優しい歌 第11話 それぞれの想い

    *

 ――御神流。

 それは恭也君や美由希ちゃんが修める古い剣術の流派。

「ふうん。でも、御神流の使い手は恭也と美由希、それに美沙斗しか残ってなかったんじゃなかったっけ?」

 横から覗き込みながらリスティが眼を細めて言った。

「わたしも恭也君に聞いたことがあるけど、確かそうだったはずよ。じゃあさっきの人は?」

「御神と不破は彼等を除いて根絶やしにされた。でも、彼は不破の宝刀を持っていた……。少し調べてみるか」

「とりあえず、これ恭也君に渡しておきましょうか」

「そうだね。恭也なら何か知ってるかもしれない。それに、もともとこれは恭也宛の物みたいだからね」

 わたしとリスティは顔を見合わせて頷くと、少し前のほうでシェリー達と談笑している恭也君に話しかけました。

「恭也君、ちょっといいかしら」

「あっ、はい。なんですかフィリス先生。まさか、検査のことですか」

「それもあるけど、とりあえずこれを見てもらえる?」

 そう言ってわたしは恭也君に木箱を渡しました。

「なぁ、アイリーン。あの木箱、美優希ちゃんのあれに似とらへん?」

「やめてよゆうひ。思い出しただけでもゾッとするんだから。そもそもあんなものがこの世に二つとあってたまるもんですか」

「あ、あははは……」

 横から覗き込んでいたゆうひとアイリーンと知佳ちゃんが何だか怯えているように見えるのはわたしの気のせいでしょうか。

 一方、恭也君はわたしから木箱を受け取ると、じっとそれを見つめていた。

 少し古びたそれに何かを感じているのでしょうか。

 彼の目は滅多に見ることの出来ない真剣なものになっていました。

「フィリス先生。これをあなたに渡した人は何か言っていませんでしたか?」

「え、ええ、恭也君が御神の極みに達した時にこれが必要になるだろうって」

 それを聞いて恭也君は何かを納得したように頷くと、それを大事そうに抱えた。

「さて、こんなところで立ち話も何です。そろそろさざなみに行きましょうか」

 その後は何事もなかったかのようにそう言って歩き出す恭也君。

 ……そういえば、あの人の雰囲気、どことなく恭也君に似ていたような。

「ほら、フィリス。ぼーっとしてると置いてくぞ」

 ぼんやりとそんなことを考えているわたしに、リスティがそう言って軽く手を挙げた。

「あ、うん。今行く」

 それで我に返ったわたしは慌てて皆の後を追いかけた。

    *

 あの人がいなくなってから私はずっと一人で頑張ってきた。

 何度も挫けそうになったけどなんとかやれてきた。

 どうしても耐えられなくなったときはあの場所で泣いた。

 私が唯一、弱くなれる場所。

 大丈夫、今までだってやれてきたんだから。それに皆がいる、一人じゃないんだから。

    *

 俺達は今、さざなみ寮で今夜の宴会の準備をしていた。

 ちなみに集まった人は昔からの馴染みらしい相川真一郎さん、野々村小鳥さん、鷹城唯子さん、綺堂さくらさん。

 旧さざなみ寮の住人は、神咲薫さん、オーナーの槙原愛さん、途中で合流したリスティ・槙原さん、フィリス・矢沢さん、セルフィ・アルバレットさん、陣内美緒さんなど数え上げるとかなりの数の人が集まっていた。

 ちなみに新さざなみ寮の住人の皆さんは里帰りをしていてしばらく帰らないそうだ。

「ここの賑やかさは、慣れてない人にはちょっときついかもね。知佳から話は聞いているよ。はじめまして、槙原耕介です」

 この人はここの管理人兼コックをやっているそうだ。

 ついでに言うと知佳さんの旦那さんだったりする。

「どうも高橋祐介です」

「斉藤美優希です」

「リーアです」

 と、それぞれに挨拶をする。

「リーア♪挨拶なんて後でいいから一緒に遊ぼうよ」

 返事をする間もなくリーアはアイリーンさんに拉致されてしまった。

「それにしてもいつもここの宴会ってこんなかんじなんですか?」

 俺は少し周りに圧倒されながら耕介さんに聞いてみた。

「ははは、まあ久しぶりに旧さざなみのメンバーが皆そろったからね。いつもはもう少し大人しいんだけどだいたいこんなものだね。皆騒ぐの好きだから」

 苦笑しながらもどこか嬉しそうにそう答えてくれる耕介さん。

「まあ、ゆっくりしてってよ」

「耕介さ〜ん、お鍋が大変なことになってるから早くきて〜!あっ、お姉ちゃんっ!つまみ食いしちゃだめ。リスティも、薫さんまで……」

「もう、リスティったら。ダメよ」

「そーだよりスティ。あたしだっていい匂いでお腹ぺこぺこなんだから」

「ちっ、うるさいのに見つかった。いいだろ少しくらい。なあ坊主?」

「真雪の言うとおりだ。それに沢山あるんだから少しくらい減ったって変わらないだろ」

「あはは、ごめん知佳ちゃん。あんまりにも美味しそうだったから、つい……」

「ああ、わたしの薫さん像が音を立てて崩れていく〜」

「まっ、あの堅物の神咲もいいって言ってんだからいいだろ」

「別にうちはつまみ食いがいいとは言ってません」

「そういうところは相変わらずだね薫。薫だってボク等と一緒に食べたんだから同罪だよ」

「うう……」

「まっ、そういうわけだから細かいことは気にしな〜い」

「こらー!だからってそのまま食べ続けるな〜」

 知佳さんは念動でコショウのビンを真雪さんの額にぶつける。

「うわっ、姉に暴力を振るうとは何様のつもりだ〜」

「どっかで見た覚えがあるけど、仕方ないボクも応戦するか」

「知佳ちゃん、わたし達も加勢するよ」

 フィリスさんとシェリーさんはフライパンを構え知佳さんはコショウを武器に、真雪さんは木刀、リスティさんは七味を武器にキッチンでは乱闘が繰り広げられようとしていた。

「なんだかキッチンが戦場になりかけてるんですけど」

 俺は引きつった笑みを浮かべながらキッチンを指差す。

「あっあははは、ちょっといってくるよ」

 耕介さんは苦笑しながら何故か木刀を片手に戦場に赴くのだった。

「頑張ってください、戦場では怯んだほうが負けなんです。相手を血祭りに上げるくらいの勢いでやってください」

 隣で美優希が物騒なことを言っていた。

 そのせいで俺はとある事件を思い出して身を震わせてしまった。

    *

 俺は皆が宴会の準備をしている間にリビングで美沙斗さんと二人で話していた。

 ちなみに美由希はフィアッセ達と一緒に宴会の準備を手伝っていたりする。

「じゃあ、これは美沙斗さんからではないんですね」

 細心の注意を払って開けた木箱の中身を見ながら、俺は再度美沙斗さんにそう尋ねる。

 中に入っていたのは、二本で一組の小太刀“陽炎”と大きな封筒が一通。

 封筒のほうはとりあえず置いといて、陽炎のほうを美沙斗さんに見せてみた。

「美沙斗さん、どうですか?」

「これは間違いなく不破の宝刀“陽炎”だよ。私も宗家にいた頃何度か見たことがあるから間違いない。それにしても、よく見つけたね。私は龍燐しか見つけられなかったのに」

 美沙斗さんは心底驚いている様子だ。

「いえ、これはフィリス先生が通りすがりに見つけた男性から預かったものらしいんです」

「先生が?」

「話によるとその男性は俺のことを知っていたみたいです。それに御神のことも」

「流派としての御神ならともかく、恭也個人を知る人物となると話は別になってくる」

「俺の知り合いでしかも男、そして剣を握る者といえば赤星ぐらいです。けど、あいつなら直接俺に渡すでしょうし、他はちょっと分からないですね」

「……他には何か入っていなかったのかい?」

「あとは手紙らしきものと何かの資料かな?大きな封筒が入っていました」

「これだけじゃなんとも言えない。とりあえず手紙のほうから調べてみようか」

「そうですね」

 俺は頷いて手紙の封を開けた。

「やっぱり手紙みたいですね。……なっ!?

「ん?どうかしたのかい恭也。……これは!?

 俺と美沙斗さんは手紙の内容を見て凍り付いた。

 そこに書かれていたのは。

 ――親愛なる我が弟子へ。

 この手紙を読んでどう思うかは好きにしてくれて構わない。

 だが最後まで読んでくれるとありがたい。

 俺は七年前、アルやフィアッセを守って死んだ。

 皆そう思ってるだろう。ニュースでもそう伝えられたし、俺自身も死んだと思っていた。

 だけど誰かさんのイタズラなのか俺はあの爆発のなかで生きていたんだ。

 信じられないだろうが本当なんだ。俺自身未だに信じられんのだから。

まあ、とにもかくにも俺は今元気だ。

沢山辛い思いをさせて本当にすまない。

ただこの手紙のことは桃子やフィアッセ達には黙っておいて欲しい。

もうこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないんだ。

 身勝手だとは自分でも解かっているが、許してくれ。

 最後に恭也、おまえに不破の宝刀“陽炎”を託す。

 これはおまえが御神と不破の極み、今まで御神の人間も不破の人間も達せなかった最後の領域に達した時、その刀が必要になる。

 それはおまえが持っていてくれ。俺はおまえがこの極みに届けるよう祈っているよ。

 それじゃあ、桃子のことよろしく頼むぞ。

 高町士郎――。

「……あの馬鹿親父」

 俺は手紙を読み終えて開口一番、そう言い放った。

 美沙斗さんはとーさんが生きていたことに少し感極まっている様子だった。

「まったくあの人は……。本当にしぶとくどこまでも生き抜いているみたいだね」

「美沙斗さん……」

 俺は美沙斗さんの眼に浮かんでいた涙をそっと拭ってあげた。

「ありがとう。でも君は……」

「俺は大丈夫ですよ。生きているのならいつかきっと会えます。会って殴り飛ばしてやりますよ。変な意地張るなって。それに、俺にはフィアッセが、皆がいます。だから大丈夫です。でっ、こっちの封筒は……御神の資料みたいです。こっちは美沙斗さんが持っていてください」

 俺は手紙と陽炎を木箱にしまいながら微笑んだ。

「君は強いね」

「そんなことありませんよ。美沙斗さんを止められたのも皆がいたからです。守りたいものがある。だから戦う、そして勝つ。自分に、とーさんに誇れるように。それに俺は美沙斗さんにもう一度笑ってほしかったから止めたんです」

「……本当に強くなったね」

 そう言って美沙斗さんは嬉しそうに眼を細めて笑った。

「あー!恭也が美沙斗さんを口説いてる」

 そのとき、不意に真雪さんが俺たちのほうを指差してそう叫んだ。

 せっかくのいい雰囲気、じゃなくてしんみりとした空気を台無しにしてくれたな。

 というか、何か不穏当なことを口走っていなかったか?

 しかも、真雪さんの大声で他の皆も集まってきてしまった。

「真雪さん、どうしたんですか?」

 皆を代表してフィアッセが真雪さんに尋ねる。

「ああ、ちょいとおたくの旦那が人妻に手を出そうとしてたんだ」

「まっ、真雪さん!なんてこと言うんですか」

「そっ、そうですよ」

 俺と美沙斗さんは慌てて弁護するが、逆効果だったようだ。

「むきになって否定するあたりが怪しい」

「一時の気の迷いは滅びの道を歩むことになるよ」

 真雪さんとリスティさんがにやにやしながら口笛を吹いている。

「恭也……。わたしじゃ満足できないの?」

 さらにフィアッセがとんでもない発言を。

「恭ちゃん……いくら恭ちゃんでもフィアッセを裏切るなんて許さないよ」

「待て美由希、違うんだ。誤解だ。というか、その剣をしまってくれ頼むから」

「そうだよ美由希。私達はただ、フィリス先生が預かった恭也宛の木箱の中身を確認していただけなんだから」

「でも、さっき美沙斗さん泣いてなかったっけ?」

「見てたんですか?真雪さん」

「ああ、それを恭也がこう優しく慰めると」

 真雪さんは自分の体を使って表現する。

「それは……(ぽっ)」

 美沙斗さん、何赤くなってるんですかー!!

「やっぱり脈ありか。やるな」

 真雪さんは驚き半分、感心半分で手をぽんと打った。

「恭也……。やっぱり」

 フィアッセが本気で涙眼になっている。

「恭ちゃん……」

「誤解だ―――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 こうして俺の体にまた新たな傷が刻みこまれることになった。

    *

 あたし達はホテルでの会議を済ませ、シルフィスをベランダに吊るすと約束通りさざなみ寮に向かっていた。

「しかし宴会なんて初めてだぜ」

「そうね、今までどこかに遊びに行くってことはあったけど宴会はやらなかったわね」

「うむ、俺も楽しみだ」

 そうこうしているうちにさざなみ寮が見えてきた。

「なんだありゃ……」

 ふいに真が立ち止まった。

「どうしたの真?」

「皆は見えないのか?」

「どうかしたのか横鳥?」

「あたし達には変わったものは見えないけど、何が見えたの?」

「……空に穴があいてる」

「それって……」

 あたしの脳裏に嫌な予感がよぎった。

「……まだこっちの世界には出てきてないみたいだけど、これじゃあいつ出てもおかしくないと思う」

「そう……。皆、宴会を楽しむのもいいけど、気を引き締めていくわよ」

    *

 ベイシティホテルの一室のベランダ。

 それはそこにあった。

「ふっふっふ……。このわたしをこの程度のことで大人しくさせられると思ったら大間違いですよ。待っていてください。必ず行ってやりますからね。ふっふっふ、はあはははははっ!!

「うるせぇぞ!!ミノーン」

「はうっ」

    *

 恭也さん浮気容疑事件が落ち着いてしばらくして、麗奈先輩達がやってきた。

「そっちのほうはどう?」

 開口一番、先輩はなんだか難しい顔をして俺に尋ねた。

「今のところ問題はありませんけど、空間の歪み具合を考えるといつ来てもおかしくありませんね」

「そうね、あたし達はいつでも動けるようにしておきましょう」

 そう言って俺達が話をしていると、来客に気付いた美由希ちゃんがぱたぱたと駆けてきた。

「こんばんは、約束通り来たわよ」

「はい♪」

「あれ?2人とも知り合いだったっけ」

「まあ、ちょっとね」

 そう言って先輩は意味ありげに笑う。

 後ろで零一がぐさっ、というかんじの表情をしているが気にしないでおこう。

「立ち話もなんですし、とりあえずあがってください」

「おじゃまします」

 こうして宴は始まった。

    *

「あははは、そうかそうかあんたも苦労してんだな」

「そうなんですよ」

「うんうん、よくわかるよ。ボクもさあ……」

 宴が始まってすっかり打ち解けてしまった先輩と真雪さん、リスティさんの3人である。

 なんだか出会ってはいけない人達が出会ってしまった気がする。

「あはは、リーアこれ美味しいよ。食べて食べて」

「はい」

「それじゃ、あ〜んして」

「あ〜ん」

「あはは、リーアちゃん口元汚れてるわよ」

 リーアはアイリーンさんをはじめとする、保護者的存在の人達に人気があるようだ。

「皆さん楽しそうですね」

 静香ちゃんがワインを片手にいつも通りの顔で笑っていた。

「……一応俺達、未成年なんだけど」

「細かいことは気にしない、ですよ。それに美味しいですよこれ」

「そうよ祐介君、美味しいんだからいいじゃない。ねえ静香ちゃん」

「はい♪」

 そしていつの間にか仲良くなっている静香ちゃんとさくらさんだった。

「祐介さんはお酒飲まないんですか?」

 そこへ美由希ちゃんがひょこっと現れた。

「飲めなくはないんだけど。あまり飲もうとは思わないね」

「あはは、私もお酒弱いんです」

「そっかあ。でも恭也さんはお酒強そうなかんじがするけど」

「ああ、兄はもっと駄目ですよ。酔うととんでもないことになっちゃうんで」

 何故か美由希ちゃんは頬を赤くして言った。

「ところでそのぬいぐるみ、かわいいですね」

 そう言われて俺はイルの存在を思い出した。

 ずっと抱いていたのにさっきまですっかり忘れていた。

「祐介、それどうしたんだ?」

 いつのまにかやってきた真が眼を細めて尋ねてきた。

「ああ、公園で知り合ったんだ」

「知り合った……?」

「……なるほどね」

 俺の言いように不思議そうな顔をする美由希ちゃんと、納得したといったかんじの真。真は気付いているのだろう。

「ちょいと借りてっていいか?」

 真は悪戯っぽい笑みを見せながら言った。

「構わんがあんまりいじめるなよ」

「解かってるって。おーい、せんぱーい。面白いものがあるぜ」

 その言葉に明らかにイルは反応した。

 だがそれを真はがっしりと押さえつけて動かないようにする。

「さっき、あのぬいぐるみ跳ねませんでしたか?」

「まあ、気にしない気にしない。ところで恭也さんが真雪さん達にお酒飲まされそうになってるけど止めなくていいの?」

 恭也さんは真雪さんとリスティさんに両脇を挟まれてジョッキを勧められている。

 ちょうどフィアッセさんが席を外しているところだった。

「ああっ!!真雪さん、リスティさん。恭ちゃんにお酒飲まさないでくださーい!」

 美由希ちゃんは顔を真っ青にして飛んで行った。

 フィアッセさんもそれに気付いたのか慌てている。

 それにしても恭也さんが酔うとどうなるのだろう?

    *

 気がつくと、俺は縁側でフィアッセに膝枕をしてもらっていた。

 どうやらまたやってしまったようだ。

「あっ、気がついた?」

「ああ。……俺、どこまでやっちゃった?」

「んー、ひみつ」

「……それは罰ですか」

「さぁ?どうでしょう。それにしても、あれほど飲んじゃダメって言ったのに」

「すまん、断りきれなかった。……ところで俺、気を失う前に何か叫んでいた気がするんだが、なんて言ってた?」

「ふふふ、なんだったでしょう」

 フィアッセは笑って誤魔化すばかりで教えてくれなかった。

 嬉しそうな顔をしているということはどうやらあまり酷いことはしていないようだ。

 リビングからはカラオケ大会をしているのだろう、誰かの歌声が聞こえてくる。

 俺は起き上がろうとして頭痛に顔をしかめた。どうやらまだ酔いがさめていないようだ。

「大丈夫?」

「まだ痛むけど起きられないほどじゃない」

 俺はゆっくりと起き上がった。

「はい、胃薬。愛さんが出してくれたの、よく効くらしいよ」

「ありがとう」

 俺はそれを受け取りぐっと飲み干す。おお、なんか効いてきたってかんじがするぞ。

 俺達はしばし月などを眺めてぼーっとしていた。

「……月、きれいだね」

 フィアッセは俺の肩に頭を乗せてうっとりしていた。

「ああ……」

「ねえ、本当はどうなの」

 しばらくしてフィアッセがぽつりと呟いた。

「えっ?」

「さっきの……美沙斗さんとのこと」

「ああ、あれは嘘だよ。真雪さんがからかっていただけさ」

「そう……、よかった。もし、恭也と美沙斗さんがそういう関係だったらどうしようって思ったもん」

「……すまん」

「うん、浮気は嫌だよ。浮気しちゃったら泣いちゃうよ」

「ああ、俺はフィアッセに笑っていて欲しくてあの日誓いを立てて、今日まで精進してきたつもりだ。こんなことでフィアッセを泣かせたりしない。俺はずっとフィアッセの傍にいる」

 そう言って俺はフィアッセを抱き寄せた。

「うん……」

 フィアッセはとても幸せそうに少し甘えるように俺に抱きついてきた。

「ところであの木箱、フィリスが預かったって言うやつの中身はなんだったの?」

 俺はしばらく思案してこう答えた。

「約束…かな」

「なにそれ?」

「それ以上は言えない、そういう約束だから。意地っ張りだけどあれでも俺の誇りだから」

「……士郎が…生きているんだね?」

 俺はドキッとした。

 内緒にする約束なので、内心の動揺を悟られぬように平静を装って聞き返す。

「……なんでそう思う?」

「だって恭也の誇りと言えば御神の剣と士郎じゃない」

「たしかに俺の誇りはとーさんと御神の剣だけど、あの木箱とどうして関係があると思うんだ?」

 一番の誇りはフィアッセの隣にいられること。だけどそれは胸の奥にしまっておいた。

「恭也、昔から何か隠し事してる時ってそわそわしてるよ?」

「………」

「生きてるんだよね?」

 俺は観念して溜息を吐いた。

「口止めされてたんだ。また迷惑かけるからって、理由はどうあれ約束は約束だから」

「……そうだったんだ、ごめん」

「フィアッセが謝ることはないよ。悪いのは今まで連絡をよこさなかったとーさんなんだから」

「あはは、でも…生きてたらまた会えるよね」

「ああ、というより見つけ出して殴り飛ばしてやるさ。今までどこにいたんだって」

「うん、そのくらいは罰としてうけてもらわなきゃ」

「ああ。あ、この話はとーさんを捕まえるまではかーさんには内緒にしておいてほしいんだが」

「どうして?」

「とーさんにちゃんとしてもらうため」

「そっか、なるほどね。……うん、わかった。じゃあ、わたしと恭也、それに美沙斗さん、三人だけのひみつ」

「ああ、そういうことだ」

「あはは。それにしても、……生きてるんだね。そっかそっか。あ、ということはわたしが泣いた分も返してもらわないとね」

 フィアッセはとーさんが生きていたことが嬉しいのかしきりに笑っていた。

「ああ、お代は高くつくな」

「うふふ。……♪…〜♪……♪」

 フィアッセは嬉しそうに鼻歌を歌い始めた。

 ちょっと寂しいかんじがするメロディだった。

「その歌……」

「……こっちに来る前にね、スクールで聞いたの。わたしにしか聞こえない歌」

「なんだか寂しそうな感じがする歌だね」

「うん。だけどわたし、この歌好きなんだ。この歌が悲しそうに聞こえたのはこれを歌ってくれた女の子がとても悲しんでいたから。その女の子はね、いつも一人で歌っていたの。それがその子の全てだったから。だけどいつも泣いていた。全ての感情が抜け落ちて最後に残ったのが悲しみだったみたい。だから悲しい歌になっちゃったんだと思うの。それでね。わたしなりにこの歌をアレンジしてみたの。女の子が悲しまずにすむように暖かい歌になるようにって思って」

 フィアッセはとても嬉しそうだった。

 きっとフィアッセにまた新しい出会いがあったのだろう。

 フィアッセと出会った人はどんな人であろうと最後は優しい人になる。

 フィアッセと一緒にいればそうなれるのだ。フィアッセはそういう女性だから。

「恭也、聞いてくれるかな?ちゃんとタイトルも考えたんだよ」

 そう言ってフィアッセは愛用の携帯ピアノを取り出した。

「ああ」

 俺はあまり得意ではない笑顔を浮かべてそれに頷いた。

「それじゃあ歌うね。曲は“Wings of heart 〜大切なもの〜”」

    *

 ――季節の中 叫んでた

 闇の中 泣いていた 悲しくて寂しくて

 忘れたはずなのに泣いていた 心の中 風が吹く

 いつも一人だった いつも歌ってた それしかなかったから

 誰も気付けなかった たった一人の叫び

 小さな願い だけど大きな光

 時は移ろい何度目かの春 奇跡の季節 遥か彼方

 優しい風を運んできてくれた だからきっと

 胸の中吹く 柔らかな風受けて

悲しみの空 光差して 虹の橋を渡ろう

暗い闇の中 見つけてくれた 喜び

 今 会いに行く 君のもとへ

 優しさとありがとうを胸に秘めて――

    *

 フィアッセはどこまでも優しく歌っていた。

 フィアッセが歌い終えたとき、どこからか声が聞こえた気がした。

 ――会いたかった。やっと会えた。ありがとう。

    *

 その異変に最初に気付いたのは真だった。

「っ!!ついにきたか。……皆、聞こえたか?」

「ああ、間違いない。エターニアだ」

「エターニア?」

 俺の言葉に先輩が怪訝な顔をした。

「なぁ、さっき誰かの声が聞こえんかった?」

 他の皆もあの声を聞いたらしい。

 さすがに霊媒師の薫さんと那美さんは異変にきづいたようだ。

「あの、……聖龍王様。これはいったい」

 困惑の色をたたえた、たしか漣さんと言ったか――が俺に話しかけてきた。って、ちょっとまて。

「漣さん、どうしてそれを……」

「わたしは聖龍です。そのくらいのことは解かります」

 おお、そういえば“天空の聖龍殿”にいっぱいいたっけ。

 懐かしいな。皆元気にしているだろうか。

「とりあえず詳しい話は後にしましょう。とにかく外へ、これから何が起きても不思議じゃない。最悪の事態を考えてこの周辺一帯に結界を張りましょう。先輩」

「ええ、解かってるわ。真、外はどうなってる」

「……来るっ!急いだほうがよさそうだ」

 俺達は互いに頷き会って外へと飛び出した。

    *

 そこは海鳴を一望できるとある丘。一人の男が佇んでいた。

「ついに役者が揃いましたね。それでは私も行くとしますか、ふっふっふ……見せてもらいましょうか。聖獣王の力とやらを」

 男は不気味な笑みを浮かべてその場を後にした。

 


 あとがき

 

 こんにちは、堀江紀衣です。今回は宴会です。恭也さんの生傷が増えるお話です。

恭也「まったく嫉妬とは恐ろしいものだ」

真雪「誤解されるようなシチュエーションを作るおまえらがわるい」

知佳「もう、元はといえばお姉ちゃんがからかうから恭也君の生傷が増えることになったんだから反省しなさい」

麗奈「じゃ、これでも食べさせとく?」

 麗奈、知佳にジャム瓶を渡す。

真雪「なっ、なんだ、その怪しいジャムは?」

 麗奈、問答無用で真雪の口にジャムを放り込む。

真雪「うっ……!?

 真雪撃退。

知佳「おおっ、効果覿面」

麗奈「さて、邪魔者は片付いたからさっさと本題に入るわよ」

佐祐理「はい♪今回から新しい企画が始まるんですよね」

紀衣「えっ?」

麗奈「そうよ。ついにこの時が来たのよ」

 麗奈が不気味な笑みを浮かべながら怪しげな呪文を唱える。

紀衣「れっ、麗奈さん。何をしてるんですか?っていうか、体が動かないんですけど。しかも、なんか足元に穴が」

麗奈「あなたはこれからあたしの手によって生まれ変わるのよ」

紀衣「やっ、やめてください」

麗奈「怖がらなくてもいいのよ。ただちょっとだけあたしの色に染まってもらうだけなんだから」

紀衣「いや―――!!

 紀衣、穴に落ちる。

知佳「……落ちちゃった」

佐祐理「さてこれから楽しみですね♪」

麗奈「ええ、これからあいつにはあたしの作った世界で思う存分活躍してもらうんだから。その為に由衣にも協力してもらってるし」

知佳「あのー、これはいったい……」

麗奈「ああ、ごめんなさい。これはね“プロジェクトR”という堀江紀衣改造計画の一環なの。あのいつまでも男にしがみついている紀衣を女の中の女にしてやるのよ。その為にあたしの仮想空間で踊ってもらうのよ」

知佳「ちょっと可哀想な気もするんですけど」

真雪「そんなこと言って、なんだ?その期待に満ちた眼は」

知佳「だ、だって、紀衣さんって女のわたしから見ても魅力的なんだもん。ちょっとだけお姉ちゃんの気持ちが解かる気がする」

真雪「やっと解かってくれたか。いいだろう?やっぱあれは女のロマンだ」

知佳「その辺はよく解からないけど、紀衣さんが女の人らしくなったらもっと輝くだろうなあ……。楽しみ」

麗奈「そっちの2人も丸く収まったみたいだし、どう?お二人さん、次回からここのレギュラーにならない」

佐祐理「それはいいアイデアです♪」

真雪「いいのか?」

佐祐理「はい、人数は多いほうが楽しいですし。もちろん他の方も大歓迎ですよ〜」

真雪「だったらぜひっ!」

知佳「わたしもっ!」

麗奈「これから楽しくなりそうね」

佐祐理「はい♪あっ、紀衣さんの奮闘はあとがき物語“二つの伝説〜運命(みち)を行く者〜”として次回から連載予定です。楽しみにしていてください」

 

 




恭也の傷が増えたな。
美姫 「これは、不名誉な傷ね」
浮気と勘違いされて出来た傷……。
美姫 「あははは〜」
それに、後書きは後書きで何か始まるみたいだな。
美姫 「こっちも楽しみよね」
本編とあとがき、正に一粒で二度美味しい。
美姫 「次回も非常に楽しみね」
ああ、楽しみだ。
美姫 「次回も待ってますね〜」
ではでは。



頂きものの部屋へ戻る

SSのトップへ