第三話 二人の弟子





「はあ! はあ! はあ!」

目の前で大きく息切れを繰り返す恭也。
恭吾が高町家に来て早一週間と少し。
 今日が初めての鍛錬になるわけだが、恭也に出来ることを全て出させての実戦訓練となった。
 これはとりあえず恭也がどの程度の腕なのか恭吾が確認するために行ったことだ。
 ちなみに恭吾はそれほど息切れてはいない。恭吾自身はそれほど多くの攻撃を加えたわけではなく、基本的に受けに回っていたので疲れも少ないのだ。
恭吾は座り込んだ恭也を見ながらも、これからの鍛錬についてを考えていた。

(どうしたものか)

 美由希を御神の剣士として育てていただけに、恭吾は恭也の……過去自分の異常性に気付いた。
成長の順番、速度が滅茶苦茶なのだ。
今の戦闘で恭也が使っていたのは、斬、徹……そして意識してはいないようだが、貫を使っていた。
 つまり御神の剣士として第三段階はスタート直前ということだ。
 だというのに、奥義である薙旋まで使っている。
 奥義……と呼ばれるだけに、それは基本の技の上にある。薙旋はその性質上、貫の技術を必要としないが、それでも順番がおかしい。
 無論の恭也の薙旋はまだまだと言っていい。半ば見よう見まね。それは恭吾自身そうであったから、それほど問題はないし、恭吾が教えてやれる。
そのへんの順番と速度の間違いは、師である士郎がいなくなってしまったからだ。成長の仕方について考えられる人間がいなくなってしまったから。
それに恭吾自身、士郎が残したノートで強くなったわけだが、それにはどのように恭也に教えるかであって、どういう順番で、どのような速度で教えるかまでは書かれていなかったのだ。つまり恭也が読みやすいように書かれていたわけではなく、あくまで士郎が読みやすいように書かれていた。
その後美由希を育てるにあたって、恭吾自身が彼女に無理がかからないような順番と速度に組み替えた。
おそらく美由希に教えた順番と速度に関しては、そう間違えはないはずである。
しかしこの恭也はすでに間違えてしまっているから、いまさら修正が効かない。

(このままいくと、貫を体得する日も遠くない)

あの過酷な鍛錬が全く効果がなかったわけではないのだ。過密で過酷、無茶を通り越して無謀であったものの確実に実を結んでいる。早い話、恭吾はいい所で止めることができたわけだ。
そして恭吾という師が……ちゃんとした打ち合いができる相手ができた今、恭也が貫を体得するのが早くなる。
 なぜなら、貫の体得には相手が必要不可欠だからだ。恭吾の場合はそれを武者修行の間に道場などを回ることによって補っていた。だがこの恭也は恭吾という相手ができたことで、確実に成長が早まる。
それは早すぎはしないだろうか。

(俺の失敗は、そこで神速を覚えてしまったこと)

神速は貫を通過点として領域だ。相手の思考、動き方まで複雑に操作することによって集中力がまし、そこから神速の世界が開かれる。
恭吾の間違いは、その神速の領域にたどり着くのが早すぎた。貫を覚えたのもかなり早かったので、神速の領域に入るのも自ずと早くなった。武者修行時代の後期には体得し、使ってしまっていた。
神速に頼りすぎになり、そしてその領域に美由希を連れてくるため、神速を使いすぎてしまった。
あれが一番身体に負担をかけてしまっていた。
その時完全に膝を砕いたことで、恭吾は神速に頼りすぎることはなくなったが……。

(……いや、俺が多用させなければいい)

 そう、それが師としての在り方だ。
技を教えるだけでなく、その正しい使い方、それによる身体への負荷。それらを正しく指し示すのが師としてやらなければならないことだ。
師としては、弟子が技を覚えることを忌避してはならない。
 弟子がその技で間違えそうになるならば、それを諫める。
 それらのことを恭吾は美由希に教わっている。
順番については、これから軌道修正をしていこう。
 そうすると、今度は練度が低くなってしまうが、それは仕方のないことだ。薙旋はともかく、他の奥義はしばらく教えない。
 恭吾がそんなことを考えていると、恭也も疲れがとれてきたのか顔を上げた。

「まるで父さんと戦ってるみたいだった」

 そんな言葉を聞いて、恭吾は呆れたような表情を見せた。

「俺など士郎さんには遠く及ばない」
「そう……だろうか」
「当たり前だ。士郎さんは完成した御神の剣士。俺は決して完成することのない御神の剣士だ。その差は大きすぎる」

その恭吾の反論を聞いて、恭也は目を瞬かせた。

「完成することのない御神の剣士?」

そのことについてはまだ話していなかった。
どうせこれからも教えていく以上、隠し続けることなど無理だし、隠すつもりもなかった。
 良い機会だと、恭吾は自分の右膝を押さえて口を開く。

「俺は一度膝を壊し、そしてその後砕いた」
「膝……を?」
「ああ。完治は難しい」

元の時代ではどんな医者でも匙を投げた怪我。
 ただ一人だけ、きっと治してみせると言ってくれた人がいた。だけど、その人とも遠い時の間に離れてしまった。
またあの人と出会うことはできるのか……。

「俺の膝は神速に耐えられない」

すでに恭也も神速について知っているからこそ話す。

「神速の領域で自由自在に動けてこそ完成した御神の剣士になれるが、それは俺には不可能なことなんだ」
「そんな……」
「使えないことはないが、まあ何度も使ってはいられない。これが俺が完成した御神の剣士になれない理由だ」
「いったいなぜ膝を……」

 それを聞いてくるかと、恭吾は苦笑する。
ある意味、恭也の口からそれを聞かされるのは皮肉が効きすぎている。

「無謀な鍛錬を重ねすぎた」
「あ……」
「身体が悲鳴を上げているのに、さらに鍛錬を重ねた。血が滴っているのに、縄で手と柄を縛って剣を振り続けた。身体もできあがっていないのに神速を使い続けた。その代償だ」

そう言い切り恭也を見ると、彼は大きく目を見開いていた。
それが本当はこの少年の道であった。
 未来の姿だった。
そんなこと恭也にはわからないだろう。
 だが、それでもそれに近いことは理解したはずだ。

「お前はその前で止まれた。だからきっと完成した御神の剣士になることができる」
「兄さん」
「お前は俺がいけなかった所に……士郎さんがいた場所へいってみせろ」

恭吾の言葉に恭也はしばらく驚いていたものの、真剣な表情となり大きく頷いた。
それに恭吾も頷いて返した。




「さて、それで少し話がある」

少し休憩をいれるため、二人は座り込んでいたのだが、恭吾が言った。

「話?」
「美由希のことだ」

今、美由希はロードワークに行かせている。
 そもそも、まだ御神の剣士として雛鳥どころではない。生まれてすらいない状態である。一応は恭也と士郎を見ていただけあって、ある程度の基本はできていたのだが。
 まずは身体作りと……御神流の……基礎の基礎の段階にいる。それも後一年は続けることになるだろう。

「美由希の面倒も俺が見ようと思う」
「それは……」

だがこれは恭也も簡単には頷けないだろう。
それは誓いの一つだから。
 父の代わりに美由希を強くする、と。
 剣を握る理由を思い出したとしても、そう簡単に譲ることはできない誓い。

「お前の考えもわかるが、人に教えるというのはお前が考えている以上に難しいぞ」

 いや、恭也ならばそれもこなすということは、恭吾が一番理解している。
色々な本を見て、自らで体験して、それらをかみ砕いて教えていく。それをこの恭也もできるだろう。

「それに、本来教えるというのはそれを習熟した人間がやることだ。無論、俺とて習熟しているなどと口が避けても言えんが、それでもお前よりは上だと思っている」
「当然だ。俺では手も足も出ない」
「お前もまだ未熟だが、それでもこれからもっと色々なことを覚えていく。それをしながら誰かに教えるということは、それだけ時間と労力をとられるということだ。だから、お前はあんな無謀な鍛錬をしていたのだろう?」
「…………」

恭也に答えはないが、恭吾にそんなものはいらない。
 すでに自分自身で辿った答えがあるのだから。
時間が足りないこそ、無謀な鍛錬を重ねるしかなかった。早く次のことを覚えるために、早く次のことを美由希に教えられるように。
そのために無謀を続けた。

「一応士郎さんの変わり……師範の変わりに、師範代として俺がお前と美由希を必ず強くする。お前は美由希と同じく、肩を並べて強くなれ」
「……わかった。お願いします、師範代」
「ああ」

恭吾は微かに笑って頷くと、木刀を持って立ち上がった。

「さて、続きだ」
「ああ!」

それに恭也も力強く頷いて立ち上がった。




まだ道場でへばっているであろう恭也を置いて、恭吾は庭へと出た。
やはりまだ子供であるから、体力は恭吾と比べて大分劣っている。そして恭吾も身体が縮んだせいで、間合いなどが取りづらくなってしまったので、慣れるまでは長時間の戦闘は避けたかったので丁度よかった。
 最後に見た恭也は疲労困憊ではあったものの、本当に嬉しそうな顔をしていた。
恭也は士郎が亡くなってからずっと一人で自らを鍛え続けてきた。打ち合う相手などいなかったのだ。だが今はその相手がいる。それも自分よりも強い者が、新たな目標となる者が、それが嬉しいのだろう。
そして父以外の御神の剣士と戦えることが、御神の剣士は一人……正確には美沙斗がいるが……になってしまったと思っていたのに、同じ御神の剣士がいたことが、嬉しくてたまらないのだ。
それは恭吾だからこそ理解できる。
そんなことを考えていると、すでにロードワークを終え、整体体操をしている美由希を見つけた。

「美由希」
「恭兄さん?」

 その呼ばれ方にやはりまだ慣れず、少し苦笑してしまう。
丁度この頃くらいから恭ちゃんと呼ばれるようになって、師範代と呼ばれるようになって……。
 今美由希が恭兄さんと呼ぶのは、おそらく恭也と似ているからと、恭也が兄さんと呼んでいるからだろう。
だけど、これが新たな美由希との関係で、繋がりなのだ。

「ロードワークは終わったのか?」
「うん」
「そうか」

幼い美由希を見て、未来の美由希を思い出してしまう。
 この頃の美由希はまだ素直だった。
 いつからあんなに枯れているだのなんだの言い始めるのか。
それはいい、今はいい。
 恭吾は膝を曲げ、美由希の目を真っ直ぐに見る。

「美由希、お前は強くなりたいか?」
「え?」
「父さん……士郎さんより恭也より、強くなりたいか?」

それはいつだか士郎が美由希に言った言葉に似ている。

「うん。なりたい!」
「そうか」

恭吾は少しだけ笑って、美由希の頭を撫でた。
 元の世界では随分とこんなことしてやらなかったが、今の美由希は最後に見たなのはよりも幼くて、自然と手が彼女の頭に向かってしまっていた。

「あ……」

どこかくすぐったそうに笑う美由希。

「恭也もな、これからもっともっと強くなっていく」
「恭ちゃんはもうすっごく強いよ?」

 その返答を聞いて、恭吾は思わず目を瞬かせる。
だがすぐに苦笑した。

「そうか、だがもっと恭也は強くなるんだ」
「おとーさんよりも?」
「ああ、父さんよりもだ」

頷きながらも恭吾は真剣な表情に戻す。

「これからは俺が士郎さんに変わり、恭也に御神の剣を教えていく。
 そして美由希、これからは恭也に変わり、俺がお前に御神の剣を教えていく」
「恭兄さんが?」
「そうだ。お前は恭也と一緒に強くなるんだ」
「恭ちゃん……と」
「ああ」

恭也に教わるのではなく、恭也と共に。
 それが本来、士郎がいた場合の未来。
 師と弟子の関係ではなく、同じ弟子として、切磋琢磨して御神の剣士として強くなっていくはずだった二人。
恭吾が現れたことで、二人は本来の形に戻る。
恭吾からそれば、それは本来の形ではないかもしれないが、それでもそれが悪いことだとは思わない。

「お前たちは、俺が強くする。
 だから美由希、お前も父さんより強くなれ。恭也よりも強くなれ」

 彼女にも行ってほしい。
 自身が辿り着けなかった高みに。
 本来の世界では、まだ見ることができなかった美由希が完成した御神の剣士となる様。 それは彼女が見せてくれるだろうか。

「うん!」

美由希も恭也と同じように力強く頷いた。
 それに恭吾も微笑んで、もう一度彼女の頭を撫でた。
 またしばらく撫でてやることはしなくなるだろうから、優しく宝物のように、彼女の頭を撫で続けた。




「ふう」

 恭吾は縁側に座って息を吐く。

「ありがとう、恭吾」
「……桃子さん」

背後から現れたなのはを抱いた桃子は、恭吾に言葉をかけてからゆっくりと彼の隣に座った。
 するとなのはが両手を伸ばして恭吾に触れようとする。

「おにー」

桃子の腕から一生懸命に手を伸ばすなのはに、桃子は苦笑して彼女を恭吾の腕の中へと向かわせた。

「気に入られたわね、やっぱり恭也に似てるからかしら。恭吾の方が年上だから、恭也が似てるっていう方が正しいけど」

なのはをあやすのは二度目の経験。むしろ慣れがまだ残っていたので、恭吾からすれば難しいことではない。
恭吾はなのはを抱きながらも口を開く。

「それより桃子さん……」
「かーさん」
「は?」
「恭吾はもう私の息子よ?」

その一言に、やはり苦笑してしまった。
 この頃苦笑することが多い。

「一週間以上も経つのに一度も言ってくれないんだもの」

少し頬を膨らませる桃子を見て、やはり変わらないと恭吾は思ってしまう。

「かーさん」

だから何の抵抗もなくそう言えた。

「うん!」

微笑んで嬉しそうに頷く桃子は、やはり若いというより幼い。
そんなことを思いながらも、恭吾は先ほど言いかけた言葉を再び声に出した。

「ありがとう、というのはどういう意味?」
「そのままの意味よ」

そう言われても、感謝の言葉をかけられる理由が恭吾には見当たらない。
そんな訳で何度も首を捻っている。
 すると腕の中にいるなのはも恭吾を真似てなのか、同じように首を捻っていた。
そんな二人の姿が面白かったのか、桃子は笑った。そして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「私じゃ、恭也の無茶を止めてあげられなかったから」
「…………」
「恭也ね、あの人が亡くなっても泣かなかったのよ」
「そう……か」

泣かなかった。
 そう、恭吾は……恭也は泣かなかった。
ただ八景を握り締めて……。
でも桃子も微笑んだまま泣かず……。

「元々、そんなに感情を出す子でもなかったけど、それから本当に泣くこともなくて、笑うこともなくて、ずっと剣ばっかり振っていて」

 母が自分を本当に心配してくれていたと気づいたのは本当に後のことで、そんなことすら気づきもしないで……。
ただ剣を振り続けて……。
膝が砕け散った時、父が亡くなった時にも見せなかった涙を見せて桃子に思い切り頬を叩かれて、初めて気づいた。

「私には、あれが恭也の泣いてる姿なんだって気づいていた」
「………」
「でも、私は何もしてあげることができなかった」

 そんなことはない。
 そう力強く言いたかった。

かーさんにはずっと助けられていた。助けられてきた。

そう言いたかった。
 だけど、できない。
 恭吾は恭也ではないから。
 彼女の恭也ではないから。

「でも恭吾はあの子の想いがわかりながらも、ちゃんと止めて、正しい道に戻してくれた。
 だから、ありがとう、なのよ。母として、本当にありがとう、って伝えたいの」
「ああ、受け取っておく」
「うん」

本当にかーさんには敵わない、と心の底から恭吾はそう思った。
そのとき、

「兄さん!」
「恭兄さん!」

恭也と美由希が恭吾を呼ぶ声が聞こえた。
 桃子はなのはを恭吾から受け取ると再び笑う。

「行ってきなさい、お兄さん」
「ああ」

恭吾は母に微笑を返し、二人の弟子の元へと歩いていった。







あとがき
 
 なのは、喋ってるな。
エリス「喋ってるね」
 この時代がいつなのか明確化しないようにしてるので、あんまり気にしないでください。
エリス「なんか滅茶苦茶言ってると思うけど」
まあ、改変したりとか話したけど、それでも矛盾が出てきそうだから、明確化したくない。
エリス「うわ」
生まれて一年経てば、ぱぱ、ままとか簡単な言葉なら出てくる子もいる、とだけ。
エリス「少なくともなのはは原作より早く生まれてるだっけ?」
 そです。やっぱり士郎と会ったことはないけど。
エリス「とりあえず、鍛錬は開始したみたいだね」
 それで御神の剣士としての成長の仕方で、本編で美由希が虎乱とか使ってたじゃん、という突っ込みはなしの方向でお願いします。
エリス「うわ」
 とりあず、そのあたり目を瞑っていただけると。
エリス「すいません」
 次回は少し日常みたいな感じになります。
エリス「やっぱり鍛錬だけじゃねぇ」
 うん。まあ、鍛錬も多少入れるけど。
エリス「それでは、またその話で」
 ではー。







順当に恭吾による恭也と美由希の育成計画が始まる。
美姫 「教えを乞う事の出来る師と、互いに切磋琢磨し合える兄弟弟子」
この二つの存在によって、恭也の鍛錬の環境はかなり良い状況になってるな。
美姫 「これからどう成長していくのか楽しみよね」
ああ。勿論、日常の風景も楽しみです。
美姫 「次回も…」
その次回がすぐ読めるのここだけ。
美姫 「いや、それはそうなんだけどね。と言うよりも、次回があるのね」
連続投稿に感謝を捧げつつ、いざ次話へ。



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る