優しい歌 第6話 安らぎと傷跡(前編)

    *

 人はどうしてこんなにも傲慢なのだろう?

 他者より先へ、他者より高みへ……。

 そうして躍進していこうとする姿は実に美しく、生命の輝きに満ちているはずだった。

 そう、そのために他者を傷つけるようになるまでは……。

 わたしがこれまでに見てきた時代の中で争いが途絶えたことは一時もなかった。

 人は自分よりも優れた他者を認めない。

 決して分かり合おうとせず、憎み、恨み、傷つけてでもその座を奪おうとする。

 人間は自分を脅かす存在を許そうとしない。

 例えばわたしのような無限の時間を生きる異形を何が何でも滅ぼそうとする。

 その為の手段は選ばない。

 どうしても自分達が一番でありたいらしい。

 もちろんこんなわたしでも受け入れてくれる人はいた。

 たとえ世界は優しくなくても、優しい人は確かにいる。

 だから、憎みきれなかったのだろう。

 あんなことがあったというのに、わたしはまだ人間たちの側にいる。

 確かに人間は傲慢で冷徹な面を持っている。

 だが、それは彼らが未だ未熟な存在だからに他ならない。

 時が必要なのだ。成長し、自らの過ちに気づくことが出来るようになるための時間が。

 わたしはそのときが来るまで彼らを見守り、必要なときには警告を発するとしよう。

 例えそれでわたし自身が傷つくことになろうとも……。

    *

「うわー、見て見てフィリス。雪が積もってるよ。もう春だっていうのにびっくりだよ」

「ふふふ、そうね。これだけ積もってると雪だるまを作るのも、雪合戦もやりたい放題ね」

「ホント?楽しみだなあ。ホテルに着いたら荷物置いてやろうよ♪」

「ボクは嫌だね。寒いし疲れるし、だいたいなんでまだ雪が残ってるんだよ」

「そういうところだって来る前にちゃんと説明したじゃない」

「あー、ボクは酒をお供に温泉に浸かってゆっくりさせてもらうよ」

「もう、リスティったら」

「あはは。寝てる間に雪だるまにしてやろうっと♪」

 わたし達、旧姓クロフォード3姉妹は今、とある温泉地に来ています。

 たまには姉妹水入らずで旅行にでも行って来たら?という知佳ちゃんの提案に偶然、三人の休暇が重なったこともあっての決行でした。

 龍神村――。

 そこは温泉地としても有名な、年中雪が溶けない不思議な場所。

 リスティに言わせれば非常識なだけなのだそうだけど、わたしは悪くないと思う。

 遠いし、寒いし、旅行なんてかったるいんだよね。

 そんなふうに言いながらも結局は一緒に来てくれてる。

 相変わらずシェリーのことをからかってばかりだけど、それも照れ隠しなのよね。

 本当はリスティだってシェリーのことが大好きでいつも気にかけてる。

 わたしにだってそれは変わらない……。

 リスティにはいつも強がってばかりだけど、本当はとても尊敬してる。

 だらしなくて意地悪で面倒くさがりだけど誇りに思う、大好きな姉さん。

 わたしがまだ医者になる前の頃、医者になることに急ぎすぎたわたしは過労でよく倒れていた。

 その度に義父さんに叱られて落ち込んでいたわたしをリスティは励ましてくれた。

 ――そんなある日。

 少し体調が優れない中、わたしは義父さんに見つからないようにこっそり勉強していた。

 それがいけなかったのだろう。

 無理に無理を重ねていたわたしは当然の結果として倒れ、病院へと運ばれた。

 気がつけば、病院のベッドの上だった。

 その時、傍にはリスティがついていてくれた。

ずっと握っていてくれたのか。

わたしが目を覚ましたことに気づくと、慌てて手を放してベッドから離れた。

とても嬉しかった。

当然、義父さんには後でひどく叱られたけど。

 それからしばらく経って、また無理をしているわたしを見て、リスティは突然参考書を取り上げた。

「どうして倒れるまで勉強して、倒れても勉強して……どうしてそんなに急ぐんだよっ!!

 そう怒るリスティの目には薄っすらと涙が浮かんでいた。

 わたしはぼんやりとそれを眺めていた。

「リスティ、その本返して。それがないとわたし勉強できないよ」

「嫌だ。本を返せばまた勉強するんだろ?」

「そうだよ。だって医者になって病気や怪我で苦しんでる人達を助けなくちゃ」

「だからってそんなに急ぐことないだろ!ボク等はもう自由なんだ。誰かに縛られることなんてもうないんだ。もっとゆっくりいけばいいじゃないか」

「解かってる。けど、少しでも早く医者になればそれだけ沢山の人を助けられる。だから」

「ぜんぜん解かってないよ!医者の仕事は人を安心させることだろ?なのにフィリスはいつもいつも心配させて……。医者の勉強をするようになってからフィリス、勉強に必死であまり笑わなくなった。ねえ、もっと笑ってよ。もっと甘えて、弱音を聞かせてよ」

 その時、リスティは初めてわたしの前で涙を流した。

 人前であまり涙を見せないリスティが泣いていた。

 わたしはその時、ようやくリスティの気持ちに気付いた。

 リスティは真剣にわたしのことを心配してくれていたのだ。

「わたし、あなたを頼ってもいいの?」

「当たり前じゃないか。姉妹なんだからさ」

 そう言ってリスティはそっとわたしの体を抱きしめてくれた。

 普段はそっけなくても、心の中ではいつも気にかけてくれていた。

「あ……」

 優しく抱きしめられたとき、わたしの中にあったわだかまりが溶けていくようだった。

「ボク達は頑張らなくちゃいけないけど、そんなに頑張らなくていいんだよ。今は肩の力を抜いて休もう。それからでも遅くはないはずだよ」

 抱きしめてくれるリスティは本当に優しくて、安心できるお姉さんだった。

「うん、ありがとう……姉さん」

 それからわたしは倒れるまで勉強をするようなことはなくなった。

 その代わり、リスティとよく遊ぶようになった。

 アメリカにいるシェリーが海鳴に来た時は3人で1日中遊んでいたこともあった。

 リスティはあれ以来、あんなふうに優しくしてくれることはなかったけど、いつも気にしてくれていることは解かった。

 それから1年経って、わたしは医者になった。

 医者の仕事は大変だけど毎日充実した日々を送れている。

 今でも過去に引きずられることがあるけど、自分が殺めてしまった人の分まで精一杯生きようと思う。

 あの時、死のうとも思った。

 だけど死は逃げだから、そんなことはしたくないと思ったからわたしは生を選んだ。

 それが1番の償いになると思うから。

 今は親友のフィアッセのカウンセリングと、フィアッセの幼馴染で恋人の高町恭也君の整体を担当しています。

恭也君のほうは出かける前に強制診断してきたので大丈夫でしょう。

 フィアッセのほうは病気の侵食率も安定しているし、よほどのことがない限り大丈夫。

 仕事も予定通り片付いたので、今回はゆっくりはねを伸ばせそうです。

リスティの言う通り温泉に浸かってのんびりするのもいいかもしれない。

    *

 あたしは海鳴の皆が好き。

 優しくて暖かくて安心できる。

 あたしやフィリス、リスティを含むLCシリーズは戦闘用の生態兵器として、この世に生を受けた。

 あたしの日常はいつも戦闘の訓練ばかりだった。

 人体の構造や刃物や重火器の扱い方、確実に敵を仕留めるための暗殺術。

 それがあたしの全てだった。

 元々、傷つけることは嫌いだったからどうしてこんなことを続けなくちゃいけないんだろうってずっと思ってた。

 大好きなフィリスとも戦った。そうしないと廃棄処分されるから仕方なくやってた。

 戦うことを拒んだ者はことごとく殺されていった。とても悲しかった。

 でもそれは間違ってたんだ。

「ボク達は道具なんかじゃない。ちゃんと生きてるんだ。命は捧げる物じゃない。自分の物なんだ。他の全てを否定されてもそれだけは否定させない。ボクは生きてる。君も生きてる。道具に命はない。これからは一杯笑って学校にも行って友達を作ればいい。戦うことなんか忘れて普通に生きていいんだよ。今日からおまえはLC―27じゃなく、セルフィ・C・クロフォード、ボクの妹だ」

 あの時、リスティはそう言ってくれた。

 嬉しかった。祝福されずに生まれてきた分、その優しさが本当に嬉しかった。

嬉しくて思わず泣いちゃったけど、リスティは優しく抱きしめてくれた。

「嬉しいときは泣いてもいいんだよ」

 あたしはあの時のリスティの微笑を忘れない。

 それからリスティはあたしをさざなみ寮に連れて行ってくれた。

さざなみの皆があたしに沢山の温もりを教えてくれた。

いろんな所に連れて行ってもらった。眼に映る全ての物が新鮮だった。

 毎日が楽しくて、寝る前にフィリスと一緒に今日1日のことを振り返って笑い合ってたっけ。

 リスティが優しくしてくれたのはほんの少しだけだったけど、気付けばあたし達の眼の届く場所にいつもいてくれた。

 意地悪だけど本当は優しいあたしとフィリスの姉であり、母であるリスティに感謝しています。

    *

「ふう、やっと着いたか」

「さっそく荷物置いて遊ぼうよ」

「とりあえず中に入りましょう」

 わたし達が泊まる宿“龍神館”は大きくて立派な日本家屋でした。

「いらっしゃいませ」

 中に入ると、女将さんがにこやかに出迎えてくれました。

「あの、予約していたフィリス・矢沢です」

「伺っております。まずはこちらへサインをお願いします」

 わたしは台帳に自分の名前を書き込んだ。

「はあ、やっぱりずっと乗り物っていうのは疲れるね」

「ボクは少し散歩してくる」

「あれ、さっき外は寒いから嫌だって言ってなかったっけ?」

「んー、ちょっと外の空気を吸いたい気分なんだ」

「そう?じゃあ気をつけて……」

 と言いかけた時、ふいに足元が揺れた。

「わわっ!」

 シェリーが慌ててフィールドを展開している。

「収まったみたいだね。じゃあボクは行ってくる」

「ちょっとリスティ、危険じゃない?」

「大丈夫さ、揺れもたいしたことなかったし」

 わたしの心配をよそにリスティは行ってしまった。

    *

 霧が立ち込める森の中、わたしはそこに立っていた。

 どうやら封印が解けたようだ。ずいぶんと長い間眠っていたものだ。

 それも仕方ないだろう。

 封印された時、体中にお札を貼られたうえに結界を張られトドメとばかしにしめ縄付の岩の中に押し込められたのだから。

 おかげでその時受けた傷がほとんど治っていない。まあ、動けないほどではないが。

 相変わらず世界は争いで満ちているようだな。

 争いの後には地獄しか残らない。

 誰もそんなものは望んでいないはずなのにな。

「やっとお目覚めですね、旦那」

 そんなことを考えていると、突然声をかけられた。

 見下ろすとそこに1人の男が立っていた。

 わたしは龍の姿をしているので、人間の何倍もの大きさがある。よって自然と見下ろす格好になるのだ。

「あなたは……」

「覚えてますか。旦那に命を助けられた火龍の辰巳です」

 そこには懐かしい顔があった。

「覚えていますよ。お久しぶりです」

 辰巳とは、わたしが幼い頃に川で溺れていたのを助けて以来、妙に縁のある男である。

 わたしが眠っている間の情報収集は、いつも彼がやってくれる。

 彼が言った、火龍とはわたし達龍神の一種で炎を司る龍のことだ。

 他にも“水龍”、“地龍”、“風龍”、そして、わたしが属している“聖龍”と言うのが存在し、それぞれ火、水、地、風、聖心を司る。

 聖心とは全てを可能にする想いの力である。

 龍神の社会は民主制のようなもので、それぞれの種族に代表がいてそれがその種族の長になる。

 長達は龍神の世界の掟を作り、それに背いた者を取り締まる役割を果たしている。

 もちろん掟に不満がある者は長に異議申し立てをすることもできる。

 それを聞き、どうしていくか考えるのも長の仕事である。

 ちなみに長を総括する総族長というのも存在する。

 総族長は龍神の種族、全ての民に認められなければなれないもので総族長がいない時代もしばしばあった。

 長になるにはその種族の民の皆が認めた者が長になれるのだ。

試験などなにもない。簡単ではあるがそれはとても難しいことである。

 わたしにとっては縁のないことだけど。

「それじゃあさっそくだけど、現状を教えてください」

「はい、旦那が眠りについてから相変わらず人間は戦争を続けています」

「そうか……。悲しいね」

 やはり争いは絶えなかったようだ。いつの時代にも野心家と言う者は存在するらしい。

「はい……それから科学と言うものが発達していろいろと便利な時代になりました。今じゃ弓や刀は骨董品扱いです」

「それはある程度は知っていますよ。寝ている間にいろいろ調べたからね」

「相変わらず、器用な方ですな。その通りです。今では結界や妖術はほとんど失われ、オカルトだと煙たがられるいっぽうです」

「妖術には確実性がないからね。自分達で作った科学のほうがよっぽど安心できるんだろう。科学は自分達の思い通りになるからね……」

 少し昔を思い出してしまった。

今では心霊現象の類を信じる人はあまり多くないし、もし遭遇してもそれを科学で解明しようとするから、いきなり八つ裂きにしようとはしないだろう。

 だけどそう思うと、過去に犠牲になった彼女達が報われない。

 なんだかやるせない気分になる。

「それと、最近HGSというものが注目されているそうです」

「そう言えば聞いたことがある名前だね。確か変異性遺伝子障害病だっけ、副作用付の難病だったよね?」

「よっ、よくご存知ですね。そうです、症状としては激しい頭痛や眩暈といったものらしいです。私が気になっているのは副作用のほうなんです」

「へえ、そうなんですか?」
「ええ、なんでもフィンと呼ばれる羽と念動力が副作用によって得られるそうです」

「なるほど、そういうのは聖心に少し似てるね」

 聖心の場合は念動や精神感応の他にも気象現象を操ったり、時間に干渉したりといろいろなことができる。

「だいたいのことは解かりました。いつもありがとうございます」

「いえいえ、いつものことですし。旦那にはよくしてもらってばかりなのですから。それより旦那、まだ続けるんですか……こんなこと」

 ふいに辰巳さんが沈んだ顔で尋ねてくる。

 これだけながく続けているのだから仕方ないのかもしれない。

「決めたことだからね。辰巳さんが嫌になったら見捨ててくれてもいいんですよ?これはわたし1人の問題なんですから」

「旦那のこと見捨てるなんてできませんよ。命の恩人でもあるし同じ龍神の仲間としても誇りに思ってるんですから。それに他の龍神達も旦那のこと心配してるんですよ。ご本人の前で言うのは失礼かもしれませんが、見ていて痛々しいです。もうこんなことは止めて帰ってきてください。皆待ってるんですから」

 確かに無意味にも思えることをわたしは繰り返してきた。

 だけど、ここで止めるわけにはいかないのだ。

 この世界から争いが無くならない限り、わたしは何度でも繰り返す。

 それがわたしの決意であり、償いなのだから。

「わたしは一族に背いた身。それをまた迎えてくれるというのなら、その気持ちだけでも十分にありがたいことです。安心してください。全てが終われば戻りますよ」

 辰巳さんはわたしの意志の強さに諦めたのか、ため息を吐いて頷いた。

「解かりました。総族長にはそう伝えておきます。それからその族長からの伝言で総族長にならないか、民の皆も君の帰りを心より待っている。だそうです」

「わたしなんかよりももっといい人がいると思うんですけどね。……解かりました。考えておきましょう」

「ありがとうございます。それでは私はこのへんで失礼します」

 そう言って辰巳さんは龍の姿になって飛んでいった。

    *

 ボクは霧が立ち込める森の中を歩いていた。

 最初にこの村に来たときにひびの入ったしめ縄付の岩がずっと頭に引っかかっていた。

 何かを封印しているものではあるのだろうけれど、不吉なものは感じなかった。

 旅館の女将からこの村にまつわる“龍神伝説”の話を聞いたのだが、どうもそれとも関連がなさそうだった。

 それに、さっきの地震は何か大きな物が崩れたときの振動に近かった。

「確かこの辺りだったと思ったんだけどな……ん?」

 しばらく歩いていくと、先程の大岩が見えてきた。何か話し声も聞こえてくる。

 こんな所に人がいるなんて怪しすぎる。

 ボクは気付かれないように木の陰に隠れて覗き込んでみた。

「……っ!」

 その光景に思わず息を呑む。

 そこにいたのは1人の男だった。

 それだけならただの変人だがその男が話している相手は龍だった。

 そうあの、伝説上の生き物と言われる龍である。

「(ほんとにいたんだね)」

 内心ドギマギしながらも好奇心にかられて話の内容を聞こうとする。

「(ここからじゃよく聞こえないな。でもこれ以上は気づかれるかもしれないし)」

 仕方なくその場で耳を立てて聞くことにした。

「(なになに。……眠り、……争い……、悲しい……、妖術?いったい何のことだ。それに……、HGS!?)」

 危うく音を立てそうになるのを堪えて用心深く続きを聞く。

「(決めたこと……、問題……、背いた……、安心……、戻る……、伝言……、民……、帰り……、待ってる……。ふう、なんのことだかさっぱり解からないや。どうやらあの後ろにある岩に封印されていたみたいだけど、すごい怪我だな。あれでよくたってられるよ)」

 龍の怪我は血は出ていないにしても、生々しい傷が無数に刻み込まれていた。

 そうこうしているうちに男は話を終えて一礼すると、龍に変身して飛び去っていった。

「(あっちもそうだったのか。それにしても龍って化けるんだな)」

 そんなことを考えていると先程の龍に声をかけられた。

「盗み聞きはあまりよくないと思いますよ?」

 どうやら気付かれていたようだ。ボクは観念して出て行くことにした。

 改めて正面に立って見るとその大きさがよく解かる。

 龍と言えば凶暴なイメージがあるがこの龍はむしろその逆で優しそうな眼をしている。なんとなく友達になれそうな気がした。

 ボクがじっと眺めていると龍が驚いたように話しかけてきた。

「驚かないんですね」

「まあ、驚きはしたね。伝説でしかないと思っていた龍がまさか実在するとは思わなかったからね。人外魔境なのはうちの寮だけでいいと思ってたんだけどなあ。まさか、旅先で出会うなんて思わなかったよ。むしろそっちのほうが驚いたね」

「それだけ……ですか?」

 なんだか拍子抜けしたような顔をして龍が尋ねる。

「まっ、そういう事だからよろしく。ボクはリスティ・牧原。君は?」

 それを見て龍ががくっと脱力した。よほど身構えていたらしい。

「まあ、こういうこともあるのでしょう。わたしは漣です」

「へえ、いい名前じゃないか。よろしく漣」

 そう言って差し出されていた指(握手するにも大きすぎるので指になってしまう)を握った。

 よく見ていると触っても怪我しないように丹念にやすりがけされていた。

 足の爪も同様である。

「君、いい奴だね」

 いきなりなことに漣は戸惑っている。

「そうでしょうか?」

「いい奴だよ。いろんなことに気をつかってる。外も中もね」

「それはどういう……」

 漣が問おうとした時、遠くからフィリスとシェリーの声が聞こえてきた。

 ふと時計を見るとあれからずいぶんと時間が経っていた。

「もうこんな時間だ。そんなに長居はしてないと思うんだけどね」

 ボクが首を捻っていると漣が教えてくれた。

「気をつけてください。ここは時間軸がずれていますから」

「そうなのかい?気をつけるよ」

「それじゃあわたしはこれで失礼させていただきます」

「おや、あの2人には会ってくれないのかい?あの2人もきっと君を受け入れてくれると思うよ」

「お気持ちは嬉しいのですが、わたしにはやらなくてはならないことがあるので」

「さっきの話しに関係あることかい?争いとか悲しいとか。全部は聞こえなかったけど、何か深刻なことを抱え込んでいるんじゃないのかい?それにHGSのことも話してたね」

HGSのことは単に興味があるだけですよ」

「ふーん、どんなところにだい?」

 自分もHGSなので興味があった。

 病気とは無縁そうなこの頑丈な龍にどの辺が気になるのだろう?

「そうですね、似てるからかな」

「似てる?」

「あっ、でもあれは副作用でしたね」

「リアーフィンのこと?」

「わたし達龍神は複数の種族に分かれていてそれぞれ違った能力を持っているんです。それでわたしが持っている能力とHGS患者の持っている能力が似ているんです」

 そう言って漣は足元に転がっていた石を宙に浮かせてみせる。

 それはHGSの念動と同じだった。

「あまり隠さないんだね。自分のこと」

 ボクは疑問に思っていたことを聞いてみた。

 初対面の人間にしかも自分は異形なのにそれを気にせず話してくれる。

 いくら自分を怖がらないからといっても迂闊すぎではないだろうか?

「歩み寄るためにはお互いを知ることが大事だと思います。わたしは人間が好きなんです。だから一族の皆が地上を離れてもわたしは残った。人間はとても寿命が短いから精一杯生きて輝こうとする。わたし達は永遠を生きるから時の移ろいを大切にする考えっていうのがあまりないんです。だからその輝きが好きなんです。わたしも今を生きることの素晴らしさを昔、ある人に教えてもらったことがあるんです」

 一瞬、漣が悲しそうな顔をした。過去に何かあったのだろうか?

「人間、ボクのように君のような存在を受け入れられる人ばかりじゃないよ」

「それも知っています。これはそういう人達につけられた傷です」

 ボクはそっと彼の心に触れてみた。すぐに感ずかれたが別に拒絶されなかった。

 そこには殺意と優しさがせめぎ合いをしていた。

 殺意の根源は八つ裂きにされた2人の少女が張り付けられた十字架。

 優しさの根源はその2人の少女達との暖かい思い出。

 その中で彼は思い出を抱いて殺意と戦っていた。

「……君は、人間の悪いところも良いところも、全部知っているんだね」

 漣は満足そうに笑って頷いた。

「だからわたしはここにいるんです」

「あの子達は?」

 彼の心の中にいる2人の少女について聞いてみた。

 あの2人は光の糸で繋がっていた。それが気になったのだ。

「彼女達はわたしが過去に唯一心を通わせた女性です。あの頃が1番幸せだったんでしょうね。でも彼女達はわたしと関わったせいで村の人達に殺された」

「あの十字架はそういうことだったんだね。でも無限を生きるわりには少なくない?」

「封印されていた時間が長かったもので。それに今回で終わらせるつもりです」

 何を終わらせるのかはあえて触れずにおいた。

「終わったあとはどうするのさ?」

「終わった後は寝ますよ。ゆっくりと」

 それは何を意味するのかボクは知っている。

「それじゃあ、君が報われないよ」

「それでも構いませんよ。この世界が平和であり続けるのなら」

 そう言って漣は羽を軽く羽ばたいて飛ぶ準備を始めた。

「どうやらまた聞かれていたみたいですね」

「えっ?」

 ボクは漣が見ている方向を見た。そこはさっき自分が隠れていた場所。そこには。

「フィリス、シェリー」

 呼ばれたのに気付くと二人はばつが悪そうに出てきた。

「それではまたどこかでお会いできたらいいですね」

「えっ、ちょっと待っ……」

 ボクが言い終える前に漣は飛び立とうとして、突然全身を痙攣させて咆哮した。

「ぐぅ゙お゙お゙お゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゛―――――――――!!

 それはこの世のものとは思えない咆哮だった。




   *

 あとがき

 こんにちは堀江紀衣です。

 ずいぶんとお久しぶりですがわたしのこと覚えていますか?

 覚えててくれたのでしたら光栄です。

 それにしても季節の変わり目とは恐ろしいものですね〜。

 わたしは変わり目に弱いのですがここまで長引いたのは初めてです。

麗奈「まっ、言い訳はそのくらいにして久しぶりにやるわよ」

紀衣「えっ?わたしまだ体調が……」

麗奈「うるさい、こんだけあたしを待たせたんだから覚悟なさい。佐祐理行くわよ」

佐祐理「はい♪」

紀衣「きゃああああ!」

 紀衣、例によって舞台裏に連れて行かれる。

麗奈「ではこれより第2回堀江紀衣着せ替えショーをはじめます」

佐祐理「わーい。ぱちぱちぱち」

麗奈「さて今回の衣装は、堀江紀衣の本職メイドと似て非なる存在。ポイントは胸元を飾る大きなリボン、退屈な休日を笑顔で潤してくれる。そうメイドの最大のライバル、ウェイトレス」

紀衣「毎日お仕事頑張ります。ご注文はお決まりですか?あなたの好みがきっと見つかるはず。解からないことがあればわたしがすべて教えてあ・げ・る?(わたし何やってるんだろう?)」

麗奈「あんたもなかなかやるじゃない。それやれば絶対落とせるって」

紀衣「何を落とすんですか」

麗奈「ウブなところがまたいいわね。そういうのポイント高いわよ。というわけで今回はこれにて終了」

紀衣「はあ、やっと終わった」

麗奈「そう言えば少し早いけどあの時のためにそろそろ用意しておかなきゃね」

紀衣「なんだか嫌な予感がする」

麗奈「佐祐理、紀衣には内緒で水着の用意しときましょ」

佐祐理「それはいいですね。紀衣さんどれも似合いそうですし」

麗奈「まずは手始めにスク水ってのはどう?」

佐祐理「ビキニもよさそうです」

麗奈「ワンピースも捨てがたいわね」

佐祐理「着せてみるのが楽しみですね」

紀衣「あの〜、お2人とも聞こえてるんですけど……はあ、やっぱり着せられるんだろうな〜。水着」

 

 




投稿ありがとうございます。
美姫 「今回はリスティたち三姉妹の旅行ね」
行き先は、何と龍神村。
美姫 「そこで龍と出会った三姉妹〜」
果たして、この出会いは今後、何をもたらすのか。
美姫 「次回も楽しみにしてますね〜」
ではでは。



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