第十三話 早まった初試合







恭也は、構えたまま薫を見続けた。
『すでに』力で敵わないのはわかっている。体力は何とか同等程度。待ちに徹していては絶対に勝てない。かと言って、正眼で構える薫を見ても、一切隙はない。
強い。
『すでに』そんなことはわかっているが、それでも思う。強いと。
剣道部に所属していると恭吾は言っていたが、彼女が使うのは剣道の技術だけではない。何かしらの剣術が元になっている。それがどんな流派なのかは恭也にはわからないが。
確かに強い。
武者修行の最中に戦った人物たちと比較しても、間違いなく上位に入る腕前だ。
だが、

(兄さんほどではない!)

恭吾が見ているのだ。美由希が見ているのだ。なのはが見ているのだ。『これ以上』の無様は晒せない。
そう自分に言い聞かせ、右に持っていた木刀を左に持ち替えると、恭也は自ら薫の間合いへと飛び込んだ。
相手は通常の木刀。対して恭也は小太刀型の木刀。その長さの違いは語るまでもないだろう。その長さの違いは、武器の間合いの違いにもなる。自分の間合いに入らなくては、一方的に攻撃されることになる。
間合いが短い者が、自らよりも長い間合いを持つ者と戦うのは難しい。
小太刀は守りに適する刀と言われるが、それはあくまで相手との技術に開きがないときの話だ。さらに言うなら、守りに入って敵を倒せるわけがない。守りに入りながらも敵を倒すには、後の先……カウンター気味の攻撃を繰り出さなくてはならない。だが、やはりカウンターも相手に技術で負けているのでは、そう易々と繰り出せるものではない。
つまり今の恭也では、薫相手に待ちに徹していては話にならないということだ。
まずは自分から小太刀の間合いにまで詰めなければ話にならない。

「ふっ!」

鋭い呼気を残し、踏み込みの力を込め、横薙ぎの一閃。

「しっ!」

それに返ってきたのは、女性とは思えない力強い振り下ろし。
上から叩き伏せられ、その衝撃が腕にまで来る。

「っ!」

一体どれだけ愚直なまでに剣を振り続けてきたのだろう。本当に好ましくなるほどの真っ直ぐな剣筋。だが、それだけに真正面から戦ったのでは、今の恭也に勝利はない。どうやっても技術、身体能力で負けている。
ならば、それ以外のものを用意するしかない。たとえ、かなりの選択肢が制限されたルール内であったとしてもだ。
恭也は叩き伏せられた右の木刀を無視し、すぐさま腰に下げられたままのもう一方の木刀を引き抜く。
二刀流。
それが、恭也に用意できるものの一つ。
それこそが御神流の真価。
しかし、その真価も……

「はあっ!」

一撃目を叩き伏せた木刀を反動を使ってすぐさま引き戻し、切り上げられ、やはり上へと弾かれる。

(御神の真価も、俺程度では武器にもならんか!)

兄ならば……恭吾ならば、一刀でも連撃で畳みかけるだろう。捌く間すら与えてない。威力でも片手でありながら、薫の上をいく。
しかし、自分程度では二刀を使っても簡単に捌ききられる。二刀で手数が増えても、簡単に捌かれては意味がない。試合中でなければ舌打ちぐらいしていただろう。
切り返しで薫の身体が止まった。それを見た瞬間、小太刀以外のもの……足が反応しかける。

「ちっ!」

思い直したように、恭也は先ほどは我慢した舌打ちをして、それを止めた。

「?」

その行動に不審を持ったのか、薫が訝しげな表情を浮かべる。
その間、恭也は弾かれように、広げられた両腕を引き寄せるようにして、後ろに下がった。

「あ……!」

それに薫はまるでやられた、とでも言うような悔しげな表情を取る。
おそらく距離を取るため、意識をずらすようにわざと無用な反応をしたとでも取ったのだろう。
だましたような感じで悪いが、実際にはつい癖で蹴りを使いそうになっただけだ。だがすぐにルールを思い出し、止めたために妙な反応になってしまっただけである。
しかし、同時に助かったとも言えた。もしもあそこで追撃が来ていたなら、両腕を上下に開かれた恭也には、反撃のしようがなかった。つまり詰みの一歩手前だったのだ。

(力でも敵わない。技でも敵わない。踏み込みの速さでも敵わない)

どれも半歩程、薫の方が前にいる。
半歩であるからこそ、どこまでも遠い。背中が見えているのに、どうしても手が届かない。

(でも……)

半歩の距離とわかるだけでもマシだ。
恭吾との差など、それこそわかりもしない。背中すら見えない。それに比べれば、彼女は目の前にいるのだ。まずは半歩前にいる彼女に追いつけなければ、士郎にも、恭吾にも追いつけはしない。
恭也は、大きく一つ息を吐き、木刀を二本とも腰のベルトに差し込んだ。
そして、その柄に手を添えたまま、深く、深く腰を沈め込む。

「居合い? いや、抜刀術?」

その構えを見て、薫が不思議そうに言った。
不思議がるのも当然だ。
鞘のない抜刀術では鞘走りもできず、親指で弾き出したとしても、それほど剣速を上げることはできない。むしろベルトとの摩擦で、剣速が出ない可能性とてある。
だが、恭也は応えない。

(思い出せ! 兄さんの姿を!)

あの『二つ』の技を使う兄の姿を何度も脳裏に浮かべ、恭也はさらに大きく息を吐き出す。
そして、上半身を地面と平行に曲げ、さらに腰を落とし、捻り込む。
次の瞬間、左足を膝を折り曲げ、一気に全身の力をそこへと集中させ、足の底に力を溜め込み、解放。
地面を抉り、恭也は自身を弾丸として駆ける。
その速さに薫は多少驚いた表情を浮かべているが、それだけだ。揺らぎはなく、恭也の技を真正面から受け止めんと、木刀を振り上げていた。
だが、そこでさらに恭也の腰が捻り込まれた。それによって小太刀全てを背後に隠れた。
これによって、攻撃のタイミングを隠す。さらに極限にまで全身の筋肉を捻り込むことで力を溜める。
その体勢のまま、恭也は一瞬、口元を苦悶で歪めた。
型がおかしいのか、それともまだ自分がまだ成長しきれていないからか、捻り込んだ背筋と腹筋が悲鳴を上げているのだ。
どちらにしろ、それは恭也の未熟の証明。
が、その痛みは精神力で押さえ込んだ。
突進の力を緩めることなく、最後の一歩を踏み込む。

「ぐっ!」

その一歩が、無理な体勢である故か、今度は足の腱が悲鳴を上げた。
しかし、一度苦悶の声を上げただけで何とか抑え、最後の踏み込みとともに、捻り込んだ上半身という弦を緩める。
まるで番えられていた矢が放たれるかのように、恭也の上半身が爆発的に解放された。
それとともに右手で木刀をベルトから引き抜く。
それはつい先日見ただけである御神流の奥義の一つ、虎切。
高速、長射程の抜刀術。
確かに真剣ではないため、抜刀術としての本領は発揮されない。だが、全身を極限にまで捻り込み、それを解放した勢いと、最後の踏み込みの勢いを全て乗せて抜刀することで、ただの斬撃よりも数段速い剣速で放たれる。

「っ!!」

だが、それにすら薫は反応していた。
一歩、力強く踏み込み、やはり上段からの振り下ろし。
二人の間で木刀が激突し、ミシミシと音を立てた。
本来なら恭也の力負け。

「なっ!?」

そう予測していたはずの薫が、驚きの声を上げる。
今回は、全身の力と徹を乗せたのだ。そう簡単に弾き飛ばされはしない。

(それでも甘いか!)

全身の捻りで、身体が悲鳴を上げ、徹が中途半端にしか乗っていない。薫の木刀を弾き飛ばすまでには至らなかった。
しかし、恭也もこれで終わりにするつもりはなかった。ここで畳みかけなければ『また』負ける。
恭也は突進のスピードを殺さずに、今度は反対の方向に腰を捻りこみ、もう一本をベルトから引き抜く。
無茶な動きに、またも全身の筋肉が嫌な悲鳴を上げるが気にしない。多少の無茶をしなければ、格上の者を相手に勝利をもぎ取ることなどできるわけがないのだ、
全身の力と徹を再び込め、薫の木刀を狙うが、彼女はすでに反応していた。
一刀目を力ずくで押し込めるのを諦め、左手を柄から離し、右手だけで一度力を抜くこでその衝撃を逃がし、そのまま切り返す。
が、それが甘い。
いくら現段階では、力は薫の方が上とはいえ、全身の力と捻り、徹を乗せた斬撃を、中途半端な片手でいなせるわけもない。
重く、響く音を響かせ、二つの木刀が再び衝突。
やはり薫の木刀を手から飛ばすには至らなかったが、力負けし、その腕が大きくが上がった。
これで身体が開いた。
ここにさらに追撃を……とさらに恭也が腰を捻る。
だが、

「くうっ!」

すでに衝撃を受け流すこともできなくなっていたにも関わらず、薫はそれを力で押さえ込んだ。

「なっ!」

その対応に恭也は目を剥く。
力で押さえ込んだのは確かだが、決して単純な力業ではない。中途半端な体勢でありながら、肩、腰、足と全身をうまく動かし、衝撃を逃がしながらも、さらにそれら全てを使って、中途半端な体勢のまま右腕に力を込めたのだ。
それは力業であり、確かな技巧であった。
だが、それに目を奪われてしまったのがまずかった。微かな時間を薫に与えてしまったのだ。
中途半端な体勢で、だがやはり先ほどと同じ理論で右腕に力を込め、薫は木刀を振り下ろして来る。
恭也は自分の失態に再び舌打ちしたくなったが、そんなことをしている暇はなかった。
本来は突く所を柄撃ちで放とうとしていた第三撃。それを修正し、またも全身の筋力と徹を込め、切り上げる。
三度、ぶつかり合う木刀。
今度こそ弾き飛ばせる。
その力を伝達、受け流すための技巧には関心するが、さすがに中途半端な体勢で、これ以上の斬撃を防げるとは思えない。
そして、実際に衝撃で再び跳ね上げられた薫の腕を見て、続く四撃目を迷わず放つ。
本来は斬を込める最後の一撃。
恭也は今までの腰の回転の力を全て乗せ、最速で放とうとしていた。
そこで恭也は再び目を剥く、薫の目は死んでいなかった。諦めていなかった。
だが、恭也にも意地がある。
ここで、その目に押されるわけにはいかない。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

今までにない気迫のこもった声を上げ、今の自分ができる最高の一撃を繰り出した。
そして、次の瞬間……


恭也の最後の四撃目……左の木刀が、薫の脇腹の真横で止まった。



◇◇◇



目の前の光景を見て、恭吾はわずかに笑みを作った。
確かに、恭也の木刀は薫の脇腹に添えられている。
だが、恭也の勝利ではない。
なぜなら薫の木刀もまた、恭也の首筋に触れるか触れないかの距離で止まっていた。
恭也は弾き飛ばしたと思っただろうが、薫は右手が弾かれる前に、離していた左手で再び柄を握り、徹の衝撃を押さえ込んだのだ。いや、押さえ込んだのではなく、左だけは斬撃を当てられた直後に戻したため、うまく衝撃を流していた。
そして、無茶な体勢のままだが、恭也の首に斬撃を向かわせたのだ。
そんな薫にも感心するが、それ以上に恭吾は恭也の方に意識が向いていた。

(そう来るか……)

大きく苦笑したくなったが、それは何とか耐える。
恭也が最後に放った技は、言うなれば虎切と薙旋の複合技。
はっきり言ってしまえば、それほど珍しいアレンジというわけではない。虎切は射抜と同じで派生がしやすい。二つとも抜刀術というだけあって相性もいい。恭吾もたまにやることだ。というよりも、始めて恭也に薙旋を見せたときのやり方と似ている。まあ、少しばかり身体への負荷が激しいのだが。
だが、恭吾はそんなこと教えていない。
つまり、恭也は土壇場でそれを考えつき、実行したということだ。

(やはり、お前は俺か)

それを考えて、やはり苦笑を浮かべそうになった。
かつて美沙斗との戦いで、神速の二段掛けを考えつき、実行した恭吾と同じだ。
もっとも、恭也の虎切はまだまだ甘いが。それも当然、恭也に虎切を見せたのは昨日が初めてで、まだ型すら満足に行わせていないのだから。
そんなもの、普通は実戦の中では使えない。アレンジなどできようものがない。ましてや相手は格上なのだ。そんな人物を相手に実験的な技に頼るなど馬鹿のすることなのだ。
それでも、そんなものでも一縷の望みをかけて勝負に出る。
自分ならばできる、と言い聞かせ、実際にやってみせる。確かな結果を出す。
それが『高町恭也』という人間であった。
今回の結果は引き分け。
だが、それでもよくやったと言えるだろう。確実に格上と言える薫に、御神流としては限定されたルールで引き分けにまで持っていったのだから。

「この勝負、引き分け」

恭吾は考えを消し、二人に告げた。
すると二人は硬直が解けたかのように、木刀を降ろし、肩で息をし始めた。

「結果は神咲さんの二勝一分け、ということになりました」

そう、すでに今のは三戦目だったのだ。
一戦目は一刀だけで戦い、二刀目を抜く暇すら与えられずに恭也の大敗。
二戦目は最初から二刀でぶつかったが、力や技術に差があるというのに、それを覆す方法が見出せず、やはり敗北。
そして、三戦目でようやく相打ちにまで持っていった。
このままいくと、やり続ければいつかは勝てるようになるかもしれないが、そこまでさせるつもりはなかったし、すでに恭也の方が限界のはずだ。
そんなことを恭吾が考えていると、窓辺で観戦していた者たちが声を上げていた。

「高町少年、マジであれ小学生か? バ神咲相手に三戦で相打ちまでもってくか」
「はあ、恭也君、凄いね。ってことは、不破さんも凄いのかな」
「さ、最近の子たちはみんなこんななのか?」
「恭ちゃん……やっぱり凄いなあ。最後の見えなかった。でももうちょっと勝てたのになぁ」
「あー、おにー……すこい」

そんな声が聞こえてくるが、対戦していた二人も言葉を掛け合っている。

「つ、強かね、恭也君。その歳でそれだけ戦えるなんて、将来が楽しみというか、恐いというか」
「い、いえ、神咲さんの方こそ。結局勝てませんでしたし。それに俺など兄さんに比べればまだまだです」

そう言って恭也は木刀をしまい、一度力を抜くように深呼吸すると、恭吾の方を見た。
結果は恭也の二敗一分け。完全な負け越しだが、それでも恭也は奮闘したと言える。薫を相手に、限定された状況、その中で神速なしでここまでやれたなら、恭吾としても上々の結果だった。
戦えば勝つと豪語し、それを実際に実現してきた御神流ではあるが、その御神流の技能大半を使えない限定的な試合では、言葉遊びに聞こえるかもしれないが、戦いの範疇には入らない。守るものもない試合での勝敗などどうでもいいことだ。
それに戦えば勝つ、というのもどちらかという精神論に近い。というよりも、負けを知らない戦闘者ほど弱い者はなく、負けたことのない者ほど恐くないものはない。人はある程度負けを知っている方が強いのだ。俗に言う無敗の天才はこの部類に入るが、そう言う意味では恭也は天才ではないということだろう。恭吾としては喜ぶべきところだ。

「ふむ、順調に仕上がってるな。海鳴に戻って来てからは初めての他流との戦いだったのだが」
「だが何か問題がある……のではないのか?」

恭也の言葉に、恭吾は当然とばかりに頷いた。

「抜刀の速度が甘い。腰の回転が足りてない。だから武器を切り離せなかった。まあ、このへんはまだお前の体格、筋力では無理があるが、それでも改良はできる。
それと小太刀以外の攻撃が禁止されているとはいえ、小太刀にのみに頼りすぎだ。小太刀以外それを握る腕以外の部位も動かし、相手の動きを読み、見切り、そして相手の意識を操れ。でなければ貫を完全には操れない。
それと徹の威力にも頼りすぎだ。確かに彼女はお前よりもまだ筋力などが上だろうが、力が上の者に対して力で対抗しようとするな。それに小太刀しか使えずとも、体捌きだけでも牽制はできる」

そのへんをわかせるためというのも、勝負を剣のみにした理由の一つであった。
実戦では何でもありだが、剣のみというルールで戦うことで、剣だけで戦いつつも、他を活かす方法を考えることができるようになる。
ルールをつけることで、技術を学べることもあるのだ。

「うお、ボロクソに言われてるぞ、少年」
「いや、俺にはどっちもとんでもない、としかわからなかったんだげど」

隣で真雪と耕介が何やら言っている。
何か応えようとも思ったが、今は恭也への指導を優先させてもらうことにした。

「力で勝てないなら技と速さで、技で勝てないなら力と速さで、速さで勝てないなら技と力で、全てで勝てないならばそれ以外の全てを使ってと言ったはずだ」
「ああ。今回一度でも分けに持っていけたのはほぼまぐれに近い」

ほんの少しだけ、恭也は悔しそうな表情を浮かべる。
悔しさがあるのならいい。

「まあ後半からはそのへんがわかったようだから、徹の頻度も減っていたが。ただ戦い方の組立がまだ甘い」
「ああ」
「だがそうだな、そろそろ他の……抜刀系以外の奥義を教えてもいいころか」
「本当?」

奥義を教えると言われて、恭也は身内にだげわかる程度の喜色を声音にのせた。このへんはまだ子供っぽさがあるらしい。ただ、奥義を教えると言われて喜ぶあたりは剣術ばかと言うべきか。

「ああ。薙旋と虎切……抜刀術にだけ頼る癖ができても厄介だしな。そろそろ多対戦用、乱撃用の技も覚えた方がいいだろう。まあ、虎切をもう少し使えるようになってからの話だがな」
「虎乱?」
「いや、花菱だ。虎乱よりも花菱の方が使い易い」
「兄さんが使ってる所、ほとんど見たことないが。父さんもだが」
「お前に見せないようにしていただけだ。また見様見真似でやられても困る。おそらく士郎さんが見せなかったのも同じ理由だろう」

錬度を下げぬため、それらの奥義の鍛錬を今も恭吾はかかしていないが、恭也の前ではほとんど見せていない。とくに今日の試合を見て、さらに見せてはいけないと思うようになった。ただ一度だけ見たような技を頼ろうとしたのだから。
恭吾自身、同じようなところがあるため、本当は強く言えないのだが、後日注意するべきだろう。

「なあ、高町兄」
「はい」

恭也との話は終わったと見た真雪が、唐突に声をかけてきた。というか、高町兄。今の自分は不破なのだが、と恭吾は思うものの、とくに訂正したりはしなかった。

「お前はどの程度なんだ?」
「どの程度と言われましても」
「高町弟の話を聞く限り、お前もとんでもないみたいだが」
「まあ、それなりの自負はあります」
「俺程度では手も足も出ません」

恭吾の変わりに答えた恭也の言葉に、薫と知佳、耕介が驚いた表情を浮かべる。
最終的に薫相手に相打ちまでもっていった恭也が手も足も出ない、と言うのだから当然の反応ではあるのかもしれない。
だが、真雪は一人納得したように頷くと続ける。

「お前たちの流派の中ではどうだ?」
「さあ、それはわかりません。色々あって、俺は俺たちの流派の剣士とはそれほど戦ったことはないので。子供の時以外を抜かすと一人だけですから。技の方はだいたい修めていますが」

恭吾は少し考え、持ってきていた小太刀の木刀に手をかける。

「一戦やりますか?」

今の真雪は、先ほどのような怒りはないし、面白い勝負ができるだろうと恭吾は提案したが、真雪は肩を竦めて首を振った。

「やめとく。勝てる気がしねぇ。あたしと神咲の二人がかりで何とか……いや、それでも怪しいんじゃねぇの?」
「真雪さん、まじっすか?」
「たぶんな。技量もそうだが、経験からしてあたしらとは違いすぎるんだよ、こいつ。さっきの奇襲も全部読まれてた上に、見切られてた」

それは過大評価というものだと恭吾は思う。
実際のところ薫と真雪の剣腕自体にはそれほどの差はない。この時代の薫の腕を見る限り、あのルールで戦えば、この二人相手では勝てる可能性は恭吾の方が圧倒的に低い。

「それにしても小太刀の二刀流というのは珍しかです」

真雪の言葉に納得しつつも、薫が恭也が腰に下げる小太刀の木刀を見て、呟くように言う。

「まあ、そうでしょうね」

小太刀を使用する流派というのはそれなりにある。神咲にだって、小太刀を使う流派があることを恭吾は知っている。他にもいくつか武者修行のときに戦った。
それに古くからある剣術道場ならば、小太刀を教える所は多い。ただそれを主としていないだけだ。あくまで短刀術の延長のような形で教えるだけで、それを主としない。
しかし、小太刀を主武器とし、それも二刀流となると極端に少ない。

「何て流派なんだ?」
「御神流と言います」

本来なら適当に濁すところではあるが、彼女たちならば構わないと、恭吾は真雪の問いに答えた。

「みかみ、ミカミ、御神。どっかで聞いたことあるような気もすんだけど」
「そうですか」

未来でも同じようなことを聞いた。別段知っていたとしてもおかしくはない。彼女は日門草薙流を学んでいたから、そこで聞いたことがあるのかもしれないし、今では御神という名前は表でも知る人は知っている。結婚式という晴れの日に爆弾テロを受け、親戚一同含めて皆殺しにされたという悲劇で、新聞を賑わせたことがあるのだ。無論、後者の場合は、ただの一般家庭……いや上流家庭ということなっているが。
どちらの理由でかはわからないが、そのあたりで聞いた覚えがあるのだろう。
真雪は何度か首を傾げていたが、それにも飽きたのか、それとも思い出せないと諦めたのか、まあいいやと考えるのを止めていた。

「よし、まあ、今回は神咲の勝ちってことで勝負は終わりだ」
「ええ」
「それじゃ、これから宴会ですか?」

恭吾と真雪が話していた中、耕介が苦笑いながら聞く。

「まあ、今回は出会いの記念っつうことでな」

というよりも真雪の場合、それをお題目にして、宴会をしたいだけだろう。
それがわかるだけに、耕介と知佳は苦笑しあう。そして恭吾も表情には出さず、変わらないなと内心で苦笑していた。
少なくとも、先ほどまで妹に手を出したとして斬ろうとしていた相手……そして、恐らくは別の意味でも警戒していたであろう相手に、そこまで言ってくれる真雪の度量には感謝するが、今回は頷けそうにない。

「お誘いは嬉しいのですが、少しやることができまして。今回は辞退させてもらいます」
「え?」

恭吾の言葉に一番最初に反応したのは知佳だった。彼女は少しばかり寂しそうな表情を見せている。
せっかく知佳が誘ったというのに、知佳との交流はほとんどなかったのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。
その知佳の反応を見てなのか、それとも恭吾が宴会の出席を断ったせいなのか、真雪が目をつり上げた。

「あぁ? あたしたちと酒は飲めないってのか?」

そもそも恭吾は下戸だし、精神的にはともかく肉体的には未成年なのだが、そんなことを言っても気にする人ではない。今度は表情に出して苦笑し、首を振った。
正直、宴会には加わりたいところだ。未来ではなるべく避けていたが、恭吾にとっては久しぶりの再会。それをわかる人がいなくとも、彼らとともに祝いたいというものはあったし、もう少し共にいたいという考えもあった。
だが、そうはできない理由があるのだ。
恭吾は、隣に来ていた恭也の頭に手をおく。

「少しこいつを家で休ませます。今日は休日だから無理ですが、明日は病院につれていくつもりです」
「ちょ、なんでだ、兄さん!」
「自分でわかってることを聞くな」
「うっ」

恭吾と恭也の二人は、周りがまったく理解できない会話を繰り返す。
首を傾げる一同に向かって、恭吾はまたも微か……シニカルにも見える苦笑を浮かべた。

「最後の四連撃で少々無理をしたようなので。足の筋が伸びてるでしょうし、腰回りの筋肉もダメージがありそうです」
「最後のあれか。確かにかなりもんだったが、そんなにやばい技だったのか?」
「いえ、まだこいつは身体が出来上がってるわけではありませんから。身体の方が技に追いついていないんですよ」

とくに虎切と薙旋などという奥義を複合させるなどということをやってしまったので、ただ単発でそれらの技を出すよりも身体に負荷がかかっているはずだ。
動くことに支障はないだろうが、それでも師として無茶はさせたくなかった。こんなことで壊れてしまっては、恭吾がここにいる意味がない。

「技に追いつかない身体、ね」
「それはまた……」

説明を聞いて、真雪と薫は呆れたように嘆息した。
恭吾の言い方からすれば、つまり幼い身体だから負荷がかかるというだけで、成長しきってしまえばそうでもない、というもの。だが本来、それはそうあることではない。
身体に負荷をかける技というのは確かにある。それを承知で使う人間もいる。しかし恭也の場合は、身体が成長していないからこその負荷。
普通はそういう身体の成長も考えて、師は技を教えていく。それができないならば、師としては本来三流以下か失格だし、時間的な意味で、身体の成長を越えた技を体得させるというのも難しいのだ。
しかし、恭吾たちと今日知り合ったばかりの薫たちには多分に憶測が混じってしまうが、恭吾は未熟な師には見えない。
ということは、

「そこまで優秀か……」

身体の成長よりも、技術の成長の方が早い。つまり時間的な制約を突き崩す才能を持つということだろう。
戦って年齢に見合わない剣腕を見た薫は、感嘆ともとれる息を吐き出しながら呟いたのを見て、真雪は肩を竦める。

「もしくは他にも理由があるのかもな」

薫の呟きが聞こえたのか、真雪も呆れたように言うが、それをやはり聞いていた恭吾は微かに首を振った。

「優秀かはわかりませんが、仁村さんの方が正確ですね」
「なるほど」

恭吾の短い言葉だけで、修練の過程で何かしら時間的制約を覆すようなことが起こってしまった、ということだと真雪たちは理解しているようだった。
単純に、恭也の場合は士郎を失ったことで自己流に走り、そこから修得スピードに狂いが出た。それをある程度修正し、矯正するためには、さらに技術を叩き込むしかなかっただけだ。だが、技術を上げると、どうしても次の技にいかなくては、成長期にある身体の方が一つの技だけを覚えてしまいかねない。だからこそ、恭也の技の修得スピードはさらに加速してしまった。
優秀かどうかで言えば恭也は間違いなく優秀だ。修得スピードに狂いが出たというのは確かにその通りだが、それでも先ほど言ったとおり、身体の成長の合わない技を体得するというのは本来難しいことだ。それをなした以上は、技の内容を組み解き、今の身体に自然と慣れさせ、早急に自分のものにするという才能が確かにある。おそらくそれがなければ、過去、恭吾が恭也であったとき、美由希を鍛えることなどできなかった。
武の世界は、技を体得してまえば、ただ努力のみの世界。無論、技を体得するというのも努力によるものだし、経験も必要ではあるが。
覚えた技を何百回、何千回、何万回と繰り返し、錬度を上げる。陳腐に聞こえるかもしれないが、その努力ができるのもまた、武の世界では数少ない『後天的』な大きな才能だ。恭也はそれができる。
それを考えついたとしても、恭吾はそれを人に口にしたくない。言ってみれば自画自賛のようなものだからだ。

「それよりも高町兄。仁村さんじゃ、アタシと知佳、どっち呼んでるかわからんぞ」
「では、どう呼べば?」

未来では、両者を名前で呼んでいたが、いきなりそうするわけにもいかない。

「普通に名前だろ? それとも愛称でも呼んでみるか? いや……それはお前のキャラじゃなさそうだ。まあ、あたしみたいに仁村姉、仁村妹でもいいけど」

確かに、恭吾が二人をまゆだの知佳ぼーだのと呼ぶ姿を想像すると笑えるどころか滑稽だ。
とはいえ、真雪のように呼ぶのも憚られる。ならば答えは一つしかあるまい。

「では、真雪さん、知佳さん、そう呼ばせてもらいます」

元々知佳には名前で呼んでいい言われていたので、真雪の方を直すだけだ。それほど問題はなかった。
とりあえず、恭吾はそれから薫に頭を下げた。

「今日はありがとうございました。恭也に良い経験をさせることができたと思います」
「こちらこそ。うちもいい経験になりました」

恭吾に頭を下げられて、薫も慌てて返礼のために頭を下げた。そして、顔を上げると彼女は苦笑を浮かべていた。

「勝てる、とは思いませんが、次はあなたと試合いたかです」
「それは次回にでも」

恭吾も苦笑して答えた。
正直、恭吾も試合ってみたいとは思う。未来の彼女と比べてしまうと、確かにまだ荒削りではあるが、きっとこのまま努力していけば、必ず恭吾が知る神咲薫となるだろう。そこに至るまでの過程で、自分との試合が多少でも経験と糧になってくれるならば良いと思うし、ただの剣士としても戦ってもみたいのだ。
それから恭吾は耕介にもこの場を貸してくれたことに礼を言い、オーナーである愛によろしく伝えておいてくれと頼むと、知佳に向き直る。

「知佳さん、こんな場を用意していただき、本当にありがとうございました」

それは心からの礼。
きっと知佳には、恭也の試合の場を用意してくれたから、という意味で取るだろう。だが本当はそんな意味ではなかった。
やはり再び彼女たちに出会えたことが嬉しかったのだ。
だから、

「あなたと……あなたたちと知り合えて、本当によかったです」

正確には再会であるが、この場を作ってくれた知佳に、恭也は僅かな笑みを浮かべ、感謝を言葉にした。
それは意味だけを取れば、最大の殺し文句であり、先ほど真雪に否定した口説き文句にも聞こえる言葉だが、その場いる全員が、そんなふうには取れなかった。
恭吾の微笑は、どこか遠い何かにも向けていた。同時に、その微笑は本当に真雪たちと出会えて嬉しかったと伝えるものだった。

「私も不破さんたちと出会えてよかったです」

だから知佳も、恭吾の言葉に照れることもなく、微笑んで応えた。
恭吾は知佳にもう一度感謝の言葉を向けたあと、真雪を見る。

「今度は母も連れてきます。おそらく真雪さんとは話が合うのではないかと」
「そうなのか?」
「ええ」

間違いなく合うと、恭吾は知っている。未来で二人はまるで姉妹のように通じ合っていた。あまりよろしくない意味でも。

「んじゃま、宴会はそのときにでもしておくか」
「そうしてもらえると」

真雪の中で、知佳のことはどのような決着をつけたかはわからないが、少なくともこうも宴会に誘うということは、恭吾たちのことをそれなりに気に入ってはいるようだ。
それから恭吾は、恭也たちにも挨拶をさせ、さざなみ寮を後にした。



◇◇◇



「良い人たちだった」

帰途の中、恭也は美由希から預かったなのはを抱えて歩く恭吾に向けて言った。

「そうだな」

それに恭吾は僅かに笑って言った。
どうも彼女らと知り合ったためなのか、今日の恭吾はいつもよりも笑みを浮かべる。平時ならば、こうも表情を変えない。
それだけに、恭也も今の恭吾が機嫌がいいことは読みとれた。
そしてそれは恭也も同じだし、美由希も同じだろう。
確かに今回、恭也は薫には飛針や鋼糸などを使っていないが、剣道以外のものを見せた。それでも知佳たちは、彼らを見る目を変えなかった。おそらくあの人たちならば、全てを見せても同様の反応であると何となくわかっていたのだ。
とくに美由希は一年と少し前に、それらで友人たちの多くをなくしているだけに、過敏になっていたのだが、今回の出会いは彼女にとっても良いものになると恭也は思っている。

「彼女たちとは長い付き合いになる」

恭吾は、腕の中で眠るなのはの顔にかかった髪を梳かしてやりながら断言した。

「恭也も、美由希も、そういう関係は大事にしろ。そして、そんな人たちに対して俺たちがすべきことはわかるだろう?」
「守る、だよね」

美由希の言葉に、恭吾はしっかりと頷いた。

「ああ。もちろん、今日出会ったばかりだから、いきなりそんなことを考えろとは言わない。だが、本当に彼らがお前たちにとって大切な者になりえるなら、な。
まあ、あまり守り甲斐のある人たちではないが」
「薫さんも、真雪さんも俺などより強いしな。薫さんは何か隠し球があるような感じだったし」
「恭ちゃんより強いのに、私なら……うう」
「なら、もっと強くなってみせろ」

二人の反応に、恭也は否定せず、ならば守れるぐらいに強くなれ、と師として言い放つ。
それに二人は大きく頷いて返した。
三人は、今日の出会いに笑みを浮かべながらも、今日から鍛錬にもっと力を入れようと誓った。



◇◇◇



「ただいまや〜!」

そんな声とともに、さざなみ寮のリビングに現れたのは、出かけていた椎名ゆうひだった。

「おかえり〜。早かったな」

それに耕介はいつも通りの柔和な笑みを浮かべて出迎えた。同様に、その場にいた知佳、薫、真雪もそれぞれおかえりと声をかける。
それらにも答えてから、ゆうひはリビングを見渡して首を傾げた。

「今日は知佳ちゃんの友達とその人の兄弟が来るんやなかったんですか?」
「今日は薫さんと試合をして帰りましたよ」

知佳はそのとき少し身体を痛めたらしくて、と続けた。
それにゆうひはほうほうと頷き、知佳たちと同じくソファーに座った。

「で、どやったん? 薫ちゃんの試合」
「神咲の二勝一分け」
「お、やっぱり薫ちゃんの勝利やったん」

ゆうひは、それほど薫の剣の腕がどんなものかはわかっていなかったが、それでも薫の勝ちを疑っていなかったようだ。
だが、薫は苦笑を浮かべる。

「正直、もう一戦していたなら、どうなっていたかわからんかったです。一戦するたびにやりづらくなっていきましたから」
「ちなみに神咲がやったのは弟の方な」
「弟さん?」
「まだ小学生だって言ってましたよ」
「しょ、小学生が薫ちゃん相手に引き分けにまでもってったんか」

ゆうひの言葉に、知佳も苦笑するが、それは彼女も同じ意見だった。
正直、あれが小学生の動きとは思えなかった。というよりも、動き自体が見えないことも多々あった。

「って、ことはや、お兄さんはもっと強いとか?」
「強いな。間違いなく。正直勝てるが気がしない」

言いながら、真雪は口に銜えていたタバコに火を点けた。

「言っとくが、さっき言ったあたしと神咲と二人がかりでも怪しいってのは、神咲と高町弟の試合と同じ形式ならってことだ。何でもありだったら二人がかりでもまず勝ち目はない。ついでに言うと何でもありだったら、さっきの神咲と弟との試合の結果も逆になってかもな」
「……まじっすか?」
「それはどきついなぁ」

耕介は真雪に先ほどとまったく同じ言葉を返し、ゆうひは目を丸くする。薫も真雪の言葉を否定はしなかった。知佳の方はそれほど驚いている様子はなかったが、想像できないということなのだろう。

「あいつらの剣、あたしらみたいな剣道の延長でもねぇし、神咲みたいな人以外と戦う剣でもない。マジで殺人術だ。しかもそれをそうとわかりながら使ってやがる」
「…………」
「それも兄貴の方はあたしに奇襲されても涼しい顔して驚かないし、喉攻撃されても微塵も恐怖を見せやしねぇ。ありゃああたしらなんぞ及びもしないような修羅場潜ってる。隠し球も持ってそうだったし、本気になったらあたしらじゃまず勝てない。兄貴のほうにしたって、弟の方にしたって、剣への覚悟が違いすぎる」

どう生きたらあんな覚悟が持てるんだかね、と続けて真雪は紫煙を吐き出す。

「まあ試合なら、高町弟と神咲だと神咲の方が上。兄の方だとあたしと神咲の二人がかりで五分ぐらいか? 何でもありだとまず勝てないね。弟の方もきついか、何とか勝てるかってぐらいか」
「でも、最初の方、薫は結構余裕ありそうでしたけど」
「弟の方はまだ技術は神咲ほどじゃないから負けた。剣だけの勝負だから技術が一番モノを言う。何でもありなら他のもんで劣るそれをカバーしただろうよ。実際何度か蹴り出そうとしたり、関節極めようとして、ルール思い出したのか引っ込めてた」
「それはうちも気付きました。そこを狙ったこともありましたし、逆に虚を突かれたところもありました」

最後の試合、その恭也の動きに過剰な反応をしなければ、勝っていたのは薫だっただろう。その分、一試合目、二試合目はそれで勝ったわけだが。
恭也としては、どちらにしても不本意であったかもしれない。

「まず普通の道場なんかじゃ、関節技や蹴り技なんて教えない。当然対処の仕方もな。ついでに異種格闘じゃあるまいし、そんなやつとの対戦経験もない。これだけであたしらは不利だ。そこらのバカなガキが喧嘩で使う見様見真似の形にもなってないようなものじゃなくて、本当の技だから対処の仕方がほとんどわからない」

真雪の説明を聞いて、他の者たちが薫を見ると、彼女はゆっくりと頷いた。

「まあ、さすがに弟の方は霊力使えば神咲の勝ちだろうがな」
「神咲の力は人に使うものではなかです」

薫は憮然と言い放つが、真雪はわかってるよと手を振る。

「兄貴の方はどうだかね。神咲が霊力使っても怪しいぞ。ってかホントに神咲とタメか、あれ? 見た目はともかく、風格からして、あたしより年上だって言われても納得できんぞ。神咲とタメなら、才能どうこう以前の化け物だ」

真雪はなかなかに鋭いことを言う。実際恭吾の精神年齢は、ここにいる誰よりも上だったのするのだ。

「家庭の事情で去年は休学していたらしいので、うちの一つ上のはずです」
「それでも一つしか違わないのかよ」

薫の返答に、真雪は眉をひそめた。
薫の一つ上であの風格。それに真雪が一方的に攻撃しただけだったが、それでも実力の差を完全に見せつけられたのだ。

「とくにあの目が曲者だ」
「目、ってどういうこと、お姉ちゃん?」
「見透かされてるような気がするんだよ」
「あ、それ何となくわかるような気がします。なんかこう、前から俺たちのことを知ってるみたいに見てるって言うか。別に嫌な感じはしなくて、むしろ優しげっていうか」

耕介も感じていたようで、思い出すように言う。
それに真雪は深々と頷いた。

「まあ、そんな感じだな。それにそれだけじゃなくて、何か異様に強い目してやがった」
「強い目……ってなんです?」
「意志力、とでも言えばいいのかね。あれは表面的には冷静だが、内面的にはたぶん激情家だ。良い意味で現実主義じゃないな」

喉元に木刀を突きつけ、その目を見たとき、天才を自称する真雪からして、これは化け物だと悟った。それも天才とは違う意味での化け物。
ある程度の才能もあるだろうが、それよりも愚直に鍛錬に鍛錬を重ね、天才に並んだモノ。その目に宿った意志で、常に足掻こうとする強い目。ああいう目をする人間が一番強く、恐い。限界なんてものを簡単に無視し、壊してみせる。そして、弟の恭也も同じような片鱗を見せていたように思う。
何にしろ恭吾の見た目は薫と同じぐらいだが、それとその目に宿る意志、精神などが噛み合っていないのだ。そう、それこそ何十年……とは言わなくとも、恭吾の今の年齢以上の時間、武に身を置いていたように見える風格があるし、そうでなければ矛盾するところも多い。

「まあ、とくに警戒する必要はないな」

真雪は、最初知佳に粉をかけているという疑惑と、もしかしたら色々とあるここの住人を狙って接触したのではないか、と多少は思っていた。
知佳から聞けば、ほとんど偶然のような再会ではあったが、それでも真雪からすれば、年長者として近しい人間を守るために疑うところは疑わなくてはならなかった。
だが、会ってみてそれはないだろうと確信した。あれが本気になったら、今頃目的の人物は浚われているし、悪い感じはしなかった。そういう自分の感覚的な部分を真雪は信用してる。何よりここの住人を狙うつもりだったなら、弱点になりえるなのはを連れてきたり、紹介したりはしない。

「しっかし、何か長い付き合いになりそうな気がするわ」
「あ、お姉ちゃんも?」
「うちもそう思います」
「真雪さんたちもですか」
「じゃあうちもや」
「ゆうひは会ってないだろ! というかじゃあってなんだ!?」
「おお、耕介くん、ナイスつっこみや」

真雪の呟きに皆が反応し、耕介とゆうひがじゃれる。
皆が耕介とゆうひに苦笑しているものの、彼らとは本当に長い付き合いになるように感じてならない。
そしてそれは事実で、高町家との付き合いは本当に長く続くになることを、この時点ではまだ、皆感覚的にしか理解していなかった。
しかし、彼らとの出会いは確かに彼女たちにとっても有意義なものとなる。






あとがき

とまあ、薫との試合でした。
エリス「恭也の負けこし?」
だね。一応、一回だけ相打ち。まあ、試合形式だとこんなものでしょ。神速ありなら覆るるかもしれないけど。試合で使わせる気はないです。というか、神速に頼らせないようにするために恭吾が使わせません。恭也も試合程度で奥の手をさらすほど考えなしではありませんし。
エリス「それにしてもまた時間がかかったねー」
本当に。薫がどうしても。色々な人にアドバイスをいただきながら書いてきました。それでもまだかなり違和感が。鹿児島弁サイトとかみると、そのまんまやったら通じないでしょうし、どう崩していいのかもわからないんだ。まあ、2をやり直したら、結構普通に喋ってるし。
エリス「ゆうひもおかしい気がする」
すみません。関西弁もわかりません。というか、方便が全体的にわかりません。地元のすらわからないぐらいですから。
エリス「今回は結構長かったね。戦闘あったからだけど」
おそらく育成計画では一番長いかと。
話は変わりますが、努力できる、というのが、後天的な才能と見るか、先天的な才能と見るかは、その人によって違うかと、とここで補足しておきます。
エリス「とりあえずしばらく2の人たちとの接触かな?」
まあ、そんな感じになるかと。もしかすると流してかもしれないけど。
エリス「そんな感じは今回はこのへんで」
次回はいつになるだろう。気長にお待ちください。では、ありがとうございましたー。



結果は薫の勝ち越し。
美姫 「まあ、ルールもあるし現時点ではそうでしょうね」
ともあれ、こうして高町家の面々はさざなみメンバーと知り合った訳だ。
美姫 「これからは交流もあるでしょうね」
それにより、どうなっていくのか。
美姫 「うーん、とっても楽しみね」
ああ。次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」



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