Dripping of the moon

第一楽章「皐雪」

@

津守睦

 「お父さん、用事って何?」

 夕食後、私は弟の静也と共に、父の部屋に呼ばれた。

 父の部屋は相変わらず片付いていた。肝心の父は机に向かって何かを書いていた。その姿は、“お父さんが和装で机に向かっていると、明治あたりの文豪に見える”と言った末の妹の言葉を肯定したくなった。それ程に父が机に向かっている姿が様になっていた。

「来たか。適当に座ってくれ」

 父は私達が座るのを横目で見ながら、二つの手紙らしき物と、長めのジュラルミンケースらしき物を私達の前に置いた。

 「これを、さざなみ寮の耕介さんに届けて欲しい」

 父はジュラルミンケースの様な物をトントンと叩いた。

 「これは?」

 私は率直な疑問を口にした。

 「耕介さん関係だと…神咲絡みですか?」

 確かに、神咲一灯流の退魔師でもある耕介さんに届け物と言えば、そっち系の物である可能性が高い。父は弟の質問を肯定するように頷いた。

 「これの中身だが平安時代に製作された剣だ。詳しい話は言えん」

 「解りました」

 多分、この剣は父の仕事関係の人物が所有していた物だろう。仕事関係なら私達が知って良い事では無い。私は静也と目を合わせ、ジュラルミンケースの取っ手を掴むと立ち上がった。静也は手紙を手に取る。

 「じゃぁ、行って来ます」

 「待て」

 父が私達を止めた。

 「念のために武装して行け、何が起こるか分からんからな。それと、状況如何ではそのまま持ち主に返還と言うことも在り得る。進級祝いに仕立てたのがあっただろ?ソレを着て行け」

 「分かりました」

 私達は着替える為にそれぞれの部屋へと向かった。

 「……俺も、甘いな」

父が自嘲ぎみに呟くのを背中で聞いた。

 

 私が自室に戻ると、ベッドの上に着替えと装備一式が置いてあった。家の使用人は相変わらず準備が良い。

 私は着ている物を全て脱ぎ、新品の下着を身に着ける。

 仕事の時には必ず新品の下着を身に着ける。これは父がしている事である。病院に担ぎ込まれた時に恥を書かない為で、武人の嗜みの一つであるらしい。なので、父の弟子である私も真似をする事にしている。

 絹のワイシャツに袖を通し、黒のタイトなパンツを身に付ける。このパンツとジャケットは進級祝いに父と母からプレゼントされた特注品で、防刃抗弾繊維が編み込まれている。母は私にはタイトスカートをと考えていたのだが、私が泣いて拒否したのでそれは回避された。

 そう言えば、ズボンとパンツって見た目はそんなに変わらないと思うけど違いって何だろう?そんな事が泡のように頭に浮かんだ。

 パンツのベルトを締め終え、装備を身につける。父から習った、目立たず、取り出し易い装備の装着方法で武器を身に付ける。適時に武器が取り出せるのを確認して、紺のネクタイを締め、ジャケットを羽織る。

 「よし」

 気合を入れて部屋を出た。

 「姉さん」

 静也が濃紺のスーツを着て待っていた。左手には先程のジュラルミンケースが握られていた。そのジュラルミンケースは鈍く光る銀の手錠で、静也の左腕に繋がれていた。

 「如何したの、その手錠?」

 手錠を指差しながら私は尋ねた。

普通の人間は手錠なんて持たない、持とうとも思わない。私達が普通であるかと聞かれると言いよどむが、一般的な趣味嗜好を持つ人間ならば、手錠なんて持っていない。それを持っている我が弟は、アブノーマルな趣味嗜好を持っている人間である可能性が高い。

“人様に迷惑が掛かる前に始末した方が良いのでは?”と、私は結構本気で考え始めた。

「これは、母さんに借りた」

静也はそう答えると私に手錠の鍵を投げて渡す。私はソレを受け取り、体のある部分に隠す。金属の冷たさに体が震える。

あの親は息子に何を渡しているんだと思うが、確かに母なら手錠の一つや二つ持っていても変ではないと納得してしまう。納得できる母を持つことについてはノーコメント。

「あれ? タ、タイトスカートじゃないんだ」

愚弟は、狗の肉を羊の肉として販売し利益を得た商人か、対立する二つの勢力双方に武器を売り飛ばす武器ブローカー、悪役専門の役者の様に歪んだ笑みを浮かべながら言う。

やはり、この愚弟は冥府に送ったほうが良さそうである。殺して泣く女が出るかもしれないが、その時はその女も冥府に送れば良い。あぁそうだ、後腐れが無いように、女の方は三族皆殺しにすれば良い。そうだ、それが良い。

「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ」

ふと正気に戻ると、静也が物凄い勢いで土下座をしていた。最近読んだ一冊の本の影響か、残忍な思考が割りと簡単に浮かんで来る。危険な傾向だと自覚はしている。注意しよう。

何故、あの本が世界中の多くの人々に読まれているか理解に苦しむのだが、この話を詳しく考えてはいけない気がする。要らぬ苦労をしそうだし、宗教が絡むと人は冷静で居られなくなる。そして何より、火の中の栗を好んで拾いに逝くのは馬鹿がすることだ。無論、私は馬鹿では無い。

「母さん、悪趣味だよ」

私は柱の影に隠れる振りをしている母に言う。冷静に考えれば、私の事を一番良く知っている静也がこんな事を言うはずが無い。弟にこんな事を言わせる人物は、この家では母しか居なかった。

「ゴメン、ゴメン」

母は悪びれず言う。その謝罪は私に向けたのか、それとも静也に向けてなのかは判らなかった

私は深い溜息を漏らした。

「緊張は解れた?」

その言葉に私はハッとした。気が付けば、体が軽くなっている。

「私……緊張してたんだ」

私は呟いた。緊張している自覚はなかったが、思えば妙に神経質で怒り易かったのにも納得がいく。

「ありゃ? 気づいてなかったの?」

「部屋を出たときから緊張していましたよ」

母は驚き、弟は呆れた様に私に言う。

「その…ありがとう。母さん」

確実に私の顔は真っ赤になっている。あぁ、母さんと静也が微笑ましい目で見ている。穴が在ったら入りたいとはこう言う気分なのだろう。

 母が獲物を前にした狼の様な目をしている。どうやら私は、出陣前に消耗しきる運命らしい。

「忍、雫をからかうのはそれ位にしておけ」

 進退窮まった私の前に、父と言う名の救世主があらわれた。

「何よ〜、子煩悩の癖に恥かしがりやの恭也に代わって、忍ちゃんが愛する長女の緊張を解してあげたのに」

母が両頬を膨らませて拗ねる。三十路を越えても二十代、下手したら十代で通る美貌なのは良いが、少し年を考えて欲しい。いくら老化が緩やかな体といっても……ねぇ……

「それについては礼を言うが……」

父が反論し、母と言い争いと言うか、じゃれあいを始める。結婚して十七年は経っているのに未だに新婚気分とはどう言う事だろうか? 強制的に見せられる此方の事も考えて欲しい。

「姉さん」

静也が小声で私に呼びかけ、目で訴える。

“終わりそうに無いんで、無視して行きましょう”

“了解”

「それじゃぁ」

 と、母たちに声をかけて家を出ようとしたその時、母は私達の肩を抱いた。

「行ってらっしゃい。必ず帰ってきて、ただいまを言うのよ」

「はい!いってきます」

こうして、私、月村雫の初陣は始まった。

 

「恭也」

子供たちの出陣を見送った忍は、愛すべき夫の腕に抱きつく。

「忍?」

「襲撃が有るのって、嘘でしょ?」

妻の問いに、恭也は憮然とした顔で答える。

「襲撃されるとは言っていない、襲撃が有る“かも”しれないと言った」

別に嘘は言っていないと言う風な顔をする夫に、忍は呆れた。

「お互い、子供にはとことん甘いのね」

忍の問いに、恭也は無言で頷いた。

 

見慣れた街をフル装備で歩くのは、なかなか新鮮な感覚だと思う。非日常を内心に抱いて、日常の街を歩く。町並みが全く違って見える。あまり経験したくはないんだけど。

 横で“心”まで使って周囲を警戒している姉を見る。

 “姉さんは真面目だよね”

 と思うが、

 “もう少し頭を使おうよ”

 とも思ってしまう。

 今回は、襲撃される事は殆ど無いだろうと考えている。この場合の襲撃とは、“ケースの中身を狙った襲撃”である。“姉と自分を狙った襲撃”は有ると考えている。

 さざなみ寮へのお届け物は本当だと思う。しかし、荷物を狙った襲撃は嘘で、それを口実に父は自分と姉を実戦で鍛える魂胆があるのではないだろうか?

襲撃の人員は恐らく、父の妹、自分達からすると叔母とその夫、知り合いの忍者か、幼馴染の二挺拳銃女社長、その夫の予備役大佐に頼んで用意するのではないかと、父の交友関係から推測する。しかし、何と言うか、ドンパチ要員が簡単に揃えられる人脈を持っているのが父らしいと、これからその世界に身を投じて行く身分ながら考えてしまう。

 「静也、ちょっといい?」

 最悪の場合は父自ら襲ってくる事だなと、思考を巡らしていた為、姉への反応が少し遅れた。

 「……何?姉さん」

 「静也って、好きな娘って居ないの?」

 「………はい?」

 この姉はなんでこのタイミングでその質問をするのか?

 1:弟の緊張を解す為

 2:自分を落ち着かせる為

 3:弟と禁断の愛を育む為の告白

 4:ただ単に気になったから

 3は論外として、1と2を実行する為に4を選択したと見るべきだろう。

 「姉さんは居るの? 姉さんもてるから、一人や二人居るでしょ?」

 質問に質問で答え、話をはぐらかす。

 「私を好きになるような物好きは居ないわよ」

 母と交際する前の父の口癖と全く同じ台詞を口にする姉、鏡を見ろと言いたい。身内である点を差し引いても、姉は美人であると思う。

 「姉さんが自分をどう思うおうと勝手だけどさ」

姉に対して聞えるように呟く。自己を必要以上に過小評価している姉に愚痴の一つは言おう。

 「何よその言い方」

 愚姉が頬を膨らますが、それを無視する。

 「この前、下級生の女の子に屋上で告白されてなかった?」

 我姉、月村雫は学校ではそれなりに人気である。面倒見が良い為か同姓にも人気がある。異性については、“あの”父と母の遺伝子を受け継いでいるから言うまでも無い。さらに、この姉は人見知りをするタイプで、学校などではあまり笑顔を見せなかったのが、最近は友人たちの力もあり、学校でも良く笑顔を見せるようになった為にファンが急増した。そして、不良に絡まれた友人を助ける為に大立ち回りを演じた事が、月村雫の校内美女ランキング上位を不動の物とした。今では“ヴァルキリー”等と呼ばれて居るらしい。尤も本人は知らないようだが。

 「あれは…ねぇ」

 姉が少し苦い顔をした。良かった、姉はレズビアンでは無いらしい。色恋沙汰が全く無い長女を心配した母に“もし雫がレズだった場合には実力行使してでも真っ当な道に戻しなさい”と言われ、如何した物かと悩んでいたので、少し気が楽になった。

 何で姉の色恋沙汰で、自分が悩まなければいけないのだろうか?世の中不条理である。

 

 「そう言えば、霧島さんと、山岸さん、それに氷室先輩が静也を狙っているって話だけど。本当はどうなの?」

 「え!? 眞菜と麻由美が出てくるのはいいとして、何で氷室先輩が出て来るんですか?」

 静也は真っ赤になって言う。はぐらかそうとするのでカマをかけてみた所、面白いように反応してくれた。

 霧島眞菜と山岸麻由美。この二人が静也の思い人で間違いないようだ。それにしても、対照的な二人である。二人とも私と親しい事は同じであるが、眞菜は積極的で麻由美は消極的な娘だ。

 「ハメられた!」

 「ハメるのは貴方でしょう」

「姉さん下品」

 「事実でしょ?」

 「それは……その……」

 静也は俯き無言となった。あぁ〜これはクロだ。弟は男に成った様だ。

 「責任取りなさいよ」

 私の問いに、静也は今までで一番真剣な顔をして答えた。

 「無論です。例え、骸の山を築く事に為ろうとも」

 「後半部不要だと思うけど…まぁ、いいわ。この話はコレでお終り」

 「不要ですかね?……そう言えば今度、眞菜と麻由美が家に来るそうです」

 「またミニライブ?」

 私の問いに静也が頷く、この三人の意外な共通点が音楽である。眞菜がピアノを弾き、静也がヴァイオリンを奏で、麻由美が歌を歌う。三人だけのミニライブを静也達は定期的に行なっていた。

 以前は高校の音楽室で行っていたのだが、口コミで評判が伝わり人が押しかけて来る様になり、設備が整っている我が家で行われる様になった。

 このミニライブの家族のウケは良い。それ所か、父の姉的存在である世界的歌姫の御方からも賞賛を受け、特に麻由美はCSSに持ち帰り、自分の手で鍛えたいと言わしめるほどであった。

 「後、眞菜が手合せお願いだって」

 「了解って伝えて」

 そう、眞菜が得意なのはピアノだけでは無い。彼女はとらハシリーズにはお馴染みの、格闘少女である。……………………………っは!今、強力な何かが、頭の中を通過していった気がする。

眞菜は格闘技をやっている。だが、空手などではない。知名度ではマイナーと言うか、格闘技のジャンルに入っているか、いささか疑問ではある。

 徒手格闘、日本拳法を主体とした総合格闘技―陸上自衛隊が開発した格闘術―を霧島眞菜は修めている。彼女の父が特別職国家公務員―ハッキリ言うと陸上自衛官―で、徒手格闘の教官をしていて、その父から指導を受けている。何で彼女が徒手格闘を修めているかは知らない。誰にでも秘密の一つや二つはある、女は特にそうだ。だって、秘密は女を美しくするから。

 「柄じゃ無いわね」

 静也に聞えないように呟く、本当にらしくなかった。

 

 国守山の登山道に入った。ココまで来るのに二時間半、こんな事ならノエルに車で送ってもらうべきだったと後悔した。

 「百里の空自も休み無しか…」

 頭上、遥か上空をコントレールを曳いて飛び去っていく二機編隊の機影を見上げながら、静也が呟く。その横顔は何処か儚げで、性別以外は私と遺伝子的に変わらない筈なのに、何処か遠くに居るように感じた。眞菜と麻由美が以前言っていた“結び付けておきたい雰囲気”の意味がやっと理解できた…………なんで、儚げな表情をするのだろうか?この弟は……………心労が一つ無駄に増えた気がする。

 「てぇい!」

 ムカついたので、“徹”付きの手刀を“貫”を使って叩き込む。御神流を無駄に使っている気もするが、気にしない。父も似たような事を美由希さんにしていたらしいから。

 「痛!」

 私の手刀を左手で受け止めた静也は顔を歪めて左手を振っていた。モロに“徹”を喰らっても振るだけで済むのは、夜の一族の血のお蔭か……もっと強く込めておくべきだった。

 「何するんですか!」

 「煩い、黙って殴ら……!!」

 背中に悪寒が走り、異様な気配の接近を察知した。

 思考を戦闘モードに切り替え、右手で小刀を引き抜く、静也は自由に動かせる右手で自分の愛刀『時雨』を抜刀している。

 「姉さん!」

 静也の呼びかけを無視し、弟の盾となる為に彼の前に出て、左手で愛刀『霞』の柄に手をかけた。

 来る!

 と、思った瞬間に、私達は強烈な光に呑まれ、意識を失った。

 

続く

 

後書き

 

     津守睦「はじめまして、津守睦です」

     ?「アシスタントのトムキンズ・T・ナミキです(以下、トム)」

     睦「この作品は、忍&那美エンド、十数年が経過した世界を舞台としています」

     トム「忍エンドは判りますが、&那美?」

     睦「“皐雪”ではまだ秘密です。第二楽章には明らかになると思います」

     トム「そうですか」

     睦「この“Dripping of the moon”シリーズは、月村雫を主人公に進めて行きます」

     トム「そう言えば、雫と静也は一卵性双生児ですか?」

     睦「イエス、〜〜双生児って言う。極めて稀な例です」

     トム「それにしても、霧島眞菜に山岸麻由美…霧島マ…」

     睦「ダメ!二人の名前の方を片仮名にしては」

     トム「log(了解の意)しかし、両方ともマイナーヒロインですよ。特に後者はサターン版のオリジナルヒロインですし、前者と違ってリメイク版も出てませんよ」

     睦「そうよね。せめて、育成計画に出てくれたら…ねぇ」

     トム「死んだ子供の年を数える様な事はもう終わりにしましょう」

     睦「そうね。トム、これを浩さん達に届けて」

     トム「何ですか?このジュラルミンケースは」

     睦「シノギをさせて頂くんだから、それなりの挨拶は必要よ」

     トム「シノギって、この場合はショバ代じゃないですか?…と言うか、ヤクザみたいな物言い、止めた方が良いですよ」

ガチャ

     トム「100$札!これだけ有ればキャディラックの新車が買えますよ………アレ?(小声になり)これって、スーパーKじゃないですか

     睦「流石在日CIA、良くわかるね。私には全然判らないよ」

     トム「勝手にカバーを剥がさないで下さい!」

     睦「いいから、それ届けてきてね」

     トム「log

     睦「それでは皆様、“皐雪A”でお会いしましょう」

 





という訳で、投稿ありがとうございます。
美姫 「ございま〜す」
とらハ3から十数年後の世界。
そこで繰り広げられる新たな物語。
美姫 「果たして、それはどんなお話しなのかしら」
雫や静也がどんな風に動いていくのか、楽しみです。
美姫 「次回も楽しみに待ってますね」
待っています。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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