第九話






恭也がそれを思いついたのは、本当に唐突だった。
蛍と別れてしばらくの時が経ったある日、深夜の鍛錬を終え、布団の中に入っていたときだった。
蛍と別れて以来、自分の生き方について、それが周りの人に与える影響を恭也は考えていた。
そして、そんなとき思い出した言葉。

「本当に誰が一番俺を理解していて、想っているか、か」

それは蛍の最後の言葉だった。
話の流れから、その言葉が誰を指していたのか、恭也も理解している。
それは……

「なのは……」

彼女しかいない。
蛍は過去になのはから聞いた言葉で、そう思ったのだろう。
だが、彼女は妹だ。
つまりそういうこと。別に男と女という意味ではなく、あくまでなのはは妹として恭也を理解してくれていて、妹として想ってくれている、と恭也は判断した。
蛍もそう言いたかったのか。
だが、それでは話の流れと合わない。あまり良い意味ではなかったが、あの場ではつまり男女のそれについてを話していた。
では他の女性のことを言っていたのか。しかしそうすると、やはり前後の話とかみ合わないような気もする。
そんなことを真剣に考えていると、ふと思い浮かんだことがあった。

「そういえば、なのはとも血が繋がっていない可能性もあるんだったな」

恭也にとっては本当に些細なことを思い出す。それを知ったのは、数年も昔のことだが、その時に答えが出てしまっていたことがだから、今まで思い出すこともなかった。
それは今は関係ない。
関係ないはずだ……。

「…………」

ドクンと一度心臓が高く鳴った。
それに反応するかのように、恭也は上半身を起こす。

「……なのはがこのことを知るわけがない」

このことを知っているのは、少なくとも自分だけ。父である士郎すら知っていたかどうかもわからない。
だが、もしなのはがそのことを知っていたなら?

「…………」

血が繋がらなければ、それは……
それはあくまで可能性でしかない話だが、それでもなのはがそれを知っていたなら?

「バカな……」

血が繋がらない可能性よりも、それこそありえない。
恭也と士郎の血液型に関してはおそらく桃子も知らない。知っていたとしても、血液型の遺伝に関しての知識がないはずだ。
もし知っていたなら、桃子は少なくとも恭也には言っていたはずだ。
それを知るのは、少なくとも世界で恭也しかいない。なのはが知る機会などないはずだ。

しかし、それでもなのはがそれを知っていたなら?

「だから何だと言うんだ」

知っていたとしても、なのはは恭也の妹だ。
少なくとも戸籍上ではそうなっている。恭也は士郎の養子などではなく、実子とされていた。そのためやはり戸籍上では、二人は兄妹なのである。
だが、それでも血が繋がっていなければ……

「……っ」

今の恭也は昔ほど鈍くはなかった。
一度昔を振り返り、自らの鈍さで誰かを傷つけていたことを知り……そして、本当に誰かを愛したからこそ、そういったこともある程度ではあるが感じられるようになった。
だが、それをなのはから感じ取ったことはない。
なぜなら彼女は妹だ。誰よりもありえないこと。
これは鈍いとかの問題ではなく、人の本能と考えの根底に根付くもの。
本来、そういった色事関係は血縁者を対象としない。これは遺伝情報が近しいため、本能部分で避けることであるし、それまでの人生で学ぶ道徳的価値観によって、やはり拒否される。
三親等離れ、結婚が可能である従姉妹ですらそういった感情というのは抱きづらい。
本能と意思で、最初から近親者へのそういった想いというのは敬遠されるのだ。
それは恭也だけでなくなのはも同じはずである。
本来ならば、だが。

「もし血が繋がっていなかったとしても……」

血が繋がっていなかったとしても、やはりそれを崩すというのは難しいことなのだ。
だからこればかりは恭也がそういった方面にある程度鋭くなったとしても、気づけるわけがない。

「まて、まだ決まったわけではないだろう」

だが、今までのなのはの反応を思い返してみろ。
それはかつて傷つけてきた人たちと同様に……。

「まさか……」

なのはの色々な表情が脳裏に浮かぶ。
笑顔もあれば、悲しみの表情もある。目の前にいなくとも、なのはの表情はいくらでも脳裏に浮かぶ。
表情だけでなく、会話も浮かんだ。
その中には兄妹らしくない会話もある。
兄妹というのは近くて遠い存在だ。おそらく誰よりも近しいが、決して知り得ないことも多い。だが、恭也となのはの場合は歳が離れていると同時に、恭也が父親役でもあったため、普通の兄妹よりも近いしい部分があった。
だが、だからこそ……

「……なのは」

余計にわからないことも多いのだ。



◇◇◇



「別れた……」

呟いて、なのははベッドの中で息を吐いた。
それは蛍と恭也のこと。
蛍が義姉になるかもしれないという『覚悟』はあったし、何とか受け入れようとしていた。だから複雑な心境で、二人には悪いがそれを嬉しいと思うのも事実なのだ。
そう、嬉しいと思うのは事実だ。
事実なのだが……

「どうしたいのかな……」

なのはは自分がどうしたいのかわからなかった。
同じことをかつても考えた。
血の繋がり、それがばれたことで兄妹でなくなってしまうかもしれない恐怖。そして、妹としても女としても拒絶されてしまうかもしれない恐怖。
そして、もし……ありえないとは思うが……この想いを恭也が受け取ってくれたなら、それは妹としての終わり。それはやはり嫌で、それを考えただけで恐くなる。
だが、あの時の口づけを思い出し、もうあんな後悔を堪えられそうになく、それがその後悔を再び味わうかもしれないという恐怖を与える。妹として居続けるのも堪えられそうにない。
どうしようもないジレンマだ。

「わがままだな、私。どっちの関係でも恐いって思うなんて」

だが、本当に……

「どうしたいのかな……」

自分がどうしたいのかが、なのはにはわからないのだ。



◇◇◇



恭也はあまり用もなく家を出るということはしない男だった。
外に出るにしても、何かしら用件があってか、誰かに付き合ってという感じであった。
だが、その恭也が今用もなく駅前を歩いていた。

『恭也さん、本当に誰が一番あなたを想っているのか……知った方がいいよ』

その言葉がもうずっと離れない。
そしてこの一ヶ月近く意識してなのはと接してみれば……

「はあ」

らくしもない深いため息を吐き、恭也は軽く自分の考えを否定しかけた。
だが、

「同じことを繰り返すな」

かつてそれをして、周りの人たちを傷つけてきたのだから。
もちろんありえない、信じられないという考えは依然としてあるが、それでも『彼女』が自分を見る目が、何かを語っているように見えた。
それにそれをなしにしてもこの頃、どこか『彼女』の様子はおかしい。いや、前々からどこか変な所があったが……
だがそれがとくに表に見えるようになったのは、

「蛍と別れたことを告げてから……か」

それさえも、繋がって見えてしまう。

つまり自分のことを……

それ以上は、やはり考えることはできなかった。
自意識過剰と思ってしまうのも仕方がないし、やはり相手が相手で、ありえないことだと思ってしまうのも無理もないのだ。
恭也がもう一度ため息を吐きかけたとき、

「恭也さん?」
「え……」

後ろから声をかけられた。
それは聞き覚えのある……いや、ありすぎる声で。そして何よりその気配、二年近くずっと傍で感じ続けたもの。いつもならばここまで接近されて気付かないはずかないのに。
恭也が振り向くと、そこにいたのは……

「蛍?」

かつての……たった二ヶ月ほと前まで恋人であった女性であった。
だが、その姿は僅かに変わっていた。

「あはは、似合う……かな?」

蛍は、短くなり肩口にかかる程度になった自らの髪を触り、僅かに固い微笑みを見せた。




翠屋とも、そして大学に近くにあった店とも違う喫茶店に二人はいた。
さすがに翠屋に行く気には二人ともなれなかった。
そもそも別れたはずの二人が、二ヶ月程度の期間でこうして一緒に過ごすこと自体が、少々難易度が高い事だ。
それでも二人は、恋人関係が終わったからとはいえ、はいさようなら、なんてその場で別れることができない者たちだったのだ。
お互いこれから何も用がないから尚のことである。
とはいえ、二人揃って何を喋っていいのかもわからない。
恭也は最初彼女の短くなった髪を話題にしようかとも思ったが、考えみればなぜ髪を切ったかなどというのは簡単に思いつくことであり、それは間違いなく自分から聞いていいことではないと考えついた。
そういった女性の心理的な機微も、この頃は思いつくようになっている。
だがそうなるとやはり話題が思い浮かばなかった。

「恭也さん」
「ん?」

しかし、蛍の方から話かけてきた。
それに恭也は少々の罪悪感と情けなさ覚え、同時に彼女の強さが感じ取れた。

「何か悩み事でもあるの?」
「む、どうして?」

話かけてきた蛍と同様に、カップをソーサーの上に置き、恭也は僅かに首を傾げる。

「私が恭也さんを後ろから話しかけることができたの、初めてだよ?」

恭也が背後を取られ、話かけられるまで気付かないなんていうのはそうあることではない。
それは蛍も良くわかっていた。

「いや、まあ……な」
「その……私が原因だったりする……かな?」

それは自分と別れたため、自分の言葉せいではないかと、蛍は少し沈んだ表情を見せる。
蛍も一方的すぎたのではないかと思っているのだ。
その蛍に恭也は首を振った。

「あのとき蛍が言ったことに間違いはないさ。きっと俺は選べない」
「そっか……」
「ああ」

たぶんどちらが悪いわけでもないし、正しいわけでもない。
きっとどちらの考えも、想いも間違ってはいないのだ。
それがかみ合わなかっただけ。お互いに気付かなければ、もしくはどちらかが相手に合わせることができるれば幸せに続けられたのかもしれない。
だがそれをできなかった。
それだけなのだ。

「ただまあ、蛍が原因、というのもあながち間違ってはいない」
「うえ!?」
「何だ、その妙な声は?」

蛍の珍妙な声に、恭也は苦笑をもらす。
それに蛍は恥ずかしげな表情を浮かべた。
もう恋人同士ではないが、その姿はそれに近いものを感じさせるものであった。

蛍はまだ恥ずかしさのため赤みが残る頬をそのままに口を開く。

「えっと、もしかして最後の言葉、かな?」
「わかるか?」
「何となく」
「そうか」

それは元恋人としての読みなのか、それとも元々彼女が持つものなのか。

「恭也さん?」
「ん?」
「私が誰のことを言ったのか、たぶん見当はついてるんだよね?」
「…………」

蛍の問いに、恭也は答えなかった。
いや、答えることができなかった。同時に答えていいのかわからなかったのだ。
他の人物を当てはめての言葉であったなら、きっと答えられた。だが、そこに当てはまる人物が『彼女』であるからこそ、答えることができない。
それは蛍も理解できている。だからこそ、彼女は言った。

「私は、恭也さんと付き合っていたことがばれた時、『彼女』にだけは謝ったんだ」
「謝った?」
「うん。本当はそんな言葉、奪ってしまった私がかけていいはずがないのはわかってた。だから、他の人たちには謝らなかったけど、でも『彼女』にだけは謝った」
「…………」

他の人たち。
それが何を指すのか、今の恭也にはわかった。そして蛍も気付いていたことも理解した。

「なぜ、と聞いてもいいか?」

なぜ『彼女』にだけは……想い奪ったことに謝罪したのか。

それを恭也が聞くと、蛍は少しだけ寂しげに笑った。

「全部とは言えないけど、私は『彼女』の気持ちが……辛さが何となくわかったから」
「気持ち? 辛さ?」
「うん。私はそういう意味で好きだったとかじゃないんだけど……それでもね」

蛍はそう前置きをして……

「恭也さんにも言ってなかったけど、私ね、家族と……お父さんとお母さんと血が繋がってないの」
「…………」

それは聞いたことがない話だった。恋人として接していた時にも、蛍はそんなことは話さなかった。そう簡単に話せることでもないというのもそうだが。

「私……養子なんだ」
「そう……か」

どういうふうに返してやればいいのかわからず、恭也はただそう短く返した。
蛍もそれを気にせずに頷く。

「うん。知ったのは今の『彼女』ぐらいのとき……血液型で、ね」
「血液型?」
「そう、私はAB型で、お父さんはO型。そのあと戸籍を少し調べて。その時は色々と悩んだけど、ちゃんとお父さんたちの話を聞いて、今は……ううん、今も二人のことは家族として、お父さんとお母さんとして大好きだよ」
「そうか」
「うん」

蛍は簡単に言っただけだが、恭也には何となく色々とあったのだろうというのも想像できた。
だが、それがどうして『彼女』に謝罪したことへと繋がるのか。

「恭也さんは、知ってるんじゃないかな?」
「知ってる?」
「恭也さんと『彼女』の血液型のこと」
「っ!?」

その淡々とした蛍の言葉に、恭也は思わず声を詰まらせる。
その恭也の態度はどうやっても肯定にしか見えず、蛍は思わず少し苦笑してしまう。こんなふうに大きな反応を見せる恭也というのも珍しかったのだ。だがすぐに真剣な表情へと戻した。

「ちゃんと調べてはいないかもしれないけど、でも恭也さんは知ってるんだよね?」
「……ああ。可能性でしかないがな」
「可能性があるのと、0とじゃ全然違うよ」
「そうだな」

蛍は恭也が頷いたの見て、暫くの間を置いから再び口を開いた。

「『彼女』も知ってるよ」
「な……に……?」

蛍の言葉に恭也は一瞬震え、それが握っていたカップの取っ手に伝わって、さらにそれが黒色の液体に伝わって表面に波紋を起こした。

「私と同じときに、もしくはその後に、『彼女』も気付いてる」
「どうして……」

『彼女』に自身の血液型を聞かれたことはあったかもしれない。だが恭也は間違いなくそのときは誤魔化したか、違う血液型を語ったはずだ。
だから『彼女』がそこに行き着けるはずがない。
恭也はそう思っていた。

「恭也さんが、私を庇ってくれたとき……だよ。私と恭也さんが知り合う切欠になった、恭也さんが請け負った仕事の」
「あ……」
「あの時、輸血用の血が足りなかったの覚えてるよね?」
「ああ。色々な人……そして、お前の血を貰った」

恭也も覚えている。
もうすでに自身の血となっているかもしれないが、それでもその身には目の前の……かつての最愛の人の血が流れていることも、色々な人が助けてくれたことも。

「その時一番に駆けつけたのが『彼女』だったから」
「なるほどな……」

それだけ聞けば察しは付く。
それまでの流れもだいたいは理解できた。

「私もそれをその場で聞いてて、私のことを思いだして、後に余計なことを聞いちゃったかもしれないけど」
「……そうか」

恭也は深く息を吐き、頷くと力が抜けたように椅子の背もたれに深く腰掛けた。

気付いている。
知っている。
『彼女』は知っているのだ。
そんな恭也を見て、蛍は顔を俯かせて先を続けた。

「だからね、何となくわかるんだ。『彼女』の立場からくる恐怖も、でも恭也さんを好きだって気持ちを抑えられないのも。それに気付いていて、もっと混乱させたのもわかったから……」

その他にも色々と理由があったのだろうが、それでも蛍は『彼女』の心情を理解していた。
決して自分の家族に同じものを抱いたわけではないだろうが、近しいものは理解できたのだろう。
理解していたにも関わらず、奪った。だからそこの謝罪だったのかもしれない。

「…………」

その言葉には何と答えればいいのかわからず、恭也は沈黙で返した。
そんな恭也に向かって、蛍は顔を上げて微笑んで見せる。

「私は本当の所はわからない。二人が血が繋がっているのか、いないのか」

それは当事者である恭也となのはすらわからず、恐らくは知る者はどこにもいない。
そして今の段階では、その二人以外が調べることもできないこと。

「でもね、『彼女』の……」

そこで蛍は一度言葉を切り、首を振った。
そして、色々な意味で避けていたその名前を口にする。

「なのはちゃんの想いは……本物だよ。それこそ恭也さんの全てを受け止められるぐらいに」

それを聞いて、恭也は大きく息を吐いてしまった。
もし、もしも他の誰かの口から聞かなければ、恭也は自分の勘違いだと気付かないふりもできたかもしれない。
それが傷つける行為だと理解はした。もうできればしたくないと思うことだった。
だが『彼女』……なのはにだけは別だった。
気付かない方が、幸せでいられる……幸せになるのを見届けることができたかもしれないのだから。
気付かない方が幸せだということも、確かにこの世にあるのだから。

でも、それを聞いてしまったのなら、もう気付かないふりはできない。
そしてなぜか、それを認めてしまえば……

「そうか」
「うん」
「そうか……」

恭也は同じ言葉を繰り返し、ただ頷いた。
だがそれ以上は語らない恭也を見て、蛍はテーブルの隅に置かれた伝票を取り上げる。

「出ようか?」
「そうだな」

お互い頼んだコーヒーにはほとんど手を着けていなかったが、それを飲んだとしても今は味などわかりそうになかった。
だから二人はそれを残したまま立ち上がり、会計を済ませると店の外へと出た。
そして別段目的もなく歩き出す。別れてしまってもいいはずなのに、お互い別れは告げず、ただ町中を歩く。
そして恭也の隣を歩いていた蛍が唐突に口を開いた。

「恭也さんはどうしたいの?」
「わからん」
「でも、あんまり取り乱すっていうか、混乱してもいないよね?」
「そうだな」

蛍の言葉で確証に近いものを得たが、恭也はそれほど慌ててもいなければ、取り乱してもいない。蛍が言うように混乱してもいなかった。
もっとも恭也ならば、もし本当に慌て取り乱していたとしても、それを外見にはまったく見せず、感づかせないぐらいのことはしそうだが。
だが、もしかしたらと考えていた時よりも、感情の揺れが小さいことは確かだ。

「何となく……何となくに近いんだ」
「うん」

恭也の前置きに、蛍はゆっくりと頷き、先を促す。
それから恭也はもう一度深く息を吐いて続けた。

「自分でも良くわからんのだが、なぜか何とも思わないんだ」
「それは……」
「いや、それが答えなわけじゃない」

何とも思わないというのは、別になのはの想いを踏みにじるものではない。
ただ、恭也にはそういう表現しかできなかっただけ。

「だが、はっきり言ってしまえば、それは本来まともなものではないだろう?」
「…………」

恭也の言葉に、蛍は答えることができず曖昧に笑う。
なのはを思えばそれに蛍が答えられないのは恭也にもわかるので、反応は気にせず続けた。

「可能性はあるのかもしれない。けど、俺は兄であいつは妹だ。今までそう思ってきたのは、きっとあいつだって同じだと思う」
「そうだね」
「だから、普通ではないはずだ。なのはのそれは他の人から見たら、それこそ異常とすら見えるんじゃないか? 常識から外れていると」
「そう……見るかもしれないね」

なのはの想いは実際常識では考えられず、倫理に背く。可能性は可能性でしかなく、0ではないのかもしれないが、それはやはり二人の関係のことでしかない。
今までの二人の関係がなくなってしまうわけではないのだから。
だからこその異常。
なのはがもし、その想い持つというのならば、本来ならありえないものなのだ。
だが、

「それを何とも思わないんだ」
「それって……」

今度は逆に受け入れたとも取れる言葉だからこそ、蛍は驚きのために目を大きく開けるが、恭也は首を振る。

「俺はどうやってもあいつの兄だ。それは変わらない。だけどあいつのその想いというのを、変だとも、異常とも、おかしいとも思えない」

本来ならば兄として否定しなければならないのだろう。
だが、否定できない。

「兄だからこそ、肯定もできないのだがな」

同時に肯定してやることもできない。だからこそ何とも思えない。
その理由が何なのかは恭也にもわからなかった。
少なくとも、肯定してやることもできないのだから、決してなのはと同じ想いに達したわけでもない。

「ようするに、まだ良くわからんということだ。相手が相手だからこそ現実味がなさすぎるし、どうすればいいのかも想像がつかない」
「それはそうだよね」
「あいつから直接それを聞いたわけでもないしな」
「でも……」
「ああ。わかってる。聞いていないだけだというのはな。一度わかってしまうと、本当に全てが繋がってしまうから。もし間違いだったなら、自意識過剰だったということで後で自己嫌悪でもしてやるさ」

そう言って恭也は笑って見せた。
それを聞き、恭也が自己嫌悪する姿でも浮かんだのか、蛍も口を手で塞ぎ、吹き出すようにして苦笑した。

「応援……とは違うけど、これからも相談には乗るよ?」
「それはどういう立場でだ?」
「うーん、元カノとして?」

蛍が首を軽く傾げ、疑問符をつけて言うと、恭也は再び苦笑する。

「こういう時は友人として、と言え」
「じゃあ、友人としても」

二人はそう言って笑い合う。
もう最初ほどのギクシャクとして雰囲気はない。
おそらく周りから見れば、今の二人は恋人同士にも見えるだろう。だが決して二人はそうではない。
今の関係は……元恋人同士なのか、それとも友人と言えばいいのか。
どちらにしても、もう二人は新たな関係を築けたのかもしれない。






あとがき

少しずつ恭也がなのはを意識してきました。今度は恭也が悩む番に。
エリス「やっと?」
や、この話の恭也は恋愛方面にかけては結構普通の倫理観を持っていて、なのはを妹として見てないからね。何年も前になのはとは血が繋がってない『かもしれない』っていうのを知ったことと、蛍との関係がないとそれを破れない。
エリス「妹だしね」
普通はありえない。血が繋がっていなくても、そういうふうにはなかなか見れるものではありません。ホントに。
エリス「そんなものか」
でもようやく二人の物語になってきたような気もするなぁ。
エリス「ホントようやく」
まあ、まだ全然二人が絡んでないんだげど。それにホントはもう終わってるはずなんだけどね。こうなったらもう長編でもいいや、という気になってる。まあ、さすがに次回から終局に入ってきますけど。
エリス「それも本当にようやく」
すみません。
エリス「でもほんとに恭也となのは、蛍との三角関係とかにはならなかったみたいだね」
それも考えてたんだけどね。ドロドロの三角形。
エリス「ど、ドロドロって。昼ドラじゃないんだから」
んー、でも、恋愛ってきれい事だけで済ませられるものでもないし。だから嫉妬劇とかは否定しないかな。というよりもゲームとかのヒロインは物わかりよすぎだろ、ここは嫉妬の一つでもするべきじゃないか、とか思うし。
エリス「まあ、たいていはきっちり身を引いちゃうか、想いを告げずにそのまま終わり、フェードアウトってのも多いかな。この話だって似たようなものでしょ」
まあその方が話を組み立てやすいの事実だから。
エリス「とりあえず、今回はこのへんで」
ここまで読んでいただき、ありがとうございましたー。



美姫 「よし、ドロドロの嫉妬劇場を書かせよう」
いやいやいや、勘弁してください。
美姫 「えー、面白そうじゃない」
確かに面白そうかもしれないが、絶対に大変だから。
内面描写とか苦手だし。
美姫 「で、最後は恭也が背中からブスって感じで」
いやいや、話を聞けよ! と言うか、バッドエンド前提かよ!
冗談はこれぐらいにして……」
美姫 「本気だったんだけれどな〜」
はいはい! さて、恭也の方もはっきりと意識したみたいだな。
美姫 「みたいね。こうして見ると、蛍の位置ってかなり重要よね」
第三者、それもかなり恭也に近くてなのはの事も理解している人物だもんな。
いやー、本当にこれからどうなっていくのかな。
美姫 「色々と動いていくのよね」
とっても楽しみです。
美姫 「次回を楽しみにしてますね」
待ってます!



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る