優しい歌 第2部 〜Remember memories ……永遠を越えて〜

 第1話 始まりをもう一度

    *

 俺は闇の中を漂っていた。

いつしかここに来たことがあるような気がする。いつだっただろう……。

 俺は結局負けてしまった。

 俺は何のために戦ったのだろう。そもそもどうして戦っているのだろうか……。

 今となってはもうどうでもいいことだ。もう終わってしまったのだから。

 ――あなたの戦いはもう終わってしまったの?

 誰だろう。そんなことはもうどうでもいいのに。どうして俺は気になっているのだろう。

 ――あなたはもう前へは進まないの?

 前へ進むことなんてもうできはしない。俺は倒れてしまったのだから。

 もう一人じゃこれ以上はできない。少し休ませてくれ。

 ――あなたは本当に一人なの?あなたは本当に一人だったの。

 俺は……。

 ――あなたはどうして戦ったの?

 それは……。

 ――あなたの戦いは孤独なの?

 違う、皆がいた。そうだ、俺を支えてくれる仲間がいたんだ。

 ――あなたは何を信じるの?

 俺が信じるもの。それは……。

 ――あなたに守りたいものありますか?

 俺には……あるっ!

 そうだ。

 俺はまた忘れかけていた。

 俺が戦う意味。支えてくれる者の強さ。全てを捧げたあの誓いを。

「ふっ、俺もまだまだ未熟だな。

 守りたいもの……。それはかけがえのない大切なもの。

 俺が強くなれるたった一つの温もり。

 誰だか知らないけど、こんな俺を叩き起こしてくれてありがとう。

 俺はこんなところで寝てなんかいられない。まだやり残したことがあるんだ」

 ――やっとやる気になったか。やれやれ、手間のかかる親父だ。

「えっ?」

 また同じ声が聞こえたが、今度はやけに棘のある物言いだった。

 しばらく辺りを見回していると、不意に一人の少女が現れた。

 だがその少女はここにいるはずのない存在だった。

「……エターニア」

「そっ、当たり。正確には親父達が記憶を封印したせいで置いてけぼりにされたエターニアの記憶の中の存在。気付いてたでしょ?本当のエターニアはまだ眠ってるわ」

「でも君はこうしてここにいるじゃないか」

「それはエターニアがそうしたいと思ってるからよ。記憶がないのに健気なことね」

「……すまない」

「そう思うんならちゃんと解決しなさいよ」

「ああ、解かってる。だからもう行くよ」

 ここをどうやって出るかは知らない。

 だけど体は知っているようだ。こうしろと頭に訴えかけている。

「ああそうそう、最後に言い忘れてた。エターニアが記憶を失くす前に伝言を頼まれてたんだ。“わたしは後悔してないよ。いつか皆がわたしを起こしてくれるって信じてるから。だから皆もあまり思いつめないで。お母さんが一番泣き虫だからお父さんがしっかり支えてあげて。一緒にまた歌おうってお母さんに伝えて。それじゃまたね”だそうだ。親よりもしっかりしてるじゃないか」

「ははは、そうだな。きっとエターニアは最初からこうなることを予想してたんだな。解かった必ず伝えるよ。それじゃいってくるよ」

「さっさとけりつけてこいよ。可愛い愛娘が待ってるんだからな」

「ありがとう。ああそうそう」

「ん?なんだ親父」

「君のことも俺は娘だと思ってるよ」

「ばっ、バカっ!!あたしのことはどうでもいいから、さっさといけ」

「はいはい、じゃあこんどこそいってくる」

 そう言って俺は光に包まれて掻き消えた。

「もう、親父の馬鹿……。でも、親父なんて言ってるあたしのほうが本当は甘えてるんだろうな。ありがとう。でも、あたしにそんな愛情注がなくていいんだよ。だってあたしは“ラミアス”。永遠を生きる神に定められた存在。“エターナルの方舟”と共に在りし者。エターニア、あんたは最初から全部知ってたんだね……」

    *

 ここはどこだろう?

 辺り一面見渡すかぎり木で覆われていた。

 私はあのあとどうなったんだろう。死んだのかな。ずいぶん無茶したからなあ。

 しばらくぼんやりとそんなことを考えていると、目の前に一人の少年が現れた。

――こんにちは。ここは人が永遠を求めてやってくる夢の世界だよ。天使さん。

 貴方はだれ?

 ――ボクはこの世界の案内人かな?それで君は何を探しにここへ来たのかな。

 私の探し物……。祐介。

 ――それが君の探し物なんだね。

 その呟きと共に彼は掻き消えた。

 その代わりに一人の少年が現れる。それは。

「祐介っ!無事だったのね……よかった」

 そこには祐介が立っていた。

「ああ、俺が大事な美優希を置いていくわけないだろう?さあ、帰ろう皆が待ってる」

 そう言って微笑んでくれた。

 けれど、その笑顔はどこか歪で……。

「さあ」

「う、うん」

 そうして手を取った瞬間、視界が真っ白に染まり何も見えなくなった。

 しばらくして視界があけると、そこは私達がいつも通っている学校だった。

「えっ!?なんで……」

「どうしたの美優希?」

 眼の前にはいつものメンバーが揃っていた。

「私達、黒服の男達と戦ってたんじゃ……」

「何言ってるんだ?俺達は毎日平凡な生活を送ってるじゃないか。少し退屈だけど」

「そうそう、こうなんか来ないかな?トカゲや鳥の化け物とか。そうしたら面白そうなのによ」

「あんたねえ、映画じゃないんだからそんなこと起きるはずないでしょ」

「まったくだ。横取の頭の悪さにも程がある」

「なんだよ零一、おまえだって切るものが少なくて困ってるんじゃないのか」

「ふっ、俺の敵はあの赤い奴だけだ」

「通常の三倍のスピードがあるんですよね?」

「静香、それは別の赤い奴でしょ。それにあれは丸くないわよ」

 そうやって皆が笑っている。何事もなかったかのように。

 まるで今までのことが夢のように思えてきた。

 ……夢?

 そうか、そういうことか。

「案内人さん。気持ちは嬉しいけど私が探しているのはこんな夢ではないわ」

 私の言葉に呼応するかのように世界が一瞬で砕け散り、元の森に戻ってきた。

 ――へえ、すごいね。でも、あれは君が望んだモノだよ?

「ええ、そうよ。平和な日常、ありふれた日々。わたしはそれを望んでいる。だけど、わたしはそれを夢見てるわけじゃない。だって、わたしは確かにこの手で掴んだんだもの。祐介と一緒に」

 ――でも、その彼は今はいない。その現実を君は直視出来るのかい?

「今はいなくても、彼は帰ってきてくれる。私はそう信じてる。ねえ、貴方は“信じること”を信じられる?」

――これはまたおかしな質問だね。

「“信じる”ということはね、その人達にとってはとてもつよい意味を持つの。不可能を可能に変えるほどの強さをね。私と祐介はそうやって壁を越えてきた。たとえ心が離れても重なることを信じて進んできたの」

 ――なるほど。彼が君達を選んだ本当の意味、少し解かった気がするよ。

 ならば、ボクも君達に賭けてみるとしよう。

「えっ?それってどういうこと」

 ――ボクは君達に興味を持った。こんなことは“折原浩平”君以来かな。

 その君の、君たちの想いの行く末を見届けさせてもらうことにするよ。

 そう言って彼から渡されたのは七色の宝石があしらわれた綺麗なペンダントだった。

「これは?」

 ――ボクからのささやかなプレゼントさ。いずれその宝石の意味を知るだろう。

「えっ?どういうことなの」

 ――その答えは自分で見つけて。

 まだ訊きたいことがあるのにどんどん意識が鮮明になり辺りが白け始めている。

 目覚めが近いのだろう。

「待って、まだ貴方に訊きたい事が」

 ――ボクは氷上シュン。道に迷ったときはいつでもここにおいで。君なら自分を忘れずにいられるだろうから。またボクに答えを示してほしい。そうすれば前へ進めるはずだよ。

「まっ……」

 まだ何か言おうとしたけど、一気に視界が白で覆いつくされてしまう。

 次の瞬間、体が宙に浮く感覚とともに意識が途切れた。

 ――君達に主神ゼフィリアの加護があることを祈っているよ。

    *

 あれから少し時間が過ぎた。

 美優希は未だに意識を取り戻してはいないけど、フィリス先生に診てもらったところ、命に別状はないとのことでとりあえず大丈夫そうだ。

 それよりも祐介のほうが気がかりだった。

 あれから一通り探してみたもののいっこうに見つかる気配はない。

 一応母さんのほうでも探してみると言ってくれたものの、期待はできないだろう。

 あの怪しげなバッタもいつの間にかいなくなっていたし。

 しばらくしてあたし達は他の皆に気付かれないように庭に出ると、これからのことを話し合うことにした。

「さて、これからのことなんだけど、皆はどうする?」

 そう言いながらあたしは皆を見回した。

「私は少し休みたいです。正直疲れましたし」

「俺も亀谷の意見に賛成だ」

「おい、零一!」

「高橋のことは気になるが、俺たちがこんなじゃ次敵が来たときに対処しきれない」

「くっ……。俺がもっと上手くやってれば……」

 零一の言葉に真が悔しそうに強く拳を握る。

「気持ちは分かるけど、今はあの二人を信じましょう。あたしたちはベストを尽くしたわ」

「……そうだな。悪い」

 そう言って頭を下げる真に顔を上げさせると、あたしは改めて全員を見回した。

「じゃあ、とりあえずはみんな休んでちょうだい。ただし、いつ敵が来ても良いように武器は携帯しておくこと。良いわね」

 あたしの言葉に全員が頷き、その場はお開きになった。

    *

 謎の敵襲から数日が経ったある日のさざなみ寮――。

 俺と美由希と美沙斗さんは虎中さんに呼ばれて庭へ出ていた。

 本当はフィアッセの傍にいてやりたいのだが、俺にできることはまたここが襲われたときに皆を守ることくらいだろう。

「今から三人の実力を試させてもらう。どの程度できるのか見定めてから一人一人みっちりと鍛えてやる」

 三人が集まったのを確認してから虎中さんはそう言った。

 彼は俺よりも年下なのに異様な貫禄を称えている。まるで何百年もいきた仙人のようだ。

「お〜い、三人とも頑張れよ〜」

「美由希さ〜ん、頑張ってくださ〜い」

「皆さんあまり無茶しないでくださいよ〜」

 いつのまにかギャラリー化している、真雪さんリスティさんフィリス先生神咲さん姉妹……数えるとけっこういるな。

 皆時間をもてあましているというか、フィアッセ達が心配でずっとここにいるのだ。

 優しい人達だ。

 だけどできることはそう多くないみたいでみんな正直退屈しているのだろう。

「ギャラリーが多いのはこの際しかたないか」

 少々顔を顰めつつ、そう言うと虎中さんはどこからか刀を取り出した。

「よし、それじゃあ始めるぞ。まずは美優希からだ。あとの二人はさがっていてくれ」

「え、えっと、お手柔らかに……」

 美由希は先の戦闘で虎中さんの実力を見ているせいか、少々顔を引き攣らせている。

 俺だって、正直あんな人とは正面切手戦いたくなどない。

「美由希はまだ体と剣が一つになりきれていないようだからな。剣は道具ではない。体の一部だ。それを掴むことが第一の目標だ、いいな?」

「は、はいっ!」

 相手の気迫に圧されながらもそう返事をする美由希。

 それを見ながら俺たちは黙って真雪さん達のいる所までさがった。

「ではいくぞっ!!

 俺たちがさがったのを確認すると、虎中さんが始まりの合図を告げた。

 美由希は二本のうち一本の刀を抜いて構える。

 対する虎中さんは構えを取らずにじっと立ったままだ。刀には一切触れていない。

 お互い一歩も動かずに睨み合っている。

「恭也、気付いてる?」

「ええ、美由希動けませんね」

「ああ、おそらく動いたら……負ける。しかも刀を使わずに」

「はい」

 俺と美沙斗さんは頷きあった。

 しばらくして痺れを切らしたのか美由希が飛び出した。そして直感した。

 ――負ける。

 そう思った瞬間、美由希は吹き飛ばされていた。

「……っ!?

 一体なにが起こったのだろうか?美優希自信解かっていないようだ。

 美由希は瞬時に体勢を直して再び虎中さんに肉薄する。

 こうなってしまったらもう止まれない。美由希は上段から切りかかった。

 しかしそれはいともあっさりと避けられてしまった。

 しかも狙いを逸らされている。動作の一部に貫と似ている部分があった。

 美由希はなおも切りかかる。

 横薙ぎ、下段からの袈裟切り、刺突。その全てが完全にかわされている。

 時々繰りだされる虎中さんの体術を必死でかわしているが、完全にかわしきれていない。

 いずれダメージが蓄積されて知らないうちに動けなくなっているだろう。

「そんな基礎的な技じゃない。もっと高度な技を見せてくれ。あんたが今まで学んできた中でも最高のやつをだ」

「はあ…はあ…はあ…はいっ!!

 美由希は深呼吸を繰り返して何とか息を整えると、射抜の構えを取った。

 やはりというか、美由希の使える技の中で最も完成度の高いのがこの射抜だ。

 小太刀を構え、突っ込んでいく美由希。

 自在に派生する斬撃を虎中さんは一つ一つ正確に、余裕を持って回避する。

 だが、俺は見た。

 右の連撃に隠れて虎中さんへと迫るもう一方の小太刀。その動きに俺は驚愕した。

 ――射抜・二連。

 右へと追いつき更に虎中さんを攻め立てるその刃の切れは右と比べても遜色ない。

 だが、それでも虎中さんは左右の小太刀から繰り出される突きのすべてを捌ききった。

「いい動きだ。まだ体にぎこちなさが残るが合格点だ。なら今度はどのくらいこちらについてこられるか試させてもらう」

 そう言って虎中さんが刀に手をかけ、構えをとった。

「彼が刀を抜くということは何かしてくるね」

「ええ、でもあの構えは……」

「うん、私も気付いてる。でも彼がそうであるはずはない。きっと私達と似たような物があるんだろうね」

 虎中さんの構え、あれは俺が得意とする技、薙旋によく似ていた。

 美由希も気付いているのだろう。少し困惑した顔をしている。

「これから俺が使う技に絶対に反撃するな。よけることだけを考えろ」

 虎中さんは俺が美由希に始めて薙旋を見せたときと同じ言葉を放った。

 それに美由希は戦慄する。

「いくぞっ!!“旋風”」

 そう言って、虎中さんは半瞬で間をつめると二本の刀を同時に抜刀した。

「……っ!!

 かきぃぃんっ!!

 腕をクロスするように振るわれた剣が美由希の両刀で受け止められた。

 だが、すぐさま次の斬撃――今度は右上からの袈裟切りと左下からの逆袈裟切りが同時に迫る。

 両方を受け止めようとしたところへ足払いを掛けられ、バランスを崩してしまった。

「うわっ……!?

 慌てて体勢を立て直そうと踏ん張る美由希。

 そこへ左右から挟みこむように来る斬撃。

「あつ……っ!!

 そのあまりの衝撃に腕が耐えられなくなり、美由希は思わず刀を取り落としてしまった。

「えっ?……うそ」

 美由希は体勢を立て直すために後へ飛ぼうとしたのだが、体が全く動かなかった。

 回転しながら虎中さんの二刀が美由希の首に迫り、寸でのところで止められた。

「――玄武破斬流奥義之六・旋風――つむじ――」

 その動きは大きく異なるが薙旋の流れと酷似するものだった。

「勝負あり……だな。なかなかの反応だった。素質はある、鍛えていけばかなりの高みへいけるだろう」

「ふう……。参りました」

「お疲れ、美由希。体のほうは大丈夫?」

「うん……。全身が痺れるけど、大丈夫だよ」

「そう、よかった」

「内臓には衝撃を通していないから大丈夫だとは思うが念のためフィリス先生にみてもらえ。体が治ったらみっちり鍛えてやる。とりあえず今は休め」

「ありがとうございます」

 そう言って美由希は美沙斗さんとフィリス先生に運ばれていった。

 運ばれていくとき美由希がものすごい痛そうにしていたが。

「まああれだけの衝撃をくらえば無理もないか。

 それにしても“旋風”か。……型は全然違うのに薙旋に似ていた」

 俺はずっと気になっていたことを訊くために虎中さんのほうへ向いた。

「虎中さん、今の技は……」

「何か心当たりがあるのなら俺からそれを汲み取れ。あんたなら解かるはずだ」

 虎中さんは平然とした顔でそう言った。

 どうやら俺達とまったく関係がないというわけではなさそうだ。

 いずれ聞けるのなら今は鍛錬に集中しよう。

 そうして俺は刀を握り虎中さんと対峙した。

 ちなみに俺と美沙斗さんも虎中さんにことごとくあしらわれてしまった。

 ……むっ、無念。

    *

 俺は気がつくとどこかの町へ出ていた。

「ここは……どこだ?」

 いかにも田舎といった感じの町である。

 どこかで見たことのあるような気がするのは気のせいだろうか。

 俺は所持品を確認した。幸い財布は持っていた、中身もそれなりにある。

「よし、とりあえず宿を探そう」

 そう言って俺は歩き出した。

    *

 私とリスティさんとシェリーさんは恭也さん達の試合を眺めながら数日前に起きた出来事について話していた。

 フィリスは美由希さんの手当てをしているみたいだけど……。

 何かゴキッとかバキッとかいう嫌な音が聞こえてくるが聞こえなかったことにしよう。

「ごたごたしてたけど、あれから何も起こらないね。あれで終わったとは思えないけど」

 リスティさんが火のついていないタバコをくわえて呟いた。

「ええそうですね。奴はまたフィリスを狙ってここへ現れるでしょう」

「そうなったら君はどうするんだい?」

「当然、戦います」

「……何か隠し玉を持ってるみたいだけど、そのままじゃまたこの間の二の舞だよ?」

「それでも戦います」

「ねえねえ、最初に出会った時の姿には戻れないの?あの変態がそっちのほうが強いみたいなこと言ってたよね」

 今まで黙っていたシェリーさんが口を挟む。

「そうですね。あれが本来の私の姿ですから、消耗した力が完全に戻れば元に戻れると思います。でもそれは今ではかなわないことだと思います」

「どうして?」

「体に負った傷と長い間封印されていたせいで、力そのものがかなり失われているからです」

「力を取り戻す方法……あるんだろ?」

 リスティさんが眼を細めて言った。

 だが、私は視線を一瞬だけフィリスに向けて首を横へと振る。

「……いいえ」

 するとリスティさんが額に手を当てて溜息を吐いた。

「……あのさ、君も嘘をつくの下手なんだから観念すればいいのに。あるんだろ?力を取り戻す方法。そうだね、……フィリスの協力があればできるとか」

「……リスティさんにはかないませんね」

「えっ!?そうなの」

 対照的にシェリーさんは全然気付いていなかったようだ。

 まあ気付かれないようにしたのだから当然といえば当然か。

 でもリスティさんは眼がいいからな。

「顔に書いてあるからね。それでどういう方法なの?」

「以前フィリスに通魂の儀を施したのを覚えていますか?」

「ああ、あのむちゅーってするやつね」

「ああ、あの時の」

 リスティさんはにんまりと、シェリーさんは何を思い出したのか顔を赤くして頷いた。

「あの時に移した魂を元に戻せば私の力は回復するはずです」

「じゃあその魂を元に戻せばあの変態とも戦えるんだね」

 喜ぶシェリーさんとは裏腹にリスティさんは厳しい顔をしていた。

 どうやら気付いているようだ。

「シェリー、そう喜んではいられないと思うよ」

「えっ?どうして」

「別の器に宿った魂は元の器には決して帰らない。それを無理矢理元の器に戻すということはその器から魂を奪うということなんだよ。今回君が心の内を見せなかったのはそういうことだろ?」

「他人から魂を奪い取り自分の力を回復させる。それが“略奪の儀”というものです。そして魂を奪われた者は……」

 それが何を意味するのか二人とも理解しているのだろう。辺りには思い沈黙が下りた。

「……ですがもう一つの方法もあります。命を奪わずに力を取り戻す方法です」

 それを聞いてリスティさんとシェリーさんはぱっと顔を輝かせた。

「それを先に言ってくれ」

「そうだよ漣、驚かさないでよ」

「それでどんな方法なんだい」

「それは“連魂の儀”といって、二つの器の魂を一つにすることで力を得るという方法です。しかし、それは他人を自分の運命に引きずりこむことにもなります」

「それじゃあ……」

「連魂の儀を使えばフィリスを私の運命の輪に引きずり込んでしまう」

「でもフィリスは君を愛している、君の思いに応えてくれるはずだよ。人の思いはそれほど弱くはない」

「だけど私はまだ踏み出せずにいる。人は変わっていくものだから十年先、百年先。私とフィリスが共にあることができるのか解からない」

「それでもフィリスのこと好きなんだろ?」

「はい。私はそう望んだからこそここにいます」

「だったらさ。そんなに先のことなんてどうでもいいじゃない。今どう思ってるかが大事だよ。そりゃ、永遠なんてボク等にはないけど、未来のことより今漣がどう思ってるかが大事だと思うよ」

「そうだよ。悩んで動けなくなるよりは今したいと思ったことをしたほうが良いって」

「おまえはちょっと暴走しすぎだけどね」

「なんか失礼な言い方だな」

「はは……」

「おやっ?」

「あれっ?」

 思わず吹き出してしまった私を見て、二人は不思議そうに首を傾げる。

「ははは……すみません。なんだかおかしくなっちゃって。二人を見てると悩んでいるのが馬鹿らしくなってきました」

 本当になんて暖かい人たちなんだろう。まるで自分の中の柵がとけていくみたいだ。

 私は繋がれていた鎖から解放されるような清々しさを感じていた。

「うん、うじうじ悩んでるより当たって砕けるほうがいいからね」

「砕けてどうするのっ!!

 そんなリスティさんにつっこみを入れるシェリーさん。

 そこへフィリスがやってきた。美由希さんの手当てが終わったようだ。

「なんだか楽しそうね。あら、漣。なにかいいことでもあった?」

「えっ、どうして?」

「今すごくいい顔してるよ」

「そう?」

「うん」

 おそらくそれは優しい人達に教えてもらったからだろう。

 人は変わっていくもの。だけど変わらないものもある。

 長い間眠り続けて薄れてしまったそれを、彼女たちは思い出させてくれたから。

    *

 祐介が行方不明になって、美優希が倒れてから数日が過ぎてしまった。

 美由希は未だに眼を覚まさない。

「美優希、いつまで寝てるの?皆心配してるよ」

 わたしはずっと美優希の傍についていた。

 目覚めたときに誰かがいれば安心できるだろうから。

「なあ、フィアッセ。少し休もう?美優希ちゃんはうちがみとるから」

 時々、ゆうひがやってきてわたしのことを心配そうに見るけど。

「ありがとうゆうひ。でもわたしは大丈夫だから」

 最近すこしだるい感じがするけど、でも大丈夫。皆にこれ以上心配はかけたくないのだ。

 ゆうひはまだ何か言いたそうだったけど、何も言わずに部屋を出て行った。

「あんまり寝てばかりいると牛さんになっちゃうんだよ。早く起きて」

    *

「あっゆうひちゃん、どうだった?」

「あかん、どうあっても自分で面倒みるつもりや」

「そっかあ、フィアッセ美優希ちゃんと祐介君のこと気にかけてたからね」

 ここはさざなみ寮のリビング。

 ゆうひ、知佳、愛、アイリーンそれにリーアは頭を抱えていた。

 話題はもっぱらフィアッセをどうやって休ませるかというものだった。

「でもフィアッセちゃん、あれからずっと休んでないんでしょ?いくらなんでも疲れてるはずよ」

「うん、そのはずなんだけど。フィアッセって昔っからそういうの無理して隠そうとするじゃない」

「そやな、今回はちょいと背負い込みすぎやな。うんっ、うちもう一回行ってくる。それでゆうこと聞かへんかったら無理矢理にでも連れてくるから」

「うん、ゆうひちゃん頑張って」

「おお、任しとき」

 そう言ってゆうひはリビングを後にした。

    *

 わたしは真っ暗な空間を彷徨っていた。

「ここはどこだろう?」

「ここは夢と現実の狭間よ」

 呟きに答えが返ってきた。

 驚いて振り返ってみるとそこには一人の少女が立っていた。

「あなたは?」

「あたしはラミアス。ここに親父以外の人間が来るなんて珍しいこともあるのね。それともエターニアが呼んだのかしら」

「エターニア……。貴方は彼女を知ってるの?」

「知ってるもなにもあたしはずっとあの子と一緒にいるからね。大体のことは解かるわよ」

「エターニアは今どうしているの?」

「今も歌い続けているわ、この世界でもね。それよりなんでエターニアのこと知ってるの?……もしかしてあなた、フィアッセって人」

「そうだけど。どうしてわたしの名前を知ってるの?」

「なるほど……確かにエターニアの言ってた通りのかんじね。ということは……舵を取れるのはこの人かもしれないわね」

「ねえ、貴方はエターニアとお話できるの?」

「出来るわよ。あたしはエターニアの中に存在してるから。でもあなたは直接エターニアと話ができるでしょ?たぶん自覚はないと思うけど。今だってあの子に声を届けることはできるのよ。あなたがそうしたいって願えば」

「そっか、じゃあ試してみるね」

「うん、そうしてあげて。あなたの話をするときのあの子はとても楽しそうだから」

 わたしは頷いて、そっと言葉を心の中に溶かすようなイメージを浮かべた。

 しばらくするとエターニアの歌声が聞こえてきた。

 まだ悲しさの残る響きだけど、以前聞いた時よりはだいぶ暖かい感じになっていた。

 わたしはそっとエターニアに語りかけた。

「(エターニア)」

 その途端、ぴたりと歌がやんだ。

 同時に辺りの景色が一転して、大木の立つ広場へと変わる。

「ここは?」

「ここは今のエターニアの心の世界。今までこんな風景は見たことなかったのに。あなたの話を聞くようになってからいつのまにかこんなことになってたの。あなたがエターニアの心に新しい息吹を吹き込んでくれたから」

「わたしはそんな、ただお友達になりたかったから」

「ふふ、そういう暖かさは好きだよ。エターニアが気に入るわけだ」

「もう、からかわないでよ」

「わるいわるい」

 わたしがそんな会話をラミアスと交わしていると、不意にエターニアの声が聞こえた。

 声のしたほうへ振り向くと、大木の傍にエターニアが佇んでいた。

「(フィアッセ)」

「(エターニア、久しぶりだね)」

「(ずっと会いたかった)」

「(わたしもだよ)」

 そう言ってわたしはエターニアの元へと歩いていって、彼女をそっと抱きしめた。

 その体は氷のように冷たくて……。わたしは思わず抱きしめる腕に力を込めた。

「(フィアッセ、暖かい。不思議な感じがするの。フィアッセにこうされるといつもそう。この気持ちはなに?)」

 それはとても幸せそうな笑顔だった。

「(それはね、幸せっていう気持ちなんだよ。幸せだと自然と笑顔になれるの)」

「(しあわせ、えがお。……何か懐かしい)」

「(えっ!?エターニア記憶が戻ったの)」

「(ううん、今のわたしにあるのは歌とラミアスとフィアッセとフィアッセがくれた“しあわせ”と“えがお”だけ。でもね、ほんのすこしだけ思い出したことがあるの。それはずっと昔に今のフィアッセみたいにしてくれた人がいたってこと。それが誰なのかは解からないけど、すっごく大切な人のような気がする)」

 わたしはそれを聞いて、それはあなたのママとパパなんだよって言ってあげたかった。だけどそれは言えない。だってエターニアにはあの人達の記憶がまったくないのだから。

「(そっか……。少しづつ思い出せるといいね)」

「(うんっ!!)」

 今はこれでいい。今の彼女に必要なのは過去の記憶でなく暖かな温もりなのだから。

 わたしは目覚めが近いのを感じて、エターニアの頭を優しく撫でながら言った。

「(だから、早く起きてね。じゃないと一緒に歌えないよ。もっとたくさんお話したいから)」

「(もう行っちゃうの?)」

「(大丈夫、ずっと傍にいるから。だから目覚めたときは“おはよう”って言うんだよ)」

「(うん、解かった)」

 そう言ってエターニアはにっこり笑った。

 わたしも笑い返してからラミアスのほうへ向き直った。

「もう行くのか?」

「うん。ここへは半ば気を失う形で来ちゃったから、皆が心配してる。それに、美優希も心配だし」

「そうか。エターニアの目覚めはそう遠くない。その時はよろしく頼む」

「そうだ、ひとつ聞いてもいい?」

「なんだ?」

「さっき舵を取れるのはわたしかもしれないって言ってたよね?それってどういうことなの」

「そうだな。せっかくだから話しておこう。エターニアがこの世界を支える中枢であることは知ってる?」

「少しだけ聞いたよ。でも、詳しくは知らない」

「そうか。この世界はねラミアスの柱という大きな柱によって支えられてるの」

「ラミアス……、もしかして」

「察しがいいね。そう、その柱の中核があたし、神様に定められてずっとこの世界を見守ってきた存在」

「でもラミアスはエターニアの中の存在なんじゃなかったの?」

「今はね、でも昔は違ったの。大昔に聖邪戦争ってのがあってね、その時に柱が破損してバランスを保てなくなったの。でも神様はそんな時のために用意していたものがあったの。それがエターニア。エターニアは本当は“エターナルの方舟”って言う、この世界を載せた大きな船なの。この世界が他の世界に巻き込まれたり、全ての世界の外側“混沌の海”で世界が溺れないように守っている存在。だから今ここにいるエターニアはその方舟の人格に過ぎないの」

「それでもエターニアはエターニアだよ。どんなに離れた場所にいてもどんな姿をしていてもエターニアの心はここにある。それが全てだよ」

 まるで否定的なことを言うラミアスに、わたしは彼女の目を見てきっぱりとそう言った。

「その目。……あなたはもしかしたら“セイント・ハート”の後継者なのかもしれないな」

「えっ」

「何でもない。……あなたになら、エターニアを任せても大丈夫そうだな。この子は世界そのもの。そこにある全ての人の思いを受け止めてしまう。だから、エターニアを守ってあげて。この子が悪意に負けないように」

「解かった。エターニアは絶対に守るよ」

「さあ、目覚めの時間だ。あなたのいるべき世界へ帰るといい」

 ラミアスがそう言った瞬間、わたしの視界が真っ白に染まった。

 ――フィアッセ、あなたに会えたことを嬉しく思う。

 ラミアスの最後の言葉を聞き終わる前に、わたしは夢から覚めていった。

 この先なにがあってもエターニアは守る。それがラミアスとの約束だから。

 



 あとがき

 こんにちは、堀江紀衣です。今回は敗戦から数日後のお話です。美沙斗さん達が零一さんにぼこられて、祐介さんが娘に発破をかけられて闇の世界から戻ってきたりフィリスを巻き込みたくなくて漣さんが優柔不断になるなどと散々なお話です。

麗奈「あんた、よくそんなこと書けるわね。あとであんたが零一にぼこられるわよ?」

零一「後で三枚卸だ覚悟しておけ」

紀衣「ひいぃぃぃぃっ!!

知佳「でも祐介君は親としてはだめだめさんだよね」

真雪「まったくだな。ったく、自分の女置き去りにしてどこほつき歩いてんだか。これで誰か女連れて帰ってきたらただじゃおかないからな〜」

紀衣「あっあはは……。(じつはそういう予定なんです。もちろん彼女ではないですよ。彼女達がある人物に会うためについて来るのです)」

知佳「しかも複数だって」

真雪「うわっ、最低だな」

紀衣「あわわっ!?知佳さんかってにわたしの心を読まないでください」

佐祐理「でもそうなるんですよね?」

紀衣「あっあう」

佐祐理「それじゃあ罰として紀衣さんが誰かにおいしく頂かれてきてください」

紀衣「えっ?」

麗奈「そうそう、忘れるところだった。こんかいはそういう話だったのよ〜。ふふふ、楽しみだわ〜」

 麗奈、何を想像したのか顔を赤らめてうっとりとしている。

紀衣「ちょちょっと待って」

佐祐理「それではあとがき物語二つの伝説〜運命(みち)を行く者〜第2話の始まりです」

紀衣「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――――!!!!!!

 





遂に第二部の幕が開ける。
美姫 「それぞれがそれぞれに出来ることを精一杯し、悩んでいるのね」
その中にあって、フィアッセにも何かあるのか!?
美姫 「その辺りも気になるわよね〜」
一体ぜんたい、次回はどうなる!?
美姫 「次回も楽しみに待っていますね〜」
ではでは。



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