優しい歌 第2部 第2話 翼の決意

    *

 目を覚ますと、わたしはどこかのベッドに寝かされていた。

 すぐ傍に心配そうな顔をしたゆうひがいた。

「……あっ、フィアッセ〜。やっと気がついた」

「ゆうひ……。ごめんね、心配かけて」

「ええんよそんなん。フィアッセがどうもなかったらええんや」

「美優希は?」

「まだ寝とるけど心配あらへん。今リーアちゃんがみてくれとるから」

「そっか……」

 わたしは体を起こして大きく伸びをした。

「フィアッセはもう大丈夫なん?」

「うん、ありがとう。気分もいいし体もすっきりしてる」

「そか……。よかった。でも、ほんまにあんま無理したらあかんよ」

「ごめんなさ〜い」

「しんどいときは遠慮せんとうちらを頼ってな。一人でしょいこまんといて。なっ?」

 ゆうひはわたしの手をとってそう言った。

「うん、ありがとう。わたし幸せだよ」

 そう言ってわたしはゆうひに抱きついた。

「もう、しゃあないなあ」

 ゆうひは照れくさそうに、だけど嬉しそうに笑った。

 そこへ愛さんが入ってきた。

「あら?フィアッセちゃん気がついたのね」

「はい、ご心配をおかけしました」

「いいのよそんなの。あっ、そうだ。今耕介さんが卵粥を作ってくれてるんだけど、フィアッセちゃん食べれそう?」

 それを聞いて急にお腹が減ってきた。

 三日三晩ずっと美優希の看病をしていて何も食べていなかったのだから無理もないんだろうけど、何だか恥ずかしいな。

「それじゃあ、いただきます」

 そう言ってわたしはベッドから降りて立ち上がってみた。

 途端に少しふらついて、それをゆうひが慌てて支えてくれた。

「だっ、大丈夫?フィアッセ」

「うん、ちょっとふらふらするだけ」

「まだ寝とったほうがええんとちゃうか?」

「ありがとう、でも大丈夫だから。それにいつまでも寝てたら牛さんになっちゃうよ」

 わたしがリビングに顔を覗かせると一斉に皆が振り返った。

「フィアッセーっ!!

 皆が一斉に駆け寄ってきた。

「フィアッセ、心配したんだよ。もう平気なの?」

「フィアッセが倒れたときはもうどうしよう思ったけど、元気になってよかった」

「フィアッセは無理しすぎなんだよ。もっとわたし達を頼ってくれていいんだよ」

「そうだよ、水臭いなあ」

 皆の声を聞いて、わたしは本当に優しい人達に恵まれているんだと、とても嬉しかった。そんな中、皆とは少し離れた所で壁に寄りかかって微笑ましそうにこっちを見つめている人がいた。

 わたしの一番大好きな人。

 わたしがわたしであり続けられる人。

「恭也」

 わたしはその人の名を呼んだ。

「フィアッセ、もう大丈夫なのか?」

「うん、もう平気。心配かけてごめんね」

「いや、大事なくてなによりだ。フィアッセにはいつも笑っていてほしいから」

「恭也……」

 わたしは感極まって思いっきり抱きついてしまった。

 周りの皆が口々に囃し立てる。

 恭也は照れ隠しに手じかにいた美由希を叩いて照れ隠しをしていた。

 いつもの皆がそこにいた。それはなんて嬉しいことなんだろう。

 わたしにはこんなにも暖かい人達がいてくれる。

 だからこそ今のわたしがいるんだと思う。

 今のわたしじゃなかったらラミアスとの約束もエターニアの声も聞こえなかったかもしれない。

「皆、いつも傍にいてくれてありがとう」

 それはわたしのまっすぐな気持ち。

 これからもそれは変わらないだろう。

 皆の温もりがわたしを暖めてくれる。優しい気持ちにしてくれる。

 だから今度はわたしが温もりをあげる番。

 たくさんの愛情とまっすぐな想いをエターニアに届けよう。

 どんなことがあっても必ず守る。

 それは今まで守られ続けてきたわたしの初めての誓いだった。

    *

 とある山の中。そこには異様な空気が立ち込めていた。

 そこにいたのなら誰もがそれを異様だと認識するだろう。

 なぜならそこには顔にタイヤの跡をつけた老人とドス黒いもやもや、ぼろぼろの鎧武者が立っていたからだ。

「お互い手ひどくやられましたね」

 もやが愉快そうに笑った。

「まったくだ。あのバイクのバッタさえ出てこなければ上手くいっていたものを」

「まあ世の中とはそういうふうにできているのでしょう。そうでなくては面白くもありませんがね」

「わしは久しぶりによい剣士に会えて喜ばしいかぎりです」

「しばらくは私達も休暇が必要でしょう。その間に彼等がどれだけ力をつけるか見ものですね」

「わしは好きにやらせてもらうぞ」

「ええ、そういう約束ですからね。お好きにどうぞ。それにしても、また変わったやられ方をしましたね貴方は」

「好きでこうなったわけではない。だがあのような物で轢かれるのは屈辱的だ」

「それはそうでしょう。私でもあれは遠慮ねがいたいところですからね。……おや?」

 そこへ突然の訪問者が現れた。

「お主は“炎獄の金狼”」

「その名で呼ばれるのは久しぶりですね」

「シルフィスですか、どうしました?」

「いえ、少し様子を見に来ただけです。美優希さんに手ひどくやられていたようですからね。あの光を見るのはわたしも初めてでした」

「私もあれは想定外でした。危うくしくじるところでしたよ、彼等は私の想像を超える力の持ち主のようです」

「油断は大敵ですよ。しかし、だからこそ貴方は彼等に眼をつけたのでしょう?」

「もちろんです。そういえば今回シルフィスの姿が見えませんでしたが何かあったのですか?貴方らしくない」

「わたしもいろいろと大変なのですよ。上司にも眼を付けられていますからね」

「あの“光の巨人”ですか。彼女とは久しくお会いしていませんね、あまり手合わせ願いたくない方ですが」

「あの人は相変わらずですよ。しかしそう臆することはありませんよ。今回彼女はアレを動かす気はないようですから」

「そうですか、アレを動かされたら以前の二の舞ではすみませんからね」

「ええ、あの時の変わりはもういませんからね」

「……」

「なんにしろ今後とも油断はしないことですね。それに貴方達を狙っているのは彼らだけとは限りませんからね」

「ご忠告感謝します」

「いいえ、いつものことですよ」

 そう言ってシルフィスは去っていった。

    *

 俺がしばらく街の中を散策しているとどこからともなく甘い匂いが漂ってきた。

「いい匂いだな。これは……ワッフルかな?」

 俺は匂いのするほうへ釣られていった。

 しばらくすると行列のできている山葉堂と書かれた看板の店を見つけた。

「けっこう混んでるな、人気の店みたいだな」

 そんなことを考えながら歩いていると、突然誰かにぶつかった。

「きゃっ!?

「あっ、すみません。大丈夫ですか?」

 俺は慌ててぶつかったほうに謝った。

 よく見ると長い髪を三つ編みにした小柄な少女だった。

「大丈夫ですか?怪我とかしてませんか」

「大丈夫です……」

 俺は彼女に手を差し出して助け起こした。

「すみませんでした。お怪我はありませんか?」

「俺は平気です。こっちこそ前をよく見て無くて……そうだ、せっかくだから何かお詫びさせてもらえませんか」

「いえ、気にしてませんからそんなに気をつかわないでください」

「そうは言っても俺の気がおさまりません」

「ほんとに大丈夫ですから、気にしないでください」

 なかなかお詫びをさせてくれない彼女に俺は首を捻った。

「う〜ん……。そうだ、これから俺とお茶しましょう。当然俺のおごりで」

「ナンパですか?そういう手口なんですね」

 途端に不審そうな目で俺を見てくる少女に、俺は苦笑しつつ首を横に振った。

「まあ、そういうふうに見えなくもないですね。違うと言えば失礼になるのかもしれないけれど、とりあえず下心とかそういうので誘ってるのではないですよ」

「その割には随分と食い下がるじゃありませんか」

「性分なんでね。まあ、これも何かの縁だと思って諦めてください」

「変な人。でも、そうですね。解かりました。どうせ暇でしたし」

 そう言って笑った彼女はとても可愛かった。

「そうと決まればさっそく店を探さないと。……っと、その前に自己紹介しとかなくちゃ。俺、高橋祐介です」

「里村茜です」

 お互い名乗りあってから俺は奇妙な違和感を覚えた。

「あかね……」

「ゆうすけ……」

「「あの」」

 二人の声がはもった。もしかしたら同じことを考えていたのかもしれない。

 いつも能天気そうな面をした(実際能天気だが)ある人物を。

「お先にどうぞ」

「じゃあ、俺には横鳥真っていう親友がいて、そいつが幼馴染で三つ編みで激甘党で冷たくあしらわれてばっかりだけど本当はすっごく可愛くていい奴なんだっていう話を聞いたことがあるんです」

「奇遇ですね。私にも横鳥真という幼馴染がいます。能天気でいい加減でちょっとHな人ですけど困ったときはいつも助けてくれる優しい人でした。その真から聞いたことがあります。すごく強くて便りになっていつも助けてくれる親友がいるって」

 お互いに確かめるように話し出した。

「その幼馴染の名前があかねっていうらしんです」

「その親友の名前はゆうすけっていうそうです」

 そこまでいってお互いに吹き出してしまった。

 これは誰かのいたずらなのだろうか。

 どうやら俺達はまったく関係の無いところで繋がっていたようだ。

「そうか君が真が言っていた幼馴染か。あいつにはもったいないくらい可愛いじゃないか」

「ふふふ、貴方も真が言っていたようにとても優しそうな人です」

「それにしてもあいつそんなこと言ってたのか。なんか照れるな」

「はい、真もいろいろ吹き込んでいたみたいですね」

「とくに激甘党のところを強調してたからな。なんでも茜と一緒にいたらいつか体が砂糖になるとか言ってたな」

「あの人が軟弱なだけです」

「ははは、それは言えてるかも」

 俺達はいつのまにかすっかり打ち解けていた。

 同じ繋がりを持つからなのだろうか。それとも彼女の人柄がそうさせるのか。

 どちらにしろ未知の土地で新しい友人ができてよかった。

 彼女は地元の人間で名所にも詳しかった。

 これなら途中で道に迷って行き倒れなんてこともないだろう。

「私の一番のお勧めは練乳黒蜜ワッフルです。とっても美味しいんですよ」

「へえ、じゃあ俺も食べてみようかな。茜はワッフル以外だと何が好き?」

 いつの間にか二人はずっと昔からの友達みたいに話しながら歩いていた。

 先程山葉堂で買ったワッフルを公園で食べようということになったのだ。

「甘いものだったら何でも好きです」

「そっか、それにしてもよっぽど甘いものが好きなんだね」

「はい、甘いものは食べると幸せな気持ちになれます」

 俺達はほどなくして着いた公園のベンチに並んで腰掛けると、さっそくワッフルを物色しはじめた。

 その中から俺は練乳黒蜜ワッフルを取り出した。

「茜のお勧めだったね。どれどれ」

 俺はワッフルにかぶりついた。

「どうですか?」

 茜がじーっと俺のほうを見ている。

 ワッフルを口に入れた途端、濃厚な蜂蜜の香りが鼻腔をくすぐった。

 さらに蜂蜜と絡み合った練乳が味にまろやかさを引き出している。

 そして噛めば噛むほどワッフルの生地本来の味が溢れてくる。

 常人にはここまで味を噛み分けることは到底不可能だろうが、これは確かに……美味い。

「うん、うまい。これにイチゴジャムがあればもっとよかったかもしれないな」

「本当ですか!?よかった……」

 茜はすごく嬉しそうだった。

 友人にあまり受けがよくないのかもしれないな。確かにあれは常人ではついていけない味だ。

 そういえば美優希が俺の味覚は時々理解できないと言っていたっけ。

 自分でも多少なりとも自覚はあるがうまいと思ったのだから仕方がないではないか。

 俺達がそんなほのぼのとした会話を楽しんでいると。俺達のほうへ頭にリボンをつけた小柄な少女、茜よりさらに小さい――が小走りにこちらへむかって駆けてきた。

 なんだかとても嬉しそうな顔をしている。

 大きな眼が特徴的でそこはかとなくどじっ娘の空気を纏った可愛らしい少女だった。

 もしかしたら茜の知り合いなのかもしれない。

 俺がそんなことを考えていたら途中で見事になにもないところでこけた。

 そしてすぐに起き上がって駆けてきた。

 茜の前で立ち止まって軽く呼吸を整えると、スケッチブックを取り出した。

 ――茜さん、こんにちはなの。

「こんにちわ、澪。慌てなくても私達は逃げませんから。それに走ったら危ないでしょう?さっきみたいに転んでしまいます」

 ――えへへ、ごめんなさいなの。

 俺は二人のやりとりにひどく違和感を覚えた。

 彼女は何故スケッチブックに文字を書いているのだろう?俺には彼女の声が聞こえるのに。

 まるで茜には聞こえていないのか茜も文字を見てから話している。

「えっと、茜。この娘は?」

「あっ、ごめんなさい。紹介しますね、私の学校の後輩で友達の上月澪さんです。澪、この人は高橋祐介さん、ほら前に真が話してくれた人」

 そう茜が説明するとぴんとくるものがあったのか納得したようにうなずいて、スケッチブックに何か書き始めた。

 ――はじめまして澪なの。真さんからお話聞いてます。よろしくおねがいしますなの。

「はじめまして、高橋祐介です。それにしても真の知り合いには可愛い娘が多いな。羨ましい限りだ」

「もう祐介ったら、からかわないでください」

「あはは、でも事実だと思うぞ。実際二人ともすごく可愛いんだから」

「むう……」

 茜はそれを聞いて顔を真っ赤にしながらふくれてしまった。

 いっぽう澪ちゃんは。

(なんだか優しそうな人。うん、この人となら仲良くできそう。なにより茜さんがとっても楽しそうにしてる)

 と言ってにこにこと笑っていた。

「そういえば、澪は今日はどうしたの」

 ――えっと、お散歩してたら茜さんが見えたから挨拶しにきたの。

「そうだったの。そうだ、澪はこの後予定はある?」

 ――今日は特にすることがなくて退屈なの。

「そう、じゃあよかったら一緒に遊びにいかない?」

 ――いいの?わ〜いなの♪

 澪ちゃんはとても嬉しそうだ。

「祐介はどうします?何か用事があってここに来ていたのではなかったのですか」

「そうなんだけど、せっかく二人と知り合えたんだから俺も一緒していいかな?」

「私は構いません、澪は?」

 ――澪もおっけーなの。

「では行きましょうか」

 そう言って立ち上がる茜に俺も頷いてベンチから立った。

    *

「うわっ、けっこう混んでるなあ」

「しかたありません、お休みですから」

 俺達はゲームセンターに来ていた。

 辺りにはクレーンゲームや格闘ゲーム、レーシングゲームなどと様々なゲーム機が置いてある。

 澪ちゃんはそれをきらきらと眼を輝かせてみていた。

「こういう所にはあまり来ないの?」

(知らない人が一杯いてちょっと怖いの。でも、茜さんや詩子さんと一緒だと楽しいの)

 澪ちゃんはこくこくと頷きながら話してくれた。

「そっか、よかったね俺はけっこうこういう所には一人で行くことのほうが多いかな」

(そうなのですか?)

「主にストレス発散に。ほら、よくああいうのやるんだ」

 そう言って俺は一台のゲーム機を指差した。

 それは次々と現れる敵キャラクターをハリセン型のコントローラーでしばき倒していくゲームだった。

 ハリセンの張り具合で画面の中のキャラクターの吹っ飛び具合が変わりそれがスコアに変わるというなかなか爽快なゲームであった。

(確かに面白そうなの)

「じゃ、やってみよう」

(はいなの)

「よし、茜。あれをやるぞ。澪ちゃんが興味を持ったみたいだ」

「えっ?あれですか。いいですけど……」

 何故か茜が困惑ぎみに頷いた。

「んっ?どうかしたのか」

「いえ……なんでもありません」

 そう言って茜は澪ちゃんの後を追った。

「そんなはずはない……だって澪は…喋れないんだから」

 茜の呟きは後にいる俺には届かなかった。

    *

 俺達は日が暮れるまでずっと遊んでいた。

 ゲームに飽きたら次は商店街へ行っていろんな店を冷やかして回った。

 その中で澪ちゃんがいたく気に入った正体不明のぬいぐるみを俺はプレゼントした。

「あれはいったいなんなんだ?」

「可愛いからいいんじゃないですか?澪も気に入ったようですし」

 ――祐介さん、ありがとうなの。

 そうスケッチブックに書いて嬉しそうにはしゃいでいた。

 俺は腕時計をちらりと見て今の時間を確認した。

「さてそろそろ日が暮れるから二人とも帰ったほうがいいと思うぞ」

「もうそんな時間ですか?早いですね」

 ――もっと一緒に遊びたいの。

 澪ちゃんが俺の腕にしがみついてきた。

「澪、わがままいっちゃダメよ」

 ――う〜、解かったなの。

 澪ちゃんはしぶしぶながらも頷いて俺の腕から離れた。良い娘だ。

 ――それじゃあ、ばいばいなの。

「ばいばい。またね」

 茜はそれに手を振った。

 澪ちゃんもそれに手を振って今度は俺のほうを少しの間見つめてぽつりと呟いた。

(また会えるといいな。今日はとっても楽しかったです)

「俺も楽しかったよ。また会えるといいね。そしたらまた一緒に遊ぼう」

 俺はその声に答えてしまった。普通の人なら聞こえない心の声に。

(「えっ?」)

 二人が同時に驚いた。

(私、何も伝えてないのに……どうして?)

「祐介、独り言ですか?」

「えっ?茜には聞こえなかったのか」

「なんのことですか?」

(そう、私は何も伝えてないんだからそれが普通なのに。なんで解かったんだろう)

「もしかして茜って耳悪いほう?」

「いいえ、よく聞こえるほうだとおもいますけど」

 どういうことだ?

 澪ちゃんは確かに喋っている。さっきだって寂しそうにまた会えるかなって言っていた。

 だから俺はそれに答えただけなんだ。

 ……待てよ。澪ちゃんは茜と話すとき必ずスケッチブックを見せていた。

 もしかして。

「ねえ澪ちゃん、ちょっと失礼なことを訊くかもしれないけど。もしかして、喋れない?」

 俺の問いに澪ちゃんはこくこくと頷いた。

 試しに口をあけてやってみてくれたが確かに何も聞こえない。

 ということは俺は彼女の心の声を拾ってしまっていたということになる。

 これは少しやばいかも。

「祐介、本人も言っているように澪は喋れないんです。どうしてかは本人にも解からないそうですけど。とにかく喋れないんです。なのに雄介はまるで聞こえているかのように澪と話していました」

 どうやら誤魔化せそうにないな。俺は溜息を吐いて頷いた。

「そうだよ。俺は澪ちゃんの声を聞いて話していた。俺には普通に聞こえていたんだ」

 俺の答えに二人の顔に驚きが浮かぶ。

「心の声って言うのかな?そういうのが俺には聞こえるんだ。ごめんね澪ちゃん、それに茜も驚いたでしょ」

(そんなことないの、私の声が伝わって嬉しかったの)

「私も少し驚きましたけど。非常識なのは真でなれてますし」

「なっ、真。どんなことしてたんだ?」

「風を吹かせて女の子のスカートをめくろうとしてました」

 あの野郎、自分の力をそんなことに使ってたのか。しかも見られてるじゃん。

「じゃあ、茜は真がそういう力を持ってるってことを知ってるんだね」

「はい。最初は気のせいかと思いましたけどそうじゃありませんでした。だって密室で突風が吹くんですよ。しかも真の挙動がおかしくなると。だから真は風使いなんだって学校の皆は囁いていますし、私もそう思っています」

 俺はそれを聞いて同じ聖獣王として情けなくなった。

 でも、幸いなのかそういう力としか認識されていないようだ。

 本質はばれていないみたいだな。

「はあ、帰ったらみっちり絞っとかないとな」

「はい、そうしてください。幼馴染として恥ずかしいですから」

「それじゃあ俺はもう行くね」

「はい、こんどこそさよならです」

(祐介さんばいばいなの)

「ああ、またね」

 そう言って俺はこの街で最初に見つけたホテルへと向かった。

 予約も入れられたので今日はゆっくり休もう。っと、その前に皆に連絡いれとかないと。

 心配させちゃったからな。

 俺は歩きながらそんなことをぼんやり考えていた。

    *

 ここしばらく穏やかな日々が続いた。

 美優希はまだ眼を覚まさないけど。そんなに不安を感じることはなかった。

 恭也達は零一に毎日鍛えてもらっているみたい。

 毎日三人ともぼろぼろになってるけど、すごく充実してるみたい。

 フィリスやシェリー達は漣さんをひっぱりまわしてるみたい。とても楽しそう。

 アイリーンはリーアとずっと一緒にいられてすごくご機嫌。

 そのうちアイリーンの抱き枕にされちゃうんじゃないかな。

 ゆうひは知佳や真雪さんたちとのんびりお茶をしてる。

 周りに一杯猫さんが集まってきてすごく楽しそうだった。

 わたしはまだ不安は残るけどラミアスとの約束もあるし、それに美優希に伝えたいこともある。

 だけど無理しないようにゆっくりといこう。また皆に心配かけたくないもの。

 わたしはいつものように美優希の様子を見に部屋へと入った。

 相変わらず美優希は眠ったまま。

「本当によく寝るね。いつか本当に牛さんになっちゃってもしらないよ」

「……それは嫌……です」

「えっ!?

 わたしの独り言に返事が帰ってきてわたしは慌てて美優希を覗き込んだ。

「美優希……。おはよう、よく寝たね」

「当分、眠れないと思います」

「あはは……もう大丈夫なの?」

「はい、ご心配をおかけしました」

「ううん、いいんだよそんなこと」

 そう言ってわたしは美優希を抱きしめた。

「私、どのくらい寝てました?」

「倒れてから三日くらいかな」

「我ながらすごいですね」

「うん、ほんとに牛さんになっちゃうんじゃないかって思っちゃったよ」

「あはは、それは怖いです」

 そう言って笑う美優希はいつも通りの美優希だった。うん、もう大丈夫だね。

「でも本当に無理しちゃだめだよ。美優希が倒れちゃったらわたし泣いちゃうよ」

「私だってフィアッセさんが倒れちゃったら泣いちゃいますよ」

「おあいこだね」

 それがおかしくて二人でひとしきり笑った。

 こんなふうに笑うのは少し久しぶりかもしれない。

 やっぱり誰か一人でもダメになっちゃったら駄目なんだ。

 皆が笑っているからわたしも笑っていられる。

 ひとしきり笑った後、美優希がぽつりと呟いた。

「私、祐介がやられちゃった時頭に血が上って、ただ憎しみだけで力を解放してしまった。あの羽はそんなことに使っちゃいけないのに……」

「あの六枚の羽のこと?」

「はい、あれは私の本当の力。ずっと昔にもう使わないと誓って封印したのに」

「でもそれは仕方がなかったと思うよ。だって大切な人が手の届かない所へ連れて行かれちゃったら悲しいもの」

「だからってあの力は、あの羽はそんな暗い想いを受け止めちゃいけないんです。あれは大切な誓いだから。エターニアとの思い出だからっ!!

 そう叫ぶ美優希は泣いていた。

「美優希……もういいよ、そんなに自分を責めるのはもうやめよう?」

「私はっ……私はだんだん解からなくなってきたんです。エターニアを犠牲にしてまでこの世界を守りたかったのか。エターニアに辛い思いをさせてまで使命をまっとうしたかったのかって」

「美優希、そんなに抱え込まないで。美優希は一人じゃないんだから、ね?」

 そう言ってわたしは美優希を抱きしめた。

「それに美優希がそんなに悲しんでいたらわたしも悲しくなっちゃうよ」

「あっ……」

 美優希ははっとしたように眼を見開いてそしてゆっくりと眼を閉じた。

「私、甘えてしまっていいんですか?」

「いいんだよ。いくらでも甘えてくれて、美優希がもう大丈夫って言うまでずっと傍にいるから」

 それを聞いて美優希は安心したように小さく体を震わせて泣いた。

 その時の美優希はひどく小さく見えて、今にも消えてしまいそうだった。

 だからわたしは願った。

 もっと強くなりたい。皆が守ってくれたようにわたしも美優希をエターニアを守れるように。この親子はあまりにも儚いから。

 ――あなたに守りたいもの、ありますか?

 そんな声をどこかで聞いたような気がした。

    *

 あたしは耕介さんが淹れてくれた紅茶を静香と二人ですすっていた。

 零一は相変わらずあの三人をぼこぼこにしてるけど。

 それなりに成果は上がっているみたい。

「なんだか平和ですね〜」

 そんなことをぽけ〜っとした顔で静香が呟いた。

「そうね、ここんとこ敵襲もないからね。まさに平和そのものね。……あら?」

 あたしはそれに相槌を打ちながら、ふと自分のケータイが自己主張をしているのに気付いた。

「誰からかしら。もしもし……っ!?ゆっ、祐介。あんた生きてたのね。今どこ?……そう、しばらくは帰れないのね。……ええ、解かったわ。ちゃんと伝えとく。……それから無事でよかった。早く帰ってきなさいよ」

 そう言ってあたしは電話を切った。

「あの…もしかして祐介さん」

「ええ、無事だったみたい」

「そうですか……。よかったです。あっ、じゃあ私皆さんに伝えてきますね」

「ええ、そうしてちょうだい」

 そう言って静香はソファから立ち上がってぱたぱたと駆けていった。

「ふう、一時はどうなるかと思ったけど。とりあえず一安心ね。あっ、母さんに連絡いれとかないと。探してくれてたからね。……それにしてもこの穏やかな流れの中にあるこの違和感、近いうちに何か大きなことが起きるわね。あたしも気を引き締めなくちゃ。祐介が帰ってくるまではここを守らないとね」

 そう言ってあたしはケータイのボタンを押した。

 



 あとがき

 こんにちは、堀江紀衣です。

 今回は比較的ほのぼのとしたお話です。祐介さんが放り出された先で知り合った人が真さんの幼馴染だったという衝撃的な出会いをはたしております。

麗奈「あの能天気男にあんな可愛い娘がいたなんてしんじられないわ」

佐祐理「しかも真さん、何気にえっちなことしてます」

真雪「誰にも気付かれずに覗くのは至難の技だと思うがな。それにしてもいい仕事してるな。今度はあたしも連れてってもらおう」

知佳「こらこら、なに中年オヤジみたいなこと言ってるの」

真雪「だってさあ、そろそろ新しい刺激がほしいんだよ」

麗奈「新しいといえば、紀衣が三枚におろされたわね」

佐祐理「そういえば零一さんにおろされてましたね。どうなったのでしょう」

紀衣A「どうも〜」

紀衣B「三枚に〜」

紀衣C「おろされちゃいました〜」

真雪「うわっ、本当に三枚下ろしになってる」

知佳「しかもちっさくて可愛い」

紀衣「うう、本当に三人になっちゃったよ」

麗奈「あっ、いたのね」

佐祐理「あはは、いつもの半分になってます♪」

真雪「ということは、あっちは半分を三等分したのか、なるほど」

紀衣「真雪さんなに納得してるんですか」

麗奈「まあいいじゃない。細かいことは気にしない」

紀衣「これが細かいことなんですかっ!?

佐祐理「それではあとがき物語、いってみましょう〜」

紀衣「わたしを無視しないでください」

 





ほのぼの〜。
美姫 「今回はほのぼのとしたお話だったわね」
うんうん。こういった感じのお話も良いな〜。
美優希も目を覚ましたみたいだし。
美姫 「本当に良かったわね」
うんうん。
美姫 「それじゃあ、今回はこの辺で」
次回も楽しみにしてます。



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