第八話
「……恭也さん……別れて……ください」
「……ああ」
恋人関係なんていうのは、簡単な一言で終わってしまう。
おそらくはそれだけのこと。
それだけでないことを知っているのは、この二人だけ。
◇◇◇
和気藹々。
高町家の食事風景は、その言葉が本当に似合う。
その日あったことを話し、笑顔が絶えない。今時珍しいぐらいに家族が絆で繋がれているからこその光景。
その中で、ちらちらとなのはは恭也の顔を眺めていた。
「どうかしたのか、なのは?」
ご飯を喉に通してから、恭也はゆっくりとそんななのはに問いかける。恭也がそう言った視線に気付かないわけがないのだ。
だがなのははブンブンと大きく首を振った。
「な、なんでもないです!」
「な、なのちゃん! 髪、髪!」
「なのちゃん、髪が茶碗に入っとる!」
「にゃにゃ!?」
どうやら思いっきり首を振ったさいに、昔よりも随分と長くなったなったなのはの髪が茶碗の中に少し入ってしまったようだ。
そんななのはにレンは苦笑して茶碗を受け取り、髪がついてしまった部分のご飯だけを取り除く。
そして、桃子もなのはの髪をタオルで拭いてあげていた。
「あ、あぅぅ、ごめんなさい」
なのはは椅子の上で身体を小さくして、レンから茶碗を再び受け取る。
その姿を見て、恭也を抜かした全員が再び苦笑した。
恭也が退院して二週間ほど経つが、それからなのはは恭也とどう話していいのかわからなかった。兄の顔を見ると、どうしてもあの時のことが浮かんできてしまうのだ。
即ち、ファーストキスの瞬間である。欲望に負けてしまった瞬間でもあるが。
あの後、正気に戻ったなのははすぐさま待合室へと逃げ出した。罪悪感や背徳感だけではない。照れがあったのだ。
諦めるための行為であったはずなのに。
そんな自分の精神を情けないと思いながらも、なのははあの瞬間を忘れることができなかった。
そのため今まで以上に恭也を意識してしまっている。
そんなことをなのはが考えていると、恭也がお代わりのためにレンへと茶碗を渡す。
レンはそれを笑顔で受け取り、
「あ、お師匠、明日のご予定は?」
「ん?」
「明日はお師匠はお休みですから、夕食はどうなさるんです?」
明日の夕食の当番はレンであり。そして恭也は休みである。
護衛の仕事もないし、翠屋の仕事もやはり休み。
「どうせ恭ちゃん、明日も蛍さんとデートでしょ?」
美由希の言うとおりそういう日は大抵恭也は蛍と過ごす。もちろんいつもということではないし、他の者たちと集まってということもあるが。
だからこそレンは明日の夕食をどうするのか聞いたのだ。どこかで食べてくるのか、それとも蛍を家に誘うのか、もしくは蛍と連れてこないのか、ということだ。
だが、恭也は軽く首を振った。
「いや」
「珍しいですね、師匠が休みの日なのに蛍さんと会わないなんて」
「別れたからな」
恭也はレンから再び茶碗を受け取り、自然に、本当に自然な感じで晶へとそんな言葉を返した。
「あ、そうなんだ、別れたんだ」
「そうですか、別れたんですか」
「へー、そうだったんですか」
「蛍ちゃんとねぇ」
「蛍さんと別れたんだぁ」
家族がそれぞれ口にし、そのまま食事を続けるのだが、少ししてからその動作がいきなり止まる。
そして、その視線を一斉に恭也へと向けたものの、彼は黙々と食事を続けていた。
『…………は?』
全員が目を見開き、その言葉が口から出てきた。
「だから別れた」
それに恭也は淡々と返す。
だが他の者たちの方が落ち着いていられるわけがない。
「恭ちゃん! 別れたって!?」
「お師匠!? 一体どういうことなんですか!?」
「し、し、師匠と久保さんが別れた!?」
「お、おにーちゃん!? どういうことなの!?」
思わずテーブルの上から上半身を突き出して、美由希たちは叫ぶようにして聞いた。
だが、
「はいはい、いくら家族だからってそこまで聞かない。男と女なんだから色々とあるわよ」
両手を叩いて、桃子が今にも恭也に飛びかかりそうな雰囲気すら発している娘たちを止めた。
もちろん桃子だって驚いている。彼女とてそんな話を聞いていなかったのだ。
そして娘たちと同様に、聞きたいというのもあるだろう。
桃子は本当に蛍を気に入っていたし、桃子だけに関わらず、家族全員が近いうちに二人は結婚すると思っていたのだから。
だからこそ、やはり桃子が止めようと美由希たちも止まれない。
「で、でも!?」
「恭也、理由を言う気はあるの?」
「ない。これは俺と蛍の問題だ」
恭也はいつもと変わらない表情であるものの、その雰囲気は正しく追求を拒絶していた。
こうなれば決して恭也が何も言わないことは、家族であるからこそわかる。
「すまんな」
家族たちも気になるのは恭也だってわかっている。蛍とて家族のように扱われていたのだから。だから、もう二人の関係は二人だけのものではなくなっていた。
だが、それでも恭也にとっては、やはりこれは家族の問題である前に、恭也と蛍の問題なのだ。我が儘かもしれないが、言えることと言えないことがある……いや、言いたくないという方が正しいか。
そして恭也は沈黙してしまった一同をよそに、夕食を食べ終え、挨拶をするとその場から離れていってしまった。
そんな恭也を止められない一同。
先ほどまで和気藹々とした雰囲気は崩れ、残された者たちはほとんど呆然としていた。
「おにー……ちゃん……」
その中で、なのはの小さく言ったはずの声が大きく響いた。
◇◇◇
あのあと、恭也へと理由を聞きにくる者はいなかった。
心配をかけさせてしまったと、恭也は心の中でため息を吐く。
そう、それは隣にいる母にも。
二人は今、道場にいた。
最初は恭也一人だった。
恭也は道場の中央に座り、ただ神棚を眺めていたのだが、そこに桃子が現れたのだ。
桃子がここに現れるのは珍しい。だが、恭也は彼女に声をかけることはなかった。また桃子も恭也に言葉をかけることもなく、その隣に自然な動作で座り、恭也と同じように神棚を眺めていた。
そんな状態がしばらく続き、ようやく恭也は口を開く。
「なあ、かーさん」
「ん、なーに?」
別に桃子が理由を聞こうとしていたわけではないということは、恭也もわかっていた。
ただ傍にいてくれているだけだと。
だから口を開いた。
「俺、失恋したんだよな?」
「……そうなるわね」
「そうか」
蛍と別れた理由を言ったわけではない。
別れを恭也から切り出したとも、蛍から切り出したとも言っていないが、桃子は返答した。
「どうして悲しくないんだろうな」
「恭也……」
「それどころかホッとしてる」
恭也はどこか安堵していた。
蛍と別れたことを簡単に受け入れ、そして安堵していた。
だがそれは……
「理由に反論の余地がなかったからか、それとも……」
恭也は自分の気持ちを確認するかのように一度そこで言葉を区切る。
「それとも本当に蛍の事を好きだったわけではなかったのか」
恭也は、蛍のあの優しい雰囲気だけを欲しいと思ってしまったのではないか、それを好きだという感情と混ぜてしまったのではなかと思ってしまっているのだ。
「なんでそう思うの?」
「……悲しくないというのはそういうことではないのか?」
恭也にとっては悲しくないというのは、好きではなかったのではないかというように感じられるのだ。
だが桃子はそんな恭也に穏やかな声を向ける。
「恭也は、蛍ちゃん以外に女の子を好きになったことはないの?」
それを聞かれて、恭也は首を横に振った。
恭也とてある。それが幼い頃の淡い想いだったとしても、異性を好きになったことは。
「そうよね、恭也、フィアッセのこと好きだったものね」
「良く知っているな」
恭也はどこかふてくされたように答えた。
幼い頃の淡いものであったが、恭也はフィアッセが好きだった。それは初恋と言っていいものだった。今でこそ姉となったが、恭也は確かに彼女が好きだったのだ。
「ならわかるでしょ? 好きだったかどうかなんて誰かに聞くものじゃないわよ。自分だけが知っていることなんだから」
「そうだな……俺は確かに蛍が好きだった」
いや、だった……ではない。恭也はおそらく今も蛍が好きで、そして愛している。
そけはきっと蛍も一緒だ。
おそらく蛍もまだ恭也を好きだし、愛している。
だが好きだというだけではどうにもならないこともある、それだけだった。
「恭也は鈍いものね」
「……またそれか」
もはや聞き慣れてしまって、恭也は何も言う気が起きない。
「恭也は鈍いわよ、残酷なぐらい」
「残酷って……」
「残酷よ、あなたがしてきたことはね。少しは罰を受けるべきでしょ」
言っていることががわからず、恭也は桃子を眺めたが、彼女は苦笑した。
「美由希やフィアッセ、他にも色んな人が恭也に好意を寄せてた」
「は? いや、それは……」
「言っておくけど、家族や友人としてだけじゃないわよ。男の人として恭也が好きだったの」
桃子は恭也が何を言うのかわかったのか、まるでそれを制するように、彼が続きを口にする前に言った。
それに恭也は押し黙る。
「私から見ても、みんなかなりアプローチしてたわよ。それでも恭也は気付かなくて、私にはかなり可哀想に見えたもの」
「それは……」
「そういうのって、結構勇気が削れるのよ?」
「いや、俺は……」
「家族や友達として大事にしてた、なんて話は今はなしよ。少なくともあの子たちにとってはそれだけじゃなかったんだから。みんな女性として精一杯頑張ってた。それに恭也は気付かなかった。それとも気付きたくなかったのかしらね?」
そこまで言われて、恭也は苦く笑った。
「……かもしれんな」
恭也はそう言って、少し前を思い出してみれば、確かに桃子の言葉に頷ける所があった。
みんなのちょっとした言葉、ちょっとした態度。それにはもしかしたら自分への好意があったのかもしれないと。
そして気付かないふりをしていたというのも、完全に否定することはできなかった。
「好きだって言って拒絶されるのは怖いのよ。勇気のあるなしなんて関係ない。だからみんな精一杯アプローチしてた。それだって勇気を振り絞ってね」
「そうだな」
きっとみんな勇気を出して、好きだと行動で、態度で示してくれていたのだろう。
だがそれすらも恭也は気付かないふりをした。
おそらく自分も怖かったのだろう。それはたぶん、彼女たちとは違う理由で。誰かを本当に好きになった今の恭也ならわかる。
「あなたがそれに気付かないたびに、そのたびにあの子たちは好きだって言葉を直接言うことができなくなってったのよ。拒絶されるのが恐いもの。恭也が自分をどう思っているのかわからなくなって、もっと言っちゃえば自分のことなんかどうとも思ってないって突きつけられてるようなものだもの。恭也がそういうふうに思ってなくてもね。
勝手なこと言ってるって思う?」
「いや……そうだな、拒絶されるのは怖い」
それは相手が好きであればあるほど。
恭也もよくわかる。
今だから……よくわかる。
「謝るのもやめなさいよ?」
「ああ。わかってる。そこまで鈍くはないつもりだ」
「まあ、大丈夫よ。恭也が蛍ちゃんと付き合い始めて、みんなそれなりに心の整理はつけたみたいだから」
「そうか」
「でも、恭也が好きだって言えば、それでもみんなすぐに再熱しちゃいそうだけどね」
「そんなことできるか」
「冗談よ」
結局、桃子は恭也に蛍と別れた理由を問わない。
ただ、傍にいてくれるだけだ。
そして、恭也の話を聞き、今までの残酷な仕打ちについてを語っただけ。
さらに恭也を追い込んでいるだけ。
だが、
「ありがとう、かーさん」
「何もしてないわよ」
恭也の感謝に、桃子はただ首を振って微笑んだ。
その微笑みを見ながら、恭也はあの別れを思い出していた。
◇◇◇
それはまるで焼き直しのような状況だった。
二人が結ばれた時の焼き直し。
臨海公園から見える海を背にして立つ蛍の姿は、やはりあの時を思い出させる。
だが今から語られることは、そんな暖かいものではないというのを恭也はわかっていた。
恭也は、半ばこれから先の展開を予測できていた。
「二年少々……か」
「うん」
足りないはずの恭也の言葉に、蛍はそれでも頷いて返す。
「長かったのか、短かったのか」
「私にとっては短くて、それでも長かった」
「そうか」
「うん」
その日二人が臨海公園に来たのは、別に申し合わせたわけではない。
いつも通りに恋人と休日に会い、そしていつも通りに過ごして、いつのまにか二人はここに来ていた。
二人はたぶん最初からわかってた。この日が最後であることを。
別にお互いの態度に不審があったわけではない。
恭也が退院したあとも、何かあったわけではない。
本当にいつも通りであったはずだった。
なのに、二人は理解してしまっていた。
「理由を聞いてもいいか?」
恭也のその言葉に、蛍はどこか寂しそうに笑った。
「私じゃなのはちゃんには敵わないの」
「なのは?」
「あの時……恭也さんが私を庇って大怪我を負った時、そのことで聞いたの。あなたのお兄さんを傷つけた私を怒らないのって。そしてこの前も……」
そして蛍は、そのときなのはが口にした言葉をそのまま語った。
それを聞いて、恭也は苦笑してしまった。そこまでなのはが自分を想っていてくれているとは思っていなかったのだ。
こんな『兄』を……何度も心配させた自分をそこまで想ってくれているとは、本当に自分には出来すぎた『妹』だと。
「でも私はなのはちゃんみたいに強くなれないよ」
蛍は、悲しみと悔しさに顔を歪めながら、それでも告げる。
その目に涙を溜めながらも、それでも続ける。
「恭也さんは誰か一人のために生きるということができない人」
それが愛する女性であれ、愛する家族であれ、他の大切な誰かであれ、その一つのみを見続けることができない。
護るという極大の意志を、どれか一つにだけ向けることができない。
それがきっと『今』の恭也という人なのだ。
「だからきっとなのはちゃんは間違ってないと思う」
彼を愛するのならばそれすら全て受け入れられなくてはならない。
その護るという意志が、今の高町恭也を高町恭也として存在させているのだから、それを受け入れ、それすら愛せなければならないのだ。
それを隣で支えられるように。
それはきっとなのはのように……。
「だけど……」
蛍は自分の服の裾を握りしめて、ポロポロと瞼に溜めていた涙を落とした。
「だけど……剣よりも、他の誰よりも、私を取ってほしいって思うのは……いけないこと……ですか?」
愛しているからこそ自分だけを見てほしい、それとてきっと間違ってはいないはずなのだ。
「好きな人に……傷ついてほしくないって……思うのは……いけないことですか?」
愛しているから傷ついてほしくないと、死んでほしくないと、だから剣を捨ててほしい。そう思ってしまうことが悪いことなのか。
それはきっとおかしいことではなく、人として……愛する者に向ける想いとして間違ってなどいない。
だけど……
「あなたはこう言っても、剣を捨てられない、護る人を見捨てられない」
「…………」
それを恭也は……否定できなかった。
蛍を愛していると言えるのに、そのために剣を捨てなければならないと言われたら……すぐに頷くことはできなかった。
「私から好きだって言ったのに、愛してるって言ってきたのに……私にはきっと……恭也さんの全てを好きになる資格もなくて、愛する覚悟もなかったんだ。私はあなたの隣に立てない。私にはあなたを支えてあげることができない」
人を好きになることに、そして愛することに資格が必要なのかはわからない。だが蛍にとっては必要だった。
それだけだ。
たったそれだけなのだ。
「蛍……」
「私はなのはちゃんみたいに強くはなれないよ。だから……」
蛍はだからともう一度言い……
「恭也さん……別れて……ください」
そう告げた。
「……ああ」
それに恭也は表情を変えず、無表情にただ頷いた。
だがその表情こそ、彼の悲しみ証だ。
蛍にはわかっている。この表情は、悲しみも見せない無表情は、ただ相手を傷つけないためのものであると。これ以上、自分を悲しませたくないからのものだと。
それを見て、蛍は涙を流し続けた。
「ごめん……なさい……!」
「蛍が謝ることではないさ」
「ごめ……っ……さい……!」
「謝るな」
「ご……んっ……なさい……!」
「謝らないでくれ」
抱きしめたいと恭也は思う。
この涙を拭ってやりたいと思う。
だけどきっと、もう恭也にはその権利はなく。泣かせた原因なのに、何もしてやることはできない。
このとき確かに、二人の二年にも及んだ恋人関係は消滅した。
そして別れの時、
「恭也さん、本当に誰が一番あなたを想っているのか……知った方がいいよ」
「え?」
蛍は悲しみの笑顔で、恭也にそんな言葉を残した。
◇◇◇
恭也にとって休日の日。
少し前までならば、蛍と出かけていたか、一緒に家でのんびりしていたか、それとも蛍の他に忍などと複数人で集まっていたかだった。
少なくとも蛍と共に過ごしていただろうが、今日は……いや、おそらくはもう蛍と会ったとしても、今までのような関係になることはないだろう。
彼女との恋人関係は消滅したのだから。
「ふう」
恭也はある意味いつも通りに、縁側でお茶を飲んでいた。
そして先ほどまで世話をしていた盆栽を眺める。
「うむ」
その見栄えを見て、どこか満足そうに頷く恭也はやはりいつも通りだ。
一切いつも通りの恭也。
「お、おにーちゃん……」
その恭也に、なのはは話しかけた。
先ほどからずっと、恭也の隣に座っていたが、初めて声をかける。
「ん?」
「どうしてなの……?」
主語のない問いかけに、恭也は苦笑した。だが、その問いが何に向けてなのかは彼にもわかる。
「……おそらく俺はまだ蛍のことを愛している。自惚れかもしれんが、おそらくは蛍も愛してくれてるだろう」
「だったら……」
「陳腐な言い方かもしれないが、好きだから、愛しているからだけではどうにもならないこともある、ということだろうな」
「それは……」
それはなのはもわかることだった。好きだから、愛してからではどうにもならないこともある。それはなのはとて同じだから。
「いや、もしかしたら俺次第だった……のかもしれんな」
あのとき恭也が剣を捨てると言えれば、もしくは剣は捨てなくとも、護衛の仕事を辞め、他の道を蛍とともに行くというのもあったのかもしれない。
士郎が最後の仕事へと赴く前に決めていたことと同じように。
だが、それまで蛍が自分の傷を気にしていたことに気付いていたにも関わらず、その答えに自ら行き着かなかった以上、無理だったのだろうとも恭也は思う。
もちろん、今までの道を自ら否定する気など恭也はないし、全て自分が悪いとは思っていない。きっと他にも道はあっただろう。だが、それを選び取れなかっただけなのだ。
「おにーちゃん次第?」
「詳しく話すつもりはないがな。おそらくは俺が気付くか、言うかの問題だったのだろうさ。ある意味目を反らしていたからこその結果だ。その結果は悲しくはあるが、だが後悔はない」
きっと後悔がなかったからこそ、悲しいと思っていないと勘違いしただけだった。
今も守りたいという思いは変わっていなし、悲しませるとわかっていても、剣を振り続けるつもりだ。
だが、もう少し自分のというものを見つめ直してみようと恭也は考えていた。自分の剣を、そして自分の往く道を。
蛍のためにも。
蛍は自分の弱さと強さ、恭也の考えとその強さと弱さを見つめ、お互いの立場から目を反らさずに考え続け、そしてあの答えを出したのだから。
「おにーちゃん……」
隣でどこか驚いたような目をしている妹に、恭也は僅かに微笑み、その頭を撫でた。
「ありがとう、なのは」
蛍に聞いたなのはの言葉。
それは本当に嬉しかった。
自分の存在全てを受け止めてくれようとしてるなのはの言葉は嬉しかったのだ。
だからこそ、恭也は礼を言った。
「な、何が?」
だが、そんなことなのはに伝わるわけがなく、困惑したように恭也を見上げる。
「いや、何でもない」
今は、この妹が幸せになるのを見届けたいと恭也は思った。
こんな兄を真剣に思ってくれる妹の幸せを。
そろそろ高校生になるなのはだ。そのうち好きな人ができて、いつかは離れていくことになるのかもしれない。兄として、父として寂しいものがあるが、それでもそんな彼女を幸せににできる人が現れるまで……今は。
だが、まだ恭也は気付いていなかった。
なのはの幸せが何なのかを。
そして蛍が最後に残した言葉の本当の意味に気付くのは、もう少しあとのこと。
それは本当に簡単なことで、恭也はそれに気付くことになる。
あとがき
えーと……
エリス「こんのアホー!! 前の投稿から一体どれだけ経ってると思ってるの!?」
すみません、すみません、すみません。なかなかネットカフェに行く暇というか、さすがに家に帰ってきたあと、また四、五十分もかけて出かける気力が沸かなくて。
エリス「本来なら、もうこの作品は終わってないといけないのに」
本当にすみません。このごろ投稿掲示板ばかり。
エリス「次はいつになるやら。とりあえず今回の話は……暗いね」
一組のカップルが破局しました。話数で言うと二話しかもちませんでしたけど、期間的に言うと二年ぐらいです。
エリス「蛍も好きなままだけど、恭也の在り方の全てを受け入れることができなかった、ってことだね」
そういうこと。お互いまだ好きなままだけど、続けることはできなかった。はっきり言ってしまうと、これがあったから恭也の相手にオリキャラである蛍を使いました。
エリス「どういうこと?」
とらハ3のヒロインたちなら、たぶん恭也の在り方を受け止められちゃうから。
エリス「ああ、それは確かに。それぞれ恭也と同じく複雑なものを持ってるし、恭也を見続けてるもんね」
だから逆に普通の人がほしかった。それと、環境以外はある意味同じく普通な人であるなのはの対比としての人物。だから見た目や雰囲気がなのはと似ているようにした。
エリス「だけど考え方までは一緒じゃなかった」
そんな感じ。まあ、なのはの想い、考え方と蛍の想い、考え方、どっちが正しいとかの問題でもないけどね。
エリス「でも蛍の言葉ってなんか仕事と私どっちを取るの、ってセリフに近いような」
そのセリフ、言われる方としてはかなり辛いんだぞ……っていうか、違うだろ!?
エリス「えー、でも似てない?」
この場合はまた違うの!
エリス「あっそ」
まあとりあえず、蛍との大きな部分は終わり。なのはとの三角関係ではなく、彼女はあくまで恭也の恋愛感の成長ための人物です。とはいえこれで、はい出番は終わり、というわけではないので。
エリス「そろそろメインのなのははと恭也に?」
です。遅くなりましたが、メインへとうつっていきます。
エリス「そのへんは次回より」
今回はこれで。
こうして一つの物語が閉じ、次なる物語への扉が開かれる。
美姫 「なに、小難しいことを」
あははは。次からなのはメインになるのか。
どんな風に展開していくんだろう。
美姫 「なのはは自分の気持ちを自覚しているけれど諦めようとしているものね」
そして、恭也は当然ながらそれに気付いていないし。
本当に楽しみです。
美姫 「そんな次回は……」
この後すぐ!