優しい歌 第2部 第6話 過去からの使者
*
地球に人間が生まれる遥か昔、月には文明が栄えていた。
月に住む人々には不思議な力があって、彼等はその力を用いて自分達の暮らしを豊かにしていった。
穏やかな時間が流れていた。
しかし、それはあるとき唐突に終焉を迎える。
きっかけは彗星と共に月に飛来した少女だった。彼女は月の人間とは異なる力を使い、彼等よりも遥かに高度な文明を持っていた。
時を同じくして月には今までに見たこともない生物が大量発生する。
月の人々はそれを魔物と呼び、その原因が少女にあるとして彼女を月から追い出そうとした。
しかしそれを認めない者がいた。
それは彼女を最初に発見した青年だった。
名をシルフィス。
突飛な行動とその言動から他の人間から敬遠されていた彼は、いつも孤独だった。そんな彼を理解してくれた少女にシルフィスはひどく安らぎを覚えたのだ。
だからこそ一族の決定が許せなかった。
二人は月を出て地球へと向かった。穏やかに暮らせる場所を求めて……。
二人が月を去った後、月の民は魔物によって滅ぼされたが、そのことを二人が知るのはずっと後のことだった。
月を離れた二人は地球を目指した。
しかし、それを阻むかのように、魔物達は彼等を追って来る。
二人は月から持ち出した月の防衛システムで応戦したが如何せん圧倒的な数の前には無力に等しかった。
次第に絶望していく二人。だが、そのとき奇跡が起きた。
それは銀河の果てよりもたらされた伝説。後に光の巨人と呼ばれ、正義の象徴と称えられることになる異星の戦士。
そのものは突如、二人の前に現れたかと思うと、一瞬にして魔物たちを消滅させたのだ。
巨人は彼等にこう言った。
――汝等安らぎを求むなら青き星にて“白き森”を目指せ。さすれば汝等に永久の安らぎが訪れるだろう。
二人は巨人の言葉を信じて地球に降り、“白き森”を目指した。
そこへ行けば幸せになれることを信じて。
*
桃子に無理を言って先に上がらせてもらった忍は、急ぎ自宅へと戻るとそのままラボに駆け込んだ。
ノエルに関わるものということで、彼女はとにかく早く秋子から渡されたものを確認したかったのだ。
トランクの中には予備のブレードが数本と筒状の物体が四本。他にも何の用途で作られた物なのかわからないものが多数。中にはモーターのようなものも混じっていた。
「はあ〜、なにがなんなのかさっぱりね……。とりあえずこれは置いといてディスクの中身を確認しよ」
忍は取り出したパーツをトランクにしまうと、パソコンの電源を入れた。ほどなくしてパソコンがたちあがり、彼女はCD−ROMドライブにディスクを差し込む。
「結構、細かく分けられてるのね」
画面に映し出されたフォルダの数々を興味深げに眺める。そうしているうちに、ふと忍はその中から気になるフォルダを見つけた。
――セレン。
フォルダにはそう書かれていた。
「開けてみよう。……って、プロテクトが掛かってるじゃない」
明らかに他とは違う雰囲気のそのフォルダに興味を示すも、難解なプロテクトが幾重にも張り巡らされていてすぐには開けそうもない。
よほど重要なデータなのだろう。だが、こういうものを見せられると逆にプライドを擽られるのが科学者というもので、忍もその例に漏れず嬉々としてプロテクトの解除に取り掛かった。
そして、数十分後……。
「ふう、まったく手間かけさせるんだから」
溜息を吐きながら解除したフォルダをクリックする。だが、画面に映ったものを見た忍は思わず口元を押さえた。
「な、なによ、……これ」
そこに映し出されていたのは全ての自動人形の原型となった“ヒューマニックマトン”の設計図と闇に葬られた自動人形の反乱の記録だった。
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夕方を迎えたさざなみ寮の一室、そこにあたし達は集まっていた。
リビングのほうでは美優希の快気祝いのパーティーを開くための準備が着々と進められている。
ちなみにメンバーは旧さざなみ寮の面々とその関係者、それにあたし達と漣。そんな、今ではすっかり見慣れた顔ぶれで行うはずだった。
「これはいったいどういうことかしら?」
笑顔でそう尋ねるあたし。でも、たぶん眼は全然笑ってないんでしょうね。だって、怒っているもの。
「いや俺達に聞かれても……さっき道端で偶然会ったんだ。それに俺だって聞きたいよ」
あたしに殺気を向けられた真は肩を竦めてそう答えた。
「うふふ、皆さんお久しぶりですね」
さざなみ関係者がまだ数人来ていないというので待っていると、真達がなんとも言えない表情をして帰ってきた。しかも、爆弾とも言える人物を連れて。
「まあ、他の三人は真の家族や知り合いだから良いとして」
他の三人というのを強調して言うと、あたしは対面で嬉しそうににこにこしている女を睨みつけた。
「なんでこんな所に貴女がいるんですかっ!?」
「ひどい。貴女までわたしをのけ者にするんですね。……せっかく会えたのに、お姉さん悲しい」
そう言って女は崩れ落ちてよよよと涙を零す。迫真の演技だ。それが分かるだけに、あたしは額に青筋浮かべて肩を震わせる。
「天龍王って、こんな人だったのね」
「まっ、まあまあ、落ち着いてください」
「大丈夫よ、美優希。あの変態と比べたらまだマシだから」
あたしは一度大きく深呼吸して気を落ち着かせると、もう一度彼女に尋ねる。
「……で、なんでここにいるんですか?」
「それはご主人様と契りを交わしたからです。あっ、これからは天龍王じゃなくって天美って呼んでくださいね。それでそのご主人様は行方不明でとっても心配なんです……。あ〜ご主人様、今頃どうしてるのかしら」
瞳を輝かせながらトリップする天龍王もとい天美に、あたしはついにキレた。
「うがぁぁああっ!!」
「うわっ、先輩待った」
「そうだっ、早まってはいけない」
「うるさいっ!!こんな奴が天龍王だなんてあたしはぜぇぇったいに認めない。悪夢だわ、こんな悪い夢はさっさと覚めるべきよ」
天美に飛び掛ろうとするあたしを真と零一が必死で抑える。
「いや〜ん、暴力は反対です。もっとや・さ・し・くしてください。ねっ?」
そう言ってウインクする天美。
「……もういい、疲れた。まだ揃ってないみたいだから少し寝てくる。後のことお願い」
そう言ってよろよろとソファから立ち上がる。
「あの先輩が完全に手玉に取られている」
「ああ、信じられん」
真と零一が何か言ってるけど、正直、どうでも良かった。
「ああ、待ってください。さっきのはほんの冗談です。ちゃんと話しますからいかないで〜」
そう天美にすがられたあたしは、脱力したままソファへと再び腰を下ろす。しかし、こんなことでこのあたしが追い詰められるなんて、さすがは天龍王だわ。いや、どうでも良いけど。
「わたしがここに居るのは本当にご主人様、祐介と契約して共にここへ戻ってくるはずだったからなんです」
「祐介?」
その名前に今度は美優希が反応するが、それをあたしが制す。さすがに真面目な話だ。やましいことはないと信じたい。
「あなたが天龍王だとしても貴女はすでに役目を終えたはずです」
真面目な口調になった天美に、あたしも自然と背筋を伸ばして問い返す。
「確かに天龍王としての役目は終わりました。でもまだ光神剣の人格としてのわたしは役目が残っています。それは自分が見定めた者達の未来を見届けること。わたしは貴方達を信じています」
そこには先程のおちゃらけた雰囲気は微塵もない。優しさと威厳に満ちたその態度こそ、彼女が正しく天龍王であるという証に他ならなかった。
「さきほどは失礼しました」
あたしが深々と頭を下げる。他の皆も自然と彼女の前にひざまずいていた。
「やめてください。わたしそんなに偉くありません」
それに天美は大慌てで皆に頭を上げるように言った。わたわたと手を振る姿は普通に年上のお姉さんだ。
「言ったでしょ、今のわたしは光神剣の人格に過ぎないと。だから普通に接してください。そのほうがわたしもうれしいです」
「貴女がそういうのなら、そうします」
「敬語もだ〜め。他の皆と同じようにしてくれなきゃ嫌」
「はっ?」
「だってだってそんな他人行儀なのお姉さん悲しい」
気づけば先程の威厳はどこへやら、おちゃらけお姉さんに戻っていた。
「はぁ〜……」
その豹変にどっと疲れたあたし達だった。
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俺は美沙斗さんと美由希、フィアッセ、なのはを伴って玄関である人物の来訪を待っていた。
ちなみに、俺と美沙斗さん、美由希はフル装備だ。
なのはが心なしかそわそわしているようだが、無理もないだろう。なにせ、実の父親と初めて顔を合わすことになるのだから。
「なあ皆どうしてそんな物騒な格好しとるん?」
怪訝そうな顔をしてゆうひさんがリビングから顔を出した。パーティーの準備はほぼ終わったようだ。
「んー、ちょっとしたお仕置きかな?」
ゆうひさんに問われてフィアッセが愉快そうに笑った。確かにお仕置きだな。
「お仕置きって……誰に?」
「それは……あっ、来たみたいだよ」
フィアッセの声に俺たちは一斉に構える。
「よ、ようわからへんけど、ほどほどにな」
引きつった笑みを残してゆうひさんはそそくさとリビングのほうへと逃げていった。
俺は玄関の向こうから微かに聞こえてくる笑い声に耳をすませた。相手は三人、うち二人はかーさんと月村だ。
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士朗は桃子と途中で待ち合わせた忍と共にさざなみりょうへとやってきていた。ちなみに那美は先に寮のほうへ帰っている。
「それにしてもなにを話そう」
「今までのことを話せばいいじゃない」
「いや、そうなんだが。やっぱ緊張する〜」
「もう、あなたったら、ここまで来たんだから往生しなさい」
「いいですね。仲良しで」
今まで二人のやりとりを聞いていた忍が微笑ましそうに笑った。心なしか元気がないように見えるのは気のせいだろうか。
「夫婦だからな」
それに士朗が得意げに胸を張った。そんな士朗をよそに桃子が心配げに忍の顔を覗き込む。
「どうかしたの?元気ないみたいだけど」
「えっ?そんなことないですよ。うん全然、忍ちゃんはいつも元気ですっ!さっ中に入りましょう」
「忍ちゃん……」
桃子が何か言いかけたが、忍はそれを振り切ってチャイムを鳴らして勢いよく玄関を開けようとする。
「待ったっ!」
それを寸でのところで士朗が止める。
「えっ?」
それに忍と桃子が怪訝な顔をする。
「扉の向こうから殺気を感じる」
「はあっ?あなた何言ってるの」
「俺が先に様子を見てくるから二人はここで待っててくれ」
そう言って士朗は愛刀を取り出すと、細心の注意を払ってドアノブに手を掛けた。
「あっ、もしかして」
そこでふと桃子が何か思い当たることがあったらしく、手をぽんと叩いた。
「どうしたんですか、桃子さん」
「恭也はこのこと知ってるんだった」
それを聞いて忍は恭也の性格を思い浮かべ、士朗がこの後どうなるかを想像して引きつった笑みを浮かべた。
「たぶん忍ちゃんの想像通りだと思う」
二人が士朗のほうに声を掛けようとしたが、時すでに遅かった。
「ぎゃぁぁぁぁああああぁぁあああ――――――――――っ!!!!!!!!!!!!!!!」
ぷすぷすぷすぷすぷすぷすぷすぷすぷすぷすっ!!
「遅かったか……」
桃子と忍は二人して額を押さえながら大きく溜息を吐いた。
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「さて、どういうことか説明してもらいましょうか?兄さん」
「言っておくが茶化すとどうなるかは分かっているな」
「今までどうして連絡くれなかったの?」
「わたしの涙返してもらうよ」
「ちょっちょっと待ってくれ。ちゃんと話すから、皆とりあえずその刀をしまわないか?」
俺と美由希、美沙斗さんに小太刀を突きつけられ、ダメ人間、もといとーさんは冷や汗を流しながらそう言った。
「四人ともあんまり虐めちゃだめよ」
一応かーさんがフォローを入れるが、
「桃子さん、ご心配なく。この人はこんなことで怯むほどやわな根性はしていませんから」
「そういうこと」
そう言って美沙斗さんが小太刀を持つ手に力を込める。
「ちょ、おま、美沙斗、さ、刺さってる。刺さってるって!」
「おいおまえらなのはもいるんだからそのくらいにしといてやれ」
そう言ったのはさざなみ年長者の真雪さんだった。
「お前等の気持ちも分かるが、そういうのは子供の前でするもんじゃねえだろ」
「それもそうですね」
最初に刀を下ろしたのは美沙斗さんだった。俺達もそれにならって刀をしまう。
「その代わり後であたしも混ぜろよ面白そうだから」
そう言ってニッと笑う真雪さんの意図を理解した俺たちは、
「もちろん」
その意味を理解したとーさんががたがたと震えていたが自業自得である。そんなとーさんにリスティさんがぽんと肩に手を置いた。
「まあ少しでも傷が減るようにちゃんと話すんだね」
まるで犯罪者と警官のようなやりとりをする二人。
「とりあえず話が前に進まないので兄さん、説明してください」
「うう、分かった」
そう言ってとーさんはぽつり、ぽつりと自分が爆弾テロに巻き込まれた後のことを話し始めた。
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とある研究所の一室、そこに白衣を着た男が立っていた。男の周りには様々な機材が置かれていて、その中央には人が入れるような大きな水槽が置いてあった。
「さて、今回は貴女にも出向いていただきますよ。久しぶりの起動ですし、調整には丁度いいでしょう。それにしても先人とは恐ろしいものですね。くくく……」
不気味に笑う男の前にある水槽には“SHM−007・セレン”と書かれたプレートが掛けられていた。
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さざなみ寮の二階にある一室、そこに私とフィリスは生まれたままの姿で佇んでいた。
階下からは楽しそうな笑い声が聞こえている。ちなみに、儀式を行うのに腹に物をいれるのはよくないので、料理はとっておいてもらうことにした。
「頑張ってね。儀式の間はあたし達に任せておいて、誰にも邪魔させないから」
「まっ、いざってときはあたし達がなんとかするわ」
二階に上がる時にシェリーさんや聖獣王の皆さんがそう言って見送ってくれた。
「さて、……始めようか」
「うん」
私は心なしかそわそわしているフィリスを安心させるように抱きしめると、軽くキスする。
フィリスが落ち着くのを待って一歩さがると、私は空の剣の片刃を自分の腹に押し当てた。その途端に鋭い痛みと体から何かが吸い取られていく脱力感が全身を襲った。
「くっ……」
腹に押し当てられた剣の片刃に紅い波紋が広がり、あっという間に刀の半分が紅く染まる。
腹部からそれを離すと床に紅い雫が滴り落ちた。
フィリスがそれに息を呑んだが、構わずわたしは紅く染まっていない片刃をフィリスに向ける。
それを見て、フィリスは意を決したように頷いた。
「んっ……」
フィリスもその感覚に眉を顰める。
刃が紅く染まったのを確認して、私はフィリスから剣を離した。その途端、倒れそうになるフィリスを片手で受け止める。
「大丈夫?」
「う、うん……」
思った以上に出欠が激しいのか、フィリスは一度頷くとそれきり動かなくなった。どうやら、意識を失ってしまったらしい。
急がなければ。
私は意識を集中させて空の剣を床に突き立てると、呪文を唱えた。
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「というわけなんだが……」
全てを話し終えた士朗は恐る恐る皆の顔を伺う。
「バカ親父!」
最初に口を開いたのは恭也だった。
「いつから士朗はそんな嘘つきになっちゃったの」
「まったくいつからそんな廃れた根性になったんですか兄さんは」
続いてフィアッセ、美沙斗。
「というかお師匠達のお父さんてこんなダメダメな人やったんやな……」
「あっああ、もしかしてこんな人が親だったから師匠がああなったんだろうか」
「かもな」
「でも、うち等は別にええけど、なのちゃんは実のお父さんと初対面や」
「うわ〜、最悪な出会いだな」
はては高町家の居候二人にまでけなされている。他のメンバーは突っ込みたいがあえて黙っている。
「うわ〜ん、桃子〜皆が俺をいじめる〜」
「都合が悪くなると嫁に泣きつくとはいよいよ駄目人間だな」
突っ込まないはずだったがつい突っ込んでしまう真雪だった。
「あはは、後でよしよししてあげるからとりあえず今はちょんとしましょうね。ほらなのはいらっしゃい」
泣きつく士朗をあやしながら桃子がなのはを呼ぶ。呼ばれてなのはは桃子の傍へと歩み寄る。
「なのは、この人がおとーさんよ。今はこんなだけど本当はとっても優しくて頼りになるのよ」
桃子に促されてなのはは士朗にぎこちなく挨拶をする。
「えっとはじめましてなのはです。おかーさん達から死んじゃったって聞いてましたけど本当は生きてて嬉しかったです」
「俺もなのはに会えて嬉しいよ。もう顔を見ることはできないと思ってたからな。これからよろしくな。なのは」
士朗も姿勢を正してなのはに笑いかけながら頭を撫でてやる。
「うん」
なのははとても嬉しそうに頷いた。周りの皆もそれを微笑ましそうにみつめている。
「でもおとーさんはおとーさんなんだからもっとしっかりして欲しいです」
頭を撫でていた士朗は一瞬何を言われたのか分からなくてきょとんとしていたが、理解するにつれて表情を蒼ざめさせると泣きながら走り去ってしまった。
「あっあはは……」
「なのちゃんって言うことははっきり言うからな……」
「そ、そやな……」
なのはは歳のわりにはしっかりしているのだった。
*
パーティー中のさざなみ寮。
今回は警戒態勢中であることもあっていつもよりも控えめだった。とは言っても盛大にカラオケ大会などをやっているあたりいつもとあまり変わらないような気もするが。
そんな中忍は縁側でぼーっとしていた。
「忍、どうしたの?」
そんな忍を心配してさくらが声を掛けてきた。
「さくら……、ちょっと考え事」
「隣、座るわね」
そんな忍にさくらはとくに何かを言うでもなく隣に腰を下ろした。
「……ねえ、さくら」
「なに?」
「自動人形ってどうして作られたのかな」
「どうしたの?急に」
忍の唐突な問いに困惑するさくら。
「さくらはセレンを知ってる?」
「セレン?」
はて、そんな名前の知人はいただろうか。
さくらは小首を傾げて考える。
「う〜ん、ちょっと解からないわ」
それを聞いて忍は安堵した。自分が最も信頼している人はその存在を知らないようだ。ならアレは知らせるべきではない。あんな物はまさしく封印しておくべきものだ。
「なら、いい。ごめん、今のは忘れて」
そう言ってひらひらと手を振って笑う忍。
「ええ?なにそれ」
それにさくらは苦笑しながらもそれ以上は追及してこなかった。
「さっ、私達も歌おう」
そう言って立ち上がった時、音もなくソレは舞い降りた。
「こんばんは。あなた達とははじめましてですね」
穏やかに笑うソレは無造作に持っていた拳銃をこちらに付きつけてきた。
さくらはそれに眼を細めた。
「ずいぶんと物騒な物を持っているのね。あなたは何者?」
「マスターのご命令です。死んでもらいます」
忍はソレの肩に007と刻まれていることに気づいた。
「あなた……まさかセレン」
「あら、あなたは私のことをご存知のようですね。そうですね、せっかくですから自己紹介をしておきましょう。私はSHM−007セレンです」
「SHMって……まさか自動人形のプロトタイプ!?なぜあなたがこんな所にいるの。あなたは確か封印されたはず」
「さくら知ってるの?」
驚愕に眼を見開くさくらに不安げに忍が問う。
「詳しくは知らないけどエルザから聞いたことがあるわ。それよりどうして忍がこのことを知ってるの?セレンの存在は一族の中でもほんの一握りの人間しか知らないはずよ」
「秋子さんからもらったディスクを調べてたらその中にあったの」
「あきこさん?」
「翠屋であった人、士朗さんの上司でノエルの開発に関わってたらしいの」
「それはもしや皆瀬秋子博士のことですか?」
二人の会話にセレンが眼を丸くする。ノエルの開発に関わっていたのが本当だとしたら彼女のメモリーに秋子の名があってもおかしくはないだろう。
「たぶん、あってると思う」
警戒しながらも忍は頷く。
「そうですか、あの方は今もご健在ですか。ならば早急にご挨拶にあがらねばなりませんね。そういうことなのでさっさと死んでもらいます」
そう言って二人が反応する前にセレンは引き金を引いた。
*
私は軽く壁にもたれかかってアイリーンさんと一緒に楽しそうに歌っているリーアを眺めていた。
とても楽しそうだ。今まで孤独だった分この暖かくて賑やかな空気が楽しくてしかたがないのだろう。他を見てみるとフィアッセさんはゆうひさんや知佳さんと一緒に談笑している。麗奈さん達はゆうパックで送り返されてきたイルで遊んでいた。
うん、皆楽しそう。
「あの……」
そんな中私に声を掛けてくる人がいた。
「あなたは確か、里村さん」
「茜でいいです。美優希さん」
「じゃあ茜ちゃん」
「はい」
「どうしたの?」
「お聞きしたいことがあります」
「祐介のこと?」
「っ!?」
言い当てられて息を呑む茜ちゃん。
「茜ちゃんはここに来る前に祐介と会ったんだよね?」
「はい。とても優しい方ですね」
「そうやって誰にでも手を差し伸べるくせに、独占欲が強いのよね〜」
「えっ?」
「でもそれがあの人のいい所なのよね。茜ちゃんもそういう所に惹かれたんだよね」
「どうして……」
「最初の挨拶で祐介に会ったって聞いた時に気づいちゃったの。そういうのには敏感だから。それで祐介は何て言ったの?」
「二度と辛い思いをさせたくない、守りたい人がいるから君の想いには答えられない。……祐介の守りたい人って貴女のことですよね?」
「あの人は……また女の子泣かせたのね。帰ってきたら三枚下ろしじゃすまないわよ」
「あっ、あの……」
困惑する茜ちゃんの声で私はハッと我に帰った。
「あっあはは……いつものことだからつい」
「いつもの?」
「いつもって言ってもこういうことは滅多にないんだけどね。祐介ってああいう性格だから無自覚で女の子口説き落としちゃうのよね……はあ、自分の旦那ながら困ったものよ」
「旦那っ!?結婚してたんですか」
それを聞いて茜ちゃんは素っ頓狂な声を上げる。
「ねえ、茜ちゃんにはどんなに離れていても心がすれ違ってもそれでも信じていられる人っている?」
「それは……」
そう問われた茜ちゃんは言葉に詰まる。
「私にとってはそれが祐介なの。命すらも預けられるそんな存在。自分が強くなれるたった一人の愛しい人」
わたしは誇らしげにそう笑った。茜ちゃんはそれを眩しそうに見つめてそっと溜息を吐いた。
「敵わないですね」
「ごめんね」
「いえ、悪いの美優希さんではありません、祐介のほうです。こんなに素敵な人がいるのに」
「そうね、帰ってきたらお仕置きよ」
「はい」
「そうだ、茜ちゃんにコレをあげる」
そう言って私は長方形の木箱を渡した。
「これは?」
「お仕置きセットよ。しかも対祐介用の、相手に向かって木箱を開けるだけでいいの。あっ真君にも使えるわね」
「こうですか?」
そう言って茜ちゃんが真君に木箱を向けた。その瞬間木箱の中から白い何かが飛び出して真の後頭部を直撃する。
「ぎゃふんっ!?」
直撃を食らった真君は前のめりになって伸びた。
「ねっ?簡単でしょ」
「ちょっとちょっと美優希っ、何てもの持ち出してるのよ」
伸びた真君を見て慌てて麗奈さんが私に詰め寄ってきた。
「大丈夫ですよ、威力は百分の一ですから死にません」
「いっ今のって……」
「あかんよアイリーン、そこは突っ込んだらあかん」
アイリーンとゆうひさんが抱き合って震えていた。知佳さんとフィアッセさんも引きつった笑みを浮かべて固まっている。まあ、無理もないんだけど。茜ちゃんも呆然としているし。
「いっ、今のは……」
「あっあはは……」
さて、どうしたものかと思案していると、突然縁側で銃声が響いた。
*
光が治まるとそこには振袖姿の女性が立っていました。とても綺麗な人です。
「久しぶりね漣」
自由のきかない体を漣に支えられながら、わたしがそんなことを考えていると、不意にその人が漣に微笑みかけました。
「ああ、久しぶりだね。柚那」
――ゆずな。
それは恐らくわたしにまとわりつく魂の記憶。そして漣が愛した人。
「やっと辿り着けたのね。よかった……」
「あの時は分からなかったけど、今なら分かるよ。柚那が伝えたかったこと」
「それは、その子のおかげ?」
そう言って柚那さんはわたしの方を見て小首を傾げました。
「そうだね、彼女だけじゃなくここに居る人達が私に教えてくれた」
今も階下からは楽しげな笑い声が聞こえてくる。
「そう、……それじゃあもう私がいなくても大丈夫ね」
柚那さんはそう言ってどこか寂しそうに笑った。
「貴女はそれでいいんですか?」
気づけばそんなことを口にしていた。
「あなたは?」
「フィリス・矢沢です。本当にそれでいいんですか?」
「私はもうこの世の者でもないし、それに今の漣は貴女を見ている。漣と過ごした時間は短かったけどとても幸せだった。だからこそ漣を導いてくれた貴女に全てを託すわ。フィリスさんは漣の恋人なんでしょう?」
「はい。この想いは柚那さんにも負けません」
わたしは胸を張ってそう言えた。
「そう。漣、あなたは素敵な人と巡り合えたのね。彼女にならあなたを任せても大丈夫ね」
「すまない、私が今愛しているのはフィリスなんだ」
「謝らないで。あなたは前に進んで、いつまでも私なんかの幻影に縛られていてはいけないわ。私もこの世界に長く縛られすぎたみたい」
「もう大丈夫、君もしばらく眠ってまたいつかどこかで会おう」
そう言って漣が空の剣を振りかぶった。
「あんまり痛くしないでね」
「ああ……柚那、今までありがとう」
「うん」
それはとても幸せそうな穏やかな笑顔だった。振り下ろされた剣に柚那さんはその笑みを称えて光となった。
――あなた達の未来に幸あれ。
そんな声を聞いた気がした。
「……逝っちゃったね」
「ああ、これでよかったんだ。やっと柚那を眠らせることができたんだから」
「うん……」
「これからはフィリスがいる。何も恐れることはない。二人なら」
「うん」
「それじゃあ、締めといこうか」
「うん、……えっ?締めって……、わわっ」
そう言って漣はわたしを床に寝かしました。柚那さんの昇天に感極まって忘れていました。別に初めてってわけではないけどやっぱり恥ずかしいです。
「あっあんまり激しくしないでね」
「うん、フィリス。好きだ」
「わたしも……」
月明かりに照らされた二つの影が一つに重なった。
*
「死んでもらいます」
無造作に放たれた弾丸は忍達に直撃するはずだった。しかし、彼女が引き金を引く寸前、横から飛来したモノによって銃身を大きく跳ね上げられた。それによって弾丸は二階の壁に穴を穿つことになった。
「邪魔が入りましたか」
「お嬢様方はやらせません。例え姉さんが相手でも」
「ノエルっ」
忍は一瞬、複雑な顔をしてすぐに安堵の笑みを浮かべる。
すぐさま忍達の間に入りブレードを構えるノエル。
「あらあら、あなたに邪魔されるとはね。“あの時”彼等にやられたと思ってたのに」
「忍お嬢様に生き返らせていただきました」
「そう、よかったわね。ところでその忍さんはどちら?」
セレンが忍とさくらを指差して小首を傾げる。
「わたしだけど」
忍は警戒しながらもそう答えた。
「そうですか。妹を助けていただいてどうもありがとうございます」
そう言ってセレンは忍に深々と頭を下げた。それに忍とさくらは困惑しながら顔を見合わせた。
「でもマスターの命令には逆らえません。それが作られたモノの宿命」
そう言って今度は銃をしまい右腕を軽く振るってそれをブレードへと変化させる。
「バイオメタルのアーム。ノエル、気をつけて。それは自在に形を変えるわ」
「あらあらほんとに私のことを知ってるのですね。でもノエルでは私には勝てませんよ」
「例えそうだとしても今の私はお嬢様方を守るのが指名です」
「ノエルはいいマスターに巡り合えたのね。マスターの命令とはいえ忍びないわね」
悲しそうに俯くセレンにさくらが疑問を投げかけた。
「何故あなたはそんな顔をするの?いくら姉妹とはいえ自動人形は主人の命令を忠実に実行するようにプログラムされているわ」
「あなたは知らないのですね」
そう言って寂しそうに笑うセレンに、忍は複雑な表情をして俯いた。
「忍?」
「忍さんは全てご存知なのですね」
「……ええ。あなたの生い立ちも、あなた達が起こした反乱も……」
「反乱っ!?」
やはりさくらは知らなかったようだ。驚きに戸惑いを隠せず忍の方を見る。忍は少し躊躇って一度ノエルを見ると、意を決したように口を開いた。
「どうしてあんなことをしたの?あなたはまだ“心”を失っていない」
「まだ?」
さくらの疑問に忍は絞りだすように答えた。
「だって……セレンは」
「その先は私がお話しましょう。忍さんが苦しむ必要はありません。だってあなたはノエルを救ってくれたのだもの」
「セレン……」
「そうですね、少し昔話をしましょう」
――遠い遠い過去の物語。
一人の女性を助けたいが為に始まった悲劇。
ヒトがヒトでなくなった時、何を思うのか……。
あとがき
こんにちは、堀江紀衣です。
今回は儀式で士朗さんが天龍王さんなお話です。
真雪「おまえ、言ってることわけわからんからな」
麗奈「あたしは天龍王があんなだったなんて思いもしなかったわ。まさに悪夢だわ」
佐祐理「あはは、楽しそうな人でしたね」
真雪「ところで儀式の最後だけなんでカットされてるんだ?」
麗奈「そうね、あれは続けて然るべきよ」
紀衣「いや、アレ以上書くと載せられなくなるので」
真雪「ええーっ、つまんねえこというなよ」
麗奈「そうよ、ここは出血大サービスで書くとこまで書いちゃいなさいよ」
紀衣「だから駄目ですってば」
佐祐理「それじゃあ紀衣さんの裸体集で手を打ちましょう」
佐祐理、懐からアルバムを取り出す。
紀衣「えっ何ですか?それ」
佐祐理「ふえ?紀衣さんの裸体集ですよ」
麗奈「へえ、なかなかよく撮れてるじゃない」
真雪「ほんとだ。いいかんじじゃねえか」
佐祐理「でしょ。佐祐理も苦労した甲斐がありました」
紀衣「そんなのいつ撮ったのぉぉぉぉおおおぉぉぉぉおおぉおぉぉぉぉぉ―――――――!!!!」
士郎、哀れ。
美姫 「うーん、流石に数年間音沙汰無しはね」
いや、天龍王といい、士郎といい、このまま今回はほのぼのとギャグっぽくいくのかと思ったら。
美姫 「最後の最後でシリアスね」
しかも、ひょっとするとピンチ?
何か強そうだけれど。
美姫 「一体どうなってしまうのかしら」
次回を待っています。
美姫 「待ってますね〜」