〜不思議な縁の話〜







 人の出会い、というものは、その時によって様々な物語を生み出す。

 それまで全く接点のなかった人と人が、とあるきっかけを境に触れ合い、関わり合う事

によって生まれる物語。時に一期一会として、片や、時に綿々と紡がれる事になるが、ど

んな結末になるのかは、その時にならないと分からない。

 これからお付き合い頂く物語はさて、いかなるものとなるのか――どうやら、登場人物

が現れたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜とある出会い〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある喫茶店の窓際の席に、美しい女性がひとり、端然と座っている。

 その女性の心の中には、ちょっとした屈託のようなものがわだかまっていた。

 彼女の名前は水野蓉子。私立リリアン女学園高等部の三年生である。

 私立リリアン女学園と言えば、創立が明治三十四年、元は華族の子女の教育の為に設立

された、伝統と格式を兼ね備えたカトリック系女学校だ。

 幼稚舎から大学と、学園に十八年通い続ければ、純粋培養のお嬢様が箱入りで出荷され

る、とすら言われる程の学校。それがリリアン女学園である。

 蓉子は、そのリリアン女学園の高等部を束ねる生徒会、通称〔山百合会(やまゆりかい)〕の頂点に花咲

く三本の薔薇のひとり、

紅薔薇さま(ロサ・キネンシス)

 であり、その泰然とした落ち着きのある性格、言動は、全ての生徒の尊敬を集めるに充

分であった。彼女の人気は、それ以上に自身の事を決して鼻にかけていない事が大きい。

 そんな彼女も、時に思い悩む事がある。自分自身の事であれば当然の事。

 周りから頼りにされ、自身はそれに出来る限り応えているつもりだ。しかし、周りのみ

んなを見ていると、時に羨ましく思えてくる。

 何と言うか、自分がまるで薄っぺらな人間のように思えてくる事があるのだ。自分を頼

りにしてくれる友人や後輩が、その時どれほどの〔想い〕を秘めているものか。それを知

った時、何故か決まってそう思う。自分自身が薄っぺら、とは言葉がおかしいような気も

しないではないが、蓉子はどういう訳か、その思いを拭い去れないでいる。

 頼られるのは嬉しいし、頼られたからには出来るだけ力になりたい。世話好き、などと

周りからはよく言われるが、その事について、特にどうと思った事はない。

(だけど……)

 頼られる私自身は――意識して考えないようにしていたのか、それとも今まで、特に考

える事がなかったのか。

「でも、こんな事考えるようになるなんて、どうかしてるのかしら?」

 ひとりごちてみる。

 目の前のコップの中の氷が、溶けてからんと音を立てた。既に、お冷はあらかた飲み干

してしまっている。コーヒーはとっくに飲んでしまったし、今のところ答えの出そうにな

い事を、いつまでも思い悩んでいるわけにはいかない。そろそろ潮時かもしれなかった。

 代金を支払って、喫茶店から外に出る。入る前は意識していなかったが、今は少し、陽

射しが眩し過ぎるように思える。

 蓉子を知っている誰かが、今の彼女と一緒に行動していたなら、もしかすればこう思っ

たかもしれない。

 ああ、紅薔薇さまは自分が甘えるって事をほとんどした事がないでしょうし、そう思う

のも無理ないのかしら、と。

 

 

 

 

 

 その女性も、やはり心に屈託を持っていた、と言っていい。

 佐藤聖は、水野蓉子と同じくリリアン女学園高等部の三年生で、彼女は〔山百合会〕の

三本の薔薇のひとり、

白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)

 である。彫りの深い、整った容貌がちょっと日本人離れした、言葉を変えるとギリシア

やローマの彫刻に見られるような美女を連想させる、そんな印象を与える。

 その風貌も相まって、下級生から絶大な人気を得ている聖だが、彼女の心の中には、あ

る〔傷〕が残っているのだ。

 彼女は二年生の時、後輩のひとりと運命的な、そう言っていい出会いをした。シスター

を志していたと言う、その後輩と共に過ごす事に、聖はとことんのめり込んだのである。

 その感情は、もはや友人に対するそれではなかったかもしれない。他者を排除し、ただ

ひたすら共にいる事を望み――しかしその結末は、聖にとって苦いものであった。もちろ

んただ苦いだけではなく、それまで気付く事すらなかった、周囲の愛情を知る事ともなっ

たのだが。

 とは言え、この事は今でも、聖の心に重くわだかまっている。

 大切なものが出来たら、敢えて一歩退いて見なさい、という姉――学園独特の姉妹(スール)制に

よる姉。先代の白薔薇さまの事だ――の忠告を、今の聖は固く守っている。

 ただ、これから先、あの時ほどの想いを再び抱く機会は訪れるものなのか。もしそうな

ったとしたら、姉の忠告を守りきれるだろうか。

 ちょっと、自信は持てそうにない。

「……考えても、仕方ない事なんだけどねぇ。はぁ……」

 柄にもなく、物思いに沈んでしまった――苦笑した聖は、頭を上げ軽くひと振りすると、

小さな公園の、それまで座っていたベンチからゆっくりと立ち上がる。

 公園に、人影はまばらだった。近くの道路を何気なく見ても、大した変化はない。物思

いにふけっていた時でさえ、買い物帰りの主婦が二、三人と、車が二台、ばらばらに通り

過ぎて行ったくらいのものだ。

 砂場の方を見ると、子供が男女三人寄り集まり、何やら砂を積み上げているのが見て取

れた。一生懸命な、それでいて屈託のない表情。

 幼い頃は、多分私もあんな表情をしていたんだろうな、ふと思う。

「ああいうの、ちょっと、いいかな……なんてね」

 しばらくその光景を見つめていた聖だったが、ふっ、と微笑んで、ゆっくりと歩き出す。

そのまま、公園を後にした。

 もし、普段の聖だけを知っている誰かが今の光景を見たら、きっと驚いた事だろう。

 あんな姿は、今まで見た事がない、と。

 

 

 

 

 

 その女性の抱える屈託は、人によっては贅沢と受け取られるものかもしれない。

 歩きながら、ほんの少し憂鬱げな溜め息を吐いている。

 鳥居江利子もリリアン女学園高等部の三年生で、彼女は〔山百合会〕の三本の薔薇のひ

とり、

黄薔薇さま(ロサ・フェティダ)

 である。彼女もまた美しいと言っていい容姿なのだが、その瞳はどこか、何やら退屈そ

うで、周囲からは茫洋とした性格だと思われている。

 実際の所、江利子は何をやらせてもそつなくこなす一方で、その事自体につまらなさす

ら感じていた。大抵の事をこなせる分、周りの出来事に何かしら意外性や、面白い刺激を

求めがちになっている。彼女の瞳が輝くとしたら、その欲求が満たされる――あるいは、

そうなる可能性がある――時なのかもしれない。

 彼女の屈託は、もうひとつある。今の彼女にとってみれば、むしろこっちの方がより深

刻だったろう。

 彼女の父親と兄三人、これが江利子にとっては退屈以上に悩みの種なのである。

 世間には親バカ、という言葉が存在する。彼女の父は、まさしくその親バカ成分を濃縮、

蒸留したような存在と言えた。

 その血を色濃く受け継ぎ過ぎたものか、三人の兄もまた、親バカならぬ兄バカぶりを如

何なく発揮しており、ある意味においてこの四人、住んでいる町内では〔名物〕的有名人

となってしまっている。

 もっとも、江利子にしてみれば、

(単なる親バカ兄バカだったら、ここまで苦労なんかしないわよ)

 愚痴のひと言も言いたい気分だ。

 何しろ夕食(ディナー)をかけて人目もはばからず争ってみたり、一緒の時を過ごす為には仕事すら

放り出しかねない。ちょっと一人で外出しようと言った日には、やれそんなの僕に任せれ

ばいいじゃないか、とか、やれ僕が一緒に行ってあげようとか、挙句の果てには父までも

乱入しようとする始末。

 家の中であれば、実質的な強権を持つ母の一瞥、あるいは一喝で黙るのだが、だからと

て江利子の感じる閉塞感――あるいはうっとうしさが、完全に解消されるわけではない。

「何か面白い事……起こらないものかしら?」

 退屈げな瞳を周囲に向けてみる。少し痩せた茶色の猫が、目の前の建物の隙間からふい、

と顔を出すと、江利子の存在を気にする風もなく、それほど長くもない尻尾を立てつつ歩

き去って行く。

 苦笑して、軽く溜息を吐いた。そのまま家に帰る事にする。

 もしも、江利子を知っている誰かが、今の光景を見ていたとしたら、もしかすればこう

思ったかもしれない。

 何と言うか、相変わらずですね、と。

 

 

 

 

 

 その日、彼は特に変わりのない日常を過ごしていた。

 彼の名は高町恭也、海鳴大学の一年生である。

 彼には、いくつかの〔顔〕がある。

 ごく普通の大学生の顔。趣味が釣りに盆栽という、特に後者が、相当枯れ切ったような

印象を与えるとしても。

 そして、御神流という剣術を使う〔剣士〕としての顔。いや、それは剣士と言うより、

防人(さきもり)

 多分、こう形容するべきだろう。大切な、護るべき何かを、その剣に賭けて、己の全て

を賭けて護り抜く者。

 普段の彼は、世辞にも愛想がいいとは言い難い面こそあるが、しかしその内面は朴訥で

優しい人となりである。だが、いざと言う時にはいつでも、普段隠している〔牙〕を、敵

に対して容赦なく突き立てる事が出来る。

 それはともあれ。

 この日消化するべき講義も終わり、さて帰ろうかと講堂から出た途端、

「おぉい、高町。ちょっといいか?」

 親友の赤星勇吾に呼び止められた。大学の剣道部に所属している赤星は、恭也にとって

中学以来の付き合いである。もちろん、赤星は恭也の内に秘められた〔剣士としての顔〕

を知っている。

「どうした?」

「いやぁ、実はちょっと、聞いてもらいたい話があってな」

「ふむ」

「まぁ、ここでは何だから、場所を移そう」

「ああ」

 二人して歩く様は、周囲の注目の的だ。何しろ、恭也も赤星も揃って見てくれが良いも

のだから、特に女子大生の視線が必ずと言っていいほど向けられる。

 赤星は気さくな人となりなので、分け隔てない部分が人気の高さにつながっているが、

恭也の場合は、普段の無愛想さがかえってクールだという事で、やはり高い人気になって

いるのだそうな。共通しているのは、二人ともそれを気に留めていない事だろう。

 さて、そんな二人の会話に耳を傾けてみたい。どうやら学生会館内食堂の、隅の方の席

に落ち着いたようだ。

「で、話と言うのは?」

「うん、まぁどこから話した方がいいかな……実は、俺が最近知り合った講師に、雅楽(ががく)

好会の顧問がいるんだが」

「……雅楽?」

「ああ、雅楽だ。で、その同好会が、今度の学園祭で披露する為の曲を、そろそろ練習す

るそうなんだが」

「ふむ。しかし、赤星」

「何だ?」

「お前の知り合いに、そういう人がいたとは知らなかったぞ」

「いや、まぁなぁ。俺がその講師と知り合ったのは、それこそついこの間だったしな。あ

ぁそうだ、話続けるぞ」

「うむ」

「んで、今回は曲を舞楽(ぶがく)にしたいって事で、舞を舞う人が必要らしいんだな。本当は誰か

頼んでたらしいんだけど、それが上手くいかなかったらしくてな。それで、以前風芽丘で

演舞(えんぶ)〕をやった事がある俺を舞い手にって、声がかかったんだ」

「ほう?」

「どこかから話を聞いたらしいんだよ。ただ、俺は知っての通り剣道部だろう? 要する

に〔演武〕と間違えたんだな。まぁ、そういう事があったんだ」

「ははぁ」

「んで、その時は断ったんだが」

「ふむ」

「でもなぁ、その時に誰か、代わりにやれそうなのいないか、って聞かれてな……」

「……ん? ちょっと待て赤星、まさか?」

「あ、あははは……高町、そのまさかだ。ついお前の名前を滑らせてしまって、な」

「むぅ……」

 赤星は、ばつの悪そうな笑いを見せる。

「それ、お前の方で断る事は出来なかったのか?」

「あぁ……それが、だな。その講師曰く……」

(今度の曲は、舞う人が単なる美男子(イケメン)ではダメなんですよ)

「……って、聞かなくてな」

「その講師とやらの、言ってる言葉の意味もよく分からんが……それにしても、何故にそ

こで俺の名が出る?」

「仕方ないだろう、出してしまったものは」

「開き直るところか? そこは」

「いや、まぁ、とにかくその人の話だけでも、聞いてやってくれ。頼む」

「ぬぅ……分かった。話だけは聞いてやる」

「そうか!? 済まん、高町。後で埋め合わせはするから。ああ、それでこれも急で悪いん

だが……」

「すぐに、か?」

「察しがいいな。いやぁ、実は会って話せるものなら連絡くれって、頼まれててなぁ」

 

 

 

 

 

 赤星が食堂の内線電話で、いずこかと何やら話をしてから十数分後。

「初めまして。雅楽同好会顧問の久我です。今回は本当にごめんなさいね」

 現れたのは、物腰の柔らかそうな四十歳代の女性だった。

「いえ。初めまして、赤星の友人で高町と言います」

 席に着くなり、久我と名乗る女性は本題に入る。

「お話は、赤星君から聞きましたか?」

「ええ、概略は」

「初対面の人にぶしつけなのは、承知していますが……赤星君の推薦なら、外れはないと

思ったの」

「はぁ。あの……ひとつ、聞いてもいいですか?」

「はい、何です?」

「赤星については、どうやって知ったのです?」

「その事ね。風芽丘卒の、あなた方の同期生から聞いたのよ。でも、〔演舞〕と〔演武〕

を間違えるなんて、失敗だったわ」

 気恥ずかしげに笑うと、久我は小首を傾げた後でこう言った。

「そういう事で、この前赤星君に声をかけたの。それを差し引いても、うちの同好会は男

子もいるけど、舞はまるきりダメなものだから……」

「はぁ。と言うか、俺じゃなくとも、他に誰か探せば適任はいるのでは?」

「ええ、その通りよ。実は最初、実際に舞を舞える人を呼んでいたの。でも、やはり都合

が合わなくて……それに、舞というのは一種独特だし」

「……」

「ただ、その人によれば、舞う人さえ早く確保して教える事が出来れば、もしかしたら学

園祭には何とか間に合うんじゃないか、って言ってたから」

「しかし、舞と言っても、そう簡単に出来るものでないのでは?」

「ええ、難しいわね。でも、折角同好会として立ち上げている以上、何かしらの結果は残

したいのよ。同好会の人数は決して多くないし、今は動いていてもこれからどうなるか分

からないもの。せめて内輪で話がまとまれば、言う事はなかったんだけど」

 事情として、理解出来る事ではあった。風芽丘にいた頃の部活動でも、人数の少ない部

活は運営が厳しかったと聞いていたから、大学だとなおの事かもしれない、恭也はそう考

えた。

「ところで高町君。赤星君から聞いたのだけど、以前剣道をたしなんでいたそうね?」

「……」

 赤星の肩身が、恭也の一瞥を受けて少し狭くなる。流石にそれが実戦を前提とした〔剣

術〕で、現在もたしなんでいるものだとは、言いかねたのだろう。その辺りを恭也は酌ん

でおく事にする。

「まぁ、否定はしません」

「それなら、多分何とかなると思うけど……なんて、本当はこんないいかげんな事、言っ

てはいけないんだけどね」

「もし、話を引き受けたとして……俺は同好会に入る事に、なるのですか?」

「一時的なものでも幽霊でも、その方がありがたい事はありがたいけれど……無理強いは

しないわ。その点に関しては心配しないで」

「そう……ですか」

 赤星は、黙ってやり取りを見つめていた。周りでは、何人かの学生がくつろいでいるよ

うだが、腕を組み何やら考え込んでいる恭也は、それを気にしていない。

「はぁ……我ながら、損な性分だ」

「えっ?」

「……引き受けます」

「本当!? ありがとう、高町君!」

 肩の荷が下りたような表情になった久我が、笑みを見せる。

「あ、そうそう。まだ本格的な稽古を始めるまで少しは間があるから。その間、会のみん

なには、ちゃんと話をしておくけれど」

「承りました」

 今後の事を簡単に打ち合わせると、久我は食堂を後にした。いつの間にか、食堂の中に

は恭也と赤星しかいなくなっている。

「本当に済まん、高町」

「いいさ、気にするな。どうやら俺は、頼まれると嫌とは言えない性格らしい」

 苦笑を浮かべつつ、赤星は言葉を続ける。

「稽古が始まるまで、少しは時間があるようだが……どうするんだ?」

「まぁ、普段通りに過ごすさ。休日は、〔翠屋〕でバイトでもしている」

「そうか」

 これから部活に行くと言う赤星と別れ、恭也は家路につく事にした。

 

 

 

 

 

 ――さて、この三人と一人が、どのようにして出会うものなのか。

 しばらく、見守ってみる事にしよう。




四人、それぞれのちょっといつもとは違う日常って感じかな。
美姫 「そうね。これから、どうやって知り合っていくのかしら」
かなり楽しみです。
美姫 「物凄く気になる次回は……」
この後すぐ!



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