優しい歌 第2部 第5話 月下の想い
*
PM0:03 海鳴商店街 喫茶・翠屋
そこは戦場だった。
誰もが昼食を求めるこの時間帯、翠屋にも多くの客が訪れる。
何しろ雑誌で何度も取り上げられ、全国から人がやってくる程の名店だ。今は春休みということもあって、遠方からの客も増えているのだろう。
何人ものウェイトレスがフロアを駆け回り、厨房の住人たちもいつもの5割増のオーバーワークに悲鳴を上げている。
そんな中、アシスタントコックの松尾もまた、鬼気迫る表情で持てる技術の全てを駆使して殺到する注文を捌いていた。
「うう……、こんなはずじゃなかったのに。こんなことなら、任せろだなんて言わなきゃよかった。……店長〜、お願いですから早く帰ってきてくださ〜いっ!!」
それはこの場にいた全員を代表した心の叫びだった。
いや、厨房のほうはまだ良い。フロアではどれだけ苦しくてもそれを表情に出すわけにはいかないのだ。
比較的勤めが長いものたちはさすがに営業スマイルを崩してはいないが、それでも崩壊寸前にまで追い込まれているものも少なくはない。
月村忍もそんな危険な状態にあるウェイトレスの一人だった。
諸事情あって、この場にいないチーフウェイトレスの代理を任された彼女は今も一人で相当な数の客を捌き続けている。その手際の良さは店長である桃子も認める程だが、さすがに一時間もそんな状態が続けば疲れてもくるというものだ。
「いらっしゃいませっ!!喫茶翠屋へようこそーっ」
半分やけになりながら、新たな来客を告げるドアベルの音に向かってそう叫ぶ忍。
「うわ〜っ……地獄だわ」
「すごいな……」
「いらっしゃいませーっ!あっ、桃子さ〜ん」
忍は桃子の顔を見るなり縋り付いてきた。
「うう……、今までどこ行ってたんですか〜。とりあえず話は後で、厨房の方お願いします。松尾さん達、泣いてましたよ」
「あ、あはは……。ごめんね。ちゃんと手当て出すから頑張って。ねっ」
よく見ると従業員のほとんどが駆り出されているようにみえる。中には那美や晶、レンといった正規の従業員以外にも何人か手伝ってくれている娘もいるようだ。
「皆も頑張ってくれてるみたいだし、私も留守にしていた分、頑張らなくっちゃ。あなたもよろしくね」
「おう、任せとけ」
そう言って二人は厨房へと消えていった。
「そういえば桃子さんと一緒に居た人誰だったんだろう?」
「松っちゃん、お待たせっ!!」
「店長〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!」
厨房に入ってきた桃子に松尾が気づいて泣きながら抱きついてきた。
「助けてください〜っ。お客さんが減らないんです〜」
飲食店にあるまじき発言に桃子は一瞬ぎょっとしたが、先程の戦場を目の当たりにしては何も言えない。
「はいはい、解かったから話は後。私達は何をすればいい?」
「じゃああそこのデコをお願いします」
「オッケー、任せと……」
言いかけてその山を見た桃子は絶句した。
「桃子、ここは俺に任せろ」
引きつった笑みを浮かべている桃子に、エプロン姿の士朗がそう言ってにっと笑った。
「任せろって……、あなた。これ、全部よ?」
「なんのこれしきっ!おりゃー」
士朗は出来上がっているものを一瞥しホイップクリームの入った容器を手に取ると気合と共に物凄い勢いで作業に取り掛かった。
――数分後。
「よしっ!!エクレアとケーキ五十個のデコ完成っ。やったぜ俺、ぶいっ」
士朗は満足げにポーズを決めている。それを見ていたこの場の全員が呆然と立ち尽くしていた。
そこへフロアから戻ってきた忍が顔を出し、何事かと首を傾げる。
「まあ、厨房の皆も頑張ってくれてるみたいだし、私達も頑張ろうっ!!」
「おーっ!!」
勝手にそう結論して後からやってきたウェイトレスたちを激励すると、忍は出来上がったばかりのケーキが載った皿を手にフロアへと戻っていった。
*
「お疲れ様でしたーっ!!」
そして、閉店後の翠屋店内。
いつになく人の多かった今日は普段より早めに店を閉めることになったのだ。
臨時で出てもらった者には先に上がってもらい、残った者は後の片付けをのんびりと始めている。
ちなみに、今店内に残っているのは桃子と士朗、松尾、忍に那美である。
「ふう、一時はどうなるかと思ったよ」
「そうですね〜、わたしあんなに沢山の人初めてみました」
「私もコンサート会場でくらいだよ、あんなに人が押し寄せてくるの見たの」
店の後片付けをしながら忍と那美が談笑していると、不意に来客を知らせるドアベルが鳴った。
二人は手を止めて顔を見合わせると、そろって入り口のほうへと目を向ける。
そこには一人の女性が立っていた。長い髪を三つ編みにした落ち着いた感じの女性である。
「まだお時間大丈夫ですか?」
「えっと……」
そう尋ねられて二人は困ったようにもう一度顔を見合わせる。と、そのとき桃子と士朗が厨房から出てきた。
「あっ、店長」
桃子を見つけた忍はどうしようと目で問いかけた。桃子も来客に気づき、すぐに二人に頷き返す。
「はい大丈夫です。いらっしゃいませ。お一人様ですね」
桃子が頷いたのを受けて忍が彼女を席へと案内し、那美がお冷等を取りに厨房のほうへ駆けていく。途中、フローリングの隙間に躓いて転びそうになったのは最早いつものことだ。
女性はそれを見て微笑ましそうに笑った。
「明るくてとてもいい所ですね。ねえ士朗さん」
士朗は口を開けて固まっていた。
「あなた、どうしたの?」
様子のおかしい士郎に、桃子が不審そうにそう尋ねる。それを聞いた女性は、今度は桃子に向かって柔らかく笑った。
「そう、あなたが士朗さんの。はじめまして私、皆瀬秋子と申します」
そう言って秋子は桃子に名刺を渡す。
「これはご丁寧にどうも。はじめまして、ここの店長の高町桃子です」
桃子も笑顔でそれに応じると、受け取った名刺に目を落とす。そこには“株式会社ミナセ。代表取締役・皆瀬秋子”と書かれていた。
「ミナセ……ミナセって、あの紅茶のブランドのですか?」
「はい、そのミナセです。皆様に手軽に美味しいお茶を提供できるように日々精進させていただいています」
「うちでも取り扱ってるんです。ケーキともよく合うし好評なんですよ」
「ありがとうございます。ここはシュークリームが美味しいそうですね。士朗さんがよく話してくれましたから。ぜひ一度食べて見たかったんです」
それに桃子は嬉しそうにはにかみながら頭を下げた。
「ありがとうございます。それではご注文は何にいたしましょうか?」
「どうぞ」
すかさず控えていた忍がメニューを差し出す。
「ありがとうございます」
メニューを受け取るとき、一瞬だけ秋子の目が細くなる。
「では、シュークリーム一つとホットコーヒーをお願いします」
「シュークリームお一つとホットコーヒーですね。かしこまりました、しばらくお待ちください」
注文を復唱して忍と那美はカウンターの置くへと消えていった。桃子もそれに続こうとしたが秋子に呼び止められた。
「貴女にお話しておかなければならないことがあります。それと……士朗さん」
「はいぃっ!!」
そおっと隠れようとしていた士朗の肩をがしっと掴んで笑顔で反対側の席に座らせる。
「貴方にもお話があります、隠れても無駄ですよ」
「や、やだな〜指令、俺がそんなことするわけないじゃないですか。あはっあはは」
「それと指令は却下です」
「はっ、はい秋子さん」
「よろしい、まず桃子さん。士朗さんからどこまでお話を聞きましたか?」
「えっと……爆弾テロがあった後どうしていたのかは聞きました。確かアメリカの方で働いているって」
「そうですか。いけませんよ士朗さん、ちゃんと説明しないと」
「い、いや、別に嘘は言ってませんよっ」
「大事なところをちゃんと話していないじゃないですか。悪い子はお仕置きですよ」
「ひいぃぃぃぃーっ。それだけはご勘弁を」
そんな二人のやり取りに、桃子はぽかんとしていた。
「話が逸れましたね。それではお話しましょう、彼がどうして生きていたのか」
その時ちょうど忍と那美がやってきた。
「お待たせしました。シュークリームとホットコーヒーです」
「ちょうどいいところに来ましたね。お二人にも聞いておいてもらいたいので、座っていただけますか」
「あの、いったい何の話をしていたんですか?」
彼女の纏う異様な気に、那美がすこし険しい顔をして尋ねた。
「さすが神咲の退魔師と言ったところですね。私の気に気づきましたか」
「えっ!?どうしてそれを」
「それに隣の方は夜の一族の方ですね」
「……っ!?」
正体を見抜かれた那美は困惑し、忍は鋭い目つきで威嚇する。
「だからこそ聞いておいてほしいのです。それにお二人は守護者と親しくしているようですし」
「守護者?」
それに眉を顰める忍。
「桃子さん、貴女はHGSというものをご存知ですか?」
「ええ、変異性遺伝子障害病のことですよね。私の友人に何人かいるので」
「そうです。そのHGSに極めて近い性質を持った細胞が存在します。その細胞を持った人間が生まれてくるのはごく稀で、しかもその細胞に適合しなければ死んでしまう。でも適合できれば様々な能力を得ることができます。その細胞のおかげで貴女のご主人、士朗さんは助かったんです」
「えっ……」
秋子の口から語られたのは衝撃の事実だった。士朗はその細胞のおかげで瀕死の重傷を負っていたにも関わらず回復したという。しかしその細胞の正体が何なのかは解明できていないそうだ。だから今の士朗が何者であるのかは誰にも解からないのだそうだ。
「それでも主人は主人です。私を愛してくれる大切な人です。それに見たところ、以前の主人と変わったところはないように思いますし。こうして再び会えたんです。何か問題があるのなら二人で乗り越えていきます。私は人生のパートナーですから」
きっぱりとそう言って桃子は誇らしげに笑った。
「そうですか。やはりここはいい場所ですね。羨ましいくらいですよ士朗さん」
「まあ、唯一自慢できるものですから」
「素敵なことだと思います。士朗さん、今の仕事が片付いたらうちから抜けてもらっていいですよ。貴方の居場所はここです」
「秋子さん……。ありがとうございます。でも俺に協力できることがあればいつでも言ってください」
「そうさせていただきます。それと、例の資料とお仕事の追加です」
そう言って秋子は数枚の写真と書類を士朗に渡した。
「見たところまだ子供のようですけど」
「あっ、祐介君達じゃない」
「知ってるのか?桃子」
「最近知り合ったんだけどね。今さざなみ寮にいるはずよ。そうだったわよね那美ちゃん?」
「えっ、ええ」
「あなた達も彼等のお友達なんですってね。麗奈から聞いています」
「えっ、麗奈さんからですか?」
その言いように那美が不思議そうに小首を傾げた。
「ええ、私彼女の母親ですから」
「えええぇ――――っ!!!!」
士朗以外のその場にいた誰もが素っ頓狂な声を上げた。
「あんな大きな娘さんがいるようには全然見えないんですけど」
忍がまじまじと秋子の顔を見つめる。
「別に夜の一族のような種族もいるのですから不思議ではないと思いますよ」
「えっ、えーと……」
「貴女のお祖父様とは古くからの付き合いなんです。だから貴女のことは小さい頃から知っているんですよ」
「そ、そうなんですか」
とりあえず敵でないことに安心して溜息を吐く忍。
「彼等のことを私が語ることはできませんが、いずれ本人達が話してくれるでしょう。ですから、よろしくお願いします」
「解かりました。もとよりそれ繋がりの任務でしたからね。最後の大仕事、尽力させていただきます」
「ありがとうございます。さて、話も終わったことですし、士朗さんの一押しのシュークリームを味合わせてもらいます」
「そういえば秋子さん、シルフィスを知りませんか?急にいなくなってそれきりなんですけど」
「シルフィスさんならあそこです」
そう言って秋子は店の外に止めてあるフェラーリに眼をやった。後ろのトランクが微妙に揺れているように見えるのは、士郎の気のせいだろうか。
「そういえば今日来てくれた人が何か変なこと言ってましたけど」
忍はふと思い出したように眉を顰める。
「ここへ来る前に長髪の変な男の人がここのことを宣伝しまくってたって。それを聞いて来てくれたっていうお客さんもいたし」
それを聞いて士朗が眼をくわっと見開いた。
「あいつの仕業か―――――――――――っ!!!!!!!!」
*
昼下がりの横鳥家の前。
「二人とも準備はいいかい?」
「はい」
「(はいなの)」
「それにしても真と会うのは久しぶりじゃな」
龍さんが愉快そうに笑う。きっと会ったら問答無用で瞬殺されそうだ。
「わたしは聖獣の皆さんの反応が楽しみです」
こっちはこっちで絶対仰天ものだろうな。
「それじゃあそろそろ行くか」
そう言って俺は掌を天にかざして魔法陣を展開する。
「なんですかこれ?」
「空間転移する為の魔法陣さ。一人の時とは違って複数の人間を転移させる時はちゃんと術を組んでおかないと最悪全員別々の場所に飛ばされかねないからな」
「それも祐介の力なんですか?」
「まあ程度の差はあれ、ちょっとした能力者ならできると思うけどな」
「そうなんですか?」
「まあ、説明するとややこしくなるからあまり気にしないでくれ。それじゃあやるか。……皆、俺の周りにできるだけ集まって。離れてると何所かに飛ばされるから」
それに皆が頷いて俺の周りに集まった。何故か天美は俺に抱きついている。
「おまえは少し離れろ」
「え〜っ、だって、離れるなって言ったじゃないですか」
「おまえは寄りすぎだ」
「む〜……」
天美は不服そうだったが俺が睨むと渋々とそれに従った。
「それじゃいくぞ。……全ての力を導く時の門よ、我は炎の守護者なり。我が意に従い、その門を開け。我が示すその場所へっ!!」
俺が呪文を唱え終わると当たりは眩い光に包み込まれた。
「待ってろよ美優希。すぐに戻るからな」
*
夕刻を迎えたさざなみ寮。
わたしがここのオーナーである愛さんに今晩連魂の儀の為に使用する部屋の許可を取りに行くと、彼女は快く承諾してくれた。
「お世話になります」
「いいんですよ。気にしないでください。それよりお夕飯まだですよね?」
「ええ、そうです」
「だったら一緒に食べませんか?」
「喜んで。耕介さんのご飯は美味しいですからね」
そんな話をしていると階下のほうからいい匂いが漂ってきた。
「それじゃあ、わたしは帳簿の整理があるから先に下に降りてますね」
そう言って愛さんは階段を降りていった。それと前後して、部屋の中からひょこっとゆうひさんが顔を出す。
「なあ漣さん。これでええんかな?」
尋ねられたわたしは中を見てそれに頷いた。
「はい、ありがとうございます」
「それにしても、本当に何もいらないのね」
フィリスが辺りを見回して溜息を吐いた。心なしかそわそわしているように見えるが気にしないでおこう。
「ええ、儀式に必要なのはわたし達の身体とこの剣だけだから」
「漣、その言い方誤解を招くからやめて」
「あっあはは……」
ゆうひさんもそれを聞いて苦笑した。
「それにしても連魂の儀ってさ、どんなことするわけ?」
「あっ、それはあたしも気になる」
リスティさんとシェリーさんが眼を輝かせてわたしに詰め寄ってきた。
「それは聞かないで」
事前にわたしから説明を聞いていたフィリスは顔を赤くして俯いている。
「それは内緒です」
微妙に眼を逸らすわたしと挙動不審なフィリスに不審げな視線を送るリスティさんとシェリーさん。
「おーい、ご飯できたぞー」
だが、ちょうどその時階下から耕介さんが声を掛けてきた。もうそんな時間なんですね。
「ちっ、命拾いしたな」
「でもまだチャンスはあるよ。こっそりビデオカメラ設置しとこうよ」
「おっ、偶にはいいこと言うじゃないか。真雪に頼んでいいやつ貸してもらおう」
などと二人は珍しく意気投合して降りていった。
そんなことで意気投合しないでほしい。
途中でサイレンサー使用のカメラを用意しようとか、それをネタにいじろうとかなんだか不穏なことを言っていたが、聞こえなかったことにしておこう。
皆が降りていった後わたしは一人部屋に残って空の剣を眺めていた。
「どうしたの?」
それに気づいたフィリスが戻ってくる。わたしはフィリスを抱きしめて自分に言い聞かせるように呟いた。
「昼間にも話したと思うけど。連魂の儀はとても危険なものなんだ」
魂を融合させる儀式、それが連魂の儀の本質。だけど魂と肉体は強力な線で結びつけられている。だから解放の力を持っている空の剣で身体から魂を完全に解放させる必要がある。一歩間違えれば確実に待っているのは死だ。
「大丈夫、わたしはあなたが傍にいてくれれば平気。たとえどんな未来が待っていてもあなたと一緒に歩きたいから。あなたはわたしの一番だから。でも優しくしてね、痛いのはやっぱり嫌だから」
「わたしは何の因果か永遠を生きる存在みたいだ。連魂の儀を行えばフィリスにもその運命を背負わせてしまうことになる」
「それでも変わらない想いはあると思うよ。わたしは信じてるから。だから、わたしも貴方と同じ高さで世界を見ていたいの」
わたしの腕の中でフィリスは恥ずかしそうに頬を染めて笑った。
「ありがとう。大好きだフィリス」
そう言ってわたしはフィリスと唇を重ねた。
*
光が治まると、そこは見知らぬ街だった。
この辺りは住宅街のようだ。少し遠い所に神社が見える。
夜が近いのか、太陽が西に傾いて、世界がオレンジ色に染まっていた。
「ここはどこでしょう?」
「たぶん海鳴だと思うんですけど。……あの、ご主人様がいないんですけど」
「そういえばそうですね……」
そう言って不安げにあたりを見回す天美さん。澪もわたしの服の裾をきゅっと掴んで見上げてくる。
「うーむ、知った顔がいれば何とかなるのじゃがな。……むっ、あれは」
龍介は往来を行きかう人の中からこちらに向かって走ってくる数人の男女に眼を向けた。その中に運よく見知った顔を見つけて、老人はにやりと笑った。
「なんとかなりそうじゃ。……とりゃあああぁぁぁ―――――っ!!!!!!」
龍介は電柱の上に飛び乗ってタイミングを見計らうと、丁度通りかかった黒尽くめに担がれた真目掛けて飛び掛かった。
「まことおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――――!!!!!!!!」
「えっ?……げえぇぇぇぇ――――――――!!!!じっちゃんっ」
「むっ?……ふっ」
「って、零一っ!?何を……」
「飛翔・風月流奥義、飛天翔(ひてんしょう)」
「うぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!!」
飛来する龍介に向かって黒尽くめは無造作に真を投げた。
「決まったな……」
「すごい……」
隣にいた眼鏡を掛けた三つ編みの少女が唖然とした様子でそう声を漏らす。
「まあ、あの人はいつもこんなものだ。それより横鳥、もっと鍛えろ。身体が鈍っている」
「そ、そんなこと……言ったって……」
龍介の刀が見事に決まった真はぴくぴくとのびていた。それを茜がつっついている。
「はっはっはっ!!まだまだ修行が足りんわ。と、久しぶりじゃな零一」
「ああ、龍さんも元気そうだな」
「まだまだ若い者には負けんよ」
「ところでなんでじっちゃんがここにいるんだ?」
復活した真が怪訝な顔で尋ねた。
「おおっ、忘れるところじゃった。実はおまえの腕が鈍っとらんか確かめようと祐介と一緒にここまで転移してきたのじゃが、その祐介とどうやらはぐれてしまったようなんじゃ」
それを聞いて零一と真が怪訝な顔をした。
「解せんな……」
「ああ。本来術者とはぐれるなんて転移に失敗するくらいだぜ。だけどあいつに限ってそういうヘマはしないと思うしな。となると誰かにちょっかいだされたか」
「そう考えるべきだろうな」
二人は頷き合うと、真が口を開いた。
「祐介のことは気になるけど、気にしたってどうにかできるもんじゃないし。ま、祐介なら大丈夫だろう。それより、じっちゃんが何でいるのかは解かったけど、何でこいつ等までいるんだよ?しかも、なんか知らない人まで……って、いっ……!?」
真は天美を指差して怪訝な顔をしていたが、何かに気づいたのか眼を見開いて引きつった笑みを浮かべた。零一も珍しくたじろいでいる。
「まっ、マジかよ……」
「あっ、ああ、信じられん……」
そんな二人の様子を見て、心底愉快そうに笑うと天美は二人に向かって会釈した。
「はじめまして。わたし天美って言います。ご主人様がいつもお世話になっています」
「ご主人様だってーっ!?」
「いったい何が起きているんだ!?」
さらに二人が青い顔をしてじりじり後退る。
「うふふ。大成功みたいですね」
ただただ唖然としている二人の前で嬉しそうに飛び跳ねる天美。それを見て不思議そうに小首を傾げる茜と澪。愉快そうに笑う龍介だった。
*
「……なんだこれ?」
それが空間転移を完了して上げた俺の第一声だった。
目の前に広がる漆黒の闇。眼下には蒼い月。そして前方に見えるは緑の大地が広がる地球。
「どうなってるんだ―――――――――――――――っ!!!!」
「ふふふ……やっと二人っきりになれましたね」
不意に背後から変態オーラを感じて俺は咄嗟に光神剣を振るった。
「そんな物振り回したら危ないじゃないですか〜。貴方の大事なわたしに傷でもついたらどうするんですか?」
案の定、そこにはシルフィスがいた。
「出たな、変態王。今日こそ埋め立ててやる!」
「つれないですね〜。せっかく二人っきりになれたというのに。今日こそ甘〜い夢の世界へ貴方を誘います」
「そうだ……こいつもこんなだったな。なんでこんなのが二人も居なきゃならんのだ」
「なんの話です?」
「気にするな。ていうか、やっぱりおまえの仕業か。それに月が青いぞ」
「ふっふっふ、楽しみは最後までとっておきませんとね」
「おい、話が見えないんだが」
「そうですね……。貴方を呼んだのは、ちょっとした昔話を聞いてもらう為です」
「シルフィス?」
そう言うシルフィスの眼が今までに見せたことのないモノだったから、それ以上茶化すことは出来なかった。
俺の声が聞こえていないのか、シルフィスは眼下に広がるそこにあるはずのない光景を見つめていた。
*
「それじゃあそろそろ私はお暇させてもらいますね。まだ仕事が残っているので、士朗さん後のことよろしくお願いしますね」
「了解です」
士朗は軽く敬礼をする。
「あっ、秋子さんこれ……お土産にどうぞ」
そう言って桃子は洋菓子詰め合わせセットを秋子に渡した。
「これはどうも、ありがとうございます。今度は娘達も連れて来ます」
「はい、お待ちしています」
桃子と秋子は笑顔で握手を交わした。
「そうそう、忍さん」
秋子は何かを思い出して忍に声を掛けた。
「何ですか?」
「あなたにコレを託します。きっとあなたならこれを正しく使うことができると思いますから」
そう言って一旦店の外に出た秋子は車の中から大柄な男性が入ってもまだ余るだろう大きさのトランクと一枚のディスクを差し出した。
「これって……」
「エーディリヒタイプ……いえ、ノエルの内蔵武装の解除ツールと私が開発した強化パーツ。そして、そのデータです」
「えっ、秋子さんノエルのこと知ってるんですか!?」
忍が受け取ったディスクと秋子を交互に見比べながら驚いた顔をする。
「ええ、私彼女の開発に関わっていましたから」
「えーっ!?そんな……」
忍には信じられなかった。自動人形の技術はもう何世紀も前に消失しているのだ。仮に残っていたとしてもこの技術は最高機密なので一族以外が知るはずがなかった。
「そのディスクの中身を確かめてみるといいでしょう。昔の記録も全て補完してありますから。役に立つと思いますよ」
そう言って秋子は去っていった。
「秋子さんっていったい……」
残された忍は呆然としていた。
「彼女には謎が多いからな。彼女の下で働いていた俺でも知らないことは多い」
そんな忍に士朗は苦笑した。
「そうなんですか。……っていうか、あなた誰?」
「ふっ、しがない放浪人さ」
「あなたっ!!何わけの解からないこと言ってるの」
「あなたって……」
忍が驚いて眼を丸くしているところに丁度厨房の片づけをしていた松尾と那美が出てきた。松尾は忍の反応に苦笑し、那美はきょとんとしている。
「あっ、松っちゃんに那美ちゃん。丁度いいところに来たわね。紹介するね、こちら私の旦那の高町士朗さん」
それを聞いて那美がぎょっとした顔をする。
「あっあの……士朗さんってけっこう前に亡くなったんじゃ」
「私もそう聞いた覚えがあります。いったいどういうことですか?」
「いや〜、俺も死んだかな〜とか思ってたけど。気がつけば病院のベッドの上だったってわけ。話すと長いし面倒だし、ようは生きてたってことで俺もこれからここの手伝いをするから。そんなわけでよろしく」
当の士朗はカラカラと笑うが、忍と那美はぽか〜んと口を開けて固まっていた。それに桃子も苦笑する。
「あはは……、まあ正直私も最初は驚いたけど本当に生きてたみたいなの。なかなか踏ん切りが付けられなくて今までさっきの水瀬さんの所で働いてたんですって」
桃子の様子を見て二人は頷き、今度は息子である恭也とのギャップの激しさに戸惑った。
「な、なんか恭也さんとは印象が全然違います」
「わっ私も」
「でしょう。もう別の人の子じゃないかってくらい」
「あっあはは……それはちょっと言い過ぎかと」
那美が苦笑する。
「そういえばこのことって高町君や美由希ちゃん達は知ってるんですか?」
「恭也と美沙斗は知ってる。他の皆には内緒にしておいてもらってるんだ」
「何でですか?」
忍が怪訝な顔で問う。
「また迷惑かけると思ってね。沢山悲しませといてひょっこり出て行くのは気が引けるだろ?」
「そりゃそうですけど。やっぱり生きてるって解かったほうが嬉しいと思いますよ」
「そうだな。俺もバカだからな、だいぶ遠回りして来ちまったけどもう腹を括ったからな。これから会いに行くさ。ときに君は恭也の友達かい?」
「はい、月村忍です」
「そうか、しかしこんな美人な友達がいるなんて恭也も隅に置けないな」
「そういえば高町君って、女の子の知り合いが多いよね」
「言われてみればそうですね」
忍に振られて那美も頷く。
「そ、そうなのか!?くう〜、恭也め……裏ましい」
「あはは……でも知り合ってから一年くらいかな?」
「そうですね。でもいつの間にか馴染んでましたね」
「あっそれは同感」
忍と那美は恭也達と出会った頃を思い出して苦笑した。
「うわ〜、いいないいな。俺も混ぜて〜」
「はいはい、あなたも混ぜてあげるからとりあえず恭也達とちゃんとお話しましょうね」
地団駄を踏んで嘆く士朗を桃子がよしよししている。松尾はそれを微笑ましそうに眺めていた。
「士朗さん、本当に昔と変わりませんね」
「松尾さんは知ってたんですか?士朗さんが生きてたこと」
忍が首を傾げて尋ねた。
「生きてたことは知らなかったけど、昔まだ翠屋を開いたばかりの頃は店長と士朗さん、それと私で店を切り盛りしてたんだよ」
「へえ……そうだったんですか」
「で、でもそれって……今も昔と変わらないってことですよね?」
那美がやや引きつった笑みを浮かべてそう尋ねた。
「ま、まあ、そのへんは店長も一緒だから……」
「あっ……あはは」
いったいいつまであれが続くのだろうと引きつった笑みを浮かべる三人だった。
あとがき
こんにちは堀江紀衣です。今回はいろいろな場所でいろいろなことが起きててんてこ舞いになってるお話です。
麗奈「連魂の儀っていったいどんなのかしらね?」
真雪「あたしとしてはちょっと期待してるんだけどな」
知佳「えっ、なんで?」
真雪「だってさ、必要なのは身体と刀だけだろ?」
知佳「なんかいかがわしい想像してない?」
真雪「気のせいだろ。ていうかおまえだってしただろ?」
知佳「してません。お姉ちゃんじゃあるまいし」
真雪「いや、したな。絶対した」
紀衣「……だから人払いするんだけどね」
麗奈「んっ?紀衣あんた今なんか言わなかった?」
紀衣「いえっ、別に」
麗奈「ふ〜ん」
佐祐理「あはは、いいじゃないですかどっちみち紀衣さんはいかがわしいことするんですから」
紀衣「さっ、佐祐理さんっ。それフォローになってません」
真雪「そういや今回のあとがきは海に行くんだったよな?」
知佳「海かあ……いいな〜」
麗奈「夜の浜辺で励むのよ」
紀衣「だからどうしてそういう方向へ持っていこうとするんですかっ!!」
佐祐理「そういう方向で進むからですよ」
紀衣「あっあう……」
真雪「それじゃ、そういうことであとがき物語いってみよう」
知佳「なんかぜんぜんまとまってないね」
あちこちで色々と起こってるな〜。
美姫 「とりあえず、士郎の顔見せは一応終わりって所かしら」
かな?
幾つか気になる事もあるんだけどな。
美姫 「例えば、連魂の儀とかね」
そうそう。これからどうなっていくのかな。
美姫 「次回も待ってますね〜」
待ってます。