優しい歌 第10話 ひだまりの街
*
俺は結局帰ってきてしまった。
どんなに振り切ろうとしても忘れることができなかった。いや忘れたくなかった。
あの笑顔を……。
あの温もりを……。
シルフィスは後悔するなと言ったが、確かにそうだと思う。
どんな生き恥をさらしても、かけがえのない守りたいものがある。
だからもう変な意地を張るのはやめにしようと思う。
なのははどんな娘に育ってくれているかな。
恭也はまだ剣を握っているだろうか。
他に道を知らないあいつのことだから、きっと今でもその道を歩いているに違いない。
フィアッセは気にしているだろうな。
あの子は優しいから、きっとたくさん泣いてくれたはずだ。彼女は、それに皆も……。
会って謝りたい。抱きしめて話がしたい。
たとえこの手が汚れていても、俺には愛しい人がいる。
守りたい人がいる。
それは今でも変わらない。
だから、素直な気持ちだけ持って会いに行こう。皆の所へ……。
「ふう、やはり日本は遠いですね。ずっと乗り物に乗っていて肩が凝ってしまいました」
俺が静かに人生の悟りを開いていると横から間抜けな欠伸が聞こえてきた。
「……人がせっかくいい感じに悟りを開いているところをお前は」
「仕方ないじゃないですか。肩が凝っているんですから」
そう言ってシルフィスは首を回してコキコキ鳴らしていた。
「そうかそうか、なら俺が揉んでやろう」
俺は指を鳴らしながらシルフィスににじりよる。
「い、いえ、結構です。貴方に揉まれたら骨が砕けます」
「なに、そう遠慮するな。おりゃー!」
気合と共にシルフィスの肩を掴む。
ごきっ、ばきっ、みしっ、みしみし……ぐしゃっ!!
「きえ〜っ!!」
シルフィスは奇声を発して悶絶する。
「まったくお前はいつもいつも世話ばかり焼かせて。少しは大人しくしてろ。今回のこともほとんど強制的に引っ張って来ただろ」
こいつはいつも何かしら問題を持ってくるのだ。しかも俺のところに嬉しそうに。
それになぜか秋子さんも興味を示して、もっと詳しく調べて来いという。
「そのわりには嬉しそうですね?」
もう復活したのかシルフィスはにやにやと意地悪げな笑みを浮かべている。
「お前は後悔するなと言った。だから、覚悟は決めた。だがどうやって出て行けばいい?実は生きてました〜っ、とかいうノリはさすがに場違いだと思うぞ」
「う〜ん、実際そうなのですから普通で良いんじゃないですか?」
「よくないだろう!死人が普通に出てくるわけないだろうが」
「ならこれでも付けておきますか?」
そう言ってシルフィスが取り出したのは特徴的な仮面だった。
巨大化して迫り来る怪獣と戦い、最後に正体がばれるというあれである。
「ちなみに他にも沢山ありますよ」
そう言って取り出したのは、バッタの改造人間、ネコ型ロボット、火を吹く大型爬虫類、ふもっふとしか喋れない謎の着ぐるみ、親父にもぶたれたことのない電波もどきの少年などなど実にバリエーション豊富だ。
「最後のはどうかと思うぞ?それとふもっふは仮面じゃなくて着ぐるみだ」
「そうですか?じゃあこっちの仮面はどうでしょう。スピードが三倍になりますよ」
そう言って赤い仮面を取り出す。
「はぁ。なんか、おまえを見ていたらこんなことで悩んでるのが馬鹿らしくなってきた」
「おや、そうですか?」
「ああ、もういいよ、このままでいく。ちゃんと事情を話せば解かってくれるはずだ」
俺は脱力して肩を落とすと、とぼとぼと翠屋への道を歩いていった。
「残念です。……おや」
シルフィスが残念そうにしていると、不意に奴のケータイが鳴りだした。
「これは、……麗奈さんからですね。いったいどうしたんでしょう。はいもしもし」
そう言いながらシルフィスは通話ボタンを押して電話にでる。
「今海鳴に着いたところです。……解かりました。わたしもお話したいことがありますし」
そう言うとシルフィスは急いで電話を切ってそれを懐へとしまう。
「急用ができました。これから行かなくてはいけない所があります。貴方にも付き合ってもらいますよ」
そう言うシルフィスの表情はいつにもまして真剣だった。
「あっああ、別に構わんがどこへ行くんだ?」
「この近くにあるホテルです。そこでわたしの知り合いと今回の件について話し合うことになっています」
「おまえの知り合いって、変人じゃないだろうな?」
「そんなことを言っていたら殺されますよ。まあ、変人の集まりですけど」
こいつみたいなのがまだいるのかと思うと、先が思いやられる。
俺は溜息を吐きながらシルフィスの後についていくことにした。
それにしてもやっぱりこの街は落ち着くな。
そんなことを思っている俺の傍らで、シルフィスが誰にも聞こえないように呟いた。
「さて、役者がだいぶ揃ってきましたね。後は柱のほうをどうにかすれば準備は万端です」
「おい、シルフィス?」
「……ふっふっふ、面白くなってきましたね」
*
ビルの一室にて。
私はその人物(?)と対面した。
「わざわざ遠いところから来ていただき、ありがとうございます」
「いえ、世界の危機かもしれないときに黙ってみているわけにはいきません」
それに。
と、その人物(?)は一度言葉を区切る。
「秋子さんの淹れてくれるお茶は好きなんで、僕としてはいつでもここに来たいんですよ」
そう言って表情を緩めると、美味しそうにティーカップを傾ける彼。
「ありがとうございます。今度はもっと美味しいのをご馳走しますよ」
「では、今回の騒ぎが落ち着いた後にでもまたお伺いすることにします」
そう言ってカップをソーサーへと戻すと、一転真面目な表情になる。
「それでそちらの首尾はどうなっていますか?」
「上々といったところですね。彼は我々に気付いていない。指示があればいつでも動けますよ」
「ありがとうございます。でも、できれば私は彼を疑いたくはないのです。かつての戦友ですし、あれから彼も変わったと思います。ですけど、憂いがあれば今後の計画が狂うかもしれません」
「解かっていますよ。その為に僕をここへ呼んだのでしょう?」
「すみません。彼は必ずなにかを隠しています。それが良いことなのか悪いことなのか私にも解かりません。彼は昔から突飛な行動をとるのが好きですから」
「今、海鳴にイルを向かわせています。視察も兼ねて彼の動向を探るように言ってあるので大丈夫でしょう。今は待つことにしましょう。それでは僕はまだ他の用事があるのでこれで失礼します」
「はい、ご苦労様でした」
そう言って踵を返す彼の胸元にあるネームプレートには“銀河連合・宇宙動物圏総括局局長・宇宙猫・マイケル”と書かれていた。
*
そこは海に程近い臨海公園の一角。
人目につかない場所を選んで、俺は麗奈先輩へと電話を掛けた。
いつどんな形で柱の影響が現れるか分からない以上、うかつにフィアッセさんの傍らを離れるわけにはいかない。
そこで俺たちはこのまま彼女に同行し、後で先輩から話を聞くことにした。
幸いというべきか、今のところこちらに提示出来る新しい情報はない。
聞けば全員がこの後さざなみで開かれる宴会に招待されているようだし、大丈夫だろう。
電話でその旨を伝え、了承を得ると俺はケータイをしまって踵を返した。
そのときだ。
ちょうど目に入ったベンチの上に黄色い物体を発見して、俺は思わず足を止めた。
「……ぬいぐるみ?」
そう、そこにあったのはいかにもふさふさしてそうなイルカのぬいぐるみだった。
大きさは一抱えほどもある。
しかも、つぶらな瞳が作り物とは思えないほど本物そっくりだ。
「誰かの忘れ物かな?」
そんなことを考えながら俺はそのぬいぐるみを抱き上げた。
意外と重いな。
ん?今一瞬瞬きをしたような……。
それに、ぬいぐるみにしてはずいぶんと暖かい。まるで生きているみたいだ。
「まさかな。こんなふさふさしたイルカなんて聞いたことないし。取り合えず、交番にでも預けておくか」
そう俺が呟いたとき、ぬいぐるみがぴくっと反応したような気がした。
俺は怪訝に思い、イルカの顔を改めて覗き込んでみた。
瞳を潤ませているように見えるのは俺の気のせいだろうか?
……だんだん罪悪感が募ってきた。
いや、まて。俺は別に悪いことはしていないはずだ。
ただこの誰かの落し物らしきぬいぐるみを交番に届けようとしているだけなのだ。
それなのに何だ?この視線は。まるでこのぬいぐるみに意志が宿っているように感じる。
俺はベンチに再びイルカを置き、周りに誰もいないことを確認すると指に炎を灯した。
それをイルカの鼻先にゆっくりと近づけていく。
絶対何かあるはずだ。
こんな好奇心旺盛な視線を発しているのがただのぬいぐるみであるものか。
そして、イルカの鼻先に炎が触れようとした瞬間……。
かぷっ!!
「?!!〒★#〜%&#$!?〇■△〜!!」
その瞬間、俺は言葉にならない悲鳴を上げた。
何故なら今俺はぬいぐるみのイルカに頭から噛み付かれ、はむはむされているからだ。
「きゅ〜、まずい」
しばらくそうしていたかと思うと、そいつは唐突に俺を吐き出して一言そう言った。
どうやら口に合わなかったようだ。って、そんなこと考えている場合じゃない。
「いろいろつっこみたいが、まずはおまえは何者だ?」
今も顔を顰めているぬいぐるみへと問いただす俺。
よっぽど不味かったのだろうか?まあ、人間なんてそんなモノだ。
というか、ぬいぐるみに話しかけている今の俺は傍から見ればものすごく変な人だよな。
ぬいぐるみはしばらくしてやっと我に返ったようだ。
「今更誤魔化そうとしたってもう遅いぞ」
「別に誤魔化すつもりはないよ」
「何?」
「久しぶりに人間と会うから、ちょっと驚かしたくなっただけ。それにしても、人間って美味しくないんだね」
「当たり前だろ。もともと食い物じゃないんだし、男なら尚更だ。……っと、これ以上は危ないからこの話は置いといて。ところでおまえ、名前はなんていうんだ?」
「人に名前を尋ねるときはまず、自分から名乗るのが礼儀じゃないの?」
なかなか偉そうなぬいぐるみだ。っていうか、そもそも人じゃないだろう。
他にも突っ込み所は沢山あるが、話が進まないのですべてスルーしておくことにする。
「俺は高橋祐介、通りすがりの普通の人間だ」
「ボクは宇宙イルカのイル。ちょっとした用事で地球に来たんだ。あっでもボクのことは他の皆には内緒だよ。ボク等みたいなのは地球じゃまだ公にされてないから」
「……別に話さないが、水が無くても平気なのか?普通イルカといえば水の中を泳いでるだろ」
「もちろん、ボクも泳げるよ。ただ水が無くても普通に生きていけるけどね」
「……じゃあ、空中に浮かぶのはどうなんだ」
今、イルと名乗った毛玉は宙をぷかぷか浮いているのだ。
っていうか、スルーするって言ったのに結構突っ込んでるな俺。
「細かいことは気にしない気にしない。でも君はあんまり驚かないんだね。地球人から見ればボクはただのぬいぐるみにしか見えないはずなのに。それが喋ってるんだよ?」
「まあ、俺も似たようなものだから気にするな」
「トカゲ人間?」
「違う!」
「え、だって、さっきトカゲのあ……」
言い終わる前に俺はイルの口の中に火球を放り込んだ。
「きゅいんっ、きゅいんっ!!」
イルは口から水を吐いて必死に火を消そうとしている。
「ひどいじゃないか」
「人をトカゲ呼ばわりするからだっ!!まったく」
俺はやれやれといった感じでイルを抱きかかえると歩き始めた。
「ねえ、どこ連れてくの?まさか本当に交番」
「そんなわけないだろうが」
「はっ、まさか、僕を食べる気じゃ。そうだよね。トカゲって雑食だから」
「まだ言うか」
俺はイルを抱える腕に力を込めるときりきりと締め上げてやった。
「きゅう〜……」
少し力が強すぎたのか、イルはそう一声鳴くと目を回してしまった。
*
「じゃ、あたし達は用があるからこの辺で」
「夜にはちゃんとさざなみに来てくださいね」
そう言って笑顔で手を振ってくる那美に、あたしも軽く手を振り返す。
今は夕方。
皆と翠屋での拷問、もといティータイムを満喫したあたしは実に満足していた。
零一は口から魂が抜け出たような顔をしてぐったりしている。
それでもまだ生きているところを見ると、さすがと言ったところか。
「じゃあ、また後でね」
そう言うと、あたしたちは翠屋を後にした。
零一はまだ精神的疲労から立ち直れないでいるらしく、美凪に肩を支えてもらっている。
その様子をいつものにこにこ顔で楽しそうに見ている静香。
「でも、あの変態のおっさん、俺らに何話すつもりなんだろうな」
真が面倒くさそうに伸びをしながらそう言った。
「どうせろくなことじゃないわよ。でも、だからこそ聞いておかなきゃいけないの」
あの変態を美由希ちゃんたちのところへ連れて行くわけにもいかないしね。
「ま、何にしても急いだほうがいいんじゃないか。時間もだいぶ過ぎてることだし」
腕時計を見ながらそう言う真に頷くと、あたしたちはホテルへの道を急いだ。
*
祐介が電話を掛けに行っている間、私達はフィアッセさんの家族の人との待ち合わせ場所で、少し休憩していた。
約束の時間より早くついてしまったみたいで、その間皆それぞれにお喋りをしている。
自分で言うのもなんだけど、これだけ女の子が集まるととても賑やかだ。
私もその中の一人なんだけど。
そんな中、一人ぼーっとしているフィアッセさんに私は話しかけた。
「フィアッセさん」
「……えっ?なに」
「どうしたんですか?ぼーっとしちゃって」
「うん……。エターニアのことを考えていたの」
「……祐介から聞いていたんでしたっけ」
「うん。優しい子なんだってね」
「はい……。優しい子ですよ、あの子は。一緒にいてとても暖かい気持ちにさせてくれる。フィアッセさんみたいに」
「あはは、ありがとう」
フィアッセさんはちょっと困ったように照れ笑いを浮かべる。
「だから……私達は甘えてしまった。……あの子に……あんな辛い想いをさせてしまった。私、母親失格だ……」
気付けば私は泣いていた。悲しむ資格などないのに。
急なことに、フィアッセさんが驚いた顔で私のほうを見ている。
他の皆からは少し離れていたし、お喋りに夢中でこちらには気付いていないみたい。
「……ごめんなさい。つい、昔を思い出しちゃって」
「ううん、気にしないで。……悲しいことが……あったんだね」
フィアッセさんはそう言って首を振ると、優しく私を抱きしめてくれた。
とても暖かくて、優しくて……。
それが悔しくてまた泣きそうになったけど、それでも幾分か気持ちが落ち着いた。
「すみません、いきなり泣き出したりして。もう大丈夫です」
「ほんと?」
フィアッセさんが心配そうにみつめてくる。
「はい。おかげでだいぶ落ち着きました。……私もフィアッセさんみたいなお母さんになれたらよかったのにな」
それを聞いて、フィアッセさんは恥ずかしそうに笑った。
「ありがとう。でもわたしもまだまだだよ」
「それでもフィアッセさんは凄いです」
本当に、心の底からそう思えるから。だから、こんなにも眩しいんだと思う。
「美優希は友達だから。悲しい顔、してほしくないだけだよ」
はにかむような笑顔を見せてそう言うフィアッセさんはやっぱりきれいだと思う。
女としては、ちょっぴり嫉妬しちゃいそう……。
私が眼を細めてそんなことを思っていると向こうから誰かがやってきた。
「あっ」
フィアッセさんはその人を見た途端、ぱっと花が咲いたような満面の笑みを浮かべた。
それでもまだ私のことが気になるようで、申し訳なさそうにこっちを見てくる。
私が大丈夫だというふうに頷くと、彼女は安心したように微笑んですぐに駆け出した。
「恭也――――――?」
フィアッセさんは思いっきりその人にダイブした。
恭也と呼ばれた男の人はそれをしっかりと受け止めている。なかなか根性あるじゃない。
他の皆も彼に気付いて微笑ましそうにそれを見ている。
それにしてもフィアッセさん、本当に幸せそうだ。
どんなに天使みたいな人に見えてもやっぱりフィアッセさんも女の子なんだな。
「フィアッセ、……人が見てる」
恭也さんは恥ずかしそうにそう言うけれど、顔はそんなに嫌そうじゃない。
何ていうか、微妙に困ったような顔だ。
「いいじゃない、久しぶりなんだから。それとも、わたしにこういうことされるの嫌?」
そう言ってフィアッセさんが悲しそうな顔をする。おそらく演技ではなく素だろう。
「い、いや、そういうわけじゃなく……、時と場所を考えてだな」
恭也さんは更に困ったといった顔をして、周りに助けを求めている。
けれど、こんな面白いこと誰も止めたりしないんだろうな。
私も止めようとは思わないし。
まずそれにゆうひさんとアイリーンさんが冷ややかな視線で返した。
「相変わらずあつあつやねー。フィアッセが羨ましいわー。あー、一人身は寂しいなー」
「そーそー、なんか2人だけの世界ってかんじ?」
「うっ……」
「幸せなのはいいことだと思うけど、そんなに見せ付けなくてもいいんじゃないかな」
知佳さんもそれに便乗する。この人もこういうことが好きみたい。
「ぐは……」
そして、恭也さんの顔についに苦悶の色が見え隠れし始めた。
見ていて面白いけど、そろそろ助けてあげないといつか悶死するんじゃないだろうか。
私がそんなことを真剣に考えていると誰からともなくゆうひさん達が吹き出した。
それを見た恭也さんはからかわれていたのだと気づいて渋い顔をする。
「ひどいじゃないですか。皆して俺をからかうなんて」
「あはは♪ごめんな。恭也君と会うのちょう、久しぶりやったからつい……ね」
そう謝りながらも茶目っ気たっぷりにウインクしてみせるゆうひさん。
「はあ、本当に相変わらずですね」
「恭也君も元気そうでなによりや」
ひとしきり笑って、それからようやく恭也さんが私のことに気づいた。
「あなたは?」
「あっ、そっか。恭也は初対面なんだよね」
それに気付いたフィアッセさんが抱きついたまま恭也さんに説明する。
「ほら前に話してた女の子、恭也が美由希と同じ名前でややこしいって言ってた」
「ああ」
「スクールに遊びに来てたから、一緒に帰ってきたの」
「なるほどな」
彼は納得したように頷くと、私に向かって手を差し出した。
「はじめまして、高町恭也です」
「斉藤美優希です。フィアッセさんからお話は伺ってますよ」
意味ありげにそう言って微笑むと、私は差し出された手を取って握り返す。
そこへ電話を終えた祐介が戻ってきたものだから、私は慌てて手を放した。
……危ない危ない。祐介ってば意外と嫉妬深いのよね。
普段はあんまり態度に表さないくせに、すごく私のこと独占したがるんだから。
まあ、嬉しいんだけど……。
挨拶もそこそこにして、私たちは恭也さんを交えて歩き出した。
恭也さんはさり気なくフィアッセさんの荷物を持ってあげている。
そのフィアッセさんはいつの間にかポジションを変えて今度は恭也さんの腕に抱きついていた。
「フィアッセ、このまま歩くのか?」
またしても困った顔をする恭也さん。
「いいでしょ?……わたし達、婚約者同士なんだから」
フィアッセさんはそっと恥ずかしそうに、嬉しそうに呟いた。
「えぇぇぇーーーっ!!!!!!!!」
フィアッセさんのその発言に、他の皆が素っ頓狂な声をあげた。
恭也さんはこんどは困ったを通り越して唖然としている。どうやら秘密だったみたい。
「付き合っているのは知ってたけど、……まさか、そんなところまでいってたなんて……。わたしだってもう少し後だったのに」
知佳さんが呆然としている。
「こっ、今夜はお赤飯や。耕介君に電話いれとかんと」
ゆうひさんは慌ててケータイを取り出しどこかへ連絡をいれようとしている。
「お願いですからこれ以上騒ぎを大きくしないでください!」
真っ赤になった顔で精一杯抗議する恭也さん。
「だってホントにビックリしたんだもん。ねえ」
今も興奮気味のアイリーンさんに皆が頷く。
いっぽうフィアッセさんは、
「えへへ♪言っちゃった」
とても嬉しそうだった。
「フィアッセもなんでそう簡単にバラすんだ?」
「だって嬉しいんだもん♪」
「だからってなあ……」
きっとそっとしておいてほしかったのね。
私も初めて祐介とそうなったときは大変だったからよく分かるわ。
頭を抱えている恭也さんを見ながら私と祐介は思わず顔を見合わせてしまった。
「それにね……」
と、フィアッセさんは不意に真面目な顔になって言った。
「ママに見せてあげたいの。わたしのウェディングドレス姿」
「ティオレさん」
「最近ね、よく孫を抱かせてくれって言うの。……もう長くないって言われているから」
長くない。それが何を意味するのか、この場にいる人たちは皆知っている。
後一年半、長くもって二年。それ以上はないと言われているそうだ。
……あの歌なら、もしかしたらティオレさんの病気も治せるかもしれない。けど……。
「だから、わたし達にできることは叶えてあげたいの。ママが安らかに眠れるように」
「うん、そうだね」
どこまでも優しい表情でそう言うフィアッセさんに、知佳さんがしみじみと頷いた。
アイリーンさんとゆうひさんも少し感極まっているみたい。
「……あはは、なんだかしんみりさせちゃったね」
場の空気を変えるように、あえて明るい声でそう言うフィアッセさん。
「でも、だからって特別なにかするわけじゃなくて、わたし達はいつも通りでいいと思うよ。そのほうがママもきっと喜ぶと思うから」
「……そだね。うん、アタシ達がいつまでも湿っぽくなってたら校長センセに心配かけちゃうもんね。よーし、今夜はカラオケ大会だし、思いっきり歌うぞー」
「うん……、そやね。おしっ、知佳ちゃん、うちとデュエットしよな」
「うんっ!」
*
「う〜。恭也が、フィアッセが……」
わたしは今、士郎と共に海鳴駅の前にある本屋の看板の陰に隠れていました。
「恭也の奴、ずいぶんと腕を上げたようだな。フィアッセはあんなに綺麗になって……」
士郎は先程からずっとこんな調子です。はたから見れば変人にしか見えません。
「はあ、いいかげんに諦めて出て行ったらどうです?」
「やかましいっ!そんなことできるか。そんなことしたら皆に迷惑をかけてしまう」
とまあこんな感じでいい加減、飽きてきた頃、ふいにわたし達に声がかけられました。
「キミ達、何やってるんだい?」
「ちょっとリスティ、やめなさいってば」
「そうだよ。変な人はそっとしておいてあげなくちゃダメって、教わらなかったの?」
好奇心たっぷりにそう声を掛けてきたのは銀髪のショートカットの女性でした。
世間的に見てそれは他人に対する態度としては失礼な部類に入るのでしょうね。
一緒にいる他の女性たちも呆れ顔で咎めるようなことを言っています。
しかし、変人はそっとしておくか。なかなか面白いお嬢さん達ですね。
「ボクも一応、警察だからね。ストーカーを見逃すわけにはいかないね」
ショートカットの女性はタバコをくわえながらふんぞり返ってそう言った。
「またそんな立派なこと言って、本当は面白そうだから声かけたんでしょ?」
ロングヘアーをまっすぐに下ろした女性が腰に手を当てて困った顔をしています。
「どっちだっていいだろ?何かやましいことがあるなら署まで連行。何もなければただの変人なんだから」
どうあってもわたし達を変人にしたいようですね。
「そういう問題じゃないでしょ、もう。すみません」
「いいえ、わたしも少し退屈していたのでちょうどいい刺激になりましたよ」
「それで何してたわけ?」
「わたしは彼に付き合っているだけですよ」
そう言ってわたしは自分の隣を指差しました。
彼は看板にしがみついて美優希さん達が遠ざかるのを名残惜しそうに眺めていました。
そう言うとタバコをくわえていた彼女は、にたーと嬉しそうに頬を緩ませました。
「ははあ、なるほど。そういうことか……まっ、元気だしなよ。……でっ誰を追いかけてるの?」
彼女は士郎の肩にぽんと手を置いて、眼をキラキラさせながら尋ねています。
しかし士郎には聞こえていないようです。
「恭也……、フィアッセ……」
と、浮言のように呟いていました。
「恭也にフィアッセ?」
それを聞いて怪訝な顔をした彼女が前を見ると、遠くに美優希さん達一行が見えました。
他の2人もそれに気付いたようです。
「フィアッセ達、もうこっちに着いてたんだ。おーい!フィアッセー♪」
ポニーテールの元気なほうが大きく手を振って駆け出していました。
向こうもしばらくしてそれに気付いたようで、微笑んで手を振りかえしています。
そして士郎は……。
「何をしているのです?」
「決まってるだろ。隠れてるんだよ」
わたしの後ろに張り付いていました。
「はあ、士郎。いい加減に諦めたらどうですか?貴方だって会いたいのでしょう」
「当然だ。だが、やっぱりまだ心の準備が……。はっ、そうだ!そこの娘さん」
士郎はロングヘアーの女性になにやら長方形の木箱を渡していました。
「あんた、知り合いみたいだから恭也に会ったらこれを渡してもらえませんか」
「えっ?これは」
「恭也が御神の極みに達したとき必ず役に立つと思うので」
「はあ、解かりました」
「それでは失礼っ!!」
そう言うと士郎は、わたしの首を掴んで何か言わせる前に脱兎の如く走り去りました。その後、掴まれたわたしがどうなったかは秘密です。
*
わたしは先程預けられた木箱を持ったまま途方にくれていました。
「どうしよう……これ」
「とりあえず恭也宛の物なんだろ?中身は……刀が二本に手紙かな。それにしてもボクの力を遮断するなんて……、いったいどうなってるんだ」
隣にいたリスティが眼を細めて呟きました。
少し気になることも言っていましたがとりあえずは。
「リスティ、勝手に中身を確かめないの」
そう言いながらわたしも木箱をひっくり返したり揺すってみたりしているのですが。
「あれ?何か書いてある」
ひっくり返した木箱の端のほうに文字が刻まれていました。
そこには“小太刀二刀・御神不破流・正統の証・陽炎”と刻まれていました。
あとがき
こんにちは、堀江紀衣です。ずいぶんと久しぶりですが覚えていますか?覚えていてくれたのなら光栄です。
さて今回はあの士郎さんが海鳴に帰ってきました。これからどうなるのでしょうね。士郎さんは無事に家族の方と再会できるのでしょうか?
作者の気まぐれで会えなくなるかもしれません。
士郎「何ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ―――!!」
麗奈「まあ、それはおいといて」
士郎、麗奈のジャム攻撃により撃墜。
麗奈「今回も景気よくいくわよ」
佐祐理「はいっ♪今回は由衣さんも読んでいるのできっと盛り上がりますよ」
由衣「紀衣さんと一緒にこの場に立てるなんて感激です」
紀衣「ははは、やっぱりやるのね。なんか由衣はやる気満々だし」
麗奈「今回の堀江紀衣着せ替えショーは、夏と言えばやはり水着。水着と言えば男のロマン」
紀衣「そうなのでしょうか?というか、何故女性である麗奈さんが熱く語っているのですか」
麗奈「あんた、元男でしょ。それとも水着には萌えないの?」
紀衣「海は苦手なもので。水着とはほとんど縁がありませんでしたから」
麗奈「なんてもったいないことを」
佐祐理「そうですよ。水着は女性の男をおとす七奥義の一つなんですから」
紀衣「そっ、そんなものがあるんですか?」
由衣「はい、それを極めた者は世界一の美女になれるのです。紀衣さんならきっと世界一になれます。応援してますからね」
紀衣「あっあははは……ありがとう」
麗奈「そうよ。あんたなら萌えに飢える野郎共を悩殺できるわ」
紀衣「そんなのしたくありません」
麗奈「とっいうわけで、さっそくこれを着るのよ」
紀衣、麗奈の持っている水着を見て真っ青になる。
紀衣「そっそれをわたしに着れというんですか!?」
麗奈「あんただったら絶対似合う。というわけで佐祐理、頼んだわよ」
佐祐理「はい♪」
紀衣「わたしの意志は?」
佐祐理「これも世のため、人のため。ですよ」
紀衣「どこが―――――――――――――――――――――――――!!!!!!!」
紀衣が着せられた水着がなんだったかは……ひみつです。
さて、今回で残念ながら(?)堀江紀衣着せ替えショーは終了です。
次回からは麗奈による堀江紀衣改造計画、“プロジェクトR”もいよいよ第二段階へ移ります。次に紀衣の身に何が起こるのかは作者のきまぐれにかかっています。
今後の紀衣の活躍にご期待ください。
紀衣「そっとしておいてほしいのに……」
ラストを飾ったのは水着だった…。
美姫 「そして、プロジェクトRの二段階目とは…」
本編では士郎が海鳴に。
美姫 「でも、家族との対面はまだないみたいね」
果たして、このまま再会はなしになってしまうのか。
美姫 「非常に気になるわね」
次回も楽しみにしてます。
美姫 「それじゃ〜ね〜」