優しい歌 第12話 渦巻く悪意
*
やっとあの人に会える。
わたしのこと、どう思うかな。
ちゃんとお話してくれるかな。
こんな気持ちは初めて。心が躍ってる。
待っててね、今いくから。
*
わたしが歌を歌い終えた時、エターニアの声が聞こえた。
それと同時に、彼女のいろいろな感情がわたしに流れ込んでくる。
それは期待、不安、嬉しさ、躊躇い……。
いろんな感情がない混ぜになった想いの奔流をわたしは手を広げて受け止めた。
「大丈夫だよ。わたし、あなたとお話がしたいな。一緒に歌もうたいたいな、だから……おいで」
わたしの呼びかけに応えるようにわたしの中に何かが流れ込んできた。
まるで心と心が繋がった、そんな感じがした。
そう思った瞬間、世界が真っ白に染まってわたしは思わず眼を瞑った。
しばらくして光が収まったのを感じたわたしが眼を開けてみるとそこには一人の少女が佇んでいた。
「やっと……会えた。わたしの声を聞いてくれた人……」
不意に少女の体が崩れ落ちそうになった。
わたしは慌ててそれを支える。
「……なんだかとっても眠いよ」
支えているわたしの手をぎゅっと握ってくる小さな手が暖かくて、とても優しかった。
「やっとこっちにこれたんだもんね。いいよ、ゆっくり休んで。わたしは傍にいるから。少し休んで、それから一杯お話しようね」
わたしの言葉に、ひどく安心したような笑顔を浮かべて少女は眼を閉じた。
「お休み、エターニア」
わたしがそっとエターニアを抱き上げると恭也が話しかけてきた。
「フィアッセ、一体何が起こったんだ?それにその子は」
「大丈夫、ちょっと出口が窮屈だったのかな。この子はエターニア、わたしにさっきの歌を聞かせてくれた子だよ」
「なんだかとても安心したように眠ってる」
「この子は、ずっと一人だったんだって。誰もいない真っ暗な世界で、記憶も心も忘れてただ歌ってた」
わたしの言葉に、恭也の表情から笑みが消える。
「でも、本当はそんな世界から抜け出したくて必死に叫んでた。誰かわたしを見つけてよって。わたしはここにいるんだよって」
「フィアッセにはその声が聞こえたんだな」
「うん。だから、わたしも歌を返したの。一人じゃないんだよって、言ってあげたかったから」
そう言ってエターニアの頭を撫でながら笑うわたしを見て、恭也の表情がふっと和らぐ。
「わたし、この子にうんと優しくしてあげたいな。今までの寂しさを忘れちゃうくらい」
「フィアッセなら大丈夫さ。それに他の皆だっている。ここの人ならエターニアにどんな秘密があろうと受け入れてくれると思う。俺も手伝うし、そんなに深く考え込まないで」
「ありがとう」
エターニアにどうか優しい想いが伝わりますように……。
*
皆が外へ駆け出していくなかわたしは不意に、鋭い痛みに襲われた。
「……っ!!」
この痛み、あの時の夢と同じ痛み……。
「(あれは夢のせいじゃなかったの!?……っ、痛みがどんどん大きくなって……うっ、これ以上は、おねがい誰か助けて)」
声を上げようとしても痛みに耐えるのに精一杯で声が出ない。
わたしは朦朧とする意識の中、必死で手を伸ばした。
今諦めたらここで終わってしまいそうだから。
そんなわたしの体が不意に温かい光に包まれた。
「大丈夫、わたしがいる。君が世界に取り残されても、ずっとそばにいる。君の全てを守るから」
その言葉と共に痛みは消えていった。
気付けばそこにはわたしを抱きしめる漣さんがいた。
「漣さん……。どうして、先にでていったんじゃなかったの?」
「フィリスの声が聞こえたから」
とても嬉しかった。まるで心が繋がっているみたいだった。
「ありがとう」
痛みはもうすっかり治まっていた。
この痛みがわたしの“夢の記憶”と関係していたとしても、今はどうでもいい。
わたしはただこの人といつまでも一緒にいたいと思った。
それが何を意味することになっても。
*
さざなみ寮へと続く坂の下にて、怪しい黒服を従わせた男が空を眺めていた。
「ふっふっふ……ついに現れましたね。では始めるとしましょうか」
男はそう呟くと不気味な呪文を唱え始めた。
すると辺りに散らかっていたゴミや枝が一番大きい何かの刻印が押された黒服の周りに集まり始めた。
「万物の理に逆らいし魔神よ、今こそ目覚めるがいい。汝の名は“バルトアンゼルス”」
男が呪文を唱え終わると、黒服の刻印が光り、肥大化した体にゴミが鎧となって集束する。
「うおおおおおおおお!!我は万化の鬼神。我を呼び起こしたのは汝か?」
それはすでに先程までの黒服ではなかった。
鎧の中に納まっているのは、まさに鬼で
ある。
「相変わらず力が有り余っているようですね。貴方と会うのはずいぶんと久しいですね」
「ぬっ……!!貴方は」
「どうやら覚えていてくださったようですね」
「まさかこうしてまたお会いできるとは思ってもみませんでした」
「私も貴方とお会いするのはずいぶんと久しぶりです。私は今来るべき時のためにかつての仲間を集めています」
「それはもしや“夜の民”」
「ええそうです。残念ながら“月の狩人”と“炎獄の金狼”は協力していただけませんでしたが」
「月の狩人……あの豪快な老人ですか」
「はい。今は“夜の一族”と名乗り静かに暮らしていますよ」
「あれほど熱意に溢れていたのに……残念です」
「今でも彼はそれを忘れていませんよ。ただ別の可能性を見つけたようです」
「そうですか。我らは志を同じくして集った者、またどこかで同じ道を歩めることもあるでしょう」
「そういうことです」
「では、“炎獄の金狼”名をシルフィス。奴は何故です?彼なら手を貸してくれると思ったのですが」
「彼は今は“青の剣”に属しています」
「なっ……!?」
「皮肉なものですね。かつての同胞が今では宿敵になっているのですから。と言っても彼も完全に飼い犬になる気はないようですがね」
「と言いますと?」
「彼は彼で自分の求める物を追っているのですよ。それが我々とは違う方向に向かっているだけです」
「奴はもうここには戻らないということですか?」
「おそらく、“光の巨人”と呼ばれた彼女との出会いが全ての始まりだったのかもしれません。いや一番大きいのは“月花の凶鳥”を失ったことかもしれませんね」
「確かにあの2人の連携は眼を見張るものがありました」
「彼等は二つで一つだったんですよ。たしかに彼女の犠牲は尊いものでしたがね。まあそれはともかく、彼らの抜けたところを補うために新たに邪神“あやなぎ”という方に協力していただくことになりました」
「あやなぎ?聞きなれない名ですな」
「彼は力こそあれ、人間の血を喰らわなければ力を発揮できない程度ですから知名度は低いでしょうね」
「そのような輩を引き入れて大丈夫なのですか?」
「大丈夫ですよ。野放しにしていても彼の行為自体が私達にとって有益となるのですから。だから彼には我々の邪魔にならないように注意をしてきただけです。あとは勝手にやってくれるでしょう」
「なるほど、そういうことですか」
「ええ、それではそろそろこちらも行くとしましょうか……ん?」
「どうされました?」
「おやおや、どうやらイレギュラーな方達が来てしまったようですね。ですがこれでますます面白くなってきたじゃないですか」
男は歪んだ空から舞い降りるそれを見て愉快そうに笑っていた。
*
一方、ホテルのベランダにも不気味な影が笑っていた。
「ふっふっふ……まさかあそこからあんな物が降ってくるとはね」
「まったくですね。誰があんなものが降ってくるなんて予想できたでしょう」
「おそらくいないでしょうね。ところでこの縄を解いてくれませんか?」
「このジャムを食べて下さったら了承します」
そう言ってオレンジ色のジャムを突きつけられる。
「それは何かの罰ですか?」
「ジャム美味しいですよ」
「いや、だから」
「ジャム美味しいですよ」
「確かにそうかもしれませんけど、そのジャムは」
「ジャム美味しいですよ」
「それをジャムというにはあまりにも禍々しいと思うのですが」
「たしかにこれは斬新なジャムですから初めのうちはびっくりするかもしれませんね。だけど慣れればそれはそれは美味しいジャムなんですよ。そういうことではいあーんしてください♪」
「いや―――――――――――――――――――――――――――――――――――!!」
*
俺たちがフィアッセさんの下に駆けつけると、そこには既にエターニアの姿があった。隣にいた美優希が一瞬泣きそうな顔をする。
俺は美優希の手を握ってやると、大丈夫だというふうに手を握り返してきた。
「皆、どうしたの?」
フィアッセさんはエターニアを抱えて俺達のほうを不思議そうに眺めている。
「なんや外の様子が変やからフィアッセ達の様子を見にきたんや。フィアッセが抱いとる子は誰?」
皆の代表でゆうひさんが言った。
薫さんや那美さんは異変に気付いているようで身構えている。
「わたし達は大丈夫だよ。この子はエターニア、ちょっと変わった所から来たわたしの新しいお友達」
「そか、ほなその子がめえ覚ましたら歓迎会といこか。皆もそれでええ?」
「もちろんっ!!」
皆は微笑み会って答えた。
皆の笑顔に漣さんだけが不思議そうな顔をしていた。
「聖龍王様、彼女達はどうしてああも簡単に素性の解からない者を受け入れられるのですか?普通は怖がると思うのですが」
「そう言えば漣さんはリスティさんに連れてこられたそうですね」
「はい。なんでもわたしに必要なものがここに来れば解かると言われました」
「なるほど。漣さん、この街に来て最初に感じたことは何ですか?」
「……包み込んでくれる優しさです」
「なんだ、ちゃんと解かってるじゃないですか。この街は家族なんですよ」
「家族……」
「それ以上は自分でみつけてください。もっとも彼女達と長く付き合っていれば自ずと答えはみつかるはずです」
「家族か……。少しだけ、解かった気がします」
漣さんは少し吹っ切ったような顔をして笑った。
「ねえ、祐介君。ちょっといいかしら?」
今度はさくらさん、薫さん、那美さんの3人がやってきた。
「なんですか?」
「あの子のことなんだけど」
さくらさんがエターニアをちらりと見て言った。
「ああ、あの子は俺と美優希の娘ですよ」
「えっ!?お二人ともご結婚されてたんですか」
それを聞いて那美さんが素っ頓狂な声を上げる。
「今はまだ、詳しくはお話できませんが、そういうことです」
「それはあなた達がまとっている強力な気と何か関係があるの?」
さくらさんが核心をついてくる。
「今は話せる時じゃありません。全部片付いたらお話します」
「そう……。じゃあ、その言葉を信じさせてもらうわ」
さくらさんはそれ以上何も追及せずにっこり笑った。
「本当にここの人達はいい人ばかりだ。……っ!!何かくる」
俺は今まで感じたことのない異質な感覚に襲われた。
「あっ、あれなに?」
空を見上げて誰かが呟いた。
他の皆もその異変に気付いて、空を見上げて呆然と立ち尽くした。
「皆、中に避難するんだっ!!」
一番最初に我に返った零一の叫びで皆が我に返った。
「ちょっとなんであんなものが空から降ってくるのよっ!?」
アイリーンさんが困惑気味に叫んだ。
「もう、何が起きても驚かへんで……」
ゆうひさんが半ば投げやりに呟いた。
「とりあえず皆さん、中に入っててください」
俺はそれの様子を伺いながら皆に呼びかけた。
「高橋、俺はあれに見覚えがある」
「当たり前だろ。あんな物少し前の家ならどこにでもあるだろう」
「そうではない。もしあれが俺の思っている通りのものだったとしたら、かなりやっかいだ。寮に結界を張るぞ」
零一が珍しく身構えている。どうやら本当のようだ。
「そんなにやっかいなの?」
「ああ……」
眉を顰めて聞いてくる麗奈先輩に、零一が慎重な面持ちで頷いた。
「なあ、戦力が必要ならあたしらも使ってくれてかまわないよ。戦えない奴も何人かいるけど、それなりに戦力にはなると思う」
そう言われて振り返ると、そこには真雪さんを筆頭とするさざなみ寮のメンバーだった。
「相手は普通の人間じゃないんですよ?」
「それでもさ。自分達の家は自分達で守る。なに、人外相手の戦闘はちょっとばかし経験があるんでね」
「零一、あれは切れるのか?」
「相手はただの闘争本能剥き出しの野獣のようなものだ。問題ない」
俺はそれを確認して頷いた。
「解かりました。この寮に結界を張るので危険だと思ったら寮に逃げてください。非戦闘要員の人は怪我人の手当てができるように寮で待機していてください」
「よっしゃ、まかせとけ」
真雪さんは木刀を振って気合を入れる。
「まさかわたし達の力を実戦で使うことになるなんてね」
「ボク達の力はその為の力だ。力なんて所詮は使い方次第なんだよ。それに今回は人じゃない、悪意を持った何かなんだ。思いっきりやればいい」
「うん、そうだよね。わたし達の力は使い方次第」
「その意気だよ、フィリス。皆で力を合わせて悪い奴をやっつけよう」
「恭也、無理しないでね」
「大丈夫、俺は負けないよ。まだやり残したことがあるんだ。必ずフィアッセの隣に帰ってくる。約束する」
「フィアッセのことはうちに任せとき、恭也君は思いっきり切ってきてな」
「はい」
こちらは恭也さんとフィアッセさん、そしてその他大勢である。
「零一さん……」
「心配するな。あんなものさっさと片付けてやる、景観を損ねるしな。美凪は夜食の準備でもして待っていてくれ」
「はい。そうだ、これお守り代わりに使ってください」
「これは?」
「“星の砂”と言って願い事を叶えてくれるんです」
「ありがたくもらっておこう。だが忘れないでほしい、俺の願いは美凪がずっと俺の傍で笑っていてくれることだ。だから俺はどんなことがあっても美凪を守る」
「ぽっ……」
零一と美凪ちゃんは……相変わらずあついようだ。
これから戦闘だっていうのによくやる。
「皆、準備はいいか?」
「おおお―――!!」
結界を張ったさざなみ寮の前で身構える俺たち。
それにしても……。
「やっぱりどっからどう見ても物置なんだよな」
「ぼやくな、横鳥。……来るぞ」
零一が抜刀するのと物置の扉が開くのはほぼ同時だった。
こうして、戦いの火蓋が切って落とされた。
*
「ついに始まってしまいましたね」
「そうですね、長い戦いになりそうですね」
ベイシティホテルの一室のベランダに一人の女性と一匹の猫、そして物言わぬミノーンが佇んでいた。
「それじゃあ僕はそろそろ、イルと合流しますから。定期連絡が途絶えたのが気になるので、ここはお任せします」
「はい。でも、あまり心配しなくても大丈夫だと思いますよ」
「大方麗奈さんに捕まっているのでしょう」
それを聞いて女性は苦笑した。
「シュウのほうはどうなっていますか?」
「彼も動き出したようです。このままいくと彼等と接触するでしょう。他にも気になる気配がするんですけど、とりあえず今はシュウを捕らえるのが先でしょう」
「そうですね、それではお互い頑張りましょう」
「はい」
そう言って猫は一礼してベランダから飛び降りた。
「ふっふっふ、そう簡単にいかないのが世の中というものですよ」
いつの間に復活したのかミノーンが不気味な笑いを上げていた。
「うふふ、もう復活していたのですね」
「いっ!!何を言っているんですか。わたしはただの物言わぬミノーンですよ?」
「物言わぬミノーンは喋りません。と言うわけで、第二ラウンドいってみましょう♪」
「いや―――!!………士郎、後は頼みましたよ」
「あら?士郎さんもいらしてたのね。だったら早く合流しなくてはいけませんね。あの人は私のジャムを正しく理解してくださる貴重な方ですからね。……それにしても、シルフィスさん、貴方はどこへ向おうとしているのですか?」
月明かりの差し込むベランダには憂いを帯びた女性の横顔だけが照らされていた。
*
「どりゃ―――!!」
「ぐおおおおおおっ!!」
俺は物置の怪を軽快に龍王剣でさばいていった。
他の皆もそれぞれの得物で軽快にさばいていく。さすがといったところか。
「くそっ、いったいあんな狭い所にどうやってあんなに入ってんだよ」
「ぼやくな真、やらないと減らないんだからやるしかないだろ」
「解かってる」
そう言いながら真は襲いくる物置の怪をかまいたちで薙ぎ払う。
確かに皆強いが消耗戦になるとこちらが不利だ。
変化できるのならまとめて薙ぎ払えるのだが。
「零一、何かいい方法はないのか?」
「俺が遭遇した物と同じであるのなら、物置の外に出てくる奴等は無尽蔵に湧いてくる。中にいる核を倒さない限りこいつらの進軍は止まらない」
「中の核を潰せば終わるのね?」
麗奈先輩が渦潮で薙ぎ払いながら俺達のもとにやって来た。
敵と一緒に美由希ちゃんが流されていったような気がするが今はそれどころではない。
「ああ、だがどうするんだ?」
零一は怪訝な顔をして先輩に聞き返す。
「こうするのよっ!!」
麗奈先輩は気合と共に懐から取り出したオレンジ色の物体が入ったビンを物置の中へと放り込んだ。
「ぐおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ―――――――――――!!」
物置の中からこの世のものとは思えない悲痛な雄叫びが轟いた。
「ふん、悪は滅びるのよ。それにしても相変わらず物騒なジャムね」
「あっ、あはは……」
「始末するのに丸一日かかったのを……」
零一が唖然として呟いた。
核を倒したからか、他の奴らは次々と消滅していった。
*
ワシはこの時を待っていた。
あの日、忌まわしき青き龍に封印されてからワシはどんなにこの日を待ちわびたか。
今度こそ、“月の巫女”を喰らい完全なる復活を。
この邪神あやなぎ、もう戻れぬ所まで来てしまったのだ。
ワシは今度こそ“空の剣”を手に入れる。
今度こそこの星に争いなき平和を………。
*
「ぐおおおおおおお――――――!!」
突然、物置から雄叫びが聞こえたかと思うと、物置の怪が次々と消滅していった。
「……終わったのか?」
「…そうみたいだね」
隣にいた美沙斗さんも剣をしまいながら頷いた。
「はあ、はあ……やっと…終わりか〜」
「大丈夫?お姉ちゃん」
「ああ、さすがにちと堪えた」
真雪さんが肩で息をしている。
そういえば真雪さんの戦える時間ってあんまり長くないんだったな。
「真雪さん、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫。少し休めば元に戻るさ、それより恭也こそ疲れてるんじゃないのか?」
「体力だけは有り余ってるんで、大丈夫ですよ」
「そういえば恭也、美由希は?確か一緒にいたはずなんだけど」
美沙斗さんが辺りを見回しながら尋ねた。
「ああ、美由希なら……あそこにいますよ」
俺は麗奈さん達の方向を指差した。
「なんでずぶ濡れになってるんだろう?」
「さあ?そういえばさっきの戦闘で麗奈さんの渦潮に巻き込まれたのかも」
あのドジッ娘な美由希ならあり得る。
「ふふふ、それはあるかもね。……っ!!」
そんな会話をしている時、不意に茂みの奥から殺気を感じた。しかもかなりの数だ。
俺は八景を構えて美沙斗さんを見る。
「どうやら休む暇もなさそうですね」
「そのようだね」
美沙斗さんも刀を構える。
まだ他の人達は気付いていないようだ。
俺はゆっくりと眼を閉じた。
敵の位置は……、まず一番近い所正面に五人、左右に三人づつ。後からも感じる。
これはかなりの数に包囲されているな。
俺は静かに飛針を構える。
美沙斗さんも小刀を構える。
そして2人で頷きあうと、一斉に放った。
その瞬間、一斉に黒服が飛び出してきた。
警棒や木刀、はたまた真剣まで持った大所帯である。
「化け物の次は怪しい黒服かよ」
それに気付いた真雪さんが舌打ちする。
知佳さんも辺りを確認してその数に圧倒されているようだ。
「なっ、なんでこんなにいるの?」
「知るかよ」
「美沙斗さん、少し一箇所に集まりすぎていますね」
「ああ、数が多すぎて下手に動けないね」
「ええ……。でも、数さえ減らせば」
「ふっ、……やるのかい?」
「はい、一秒あれば充分です」
「じゃあ……いくよっ!!」
美沙斗さんの掛け声と共に脳内でスイッチが入った。
脈の音がやたらとゆっくりに聞こえ、世界がモノクロと化した。
御神流、奥義の歩法“神速”。
極度の集中によって拡大された認識力に体がついてこようとする結果、通常の何倍もの早さで動くことが出来るというのがこの技の本質である。
それ故に体に大きな負担がかかり、俺では一度に三秒もたせるのが限界だ。
やはり、右膝を砕いてしまったのがいけないのだろうな。
フィリス先生の治療でだいぶよくなってはいるものの、どこまで耐えられるか正直解らない。
だがここで弱音を吐くわけにはいかない。俺には守るべき人がいるのだから。
*
物置との戦闘が終わり、一息ついていると物影から不意に殺気を感じた。
「ふう、終わった終わった。それにしても、しぶとかったな」
「そうね。普通の人間と違って丈夫だったし」
「倒してもすぐに次が来るから大変だったよ」
「……残念ですがまだ終わっていないみたいですよ」
わたしは足元に転がっていた石を拾い、茂みに向かって思いっきり投げつけた。
ぶおんっ!!
「うわっ、ものすごい音がしたよ。誰かに当たったら痛いじゃすまないだろうな」
「そういう問題じゃないでしょシェリー」
ごいんっ!!
「言ってるそばからなんか当たったみたいだよ」
「ああ、漣さんなんてことを……」
「でもそんなことを気にしている余裕はないみたいだよ」
さっきの音が合図かのように茂みからぞろぞろ黒服が出てきた。
「随分と物騒な、しかも大所帯だね」
その様子にリスティさんが眼を細めて呟いた。
黒服が一斉に銃を構えた。
「ここは日本なんだけどなあ」
「ぼやかないのリスティ、あんなのさっさと片付けて休もうよ」
「ん、珍しくシェリーに賛成だ。それじゃ、いっちょ派手にいきますか」
そう言って、三人が翼を広げた。戦闘態勢である。
「確かに銃は生身の相手には最適でしょうね。しかし貴方たちはわたし達を甘く見ていたようですね」
黒服たちの一斉射撃とわたし達がフィールドを展開するのはほぼ同時だった。
*
「皆、大丈夫かな?」
外の戦闘がだいぶ激しくなってきた頃、フィアッセさんが心配そうに呟いた。
わたしも少し心配になってきた。
祐介達のことだから滅多なことにはなってないと思うんだけど。
「恭也君達のことや。きっと大丈夫や」
「そうだよ、ここの皆はすっごく強い人ばっかりなんだからさ」
「うん……」
「とは言ってもやっぱり心配よね。フィアッセちゃんの場合は大切な旦那さんでしょ?」
「……はい」
愛さんの言葉にフィアッセさんは赤くなりながらも嬉しそうに頷いた。
そんな愛さんの横で猫達が、ひっくり返ってぴくりともしないイルにじゃれついていた。さっき麗奈さんに遊ばれてたからなあ。……大丈夫かしら?
わたしもイルとは過去に何度かあったことがあるからすぐに解かったけど、どうしてここにいるんだろう?
そんなことを考えていると突然、窓をあけて茶虎模様の猫が入ってきた。
「ずいぶんと器用なにゃんこやね」
ゆうひさんがそれを感心して見ている。
「(あの猫は……マイケルね。大方イルを回収しにきたんでしょうけど、目立ってるって)」
わたしと眼が合ったマイケルは、礼儀正しくお辞儀をした。
「あら、おりこうさんなのね」
愛さんも感心している。
マイケルは周りの猫に挨拶すると、ひっくり返っているイルを担いででていこうとする。
それを愛さんが止める。
「猫ちゃん、外は危ないわよ」
それにマイケルは軽く首を振って、大丈夫だと言わんばかりに一鳴きする。
そして、さり際にわたしに思念を飛ばしてきた。
「(お久しぶりですね、レミさん。っと、今は美優希さんでしたっけ)」
「(いつ以来かしら?ずいぶんと久しぶりね。元気だった?)」
「(ええ、こちらもご無沙汰しています)」
「(それで、貴方達がいるってことは結構大変なことになってるの?)」
「(はい、この騒ぎも半分は僕達が追っている人物の仕業です)」
「(もう半分は?)」
「(おそらく、時空干渉の影響でしょうね)」
「(そう……。わたしは母親失格だけど、それでもエターニアはわたしの娘だから守りたい。これは我侭なのかしら?)」
「(親が子を思うのは当たり前だと思いますよ。僕は貴方と彼女の間にあるモノが何なのかは知りません。だけどやり直すことは必ずできると思いますよ。過ちに気付いたのなら、それを正せばいい。頑張ってください。本当にそう願うのならできるはずですよ)」
「(そうね……。やり直せるのよね。ありがとう、おかげでまた一つ吹っ切れたわ)」
「(お役に立てて光栄です。貴方は笑っているほうが似合っていますよ。それじゃあ僕は用事があるのでこれで失礼します。麗奈さんに文句を言われると困るのでイルは後で送ります)」
そう言ってマイケルは出て行った。
わたしは苦笑しながら手を振ってそれを見送った。
*
「ちっ、こいつら普通じゃないぞ」
刀を構えて襲い掛かってくる黒服を衝撃波で薙ぎ払う。
「奴等には何らかの術が施されている。そう簡単には倒れてくれんぞ」
零一は言いながら刀で相手の腕を破壊してから鳩尾に掌を叩き込んで吹き飛ばす。
恐ろしい腕力である。
「でも、こう連戦だとさすがに疲れるぜ」
真も竜巻で薙ぎ払いながら舌打ちする。
こちらも少し疲労の色が見え隠れし始めているようだ。
「さすがに消耗戦はきついな。こうなれば早いとこ敵の大将をみつけださないと。……っ!?」
俺が黒服の中からそれらしい相手を探ろうとしたとき、真後ろから強烈な殺気を感じて咄嗟に横へ飛んだ。
ズガンッ!!
そこには漆黒の大剣が深々と突き刺さっていた。
「ほう、あの位置からわたしの剣をかわすとは、さすがですね」
「誰だっ!!」
「私の名はシュウ、シュウ・シラカワです。以後お見知りおきを。高橋祐介」
「……何故俺の名前を知っている?」
「情報を手に入れる手段などいくらでもありますよ。ましてや科学にばかり依存している現代では尚更ね」
「こいつ、他の奴らとは桁外れな力を感じる」
「それはそうでしょう。なんせ彼等に力を与えているのはこの私なんですから。もっとも彼等程度では貴方達の相手は到底務まらないでしょうけどね」
「シュウ、お前の目的はなんだ?」
「これはまた典型的な質問ですね。まあ、貴方達はあのマサキのような愚かではないでしょうし、いいでしょう。私の望み、それは可能性の追求、人の行く末。私はそれが見たいのですよ。人が神となってこの世界を光で満たし私を滅ぼすか、悪魔となって世界を食いつぶし私に滅ぼされるか、あるいは……」
「勝手なことを言うんじゃない」
歪んだ笑みを浮かべて語るシュウの言葉を、俺は大声を上げて遮った。
「確かに人は神にも悪魔にもなれる。だが人が神を名乗るとき、それは悪魔への堕落だ」
向かってきた黒服の一人を薙ぎ倒しながら、俺はシュウに向かって声を張り上げる。
「今の世界は混迷しているかもしれない。だからこそ、人は変わらなくてはならないんだ」
「そのための道標になるつもりですか?それは傲慢というものでしょう」
「そんなつもりはないし、必要もないさ」
「ほう、では傍観者となってただ滅びゆく世界の行く末を黙って見ていますか」
「人が次の階段を上る時がきたんだ。そんな大事な時に、たった一人の人間、いや悪魔に好きにさせるわけにはいかない。おまえが人々の前に立ち塞がるのなら、俺たちは全力でおまえを倒す。それが俺達“守護者”の使命だ」
「ククク……、それでこその……です。いいでしょう。高橋祐介、あなたはこの私が直々に相手をして差し上げます。さあ、かかってきなさい。そして貴方の力をこの私に見せてください」
シュウがいい終わるや否や、辺り一面が眩い光に飲み込まれた。
そしてこれが後の世に語り継がれる“終焉戦争”の始まりだった。
あとがき
こんにちは、堀江紀衣です。
ずいぶんと久しぶりになってしまいましたがようやく第12話が完成しました。
今回はついに黒幕の登場です。
麗奈「黒幕らしい悪面だったわね」
佐祐理「あはは、でも悪は正義の味方にお仕置きされるのが宿命です」
知佳「ちょっと引っかかる言い方だけど、確かにそうだね」
真雪「まっ、悪戯にも限度ってもんがあるからな」
麗奈「まあ、悪党の話はこのくらいにしておいて……。ふっふっふ、ついに始まるわよ〜」
紀衣「いっ!?」
佐祐理「そう言えば今回からでしたっけ。佐祐理も楽しみです♪」
紀衣「なっ、なんのことでしょう?」
真雪「とぼけても無駄だぜ」
知佳「わたしにあんなことさせた罰です」
麗奈「と、言うわけであとがき物語二つの伝説〜運命(みち)を行く者〜。はじまりはじまり〜」
紀衣「いやあああああああああぁぁぁぁぁ〜!!」
遂に黒幕の登場〜。
美姫 「そして、始まる戦闘」
果たして、祐介たちは無事に勝利を掴めるのか!?
美姫 「次回も楽しみにしてますね〜」
そして、遂に始まる新物語!
美姫 「そちらも楽しみ♪」