大身槍の永遠神剣を下段に構えながら、フィリンと呼ばれた緑スピリットが地を駈け、迫ってきた。
さらに頭上からは、ウィング・ハイロゥを展開したショートヘアの黒スピリットが、神剣を脇に取りながら殺到してきた。
タイミングを合わせて放たれた、空と陸からの同時攻撃。
地を滑るフィリンへの対処を優先すれば、天より迫る黒スピリットへの対応が遅れてしまう。
反対に黒スピリットへの対処を優先すれば、逆のことが起こる。
そして相手は、二人揃って運動能力に優れる神剣士。間合いが煮詰まるまでの時間はほんの一瞬だろう。思考に割ける時間は、ないに等しい。
ゆえに、対峙する柳也は、考えるよりも先に、行動した。
襲いかかる二条の光線を前に、彼は、
彼は――――――、
右手を、閂に差した脇差の柄へと添えた。
腰の回転が生み出す遠心力を利用しながら、一尺四寸五分を抜き打つ。
下段より擦り上がった槍穂を弾くや、左手の正弘で上空からの強撃を受け流した。
柳也の口元に、会心の笑みが浮かぶ。
対照的に、女達の顔は驚愕から強張った。
どちらか一方への対処を優先するからこそ、もう一方への対応が遅れてしまう。
ならば、両方を同時に捌けばよい。
幸い自分には、それを可能とする手段があるのだから。
「……守護の双刃」
ヒット・アンド・アウェイ。
反撃を警戒して距離を取ったフィリンが呟いた。
どうやら自分の二つ名についても、ワルドから聞かされているらしい。
柳也は好戦意欲に滾る眼差しで彼女を見つめながら、冷笑を浮かべ、頷いた。
「とくと味あわせてやる。ラキオス王国最強の三本槍が一振……守護の双刃の戦いをよぉ!」
永遠のアセリアAnother
× ゼロの使い魔クロスオーバー
ゼロの魔法使いとその使い魔と、ついでに現われた守護の双刃
EPISODE:60「お前、人を殺したことがないな? 人を殺すことが、怖いんだろう?」
肉を裂く嫌な手応えを、手の内に感じた。
思わず顔をしかめた才人は、キャメリアの背中からデルフリンガーを引き抜くと、後ろへ跳んだ。
剣尖が女の背から離れた途端、傷口から、どろり、とした血が噴出する。すぐに黄金のマナの霧へと還っていったが、その光景を見て才人はますます表情を曇らせた。喉の奥から込み上げてくる嘔吐感を懸命に堪え、神剣を正眼に構える。
「どうだよ? 少しは効いただろ?」
「……お前……」
苦悶の表情を浮かべながら、キャメリアは才人を振り返った。
少年を睨む眼差しには、猛々しい険が宿っている。
「……なぜだ?」
「あん?」
「なぜ、急所をはずした?」
才人の放った刺突は、キャメリアの肉を抉りはしたが、人体の生存に不可欠な主要な内臓は何一つ傷つけていなかった。デルフリンガーの剣身は、肋骨の隙間を縫って、深すぎず浅すぎずの深度で女の身を貫いたのだった。
「お前ほどのスピードと技量の持ち主が、あの状況で急所をはずすなどありえない」
完全に、背後を取られていた。
その上、直前に左の二の腕を斬られた自分はその瞬間、本来の運動能力を発揮することが出来ない身だった。
敵からすればまたとない好機。急所をはずすなど、ありえるはずのない状況。しかし、少年剣士の放った諸手突きは、己に致命傷を叩き込むことはなかった。
「ありえるはずのないことが起こった。それはつまり、わざとだった、ということだ。では、なぜわざと急所をはずした? わたしはお前の敵だ。その敵を、絶好の機会を棒に振ってまでなぜ生かそうとする?」
「……言っただろう? 異世界間を飛ぶ方法を、教えてもらう、って。あんたにはまだ、死んでもらっちゃ困るんだよ」
「……嘘だな」
キャメリアは才人の目を真っ直ぐ見据えて断言した。
顔は蒼白なのに墨色の双眸だけが炯々と輝いている姿からは、不気味な迫力が感じられた。
「勿論そういう意図もあるのだろう。だが、それは所詮建前だ。お前の本心は、別にある」
「……なんで、そう言い切れるんだよ?」
「眼だよ」
「眼…・…?」
才人が訊き返すと、キャメリアは頷いた。
「お前の瞳からは、戦う者の気構えや覇気が、まるで見出せない」
その声には、落胆の想いが滲んでいた。
目の前の少年が本当に真実心から自分を捕らえようと思っているのなら、その眼差しにはもっと凛然とした、力強い輝きが宿っているはずだ。意思力の炎で燃えているはずだ。しかし、彼の双眸には力を感じさせる要素がまるで見られない。それどころか、
「弱々しく揺れている、な。建前とは別の、本音を胸の内に抱え持っている証左だ」
「……ッ」
正眼に構えたデルフリンガーの向こう側で、才人の顔が強張った。柄尻を握る左手のルーンの輝きに、翳りが差した。
表情筋の動きから、己の推測は間違っていない、と確信を得たキャメリアは、さらに隠された本心を暴こうと言の葉を紡ぐ。相手の目を見る。
「その弱々しい瞳の輝きには見覚えがある。……お前、さては怯えているな?」
恐怖。
血というものを愛してやまない己にとって、最も馴染み深い感情の一つ。剣を振るう度、敵対者から向けられてきた感情の一つ。ゆえに、見間違えるはずがなかった。自分を睨む才人の双眸からは、明らかな恐怖の感情が見て取れた。
「いったい何に対する怯えだ? 何がそんなに怖い? わたしか? それとも……ああ、そういうことか」
才人を見つめるキャメリアの眼差しが、一段と鋭さを増した。
得心した様子で頷くと、三尺八寸の大太刀を肩で担ぎ、不敵に微笑む。
「お前、人を殺したことがないな? 人を殺すことが、怖いんだろう?」
「…………」
相棒の永遠神剣を握る十指に、力が篭もった。
鷲掴み。
十本の指すべてに力が入りすぎた、剣を操る手の内としては、下の下の握り。
運剣の要諦たる手の内の基本を忘れてしまうほど、女の問いかけは才人の心に動揺をもたらしていた。
キャメリアの言う通り、自分には人殺しの経験がない。それどころか、殺人という行為に対して嫌悪感を抱いている。当然だ。殺人とは人道にはずれた行為、この世で最も唾棄すべきもの。そうした価値観が蔓延する世界で生まれ、育ってきた。戦争なんてものとは無縁でいられる時代、世界で最も平和な国に、生を受けた。そんな才人にとって、暴力から生まれる死はとても恐ろしく、また自分が振りまく側に立つなんてことは想像もしたくなかった。この世界で剣を取るようになってからも、なんとかその一線だけは、踏み越えないように行動してきた。
「……図星か」
無言の才人を前に、キャメリアは冷然と嘲笑した。
「なるほどな。だから、あんな好機にも拘らず急所をはずしたのか。自分の攻撃によってわたしが死んでしまうのを、恐れたわけだ」
キャメリアは一旦、そこで言葉を区切った。
次の句を口にするべく、すぅっ、と口で息を吸い込んだ途端、彼女の顔から一切の笑みが消えた。
「……興醒めだ」
剣を構える才人の肩が、思わず震えた。
背骨を突き刺す、強烈な悪寒。
自分を睨む墨色の眼差しから、静かな、それでいて猛々しい怒気を感じた。
「……わたしはな、血が大好きなんだ」
淡々とした声が、才人の耳膜を震わせた。
脳幹を、ガラスが割れるような警告音が何度も揺さぶった。
目の前の女の身体から感じられるマナが、急激に増大していくを知覚する。
隠し持っていた力を解放したのか。
それとも、怒りの感情が神剣から力を引き出す助けとなったのか。もし、そうだとすれば、キャメリアはいったい何に対して憤っているのか。
「自分でも異常な嗜好だとは自覚している。わたしは、ミニオンとしてこの世に生を受けた瞬間から、血というものに惹かれた。血の色に。血の臭いに。血の味に。血という存在を形作るありとあらゆる要素に、心を奪われた。
……特に、男の血はよい。中でも戦士と呼ばれる男の血は格別綺麗で、格別甘い味がする。わたしは戦士の血を見るためならば、その返り血を浴びるためならば、なんだってするよ」
才人の目が、慄然と見開かれた。
つい先ほど自分が斬りつけたにの腕の傷が、異様な速さで癒えていく光景を目撃した。
マナの増大が、体細胞の活性化をも促したか。見れば背中に刻んだ裂傷も回復し始めているらしく、キャメリアの顔色は秒刻みで良くなっていった。
「……だからな、本音を言えば、わたしは今回の任務が、辛くてしょうがないんだ。なにせ相手は神剣士だ。流れた血は、すぐに蒸発してしまう。色も、味も、芳香も、何一つ残らず消えてしまう。任務とはいえ、そんなつまらない戦いに身を投じねばならないことが、辛くて、辛くて、しょうがない。だからせめて、戦う相手くらいは強力な戦士でありますように、と願いを込めた。期待を抱き、少しでもモチベーションを高めてこの任に臨んだ。それなのに、蓋を開けてみれば……」
失望と、憤怒。
闇色の双眸には、その二つが輝いていた。
「期待はずれだったな。わたしの敵は、戦士でさえなかった」
見せつけるように、深々と溜め息をついた。
それまで黙然と剣を構えるばかりだった才人が、口を開く。
「戦士じゃ、ない?」
「ああ、そうだ。お前には、大切なもののために己の命を懸ける覚悟はあっても、大切なもののために誰かを犠牲する覚悟はあるまい。……そんなお前は、戦士ではない」
キャメリアの背後で、烏のウィング・ハイロゥが翩翻とはためいた。
体は正対させたまま、視線だけを、才人から転じる。
相手の目線を追って、少年剣士の表情が硬化した。
キャメリアの眼差しは、才人の背後一五メートルほど位置に立つ木陰に寄り添うシエスタと、モット伯爵の二人に向けられていた。
「お前、まさか……」
戦士の血を愛してやまない女。しかし、今回の任務ではそれを楽しむことが出来ないと知り、ならばせめて戦いそのものを楽しもうと、屈強な戦士を相手に望んだ。だが、それさえも叶わぬと知ったいま、彼女は次にどんな行動を取るだろうか。
「……血が残る分、あの二人を相手取った方が、楽しめそうだな」
「テメェ!」
寒気が、瞬時に霧散した。
怒りの炎が才人のマナを滾らせ、左手のルーンを再び燦然と輝かせた。
感情の昂ぶりに呼応して、身に纏う追い風がさらに加速する。
「シエスタを、やらせるかよ!」
憤怒の形相で吼えながら、才人はデルフリンガーを振りかぶった。
あの光輝く翼から生み出される推進力は、過少に見積もってもエアー・ジェットの加速魔法と同じぐらいあるだろう。
一度先手を取られては、挽回は難しい。先手必勝。こちらから、積極果敢に攻めなければ。
キャメリアが、肩に担いだ野太刀を小枝のように振るった。
喉元狙いの一文字斬り。
三尺八寸の刃先に集中する精霊光の気配を感じ取った才人は、慌てて剣を引き戻す。
対するキャメリアは、構わず刀身を反時計回りに振り抜いた。
踏み出した右足の踵で思いっきり地面を蹴り、後ろに跳ぶ。
銀色の閃光が視界を横切り、次いで襲ってきた衝撃波が顔の皮膚をズタズタに引き裂いた。
灼熱した痛みが、顔中に走る。
直後、遅滞なく放たれた柄の当て身が、左耳めがけて殺到した。
「うおおッ!」
剣身を垂直に立て、才人は顔を反らして攻撃を避ける。
空を打ったと見るや、キャメリアは時計回りに刀身を反転させた。
三尺八寸の長物とは思えない、素早い切り返しだった。
――けどよ、これぐらいのスピードなら!
右側頭部を狙った斬撃をしゃがんでかわした。
左右からの攻めを凌ぎきった才人は、前に踏み出しながら諸手突きを繰り出す。
狙いは女の臍の下。
立ち上がるときの反動を上乗せした鋭い刺突が、一条の光線となって突き進む――――――、
「……やはり、つまらないな」
酷薄な呟きが、才人の耳朶を打った。
刹那、奇妙な手応えが柄を握る手の内を揺さぶった。
「なぁ……ッ!?」
信じがたい光景を前に、才人は思わず目を剥いた。
渾身の力を篭めて突き出した剣尖が、受け止められていた。
柄尻によって。
キャメリアは才人が頭を低くすると同時に引き戻した神剣の柄尻を、刺突にぶつけたのだった。
空へと打ち出されたゴルフボールに、別なボールをぶつけて撃ち落とすかの如き所業。
あまりの事態に、才人の思考が一瞬、止まる。動きが、鈍る。
その隙を、キャメリアは衝いた。
「殺意の篭もっていない攻撃ほど、つまらないものはない」
鵐目金具が砕け散った柄の手の内を練り直し、脇に取る。
漆黒のウィング・ハイロゥを羽ばたかせ、キャメリアは才人の頭上を飛び越えていった。
猛禽の如き眼差しが見つめる先は――――――、
「やはり、血を楽しめる方がいいな」
「ッ! こいつ、待ちやがれ!」
慌てて振り向き、後を追おうとした。
しかし、それは叶わなかった。
「……アイアン・メイデン」
魔力の篭もった呟きが、耳朶を叩いた。
才人の足下に、漆黒の魔法陣が出現する。直径一メートルほどの、円形の魔法陣だ。攻撃的なマナの気配に、才人は総毛だった。
【相棒、いますぐこっから離れろ!】
デルフリンガーの警告を受けて反応するよりも速く、呪文詠唱を破棄した、黒の神剣魔法が発動した。
地面に描かれた魔法陣から闇色に光輝く針のような光線が無数に飛び出し、才人の総身を狙った。
アイアン・メイデン。魔法の力で生み出した暗黒の槍を、標的に向けて叩き込む神剣魔法だ。一発々々の威力は小さいが、複数発を同時に叩き込むことで避けにくく、防ぎづらい攻撃としている。
地面から伸びる無数の光線が、才人の脚を、腰を、顔面をかばってクロスした両腕を貫いた。
呪文詠唱を破棄して発動したためだろう、地面から伸びる光線は縫い針ほども細く、破壊力も低い。しかし、針孔ほどの傷はかえって全身を苛む苦痛を鋭いものとした。歯を食いしばり、苦悶に堪える才人。その僅かな動作が、次のアクションを遅らせる。キャメリアが、シエスタ達に接近するための時間を稼いでしまう。
まだ加速が不十分なスタート直後の段階ながら、時速四〇〇キロは出ているだろうか。空を舞うキャメリアは、あっという間に血を楽しめる相手との間合いを詰めてしまう。あまりにも素早い身のこなしに、シエスタとモット伯爵の表情は驚愕から凍りついた。
「シエスタぁ!」
血の塊を吐き出しながら、才人が吼えた。
絶叫しながら、彼はキャメリアの背中を追って駆け出した。
不完全なまま発動しただけあって、闇色の針は細く、脆い。
総身を突き刺す針をそのまま強引にへし折りながら、魔法陣の外へと一歩踏み出す。
標的に肉迫しただけで、キャメリアはまだ攻撃の動作に入っていない。
まだだ。自分の足ならば、まだ間に合うはず。いや、間に合ってくれ!
腹の底から願いながら右足を踏み出した才人だったが、途端、強烈な倦怠感が全身を襲った。
「なぁ……ッ!?」
思わず、よろめき、膝を着いてしまった。
まだそんなにダメージは受けてないだろう。膝を折っている場合じゃねぇだろう!
憤怒の形相で自らを一喝し、立ち上がろうとした。
しかし、出来なかった。
体が、重い。
四肢に、力が上手く入らない。
脳からの指令に対して、肉体のレスポンスが明らかに鈍すぎる。
立ち上がり、走り出す。たったそれだけのアクションが、億劫でたまらない。
これは、いったい……?
【……毒だよ、相棒】
混乱する才人に、解答を授けたのは、デルフリンガーだった。
【さっきの魔法の効果だ。針の中に、魔法で精製した毒をたっぷり仕込んでやがったんだ。傷口に意識を集中してみろ!】
言われるがままに、意識を傷口に集中する。
すると、全身に穿たれた針孔の傷から、己の肉体を形作るマナが異様な速さで抜けていくのを知覚した。
【見た目の変化は乏しいが、体を内側から少しずつぶっ壊されているんだ。運動機能が低下するのは当然だ】
「シエスタ、逃げろ――――――ッッ!!」
力の入らぬ四肢で必死に上体を支えながら、才人は吠えた。
キャメリアが、三尺八寸の大太刀を上段に振りかぶる。
木陰に身を寄せ合う二人を、一刀の下に両断する腹積もりだ。
漆黒のウィング・ハイロゥを畳み、しかと足場を定めた上で、女は神剣を振り抜いた。
才人の、そしてシエスタの悲鳴が上がった。
◇
「……神剣よ、わが求めに応えよ……」
定寸刀を正眼に構えた少女の足下に、漆黒に輝く魔法陣が出現した。
獰猛に研ぎ澄まされたマナが魔力へと姿を変えて、少女の言の葉に静かに満ち満ちる。
神剣魔法の呪文詠唱。
祝詞を思わせる朗々たる響きが謁見の間の空気を震わせ、五間先で身構える柳也に緊張を強いた。
――黒属性の、攻撃魔法か……ッ!?
右手に初代正弘二尺三寸一分を、左手に父の形見の無銘刀一尺四寸五分を握る柳也は、小柄な少女より感じられる巨大なマナの気配から、次のアクションを予測し、舌打ちした。
黒の神剣魔法は特殊な効果を発揮するものが多い。
足下から。あるいは頭上から。単発で。あるいは複数発が同時に……といった具合に、様々な攻撃法が考えられる。おまけに青属性の消滅魔法が効かないため、なおのこと防御が難しい。いったい、どんな攻撃が来るか。
「ダークインパクト!!」
漆黒の魔法陣が、背中のウィング・ハイロゥが、ひときわ強く輝いた。
少女の握った刀より飛び出した闇色に輝くエネルギーの塊が、物凄い速さで正面より突撃してくる。
砲弾のごときいでたちと勢いのこれは――――――、
【これは……衝撃波!?】
【主よ、オーラフォトン・ソニックと同じだ! エネルギーを載せた空気の塊を射出したのだッ!】
頬をなぶる大気の流れの変化から敵の放った魔法の正体を察した柳也は、脇差を握る左手を衝撃波に向けて突き出した。
父の形見の業物に宿る〈戦友〉の力が発動し、前面に、六尺豊かな長身をすっぽり覆い隠すオーラフォトン・バリアが展開される。
衝撃波の威力が判然としないため、勿論、全力での展開だ。
攻撃面の強化を得意とする〈決意〉とは対照的に、〈戦友〉の得意分野は防御。彼女の展開するバリアは、対戦車砲の直撃さえ抗堪しうる強度を誇っていた。
漆黒の衝撃波が、オレンジ色に燃えるバリアを殴打した。
闇色の光が内包していたエネルギーが爆発し、衝撃が左の手の内を揺さぶる。しかし、ダメージはない。敵の放った魔法は、自分の防御でも十分対処可能な威力だった。
「お見事です」
背後から、冷たい呟き。
大身槍の永遠神剣を中段に構えたフィリンが、剣呑な眼差しで柳也の背を睨む。
「ですが、防御に集中しているその状態では、これは防げませんよね?」
脾腹を狙った刺突。
破壊のマナの剣呑な輝きを発しながら、二尺の槍穂は空を衝いた。
「……そうでもないさ」
冷笑が、フィリンの耳朶を打った。
呟きとともに、広い背中が迫ってくる。
バック・ステップで退いた、柳也の背中だった。
突然間合いをはずされた槍穂はむなしく空を切り、体当たり同然の勢いでぶつかってきた七五キログラムの巨体によって、フィリンの体は風に揉まれる木の葉のように大きく吹き飛ぶ。
「俺の相棒は、二振いるんでね!」
柳也は得意気に微笑み言い放った。
〈決意〉が攻撃に集中しているときは〈戦友〉が防御を。逆に、〈戦友〉が攻撃に尽力しているときは〈決意〉が防御を担当する、といった具合に、二振の神剣は役割を分担することで、攻撃と防御を同時に、かつ全力で行うことが可能だった。
いまの背面突撃にしても、契約神剣が〈戦友〉一振だけだったなら敢行は不可能だったろう。
あのとき〈戦友〉は、正面から迫る攻撃魔法をブロックするべく、バリアの展開と維持に全力を注いでいた。目の前のことに手一杯で、後背に対しては意識を向ける余裕さえなかった。
強襲を迎撃出来たのは、脚力の強化にエネルギーを割いてくれた〈決意〉の存在があればこそだった。
正面より、冷たい剣気が迫って来た。
ウィング・ハイロゥの推力を十全に活かして突撃する、ショートヘアーの黒スピリットだ。
フィリンへの追撃を阻むべく、定寸刀の永遠神剣を正眼に、風を巻いて向かってくる。
バリアを解いた柳也は、膂力の強化にパワーを集中。苛烈な打ち込みを、左の脇差で受け止めた。
十字に斬り結ぶ二条の刃。
ともに超音速の速さで振り抜かれた太刀行き同士がぶつかり合い、大気が、轟々、と咽び泣く。
初太刀を受け止めたときは思わず苦悶の声を漏らした柳也だが、幾度も打突を受け止めて、さすがに慣れた。
刹那ほどの遅滞さえなく、右の正弘を流れるような動作で相手の左耳へと叩き込む。
「……ッ!」
顔を強張らせた黒スピリットはハイロゥの推力を下方に向けて放出、急上昇で必殺の斬撃を回避した。
柳也の口元に浮かぶ、好色な笑み。
「楽しませてくれるなぁッ!」
左足を軸に後ろを振り返りながら、無銘の脇差を振り抜いた。
黒スピリットが稼いだ時間を使って態勢を整え直したフィリンの放つ斬撃を、一文字に薙いで弾き飛ばす。
凍りつく女の顔。
対照的に、柳也は、ニヤリ、と凶悪な笑みを浮かべた。
黒炭色の眼差しと、若竹色の目線とがかち合った。
柳也は右手の正弘を相手の胸元目がけて押し込んだ。
二尺三寸二分の切っ先では、精霊光の光が猛々しく燃えている。
獅子吼とともに放たれた刺突を、フィリンは右へ軌道を逸らされた槍を素早く回転させて、石突に近い側の柄で弾き上げた。
すかさず、柳也は左の脇差を擦り上げ、額を叩き割らんと振り下ろされた返す石突を受け流す。
と同時に、首の後ろを保護するべく、オーラフォトン・シールドを円形に局所展開した。
背後より殺到する漆黒の打ち込みを受け止めて、オレンジ色の盾の表面で激しく火花が散った。
「挟撃は手堅い作戦だが……」
一歩鋭く踏み込みながら、フィリンの打突を左に流した柳也はその場で時計回りに回転。足の、腰の、肩の、腕の。五体が生み出すありとあらゆる遠心力を正弘の刀勢に上乗せした一文字斬りを背後の黒スピリットに向けて放った。
素早く引き戻した剣を垂直に立てて豪撃を受け止める黒スピリット。
またしても、二条の刃は十文字に斬り結び、今度は鍔競り合う。
手の内を揺さぶる衝撃から、少女の愛らしい美貌が苦悶に歪んだ。
柳也は犬歯を剥き出しにして笑うと、正弘を押し込む右腕に力を篭めた。
「さすがに、ワンパターンすぎるだろうッ!」
互いの吐息が鼻先に触れ合うほどの至近まで顔を近づけた柳也は、ドスを孕んだ声で言い放った。
一方が正面から挑みかかって敵の注意を誘い、その隙にもう一方が死角より攻める。初手から現在にいたるまで、フィリン達の戦い方は一貫してこの挟撃作戦に則っていた。シンプルなだけに手堅く、強力な戦い方だが、こう何度も同じことを繰り返されては、さすがに攻撃のパターンが見えてくる。
――あるいは、そう思わせようという魂胆なのかもしれないが……!
勿論、油断は禁物だ。
あえて同じアクションを何度も繰り返すことで敵に攻撃を見切ったと錯覚させ、本命の不意打ちを仕掛ける作戦という可能性もある。
――それに……。
剣を押し返そうとする力が、不意になくなった。
力比べでは華奢な自分が不利と悟った黒スピリットが、身を引いたのだ。
するとこれまで通りのパターンで、いつの間にやらウィークハンド側に回り込んでいたフィリンが突きを見舞ってくる。
柳也もまた黒スピリットと同様後退することで側方よりの攻撃を避けた。
さらに、刺突から薙ぎ払いへと変じた豪撃をかわすべく、床を蹴る。蹴る。蹴る。
いままた大きく開く間合い。
フィリンと黒スピリットは、前後に並んで柳也を睨んだ。フィリンが前衛で、黒スピリットが後衛だ。
初代正弘を片手正眼に、無銘の脇差は地擦りに保持しながら、柳也はひっそりと嘆息した。
――それに、防御はやり易くなったが、攻撃は難しいままだしなぁ……。
たしかに、敵の攻撃のパターンを見切ったことで、防御は格段にやり易くなった。相手の行動の先読みが、かなりの精度で可能となったからだ。
しかし、いくら防御力が向上したところで、“守り”だけでは戦いに勝つことは出来ない。
敵を倒し、勝利の美酒を屈託のない心持ちで楽しむためには、こちらから積極果敢に攻めていかねば。
だが、相手の連携は強力だ。挟撃作戦を取るだけあって、敵はパートナーの動きをよく見ている。一方に襲いかかれば、即座にもう一方が援護に回ってくるために、決定打を与えることが出来ない。
勝利の果実を得るためには、まずこの二人の連携を掻き乱さねば。
――さあて、どう攻めるよ? 軍師・柳也……。
攻撃はいま一つだが、守勢に回れば完璧なコンビネーション。これを打ち破るにはどんな作戦を実施するべきか。これまでに経験してきた戦いの記憶、史書に記された過去の戦例と、現在身を置く状況を重ね合わせて考える。
「……『孫子』に習うか」
好戦的な冷笑が、口元に浮かんだ。
ハルケギニアといい、ファンタズマゴリアといい、中世後期のヨーロッパを彷彿とさせる環境に長く身を置いているせいか、ついつい忘れがちになってしまう東洋の思想。子曰く、兵とは詭道なり、だ。
「テメェら二人とも、引っ掻き回してやるよ……」
闘志の昂ぶりに呼応して、両手の二振がいっそう激しく輝いた。
マタドールを前にした闘牛の如き力強さで、床を蹴る。
獰猛な眼差しが目指す先には、勿論、前後に並ぶ二人の姿があった。
駆け出した柳也の左手から、一条の光線が放たれた。
夕陽の色に燃える一尺四寸五分。
柳也の投擲した脇差だ。
片腕とはいえ神剣士の膂力によって投射された業物は、銃弾の速さを纏いながら標的へと向かっていく。
そして柳也自身は、初代正弘を正眼に保持しながら、猛然と床を蹴り進んだ。
「これは……!」
「わたし達の……!」
「参考にさせてもらった!」
投擲した脇差への対処を優先すれば、柳也自身への対応が遅れてしまう。
逆に柳也への対応を優先すれば、脇差への対処が遅れることになる。
二刀流ならではの手数の多さを活かした攻撃は、目の前の二人が先ほど自分に対して取った戦術の相似形といえた。
――さあ、たっぷりと驚け!
古来より変わらぬ、戦いの原則の一つだ。
敵の想像力を上回る行動を取ることで心理的なプレッシャーをかけ、動揺を誘い、正常な判断能力を奪う。冷静さを欠いた敵は攻撃への対応が遅れがちになり、やがてはまったく反応出来なくなる。
柳也はあえて敵と同じ戦術を取ることで、相手の動揺を狙った。
――……なるほど。たしかに、少し驚きましたが……。
しかし、迫りくる脇差を睨むフィリンの表情からは、動転の様子は窺えなかった。
むしろ余裕さえ感じられる冷笑を口元に浮かべて、殺戮の凶器を迎え撃つ。
――先にその戦術を取ったのはわたし達。当然、その対処法も知っているんですよ!
意外な行動だった。たしかに、それは認めよう。驚愕から一瞬、五体が硬直しかけたのも事実だ。しかし、驚愕が尾を引き、冷静さを失うほどの衝撃はなかった。
――わたしが脇差を墜とし、パリスが桜坂柳也本人を迎撃する!
空中で伸びやかに円弧を描いた二尺の槍穂が、灼熱の光線を弾いた。
無銘の業物一尺四寸五分が、あらぬ方向へと飛んでいく。
必殺の気合を篭めて投じた脇差が撃ち落とされたのを認めるや、柳也は武蔵国生まれの名刀を上段に振りかぶった。
槍を振り抜いた直後で、即座には反応出来ないフィリンへと殺到する。
フィリンの左脇を、黒い影がすり抜けた。
背後で控えていた黒スピリットだ。
フィリンをかばうべく前に出るや、定寸刀の永遠神剣を斜に構えた。
寺社の鐘を打つかの如き、重い打撃音。
獰猛な剣気を宿した苛烈なる打ち込みを、少女の刀が受け止めた。
刹那にも満たない一瞬、硬直する両者。
黒スピリットの唇から苦悶の呻きが漏れたかと思うと、小柄な少女は床に膝を着いた。
膂力に優れる柳也が、しかと足場を踏み定めて放った真っ向斬りだ。
一キログラム前後でしかないはずの刀を戦車のように感じ、彼女は膝を屈してしまった。
「終わりだ……!」
冷たい咆哮とともに、柳也は刃をはずした。
片膝でかろうじて身を支える黒スピリットに必殺の一太刀を浴びせるべく、初代正弘を地擦りに取る。
「……そうですね」
鈴のような囁きが、柳也の耳朶を打った。
後ろから。
二人が硬直していた僅かな時間を利用して、柳也の背後へと回り込んだフィリンだった。
「あなたの、終わりです!」
中段に構えた大身槍を、男の広い背中目がけて突き出した。
狙いは心臓。
背後からの襲撃に慣れているのか、二尺の槍穂の照準は正確だった。
背筋をひた走る、濃密な死の予感。
極限まで研ぎ澄まされた剣気を感じ、柳也は思わず胴震いした。
そのとき、額を脂汗で濡らす黒スピリットの顔が、慄然と強張った。
消炭色の眼差しが見上げるその先で、敵に背後を取られた男は、
「……いいや。お前の終わりだよ」
会心の、笑みを浮かべていた。
直後、硬く尖った金属が、柔らかい肉を断ち切る音が鳴った。
槍を突き出したフィリンの、右の脇腹から。
くぐもった音が、鳴った。
「……俺の狙いは、最初からお前さんさ。フィリン・緑スピリット」
心臓目がけて突き出された槍穂をオーラフォトン・シールドを展開して受け止めた柳也は、背後の敵に向けて酷薄に言い放った。
真正面から見上げる黒スピリットの表情が、恐怖から引き攣る。
精悍ながら凶悪な面魂には、歴戦の彼女をして思わず目を背けたくなるほどの残忍な笑みが浮かんでいた。
「な、か……はっ……!」
灼熱した痛みが、腹から全身へと広がった。
フィリンの唇から、咳と一緒に血の塊が吐き出される。
茫然とした眼差しを、自らの脇腹に落とした。
信じられない、と女の端整な顔が驚愕に歪んだ。
見れば、先ほど弾き飛ばしたはずの脇差が、己の右脾腹を深々と突き刺していた。傷口から滲み出した血が、灰色の軍服を黒々と染め上げていく。
「なん、で……?」
いったい、いつの間に? いやそもそも、どうやって? なぜ、弾いたはずの脇差が……? 頭の中に、いくつも浮かぶ疑問。しかし、痛みのせいか頭が上手くはたらかない。出血が、冷静な思考能力を奪っていく。
大身槍を握る両手が、ぶるぶる、と震えた。
不可解な事態から逃れんと、一歩二歩と、よろめくように退いた。
「俺の相棒は、体内寄生型の永遠神剣だ」
背後のフィリンと、前方の黒スピリット。双方に聞かせるように、柳也は楽しげに言の葉を紡いだ。
「そのせいで純粋な武器としての性能は低いが、その特殊性を利用すれば、様々な現象を起こすことが可能だ。たとえば、そう……」
地擦りに構えた初代正弘の刀身から、オーラフォトンの輝きが失せた。
直後、二人の視界から柳也の姿が消えた。
オーラフォトンの出力と維持に費やしていたマナのすべてを、脚力の強化に回したのだ。
神剣士の動体視力でさえ捉えられぬほどの速さでフィリンの背後に回り込んだ柳也は、女の体に刺さったままの脇差へと左手を伸ばした。
庄内拵の柄を逆手で掴むと、フィリンの口から苦悶の悲鳴が迸った。
「投擲した脇差の飛行軌道を、自在に操るといった具合に、な!」
脇差を投じた際、柳也は〈戦友〉の一部を寄生させた相棒刀に、己の手から離れてもオーラフォトンを維持出来るよう大量のマナを注ぎ込んだ。 フィリンの斬撃によって弾き飛ばされた後、脇差はそのマナを燃料として空中で姿勢を制御、死角を飛び、彼女の脇へと忍び寄ったのだった。
「一度弾いた脇差がもう一度襲ってくるなんてのは、さすがに想定外だったろ!?」
フィリンの身体から、脇差を勢いよく抜き放った。
皮肉にも栓の役目を果たしていた刃が失われたことで、傷口から凄絶な血飛沫が噴出した。
柳也の顔に、恍惚とした笑みが浮かぶ。
頬を濡らす赤い液体から馥郁と香る甘い芳香に、魂が痺れた。
柳也はフィリンの背後を取ったまま、その場にしゃがみ込んだ。
「まずは一人……」と、小さく呟く。
両の二刀の手の内をしかと練り、柳也は跳躍した。
「スパイラル大回転斬り――――――ッ!!」
桜坂柳也独創の必殺剣、スパイラル大回転斬り。
独楽の回転運動とともに放たれた斬撃の嵐が、女の背中を次々斬り刻んでいった。
<あとがき>
……ぐふっ。疲れた〜。やっぱりチャンバラはエネルギーを使うなぁ。
さて、読者の皆様、おはこんばんちはっす。今回もゼロ魔刃をお読みいただき、ありがとうございました。今回の話は、いかがでしたでしょうか?
今回は、才人の戦いに対する意識について、今後触れていくための導入的な話でした。
これはあくまでタハ乱暴の個人的な意見なんですが、原作ではこのあたりちょっと曖昧というか、話をシンプルにするために、あえて詳細には書かないようにした印象を感じてしまったんですよ。勿論、タハ乱暴の読解力不足かもしれませんが。
こういうバトルありきの作品では、戦いや殺人行為というものに対する各人のスタンスは明確にしておいたほうが、読者的には感情移入しやすいだろうし、作者的にも書きやすい、というのがタハ乱暴の自論です。なので、野暮かなあ、とは思いつつも、このテーマに挑戦していくことにしました。
予定では次回でバトル回は決着! そして才人には、今後の躍進に不可欠な試練を与えるつもりです。
次回もお付き合いいただければ幸いです。
ではでは〜
<おまけ>
書店業界の人間としてはオーバラップという会社が設立した背景を知るだけに素直に喜べませんが、祝IS再開! ということで、ちょっと妄想してみました(笑)。
原作ゲームの展開とか、経過年数の考証とか一切なし。完全なネタです。
本編とは一切関係ない話なので、スルーしても無問題です。
ファンタズマゴリアでの激戦を乗り切った桜坂柳也と愉快な仲間達……。
永遠の時を生きる法皇の姦計に一度は膝を屈しながらも、友情パワーとか色んなもの出し切ってなんとか神々を追い払ったエトランジェらは、いまや第二の故郷とも呼べる世界との別れを惜しみながらも、現代世界への帰還を選択した。
「それじゃあみんな! マナの加護を!」
澎湃と涙を流しながら、しかし満面の笑顔で手を振り、柳也達はもとの世界へと舞い戻った。
しかし、久しぶりに踏んだ故郷の土は、彼らの知らぬうちに変わり果ててしまっていた。
ファンタズマゴリアでの死闘が、世界を、そして時空を歪めたか。
柳也達の記憶には存在しない 最強の兵器……インフィニット・ストラトス、通称IS。
第五世代戦闘機も、第四世代戦車も、僅か十年足らずで旧式化してしまった。のみならず、ISは現代社会の基盤となる価値観そのものを破壊し、作り替えてしまった。
最強兵器ISは、女性にしか扱えない。
そして軍事力は、国際社会を生き抜くための二本柱の一柱。
女性の社会的な地位は僅か数年で飛躍的に向上し、反対に男の立場は急降下していく。
女尊男卑という、昨日までまったく縁のなかった価値観に戸惑いを隠せない柳也達。
それでも、変わってしまったとはいえ故郷は故郷だ。彼らは自らの境遇を嘆くことなく、新たな生活に身を投じた。失われた青春を取り戻すかのように、懸命に生きた。
しかし……、
しかし、戦いの女神は、彼らの安寧を許さない。
現代世界へと帰還しておよそ三年後。
その日、有限世界の大地を勇敢に駆け抜けた五人の神剣士は、瞬の家で膝を突き合わせた。居並ぶみなのかたわらには、各々の永遠神剣の姿がある。
「この世界に存在する万物は、すべてマナによって形作られている。マナとは、原始生命力であり、莫大なエネルギーを内包した情報素だ。そして僕達神剣士は、程度の差こそあれ、この情報素を操って戦う者達だ」
瞬の言葉に頷く一同。秩序の法皇の計略によって一度は破壊の神へと身を堕とした彼だったが、親友・桜坂柳也との友情、そして高嶺佳織への愛情の力で神剣の支配から脱却。現代世界に戻ってからは秋月家の財力をもって、柳也達の生活の支援をしていた。
「ISという兵器の心臓部……コアと呼ばれる機関も、当然、マナによって形作られている。つまり僕達神剣士は――それが男であれ、女であれ――コアを構築する情報素を弄れば、誰でもISを動かすことが出来るわけだ」
「……で、悠と桜坂は、それを動かしちゃった、と?」
岬今日子の口から発せられた問いかけに、肩を並べて座る柳也と悠人は肩を落として頷いた。
世界で初めてISを動かした男性、織斑一夏。彼の名前が各国の主要なニュースペーパーの一面を飾って、すでに一週間が経っていた。
日本政府は他にもISを動かせる男性がいないか全国調査を実施。その結果、今度は桜坂柳也と高嶺悠人の顔写真が、各国の主要な報道番組の視聴率向上を手伝った。
「いやぁ、申し訳ない」
瞬、光陰、今日子。ファンタズマゴリアで肩を並べて戦った戦友達の顔を見回して、柳也は頭を垂れた。
「ISのコアは機械でありながら自我を持つという。永遠神剣にも通じるこの性質が、どうにも気になってしまってなぁ。好奇心を抑えられなかった。ISのコアはいったい何を考えているんだろう? 〈決意〉達の寄生能力を使えば会話が出来るんじゃないか? そんなふうに考えてたら、な……」
「俺は、いざISを前にしたら、ちょっと考えちゃってさ……。たしか、IS操縦者には所属国家や企業からかなりの額の報酬が出るんだよな、って。それがあったら、生活ももっと楽になるだろうし、佳織にももっと好きなことをさせてやれるだろうな、って。そんなことを考えていたら、無意識のうちに、コアの情報素を操っていた」
「悠人のはともかく……」
今日子の隣に座る光陰が、悩ましげな溜め息をついた。
「桜坂のは、さすがに軽率だったな。自分からモルモットになることを志願したようなもんだ」
「そうさせないように、日本政府からは二人に対して、国際IS学園へ転校するよう要請が来ている」
日本国内に学び舎を構える、IS操縦者を養成するための学校だ。ISの運用に関する国際条約……通称、アラスカ条約の条文に従って設立された。瞬が秋月家の情報網を駆使して事前に得た情報によれば、織斑一夏も今年の春から通うことが決まっているという。ちなみに日本の教育制度に照らし合わせれば、高等学校の扱いだ。
「……言うまでもないが、要請というのはあくまで形式上のことだ。実体は命令、それも脅迫込みのものだ」
日本政府の申し出を要約すれば、『要請を断るのはよいが、その場合、自分の身は自分でも守ってもらいたい』となる。ISを動かすことの出来る男なんて貴重なサンプルを欲しがる組織は、国立の研究機関を始めいくらでもある。そうした者達からの熱烈なアプローチに対して、日本政府は一切間に入りませんよ。斯様に言われては、大抵の者は首を縦に振るほかあるまい。
「……さて、どうする?」
瞬の問いかけに、超常の力を自在に振るえる神剣士二人は、ともに難しい表情を浮かべて溜め息をついた。
ファンタズマゴリアでは、その気になれば地球クラスの天体を一撃を粉砕してしまうような文字通りの怪物とも戦った自分達だ。噂の最強兵器も含め、大抵の敵は払い除ける自信がある。しかし、そうした敵が、正面からまともにぶつかってきてくれるだろうか。
佳織を始めとする、自分達に近しい人々。彼らの身の安全を考えれば、答えなど決まっていた。
かくして、桜坂柳也と高嶺悠人の二人は国際IS学園へと足を運ぶ。
一般の進学校とは教育カリキュラムがかなりの部分で異なる授業に対応するため、一年生からの再スタートだ。特に悪いことなどしていないのに、履歴書の学歴欄に大学中退の一文を記さねばならなくなった二人は、気落ちした様子で学園の門を潜った。
そして迎えた入学式、新たなる学び舎を前にして、柳也は愕然と膝を着いた。
「……うん。なんとなくだけど、予想はしていたんだ。うん。ほら、ISってさ、登場してまだ十年ぽっちの兵器じゃん? しかも女しか扱えないときてるだろう? 必然、生徒も教員も、みんな若い女子にならざるをえないわけよ」
「柳也……そんなに、辛いのか? 熟女がいないことが」
「うん。辛い」
見渡す限りの女子。女子。女子の群れ。
しかし、IS学園には、柳也好みの四十過ぎの熟女はいなかった。
未来に何ら明るい展望を抱けない柳也は、身体から黄金色のマナの霧を噴出させながら、うなだれた。神剣士は意思の力でマナを操る者。落ち込むこと著しいいまの柳也は、自らの肉体を維持出来ないほど意思力を低下させていた。
【いかん! 熟女分が足りないために、肉体の崩壊が始まってしまった! このままでは、主の命が……!】
【だ、誰か! 『熟女白書』を持ってきてくださいッ! 『熟女白書』を!】
「で、出来れば、緊縛プレイ特集号の奴を……ぐふっ」
「……とりあえず、いまは入学式だからさ。人目もあるし、神剣と会話するのはやめようぜ? ほら、俺のマナを分けてやるから。放課後まで、なんとか保たせろ」
自身の保有するマナを分け与えながら、悠人は柳也の肩を揺すった。
一流のIS操者を目指す若者が世界中から集うIS学園は当然全寮制。悠人達も、寮で暮らすことが決まっていた。部屋に帰れば、『熟女白書』がある。それまでの間、なんとか気を強く持て。
励ましの言葉に柳也は頷いたが、やはり、熟女のいない空間に身を置き続けているのは辛い。すぐにまた肉体が蒸発を始めてしまう。
このままではいけない。
せめて、熟女に代わって己の魂を奮わせてくれるものを探そう。
顔を上げた柳也は辺りを見回し、
「……いかん。思わず恋をしてしまった」
一人の女性に、目を奪われた。スーツを着なれていない感じが新社会人といった雰囲気の、女性教師だ。
「あ、蒸発が止まった」
「むむむむむ! なんということだ……ぬわんということだ! お世辞にもお洒落とは言い難い黒縁眼鏡がかえって愛らしさを引き立てるこの童顔! だが、それにも増して男の目線を引きつけて離さないダイナマイトおっぱい! 全身から滲み出る癒し系のオーラ! 熟女でないのが残念だが……イイ!」
柳也は思わず親指を立ててサムズ・アップした。
IS学園で過ごすこれからの日々が、少しだけ楽しみになった。
「……ところで柳也?」
「んう? なんだよ、悠人?」
「結局、ISコアとの会話は出来たのか?」
「いんにゃ。でも、声は聞いたぜ?」
「声?」
「うん。『あー、マジだりー。チョーだりー。早く帰りてー。っていうかなんで男なんかに触られなきゃなんねーんだよ。さっきの奴なんて、変に手が汗ばんでやがったしよー。その前の奴なんて十代のくせに腹パンパンに出てたし……はぁ。どっかにいい男いねーかなー?』って、言っていた」
「……そうか」
「ここまで聞いた時点で、俺は会話するのを諦めたよ」