優しい歌 第2部 第7話 傷だらけのメモリー
*
――遠い昔。“夜の一族”と呼ばれる人と似て非なる存在が世界を支配していた頃。
他の脅威を退ける為、権力に溺れた者達が自らの力を誇示する為に多くのメイドを従えていた。
多くのメイドの中でもとりわけ、優秀なメイドがいた。仕事を完璧にこなし、当時のメイド長をも勤めていた。
*
セレンの話を聞いていたさくらが小さく笑った。
「ノエルみたいね」
「私は、忍お嬢様にそのようにプログラムを組んで頂いたおかげです」
「……そうだね」
そんな三人をセレンは、にこにこしながら眺めていた。
「お話、続けますね。そんな彼女は面倒見もよく、他のメイドからも慕われていました。でも彼女には誰にも言えない秘密がありました」
「秘密?」
「はい。それは、彼女が夜の一族……正確には、一族の原点と言える存在だったからです」
「夜の女王……。確か記録にはそう記されていたわ」
「それって……」
それが意味するものを察して、さくらが身震いする。
「昔の話ですよ。いまはただの操り人形ですから」
穏やかに笑うセレンは、それでもどこか寂しそうに見えた。
「だとしても、一族の皆に気付かれるんじゃないの?」
「いいえ、彼等は気付きませんでした。何故なら、私が見つけた時にはもうほとんど、血が変わっていたからです。皆さんはもう、私が知るヴァンパイアじゃなかったんです」
そう言って、また寂しそうに笑うセレン。
「それでも最期にはバレちゃいましたけど」
「えっ?どうして」
「血が足りなくなったのと、持病が悪化して倒れてしまったんです。今までは力を使って抑え込んでいたんですけど」
「どうして血を吸わなかったの?立場を利用すれば、そんなに難しくはなかったはずよ」
「私にとって他のメイドは、皆妹同然でした。私は皆のことが好きでした。だからそんなことはできませんでした。それに余命千年程度の体でした。普通にここまで生きていたとしても、風前の灯でした」
セレンは悲しげに眼を伏せる。
「次に目覚めた時は、沢山の人に囲まれた水槽の中でした。その間に何があったのかは、私の記憶にはありませんでした」
それに忍が補足する。
「セレンが倒れた後、大騒ぎになったらしいの。何せ自分達のご先祖様にあたるわけだし、そんな人がメイドやってて、しかも今まで気付かなかったんだから。それで、何とかして病気を治そうと皆躍起になってたそうよ。それで最終的に二人の科学者が呼び寄せられたの。当時、一族の技術よりも遥かに高度な技術を所持していた皆瀬秋子博士と、錬金術のスペシャリストでもある、白川愁博士」
「なんですってぇ―――!!!」
「麗奈さんっ、落ち着いて」
「えっ?…・・・てっ、きゃあ」
その声に、忍とさくらが後ろを振り返ってぎょっとした。そこには鬼気迫る形相の麗奈が、今にも飛び掛ろうとしていたからだ。よく見ると、他の主要戦闘員もフル装備でスタンバっていた。
「今日のところはここまでのようですね。私に時間を頂けて感謝します」
「えっ!?」
さくらが振り返ると、セレンは一度深々と頭を下げてからブレードを構えた。
「マスターの命令は絶対です。だから……ごめんなさい」
「させません」
肉薄するセレンに、ノエルがブレードで迎え撃つ。
「あたし達も加勢するわよ」
麗奈が庭に出て、愛銃を構える。他の皆も庭に出て臨戦態勢に入る。しかしその時、空を激しい閃光が走ったかと思うと、突然空間がぐにゃりと歪んだ。
「空間の歪みが前より激しい……っ、皆危ない!!」
美優希の叫びに麗奈達は咄嗟に結界を張った。直後、頭上に轟音を立てて雷が落ちた。
「くっ、なんてパワーなの」
それを見たセレンは、一度大きく飛びのいた。
「もうじき彼等が来ます。許されるのならノエルと一対一で戦わせてください。私はこの家の裏山の湖で待っています」
そう言い残してセレンは、裏山の中へと消えていった。
「ノエル、行こう」
「ちょっとあんた達、まさかあいつの誘いに乗るつもりじゃないでしょうね」
「麗奈……、おねがい。黙って行かせて」
「あんた達でどうにかできるの?」
「これは多分、私達でやらないといけないと思うから」
「でも」
「行っておいで」
「耕介さんっ」
抗議する麗奈の横で、静かに耕介が言った。
「確かに麗奈達が行けば、事は簡単にすむだろう。でもそれじゃあダメだと思う。彼女はきっと忍ちゃん達に何かを伝えようとしているんだ。なら、ここは当事者に任せるべきだと思う」
耕介の言葉に、他の大人たちも頷く。
「……なら、あたし達の中から誰か一人連れて行きなさい。もしもの時は、それで事を収める。それくらいはさせてちょうだい」
そう言って、麗奈は零一、真、静香を見る。
「なら、私が行きます」
静香が名乗りを上げる。
「解かった。ありがとう麗奈」
忍はそれに頷いた。こうして、忍、桜、ノエル、静香は国守山の湖へと向かった。
*
忍達を見送った後、あたしは溜息を吐いた。
「心配なのは解かるけど、彼女達ももう子供じゃないんだし、いざと言う時は静香ちゃんがどうにかするんだろう?」
「その為につけさせたんですけど。まあ、そういう事が無いに越した事はないんですけどね」
「それよりも今は」
「解かってます」
耕介さんに頷いて、あたしは歪んだ空を睨む。空にぽっかりと開いた穴は以前よりも遥かに大きい。あたしは、前回に母さんにもらった大砲を構えて、皆に指示を出す。
「戦えない人は、寮の中へ避難して。結界を張るから」
零一と真に指示を出し、結界を張らせながら、あたしは皆を見回す。と言っても大半は戦える人なんだけど。
「また前みたいに物置が降ってくるのかな?」
「知佳、物置くらいなら可愛いものだよ」
「リスティさんの言う通りね。また屋敷だったらめんどいわ」
「そんときは麗奈がソレでぶっ飛ばすんだろ?」
真雪さんが木刀を肩に担いで、にやりと笑う。
「そのつもりです。まあ、何が起こるか予測できないので、気を引き締めていきましょう」
祐介がいない分、しっかりしなくちゃ。
あたしは、非戦闘員の皆が寮内に入るのを確認して、美優希を呼んだ。
「美優希、今回はどう?」
あたしの意図を察してか、美優希は眼を細めて空を見る。
「ここまで歪んじゃってたら、たぶん抑えてもそんなに長くもたないと思います。“外”からならもしかしたら……」
美優希の言う“外”とは、この世界そのものの外側ということだろう。しかしそれができるのは、方舟とその操者のみである。
「周囲の空間ごと隔離すれば、少しは時間が稼げると思うんですけど」
「それはダメよ、そんなことしたら美優希に負荷がかかり過ぎる。ただでさえ病み上がりなんだから、今回は大人しくしてなさい」
「でも」
「穴を防げないなら、出てきたの片っ端から潰せばいいだけだし。大丈夫よ、あたしを誰だと思ってるの?それにあんたの力は、ほとんど最後の手段なんだから温存しときなさい」
「うう、解かりました」
美優希は、渋々といった感じに寮の中へと入っていった。事実、今の美優希の力は諸刃の剣なのだ。それに美優希になにかあったら、祐介に会わせる顔がない。
皆が持ち場についたのを確認して、あたしは空を睨む。ちょうど異界の魔物がこちらに現れようとしていた。
「今回は物置……って、ちょっと待て」
降下してくる五つの物置。そして。
「ちょっと、何よアレ!ふざけるのもいい加減にしなさいよ」
物置に混ざって降下してくる、鋼鉄の巨城。
「毒ついてる場合じゃないって、アレはちょいと本腰いれないとやばいぜ」
「横鳥の言う通りだ。誰か一人でもいい、力を解放したほうがいい」
「それはダメ、場所が狭すぎるわ」
「なら、斎藤の空間拡張で」
「今は不用意な、空間干渉は禁物よ。ただでさえ時空の乱れが酷いんだから」
「くっ、このままやるしかないのか」
「らしくないわよ。こんなの今のあたし達で十分さばけるでしょ?それに他の皆もいるんだから」
「ふっ、そうだな。ならさっさと片付けるか」
「さあ、来るわよ」
降下してきた物置の扉が開いた。
*
国守山の湖の辺、そこでセレンは待っていた。
「来たわよ、セレン」
忍が軽く手を挙げる。
「ありがとうございます。ここなら他の方にご迷惑をおかけしないですみます」
「お嬢様方は下がっていてください」
ノエルのその言葉に、言われるままに、忍達は後ろへと下がる。
「やる前にこれだけは教えて。どうして反乱を起こしたの?」
忍の問いにセレンは静かに口を開いた。
「プロジェクト・サーヴァイブ」
「えっ?でも、あのプロジェクトは、外敵からの防衛計画だったはずじゃ」
さくらが怪訝な顔をする。それは外敵からの防衛策であり、その一環として自動人形も作られた。そう記憶しているからだった。
「それは仮の呼称で、本当の名前は“プロジェクト・マトン”……絶対に逆らわない、忠実な下僕へと堕とす、権力に溺れた一族が打ち出した歪んだ計画」
「そんなっ……」
「一族は、私の蘇生法を秋子博士とシラカワ博士から奪い、それを利用しようとしました。私の妹達はその実験台にされたのです。ある者は発狂し、ある者は植物状態となって死んでいきました」
「…………」
その、あまりにも凄惨な事実に、誰も言葉を発することができなかった。
「この実験は何度も失敗を繰り返し、その度に妹達は減っていき、ようやく実用段階のモノ“アーキリティー式”。自動人形の初期ロットが完成した頃には妹達は六人にまで減っていました」
「止めてっ!」
「忍……」
「もう……いいよ」
忍はもうこれ以上、セレンの話を聞いていることができなかった。それはあまりにも悲しすぎたから。
「やはり、このお話はするべきではなかったようですね。記録を封印した方の判断は正しかったみたいです。ごめんなさい」
「どうしてこんな悲しいことばっかり起こるのかな……」
「悲しいことばかりだから。もう終わらせるんです」
セレンは徐に自分の胸に腕を突き刺すと、自らのマスターコアを引き抜いた。
「これはあなたが持っていてほしいの。あなたは私の最後の妹だから」
ノエルは、警戒しながらもそれを受け取る。セレンは一度優しく微笑んでから、もと居た場所に戻ろうとして、不意に体をくの字に曲げて苦しみだした。
「くっ、……どうやら、時間切れのようです。そこには私の全てがあります。多分、次に出会う事があればもうソレは私ではないでしょう」
「えっ?どういうこと」
「シラカワ博士は今、かつての仲間達を集めています。それは夜の民、忍さんのお祖父様に聞けば解かるはずです。さようなら。忍さん、傷つけちゃってごめんなさい」
眼に涙を浮かべながらそう言うと、セレンは精一杯の笑顔を残して光に包まれていった。光が治まった時、そこにはセレンがつけていた指輪だけが残っていた。
「……逝きましたか」
静香がポツリと呟いた。
「反応が消えました……」
「それって……」
「……自ら命を絶ったようです」
淡々と答えるノエルの瞳には一筋の雫が光っていた。
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「ご主人様、セレンの反応が消失しました」
「そのようですね。しかし皆瀬博士も面倒な土産を置いていってくれたものですね。おかげで貴重な七型を失うことになろうとは」
「いかがなさいます?」
「失ったモノをどうこうすることはできませんし、空いた穴は他のモノで埋めればいいだけのことです。幸い、一型から六型までの調整ももうじき終わりますし。エーディリヒ式改の数も揃ってきたことですし、それが済めば……、私も少し急がないといけませんね」
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「てあぁぁあああぁぁーっ!!」
「ぐおぉぉぉぉおおっ!!」
「ちっ、こいつ等前回よりもしぶとくなってやがる」
「しぶといのは元からでしょっ!」
あたし達は今、物置と戦っていた。しかも前回よりも遥かにパワーアップしていた。五色の物置はそれぞれ特性が異なり、こちらの属性を把握しているかのように狙ってくる。
「こんな物置の分際でっ!」
あたしは渦潮で茶色の物置の怪を薙ぎ払う。だが崩れたかと思ったら周りの土を巻き込んで一回り大きくなって復活した。しかもだんだんとこちらの攻撃がききにくくなってきている。
「ジャムでどうにかならないのか?」
同じように、赤い物置に苦戦している真が尋ねる。
「こいつら、このジャムにまで耐性がついてるみたいで、核に攻撃できないのよ」
「じゃあどうしろっていうんだよ!?」
「とにかく核さえどうにかできればこっちのものよ」
「何か策があるのか?」
「まあ見てなさい」
あたしは真に親指を立ててみせると、物置を睨みつける。先に放った力の残滓の濃度を確かめる。そろそろいいわね。
「あんた達はお呼びでないのよ。ザコはザコらしくさくっとやられなさい」
茶色い物置の周囲に結界を展開する。結界を防御ではなく束縛として使う。それに慌てた魔物達は結界を破りにかかる。
「我、水を司りし裁者なり。我が意に応え、その力を示せ。悪しき闇を清き流れをもって振り払え。“清流水波”(せいりゅうすいは)!!」
呪文を唱え終わると、結界内に漂流していたあたしの力が水の粒子を伴って高速回転を始める。
「ぐぅぅおおおおおぉぉぉおおおっ!!!!????」
当然、中に居る魔物たちは為す術もなく、物置ごと回る回る。回転が一層速くなった瞬間、竜巻は泡となって中身ごと弾けて後には大きな虹の橋が架かった。
「よっしゃっ!!ざっとこんなもんよ」
「すげぇ……」
「結界を応用すれば、わけないわ。あんたもさっさと物置片付けて、アレつぶすわよ」
あたしは上空に浮かぶ城を指差す。
「今のところ動きは見せないけど、何をしでかしてくるかわからないわ」
「わかってる。そんじゃ俺もサクッと片付けますか」
そう言って真は、赤い物置へと向かうのだった。
*
俺は先輩が物置を撃破するのを、魔物をなぎ払いながら見ていた。
「なるほどな、そういう使い方もアリか。……なら」
俺は一度大きく後ろへと下がった。
「すまないが、少しだけ時間を稼いでくれ」
「何をする気だい?」
魔物と打ち合いながら美沙斗さんが尋ねる。
「物置の核を切る。俺は少しの間、ここを動けない。だからその間こいつ等の相手を頼む」
「そういうことなら、任せて」
三人が頷くのを見て俺も頷き返すと、静かに眼を閉じる。
「我、気を司りし守護者なり。内より出でし熱き気よ、外より纏いし静かなる気よ、今こそ一つになりて荒ぶる力となり、その形を我に示せ。出でよ、“虎王爪牙”(こおうそうが)」
呪文を唱え終わると、遥か上空から刃渡り三メートルくらいはあろうかという日本刀が降下してきた。俺はそれを握ると眼を見開き、前を見据える。
「三人共、待たせたな」
俺の声に、一度間合いを取った恭也達がこちらを見てぎょっとする。俺はそれには構わず握った大剣を一薙ぎすると、周りに居た魔物達を一掃した。
「すごい……」
美由希が感嘆の声を漏らす。それもそうだろう、今俺が振るっているのは規格外の代物だ。質量的に無理があると言われても文句は言えないほどの大きさである。振るい方を間違えればさざなみ寮が粉砕できるほどの威力は余裕で持ち合わせている。俺は大剣を斜めに構えて金色の物置と対峙する。先程の一撃で外の奴等はほとんど消滅した。どうやらこいつ等は単純に物理的防御力が高いというだけらしい。ならば倒しやすくて楽だ。
「貴様等のようなイレギュラーに、勝手なことはやらせん」
俺はぎりぎりまで身をかがめた。重心をずらしたことによって、大剣の重みがズシリと腕にのしかかってくる。普通じゃない人間でもそうそう持てる奴はいないであろう程の重さである。地面すれすれまでほとんど倒れるような形でかがみ、地面に顔がつくかつかないかの所まで来た、瞬間。
ドクンッ……。
辺りの景色がモノクロと化し、全身にゼリーのような空気が纏わりつく。俺はその中を物置目掛けて地を蹴った。
ジャッ……。
地面を大きく抉りながら空気の壁を突き進む。相手が間合いに入った瞬間、俺は旋風を解除した。その途端、全身を激しいGが襲う。
「うおおおおおおおぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお――――!!!!!!!!」
俺は構わず、大剣を振るう。右の逆袈裟切りから左横薙ぎ、右の袈裟切りから左の逆袈裟切り。そして、最後に一度刀を引き戻し、旋風で刺突を放った。
「ぐおおおぉぉぉぉぉおぉおおおおぉぉぉっ!?!?!?」
玄武破斬流奥義之七――刻(こく)・一刀返し。
「い、今のは……」
召還した虎王爪牙をしまい、戻ってきた俺に、美沙斗さんがやや青ざめた顔をして聞いてきた。恭也と美由希には見えなかっただろうが、これは御神流でいうところの“閃”の次の段階である。恭也達に聞くところ、御神流の極みは“閃”であるらしい。だが破斬流はあらゆる戦術を可能とするため、一刀流のような一撃必殺の技もあれば、二刀流のような連携攻撃もあり、果ては一撃離脱というありえないような技もある。刻を越えられないのなら、破斬流を極めることなど到底できない。となると俺がどこまでこの三人をモノにできるかにかかっているということか。三人共、素質は十分にある。
「……ふっ、面白い」
俺は一人、小さく笑うと他のところの様子を伺う。どうやら真雪さん達のところは、先輩や横鳥の援護のおかげでなんとか撃破できたようだ。残るはリスティさん達が相手をしている、水玉模様の奴だけだ。
「三人共、ぼーっとしてないで他の所に加勢するぞ」
「あっああ……わかった」
なんとか立ち直った美沙斗さんが、恭也と美由希を促す。
「……あんな無茶苦茶な技があるのか」
美沙斗さんがボソッと呟くのを俺は気付かれないように苦笑した。
*
「くらえっ、サンダーブレイク!」
「切り裂けっ、ウインドスラッシュ!」
「ぐおおおぉぉぉ!!」
あたし達は、迫り来る水玉模様の魔物を迎撃する。
「くそっ、こいつ等倒しても倒してもきりがない」
「リスティ、ぼやかないの。やらないとこっちがやられちゃうでしょ」
毒付くリスティを知佳ちゃんが窘める。でも、倒した端から復活するんじゃ毒づきたくもなるよね。あたしたちの攻撃だって、いつまでも続けられるわけじゃないし、このままじゃいずれ突破されるだろう。
「くっ……、何かいい方法はないの?」
「三人共、諦めるな。まだ手札は残っているぞ」
「何かいい方法があるのかい?」
水玉を捌きながら、リスティが士朗さんに尋ねた。
「なあに、簡単なことさ。倒してもすぐ復活するんなら、復活する前に本体をやればすむことだろ?」
士朗さんはそう言ってニヤリと不適に笑うと、抜刀の構えを取った。
「剣でどうにかできるものなの?」
「はっ、俺を軟弱な恭也と一緒にしてもらっちゃ困るな」
「きょ、恭也くんが軟弱って……」
「あっあはは……」
その言いようにぎょっとするあたし。その隣で知佳ちゃんも引きつった笑みを浮かべていた。
「まっ、細かい事は気にしない。というわけで、ちょっくら行って来るわ」
そういいながら、士朗さんが地を蹴った瞬間。
ドンッ!!
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
「なっ!?」
まるで何かが爆発するような音と同時に、激しい砂嵐にあおられた。咄嗟に張ったフィールドのおかげで、砂まみれになるのだけは免れたけど、HGSのサイコバリアが軋む程の衝撃って、どんだけでたらめなんだよ。
「どこが細かいんだよーっ!!あいつ、僕等まで殺すきかっ」
「ま、まあまあ、落ち着いてリスティ」
拳を握って思いっきり叫ぶリスティを知佳ちゃんが宥める。ていうか、この二人、こんなんばっかだな。
ズガーン!!!!!!
そんなやり取りをしていると、雷鳴のような轟音が辺りに鳴り響いた。あたし達が前を向くと物置があった辺りから濛々と煙がたちこめていて、その向こうにゆらりと動く人影が見えた。
「……いい動きだな」
いつの間にか隣に来ていた、零一くんが嬉しそうに呟いた。
「あたし達が手を貸す必要もなかったわね」
麗奈もそう言って苦笑している。気付くと他の皆も集まってきていた。どうやらこれで終わりみたいだ。
「まだ気は抜けないよ、シェリー」
「えっ?」
ホッと胸を撫で下ろしているあたしに、リスティが眼を細めて言った。
「そうね、まだ本命がのこっているわ」
麗奈も厳しい表情で空を見上げている。そこには漆黒の巨城が不気味なまでに沈黙を保っていた。
*
皆が外で戦っている頃、私達はリビングに集まっていた。何が起こるか解からない状況のため、一箇所に集まっているほうがいいだろうということで、集まっていたのだ。漣さんとフィリスさんは儀式の最中なのでいないけど。
「どうかしたんですか?」
そんな中、エターニアを抱いてソワソワしているフィアッセさんがいた。それはまるで、何かからエターニアを守るような、そんな風に見受けられた。
「……何か入ってくる」
「えっ?」
「とても嫌な感じ……。ダメ、入ってこないで!」
「フィアッセ?どないしたん」
震える身体を抑えるように、エターニアを抱きしめる腕に力を込めるフィアッセさん。それに気付いたゆうひさんが寄ってきた。他の皆も心配そうにこちらを見ている。
「(リーア)」
私はリーアに思念を飛ばして呼びかけた。
「(外側のサーチは危険だからやめたほうがいいよ)」
「((えっ!?))」
私とリーアがハッとして振り返ると、少し前にゆうパックで送り返されてきたイルが、ひっくりかえったままこちらを見ていた。
「(それよりも、結界の強化をしたほうがいいよ。たぶん、“次”がきたらこの結界、破れるよ)」
「えっ?」
思わず声に出してしまった。が、それを周りに気付かれることはなかった。私が何かを言う前に、寮全体が激しく揺さぶられたからだ。
*
あたし達は、空に浮かぶ巨城と睨みあっていた。
城は不気味なほどに沈黙を保っている。まるで何かを待っているように。
「……なあ、この城。なんかおかしくないか?」
真が、ポツリと呟いた。
「おかしいのは今に始まったことじゃないでしょ」
「いや、そうじゃなくって。厚みがないっていうか、影が薄いっていうか……」
要領を得ない真の言い様に、あたしは眉間に皺を寄せる。
「確かに、奴からは気が感じられない。まるで抜け殻だな」
零一も顔を顰めて頷いた。
「……別に本体がいるってこと?」
あたしは歪んだ空を睨みながら真に言った。
「……真、ここと同じかそれ以上の歪みがないか調べてくれる?」
「……なるほど、解かった。しばらく無防備だからガード頼むぜ」
あたしがそれに頷いたとき、不意に城が身じろぎした。それはあまりにも無造作だった。
ずごおおおおおぉおおおぉぉぉぉぉおおおおおおおおお―――――っ!!!!!!!!!!!!!!!
*
「フィアッセ、大丈夫か〜?」
咄嗟にわたしとエターニアを庇ってくれたのだろう。ゆうひの声が頭上から降ってきた。
「うん、ゆうひのおかげで助かったよ。ありがとう」
「そか。それにしてもえらい揺れやったな」
わたし達は起き上がって、辺りを見回す。幸い、怪我人はいないようだ。
「そんな……」
「えっ?」
わたしは振り返ると、血相を変えた美優希がいた。リーアも顔を強張らせている。
「二人とも、どうし……っ!?」
不意に、さっきの嫌な感じが強くなった。
何かが自分の中に入ってくる感じがする。まるで、体の中に腕を突っ込まれているような感じだ。
わたしはエターニアを抱く手に力を込める。
そして、嫌な感じが一層、強くなったと思った時、不意に頭に声が響いてきた。
――弱き者よ。我に全てを委ねよ。
それは圧倒的な存在感を持って押し寄せてきた。
――弱き者よ。我に全てを委ねよ。
繰り返されるその言葉に、わたしは強く歯を食いしばった。
(貴方は誰?)
――我は、全てを還すモノ。弱き者よ、我に全てを委ねよ。
(イヤッ!)
それは取り返しのつかないことだと直感した。何故だか解からないけど。そう思った。
エターニアを連れて行かれそうな不安に駆られた。
――何も恐れることはない。全てを委ねよ、さすれば汝に永久の福音を。静寂と安寧の祝福を。
わたしはそれが何なのか、漠然とだけど解かった。だからゆっくりと眼を閉じて、エターニアの笑顔とラミアスとの約束を胸に秘めて虚空を見据える。
「約束したの。それにわたしは前を見て歩けないほど、弱くない。だから出ていって」
「ふぃ、フィアッセ?」
突然のことに皆が困惑しているが、わたしは構わずもう一度繰り返した。
「わたしはそんなに弱くない」
不意に脳裏に、あの歌が過ぎった。エターニアが教えてくれた。わたしが悲しくないように、優しくなれるようにたくさんの言葉で飾った。
わたしは、息をすって小さく歌いだした。わたしとエターニアを繋ぐ、この歌を。
「ららら……ららら♪」
――ららら……ららら♪
不意にエターニアの声が聞こえた。辺りを包む光とともに。それは穏やかで、力強い脈動だった。
――守りたいもの、ありますか?
いつか聞いた声だった。それは、先程の禍々しい者のソレではなく。安心できる、優しい声だった。
わたしは、眼を閉じてエターニアの笑顔を思い浮かべる。
――あなたの想い、届けて欲しい。優しい歌と共に。
声が掻き消えると共に、どこからともなく歌が聞こえてきた。どこまでも綺麗で、暖かい歌が。わたしはその歌をエターニアに届けたくて、言葉を心に溶かすように歌った。
「ら〜ららら……らら〜……♪」
わたしは夢中で、歌った。途中で歌は聞こえなくなったけど、不思議と続きを歌う事ができた。
*
結界が破られた。
揺れが収まって、すぐに気がついた。
「そんな……」
「(だから言ったでしょ。次は破られるって)」
私はイルをもう一度振り返って、震える肩を抱いた。
「祐介……」
不意に口をついて出た言葉。ハッとして口を押さえる。自分がこんなにも怯えていることに驚きを隠せないでいた。
「美優希さん」
そっと肩に手を置かれて、びくっと反応してしまう。ゆっくりと振り返ってみると、そこには天美さんが穏やかな笑みを称えて立っていた。天龍王の眼で。
「その想いを隠さないで、彼にならちゃんと届きます。ほら、落ち着いて。彼の事を想い浮かべるのです」
私は言われるままに、祐介のことを考えた。
どんな時でも、私を守ってくれた人。
どんなに離れた場所に居ても、私を見つけてくれる人。
私はそんな祐介が愛しくて、恋しくて、ずっと傍にいてほしいと、心から願った。
胸の中に熱いモノが広がるのを感じた。
「さあ、お行きなさい。もう大丈夫でしょう?」
「でも……」
私は、フィアッセさんをちらりと見た。
「大丈夫、わたしに任せなさい。それに今貴女がすることはこんな所で立ち止まっていることじゃないでしょう」
私は一度、天龍王の眼をしっかりと見て頷いた。
*
――そう。それこそが君がボクに教えてくれた一つ目の答えだよ。
信じる事の証となる。
紅蓮の絆。
互いにぶつかり合う激しい炎。それを受け止められるというのなら、君達はそれを糧に羽ばたけるだろう。
*
歌い終わると、周りから拍手が聞こえた。
「あはは、ごめん。驚かせちゃったかな」
「ううん、そんなことあらへんよ。急に歌いだすからちょう、びっくりしたけど。うん、ええ歌やったよ」
照れ臭い気持ちをごまかすように笑ってそう言うわたしに、ゆうひも笑顔を返してくれる。他の皆もそれに頷いていた。
いつの間にか、美優希がいなくなっていた。
「あれ? 美優希は」
「そういえば、おらへんな。どないしたんやろ?」
「美優希さんなら、彼女の為すべき事を為すために出て行きましたよ」
いつの間にかいなくなっていた美優希を探して室内を見回すわたしたちに、天美さんがにっこりと笑ってそう言った。
その言葉の意味はよく分からなかったけど、美優希たちの関係者っぽいこの人がそう言うのなら、きっと大丈夫なのだろう。
その時、不意に腕の中の小さな温もりが震えた。
*
それは、長い長い夢の終わり。
優しい温もりに包まれて、世界は目覚める。
闇を祓う光と共に、心を満たす歌と共に……。
――おはよう。
あとがき
こんにちは、堀江紀衣です。
今回は戦闘、戦闘、また戦闘です。間に夜の一族の話や怪しい声が聞こえますが、基本戦闘です。
真雪「なんか戦闘ばっかで飽きないか?」
佐祐理「そうですね〜、そろそろ生き抜きが必要ですね」
紀衣「そっそれは、今の戦闘が終わらないと無理です」
知佳「いつ終わるの?」
紀衣「次の話で。……たぶん」
麗奈「まっ、行き当たりばったりなのはいつものことだわ」
紀衣「あっあはは……、それじゃあまた次回でお会いしましょう」
語られた事実。
美姫 「その辺りの検証はとりあえずは戦闘後よね」
だな。戦闘の方も徐々に収まりつつあるし。
美姫 「うーん、一体どうなるのかしらね」
さて、それじゃあこの辺で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」