高町恭也が、再びリリアン女学園に足を踏み入れた時、それに気付いた生徒は放課後ま

で、誰一人としていなかった。

 まぁ、時間を考えれば当たり前の事で、彼が学園の中に入ったのは午後の授業が始まっ

てからの事だったからだ。

 もちろん、敷地に入る為の手続きは何ほどの事もない。大学発行の学生証を警備員に提

示し、来訪の目的を述べればそれで良かったのである。

 学園祭の為に初めて来た時も、そうだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜放課後のとある話〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本題に入る前に、時間軸がごちゃ混ぜになるのは百も承知だが、進行上触れておかねば

ならない経緯について、いささか書き進めておきたい。

 山村からの連絡――リリアン女学園において新聞部命名の〔黄薔薇革命〕が勃発した、

その翌日の事である――を受け、正式に臨時講師の依頼を引き受けた恭也は、土曜日にな

ってから東京に向かった。リリアンに行くのを月曜日と決めたので、その間にひとつ、用

事を済ませるつもりである。

 リリアン女学園のあるM駅から数駅離れた、閑静な住宅街の一角に、カトリックの教会

がある。そこが、恭也の向かった先だった。

 聖堂の隣にある信徒会館、その中の多少間取りを広く取った一室に入ると、木刀を打ち

合う音や、気合いのこもったかけ声が聞こえるではないか。しかも恭也はそれに奇異の念

を覚えるでもなく、数組の稽古を見守っている人物に近付いて、一礼したものだ。

 やがて恭也は、稽古の中に入ってしばし、汗を流した――

 夜になって、恭也の姿を聖堂の横――信徒会館の反対側――にある司祭館の一室に見る

事が出来る。彼の正面には、聖堂での稽古を見守っていた人物が、くつろいだ雰囲気でソ

ファに座っていた。その服装は、なんと修道服。

「いやいや、久々に高町君の太刀筋を拝見しましたが……以前よりも切れ味が増して来ま

したね」

「いえ、やはり宗家(そうけ)の領域には及びません」

 話し相手は、カトリックの神父にして、無心一刀流(むしんいっとうりゅう)なる剣術の師範なのだ。かつて恭也

は武者修行に出ていた頃、この神父の知己を得て、以来親交を保ってきたのである。

「それにしても、今回は面白い話になりましたな。これもひとえに、主なる神の思し召し

でしょう」

 温和に微笑む宗家――大森(おおもり)神父だが、実はリリアン女学園の学園長と顔見知りなのだそ

うな。恭也に手紙を出した数日後、学園長から、

「誰か、剣道部の臨時講師としてふさわしい人物はいないでしょうか? 貴方が来て下さ

れば、本当はよろしいのですけれど」

 そんな打診があったという。とは言え、神父の仕事というのも決して楽なものではない

し、現在十数名ほどいる門弟は全員社会人なので、中々期待に応えられない。

「そこへ、高町君。君が私の手紙を見て電話をかけてくれた……これはちょうど良い、と

ね。剣道部の顧問からも、話があったようですな?」

「ええ、同じ話題が宗家から出ましたので、本当に驚きました」

 苦笑する恭也に微笑みかけると、大森はコーヒーで口を湿らせてから、ゆっくりと話し

始める。

「人のつながり、というものは、当の本人が知らぬ内にいつの間にか、拡がるものです。

私などはそれを〔神の思し召し〕と、表現するわけですがね。聞いた話では、この前学園

祭に客演して、好評を得たそうじゃないですか」

「はぁ……」

「きっかけがどうであれ、生まれた良き関わりは育むものです。それが、貴方のこれから

をより、実り豊かなものにするでしょう」

「……」

「日常の中にこそ、神の叡智は静かに、息づいているものです」

 恭也が思案顔になるのを微笑ましく見ると、

「焦る必要はないのです。考え、悩んで、人は進む道を決めていくのですから」

 大森は話を締めた。恭也は、それからしばらく何かしら考え事にふけっていたようだが、

やがて後片付けをすると、宛がわれた部屋へと向かった。

 日曜日は大森の仕事――司祭館の中にある書庫の掃除だった――の手伝いに明け暮れ、

二人してほこりまみれの顔を見合わせ、苦笑したものである。

 こうした事があって月曜日、恭也は神父の見送りを受け、予定通りリリアン女学園へと

足を伸ばしたのだった。

 さて、この辺りで時間を月曜日の放課後に合わせる事にしよう。

 

 

 

 

 

「ええっ? それって本当なの!?

「嘘だったらこんな事言わないわよ、聖」

 聖が勢い込んで聞いてきたのに肩をすくめながら、蓉子は首肯した。思いもかけぬ事で

蓉子もいささか困惑気味である。

「でも、どうして高町さまが再びここに来たのですか? 前回はお姉さま方の正式な依頼

がありましたけれど」

 祥子が、怪訝な表情を隠さずに疑問を呈する。志摩子も同じ疑問を抱いたらしく、蓉子

に視線を向けていた。

 それはそうだろう。リリアンと何のつながりもない恭也がこの前来たのは、学園祭に関

わる依頼を受けての事だった。しかし、学園祭が終わってから一ヶ月も経っていないこの

時期に、再度来る理由が分からない。

 いわゆる〔男嫌い〕とはまた別にして、祥子の疑問はリリアンの生徒として、もっとも

な事であった。

 蓉子は、職員室で聞いた話だけど、と前置きした上で、

「今回の事は、学園長が一枚噛んでいるみたい」

 経緯の一部を話した。

「山村先生が剣道部の顧問をしているのは、みんな承知だと思うけれど。先生が学園長に、

交流試合に向けての強化活動の話を持ちかけたそうよ」

「じゃあ、そこから恭也さんに依頼がいった、ってわけだ」

 聖の推測は、実際の経緯を追うには少し端折り過ぎていたが、間違ってはいない。

「学園長の知人の神父さん。そこからの伝手、らしいわ」

「へぇ……」

「世の中、広いようで狭いのですね」

 聖が軽く驚いたような表情をしたのに続いて、志摩子がどこかおっとりした雰囲気で評

する。

「え、でも……高町さまって、雅楽……でしたっけ? そっちのはずなのに、どうして今

度は剣道部なんですか?」

 更なる疑問を呈したのは紅薔薇のつぼみの妹――福沢祐巳であった。

 彼女はここ数日の間、〔騒動の発端〕となった黄薔薇のつぼみ姉妹の間に入った格好に

なっていて、この日の昼休み、令に〔妹〕からの伝言を伝えてたところである。まぁ、そ

れはおいて話を進めよう。

「あぁ祐巳ちゃん、うちの学園祭の前日にさ」

「あ、はい」

「祥子と柏木が、揉めた事あったじゃない」

 祐巳は、その事を忘れていない。

「あの時に、柏木を祥子から引き離した恭也さんの腕前……あれは凄かったよね」

 確かに、あの時恭也が見せた手並みは、生半可な事で出来るようなものではない、鮮や

かさだった。が、それと今度の話がどこで結びつくのか。

「本人から聞いたけど、恭也さん、古流の剣術をたしなんでるって」

「え、ええっ!? そ、それじゃあ恭也さんって、剣道も出来るんですか?」

「剣術と剣道では違うかもしれないけれど……でも、恭也さんが剣道をしていても、全然

不思議ではないわね」

 聖と祐巳の会話に、蓉子が混ざる。

「さて、令はどう出るかな? 結構楽しみだったり」

「そうね。意外といい刺激になるんじゃなくて? ここ数日、落ち着く暇もなかったでし

ょうし」

 ふたつの薔薇の会話に溜め息を吐いて、祥子が小さく呟く。

「高町さまが来て……剣道部の部員達が浮つかないかしら? 学園祭からそんなに経って

もいないのに」

 祥子の疑問は、さて当たっているだろうか。

 

 

 

 

 

「今回は、学園からの依頼により臨時講師として来ました。よろしく」

 恭也の挨拶を受けて、

「さぁ、練習を始めるわよ。みんな、高町講師に恥ずかしくないように」

 剣道部顧問の山村が、練習開始を告げる。

 恭也は、最初のうちは全体を見るに留め、それから必要に応じて動く事にするつもりで

いる。もちろん、部員達が浮ついてしまわない程度に、厳しい〔気〕を発する事は忘れて

いない。

 放課後になってから校舎内に顔を出した恭也だったが、学園祭での活躍(?)が知れ渡

っていただけに、剣道部の練習が行われる武道館に着くまでが、大変だった。

 生徒達と行き会う度に、歓声――と言っても、普通想像してしまうようなけたたましさ

とは、無縁である――そして熱い視線を浴びせられては、ひどく居心地が悪い。初めて来

た時よりも、恭也にとっての状況は確実に悪化していたのだった。

 武道館に着いてからも、隣のスペースを使う柔道部の部員が、ちらちらと視線を送って

くる。更に窓の外には、部員でもない生徒達の姿が見え隠れしている。

 正直なところかなり困るが、それより今は目の前の剣道部だ。恭也はそう切り替えて、

部員達が竹刀を振るう様を見る事にした。

 剣術で使う木刀と、剣道で使う竹刀では、素人ですら分かるほど、打ち合わせた時の音

が違う。木刀が短くこもった音を発するのに対し、竹刀はもっと軽い、乾いた音を立てる

のが常である。そうした稽古ならではの響き、気迫溢れるかけ声を間近に聞きつつ、

「左の握りは、しっかりと。しかし、柔らかく握るように。右の手は添える程度。意外と

忘れがちだが、力むとかえって竹刀に力が伝わらない」

 正眼の構えをアドバイスしたり、

「いつでも踏み込めるよう、相手から目線を切らぬように」

 立ち合いでの必須事項を話したりと、恭也は中々忙しく立ち働いていた。

「今、目の前にいる相手を〔打ち破るべき壁〕と思い、ひたすらに打ち込むように! 踏

み込む時、絶対にためらってはならない!」

 剣術と剣道では教え方も自ずと異なるが、少なくとも相通ずるであろうものを教える事

だけ、心がける。部員は皆、交流試合を次の土曜に控えているからだろう、鋭く〔気〕を

発し続ける恭也の飛ばした檄に、敏感に反応している。

 そんな中で、精彩を欠いているのがひとりいた。面を着け、部員達に混ざって指導して

いる山村が、そちらの方を見ている。

 恭也もその方向に視線を向ける。そこには黄薔薇のつぼみこと、支倉令がいた。

 令は、下級生を相手に試合を想定した立ち合いに入っていたが、

(有段者の動きにしては、あまりにも切れがなさ過ぎる……)

 ひと目で分かった。聞いたところでは剣道二段の腕前だという話だったが、それがにわ

かに信じられない。

 足の捌き方に思い切りがない。相手に隙があるにも関わらず、それに付け込めない、い

や付け込もうとしていない。視線が相手を射抜いていない。竹刀の振りから何から遅過ぎ

る。何より、それ以前に精神が全く出来ていない。

 令の構えや動きを一瞥した恭也は、現状の問題点をすぐに見て取った。だめだな、今の

支倉さんの状態では――

「小手ぇ!!

 こう言っては悪いが明らかに、相手は令より格下であった。しかし、実際に右の籠手を

打ったのは令ではない。普段だったらすぐに、対処出来たであろう大振りな竹刀の動きを、

彼女はこの時避け切れなかったのだ。

(これは……相当に重症だな)

 進言するなら今だろう、そう恭也は思っていたが、同じ事を考えていたらしく、山村の

方からこちらに近付いて来た。そして、

「高町君。申し訳ないけれど、支倉さんの事……少しの間頼めないかしら?」

 ――恭也は引き受けた。

 

 

 

 

 

 武道館の外に出ると、一陣、涼しげな風が吹き抜けていった。

「ある程度の事情は、山村先生から伺っています」

 恭也は静かに言う。その言葉で、令は先生達の間でも今回の噂が広まっている事を、確

信した。

(祥子や祐巳ちゃんの時も、そうだったっけ)

 壁を通して、試合を模した稽古の声が響いてくるのを、どこか非現実的な物事のように

感じつつ、令はそんな事を考えた。

 あの日から最初の二日間ほどは、自分で何をしたらいいのか分からなかった。その後は

諦めにも似た感情が、心の中の空洞に渦を巻いた。

 私は一体、どこで何を間違えたんだろうか――それすら考える事も出来なかった、それ

が最も悪かったのだ。だから、由乃は私に訣別の言葉を叩き付けた。ロザリオと共に。

 しかし、昼休み。

 祐巳から由乃の〔真意〕を聞いて、心が大きく揺らいだ。

「試合、頑張って下さい。それが、由乃さんの願いなんですから」

 由乃の願い。由乃は私に愛想をつかしたのではなかったのだ。昼休みの残りの時間を費

やすほどの事もなく、達した結論だった。それ故に、令は思った。

(やっぱり私は、由乃に〔妹〕になって欲しい)

 私は、由乃がいないとだめなんだ――

「ひとつ、聞きたい事があるのですが」

 静かな口調で、恭也が令に言葉をかける。令はそれに、抵抗なく頷いた。彼女の目の前

に、背筋を伸ばしたままで立っている大学生は、真摯な表情でこちらを見据えている。

「何でしょう?」

「……支倉さん。貴女が島津さんを大事に思っている事は、分かるつもりです」

 間を置いた恭也は、敢えて表情を消して付け加えた。

「ですが、貴女は島津さんがいなければ、何も出来ないのですか?」

 令にとっては、例え心に甲冑を着けていたとしても、それこそ易々と斬り割られてしま

うだろう、容赦のない斬撃にも等しいひと言だった。

「俺は、ここの皆さんほど支倉さんの事を知っているわけでは、ありません。しかし、今

の支倉さんに限って見れば、抜け殻に等しいと思います」

 抜け殻――ショックだった。自分を全て否定されているように思い、令は恭也に向かっ

て激発した。

「それでは、高町さまは、私をどうだと思っていたんですか! 私は、先生が、みんなが、

高町さまがどう思っているか分かりませんが、そんな人間ではありません! そんな、そ

んな……」

 顔をうつむけて、流れ出したのは涙だった。それまで、流すだけの精神的な余裕もなか

ったのだ。肩を震わせて、しゃくり上げる。臆病で、寂しがり屋で泣き虫。本当は、由乃

がいなければ前にも進めない。

 どのくらい、そうしていたかは分からないが、令のうつむいた頭を何かが数度、優しく

撫でていった。

 はっ、として顔を上げると、その〔何か〕の正体が分かった。恭也の右の手のひら。そ

の暖かさに気付いた時、涙の勢いは失われた。

 令の手のひらも、竹刀を振るい続けた事で中々にごつごつした感じになっているが、恭

也のそれは、もっと硬く、大きく、そして暖かい。

 恭也はその手のひらを離すと、ジャケットの内ポケットをまさぐって、黒いハンカチを

取り出し、渡してくれた。彼の瞳が、令を慈しむかのように細められている。

 胸の内に、何か熱いものを感じつつ、令はハンカチを受け取って涙を拭いた。

「……昔は、人見知りの激しかった妹の頭を、よく撫でてやったものです」

 そう言って苦笑すると、恭也は普段の無愛想から、もっと落ち着いた表情に変わり――

いえ、むしろこの表情が本来なのかも、令は勝手に断定した――そして言った。

「少し、昔話をしましょう」

 

 

 

 

 

 武道館の外壁に寄りかかるように、恭也と令は隣り合わせて腰を降ろす。そして、恭也

は淡々と口を開いた。まるで独り言でも話すかのように。

「うちの家族、まぁ俺の妹分的存在がふたりいるんですが。ひとり、島津さんと同じよう

に、心臓に病を持っていました。彼女もまた、完治するには手術を必要としていたのです。

放っておけば、確実に心臓は弱り、いずれ行き着くべきところとなる……島津さんの方が

どうかは分かりませんが、彼女……レンと言いますが、あれの病気は、そういう性質のも

のでした」

 聞いて、令は驚きを隠さなかった。

「もちろん、病院からは早期の手術を勧められていましたが、あれは、頑として承知しま

せんでした。大人しくしていれば、絶対に治ると。当たり前の話ですが、手術と聞いて尻

込みしない人は、いませんからね」

 それには、令も充分思い当たる節があった。

「由乃も……ずっと、手術を嫌がっていました」

 呟く。それに恭也は頷きながら、話を続ける。

「ですが、結局発作を起こして入院して。主治医から言われました」

(早く手術をしないと、病状が更に悪化します。最悪……)

「それでも、あれは病院から抜けて来たんです。言葉は悪いですが、今の幸せと手術のリ

スクを天秤にかけて、意地でも手術は受けたくない、と」

 締め付けられるような感覚を、令は覚えていた。高町さまの妹分さん――レンの気持ち

が、分かるような気がしたからだ。

「島津さんが、手術を受けると決めたのとは、あれは逆の事を決めました。そして、俺は

その時、何も出来なかった」

 令は、はっとなって恭也の方を向いた。彼の表情には明らかに、苦みの濃い微笑が浮か

んでいた。

「高町さま……」

「俺も、かーさんも、誰もが身動き取れずにいた中でただひとり、もうひとりの妹分、晶

といいますが、彼女だけがレンの為に動きました。決闘、という手段で」

「け、決闘……ですか!?

 令にとって、理解に苦しむ話の流れだった。一体、手術の為にどうして決闘なんかしな

ければならないのか。しかも、心臓を病んでいるレンさん相手なんて。

 そんな令の疑問は、すぐに解消された。

「晶は空手、レンは中国拳法をやってますが、普段はレンの方が腕は上です。しかし、ま

ともな手段で翻意させられない以上、晶はそうぜざるを得なかった。動けなかった俺たち

も不器用なら、決闘を選んだ二人もよほど不器用だった、という事です。まぁ、後から思

えばの話ですが」

 高町さまは、その間どんな気持ちでいたのかしら。令はそれを知りたいと思ったが、恭

也の表情に、未だに苦みが含まれているのを見て、聞くのをためらう。

「結果は、晶の勝ちでした。晶が勝てば、レンは手術を受ける為に病院に戻る……それが、

決闘のルールでしたから。あの時、晶が言った言葉、よく覚えています」

(どっちに進むか分からねぇなら、いつものお前なら迷わねぇだろ!!……いつだって俺た

ちには……前しかねぇじゃんかよ!!

 泣いて、笑って、二人は――

 聞いていた令の瞳から、さっき止まったばかりの涙がまた溢れてきた。まだ持っていた

恭也のハンカチで、もう一度目尻の涙を拭い取る。

 晶とレンの関係が、令にはよく分かった。親友。好敵手。〔スール〕とはまた違うけれ

ど、二人の間にはとても強い絆がある。

 慈しみに満ちた微笑を浮かべ、頷きかける恭也に気付いて頬を赤く染めた令は、自分の

中の何かが、変化しつつある事を感じていた。

 落ち着いたら素振りをして、それから戻るといいでしょう――言うと、恭也は武道館に

戻って行く。

 

 

 

 

 

 竹刀を正眼に構える。それまで重く感じていたのに、呆れるほど軽い。それほど、今の

令の身体には力が漲っている。

 高町さまには、とても大事な事を教わったと思う。間違ってしまった事は、今更取り返

せない。でも、正しい形に修正する努力は出来る。

(由乃は、生きているのだから)

 前に進む事。まだまだ、頑張れる――

「面!!

 令は、竹刀を振るった。








▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る