〜終章〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三月。

 世の国公、私立の小中学校、そして高校や大学では卒業と言う名の、学業のひとつの区

切りを迎える。ひと月経てば、また新たな一年が始まるのだ。

 さて、卒業式がつつがなく終わった海鳴大の大学生協に、高町恭也と赤星勇吾、月村忍

の姿を見る事が出来る。三人共、無事に進級が決定していた。

「終わったね」

「終わったな。毎度ながら、一年経つのは早いよなぁ」

「うんうん」

 缶ジュース片手に赤星と忍が話す横で、恭也は外をずっと眺めている。

 前日、携帯電話に留守電が入っていた。

 つい数ヶ月前に関わりを持った、少女達の声。

(久々に、彼女らの声を聞いたな……)

 水野蓉子、鳥居江利子、佐藤聖、そして支倉令。

 ふとした事からリリアン女学園の〔可憐な薔薇達〕に出会い、いつの間にやら自分は、

ある選択を迫られる羽目になってしまっている。

 その留守電には、

「ごきげんよう、恭也さん。蓉子です。私たち、無事に卒業しましたわ」

「令は、まだ一年あるけどね。という事で、恭也さん……決まりましたか?」

「今度の日曜日、そっちに遊びに行くからね。その時に、返事よろしく」

「あ、あの……」

「ほぉら、令」

「た、高町さま……そ、その……あの……お会い出来るのを、楽しみにしています」

「うふふ。それでは日曜の昼に、そちらに伺いますので。では、ごきげんよう」

 恐らく、四人の内の誰かの家からかけたのであろう、恭也に想いを向ける美しい声が入

っていた。

(もう、時間は……ない、か……)

 そうだった。明日の昼にはどんな内容であれ、四人に対して何らかの答えを出さねばな

らない。

 恭也の気分とは裏腹に、外はうららかな春の日差しが柔らかく差し込み、目に見える全

てのものが明るかった。

 

 

 

 

 

 大学を出て、赤星や忍と別れると、恭也はひとり、高台へ向かう。

 高台――藤見台の霊園。恭也はその一角で足を止めると、小さく、小さく語りかけた。

「……年末以来、かな」

(そうだなぁ。しばらくぶりだな、恭也。で、今日はどうしたんだ?)

「まぁ……私事だ」

(私事、ねぇ。まぁ、桃子から聞いたよ。決めかねてるんだって?)

「知っていたのか……」

(一応な。それでもう、決まった……わけではなさそうだな)

「情けない話だが、はっきり言ってまだ迷っている。皆、俺なんかにはもったいない、と

いうのもあるが」

(ふぅん……何と言うか……お前らしいな。相手を傷つけぬ為に、自分が退こうとすら考

えに入れるってのは)

「……」

(恭也。ひとつ、聞きたい事があるんだが……いいか?)

「何だ? 父さん」

(今、お前が一番、誰をおいてもその姿を見たい、その声を聞きたい、人目なんざ気にせ

ず抱き締めたいと思うのは、一体誰なんだ?)

「む……」

(ああ。別に、今ここで答えを聞くつもりはないさ。だけどな、お前がどうしたいのか本

当にはっきりしない限り、結局みんなを傷付けてしまうぞ)

「……」

(質問の内容を、変えようか)

「ん?」

(今、お前が全てを賭けて〔護りたい誰か一人〕が、その中にいるか?)

「……父さん」

(うん?)

「煩わせて、済まない」

(気にするな。これでも、俺はお前の父親だからな。なぁ恭也、後悔だけはするなよ)

「ああ」

(よし、それなら行って来い。いずれまた、な)

 

 

 

 

 

 その日の夕食後、恭也は美由希に、

「今宵と明朝は、独力で鍛錬するように」

 言い置いて、自室に籠っていた。そのまましばらく出てこなかったので、

「おにーちゃん、どうしたのかな?」

 リビングでなのはが心配する程だった。もっとも、一時間ほどして恭也はリビングに姿

を現し、なのはの頭を撫でてやって、安心させたものだ。

 美由希が一人、鍛錬に出ると、桃子が話しかけてきた。

「恭也」

「……明日、彼女達が来る」

「そう……」

 桃子の手には、ティーカップが二つ。片方を受け取って中身を口に含むと、

「ん……かーさんの紅茶は、やはり美味いな」

 普段よりも、もう少し力を抜いた(抜けた、のではない)、しかしはっきりした賞賛の

言葉を向ける。

「ありがとう」

 恭也の右手のソファに腰かけた桃子は、

「決まった?」

 それだけを、聞いた。恭也は、

「ああ」

 簡潔に答える。

「考える時間だけは、あったからな。ただ……」

「ただ?」

「……いや、今更だが……」

 少し口ごもるような、そんな歯切れの悪さ――恭也にしては、あまりない事だが――を

見せると、

「選ぶ、というのは……痛みを伴うもの、なのかもしれないな」

 呟いて、再びカップに口をつけた。

「そう、ね……ねぇ、恭也。後悔、してる?」

「いや。選んだ以上は自分で動かねば。そうしなかったからこそ、するもの……それが後

悔なのだと、俺は思う」

 

 

 

 

 

 その日は来た。

 恭也は、昼近くになって自宅を後にした。海鳴駅までは、歩いてもさほどかからない。

 今日の服装は、濃い目のネイビーブルーのワイシャツにブラウンの上下。普通ならどう

にも地味に過ぎる装いだが、何故か恭也には良く似合う。美由希曰く、

「恭ちゃんは元がいいんだから、もっと明るい服を着てもいいのに」

 当の本人は、あっさりと聞き流すのが常だが、それはこの際おいて。

 歩いてしばし、喫茶店〔翠屋〕の前を通り抜ける。ランチタイムが始まり、店の中はも

う忙しくなっているようだ。

 商店街は春休みという事もあってか、学生達の姿も多く、普段に増して活気に溢れてい

る。そんな人いきれの中を抜け、程なくして恭也は海鳴駅に着いた。

 待つ事しばし。

「ごきげんよう、恭也さん。お久し振りですわ」

「ごきげんよう、恭也さん」

「やっほー、恭也さん」

「ごきげんよう、高町さま」

 改札口から出て来た蓉子、江利子、聖、令の四人が、恭也に笑顔を向ける。周りの――

特に若い男どもの――注目を浴びながら、

「お久し振りです、皆さん」

 ほぼ二ヶ月ぶりに、恭也は彼女たちに声をかけた。次いで、

「昼食の前に何ですが、少し、俺に時間を貸して下さい」

 決然とした口調で促す。蓉子達はこの言葉で全てを察し、首を縦に振った。

「ありがとうございます」

 ――答えは、もう出ている。ただ、人ごみの真ん中で言うものでもないし、それはあま

りに厚顔だ。

 駅前の〔デパートALCO〕の傍にある、海を望める運動公園へ。恭也はそこを、この不思

議な縁に、ひとつの区切りを付ける為の場所として選んだのだった。

「それでは、行きましょう」

 外に出ると、春の陽射しが燦々と降り注ぐ。不意に、これまで考え詰めていた気持ちが

楽になったように感じた恭也は、一度眩しげに瞳を細めると、迷いなく、その一歩を踏み

出した――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〔了〕

 

 


 後記

 

 

 

「いつか、最終楽章なしで(ベートーヴェンの)第九を演奏したいね」

 ヘルベルト・ケーゲル(1920〜1990 旧東独で活動した指揮者)

 

 

 

 この作品、書くきっかけがいつだったかとなると、2004年の春頃までさかのぼる事が出

来ますが、終わり方については初動の段階で既に決めていました。

 そもそも、マルチエンディングを書くつもりなど自分にはこれっぽっちもなく、最終章

は初めからこうするつもりだったのです。

 大体ここまで書いたら、恭也が誰を選ぼうが、その後日談など誰でも「簡単に」――そ

う、「簡単にあれこれ自由に想像出来る」はず。とらハとマリみてのクロスには、既出の

作品がいくつかありますが、それを読んだ事のある人なら尚の事、ますます容易にそれが

出来るのではないか。

 底意地が悪いよなぁとか笑いつつも、この様な形にしたわけで。

 要するに、最後まで読んでいただいた皆さんが「恭也の身になった」つもりで、この選

択と後日談について想像を羽ばたかせてもらえれば、と思っている次第です。

 

 

 

 さて、自分はとらハ系で既出のクロス作品をいくつか拝見しましたし、一部完成した作

品(二つ三つ程度ではありますが)には感想を送ったりもしています。

 そうした中で、恭也を主人公に据えた、クロスを含む既出作品の多くに共通する点を、

筆者は否応なく感じました。

 

「動、そして刺激に偏った(依存した?)作品が、多過ぎるのではないか」

 

 恭也を主人公に据えた作品では、まぁ仕方ないと言えば仕方ないのですが、ヤマ場にバ

トル、当然アクションの描写は多くなりがちです。そういう事も含めて、筆者の中にはい

くつかの疑問が形を成してきました。

 

「朴念仁云々と言うけれど、恭也は果たして本当にそういう人物なのだろうか?」

 

「恭也は、戦わせなければ物語の中で〔人となり〕を表現出来ないキャラクターなのだろ

うか?」

 

「御神の剣が目立ち過ぎてはいないか? 一体『高町恭也という人間』はどこへいってし

まったのか?」

 

 同時に、大半の(特に最近の)とらハ系クロス作品において感じたのは、

 

「理由付けがあまりに『取って付けたようなもの』が多く、物語を動かす必然性がさほど

感じられない」

 

 というものです。もっともこの点については、そんな事を言ってたら映画やアニメ、あ

りとあらゆるストーリーの大半は楽しめないじゃないか、そんな厳しいツッこみを入れら

れるのがオチなのでしょう(笑)。

 まぁ、口に出したら(掲示板なんかで書き込みしたら)、

 

「だったらお前が書いてみろ」

 

 まず実際こういう反応が出るかと思います(笑)。つまりは、この作品が自分なりの回

答という事になります。

 自分自身の抱いた釈然としないもの、疑問点に対する回答であり、同時に「だったらお

前が書いてみろ」に対しての回答でもあります。

 ――などと偉そうに言ってますが、実際のところ答えになっているかどうかは分かりま

せん。何しろ、

 

「貴方は、貴方自身のしている事が正しいのか誤っているのかを、証明する事は出来ませ

ん」

 

 という誰かの言葉もある事ですし。

 

 

 

 ともあれ、この作品を書くに当たって筆者が心がけた事は、特に奇をてらったものでは

ありません。

 

●極力、バトルを含むアクションの要素を排除する(動より静を重視する。正確には、ア

クション要素を必要最低限以外使ってはならない、という制約をつける)

 

●可能な限り違和感のない形で、恭也と(作中では)マリみてのキャラを関わらせるよう

にする(例えば「朴念仁の恭也に彼女を」だの「誰かを護衛する」とかいう理由付けを、

一度論外とする観点から構成を考えてみる)

 

●実際にあるもの、またはそれを基にした設定を組む事によって、ストーリーの流れをフ

ォローする(これについては、現実の世界にいくらでも材料、情報があるので、それを必

要に応じて取捨選択する事が求められる)

 

●用いる複数の作品の性格を充分に考慮した上で、どうすれば異なる世界観を関わらせる

事が出来るのか、時間をかけて考える(上記全てと密接に関わる事であり、これが納得い

く形で出来なければ、クロスを書いてもあまり意味がない)

 

 主にこんなところですが、本音を言うとこの程度の事は〔当たり前にやるべきもの〕で

あり、やろうと思えば物書きなら誰にでも出来ます。

 ただ、手間はかかるし骨折りなのが大きな欠点で、かなりの根気と執念(笑)が必要に

なるかと思いますが。

 

 

 

 自分は大きな矛盾の中でこの作品を書きましたし、これまで細々と書いた作品も、また

その例外ではありません。あるいはこれから書くかもしれない(完成出来るどうかは分か

りませんが)作品も、確実にこの矛盾から逃れられはしないでしょう。

 その中で、いかに納得のいく作品を書くか、それが大事な事ではないだろうか、そして

公表した作品を読んだ人が、そこから何を考えるのか。

 そんな、かなり底意地の悪い事を思いつつ、そろそろ筆を擱く事にします。

 ではでは。




まずは完結おめでとうございます。
美姫 「おめでとうございます」
恭也の選択がどうなったのか、色々と想像したりしてます。
美姫 「まさに思惑通りね」
長い事続いたこのお話もこれで最後かと思うと、しみじみと読み返してみたり。
美姫 「全体的にやっぱり上手く纏まっているわよね」
いや、本当に素晴らしいです。少しは見習わないと。いや、本当に。
美姫 「恭也と山百合会の面々との出会い方が日常的と言うか」
うん。こういうのもあるんだなと本当に感じました。
最後もこういう形で良かったんじゃないかと思います。
美姫 「何か偉そうね」
うっ、そんなつもりはないんだが。あくまでも俺個人の感想だし……。
美姫 「はいはい。本当に完結お疲れ様でした」
そして、このような素晴らしい作品を投稿してくださり、ありがとうございます。



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