれも含めてあの学院に通えてよかったと思えるから。

 そのおかげで意外な事実を知ることもできたし。

 こんな体験した男なんてきっと、世界中でも僕くらいしかいないんだろうな。

 いろいろと困ったこともあるけど、今の自分があることを誇りに思う今日この頃だった。

    *

 ――四月の半ば。

 だいぶ春らしくなってきたけれど、まだまだ暖かい布団が恋しい時期である。

「あなた、起きてください。朝ですよ」

「ううん……あと5分だけ〜」

「あらあら、そんなに気持ちがいいのですか?でもそろそろ起きないと楓さんに布団から振り落とされてしまいますわよ。あっでも、今楓さんにこられるのはちょっと困りますわね。……ふふふ、昨夜はずいぶんと激しかったですからね」

 昨夜?何かしたかな……。

それになんだかいつもより隣の感触が生々しい気が……、はっ!?

「うわわわ―――――!!

「うふふ、やっとお目覚めですね。おはようございますあなた」

 僕は昨夜したことを思い出して慌てて飛び起きた。

「お、おはよう、紫苑」

「ええ、おはようございます。今日もいいお天気ですよ」

「そう、それはよかった。今日は紫苑と出かける予定でしたからね」

「はい。来年受験する大学の下見に行くのです」

「大学の近くには美味しい喫茶店もあるそうですし、久しぶりにデートといきましょうか」

「あなた。なんだかすっかり女性の口調が板についてしまわれましたね」

「うっ、半年以上もあそこにいればなかなかもとには戻らないですよ。とほほ……」

「私はそういうあなたも好きですわよ」

 落ち込む僕の隣で紫苑は楽しそうにそう言って笑っている。

「わたしとしては早くもとの喋り方に戻したいのですけれど」

「ふふふ、でも街中で奏ちゃんや由佳里ちゃんに会ったらどうなされるおつもりですか?そういう事態も起こらないとは限りませんわよ」

「うっ、……それは…そうですけど……」

「ここはやはり、外出時はあなたに女装していただくというのが最良の選択だと思います」

「い、いえ、それはさすがに遠慮したいなと」

「いいじゃないですか。私はあなたがどんな格好をしていたとしても、あなたがあなたである限りあなただけに囚われ続けるのですから」

「紫苑……」

 紫苑の真っ直ぐな想いを感じて、僕は改めて誓った。

 生涯この人の全てを守っていこう。

 それがこれからの僕の生きる糧となるだろう。

「と言うわけで、今日は一日女装で決まりですわね♪」

「えっ……」

「さて、今日は何を着ていただこうかしら。ふふふ、あなたはどれを着せても優雅に着こなしてくださいますから。コーディネートをする甲斐がありますわ。ああ、想像しただけでもうたまりませんわ〜」

「あっあははは……」

 まっ、また流されたかも……。

「朝から楽しそうですね。もうすぐ朝食のじか……」

 ドアをノックして楽しそうに入ってきた楓さんが笑顔のまま凍りついた。

 そう言えば服、着てなかったっけ。……と言うことは。

「かっ、楓さん……?」

「仲睦まじくて結構ですわ。もうすぐ朝食の用意ができますので、それまでごゆっくりどうぞ」

 そう言うと、楓さんは一礼して去って行ってしまった。

 が〜ん。

「あ〜、楓さんにまた誤解された〜」

「あら、誤解もなにも楓さんのご想像は正しいと思いますよ?」

「それはそうなんですけど……、楓さんの場合はそれに尾びれと胸びれと背びれがついて挙句の果てに海を泳いでいってしまうんですよ。……もしかして紫苑、昨日こういうことになるのを狙ってました?」

「あら、いやですわ。私にはそんな余裕などありませんでしたわよ」

 そう言いながらもとても嬉しそうに笑っている紫苑。

 先の楓さんのこともあるし、朝から何だか気分が重い。

 ……でもこれもきっと楽しい思い出になるんだろう。

 そう思うと、偶にはこんな朝も悪くない。そう思えるから。……たぶん。

    *

 食堂に入ると、珍しく家にいた父さまがいきなり飛び掛ってきた。

「瑞穂―――――――――――!!

「うわーっ!!

「ぐほっ」

 ごすっ、ごろごろごろごろ……べちゃ。

「何をする……」

「いや、身の危険を感じたものだから」

「そんな寂しいことを言うな、俺とおまえの仲じゃないか。そんなに冷たくあしらわれたら父さん悲しいぞ」

「男に甘えられても嬉しくないと思いますよ父さま」

「いや、おまえなら問題ない、なんせ母さんに瓜二つなんだからな、男でも充分萌えられる。ということで瑞穂――――――――――!!

「きゃあ――――――っ!!

「がはっ」

 げすっ、ごろごろごろごろごろごろ……、ぐちゃ。

「そんな身の毛もよだつようなことを言わないでくださいっ!!

「わっわかった。男がダメなら女ならいいんだな。よし、性転換してこい。金は俺が出す」

「いい加減にしないと僕家出しますよ?」

「まあ、冗談はこのくらいにしておこう」

「冗談に聞こえませんでしたけど」

「細かいことは気にするな。ところで楓さんから聞いたぞ」

 ギクッ。

「なッ、何をです?」

「おまえ、紫苑さんに朝っぱらからあんなことやこんなことをしてもらったらしいな」

「うっ……えっと」

「そうなんだな」

 父さまの顔が、ずいっと近づいてくる。間近で見るといつも笑っているような細目が妙に迫力があった。

 僕は仕方なく頷くと。

「く―――――っ、羨ましい―。俺なんて母さんに先立たれてちまってそんなにいいことしてもらえなかったのに――。こうなったら紫苑さんっ!!俺にもいいことしてくれ」

 父さまは紫苑の手をがっしりと握って眼をうるうるさせていた。

「いい加減にしてくださいっ!!紫苑は僕のものです。いくら父さまでも、あげませんよ」

「そんな堅いこと言うなよ。少しくらいいいだろ、減るもんじゃあるまいし。なあ〜紫苑さん」

 そう言って父さまは紫苑の手にすりすりと頬擦りをして言った。

 その時、僕の中で何かが音を立てて切れた。

 ぷちっ。

「このっ……変態親父―――――――――――――――――――――――!!!!

「はうぅぅっ!!

 げしげしげしっ!……ごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろ―、ぐしょんっ!!

「はぁはぁはぁ……金輪際紫苑の1m以内に近づくのを禁止ですっ!!

 僕は紫苑を抱き寄せて、壁にぶち当たってぴくぴくしている父さまを睨み付けた。

「あらあら、お父さまは大変ですわね」

 紫苑は少し困ったようなそれでも嬉しそうに笑っていた。

「なんだか朝から賑やかで楽しそうですわね」

 そう言いながら、元凶の楓さんがやってきた。

 基本的に朝食は僕と紫苑、いるときは父さま、そして楓さんとで摂ることになっている。

「楓さんっ!!父さまになんてこと吹き込むんですか。おかげで朝から襲われそうになったんですから」

「あら、使用人には既に周知の事実ですわよ」

「ぐあっ、他の皆にも吹き込んだんだ」

「ところでなぜ旦那様が伸びていらっしゃるのですか?」

「ああ、それは放っといてかまいませんから。ちょっとした罰です」

「うう、ちょっとしたスキンシップだったのに、どうして解かってくれないんだ?父さんはかなしいぞ」

「人の女性に手を出すような親の考えなんて解かりたくありませんから」

「確かにそれは感心できませんわね。私というものがありながら紫苑さまに手をだすなんて、罰が当たって当然ですわ」

「うう、俺はただたまにしかいないんだから、かまって欲しかっただけなんだ〜……ううっ、しくしく」

 どうやら本当にかまって欲しかったみたいだ。ちょっと悪いことしたかな。

「ふう、解かりました。瑞穂さま達はこれからお出かけになられるのですよね?」

「はい、夕方くらいには帰ってくると思います」

「でしたら、旦那様今日はせっかくの休暇ですし、ゆっくりと羽を伸ばされてはいかがですか?御用があればなんでも承りますわ」

「本当か?」

「はい。仕事は他のメイドに任せてありますので、今日は旦那様だけのメイドです」

「よっしゃっ!!じゃあ、今日は久しぶりにドライブにいこう。デザートの美味い店があるんだ」

 今まで落ち込んでいた父さまがそれを聞いて、ぱあっと顔を輝かせた。

 父さまのこういう純真なところは好きだな。

 きっと母さまもそんなところに惚れたんだと思うし。

「そう言えば瑞穂様」

 はしゃぐ父さまを微笑ましくみつめながら楓さんが呟いた。

「結局、あの後、紫苑様とされたのですか?」

「えっ……」

 その時、僕の中で時間が止まった。

    *

 暖かな陽射しの降り注ぐ中、僕と紫苑はのんびりと通りを歩いていた。

 それにしても、楓さんには参ったな。

 食事中散々いじられて、おまけに他の使用人たちにまでからかわれて……。

 まあ、あの人に頭が上がらないのは今に始まったことじゃないんだけど。ほとんど母親代わりみたいな人だし。

「ねえ、あそこの二人すごい美人さんがいるよ」

「えっ?どれどれ…うわっ、本当だ。すごく綺麗」

「あんなに綺麗な人がこんな所にもいるんだ」

「あの二人、モデルさんかな。スタイルいいな」

 ……なんだか自分達の周りが黄色い空気で包まれているような気が。

「ふふふ、どうかされましたか?」

「ええ、なんというか背中がむずむずするというか、ぞくぞくするというか。周りの視線がわたしたちに集中しているような気がするのですけど」

「それは瑞穂さんが美人である証拠です。どうやら瑞穂さんの人気は学院内だけではおさまらなかったみたいですね」

 よほど居心地が悪そうな顔をしていたのか、紫苑が苦笑しながら頷いた。

 ちなみに外出時は結局女装となり、外では瑞穂さんと呼んでもらうようにした。

「それはあまり嬉しくないような」

 そんなことを話していると、ちょうど通りかかった銀行から覆面の怪しい人達が出てきた。

 後ろから警官がなにか怒鳴っている。

 なんだろう?と考えているうちに覆面が僕達を捕まえて銃を突きつけてきた。

「えっ……?」

「動くなっ!!動くとこの女の命がないと思え」

「これは、人質というものですね。私初めてですわ」

「わたしも初めてです」

 それを見て追いかけてきた警官達が舌打ちをした。

「いいか、そこを動くなよ」

 そう言いながら覆面達は少しづつ後ずさり始めた。

 後ろを見ると黒いワゴンが止まっていた。これで逃げるつもりだろう。

 いったいこれからどうなってしまうんだろう?

    *

 瑞穂達が連れ去られるところを群衆に混じって、二人の黒服の男女が見据えていた。

「あれは、やはり例の強盗か……」

「ずっとマークしてたから間違いないと思うよ」

「となるとあの二人が連れて行かれる所は……」

「母さんの情報が正しければ、あそこだろうね」

「よし、なら行くぞ。久しぶりの実践だ。気を引き締めていくぞ」

「うん」

 そうして二人の黒服は裏路地の中へと消えていった。

 おそらくそれに気付いた者は誰もいなかっただろう。

    *

 僕たちは人気の少ない倉庫に連れてこられた。

「さあ、入れ」

 僕たちは銃で小突かれて倉庫の奥にある小さな部屋に入れられた。

 中には五人ほどのいかつい顔をしたおじさん達がいた。皆、腰に二本の刀をさしている。

「これはまた、別嬪な人質を連れてきたな」

「はい、ボス、後はいつものように身代金を要求するだけです」

 そんな会話を横で聞いていた僕は溜息を吐いた。

「はあ、これからどうなってしまうんだろう」

「そうですわね。でも人質になるってなんだか、どきどきしません?」

「ははは、面白いこと言うな嬢ちゃん」

 ボスと呼ばれたおじさんが紫苑の言葉を聞いて愉快そうに笑いだした。

「やはりこの場合は交渉人や囮捜査官がやってくるのでしょうか?それとも人質が解放されたと同時に突撃班に襲撃されるのでしょうか」

「そういうことは何度もあったぜ。警官達を殺さずに無力化するのは大変だった」

「映画や小説では武装した犯人達が警官を殺すというのはよくありましたけど、皆さんはそういうことはしないのですか?」

 紫苑は少し考えてから不思議そうに小首を傾げた。

「俺たちは自慢じゃねえが、人を殺したことがないんだ。俺たちは金さえ手に入ればそれでいいんだ。確かに俺達のやりかたは汚いが、そんな汚い金でも救いになることがあるんだ。俺たちが手に入れた金の大半は、難民や飢餓に苦しんでいる奴らに寄付してるんだ。ほら、あそこの山になってるダンボールの中には今まで俺たちが寄付したところから送られてきた手紙なんだ。俺達の寄付のおかげで生活が楽になったとか病院ができて沢山の病人が助かったとか、そういう手紙さ。これを読んで俺達はやってよかったって思うんだよ。だから俺達は間違っていてもこれからも続けていくんだ」

 僕はおじさんの言葉を聞いて思った。

 この人達は悪い人じゃない。

 確かに強盗は許されないことだけど、この人達がしていることはとても素敵なことだと思う。だから僕は自然に笑うことができた。

「皆さんは本当はいい人なんですね」

「よせよ、嬢ちゃん。俺達はもともと裏の世界の人間なんだ。“御神・神風流”っていう古い剣術の、囮や潜入工作、情報操作を旨とする戦闘集団だったんだ。ところが俺たちがそういう仕事に着く前に御神の本家が爆弾テロにあってな。皆すっとんじまったんだ。運良く生き残ったはいいけど、裏の人間が表に出て行くっていうのはなかなか難しいんだ。だから俺たちにできる方法で人助けでもできたらみたいなことを考えて今に至るわけよ」

「……あの、もしよかったらわたしの家でガードマンをやりませんか?家はわりと実力主義なので大丈夫だと思います」

 僕はこの人たちの力になりたいと思った。

「ありがとうよ嬢ちゃん、でも気持ちだけうけとっとくぜ、嬢ちゃんに迷惑かけたくないからな」

「でもこのままだといずれ警察に捕まっちゃいますよ」

「なに、俺たちはもともと悪党なんだ気にすることはない」

「でも……」

 僕が食い下がろうとした時、部屋に一人の覆面が慌てて入ってきた。

「ボス、見張りがやられた。しかも相手はたった二人だ」

「何っ!?

 それを聞いて他のおじさん達が戦慄した。

「……どうやら、これが最後になりそうだな」

「えっ?どういうことですか」

「嬢ちゃん達はここにいな。見張りがやられたっていうことは、相手はかなりの強者だ。久しぶりにいい戦いができそうだ。嬢ちゃんたち、短い間だったが話せて楽しかったぜ。じゃあな」

「あっ、待って」

 僕が引き止める間もなく、おじさん達は部屋を出て行ってしまった。

    *

 俺は義妹の美由希と共に強盗のアジトに忍び込んでいた。

「見張りが思ったより手強かったな」

「うん……でも、あれは」

「解かってる。おそらく……」

 俺は殺気を感じて会話を中断すると、横へ飛んで振り向きざまに小刀を投げた。

 かいんっ!!

 後で硬い金属音が響いた。俺が投げた小刀とさっき飛んできた物がぶつかったのだろう。美由希の方も同じような状態になっていた。

 俺は即座に美由希に目配せをして当たりに意識を集中させた。

「(相手は……五人……いや六人か)」

 先ほどの攻撃が合図だったかのように周囲から滲み出てくるように覆面たちが六人

現れた。

 向かって左右に一人づつ、後に三人、そしてほとんど解からなかったが、一番奥に一人いる。見張りを倒したことで警戒しているのだろう。全員が二本のうち一本の刀を抜いて構えている。

 俺たちと同じ二刀流か……。

「(なかなか筋があるようだ。並みの強盗ではなさそうだな。……だがっ!)」

 戦って勝つのが俺たちの剣、“御神流”だ。

「御神流の前に立ったことを後悔させてやる。……いくぞっ!!

 その掛け声と共に俺と美由希は同時に数本の飛針を放った。

 覆面たちはそれを難なくかわし、襲い掛かってきた。

 左右の二人が一斉に中型のナイフを投げてきた。

俺と美由希は左右に飛んでそれをかわす。

そのまま突っ込んで前方の覆面を切りつけようとしたとき、背後から殺気を感じて俺はとっさに横へと転がる。

すぐに起き上がって背後を確かめると、さきほどまで自分がいた所には、最初に投げられたナイフが突き刺さっていた。

美由希の方も統制された攻撃に少々苦戦しているようだ。

それでも俺の方に攻撃が集中しているのは俺の方が厄介だと認識しているからだろう。

「(どうなっているんだ?普通の強盗なら、大抵はもう片付いていてもいいはずだ。こいつらは……強い。下手な軍隊よりもよっぽど動きに無駄がない。……ならば)」

 俺は意識を極限まで集中させた。その時、頭の中でスイッチが入った。

 御神流・奥義の歩法“神速”。

 極度の精心集中により肉体のリミッターを外すという荒技である。

 俺は過去に膝を壊しているので一日に三回までが限界である。

「(それまでにけりをつける)」

 俺はさきほど飛び退った覆面に接近し、峰で“徹”を放った。

 “徹”とは御神流・斬式の一つで、相手の中へ衝撃を通すことができる技である。

 神速の領域では相手に気付かれることなく倒すことができる。

 だが。

「なっ!?

 覆面は俺の動きを確実に捉えていた。

見えるが体がついてこない。そんなかんじだった。

 俺は内心の動揺を隠しながら、美由希が交戦している覆面へと狙いを定める。

 だが、切りかかろうとした瞬間。

「……っ!?

 美由希と交戦していた覆面の足元にナイフが突き刺さっていた。

 一瞬遅れてそれに気付いた美由希と覆面は驚いて、いったん距離をとった。

 緊迫した状況の中、奥のほうから豪快な笑い声が聞こえてきた。

「はっはッは……、おまえ等じゃこの二人にはかなわねえ。そっちの嬢ちゃんだけだったらなんとかなったかもしれないが、そっちの神速使いの坊主が一緒じゃおまえ等だけじゃそう長くはもたねえな。よくて一分ってところだな。さっきも俺が手を出さなけりゃ終わってたな」

 一番奥にいた男が愉快そうに指摘した。確かに神速を使えばどうにかなる相手ではある。それにしてもどうして神速を知っているのだろう?

 御神を知る者だとしても、御神の人間は全滅したはずだ。

「坊主、名は何て言う?俺の名は大徹、神風大徹だ。おまえと同じ剣術使いだ」

 神風?どこかで聞いたことがあるような気がする。どこだ?

「……高町恭也」

「高町、人質はこの奥の部屋にいる。俺と一対一の勝負だ。おまえが勝てば人質を解放しよう。ついでに俺を警察の連中につきだしても構わない。ただし部下達は見逃してくれ。それだけだ、どうだ?」

「ボスっ!俺達も最後までお付き合いします」

「おまえ等は黙ってろっ!それに今まで勝手に突っ走っていたのは俺だ。そんなものに最後まで付き合うことはない。おまえ等は自分の道をいけ、足はつかないように手配済みだ。香港に古い知り合いがいる。そいつなら信頼できる、面倒みてもらえ」

 大徹は自分に食い下がる部下たちを怒鳴って黙らせる。

「……おまえは悪党には見えない。何故こんなことをする?」

「俺は悪党だ。それ以上でもそれ以下でもない。これは俺の問題だ。誰にも譲れない」

「ふう……そういう頑固な奴と対峙するのはこれで二度目だ」

 俺は今頃家でくしゃみをしているだろう女性の顔を思い浮かべて苦笑した。

「あんたがそうありたいというのなら、俺は全力で相手をする」

「よし、おまえ等、手をだすなよ。そっちの嬢ちゃんもな」

 その一言で取り巻きがさっと離れた。

「美由希、おまえも下がっていろ。邪魔になる」

 美由希はそれに頷いて後に下がった。こいつは手加減をして倒せる相手じゃない。

「高町、やる前に一つ忠告してやる。おまえの神速は俺には通じない。それにおまえの足じゃ、そう長くは神速に耐えられないだろう。さっきの神速で足が不自然に揺れていたからな」

 俺の弱点はすでに見破られているということか。

「俺を倒したかったら、神速を使わずに神速を超えてみろ。そうすれば御神の秘技、“神の領域”と呼ばれた領域を見出すことができるはずだ」

「なっ……!?

 俺はそれを聞いて愕然とした。それは一度、父士郎から聞かされたことがある。

“破”と呼ばれる誰も到達できなかった、御神の秘技があると……。

「何故あんたがそんなことを知っている」

「俺の剣の流派はな、“御神・神風流”っていうんだ」

「なっ……まさかっ!?

 御神・神風流。

それはもう一つの御神の裏をいく流派だった。

そうかだから聞き覚えがあったのだ。

 それにしても思いもよらないところで御神の生き残りと出会ってしまった。

「まっ、細かいことはどうだっていいんだ。俺はおまえと勝負がしたい。それだけだ」

「……俺も剣士だ。鞘を抜くということはどういうことか心得ている、あんたが止まらないなら俺が止める。……いくぞっ!!

 俺は掛け声と共に地を蹴って大徹に切りかかった。

「……っ!?

 切りかかろうとしたとき、大徹が消えた。

「(この感覚は神速と同じ……っ!!)」

 俺は背後からごく僅かな殺気を感じて、咄嗟に刀を背中に当てた。振り向いてからでは遅いと感じたからだ。

 カキンッ!!

「いい反応だ。土台はもうできている、これならいけるかもしれない」

「くっ……!」

 俺の背後には大徹がいた。俺は体を反転させて足払いをかけた。

「よっと……」

 それを大徹は難なくかわしていったん距離をとった。

「今の状態で“閃”を出せ。そうすれば一撃で俺を倒すことができる」

 そう言って、再び大徹は構えをとる。

「(もう一度、同じことをされたらよけられるかどうか解からない……くそっ、どうすればいいんだ)」

「高町、おまえには“守りたいもの”はあるか?何があっても譲れないもの、おまえが強くあり続けるわけが」

 俺は大徹のその言葉にハッと我に返った。

「守りたいもの……」

 俺は忘れていたのかもしれない。

 “守る”ということの本当の意味を。

 御神がなぜ負けないのか解かった気がした。

 そう思うと不思議と体の底から力が湧いてきて、ふいに重力から開放されたように体が軽くなった。

 俺は眼を閉じた。

 俺の守りたいもの。それは最高の弟子である、最愛の恋人。

「俺には……あるっ!!

「そうだっ!その気だ。それを絶対に忘れるな。いくぞ、恭也っ!!

「こいっ!大徹」

 大徹は今までにないほど深く構えて地を蹴った。おそらくあれが本気なのだろう。

 ゴウッ!!

 周囲に突風と轟音が響き渡った。

「(奴の動きが……見えるっ!?)」

 不思議と今まで通常では捉えられなかった大徹の動きが手に取るように見えるのである。今ならいけるっ!。

 俺は頭に浮かんだ動きを、迫り来る大徹に叩き込んだ。

 カキンッ!!

 それを見た者には七つの閃光が見えただろう。

 気付けば大徹は吹き飛んで壁際でぐったりしていた。

「見事…だ。恭也……それを…極めたとき、御神を……切り拓くのは……おまえだ」

 大徹は息も絶え絶えで苦しそうだがとても嬉しそうにしていた。

    *

「おじさん達大丈夫かな……」

 僕と紫苑は部屋で不安げにおじさん達が帰ってくるのを待っていた。

「なんだか外が騒がしいみたいですけど……どうしたのでしょう?」

 さっきからずっと外から金属がぶつかり合う音が響いてくる。

「あのおじさん達、悪い人には見えなかったのだけれど……」

「私もそういう気配は感じませんでしたわ」

「じゃあ、どうしてこんなことを続けているんだろう?」

「さあ、それは私にも解かりませんわ」

 そんなことを二人で考えていると、突然壁が崩れ落ちた。

「わあ」

 僕は咄嗟に紫苑を抱き寄せた。

 朦々と立ち込める煙の中からゆらりと一人の女性が現れた。

「大丈夫ですか?もう大丈夫ですよ、助けに来ましたよ」

 そう言って笑いかけてくる女性は、鋭利な雰囲気とは裏腹にとても優しそうな微笑を浮かべていた。

「怪我はありませんか?」

「あ、はい。とてもよくしてもらいましたから」

 僕は質問に受け答えをする。

「あの…できればおじさん達を連れて行かないでください。確かに悪いことをしていましたけれど、本当はとても優しい人達なんです。お願いします」

「瑞穂さん……私からもお願いします。あの方々はやり方こそ間違っていても誰かに救いの手を差し伸べようとしていたのです」

 頭を下げる僕たちに苦笑しながら女性は優しい口調で言った。

「大丈夫ですよ。彼等のことはよく知っていますから。それに私は警察の人間じゃありませんから」

「本当ですか?」

 僕が本当に嬉しそうな顔をしていたのか、女性が苦笑しながら頷いた。

「よかった……」

 僕は心の底からほっとした。

 そんなやり取りをしていると、眼鏡をかけた女性が顔を出した。

「美沙斗―、ここの箱全部ですかー?」

「ああそうだよ。彼等にとって大事なものだから丁寧に運んで」

「それにしてもすごい量ですねー、中身はなんなのですか?」

「お礼の手紙らしいよ。今まで彼等が寄付してきた所からの」

「もしかして最近増えていた、差出人不明の謎の寄付というのは、ここの人達がしていたんですね。ところでそちらのお二人は?」

「ああ、今回の人質だよ」

 眼鏡の女性に紹介されてとりあえず挨拶をしておいた。

「はじめまして、宮小路瑞穂です」

「十条紫苑です、今回は人質という貴重な体験をさせていただきました」

「はじめまして兎弓華です。ふふふ、面白いことを言いますね」

「いえ、ここの方達がよくしてくれましたから、そんなふうに言えるのだと思います」

「ええ、とてもいい人達でした」

 そういえば中の様子はどうなっているのだろう?少し静かになった気もするけど。

「とりあえず中に入ってみよう。おそらく中で戦闘しているはずだから私から離れないでください」

 最初に来た女性が先頭に立って言った。

「あっはい。えと……」

「そういえば自己紹介がまだでしたね。私は御神美沙斗です」

「あっはい、美沙斗さん」

「それじゃあ、入るよ」

 そう言って明けられた部屋の中ではおじさんと見知らぬ男性が戦っていた。

 他のおじさん達は静観しているようだ。

 その中にいた眼鏡をかけた女性が美沙斗さんを見つけて急いで駆けてきた。

「美由希、状況は?」

「恭ちゃんと主犯格の人が一対一の勝負を始めて他の人は手を出すなって言われて、皆戦いを見てたの」

 美沙斗さんに状況を説明している間にも戦闘は続いていく。

「おまえに守りたいものはあるか?」

 おじさんがそう尋ねたとき、男性の様子が変わった。

「俺には……あるっ!」

「いくぞっ!恭也」

 おじさんが弾けるように地を蹴って恭也と呼ばれた男性にものすごい勢いで近づこうとしたとき。

「えっ……」

 七つの閃光が走ったかと思ったら、次の瞬間おじさんは弾き飛ばされていた。

「見事だ……」

 なぜかおじさんは満足そうに笑っていた。

「おじさんっ!!

「おう、嬢ちゃん達か……はは、俺負けちまったよ……でも後悔はしてないぜ」

「相変わらず無茶をするな、君は」

 そこへ呆れたような口調で美沙斗さんが呟いた。

「美沙斗も来てたのか…久しぶりだな」

「ひどい有様だね、恭也に手ひどくやられたのかい?」

「ああ、おまえはいい弟子を持ったな。恭也は強かったぜ」

「わるいけど、恭也は私の弟子じゃないんだ。兄の弟子なんだ」

「そうか……士郎の弟子か…あいつもまたずいぶんと優秀な弟子に恵まれてたんだな」

「父を知っているのか?」

「ああ、俺と士郎と静馬でよく騒いでたからな。そんなかに美沙斗も混じってたんだよな」

「あの頃は楽しかったからね」

「さて、俺は負けたがどうする?人質の解放は済んだみたいだし、俺を警察に突き出すか」

「ああ、そのことだが今日から、君達は正式な香港警防隊の隊員となったから」

「こりゃまた、いきなりな話だな」

「すでに認証済みだから、私達のような剣術使いは貴重な戦力として重宝されるから待遇もそれなりのものを期待してかまわない。それに今まで通り寄付もできる。今度は真っ当なお金でね」

「……世話になるな。だが一応部下達の意見も聞いてやってくれ。足を洗いたい奴はそうさせてやってくれ」

「解かった。……という事ですが、皆さんはどうされます?」

「俺達は当然、ボスについて行くに決まってますよ。なんたって俺達は皆、家族なんだから。なあ皆」

「ああっ!!

「おまえ等……」

「君もいい部下に恵まれたね」

「まったくだ……ところで傷の手当てのできる所に運んでもらいたいんだが。さっきから体中が軋んで動けねえんだ」

「あんなものをくらって生きているほうがおかしいくらいだと思うよ」

「ははは、そりゃそうだ」

「あの、おじさん……」

「おう、嬢ちゃん達。迷惑かけて悪かったな」

「迷惑だなんて、私たちおじさん達に会えてよかったです」

「縁があったらまた会おうぜ」

「はい、おじさんもお元気で」

 こうして大学を冷やかしに行くだけだったはずの一日が、長い一日になってしまった。

 あの後、美沙斗さんに駅前まで送ってもらい家路に着くことにした僕達だった。

「なんだか今日はいろいろなことがあって疲れました」

「あら、私はとても楽しかったですわよ。人質という初体験もできましたし」

「あっあはは……」

「でも、大学も見に行けなかったのは残念ですわ」

「また日を改めて行けばいいじゃないですか」

「それもそうですわね。では今度はいきなり奏ちゃんを訪ねて行ってそのままお持ち帰り大作戦といきましょう♪」

「きっと奏ちゃん、びっくりしますよ」

 僕達はそんな他愛もない話をしながら帰っていった。

 今日出会った高町恭也さんが、僕達が来年受験する海鳴大学の学生だということを知ったのはこの日から随分経ってからだった。

 




 あとがき

 

 こんにちは、堀江紀衣です。

 今回はわたしが最近はまっている作品ととらハメインのクロスを書いてみました。

瑞穂「どうして、僕達が人質にならなくちゃいけないの?」

紫苑「それは作者さんがそうしたいからでわないでしょうか?」

圭「瑞穂さん……物語とはいつも非情なものなのよ。物語において作者は神なの、生きるも死ぬも、みんな作者の気まぐれで決まるのよ。だからその物語の一登場人物である私たちは作者の魔の手が忍び寄るのを怯えながら暮らさなくてはいけないの」

紀衣「……圭さん、あまりぶっそうなことを吹き込まないでください。まあ、確かにお話の都合上死んでもらうことになることもありますけど」

瑞穂「やっやっぱり、僕達殺されちゃうんだ……しくしく、まだ死にたくないよ〜」

紫苑「瑞穂さん……」

まりや「大丈夫よ二人とも。そんな時のために編集者っていう自由の女神さまがいるから。その気になれば物語を一から作り直してくれるわ」

紀衣「そっそれは怖いです……」

まりや「ところで、なにやら次回は貴子が下宿先の女子寮で大暴れするらしいわよ」

貴子「誰が暴れるですって〜!!あなたと一緒にしないでください。ただちょっとだけ我を忘れてしまっただけですわ」

まりや「やっぱり暴れるんじゃん」

由佳里「なんか、一子さんみたいな人がでてきてるんですけど……」

奏「ねこさんも沢山いてとても楽しそうな所なのですよ〜♪でもなんだかいろいろな事情を抱えた人がいるみたいなのですよ〜」

瑞穂「なんか家出しちゃうみたいだし……行く当てはあるのかな?」

紫苑「可愛らしい方なら私、大歓迎です♪」

瑞穂「紫苑さん、それ問題あると思います」

紀衣「そんなわけで次回、優しさに包まれて・第2話・家族の温もり 5月の家出。です」

 

 





という訳で、おとぼくとのクロス〜。
美姫 「一話目から、瑞穂たちは大変な目にあってるわね」
でも、いい強盗さんで良かったよ。
美姫 「強盗する時点で良いとは言い難いけれどね」
まあまあ。
さて、次回は女子寮でおお暴れする貴子たしいけれど…。
美姫 「この女子寮って、まさか…」
さあ、それはどうだろう。
美姫 「う〜ん、次回が待ち遠しいわね」
うんうん。次回も楽しみにしてますね。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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