ある病院の一室、そこに恭也はいた。
まあ何のことはない、いつも通りフィリスの夜勤に付き合っているわけである。フィリス的には何かあってほしいのかもしれないが。
とにかく今、フィリスは書類の整理、恭也は大学のレポートを書いていた。
そんな中で、手を休めるためなのかフィリスがいきなり口を開いた。
「そういえば、恭也君ってAB型なんですよね?」
「は?」
そのフィリスの唐突な言葉に、恭也は思わず首を傾げる。
それにフィリスも突然すぎたかと苦笑する。彼女としては、実は自分の血液型と相性がいいんですよー、とか言って少しは自分を意識してもらおうかな、と思っただけなのだが。
「え、えと突然すぎましたね」
「あ、いえ、別に構わないんですが、なんでいきなりそんなことを?」
「いえ、恭也君のカルテを見て、何となくなんですけど」
作戦失敗か、とフィリスは苦しげに言い訳をした。
というか前振りもなく、いきなり唐突すぎだろう。色んな意味で経験の浅い彼女ならではかもしれない。
それから血液型から離れ、二人は色々と会話するのだが、それがフィリスにとって実りのいい会話になったかは不明である。
そして、この日の会話が、自身の未来に大きく関わってくることになるとは、恭也もこの時点では思ってもいなかった。
ある兄妹の複雑な恋愛模様
第一話
すでに朝日が昇ろうとする時間、恭也は帰宅途中であった。もちろん病院からである。
病院のフィリスの部屋でも、何度か仮眠をとっていたので、別に徹夜というわけでもない。
昨日は鍛錬が終わったあと美由希とわかれ、そのまま病院へ徒歩で向かったので、必然的に帰りも歩きである。
恭也は黙々と家へと続く道を歩いていたのだが、突然その足を止めた。
「AB?」
声として出てきたのはそんな単語。
それはフィリスが言う限り、恭也の血液型である。カルテで見たというのだから間違いないだろう。
フィリスと会話しながらも、それがずっと気になっていた。
実の所、恭也は自分の血液型を初めて知った。
大怪我をしたり、血を流したりはよくあるのだが、あまり気にしたことがなかったし、医師に聞くこともなければ、わざわざ調べようと思ったこともなかったのだ。いや、半ばO型であるという思い込みがあったのかもしれない。
それを今日初めて知ったわけなのだが、何か違和感がある。
もちろん恭也は血液型による性格診断や相性など知る訳もないし、興味もないので、それらのことに関係あるわけではない。
「……父さんは」
父、士郎の血液型。
恭也は自分のは知らなかったのに、こちらは少しだけ覚えがあった。
士郎が護衛の仕事で……桃子を庇って……大怪我を負って入院した時、看護師の人に聞いた覚えがあったのだ。
だがその血液型は……
「記憶違いか?」
思い出すとどうも食い違いがあるのだ。
医師であるフィリスが言ったのだし、何度かあの病院では手術などをしていたから、血液型に間違いはないはずだ。
ということは自分の記憶違いか、それとも知識の間違いか。
だが、あまり深く考えても仕方ないと、恭也は再び歩き出した。
家に辿り着き、すでに起きていた美由希と鍛錬。
終わったらシャワーを浴びる。そして、家族全員揃っての食事も終わる。
今日は大学の授業が午後からなので、恭也はまだのんびりできるが、美由希たちは学校へ行くための準備で忙しい。
なのははすでに準備を終え、ソファに座っている。ちなみに今日は恭也が送っていくことになっている。そのためなのか、なのはは嬉しそうな表情で、足をブラブラとさせていた。
そんななのはを見て、彼女の髪を纏めている桃子は苦笑している。
そして恭也はお茶の啜っていたのだが、少し何かを考えてから桃子の方を見た。
「かーさん、すまない、父さんの血液型は何型だったろうか?」
「は? どうしたの急に」
息子の唐突な言葉に、桃子は首を傾げるのだが、それでもなのはの髪を纏めるリボンを器用にしばっているのは流石は母親か。
「いや、少しばかり気になってな」
「まったく士郎さんのことを忘れるなんて」
「そんなこと話したこともほとんどなかった。かーさんは知っているのか?」
恭也は実際に士郎とそんなことを話したことはなかったし、士郎自らそんなことを言うこともなかった。もしかしたら、士郎も恭也のように自分の血液型になど興味がなく、知らなかったという可能性もあるが。
士郎以外の者……つまり看護師から状況的に聞いたことがあっただけだ。それも幼い時であったため、その記憶が正しいものなのかが気になるのだ。
その質問に、桃子は胸を反らして答える。
「ふふ、愚問よ。この桃子さんには士郎さんのことで知らないことなんてないの」
「息子に惚気るな」
「もう少しのってくれてもいいじゃなーい」
そう言って口を尖らせる姿は、どう見ても大学生の息子を持つ女性とは思えないほど幼さを感じさせる。
そこらの男なら、それだけで落とされてしまうかもしれないが、生憎恭也からすれば見慣れたものである。
「いいから」
「士郎さんはO型よ」
「……そうか」
桃子の答えを聞き、恭也は眉を寄せた。
記憶違いではなかった。
ならば自分の知識の間違いか。
そんなことを恭也が考えている間に、桃子はなのはの髪を纏め終えていた。
恭也も見慣れたなのはのツインテールの髪。
「はい、できたわよ、なのは」
「ありがとう、お母さん」
「うん」
桃子は纏めたばかりのなのはの髪が乱れように、優しく撫でながらも笑って頷く。そしてそれから立ち上がった。
「じゃあ恭也、なのはのことお願いね」
「ああ」
「お仕事頑張ってね、お母さん」
「うん。なのはもお勉強頑張ってねー」
そんなふうに言って、母と娘は手を振り合う。
それから桃子が翠屋へと向かっていくのを見届けて、
「では行くか、なのは」
「うん」
家に残っている家族たちになのはを送ってくると言ってから、恭也は彼女を連れて家から出た。
すると玄関を出てすぐになのはが恭也の手を握ってくる。
「えへへ」
照れ笑いのような笑顔を見せるなのはに、恭也は僅かに苦笑すると、そのまま握られた手に少しだけ力を入れる。
そうして二人は手を繋ぎながら歩き出した。
「そういえばおにーちゃん、おとーさんの血液型がどうかしたの?」
先ほどの母とのの会話を思い出したのだろう、なのはは恭也に聞いた。
「いや、なんでもない。かーさんに言った通り、何となく気になっただけだ」
その答えになのははふーんと反応すると、再び口を開く。
「おにーちゃんは何型なの?」
なのはも当然ながら恭也の血液型を知らない。恭也自身が知らなかったぐらいなのだから、なのはが知っているわけがない。
だが恭也はどう答えるかを迷った。
結局、
「俺は……いや、俺もOだ」
そう偽ったのだった。
だがそんなことを知らないなのはは、その答えを聞いて、嬉しそうに笑う。
「あ、なのはと一緒だね」
「そうだな」
なのはのその笑顔を見て、今まで言ってきた冗談としての嘘とは違い、多少胸が痛んだものの、それは表には出さず、恭也は静かに頷いた。
それから二人は兄妹の会話をしながらも、スクールバスが止まるバス停まで歩いて行くのだった。
◇◇◇
恭也は今まで読んでいた本をパタンと音を立てさせて閉じた。
今まで読んでいた本。それは大学からの帰りに買ってきた血液型に関しての本だった。
別に立ち読みでも良かったのかもしれないが、それも何か嫌だったので結局買ってくることにしたのだ。
そして、それを帰ってきてからずっと読んでいたのだが。
「間違いではなかったか……」
どこで手に入れたものだったかは忘れたが、恭也は血液型の遺伝に関しての知識が多少あった。ただその知識は間違いか、記憶違いがあったものだと思っていた。
だがこれで調べてみると、どうやら恭也が持っていた知識は間違いではなかったらしい。
いや、正確には『ほとんど』間違っていなかった。
「まれではあるが、O型の親からAB型の子供も産まれることはある、か」
それが調べた結果。
基本的に父親か母親かのどちらかでもO型であった場合、AB型の子供は産まれない。だがかなり低い確率ではあるものの、生まれることもあるということだった。
そして、これは恭也にも当てはまることだった。
恭也の父である士郎はO型だ。つまり相手がどんな血液型であれ、AB型の子供である恭也が生まれる可能性はかなり低いのだ。
これがフィリスに自分の血液型を聞いてから、恭也が引っかかっていたことだった。
最初はO型の士郎から、AB型の自分が生まれるわけがないと思ったのだが、そうとも限らないようだ。
自分がこのまれなケースに入るのか、それとも……。
「……どうなのだろうな」
つまり恭也は士郎の本当の子供ではないかもしれないということだ。もちろん可能性としてだけだが。
まれであるからこそ、それに当てはまる可能性は酷く低い。
だがもしかしたら、その低い可能性に当たったというのも完全に否定することはできない。
これについて調べる方法も幾つかある。
だが……。
「関係ないか」
恭也は苦笑して呟いた。
血が繋がっていようがいまいが関係ないだろう。血が繋がっていなかった所で、士郎は父親だ。それは変わることはない。
確認など取れないが、士郎もそう思ってくれるはずだ。それに桃子たちとて士郎と血が繋がってなかったからと言って、家族でなくなってしまうわけでもない。
結局の所、血の繋がりなど関係なく、士郎は恭也の父で、桃子は母、なのはは妹、美由希は妹兼弟子、他の者たちとて家族だ。
これまでと何も変わらないのだから、わざわざ調べる必要などない。
恭也はもう一度笑って、今まで見ていた本を机の引き出しの中にしまった。
そして立ち上がり、深夜の鍛錬の準備を始めるのだった。
本当に……この時はそれだけだった。
血など関係なく家族でいられると。
いつまでも変わることなく。
しかしこのことが、恭也の……恭也と彼女の未来に深く関わってくることになる。
そんなことを今の恭也が想像も、考えることもできるはずがなくて……。
その未来で、恭也はこのとき調べておけば良かったと思うのかもしれない。
だが実際にこのとき恭也はそれをしなかった。
この選択が未来で複雑な道を作り出すなど、やはりわかることではなかった。
あとがき
自分はここに宣言する! これは恋愛物であると!
エリス「無理」
一言で両断!?
エリス「そんなことより、連載増やしたね……」
だ、大丈夫だって、これもそんなに長い話じゃないから。たぶん狂想と同じぐらいか少し長いぐらいだから。
エリス「中編ってこと?」
そうそう(たぶんね)。
エリス「なんか今、小さく何か聞こえたような気がするけど。でも結局恭なの」
ふっ、もはや自分の方向はそれで決まってしまった。
エリス「えばることじゃないから」
はい。
エリス「で、恋愛物ってことはなのはは」
無論、黒くありません! 壊れてません!
エリス「無理」
またかい。
エリス「でも今回の話で、何となく先の話が見えてきたけど」
そう簡単にはいかない。これは狂想と一緒……っていうか、狂想の流れの元がこれのリメイク前の作品だからな、完結してなかったけど。狂想と違って、リメイク前のデータがすでにないのと、それを書いたのがリリちゃが発売される前だったのとで、ほとんど元のから離れてるけど。
エリス「狂想で言ってたやつだっけ」
そう。流れを元にされているだけに狂想と一緒で年代が飛んでいく。かなりの年月かけての恋愛物だからねー。ある意味、狂想のifストーリーみたいな感じに。黒くないけど。
エリス「黒くないに拘るね」
その中での恭也となのは想いを……ってかそっちはほとんどなのはだな。うん、なのはの想いなど書いていきますよー。ちょっと純愛というようなものではなかったみたいだけど。さらに甘くもない。
エリス「結局また変な設定だろうけど」
ぐう、否定できん。ちなみに恭也と士郎の血液型は捏造っていうか、独自設定です。作中に出てきませんでしたし……出てたっけ?
エリス「やっぱりいきなり」
すいません。こうしないと話が展開できないし。
エリス「今回は短い。しかも今まで一番。さらに恋愛物なのに恋愛のれの字もない」
今回はプロローグ的だから。次回はもう少し長くなる。で、今回はリリちゃぐらいの年でしたが、次回はいきなり何年か経ってしまいます。
エリス「いきなり?」
うむ、今回は恭也が主役だったが、次回はなのはだ。ああ、黒くない心理描写も楽しい。
エリス「そっちも一緒に送ってますので」
そちらでまたお会いしましょう。
これから始まるのは純愛なのか。
美姫 「どんなお話になるのか楽しみね」
うんうん。似たような事は俺も考えた事があったな。
恭也は士郎の兄の息子とか。
美姫 「あったわね〜。書いてないけど」
……え、えっと、このお話はどうなっていくのかな〜。
美姫 「はぁぁ」
何だ、その既に悟りきった顔は。
美姫 「はいはい。さて、気になる次回は…」
すぐ後! って、誤魔化された!