魔法の力と、その力を由来とする身分制度が人間社会の文明を支えている異世界の大陸、ハルケギニア。

 かの地にて予期せぬ者達との邂逅を果たした柳也は、驚愕と動揺から顔の筋肉を硬化させた。

 ただでさえ凶悪な面魂を厳めしく歪めた彼は、およそ三間の距離を隔てて対峙する三人の女に向けて、鋭く吠えたてた。

「なぜ、お前達がこの世界にいるんだ! スピリット!?」

 阿吽の呼吸をもって臍下丹田に一度沈めた気を再び引っ張り上げ、舌先に載せての咆哮だった。

 凄絶な猛気を宿した言葉はかたわらの才人達の身震いを誘い、現れた女達の顔を強張らせた。

 スピリット。

 永遠神剣とともに生まれ、永遠神剣とともに生きる運命を背負った、まさに剣の妖精と呼ぶにふさわしき少女達。

 永遠神剣の持つ強大な力を、生まれながらにして扱える彼女達は、有限世界では軍の主兵たる存在だった。

 自身もまた、ファンタズマゴリアではエトランジェとして常に最前線に身を置いていた柳也だ。戦場では彼女達と肩を並べて戦い、彼女達を相手に戦った。幾多の死線を、彼女達とともに、乗り越えてきた。

 ゆえに、自分が彼女達を見間違えることはありえない。

 自分が、普通の人間と彼女達を間違えることはありえない!

 いま、目の前に立ち、めいめい永遠神剣を携え、剣呑なマナの気配を全身より発している彼女らは、間違いなくスピリットだ。

 有限世界の戦場で、常に自分の側にいた彼女達と同じ存在だ。

 しかし、そうだとすれば当然、疑問が浮かぶ。

 言うまでもなく、自分達がいまいるこの世界はハルケギニア。かつて自分達が、ファンタズマゴリアと名付けた世界ではない。なぜこの世界に、スピリットがいるのか。考えられる仮説は二通り。

 一つは、自分達がいままで知らなかっただけで、この世界にももともとスピリットはいた、という仮説だ。

 地球では毎年、数百、数千という数の新種の生物が発見されている。新種というからには勿論、これまで人間がその存在を知らなかった生物ばかりだ。このように、知らない、ということは、存在の可能性を否定する根拠とはならない。

 ましてや、ファンタズマゴリアで軍人をやっていた頃と違い、ハルケギニアにおける自分の行動範囲は非常に狭い。必然、交友関係も狭い分、知識や情報を得る手段はあちらにいたときと比べて限られていた。この世界に召喚されて二ヶ月ほど経つが、ハルケギニアについて自分の知っていることは本当に少ない。斯様に矮小な見識をもって、この世界のどこかでスピリット達が暮らしている可能性を否定することは、許されざる蛮行といえた。

 ただし、この仮説が真実だとすれば、一つまた新たな疑問が生じてしまう。それは永遠神剣の認知度の低さだ。

 スピリットのいる世界には、永遠神剣も必ず存在する。スピリットは基本的に、永遠神剣とセットで生まれてくるからだ。もし、この世界にもスピリットがいるとすれば、ファンタズマゴリアと同様、神剣の存在はもっと人口に膾炙しているはず。しかし実際には、永遠神剣のことを知る人間はほとんどいない。僅かにルイズ達が知っているのみで、その彼女らにしても、自分と出会う以前にその名を聞いたことはなかったという。この問題を、解決しなければ。

 第二の仮説は、自分や才人と同様、目の前のスピリット達も異世界からハルケギニアにやって来た、というものだ。

 こちらの仮説ならば、世間における永遠神剣の認知度の低さも説明出来る。やはりこの世界にはもともと、神剣はデルフリンガーなど限られた本数しか存在しなかった。あとの神剣はすべて異世界から持ち込まれた物で、しかもなまじ魔法の文化が存在する世界だけに、単なるマジック・アイテムと思われてしまった。だからルイズ達も、自分達異世界人と出会う以前は永遠神剣のことを知らなかった。高すぎる稀少性ゆえに認知度が低いというのは、シンプルかつすっきりとした解釈だ。

 ただこちらが真実だった場合にしても、やはり新たな疑問が浮かぶ。すなわち、目の前の女達がこの世界にやって来た経緯に対する疑問だ。

 自分や才人のように、己の意思とは無関係に呼び寄せられたのか。それとも、確固たる目的意識を定めた上で、この世界に進んでやって来たのか。もし後者だとすれば、この女達を尋問することで元の世界に戻る手がかりを得られるかもしれないが。

 仮説はなった。

 次にするべきは、実際にその考えが正しいかどうか、証明することだ。根拠のない仮説は、ただの妄想にすぎない。

 剣呑なマナの気配を身に纏う三人に油断のない視線を置きながら、柳也は相手のリアクションを待った。

 もとより、明快な回答を期待して口にした質問ではない。あなたはなぜこの世界にいるのですか? などと突然問われて、滔々と答られるほうが珍しいだろう。問いかけに対するレスポンスから、真実を見抜く腹積もりだった。

 はたして、最初に顕著な反応を示したのは、瑞々しい若竹色の髪と瞳を持つ、大身槍の女だった。

 怒声と取られてもなんら不思議でない語気をぶつけられた彼女は、不思議なことに、口元に笑みを浮かべてみせた。不敵な冷笑だった。

「スピリット……」

 己の発した言葉を、そっと呟く。

「そう……。そういうことなの……。あなたは、わたし達のことをスピリットと、そう、呼ぶのですね……」

「なるほど、な」

 ついで大きな反応を示したのは、野太刀を背負った大柄な女だった。

 凛然とした美貌を凶悪に歪め、高らかに笑う。

「ゲゲル様のお考えは正しかったわけだ。会って早々、大魚を釣ることが出来た」

「ゲゲル……?」

 どうやら人名らしい。敬称で呼んでいることから察するに、彼女らより立場が上の人間のようだが。それに、大魚とは?

 ――……大魚というのが、さっきのスピリット発言のことを示しているのだとすれば……この連中の目的は、俺達に会うことだった?

 正眼に構えた初代正弘の刀身の向こうで、柳也の表情が慄然と歪んだ。

 モット伯爵の言動や態度から察するに、屋敷の人員整理やシエスタの雇用が彼の意思による行動でないことはもはや明白だ。十中八九、目の前の女どもの仕業だろう。では、彼女らは何のためにシエスタを連れ去ったのか。何の企図があって、このような蛮行に及んだのか……。もしその答えが、自分達に会うためだったとすれば――――――、

 ――俺達をこの場におびき寄せるために、俺達に近しい人間……シエスタを連れ出した!? 俺達を迎え入れる舞台を整えるために、この屋敷から邪魔な人間を除いた……!?

 頭の中に思い浮かんだ、恐るべき思考。

 背筋をひた走る強烈な恐怖から、柳也は思わず胴震いした。

 もし、自分の推察が真実だとすれば、この女達は、自分達に会うという、その一事のためだけに、今回の事件を起こしたことになる。たったそれだけのことのために、シエスタを連れ去り、多くの人間の人生を滅茶苦茶にした、ということになる。その執念! 常軌を逸した行動力! 心身を凍らす恐怖を感じずにはいられなかった。

「……なぜだ?」

 柳也の口から、みたび女達に向けて、問いが放たれた。口調には猛気とともに、僅かな怯えが宿っていた。

「なぜ、そうまでして俺達に会おうとした!?」

 先ほどと同様、明快な回答を期待した問いではなかった。

 しかし、いったい何を思ったのか、若竹色の髪の女は冷然と微笑むと、

「それが、わたし達に与えられた使命だったからですよ」

「使命だと?」

 質問に答えようと思った、相手の意図は分からない。もしかしたら嘘をついて、こちらを混乱させようとしているのかもしれない。

 しかし柳也は、彼女との会話を続けることにした。この恐怖の根源を、そうまでして自分達に会おうとした彼女達の目的を知るために、少しでも情報を得ようと思った。

「指令を下したのは誰だ? さっき口にしていた、ゲゲルとかいう野郎か!?」

「ゲゲル様はたしかに作戦の発案者ではありますが、実際に作戦を具体的な形にされたのは別の方ですよ」

「別の……」

「あなた方も、よくご存知の方ですよ?」

「なに?」

「ジャン・ジャック・ワルド様」

「ッ……!」

 その名を聞いて、柳也だけでなく、背後の才人も思わず息を呑んだ。

 ジャン・ジャック・ワルド。忘れようにも忘れられない、その名前。ともに背中を預け合い、肩を並べて戦った。ともに酒を酌み交わし、くだらない話で腹を抱えて笑い合った。かつて友と呼んだ男。祖国を裏切り、婚約者を裏切り、自分を裏切った男。

「……色々と、合点がいった」

 柳也は、溜め息とともに言の葉をこぼした。

 これまで自分の頭をさんざん悩ませていた様々な疑問が、すとん、と腑に落ちた。

 なぜ、スピリットがこの世界にいるのか。

 相手の目的は何なのか。

 なぜ、自分達を誘い出す餌に、シエスタが選ばれたのか。

「なぜ、お前達は俺達とシエスタの関係を知っていたのか。なるほど、俺も才人君も、ワルドの奴は色んな話をしたからな。自分でも気づかないうちに、シエスタのことを喋っていたか」

「魔法学院で一緒に働いている同僚で、とても魅力的な女の子……。そう、あなたから聞いた、とワルド様はおっしゃっていましたよ」

 若竹色の髪の女は、一瞬、優しい微笑を浮かべてみせた。

「あなたのことを語られるとき、ワルド様は本当に誇らしげで、楽しげでした。俺の友達はこんなやつなんだ。どうだ、すごいだろう? って、自慢するかのように、わたし達にあなたのことを語って聞かせました。……あの方はまだ、あなたのことを、大切な友達だと思っているんです」

「……俺もそうだ」

 柳也の口元にも、優しげな微笑が浮かんだ。
 
 好戦意欲に燃える黒炭色の瞳が、僅かに一瞬、過去を懐かしむ色を帯びる。

「ラ・ロシェールで酌み交わしたあの晩の酒の味は、いまでもよく思い出せる。またあんなふうにあの男と酒が飲めたならどんなに幸せだろうか、とも思う」

「柳也さん……」

 自分を見つめる痛ましげな視線に、気がついた。

 柳也は背後の才人に向けて、前を睨んだままひっそりと「大丈夫だ」と、呟いた。

 次いで目の前の女達に向けて、穏やかな口調で言い放つ。

「だがそれは、無理な話だ。いまやあの男は、俺の友達で、俺の敵だからな」

「……ワルド様も、同じようなことを言っていました。あの男は俺の友達で、俺の最大の敵だ、と」

「……なんだよ」

 柳也は思わず噴き出した。

 自分の身を置く現状がいかに厳しいかを、一瞬、忘れた。

「あいつ、素の一人称は、俺、なのか」

「リュウヤは女好きで、なにより友達思いな男だ。シエスタが好色で有名なモット伯爵に買われたと知れば、きっと助けに向かうだろう。ワルド様はそうおっしゃって、今回の作戦を練りました」

「あの男らしい、厭らしい作戦だな……。それで? ワルドの奴はお前さん達に、俺や才人君に会って何をしろ、って命令したんだ?」

 柳也はニヤリと冷笑を浮かべて訊ねた。

 相手もまた、冷笑を浮かべて応じる。

「さすがにそこまでは、お話し出来ません」

「けちんぼだな」

「あら、心外ですわね。これでも、かなりサービスして、お話ししてあげたんですよ」

「それもそうか」

 なぜ、そんなサービスをしてくれる気になったのかが疑問だが、これも、口にしたところで答えてはくれないだろう。

「……あと、これだけ聞かせてくれないか?」

「はい?」

「いちばん最初の質問だよ。お前さん達がどうやってこの世界に来たのか」

 ワルドのかたわらには、ウィリアム・ターナーがいる。自分達と同じで、地球出身の神剣士と自ら語る、あの男が。

「おそらくはあの、ウィリアム・ターナーがお前さん達を呼び寄せたんだろうがな。どうやってこっちの世界に来たか、教えてくれないか?」

「申し上げても、ご理解出来ないかと思います」

 若竹色の髪の女の返答は、つれないものだった。

「仮にご理解をいただけたとしても、あなた方のいまの力では、わたし達が取ったのと同じ手段を用いて元の世界に帰還することは、不可能でしょう」

「……何らかの手段を用いて異世界からやって来た、ってことは否定しないんだな」

 柳也は初代正弘を正眼に保持する手の内に、改めて力を篭めた。

 背後に立つ才人もまた、デルフリンガーを柄を力強く握り直す。

「可能不可能はともかく、知っているわけだ。お前さん達は。異世界間を、ジャンプするための方法を!」

「女相手っていうのはアレだけど、吐いてもらうぜ!」

 才人が犬歯を剥き出しにして威嚇した。

 二人の神剣士の足下に、魔法陣が浮かび上がる。

 それを見てモット伯爵とシエスタが、驚きの声を発した。

 戦闘態勢へと移行した柳也が、猛々しく吼える。

「狙いは分からんが、こんなところまで誘い出したぐらいだ。“これ”が、お望みなんだろう?」

「…………」

 女達は、答えなかった。

 沈黙こそが何よりも雄弁に、彼女らの意思を示していた。

 女達の回りに浮かぶ、各々のハイロゥ。スピリットが、神剣の力を引き出すときに出現する光輪だ。名工が月日をかけてこしらえた漆器を思わせる濡れた蝋色は、彼女達の自我が神剣に飲み込まれ始めている証左だろう。モット伯爵が狼狽し、柳也と才人の顔つきが、険しいものとなる。

 柳也の構えが、変じた。

 正眼から、やや右に傾いた上段へと。

 その様子を見た女達が等しく瞠目する。

 振りかぶった初代正弘の二尺三寸二分は、オーラフォトン淡い輝きをその身に纏わせていた。

 柳也は好戦的な冷笑を浮かべると、腰を回転させながら、その場で剣を振り抜いた。

 凄絶なる一文字斬りが、謁見の間の空気を震撼させた。












永遠のアセリアAnother × ゼロの使い魔クロスオーバー

ゼロの魔法使いとその使い魔と、ついでに現われた守護の双刃

EPISODE:59「なんでわたしの回りには、こう、変態ばかりが……!」








 重砲の筒音とまごう空気の悲鳴が、耳膜を激しく殴打した。

 下っ腹に、ドスンッ、と響く重低音衝撃波。

 いまだ現状の把握をしかねているシエスタとモット伯爵が驚きから揃って身をすくめた直後、謁見の間の壁の一部が、今度は雷鳴のような音を立てて崩壊した。三人のスピリットと向かい合う柳也から見て、左側の壁だった。荷物を満載したトラックが勢いよく突っ込んでいったかのような破壊の惨状が、思わず振り返ったスピリット達の視界に映じる。分厚い石の壁を穿つ大穴の向こう側には、手入れをする人間がいないのか、やや荒れ気味の前庭が見えた。

「俺の斬撃は音速を超える……」

 斜に傾いた上段から一文字斬りをその場で放った柳也は、再び初代正弘を正眼に構えると、油断のない視線で前方の三人を睨み呟いた。

 柳也の正中線を守るように屹立する正弘の刀身からは、オーラフォトンの輝きは消えていた。

「勿論、ちゃんと測ったことは一度もないがな。平均でマッハ一・五から六、切っ先にいたっちゃあ、瞬間的にマッハ二ぐらいはいっているんじゃないか?」

「……なるほど」

 若竹色の髪の女が得心した様子で呟いた。

「衝撃波に、オーラフォトンを載せて射出したのですか」

 ニヤリ、と柳也は不敵な冷笑を浮かべた。

 物体が空気などの流体中を運動すると、空気が圧力を受けて、その圧力変化の波が周囲に伝わる。これが、一般に音と呼ばれる現象の正体だ。ところが、物体の運動する速度が音速を超えてしまうと、起こり続ける変化を空気が運びきれず、発生した波は時間を置いて、固まった状態で同時に進んでしまう。いわゆる衝撃波と呼ばれる現象だ。

 柳也は超音速の斬撃をもって、まさにこの衝撃波を発生させたのだった。

 一文字斬りの剣圧が巻き起こした超音速で飛ぶ空気の塊は、それだけで強烈な破壊力を孕んだ武器となりうる。そこに、より強力なオーラフォトンの破壊のエネルギーを載せて射出した。爆弾を投げつけるようなもので、石造りの壁は爆散してしまった。

「飛ぶ斬撃……オーラフォトン・ソニック、とでも名付けようか」

 正眼に構えた二尺三寸二分に、再びオーラフォトンの輝きが宿る。

 柳也の好戦的な気質を反映してか、煌々と輝く精霊光の色はオレンジ。灼熱の、炎の色だ。

 柳也は前方の敵をしかと見据えたまま、背後の才人に向けて言い放つ。

「二人を頼む」

 短い言葉に篭められた、師匠の意図。それを悟った才人は構えを解くと、抜き身のデルフリンガーを握ったまま、シエスタとモット伯爵の二人を、両脇に抱え持った。

「さ、サイトさん!?」

「な、何をするか……!?

「ちょっと黙ってろよ、二人とも!」

 でないと舌を噛むぞ。

 続く言葉を、二人が聞くことはなかった。自分達を抱えたまま、才人が床を蹴って猛然と駆け出してしまったためだ。ことスピードに関しては柳也をも上回る才人の全力疾走だった。腕の中の二人は、風の音しか聞こえない。二人を抱えたまま、才人は一目散に壁に穿たれた穴を目指した。謁見の間から、脱出するつもりだ。

 敵の狙いが自分達にあると判明したいま、これ以上シエスタらを巻き込むわけにはいかない。それでなくとも、神剣士同士の戦闘の余波は、周囲に多大な被害を及ぼしてしまう公算が高い。そう考えた柳也は、二人を安全な場所に避難させるために壁を破壊したのだった。

 風の加速魔法を使わずとも、本気を出したときの才人のスピードはF1マシンを軽く凌駕する。まだ加速が不十分な走り出しの段階でも、時速一〇〇キロは下らない。

 弟子の後ろ姿は、あっという間に見えなくなっていった。



「……なあ、フィリン」

 野太刀の女が、大身槍の女を見て言った。

「例の法皇絡みの件で生かしておかねばならないのは、こっちの男だけだったな?」

 かつて有限世界で戦った、アイリス・青スピリットを思い出させる男口調。墨色の視線を真っ向から受け止めた柳也は、油断なく手の内を練る。

 フィリンと呼ばれた女が「そうですが」と、応じると、彼女は次いで、才人が飛び出していった大穴を見た。

「ということは、あちらの小僧は、殺しても構わないんだったな?」

 女の端整な唇から、とんでもない質問が飛び出した。

 スピリット達を睨む柳也の眼差しがいっそう鋭く、険しさを増す。

 はたして、問いを投げられたフィリンは、ゆっくりと首肯した。

「ええ。……たしか使い魔の方は、替えが効くはずですし。この場で死んだとしても、ルイズ・ヴァリエールはまた、新たな使い魔を呼ぶでしょう。……四つの四を揃えるチャンスは、また巡ってくるはずです」

「よしきた」

 野太刀の女の口元に、うっとりと微笑が浮かんだ。

 強烈な既視感。

 はて、あの笑みはどこで見たんだったか、と記憶の糸をたぐって、柳也は愕然とした。

 女の浮かべた微笑みは、強敵を前にしたときの自分がよく浮かべる笑みと、そっくりだった。戦いを愛する者の微笑。命のやり取りを真実心から楽しめる者だけが浮かべられる、嬉々とした微笑み。いくさ人の狂相。

 この女に、才人達を追わせてはならない。

 この女の追跡を許してはならない。

 背骨を貫く強烈な危機感に駆り立てられ、柳也は正弘の定寸刀を地擦りに構えた。

 野太刀の女が、床板を蹴り、滑るように駆け出した。

 両翼合わせれば四メートルはあろう長大なウィング・ハイロゥが燦然と輝き、一九〇センチ超の巨躯を一気に加速させる。

 柳也はいま一度、その場に身を置いたまま、武蔵国生まれの名刀を擦り上げた。

 またしても超音速の斬撃。

 剣圧が衝撃波を生み、その衝撃波に、オーラフォトンを載せて、撃つ――――――、

「させませんよ!」

 フィリンと呼ばれた女が、仲間を援護するべく動いた。

 槍穂だけで二尺はあろう大身槍を振り上げ、石突で床板を思いっきり叩く。

 神剣士の膂力による打撃。

 しかも、インパクトの瞬間に破壊のマナを、床に叩き込んだ。

 石材が粉微塵に砕ける音。

 石造りの重い床が震動し、柳也の下肢を揺さぶる。

 振動に足を取られまい、と反射的に腰を僅かに沈めてしまった。

 足下の乱れは上肢へと伝播し、斬撃を繰り出す手の内と呼吸もまた、僅かに狂う。

 他方、ウィング・ハイロゥを展開した野太刀の女は、こんな振動など関係ない、とばかりに、地を這うような超低空飛行で宙を舞った。

 照準の乱れたオーラフォトン・ソニックを易々避けて、大穴から外へと飛び出す。

 柳也の唇から、小さな舌打ちが漏れ出た。

 いかに才人の足が速いといっても、スピリットの飛行能力が相手では追いつかれてしまう可能性が高い。風の加速魔法の力で空気抵抗は無視出来ても、路面摩擦についてはどうすることも出来ないからだ。

 弟子の窮地を救うべく、自分も外へと飛び出したい衝動にかられた柳也だったが、一歩前に踏み出したがる右足を、彼はぐっと堪えた。

 前方より物凄い勢いで迫る、黒い暴風。

 フィリンが床を叩くより一瞬早く地面を蹴って跳躍したショートヘアの黒スピリットが、ウィング・ハイロゥの力で空を滑るように駆け、一直線に肉迫してきた。

 神剣士の運動能力をもってすれば、三間の隔たりなどあってないようなもの。瞬きの暇さえ与えぬ速度で間合いを詰め、空中に身を置いたまま、腰の回転運動も鋭く定寸刀を抜き放つ。抜刀の勢いを上乗せした一文字斬り。

 急ぎ振り上げた刀を手元に引き寄せた柳也は、正弘の刀身を叩きつけるように振り抜き、敵の斬撃を受け止めた。

 鋼同士が打ち合う音が、甲高く響く。

 相棒を寄生させた刀身を伝って、斬撃の衝撃が手の内を揺さぶった。

 鋭い。

 そして、重い。

 刀だけでなく、剣を扱う上肢の重みをも効かせた打ち込みは、戦斧の一撃のようでさえあった。

 まるで熊か何かの、大型動物の突撃を受け止めているかのような手応えが、手の内で暴れ回る。

 柳也の口から、苦悶の声が漏れた。

「グゥ……ッのお!」

 下肢に、腰に、両腕に、力を篭めて押し返した。

 足場のない空中では踏ん張りが効かず、少女の小柄な身体が弾き飛ばされる。

 しかし、そこはウィング・ハイロゥを持つ黒スピリット。灰色がかった猛禽の翼を精妙に操り制動をかけ、即座に姿勢を安定させてしまった。

 古代の神殿を連想させるほどに天井が高い謁見の間。天井板すれすれの高度から、深い消炭色の眼差しが柳也を睨む。

 柳也は正弘を正眼に構え直すと、二尺三寸二分の刀身にみたびオレンジ色のオーラフォトンを纏わせた。

「……強いな、二人とも」

 フィリンの起こした揺れは、すでに鎮まっていた。

 地上の敵と、空中の敵、双方に視線を配りながら、柳也は言う。

「……どうやらお前さん達を倒さない限り、俺は才人君のサポートに回れないようだ」

 凶悪な面魂に、好戦的な冷笑が浮かんだ。

 こんな状況にも拘らず、強者と戦えることへの喜びに、胸の内が熱く奮えてしまった。

 ファンタズマゴリアを離れて以来、久しく感じていない昂揚だった。

「こいつは、面白い戦いが出来そうだ!」

「……あなたもですか」

 空中に身を置く黒スピリットが、深々と嘆息した。

 柳也と同様、正眼に構えながら、わなわな、と肩を震わす。

「なんでわたしの回りには、こう、変態ばかりが……!」

「変態か……。ふふん。認めよう」

「訊ねてもいないことを答えないでください。言葉の暴力です。あと、なんでそんな得意気なんですか!」

 黒スピリットが、声を荒げて言った。

 直後、フィリンが大身槍を下段に構えながら、虎の勢いで突進してきた。

 柳也の顔に、満面の笑みが弾けた。







 ガラスの割れるような音とともに、【相棒!】と、警戒を呼びかけるデルフリンガーの声が、直接頭の中に響いた。

 壁の大穴から前庭へと飛び出して、まだ十秒と経たぬうちのことだ。

 直後、背後に建つ屋敷の本館から、巨大なマナの気配が一つ、建物の外に飛び出すのを才人は背中で知覚した。

 覚えのないマナの気配だった。後ろを振り向かずとも、柳也でないことはすぐ分かった。師匠のマナの気配は、いまだ建物の中から感じられた。おそらく、あの三人の女のうちの誰かが、追っ手として差し向けられたのだろう。

 それを示すように、マナの気配は自分達の背中を真っ直ぐ目指してきた。

 首筋を、じりじり、と焼く、剣呑な視線。才人はいまにも泣き出してしまいそうな表情を浮かべた。

「くそっ、もう追いかけてきたのかよ!」

 小さな舌打ちが、唇から漏れ出た。

 足の速さが自慢の自分だが、走り出して十秒足らずでは、稼げた距離は短い。まして相手が神剣士とあっては、余裕綽々ではいられなかった。はたしてこの追っ手は、どんな能力を持っているのか。運動能力に長けた者か、数百メートルの隔たりを無意味なものと化す攻撃魔法の使い手か。

 才人は二人を抱え持つ両腕にいっそう力を篭め、ひたすら前へ前へと地面を蹴った。

「やべぇぞ相棒! この敵は、かなりのスピードだ!」

 デルフリンガーが、才人の手の中で小さく震えた。

 背中を突き刺す剣呑な気配は、どんどん圧力を増していった。敵の追撃スピードが、自分を上回っている証左だ。最高速度などは分からないが、少なくとも加速の性能については、追っ手の方が上らしい。

「このままじゃ、じきに追い着かれちまうぞ!?」

「分かってる!」

 相棒の言葉に、才人は苛立たしげに応じた。

 デルフの言う通り、敵の動きは速い。同じ二本の足で地面を蹴って進んでいるとは思えない速さだ。

 翻ってわがほうは、両脇に重い荷物を二つも抱えながらの疾走だ。追い着かれるのは時間の問題だった。

 そうかといって、

「シエスタ達を抱えているんだ。風の加速魔法は使えねぇよ!」

 風の加速魔法は、俊足が自慢の才人をさらなる高みへと連れていく強力な魔法だ。精神状態が良好なときにいくつかを組み合わせて使えば、亜音速域の疾走さえ可能とする。

 しかし、速度が増せば当然、空気抵抗や反作用の力も増大する。神剣士の強靭な肉体であればこそ耐えられるこれらの抵抗だが、自分と違ってシエスタ達はノーマルな人間だ。加えて、特に体を鍛えているわけでもない。急激な抗力の増大は、内臓圧迫や血流の乱れ、骨折などの危険があった。

 また、加速とは反対に抗力を軽減するレジスト・ダウンの魔法も、やはり二人の体のことを考えると発動は躊躇われた。身体の表面積はそのままに、空気抵抗を軽減するこの神剣魔法は、自然界の物理法則を捻じ曲げる魔法だ。やはりこれも、神剣士の自分であればこそロー・リンスクで済んでいるが、ノーマルな彼女達にまでその効果を適用させれば、どんなことになるか分からない。

 ――どうする? どう行動するのが最善だ……?

 風の神剣魔法は使えない。しかし、魔法なしの自分のスピードでは、いずれ敵に追い着かれてしまう。

 この状況下で、二人の安全を確保するには、いったいどう行動するべきなのか。

 懸命に足を動かしながら自問すること僅かに一瞬、やがて才人の双眸に、決然とした意志の輝きが灯った。何か大切なものを背負った、屈強な男の目つきだった。才人の決意に呼応して、左手の甲に刻まれたルーン文字が輝きを増す。

 ――……戦うしか、ない!

 追っ手の存在が心胆を寒からしめている。ならば、その存在を除けばいい。この場で敵と一戦交え、倒し、後顧の憂いを絶つ。その上で、改めて二人を連れて逃げる。

 激しいビートを刻む心臓を納めた胸の内でそう思い定めた才人は、それまで真っ直ぐ前だけを睨んでいた視線を方々に散らした。戦場選びのためだ。スピード自慢の自分がその武器を十全に活かすには、広く平坦な地形が、バトル・フィールドに適している。

 ――森の中は不味い。やっぱり、この前庭で勝負を着ける!

 そのとき、自分を追う黒い気配が突然天高く舞い上がるのを、才人は背中で感じ取った。ジャンボジェットの離陸を思わせる勢いと速さで、急激に高度を増していく。幅跳びの要領か、斜め前へと飛び出した体はあっという間に才人達の頭上八〇メートルを通過していった。

 通過の瞬間、思わず空を仰いだ才人の表情が、途端、凍りついた。

 まるで海中を自在に泳ぐ魚のように、長い黒髪は空を軽やかに舞っていた。

 その背中には、一対の光輝く翼。

 まるで古い宗教画に描かれた天使とまごう荘厳な姿が、青年の視線を奪う。

 ウィング・ハイロゥの名前と機能を知らない才人は、息を呑み、絶句した。

 ああ、そういえば謁見の間で対峙した三人のうち二人の背中には、羽根があったな。なるほど、こちらより速いはずだ。敵は自分のように地を駈けず、空を飛んで追っていたのか。


「って、ずるいだろ、それ!」

 思わず、唇から怒鳴り声が迸った。

 頭上を飛び越えた黒髪の女は、知ったことか、とばかりにニヤリと微笑んだ。

 才人の行く手を遮るように、真正面数十メートル先に着地する。踵を返し、腰を低く落として、左肩から背負った野太刀の鍔元に右手を添えた。独特な、抜刀姿勢。

 その得物は、刀身だけで三尺と八寸はあろう大太刀だ。

 加えて、それを操るのは脅威の運動能力を誇る神剣士。正面はもとより、左右どちらの方向に迂回したところで、前に進もうとする限り一刀のもとに斬り捨てられてしまうだろう。

「二人とも、ちゃんと口、閉じてろよ!」

 才人は足裏にマナを集中した。地面に対する摩擦抵抗を高め、踵を降ろして急ブレーキをかける。合成樹脂の靴底を擦り減らす高熱が、足裏を襲った。同時に、凄まじい荷重が総身を揉みしだくが、奥歯を噛み締め、ぐっと堪えた。才人の足下から、細い糸のような白煙が幾条も立ち昇る。前庭の芝生に、摩擦熱で焼け焦げたような黒い足跡が刻まれる。

 シエスタとモット伯爵の口から、苦悶の悲鳴が迸った。実際に制動をかけている才人ほどではなかったが、自重が瞬間的に何倍にもなるほどの荷重が、二人の身を襲っていた。

 爪先で地面を鋭く抉り取りながら、才人は女の手前、およそ八間の距離を隔ててなんとkさ立ち止まった。思わずこぼれる、安堵の吐息。神剣士の運動能力を考慮すれば、これでも安全な距離とは言い難いが、白刃の下へ自ら突っ込んでいく愚だけは犯さずにすんだ。

 他方、女の口からは残念そうな溜め息がこぼれる。

 神剣士の優れた聴覚でその音を捉えた才人は思わずむっとした表情を浮かべたが、すぐに、いかんいかん、と気を落ち着けるよう努めた。あれはきっと挑発だ。むかっ腹を立てた自分が飛び込んできたところを、カウンターで斬り捨てる作戦に違いない。

【挑発かどうかは分かんねえが、たしかに、いまのところは、向こうから手を出してくる心配はねえだろうな】

 デルフリンガーが、自分にだけ聞こえる声で言った。

 ――いまのところ?

【相棒が二人を抱え持っている間は、手を出してこねえよ】

 ――なんで分かるんだよ?

【俺達を一気に追い越すだけのスピードがあるんだぜ? 向こうがその気なら、とっくの昔に後ろから斬られていたよ。それをしてこなかったってことは、たぶん、褌と同じだ。あの女はきっと、戦いってモンを腹の底から楽しめる人種だよ】

 相棒の永遠神剣の言に、才人は得心した様子で頷いた。

 なるほど、柳也と同じか。たしかに自分の剣の師匠は、三度の飯よりも色を好み、女よりも戦いを好む、と公言して憚らない人物だ。師匠と同じような考えの持ち主ならば、抗戦意思のない敵を後ろから斬ったところで面白くもなんともない、として、むしろ交戦意欲旺盛な敵との正面きった戦いを望むだろう。

 正面からの正々堂々の戦いならば、こちらとて望むところだ。背後から一方的に襲われてはなす術ないが、正面からのぶつかり合いなら、こちらにも対抗する術がある。

「シエスタ」

 才人は目線を野太刀の女に定めたまま、左脇に抱えたシエスタに囁きかけた。

 顔を上げたシエスタの眼差しが、少年の横顔を撫でる。

「さっきから俺達の都合に振り回してばっかりでごめん。でも、たぶん、これで最後だと思うからさ。降りて、少し離れていてくれないか?」

 言いながら、才人は前方の敵を見据える顔を悲痛に歪めた。

 自分達が異世界からやって来たことは勿論、先の破壊の杖事件の詳細も、アルビオンでの戦いのことも一切知らないシエスタだ。自分がなぜこんな事件に巻き込まれているのか、いやそもそも、自分の身の回りでいったい何が起こっているのかさえ把握出来ていないだろう彼女に、一方的にこんな言葉をぶつけるなんて酷い男だと、才人は自らを責めた。しかし、言わずにはいられなかった。何も口にすることなく、無言で二人を放りだすことは簡単だったが、そうすることが出来なかった。

「あとでちゃんと、事情は説明するから」

 才人は切々とシエスタに語りかけた。

 この世界で初めて、自分や柳也を一人の人間として扱ってくれた少女は、才人の横顔をじっと見つめた後、やがて自ら彼の腕を振りほどいた。

「……後でちゃんと、説明してくださいね? 絶対ですからね」

「……ああ!」

 嬉しさから、思わず涙がこぼれそうになった。

 後でちゃんと説明してほしい。その言葉の意味するところは、このような状況にも拘らず、彼女がいまだ自分を信じてくれているということ。自分の生還を、彼女が願ってくれているということ。

 急速に、己の胸の内が熱くなっていくのを、才人は自覚した。

 シエスタの思いやりが嬉しくて、彼女からの信頼が心地よくて、滾々と、身の内で勇気の炎が燃え上がるのを自覚した。

「すぐに終わらせるから」

 不敵に笑いながら呟いて、才人はモット伯爵を抱える右腕からも力を抜いた。

 嫌だ、と伯爵は抵抗したが、才人が凄みを効かせた口調で、

「悪いんですけど、降りてくださいよ、伯爵様」

と、言うと、ぶるり、と胴震いしながらされるがままとなった。どうやら彼は才人の所持する刀剣が永遠神剣と分かっているらしい。その力が自分に振るわれることを想像したか、がくがく、と両膝を震わせながら、モット伯爵は地面に降り立った。

「あんたもメイジなら、身を守ることぐらいは出来るだろ? シエスタのこと、頼んますよ」

 才人はにっこり笑って犬歯を剥き出しにし、モット伯爵の肩を叩いて言った。

 伯爵は、ぶるぶる、震えながら繰り返し何度も首を縦に振った。モット伯爵はシエスタを背中に控えさせながら、才人からじりじり距離を取っていった。

 やがて二人は、六間ほど後ろに退いただろうか。

 才人はデルフリンガーを正眼に構え持つと、一歩前に踏み出した。

 女の唇が、歓呼から歪む。やはり相棒の永遠神剣が推理したように、この女は柳也と同じで無類の戦い好きらしい。己が戦闘意欲旺盛なことを全身で表してみせると、艶然とした微笑を浮かべた。

「ようやく、か」

「待たせたかよ?」

「ああ、そうだな。……待ちくたびれた」

 女は嬉しそうに呟いた。真実、腹の底からこの先に待つ戦いを楽しみにしている様子だった。

 才人の口から、思わず呆れた溜め息がこぼれる。師匠にしても、この女にしても、いわゆる戦闘狂の気持ちはさっぱりわからない。

 女が、左肩より背負った野太刀の鯉口を切った。

 しゃらん、と小気味の良いを鳴らしながら、三尺八寸の刀身が抜き放たれる。刹那ほどの遅滞も微小な突っかかりもまったく見られない、見事な抜刀だった。

 神剣士の動体視力をもって刀身が鞘から抜き放たれるまでの一部始終を目撃した才人は、慄然と瞠目した。

 ――マジかよ……。

 あの長大な刀を、肩の回転を利用しながら一挙動で抜き放った。

 なんという膂力か、そして、なんという技術なのか!

【相棒……】

 ――ああ。この女、強いぞ!

 女は三尺八寸の大太刀を上段に振りかぶった。

 防具を身に着け竹刀を打ち合う道場稽古ならばともかく、人体の急所が集中している胴をがら空きにすることから、真剣勝負の場では一般に素人丸出しとされる構え。しかし、打ち込みの速さに自信のある者にとっては、一撃必殺を保証する構えだ。

 油断していい相手ではない。

 デルフリンガーを握る手の内に、自然と力が篭もった。

「第八位の永遠神剣、〈真紅〉のキャメリア・ブラックミニオン、いざ尋常に勝負……といこうじゃないか!」

 大太刀で天を衝きながら、女の顔に好戦的な笑みが浮かんだ。

 闘争心の高まりを受けてか、鴉色のウィング・ハイロゥがいっそう輝きを増す。

 鋭く、地面を蹴った。

 そこだけ抉り取られたかのように大地が陥没し、蜘蛛の巣のような亀裂が一瞬にして広がった。

 ハイロゥの推進力を上乗せした、峻烈なる踏み込み。

 七間以上あった距離が、瞬きをする間もなく煮詰まる。

 瀑布の如き刀勢が、才人の顔面を断ち割らんと振り下ろされた。

 一撃必殺の威力を孕んだ面打ち。

 対する才人は、構えを八双へと変じた。デルフリンガーで斬撃を受け流し、反撃へと転じる腹積もりだ。シールドやバリアといった有力な防御魔法を持たない自分がこの一撃を凌ぐには、体捌きをもって避けるか、剣身で受け止めるしかない。

 相手の利き腕を取るべく左斜め前へと踏み出しながら、才人はデルフリンガーを振り抜いた。

 ともに黒属性のマナを好む二振の永遠神剣が、十文字に交差する――――――、

【……ッ! 相棒、やめろ! 打ち合うんじゃねぇ!】

 短い警告音とともに、頭の中で、デルフリンガーの声が反響した。

 反射的に剣を引き、思いっきり後方へと飛び退く。

 超音速の顔面割りが鼻先一寸を通過し、この世界に来てからというもの伸ばし放題の前髪を散らした。

 髪の焦げる嫌な臭い。

 才人の背骨を、冷たい戦慄が貫いた。

 前髪を断たれた際に生じた、奇妙な感覚。

 床屋で散髪されたときなどとは明らかに異なる感触。

 ただの斬撃ではない。この打ち込みは……。

 遅れてやってきた衝撃波を首を傾けることで避け、着地した才人は、慄然と顔の筋肉を強張らせ、相手を睨んだ。

「ほう……よく、気づいたな」

 自らをキャメリアと名乗った女が、嬉しげに呟いた。そうでなくては面白くない、とばかりに弾んだ声で続ける。

「それとも、お前の相棒が教えてくれたのか?」

「デルフ、これってやっぱり……!」

「ああ。オーラフォトンだ。この女、刃先の部分にオーラを集中することで、切れ味を、うん、と高めていやがる!」

 再び正眼に取った才人の手の内で、デルフリンガーが震えた。

 女の得物から精霊光の気配を敏感に感じ取った彼は、このまま剣身をぶつけ合えば己の方が切断されてしまうと本能的に察し、才人に警告を発したのだった。

「オーラの出力自体はかなり低い。けど、狭い面積にエネルギーが集中しているせいで、結果的にかなりの高出力になっていやがる」

 なるほど、照射面積を絞ることで僅かな出力でも物体の切断を可能とする工業用レーザーと同じ理屈か。

 上手い戦い方だ。この方法なら、マナの消耗を抑えつつ強力な一打を放つことが出来る。

「それだけじゃねえぞ。打ち合おうっていう寸前まで、刃先のオーラフォトンの存在にまったく気がつかなかった。これも、オーラの出力が低いせいだ」

 局部では高出力でも、全体としては低出力。ゆえに、マナの変化もほとんどなく、相手がオーラフォトンを練成したことに気がつかなかった。

 それよりも、三尺八寸の大太刀を自在に操る剣技に、二人揃って集中を奪われてしまった。その結果、反応が遅れ危うく命を落とすところだった。

 もしあのとき、デルフからの警告がなく、まともに剣を打ち合っていたら……。

 ありえたかもしれない未来を想像し、才人は思わず身震いした。

 ど派手な見た目が関心を引く剣技と、その裏に隠されたオーラを操るテクニック。改めて、油断の許されない強敵だ、との思いを強くする。

「奴の斬撃を受け止めて防ぐのはかえって不味い。たぶん、純粋に物を切断する能力だけなら、奴の剣は褌以上だぞ!」

「雲散霧消の太刀。オーラフォトンを纏わせた〈真紅〉は、流水を断ち切るかのごとく、マナの結合を断つ」

 キャメリアは得意気に胸を張った。

 マナとは、この世界の万物を構築する原始生命力。その結合を断つとはすなわち、分子や、原子といったミクロの世界の破壊を可能とする剣に他ならない。

 野太刀を正眼に保持しながら、キャメリアは余裕を感じさせる口調で言った。

「理解するまで待ってやったのは、その方が面白い戦いが出来そうだったからだ。楽しませて、くれよ!」

 相棒の永遠神剣を、脇に取った。

 地面を蹴ると同時に漆黒のウィング・ハイロゥがはためき、突進にさらなる勢いを加える。

 三尺八寸の長切の切っ先が地面を這い、獲物に跳びかかる蛇のように鋭角的に躍り上がった。斬り上げ。

 対する才人は、滑るような摺り足で右へ体を流して襲撃を避ける。

 剣で防ぐのはかえって危険と判明したいま、刃から遠ざかるより他に、有効なディフェンスはない。

 逃げる才人を、返す刀が追撃した。

 力強く踏み出された左足を軸に、反時計回りに回転しながら、物打ちの伸びも鋭く長い回し斬りが放たれる。

 後ろに跳び退きたい衝動が、才人の運動神経を支配しかけた。

 しかし、奥歯を強く噛んで、身体が動いてしまうのをぐっと堪えた。

 ――後ろに逃げれば、また連撃が襲ってくる!

 なんといっても相手の得物は刃渡り三尺八寸の大太刀、しかもそれを操るのは驚異の運動能力を誇る神剣士だ。その連続攻撃を、いつまでもかわせるものではない。

 このまま逃げ続けたところで、いずれは斬られてしまうだろう。

 攻勢に、打って出なければ。

 後ろに退くのではなく、前へと踏み出すことで、活路を見出さねば。

【前に踏み込め、相棒! 相手の剣が届かない死角に回り込むんだ!】

「応よっ!」

 裂帛の気合いとともに答え、才人はデルフリンガーを脇に取った。

 圧力で地面が盛り上がるほどのパワーを足裏に集中させ、鋭く前進する。

 直後、剣風の嘶きが背中を激しく殴打した。衣服がなければ背中の皮を剥ぎ取られるのではないかという凄まじい風圧。超音速の野太刀が生み出した、衝撃波だ。あと一瞬、地面を蹴るのが遅かったら。あと一寸、踏み込みが浅かったら……。才人の背筋を、冷たいものが滑り落ちる。やはり、窮地から完全に抜け出すには、攻めに転じなければ。

 なおも腰の回転を深く取って才人の背中に正対したキャメリアは、追撃を仕掛けた。

 物打から勢いが失われつつある野太刀を一度引き戻し、袈裟がけに打ち込む。

 斬撃の緊迫が、才人の後ろ襟を襲う。

「アクセル!」

 若き神剣士の口から、略式の呪文詠唱が迸った。

 デルフリンガーの剣身より放出された魔法の力が、才人の五体に満ち満ちる。統制された追い風は、彼のあらゆる動作を飛躍的に加速させた。

 敵の野太刀が空間を制圧するよりも疾く左に跳んだ才人は、勢いを殺すことなく踵を返し、相手のウィークハンド側へと回り込んだ。

 すれ違いざま、デルフリンガーを相手の二の腕めがけて擦り上げる。

 水鉄砲のような血飛沫。

 出血に比して、手応えは浅い。

 しかし痛みは相当なもののはずだった。

 女の整った顔が一瞬、苦悶に歪む。呼吸が乱れる。動きが遅速する。

【相棒、いまだ! 背後に回れッ】

 女の腕が、唐紅に彩られることはなかった。出血はすぐにマナの霧へと変わり、たちまち蒸散していった。

 黄金色の霧を背後に煌めかせながら、才人はキャメリアの背面へと回り込んだ。大太刀の刃が届かない唯一の死角、それが相手の背後だった。

 加速状態にある才人の動きに、キャメリアは着いていくことが出来ない。

 空中に身を置けば才人以上のスピードを誇る彼女も、地に足を着けている状態では対処は困難だった。まして傷を負った状態では、反応はさらに遅れてしまう。

 彼女が振り返りざまの斬撃を浴びせるべく軸足に力を篭めたときにはもう、才人は次なる行動のため、しかと足場を定めていた。

「悪いなッ!」

「ッ!」

 正面からの正々堂々の戦いを望んだ相手に対する謝罪。

 若干の心苦しさを感じながら、才人は抱えるように構えたデルフリンガーを体当たりの勢いとともに突き出した。

 剣だけでなく、自らの体重をも上乗せした重い刺突。

 追い風の魔法によって加速した諸手突きが、女の背中を狙った。





 守護の双刃のリュウヤ。

 そして、緑と黒の二人のスピリット。

 謁見の間に残った三人の戦いは、モット伯爵からフィリンと呼ばれた緑スピリットがモザイク模様の床を蹴った瞬間、本格的に始動した。

 腐臭を嗅ぎつけたハイエナの勢いと、つむじ風の速度。

 大身槍の永遠神剣を下段に構え、およそ四間の隔たりを一気に詰める。

 対する柳也は正眼のまま動かない。

 敵の攻撃をぎりぎりまで引きつけ、反撃の刃を叩き込む腹積もりだ。

 フィリンの足は、たしかに速い。しかし、柳也の目で追えないほどではなかった。スタート・ダッシュの踏み込みは、目測だが時速一〇〇キロ前後といったところか。ファンタズマゴリアで戦った数多の緑スピリットと比べても、傑出した速さの持ち主ではない。己でも、十分対処可能なスピードだ。

 敵の速力は、さしたる脅威ではない。

 真に警戒するべきは、小規模とはいえ地震を起こすほど強大な攻撃力だ。

 攻撃を防ぐにせよ、避けるにせよ、腰を据え、相手の一挙一動を注視し、打点を正確に見極める必要があった。

 間合いを詰めた女の目線が、己の膝下へと一瞬だけ移った。

 地表を這うような機動から一転、枝刃のない二尺の槍穂が、暴力の輝きを纏わせながら擦り上がる。

 狙いは、半歩前に出た右足の向こう脛か。まずは、こちらの機動力を削ぐ作戦だろう。槍穂が発する光輝は、石畳を砕き、屋敷の基礎建築を震わせるほどの破壊のエネルギーの一部が姿を変えたものだ。

 この一撃は、いかに回復力に優れる自分とて、まともに受ければただでは済まない。

 絶対に、喰らうわけにはいかない。

 ――〈決意〉!

【領解した、主よ!】

 右の脛を覆うようにオーラフォトン・シールドを展開した。

 面積を絞り、パワーを集中して強度を増幅する。

 大地を叩き割る破壊のエネルギーと、大切なものを守ってみせる、という決意の念から生まれた守護のエネルギーが激突し、爆ぜた。

 槍穂から輝きが失せ、同時に、膝当て代わりのシールドもまた消滅する。

 どうやら自分の防御力と、フィリンと攻撃力はまったくの互角だったらしい。

 性質こそ異なるが同量の力同士がぶつかり合い、鎬を削り、互いの持つエネルギーを使い果たしてしまった。僅か数ミリ秒の間に生じた、苛烈な攻防だった。

 槍穂から暴力のマナの輝きが失せてもなお、フィリンの斬撃は止まらなかった。

 斬り上げ一閃をもって、もはや盾のない脛から膝頭までを斬割せんと試みる。

 しかし、その刀勢は最初に比べて明らかに鈍っていた。

 柳也の展開したオーラフォトン・シールドは、槍穂から運動エネルギーの大部分をも奪っていた。

 斯様に失速した刀勢では、運動能力に優れるこの男を捉えることは出来ない。

 定寸刀の物打が、足下を払った。

 灼熱色に輝く刀身が、敵の斬撃を弾き飛ばす。

 フィリンの体捌きが、僅かに乱れた。

 その隙を逃すまいと、柳也は手首の回転を効かせ、素早く刀を引き戻した。

 一瞬たりとも間を置かない、流れるような動作。見れば、彼の左手は常に自分の正中線の上に置かれていた。敵刃を受け流すときも、反撃の一刀を振り抜くときも、柄を握るための主軸となる左手がぶれないように体を捌いている証左だった。主たる左手の位置が安定していればこそ、素早い連続攻撃が可能となる。

 初代正弘を正眼に取った柳也は鋭く踏み込んだ。

 互いの吐息が頬を撫で合うほどの距離。

 柳也の口元に、凶悪な笑みが弾ける。

 左半身へと体を捌きながら、刀を逆袈裟に振り抜いた。

 一般に刀と槍とでは、間合いの広さと威力の点で、後者が有利とされる。しかし、斯様な至近においては、速さに優れる刀のほうが有利となる。

 柳也は胴鎧に覆われたたわわな膨らみめがけて燃える白刃を振り下ろす――――――ことが、出来なかった。

 左側より、冷たい剣気を感じた。

 天井すれすれの位置より鋭く降下してきた黒スピリットが、神剣を八双より振り下ろしてきた。

 背中のウィング・ハイロゥが生み出す推力を上乗せした、重い斬撃。

 咄嗟の判断で床を蹴り、大きく後ろに跳ぶ。

 直後、目の前の空間を銀色の閃光が制圧していった。

 華奢な体格からは想像出来ない豪快な刃風が、大気の悲鳴を誘った。

 着地した柳也の唇から、舌打ちの音が漏れ出た。

 三度の飯より戦うことが大好きなこの男にとって、横槍ほど腹立たしいものはない。自然、続く語気には荒々しいものが宿る。

「折角のお楽しみを邪魔するとか、野暮ってもんだろうがッ」

「空気の読めない女ですみませんね」

 対する黒スピリットは、冷ややかな眼差しを叩きつけてきた。

 着地と同時にその場で半歩回転し、フィリンを背後にかばいながら柳也と正対する。構えは正眼。目線は、僅かな隙も見逃すまい、と炯々と輝いていた。

「不思議な方ですね、あなたは……」

 黒スピリットの小さな背中に隠れるフィリンが呟いた。

 さして大きな声とは言えないが、神剣士の聴覚はその声を正確に拾い上げた。

「あなたはアイス・ブラスターという氷結の魔法を得意としている、とワルド様から聞いています。ですが、あなたの剣が纏うその輝きは、まぎれもなく炎熱の属性を与えられたオーラフォトン……。熱と冷気、まったく正反対の属性を使いこなすあなたは、実に不思議な方です」

「これまで色んな奴から、色んな評価をされてきたが……」

 柳也の口元に、不敵な冷笑が浮かんだ。

 刀身を包む精霊光が、いっそう激しく輝いた。

「不思議、っていう評価は初めてだな!」

 柳也は再び間合いを詰めるべく踏み込んだ。

 標的は前衛の黒スピリット。

 二条の刃がぶつかり合い、鍔迫り合いにもつれ込む。

 前進の勢いを殺さぬ柳也は、そのまま少女の小柄な体躯に体当たりを敢行した。

 闘牛の突進に勝る衝撃が黒スピリットの総身を揺さぶり、たまらず彼女は吹き飛んだ。背後に立つフィリンが両腕を広げ、その身を抱きとめる。

 ――まとめて斬り捨ててやるぜ!

 柳也は初代正弘を上段に振りかぶった。

 鍔迫り合いからの体当たりで相手を吹き飛ばし、生じた隙を衝いて己の最高の一撃を叩き込む。一連の攻撃は、柳也の得意技だった。

 しかし、渾身の一打が女の身を切り裂くことはなかった。

 柳也の目の前に、若竹色に光り輝く壁が出現したためだ。

 フィリンの展開したアキュレイド・ブロック。

 空気を何百倍にも圧縮した硬い盾が、必殺を期した打ち込みを受け止めた。

 ――しまっ……!

 好機を捉えて攻め込んだつもりが、反対に隙を晒すことになってしまった。

 柳也の顔が、苦々しげに歪む。

 だが、フィリンも、黒スピリットも、この絶好の機会をものにしようとはしなかった。

 彼女達は反撃も、離脱もせず、その場に立ったまま、静かに口を開いた。

「あなたは、いったい何者なのですか? 氷結の魔法を得意とし、炎熱の刃を振るい、さらには……」

「ッ!」

 刀を引き戻し、床を蹴って再び大きく後退した。

 その耳朶を、女の涼やかな声が打った。 

「あの、秩序の法皇様のマナをその身に宿している」

 着地。

 攻防自在の正眼に構え、相手を見据える。

 好機をあえて見過ごしたフィリンは黒スピリットを離すと、大身槍を下段に構えた。

「あなたは、いったい何者なのですか?」

「……ンなもん……」

 フィリンの質問を受けて、柳也は苛立たしげに溜め息をついた。

「俺の方が、知りてぇよ!」

 自分は何者なのか。

 自分の持つこの力は、いったい何なのか。

 それは柳也の頭を常に悩ませ続けている疑問だった。

 いつの間にか己の体内に存在していた〈決意〉と〈戦友〉。

 ある日突然、何の予兆もなく手に入れたアイス・ブラスターの魔法。

 どれもこれも、自分の知らないうちに、己のものとなっていた。

 そんな力の正体を訊ねられたところで、答えられるはずがない。むしろ、自分が知りたいぐらいだった。

 柳也の返答を、どう解釈したのか。

 フィリンは一言、「そうですか……」と、呟き、瞑目した。

 余裕のつもりか、それとも単に非常識なだけなのか。

 いくさ場にあって無防備な姿をさらす彼女に、しかし、柳也はしばし見惚れてしまった。

 自身、戦いの只中に身を置いていることを忘れてしまうくらい、その些細な所作に心奪われた。

「……いかん。思わず、恋をしてしまった」

 フィリンが瞠目し、再び、床を蹴った。

 柳也の顔の筋肉が、僅かに強張る。

 フィリンが駆け出すと同時に、黒スピリットもまたウィング・ハイロゥを広げて宙へと身を躍らせた。

 地を這い、空を駈け、二人のスピリットが、柳也に迫る。

 ――上と下からの同時攻撃かッ!

 空より殺到する黒スピリットへの対処を優先すれば、フィリンへの対応が遅れてしまう。

 逆にフィリンへの対処を優先すれば……なるほど、シンプルだがそれだけに強力な連携だ。しかも襲いくるのは双方ともに運動能力抜群の神剣士。間合いが煮詰まるのはおそらく一瞬、与えられた思考時間は、コンマゼロ一秒にも満たない。

 どうする? と、自問する間もなかった。

 正面より襲いかかる二条の光線に対し、柳也は、

 柳也は――――――、




<あとがき>

 今回、柳也の斬撃の速度について、明確にマッハ一・六という数字を書いてしまいました。勿論、これはタハ乱暴が本作を書くにあたって勝手に設定した値です。原作の永遠神剣シリーズでは、こんな数字は一切出てきませんので、誤解のないように。まあ、思春期といういちばん感受性の強い時期に『聖闘士星矢』を読んで影響を受けてしまった人間の暴挙として、笑ってやってください(笑)。

 さて、読者の皆様、おはこんばんちはっす。今回もゼロ魔刃をお読みいただき、ありがとうございました。今回の話は、いかがでしたでしょうか?

 いやもう、今回は色々反省点の多い話になってしまいました。バトル回のつもりだったんですが、思いのほか導入部が長くなってしまった。柳也とフィリンのやりとりは、構想段階ではもっとスマートにまとめるつもりだったんですけどねぇ……無念だ。

 さて次回はバトルの続きにして本オリジナルエピソード群の核心部分に触れるお話となる予定です。EPISODE:53以降長々とやってきたのは、次回のためにあるといっても過言ではありません。

 原作で曖昧なままになっていた部分を、掘り下げていくつもりです。

 ではでは〜









 二〇一三年四月一一日、本話の執筆中に、まさに青天の霹靂とでも表現するべき一報を知りました。本作、ゼロ魔刃の原作となる「ゼロの使い魔」の作者、ヤマグチノボル先生が逝去なされたのです。

 この悲報を耳にした直後、タハ乱暴がまず思ったのは「ゼロの使い魔はどうなるんだ?」ということ。そして「ゼロ魔刃をどうするべきか?」という、たいへん手前勝手なものでした。ヤマグチ先生を失ったことへの悲しみは、その次にやってきました。

 タハ乱暴が初めて読んだヤマグチ先生の本は、「ゼロの使い魔」第一巻でした。たしか、アニメ第一期の影響で読み始めたと記憶しています。 「ゼロの使い魔」を読んで最初に感じたのは驚きでした。ライトノベルでもここまで本格的なファンタジーを書けるのか! という衝撃です。次いで才人とルイズという、この物語の主人公の魅力に心奪われ、気がつけばどっぷりハマっていました。これはタハ乱暴の自論なんですが、やっぱりお話の主人公は格好良くなければいけません。

「下げたくない頭は、下げられねえ」

 才人の若々しさ溢れる決め台詞に痺れたあの日から、もう七年が経とうとしています。

 次の新刊はまだだろうか? そんなふうに日々を過ごしていた中での、訃報でした。

 「ゼロの使い魔」は、絶筆となってしまいました。

 一時は「ゼロ魔刃」も筆を折ろうかと考えましたが、こんなタハ乱暴の自己満足の塊のような拙作でも読んでくれている人がいるんだと、とりあえず連載は続けることにします。





 ヤマグチ先生、才人とルイズという、素晴らしいキャラクターをこの世に生み出してくれてありがとうございました。またいつか、向こうで、先生の書くお話が、「ゼロの使い魔」の最終二巻が読めることを願っております。

 ヤマグチ先生のご冥福をお祈りします。




遂に戦闘開始。
美姫 「狙いが柳也たちと分かったからシエスタたちを逃がそうとしたんだけれどね」
逆にサイト一人でキャメリアの相手をする事になってしまったな。
美姫 「柳也の方は二対一だけれどね」
シリアスかと思いきや、まさかの戦闘中に久しぶりに聞いたな、あの台詞。
美姫 「お蔭で自らピンチを招いたような感じよね」
だな。で、サイトの方は。
美姫 「同じ神剣を持つ者と一対一は初めてだしね」
どうなるのか続きが気になる所。
美姫 「そんな続きは……」
この後すぐ!



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