まえがき
基本的には短編版と同じ注意です。
なのはが主役ですが、このなのはは色々な意味でかなり壊れている上、計算高く、黒いです。
なのははかわいくて素直じゃなくちゃダメだ! という方は読まないでください。
これを呼んでどんな気分になっても責任はとれません。そのへんを覚悟の上でお読み下さい。
短編版よりも軽くしていますが、短編版で拒絶反応が出た人は特にです。
それはいつの日だったのか。
その想いが生まれたときは。
遠い日であったのか、それともごく最近であったのか。
だがたぶんそれは純粋であり、いつかは小さくなっていく想いであった。
なぜなら彼女はまだ幼くて、これからたくさんの人たちと出会っていく。
まだ彼女に開かれた世界が小さいから生まれた想いだった。
これから大きくなっていく彼女の世界で、彼女は彼に向けるよりも強い想い向けられる他の男性を見つけることになるはずだった。
その純粋な想いは変わることなく、それでもその質を変え、その想いは……初恋として良い思い出となるはずだった。
いつか笑ってその人に、好きだったんだよ、とでも言えるようになっていたはずだった。
だが、その想いは簡単な一言で歪み、狂っていった。
「お兄ちゃんを好きだなんておかしいよ。兄妹は結婚できないんだし」
たったそれだけの言葉だった。
それだけの言葉が終わりであり、始まりであった。
もしかしたら、似たような言葉を聞いた少女は他にたくさんいるかもしれない。
彼女もただその一人で、その言葉をきっかけに、その想いは質を変えていけたかもしれなかった。
そして確かにその言葉は彼女の想いの質を変えさせた。
だが、それは……歪んだ形に、狂った形に変えさせてしまった。
いや、正確に言えば、その言葉が彼女の想いを狂わせたわけではない。
ただそれが始まりで、きっかけの言葉だったのだ。
彼女が……彼女と彼が、狂い、歪み、壊れ、満たし、積もらせ、堕ちて逝くきっかけの言葉だった。
狂想
狂い始める想い
なのはは布団に入ったまま、ただぼうっと天井を眺めていた。
何度も思い出される学友の言葉。
兄妹では結婚できない。
いつかどこかで聞いたことはあったかもしれない。
だが、それは自分の状況で考えていなかったのかもしれない。
高町なのはの夢はなんだと聞かれたら、第一に兄のお嫁さんになる、と答える。第二に翠屋の店長になる、であった。
今日、その夢の一つが否定された。
「結婚できない……」
結婚とは大切な人とするものであり、なのははその相手が兄の恭也であるということを疑ったことはなかった。
いつか自分は兄と結婚するのだと。
それが当然であるという感じすらあった。
だがそれは簡単に否定された。
本当に簡単な言葉で。
兄弟だという『だけ』で。
「なんで……?」
なぜ兄ではいけないのだ。
その言葉だけが、なのはの頭を支配していた。
おかげで今日の授業の内容は頭に残っていないし、家に戻れば顔色でも悪かったのか、家族全員から心配される始末だ。
それでもいつもは無表情な恭也が、本当に心配そうな表情を見せていて、それが嬉しかった。
それを……恭也の顔を思い出して、なのはは自分のパジャマを強く握りしめた。
「イヤだよ」
恭也でなくてはイヤだ。
なのはには恭也以外の男など考えられない……いや、正確にはわからない。
どんなものなのかすらわからない。
恭也はいつも剣の修行で、それほど一緒にいられたことはない。それでもなのはは恭也以外の男をほとんど知らない。
父はすでに他界し、顔も写真などでしか知らない。
彼女の通う学校は、女子校であるが故に、やはり同年代の男はいない。
だからなのはには恭也以外の男というのは範疇外なのだ。
少しイタズラしてくることがあって、嘘もつくけど、絶対になのはを傷つけることはない兄。
家族を守るためにいつも頑張っている兄。
なのはは、男という存在はそういった恭也の姿しか知らないし、深く知ろうともあまり思ったこともなかった。
「イヤ……だよ」
だから恭也以外には考えられなくて、なのはは涙を流した。
朝、学校へと向かう道。
恭也はなのはと歩いていた。
向かうは住宅街のバス停。
昨日から様子がおかしいなのはを心配して、桃子が恭也に送っていくように促したのである。
恭也とてそれに否はない。
この所はなのはの送り迎えを他の家族に任せていたので、たまには送ってやるべきだと思っていたし、やはり恭也とてなのはの事が心配なのだ。
いや、心配というだけならば、家族の中でも特にだろう。
悩みがあるなら聞いてやりたい、解決してやりたい。
だが、先程から二人は無言。
いつもは無言ながらも、もう少し暖かい雰囲気があるものだが、今日はそれすらない。
恭也は何があったのかも聞こうと思っていたので、いつまでも喋らないわけにもいかない。
そう思い、恭也は口を開こうとした。
「おにーちゃん」
だがその前に、なのはから話かけられた。
「なんだ?」
恭也がなるべく普段通りを意識して聞き返すと、なのはにしては珍しく相手の顔を見ずに言葉を続けた。
「おにーちゃんに、もし叶えたい夢があったとして」
「ああ」
「それが絶対に叶わないって分かっちゃったら、どうする?」
その一言だけで恭也は納得してしまった。
おそらくそれが答えなのだろう。
なのはの様子がおかしかったことの。
何かしらがあり、なのはの夢が叶わなくなった。
無論恭也は、なのはの夢は母のように菓子職人になり、翠屋の二代目になることだと思っていたから、それ以外の夢はわからない。
しかし翠屋の二代目ならば絶対に叶わないということはない。勿論これからのなのはの努力次第ではあろうが。
何にしろ、この質問には真剣に答えなくてはいけないだろう。
そして、恭也は夢が叶わないという挫折感と絶望を痛いほど知っていた。
膝を壊したことで、剣士の高みに到達できないとわかったときの絶望は、今でもよく覚えている。
だから恭也は答えられる。
いや、恭也だからこそ答えられる。
「そうだな。一つは他の夢を見つけることだろうか」
それは恭也自身が出した一つの答え。
自身が剣士の高みに行けないというのなら、その想いを継いでくれる人に託すという答えを、恭也はすでに出していた。
だから今、美由希を御神の剣士として育てている。
今の恭也の夢は、美由希を御神の剣士として完成させること。
「他の……夢」
なのははどこか暗い声で、恭也の答えを呟く。
それは絶望すら含まれた、低く、恐ろしく声音。
まだなのはの年齢では出せない……出させてはいけない声だった。
絶望など、まだ知ってはいけないはずだ。
それに恭也は少し顔を顰めた。
その声音でわかる。
なのはのその叶わない夢というのは、唯一無二のものであり、代替えの効かないものなのだろうと。
ならば他の案を出してやらなければならない。
「もしくは最初の夢をあきらめないこと」
恭也も完全には剣士の道を諦めたわけではない。ポンコツな身体、いつ壊れるかわからない膝であっても、できることがきっとあって、やり方次第ではまだ強くもなれるからと、恭也は剣士の道を完全に諦めた訳ではない。
だがその答えも、やはりなのはの悩みを解消してはくれないらしい。
まだ暗い表情がとれていない。
それを見て、恭也は心の中でため息をつき、他の案を出してみる。
「もう一つは、少しでもそれに近い夢を新たに作る」
それは先程の他の夢を見つけることに近い答えだが、最初の夢を元にするもの。
恭也が美由希に託した夢も、またこちらに近いかもしれない。
その辺をなのはにもわかりやすく伝えるべきだろう。
「例えばレーサーになりたかった人が、それになれなかった。だからせめてその手伝いをするために整備の人になるとか、そんな感じだろうか」
「近い……夢?」
それを聞いて、なのはは今日始めて恭也の顔を眺めた。
その表情は今までのような暗いものではなく、驚きだった。
どうやらこの答えは、なのはにとって以外なものでありながらも有益だったようだ。
だからもう少し後押しする。
「ああ。決して同じではないかもしれないが、それでも近い夢というのはあると思う」
今の自分が生きる道のように、と恭也は心の中で続けた。
「近い夢……」
なのはは何かを必死に考えてる。
どんな答えが出るかは、恭也には分からない。
だが叶わない夢とやらに縛られて、暗く沈んでいるよりはずっといい。
そんなことを話しているとバス停にまでたどり着いてしまった。それも丁度よくスクールバスが止まっている。
「なのは、行ってこい」
「うん」
恭也が背中を押すと、なのははスクールバスにまで駆け出す。だが、その途中で唐突に止まり、恭也へと振り返った。
「おにーちゃん、ありがとう」
なのはは……笑って……そう言ってきた。
きっと何かしらの答えが出せたのだろう。
「ああ」
それに恭也が頷くと、なのはは再び駆けだしてバスに乗り込んだ。
それを見送ってから、恭也は少し苦笑して自分も学園へと向かおうとした。
もう大丈夫だろう。
なのはもちゃんと笑っていた。
結局どんな悩みであったかはわからなかったが、それでも答えを見つけてくれたはずだ。
ちゃんと力になれてやれたようだ。
だが、
「…………」
恭也は、先程のなのはのように唐突に振り返って、走り出したバスを見た。
「……なのは?」
違和感。
それは本当に小さな違和感。
先程のなのはの笑顔。
なのはの笑顔はあんな感じであったか?
あんなにも大人びていて……
そして何より……
「考えすぎか」
影の具合でそんなふうに見えただけだろう。
恭也は首を振って、自分も学園へと行くために歩き出した。
なのはは耳に入ってくる教師の声をほとんど聞き流しながらも、教室の窓から見える町並みを眺めていた。
だが彼女の目にはその風景すらも映っていない。
(近い夢)
先程の兄の言葉。
流石は兄だ。
こんなにも簡単に道を示してくれた。
恭也の顔を思い出して、なのはは薄く微笑んだ。
(別に結婚に拘る必要はないんだ)
そう、自分が恭也を好きなことに変わりはないし、変わることなどありえはしない。ならば結婚という言葉に拘る必要がどこにある?
そもそも兄妹であることに不満なんてないのだ。
妹が兄のことを好きなのが、そんなに悪いことなのか?
なのはの中では、それは否だ。
無論、兄妹同士が好きあっていることが悪いわけではない。それだけ兄妹仲が良いことなのだから。
だが、なのはの中の好きと、世間一般での兄妹への好きとは、その意味が根本的に違うのだ。
それはもうなのはにも分かっていた。
世間一般から見れば、この感情は、想いはおかしいのだと、ありえないのだと。
……他の人から見れば、狂ったものであると。
自分自身の考えが……想いが狂っているというのなら、それならそれで構いはしない。
『普通は』とか、そんな言葉は意味がないのだ。
普通と違って何が悪い。
普通以外のものがおかしいと、狂っていると呼ばれるものだとしても構わない。
むしろ喜んで狂おう。
この時、初めてなのはは自身の想いが狂っていると認識し、それを認め、受け入れた。
狂っていようが構わない。
(だって欲しいんだよ、おにーちゃんが)
どうしようもなく、兄が欲しい。
手に入れたい。
結婚できないと言われても、その想いが止まることはなかった。
……いや、それも違う。
結婚できないと言われたからこそ、その想いだけが残った。
ただ欲しい、と。
好きだという想いと、一緒にいたいという想いがごちゃ混ぜになり、恭也がただ欲しいという想いだけが残った。
それはなのはが純粋であるが故に表に出てきた想い。
より純粋な想いだ。
(手に入れる……おにーちゃんは誰にも渡さない。
……おにーちゃんは私のものなんだ)
それがなのはの中に生まれた新しい夢。
誰にも明かすことのない……ある遠い未来で、彼女が想う者以外に明かすことはない夢。
それはこの時に生まれた。
世間一般から見れば、この想いは狂っているのだろう。
だが兄が手に入るなら……狂っていなければ手に入らないというのなら、狂っていても構わない。それでも手に入らないというのなら、さらに狂うまでだ。
兄を手に入れるその時まで、この狂った想いを……狂想を育てるだけだ。
「おにーちゃん、好きだよ」
なのははどこか嬉しそうに、誰にも聞こえないようにそう呟いた。
それは笑顔。
だがその笑顔は、なのはの年齢では大人びすぎている妖艶な笑顔。
そして何より、どこか歪な笑顔。
何かに狂ってしまっている者だけができる、歪んだ綺麗すぎる微笑みだった。
皮肉にも、なのはの想いをさらに狂わせ、より純粋にしたのは、彼女がその想いを向ける恭也だった。
恭也のなのはを励まそうとした言葉から生まれてしまった想いだった。
この時から静かに、だがはっきりと、なのはの想いは狂っていく。
あとがき
なんか始まってしまった狂想中編版。
エリス「ちょっと、黒衣だってまだ終わってないのに」
大丈夫。もうこれ全部書き終わってるから。まあ元々あったのを改訂しただけだけど。過激なところも削ったり。一話目からして、本当はなのはの思考がもっとやばかったんだけど、丸くしておきました。ちょっと今パソになかなか近づけないんで、改訂がなかなか進まず、本当にゆっくりの投稿になるでしょうが。
エリス「で、全何話なの?」
元にあったのを半分以上削ってるから、五話くらいかな。そのまんまだったら十二、三話ぐらいになると思う、これじゃ長編だな。本当は一話ごとの区切りがなかったし、サブタイトルもなかったから。とりあえずこれからも過激な部分とあまりにやばげな思考は大分削っていく。だから黒衣や他の短編と比べるとその分一話が短いかもしれない。加筆もしてるけど微々たるもの。最後は完全に書き直しになるだろうけど。
エリス「やっぱり重いの?」
黒衣とかに比べると。
改訂前は短編版狂想よりもずっと重かったからそれではやばい、ということでこれでも本当に軽くしてる。ってか元のまんまだと、このお方は本当に小学生なのか、という疑問にブチ当たりました。というわけで変えざるを得なかった。
エリス「ダーク展開?」
別に死人が出てくるわけではないですけど、かなりシリアスなのは確かです、ダークかどうかは微妙。短編版でダークだと思った人は、たぶんダークなのではないかと。それでもやっぱりこんなのなのはじゃない、と思う方はこれからの話は読まないことをおすすめします。
エリス「はええ。あとがきやってもいいのかな?」
一応黒衣以上に説明とかいれたいし。それにしてもなんていうか、本当に恭也×なのは書きになってきたな自分、しかも変な設定の。
エリス「何を今更」
まあ、初めて書いたとらハの話が恭也×なのはの恋愛物だったしな。あれのデータはどこにいったのか。
エリス「それで今回はもう一つ言うことがあるんじゃないの?」
とりあえず今回は、この場を借りて自分の高校時代からの先輩、H氏に感謝を。
エリス「元々は先輩に頼まれて書いたんだったね」
というか、十ヶ月かけて書いた誕生日プレゼントでした。終わってすぐに次の誕生プレゼントに取りかかったしたなぁ。さすがに次は短編にしてもらったけど。
そんなわけで、先輩に投稿してもいいかを聞いたところ、いいと言ってくださったんで。短編版の時もいいって言ってくれたし。
エリス「ありがとうこざいました」
ありがとうございました。
エリス「そして読んでいただいた方々にも感謝を」
それではまた次回の話で。
恭なの作家テン氏に敬礼!
美姫 「アンタも好きだもんね、恭也Xなのは」
うん。まあ、自分の場合は恭也が士郎の子供じゃないってパターンとか、異世界からのなのはとかだけど。
美姫 「兄妹設定のもあるけどね」
確かにあるな。まあ、何でも良いじゃないか。恭也Xなのはだし。
美姫 「はいはい」
狂想の中編ヴァージョン。
美姫 「こうして私は狂っていく」
こらこら、勝手にタイトルつけない。
美姫 「冗談よ。これはこれで良いわよね」
うんうん。次回が楽しみですよ。
美姫 「次回も待ってますね」
待ってます!