第3話 その名は破斬流
*
――永全覇王・玄武破斬流(えいぜんはおう・げんむはざんりゅう)――。
それは破壊に特化した究極の剣術流派。
この俺、虎中零一にとっては聖虎王と呼ばれていた頃にほんの気紛れで作った娯楽に過ぎない。
人間が生まれるようになってからは適当に門戸を開いて、望む者がいれば教えてやった。
そうしてかつてはそれなりにいた門徒も時とともに減少し、今では俺が唯一の使い手だ。
多くはその過酷な鍛錬に耐えられず挫折したものだった。
風の便りに一部の門下生が俺の教えを元に新たな流派を開いたと聞いたことがあるが、無謀なことをするものだ。
俺自身、なんて無茶なものを作ったんだと最近では思うようになっている。
人間というのはなかなか小さく、それでいてどこか底の見えない存在だ。
だからこそ、磨き鍛えることが楽しいのだとも思う。
そんなわけで、俺は自らを鍛えて旅をしている。
とりあえずは王であった頃の力にたどり着くために……。
*
そして、俺はとある町で行き倒れた。
理由は簡単、路銀がなくなったのだ。
しかもここ数日なにも食べていない。空腹と暑さで意識が朦朧としてきた。
それにしてもこの町は暑い。まだ春だというのに真夏のようだ。
何故だ?
「……この町は、ボケとツッコミとお約束でできているからです」
突然、俺の思考に声が割って入った。
透き通るようにきれいな、そして、どこか寂しげな声だった。
それが誰なのか確認する前に、不覚にも俺は意識を失った。
*
俺は誰かに頬をつつかれる感触で目が覚めた。
そのままじっとしていると。
「……返事がない。ただの屍のようだ」
某RPGに出てくるセリフを言ってくれた。
「ちょっと待て、俺はまだ生きているぞ」
「わっ、生き返った。ゾンビさん」
「それも違う。ここはどこだ?」
クールにそんなボケをかまされても困る。
とりあえずそう突っ込むと、俺はゆっくりと体を起こして辺りを見渡した。
今は使われていないのか、そこは閑散とした駅だった。
「私の家です。あなたが気絶していたのでポテトに手伝ってもらって運びました」
そう答えた少女の笑みはどこか空虚で、無理をしているように見えた。
訳有りなのだろう。
でなければ、年頃の少女がこんな廃駅を家にしたりはしない。
「そうか。礼を言うぞ」
「どういたしまして。……ぺこり」
「あー、ついでに悪いんだが、何か食べ物をもらえないか。空腹で死にそうなんだ」
少女のことは気になったが、今は空腹でそれどころではない。
まずはこの死活問題をなんとかしなくては。
「ラーメンセットでよければ」
「食事にありつけるのなら何でも構わない。とにかく頼む」
「解かりました。少し待っていてください」
ほどなくしてラーメンセットが出来上がった。
「ここには1人で住んでいるのか?」
ラーメンをすすりながら俺はなにげなく聞いてみた。
「……こくり」
少女は無言で、いや、擬音を言葉に載せてそう頷いた。
その笑顔は相変わらず空虚で。
だが、俺にはそれが無言の拒絶だとわかったから、それ以上を聞くことはしなかった。
「そうか」
ただ、そうとだけ言っておく。
しばらくラーメンのすする音だけが辺りに響いた。
「あの、貴方はどうしてあんな所で倒れていたんですか?」
やがて、沈黙に耐えかねたのか少女がそんなことを聞いてくる。
俺としても特に隠す理由もないので、退屈しのぎとばかりに話してやった。
「俺は剣術家でな。この春休みを利用して武者修行の旅をしていたんだ」
そう多くない荷物と一緒に置かれていた竹刀袋を手で軽く叩きつつ、俺はそう話し出す。
「ところが何を間違えたか途中で路銀が尽きてしまった。仕方なく一番近い町まで歩いて行こうとしたのだが、これが意外に遠くてな。数日掛けてようやくこの町にたどり着いたときには精魂尽き果てていたというわけだ」
「だからミイラさんだったのですね」
「俺はゾンビでもミイラでもない」
「じゃあ、屍さん」
「生きてるだろうが。はあ、お前は亀谷とうまが合いそうだ」
俺は思いっきり脱力した。
「カメさんですか?」
「間違ってはいないが。まあいい。ところでこの町に銀行はないか?金を降ろさないと、これから俺はどこにも行けないんだが」
「……残念」
「何がだ?」
「銀行、昨日潰れてしまいました」
「……なんとなくそうではないかと思っていたが。仕方ない、この辺りでバイトできそうな所を知らないか?」
「知りません」
きっぱりと言われてしまった。しばらく待ってもそれ以上の答えは返ってこなかった。
「あの……よかったら、しばらくここに居ませんか?私は構いませんので」
中々に有難い申し出をしてくれる。
しかし、行き倒れとはいえ、見ず知らずの男を危険だとは思わないのだろうか。
まあ、俺がそんなふうに見えないのは先輩たちに散々言われて知っているのだが。
俺自身、不埒な行いに走るとも思えんし、ちゃんとしていれば問題はないだろう。
「……では、すまないがしばらくの間やっかいになる」
他に行く宛てもなく、俺は少女の申し出を受けることにした。
「はい。あっ、自己紹介、まだでした」
「そういえばそうだな。俺は虎中零一」
「遠野美凪です。それとお近づきのしるしに、進呈」
遠野と名乗った少女はごそごそとポケットを漁って一通の茶封筒を取り出すと、それを俺に渡した。
「お米券?」
「はい。お近づきのしるしです」
そのとき少女は小さく、本当に小さくだが嬉しそうに笑った。
うん、彼女にはこっちの笑顔のほうが似合っているな。
「ありがたく受け取っておこう」
俺は何故だかそれが嬉しくて、受け取ったお米券をそっと懐にしまうのだった。
*
みちると、そして私の想い人だった人がこの世を去って早1年。
……もうどこにも私の居場所はないのでしょうか。
みちるの残した願いの意味も、あの人が目指していた場所も今の私には見えません。
それでも必死に考えて、考えることに疲れて、最近はただぼんやりと生きています。
そんな時でした。あの人が現れたのは。
どことなく国崎さんに似たちょっと怖い眼をした、でも優しそうな人。
人と関わることから逃げ出した私が初めて自分から歩み寄ろうとした人。
不思議でした。もうあんな悲しい思いをしたくなくて人から逃げたのに。
その私が今また誰かと関わりを持とうとしています。
国崎さんに雰囲気が似ていたからでしょうか?
解かりません。だけど、もっとあの人に触れてみたいと思いました。
お米券がまだ残っててよかったです。
それに、しばらくは一緒にいられます。
たくさんお話ししましょう。あの人が少しでも長く一緒に居てくれるように……。
*
朝、いつもの習慣で俺は日が昇る前に眼が覚めた。
ランニング用のジャージに着替えると、傍らに置いてある竹刀袋を片手に外へと出る。
ここに来てまだ日は浅いが、大まかな地形はだいたい把握している。
俺は神社を目指して走り出した。
あそこは滅多に人が来ないので鍛錬をするにはちょうどいいのだ。
俺がいつものメニューをこなして帰ってくると駅舎からいい匂いが漂っていた。
「あっ、おはようございます。朝ごはんもうすぐですからね」
鍛錬から帰ってきた俺を遠野は小さく笑って出迎えてくれる。
「お風呂も沸かしてありますけど、先に入りますか?」
「ああ、助かる。それじゃあ先に汗を流させてもらおう」
そう言い置いて奥へと引っ込み、俺は風呂場へと向かう。
体を洗い、遠野がいれてくれた風呂に浸かった。
うん、いい湯だ。
……しかし、それにしても、だ。
俺は先程からこちらの様子を伺っている2人の浮遊霊を見て小さく溜息を吐いた。
「……いい加減気付かれていることに、気付いたらどうだ?そこの浮遊霊2人」
「ぐはっ、何で気付かれてんだよ」
「うにっ、みちるがしるわけないじゃない」
どうやら本当に気付いていなかったようだ。2人とも慌てている。
「細かいことは気にするな。ところでお前たちはここで何をしている?」
「うわっ、こいつ国崎往人みたい。なんか生意気でむかつく」
「誰が生意気だ。お前の方がよっぽど生意気だ」
「なにおー」
「おっ?やるか」
「ええい、やめい!」
臨戦態勢に入ろうとする二人を無理矢理引き剥がす。
「どつき漫才もいい加減にしろ。でないと強制成仏させるぞ」
それを聞いて2人はぎょっとしておとなしくなる。
「それでいい。それでは本題に戻ろうか。お前たちはここで何をしている?」
「そんなの決まってるでしょ。美凪が心配で様子見にきたんだよ」
「そういうことだ。そしたらよそ者のあんたがいたってわけだ。おい、あんた何なんだ?」
「そうだそうだ。美凪とあんな仲良くしちゃってさ。大体……うきょっ!?」
うるさいので掌打で小さい方を黙らせる。
「何気にひどい奴だなお前」
「うるさいと話が前に進まんからな」
「確かに。というか、お前本当に何者だ。俺達のことが見えてその上触れもするなんて」
「さあな」
「わかったぞ。さては貴様、宇宙人だな」
俺が取り合わないのを見て何を勘違いしたのか、男はまた訳の分からん事をのたまった。
「……お前といい、遠野といい、ここの奴はずれた奴ばかりだな」
「美凪のこと悪くいうなー!」
いつの間に復活したのか、小さいのが怒って突進してきた。
「ふんっ!」
「ぎゃふっ!」
「しまった、つい反射的に蹴ってしまった」
「…………」
どうやら打ち所が悪かったらしく、小さいほうは口から泡を吹いて昏倒した。
それを見て大きいほうが唖然としている。
また騒がれると面倒なので、この隙に小さいほうを拘束して口をふさいでおく。
「さて、話を続けよう。目的はなんだ?」
「あっ、ああ。こいつが言ったように遠野が心配で様子を見に来たんだ」
「遠野の知り合いか?」
「一緒に住んでた。で、俺たちが交通事故で死んじまったショックで塞ぎこんでたから、心配になって見に来たんだ」
「なるほど、事情は解かった」
「しかし、驚いたぞ。今まで人を避け続けてた遠野が自分から近づくとはな。お前、惚れられたんじゃないか?」
「余計なことを言っているとそこに転がっている奴の二の舞になるぞ」
「ぐはっ、お前聖に似てるな」
「誰だ?」
「虎中さん、朝ごはんできましたよ」
そうこうしているうちに朝食の用意ができたらしく、遠野が呼びに来た。
「すぐ行く」
そう答えて俺は湯船から上がった。
「何にしろ気が済むまでいるといい。そういえば名乗っていなかったな。俺は虎中零一だ」
「あ、ああ。俺は国崎往人だ。こっちがみちる」
国崎は意外そうな顔をしていたが、俺は構わず風呂場をあとにした。
「遠野のことよろしく頼む。あいつにいつまでもじっとしてないで進めって伝えてくれ」
背中越しに聞こえた国崎の声に、俺は無言のまま頷いた。
*
遠い昔。ある所に2人の兄弟がいた。
優しくて面倒見のいい姉と、無愛想だが正義感が強く思いやりのある弟。
2人は早くに両親を亡くしていた。
まだ10になったばかりの弟は働けづ、六つ年上の姉が一人で生計を立てていた。
けっして豊かではない生活だったが、それでも2人は幸せに暮らしていた。
そんなある日、2人が住んでいた村が賊に襲われた。
老人や女子供も容赦なく殺され、姉も弟を庇って死んだ。
その後、1人生き残った弟は復讐を誓い、村をあとにする。
それ以降その少年を見た者は誰もいなかった。
*
あれからずいぶんと時が経った。
数年掛けて見つけ出した姉の仇を俺は殺さなかった。
邪念に曇った刃で人を切れば、目の前の賊と同じになってしまうから。
だから、俺はそいつの刃を折って然るべきところに突き出してやった。
それで俺の復讐は終わりだ。
それから何度転生を繰り返しただろう。
家系というものを作らない俺は他者の輪廻に割り込まなければこの世には戻れない。
失うことへの恐れからか、そんなことばかりをもう800年も続けている。
情けない話だ。友は既に闇を克服したというのに。
俺はまだこんなところで足を止めたままどこへも行けないでいる。
――ここまで、なのか。
俺の破斬流はただの人殺しの道具で終わってしまうのだろうか。
かつての、聖虎王だった頃の俺が嘲笑する。
迷いを越えなければこの先の、目指す高みへなど到底たどりつけるはずもない。
*
私は膝の上に乗せた虎中さんの寝顔を覗き込んでいました。
うなされているのか寝苦しそうにしています。
「……ねえさん……」
寝言でしょうか。とても悲しそうな声でした。
この人にも辛い思い出があるのでしょうか。
そっと髪を撫でてみると、安心したように規則正しい寝息を立て始めました。
「……守るよ……この手で……」
「……っ!」
“守る”。
その声が思い出の人と重なり、ふいに涙が溢れてきました。
国崎さんが言ってくれた言葉と同じだったから。
「……泣いているのか?」
「あっ、なんでもありません」
ふと見下ろすと、いつの間に起きたのか虎中さんがじっとこちらをみつめていました。
私は慌てて眼を擦って無理やり笑顔をつくります。
虎中さんは起き上がってゆっくりと口を開きました。
「そっくりだな。あいつと」
「はい?」
「おまえも無理をするな。泣きたいときは声を上げて思いっきり泣け」
優しい声でそんなことを言われてしまいました。
たったそれだけの言葉。けれど、一番欲しかった一言。
視界が歪んで、再び溢れ出した涙を今度はもう止めることが出来ません。
私は虎中さんの胸に縋って本当に久しぶりに声を上げて泣きました。
虎中さんはそんな私の背中を黙って撫でてくれています。
どれだけの時間そうしていたでしょうか。
国崎さんもみちるも突然私の手の届く所からいなくなってしまいました。
悲しかったです。
私にとって2人は唯一の親友であり、家族だったんです。
その2人が死んでしまって……。
もうあんな思いはしたくありません。こんなに悲しいのなら、私は独りでもいい。
だけど、駄目でした。
1人の時間が増えれば増えるほど、楽しかった時間が安らかな場所が恋しくなって……。
「私のこの気持ちはわがままなんでしょうか……」
独り言のように呟いた私の言葉に、虎中さんは小さく首を横に振ってくれました。
「わがままなものか。人は決して1人では生きて行けない。1人は寂しすぎる」
「だけど、私にはもう、居場所がありません」
親からも娘と認識されず唯一の理解者だったみちるも事故でいなくなってしまいました。
「飛べない翼に意味はあるのでしょうか?」
私の問いに、虎中さんは真剣な顔で答えてくれます。
「翼は空を飛ぶための道具に過ぎない」
「……はい」
「だが、遠野よ。おまえ自身は誰の道具でもない。自分の意思で道を歩いていける人間だ」
きっぱりと、それが当然のように虎中さんは断言してくれました。
「前を見ろ。そして、進め。お前の家族もそれを望んでいるはずだ」
まっすぐな眼だった。強くて前を見据える純粋な眼……。
「ありがとう、ございます……」
嬉しかった。
一人の人間として認めてくれたことが嬉しくて、また少し泣いてしまいました。
「そう難しく考えることはない。俺も出来ることがあれば手を貸す」
「私は貴方を頼ってしまっていいんですか?」
「世話になっている恩もある。大したことは出来ないだろうが、それでもよければ、な」
そう言った彼はてれくさいのかそっぽを向いてしまいました。
「はい。零一さん」
今までのわだかまりが消えていく……。
こんなにも満たされているのは久しぶりな気がします。だから、なのでしょう。
そのとき私はその思いをごく自然な表情に載せて、彼の名を呼ぶことが出来たのでした。
*
俺が遠野の家に世話になって早1週間。
あれから吹っ切れたのか、遠野はよく笑うようになった。
意味不明なボケもバリエーションが増え、天然がエスカレートしているようだ。
おかげで突っ込む回数が日に日に増えているような気がする。
まあ俺自身、それを楽しんでいるのも事実だが。
最初の頃は冷たい感じだったが、最近は嬉しいことがあると特に柔らかく笑うようになった。
ああいう笑顔も好きだな。
俺は日課である鍛錬をこなしながら遠野の手伝いをしていた。
と言っても、買い物に付き合うくらいなのだが
「零一さん。今日の夕飯は何にしましょうか」
「そうだな。遠野の料理はなんでも美味いが、魚料理はどうだ?」
「わかりました。じゃあ今日は煮物にしましょう」
そんな俺たちのやり取りは傍から見ればどのように映っているのだろう。
「お2人さんあつあつだね。美凪ちゃんも元気になってよかったよ。これも愛の力かね」
「ぽっ……」
「何故そうなる?」
「別に隠すことないじゃない。恋するのはいいことだよ」
レジのおばさんに意味不明な冷やかしをくらって遠野は赤くなっている。
俺にとってはどっちの反応もわけがわからないが、不思議と悪い気はしない。
「でっ、名前なんていうの?」
「虎中零一さんです」
「へえ、変わった名前だね。でもなかなか頼りになりそうな子じゃない。あっ、でもにぶそうね。苦労してない?」
「はい。とても……。でも、頑張ります」
遠野は顔を真っ赤にして嬉しそうに頷いた。
何故そんな反応をするのかよく解からないが、居心地が悪くなってきたので俺は遠野を急かした。
「置いてくぞ」
「あっ、待ってください」
後ろからついてくる遠野の声が嬉しそうだ。
「またおいで。サービスするから」
こうして俺は“美凪ちゃんの頼もしい彼”というなんだか誤解されたまま町の皆さんに知れ渡ることとなった。
*
零一さんが来てから私の中で何かが変わり始めた。
最初はただ純粋に知りたいと思っていただけ。
それが今ではちょっとした表情の変化にも反応してしまいます。
彼が喜べば私も嬉しい。
彼が何を考えているのか。私のことをどう思っているのかとても気になります。
嫌われるのは嫌だな。
考え出したらきりがありません。これを“恋”と呼んでいいのでしょうか?
彼と一緒にいると楽しいし、辛いことも忘れられます。
彼は私に希望を与えてくれました。
彼とずっと一緒にいたい。
この時、私はもう居場所を見つけていたのかもしれません。
*
――ある夕方。
鍛錬を終えて俺が駅への道を歩いていると、突然殺気を向けられた。
なかなかいい殺気だ。少しは骨のある奴のようだな。
俺は立ち止まって相手を探る。
その時、真横からメスが飛んできた。
「ほう、私のメスを受け止めるとは。さすが遠野さんを救った男だけのことはあるな」
現れたのは白衣を着た、女性だった。
切れ長の目がどことなく麗奈先輩を彷彿とさせる。
「誰だ。というより、これは確かに殺傷能力は高いが、人に投げる物ではないと思うぞ」
「何、細かいことは気にするな。興味があったので取り合えづ投げてみたのだ」
中々洒落にならないことをさらりと言ってくれる。
「それにしても君がねえ」
「何だ」
「ふむ。これはラブラブハンターの国崎君にも負けず劣らずと言った感じだね。何よりも彼より強そうだ」
「用がないのなら俺はこれで失礼する」
こういうタイプには関わらないのが身のためだ。
「あー、待て待て」
さっさと立ち去ろうとする俺を女性は慌てて呼び止めた。
「気を悪くしたのなら謝る。だが、聞くところによると路銀がなくて困っているのだろう?」
「……なぜそれを知っている?」
「ふっふっふ、この町は小さいからね。情報などお隣さんに聞けばすぐに手に入るのだよ」
「……何が言いたい」
俺は目を細めて女性を見た。何か嫌な予感がする。
「私は見ての通り医者だ。この街で小さな診療所を開いている。それで、だ」
医者と名乗ったその女性は俺に自分の診療所を手伝わないかと言ってきた。
給料は時給1000円で働き次第ではボーナスも出るらしい。
何か腑に落ちないが、確実に路銀が稼げるのならそれに越したことはない。
「……いいだろう。それで俺は何をすればいい?」
「ほう。国崎君なら、あと一歩食い下がってぼろ雑巾になるのがおちだが、どうやら話のわかる相手だったみたいだね。君にはうちで雑用を頼みたい」
「(気をつけろ。こいつの誘いに乗ったら、もう朝日を拝めなくなるぞ!)」
隣で国崎が騒いでいるが、こいつの死因は交通事故だそうだから冗談だろう。
体力には自信があるし、俺は普通の人間とは違うのでそうそうのことではくたばらない。
「解かった。それじゃあ、場所を教えてもらいたい。この町の地形はだいたい把握しているから聞けば解かるはずだ」
「ほう、物覚えもいいときたか。彼とは大違いだ、霧島診療所と言えば解かるかい?」
「(なんだと!)」
「ああ、あそこか。じゃあ明日の朝、顔を出させてもらおう」
「それでいい。それからまだ名乗ってなかったな。私は霧島聖、診療所の所長兼女医だ」
「俺は虎中零一だ」
改めて肩書きを名乗った女性に対し、俺は素っ気なく名前だけを言っておく。
「あまり素性を明かさないんだな」
「不審な男は雇えないか?」
「いや、面白くて良いじゃないか。歓迎するよ」
「そうか。ところで先程言っていた国崎とは事故で死んだ国崎往人のことか?」
「彼を知っているのか?いや、遠野さんから聞いたのなら不思議はないな。その国崎君だ」
「先に聞いておきたいことがある。あんたは心霊現象を信じるか?」
「私は医者だぞ。まあ、そんなのがあったとしても驚きはしないがな」
聖はそれがどうしたと言わんばかりに怪訝な顔をする。
「ならば言おう。国崎往人は俺の隣にいる」
「ほう。さっきから国崎君の声が聞こえると思ったら、そこにいるのか」
「ぐはっ、なんで聖にまで聞こえてんだ」
霧島はにやりと笑い、国崎は冷や汗を流している。
「聞こえたらどうなるか。試しただけだ」
「お前の仕業か!」
「ふっふっふ、久しぶりだね国崎君。なんだかいると解かると君がはっきりと見えてきたよ」
「霊体など、そこにいると認識すれば自ずと見えてくるものだ」
「ぐはっ、なんてこった」
「君は死んでも相変わらずのようだね。触れないのが残念だよ」
そう言いながらメスを構える。
「ふん、今の俺にそんな物が通用すると思うのか」
「はっ!」
構わず霧島はメスを投げる。
「ぐはっ!?」
見事命中。国崎撃墜。
「ふん、ずいぶんと見くびられたものだな。しかし、これで馬鹿は死んでも直らないということが立証されたわけだ」
動かなくなった国崎をみちるが怯えながら見ていた。
「気分も晴れたし、これで私は失礼するよ」
そう言って霧島は去っていった。
しばらく辺りは静寂に包まれた。
「美凪、明るくなった。悔しいけど零一のおかげだよ」
沈黙を破ったのはみちるだった。
「俺は何もしていない。ただ背中を少し押してやっただけだ」
「鈍いのは往人と同じだね。でも美凪を見てたら解かるの。あたし親友だから。美凪があんたに向けるものがなんなのか解かるんだよ」
「遠野が俺に好意を持っているというのは解かっている。そういうものを感じやすいのでな。だが今のあいつには俺よりも暖かい場所が必要だ」
「そんなものは後で良い。用はあんたが遠野のこと好きかどうかが問題なんだ」
いつの間にか復活した国崎がみちるに加勢する。
「好きだからこそ、だ。俺は普通の奴らとは少し事情が違う」
「そんなものはエゴだ」
「そうだよ。それに美凪の居場所はもう決まってるかもしれないんだよ」
「あいつの居場所、か」
言われて俺は考える。
「確かにそれが俺の隣なら、俺はそんなに悪い気はしないのだろうな」
「それじゃあ」
みちるが嬉しそうに顔を輝かせる。
「気持ちを伝えることはする。受け入れてもらえるかどうかは、分からないがな」
*
そして翌日。
「やあ、よく来たね。それじゃ、さっそく取り掛かってくれるかな」
俺の眼の前には何の変哲もない物置があった。
用件はこれの中身を始末してほしいとのことらしいが、しかし……。
まあ、路銀が稼げるのなら何でも良いか。
こうして俺は物置の中の整理(始末)にとりかかった。
「ええい、次から次えと。貴様らそんなに死に急ぎたいか!」
その日、物置の周囲では一日中何かを切り裂く音が響き渡った。
*
俺は夕方までかかった物置の片付けを終えて一息ついていた。
「お疲れ様、零一君」
そう言ってお茶を出してくれたのは霧島の妹、佳乃である。
「うむ、助かる。しかし、物置の中身、あれは何だ」
「うーん、あたしにもよく解からないんだ」
「何?」
「うんとね。ある日突然物置が降ってきて、開けてみたら入ってたんだ」
「……もうひとつ聞こう。その毛玉はなんだ?」
「ぴこ?」
俺は佳乃の足元で奇声を発する毛玉を指した。
「あはは、ポテトだよ。あたしの親友の」
「ぴこっ」
どうやら生き物らしい。
「この町はいったい、何を間違ったんだ?」
「この町は普通だよ。あっそうそう、零一君のケータイ鳴ってたよ」
そう言って佳乃が俺のケータイを持ってきた。
今もなり続けているそのディスプレイに浮かんでいる番号は……。
「本能が取るなと言っているが、取らなければならないのだろうな」
佳乃とポテトはケータイを渡すと、逃げていった。
あの2人、いや、一人と一匹にも伝わったのだろう。
しかし、ケータイを通じて放たれる殺気というものが果たして本当にあるのだろうか。
俺は意を決して電話に出た。
「もしもし……」
「れーいちー?あんたどういうつもりよ。いつでも連絡とれるようにしときなさいって言ったはずでしょ」
「すまない。電源が切れていたんだ」
「言い訳はいいから。さっさと海鳴に行きなさい!」
「海鳴?」
「そうよ、祐介達が柱について情報を掴んだからそこで合流」
「解かった。すぐに行く」
「それから帰ったらお仕置きだから、覚悟しときなさい」
そして一方的に電話は切られた。
ずっとここにいたい。
そんな願望が頭をよぎったが、行かなければいずれ見つけられてお仕置きである。
「この町を出て行くのか?」
「ぐはっ、な、なんだ、霧島か」
何故かメスを突き付けながら俺の背後に霧島が立っていた。
「この町を出て行くのかと聞いている」
「聞こえていたのか。ああ、そのつもりだ」
「遠野さんのことはどうするつもりだ?」
「…………」
「それで彼女が納得すると思うのか?」
「行かなければ俺が殺される。何とかなるだろう」
「ふう、そこまで言うのなら君を信じよう。ただし、悔やむなよ」
「ああ、解かっている」
そう言って頷くと、俺は診療所を後にした。
*
その晩、俺は遠野に話すことにした。
ここは彼女の学校の屋上。
今日も部活動と称して遠野は夜の校舎に忍び込んでいて、俺もそれに付き合っている。
「お話ってなんですか?」
しばらく星を眺めていた遠野が口を開いた。
「……明日この町を出なくてはならなくなった」
「はい……」
遠野の表情が曇る。俺は構わず話を続けた。
「それで、もし遠野がよければその、一緒に来てはくれないだろうか」
「はい……って、え?」
一瞬沈んだ様子で頷いた遠野の顔に驚きの色が広がる。
「俺は遠野が好きだ。俺の傍にずっと居てくれないか」
飾りの言葉など知らない。
だからこそのストレートな告白に、遠野の顔が見る間に真っ赤になっていく。
俺も同じ色の顔をしているだろう。
遠野はしばし目を瞬いていたが、やがてその顔に笑みを浮かべてはっきりと頷いてくれた。
「はい」
あとがき
こんにちは堀江紀衣です。
今回は零一さんが行き倒れた先で恋に落ちてメスを持った女医さんに襲われて物置の中で死闘を繰り広げるというお話です。
紀衣「さて、今回は予定変更で出てこれなかったマスターアジアさんです」
マスター「流派東方不敗は!」
ドモン「王者の風よっ!」
中略。
マスター&ドモン「見よっ!東方は赤く燃えている―――!!!!」
ドモン「師匠、そっちは西です」
マスター「むっ、ワシとしたことが方角を間違えるとは」
紀衣「あのー」
マスター「そういえば何故ワシ等の出番はどうしたあー」
マスター、紀衣の首をぐいぐいと締め上げる。首がみしみし悲鳴を上げている。
ドモン「師匠、首が絞まっています」
マスター「はっ、ワシとしたことが婦女子に手を上げるとは」
紀衣「わたしは男だぁ……」
紀衣倒れる。そこへ美凪登場。マスターに向かって何かを差し出す。
美凪「進呈、絞め殺したで賞」
マスター「むむ」
佳乃「あー、あのおじさん人殺しだ。ポテトやっつけちゃえ」
ポテト「ぴこー!」
マスター「ぐはっ!」
ポテトのキックがマスターの脳天に直撃。
マスター「ふっ、なかなかいい蹴りだったぞ。ドモン後はたのんだぞ」
マスター撃墜。
ドモン「ししょおおおおおおおぉぉぉぉぉぉー!!」
今回の舞台はいえずと知れた、Air。
美姫 「永全覇王という事は…」
やはり、ここから分岐したのが御神流なのだろうか。
美姫 「先の展開が楽しみね」
ああ、全くだ。
美姫 「所で、切れない刀に意味はあると思う?」
えっとえっと……。
どう応えても、結果が同じに見えるのは気のせいでしょうか。
美姫 「正解♪」
そんな酷な事はないでしょう」
美姫 「という訳で、うりゃ!」
にゅぎょろぉぉぉ!
美姫 「それじゃあ、また次回を待ってます」